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00-4 投稿者: 投稿日:05/10-22:24 No.2418  











 I am the bone of my sword.
 詰まる所、違える事無くそこに辿り着いた。
 そう己を表して。
 そう己を律して。
 ■■士郎は、魔法に届く筈も無く根源に至るのだ。


          ◆


 秋が終わって。
 冬を過ぎ。
 春も終えた。
 無事、というより順当に進級を果たした2-Aの面々も、もう第二学年という立場に違和感を感じなくなっていた。中学生活ももう二年目か、と時の流れを早く感じてしまうのはこのクラスが群を抜いて賑やかだからか。反面、賑やかという表現が控えめに思えてしまう程に騒がしい面々を思えば随分と濃密な一年だったとも感じる。自分もその一員だという事も考えれば苦笑するしかないが。
 つい先日に発表された中間テストの結果発表で改めて叩き付けられた現実には目を瞑るとして、学園はお祭りムードに染まりつつある。
 麻帆良学園全体で総力を挙げて行われる学園祭――麻帆良祭。
 延べ入場者数は数十万人。一日にして億を超える金額が動くと云われる、学園祭というには余りにも本格的過ぎる一大イベントだ。事実、日程中の学園の様相は何処のテーマパークかと思う程である。
 それに合わせるように部活動やクラス毎に実施される出し物もお祭り騒ぎの度合いを増し、昨年の知り合って間もない者も交えた出し物でも相当の賑わいだった。これによってクラスの団結が固まって随一の騒がしさを誇るクラスになったのは恐らく間違いない。個性の強い人間ばかりが集まったのも一因だろうが、やはりそれを束ねるにしても何らかの切掛けが必要だったのだろう。
 今年も、きっと騒がしい学園祭になる。
 しかし――思う。
 アレはどうにかならんのでござろうか。
 教室の片隅に目をやれば、既に日常と化して久しい睨み合いが今日も行われていた。
 綾瀬夕映と桜咲刹那。
 両者は互いに譲る事無く、しかし手を出す事は無く視線のみを以って応酬を続ける。
 睨み合いというには余りにも苛烈な両者の視線。普段感情を露にしない二名であるだけに、その眼光にありありと映し出される敵意には気圧されるものを感じる。
 はて、何時の頃からだろうか。この状況が始まったのは。
 そう、確か去年の、秋の終わり頃辺りか。
 ある時期から、正しく唐突に二人はこのような関係になった。
 ふとした弾みで視線が合えば睨み合いを始めるのだ。状況によってはすぐさま収まるものの、逆に状況が許せば延々と一言も言葉を交わさず、殴り合いをするでもなく、ただ睨め殺さんばかりの視線の応酬。
 夕映殿は何時もの茫洋としたものから一変、まるで炎の如き苛烈さで。
 刹那殿は凛々しいと形容されるものから一変、まるで刃の如き鋭さで。
 飽きるどころか日課の域に達している。それ以前に互いによく手を出さないものだと感心すらする。
 私見ではあるが、この両者は共に闘争に生きる事のできる人種だ。刹那殿は初見からそうではあったが、夕映殿の方は時期的にはこの日課が始まった辺りからその類の空気を時折見せるようになった。
 そう。この二人はあの時期を境に変わっていった。
 夕映殿は一見変わりないように見えたが、時折酷く怖気の走るような目をするようになった。まるで殺し過ぎて何も感じなくなってしまった兵士ような、まるで人間を人間と見做していないような。まるで、彼女が全く別種の何かであるかのように感じる時がある。まあ、友人と共に居る時の彼女を見るとただの思い過ごしとわかるのだが。
 刹那殿は目に見えて変化していった。日に日に彼女の気配が薄れていったのだ。常に携えている長物と思しき竹刀袋からして彼女は恐らく剣使いだと思う。以前でも年齢と剣士である事を踏まえれば、気殺の技術は時折拝見させてもらった限り十分と言っていい程の水準にあった。それが今では、忍びの御株を奪うかのように掴み所が無い。拙者ですら、目の前にいてもそうと認識できなかった時は冷や汗を覚えた。この短期間にしてこれ程の成長――一体どれだけの修練を積み上げたというのか。日々是修行と云うものの、正にそれを常々実践しているとしか思えない。それも、休息の時間を限界まで削って。夕映殿との睨み合いが無ければ、彼女はクラスの大部分の生徒から忘れられていたかもしれない。あの日課にそんな利点があったとは驚きでもある。
 しかし――既に日常茶飯事となって違和感無くクラスの風景の一部ではあるが、やはりクラスメイトなのだから仲良くして欲しい。そう思うのは老婆心でござろうか。
 いや、老婆心などでは決してない。
 何故なら、我々はある種の同志である筈。
 最下位の中にあって尚最下位。
 集うべくしてここに集う最底辺。
 他の追随をとことん許さぬこの劣等。
 バカレンジャーと称される六人衆。
 誇りあるバカの極みに立った我等の結束。
 このバカブルー、このまま二人を放ってはおけぬでござる。
 なあ、バカブラックにバカホワイトよ――
 途端、何を察知したのか二人の睨め殺す眼光がこちらに向けられたので、拙者はそっと目を外に向けた。
 膝が震えているのは気の所為でござるよ。に、にんにんっ。


          ◆


「I am the bone of my sword.」
 距離を取りながら詠唱、砲弾の速度で大跳躍。そのまま宙に留まり、木々の隙間に相手がこちらに接近しようとしている姿を捕捉。
 魔法発動体である長柄戦斧を構える。渡された時には随分と大仰な物をと思いはしたが、使ってみるとこれが中々に使い勝手がいい。明らかに重量武器であるにも拘らず私の膂力はこれを軽々と取り回す事を可能とし、何よりしっくり来た。外観も斧とは言うがそう表すのが一番近いというだけの事だ。実際には張り出した刃の部位は斧と言うには刃渡りがあり、長い柄に並ぶように伸びているその形は奇形の剣とも取れる。意匠を凝らした、全体が浅黒い一つの金属から造形されたそれは一見して実用に耐え得るのかと不安になりもしたが、それは無用の心配だったらしい。そもそも、それは枯葉山之路の主武装の一つとして考案された飢色騎剣という名の礼装だった。
「炎の精霊59柱、集い来たりて敵を射て」
 相手は進路を変更。開けた場所に出た。これで互いは姿を確認できる位置にいる。だが妙だ。相手は最初から既に四肢を剣化させた状態。空中すら駆ける事を可能とする獣だ。それが何故、地上に留まるのか。
「魔法の射手、連弾・火の59矢」
 発動。
 炎の弾丸が形成され、私の意志に従って射出される。
 大地に向けて疾走する59の炎弾。対して相手は、その場を動かない。ただその刃の五指にて魔力を纏った巨剣を構えるのみ。否、何時の間にか咥えていた煙草に火を点けた。
 成程。迎え撃つつもりか。呪詛精霊による魔術回路抑制・魔力損失の割合は契約以前と比較して大幅に低く設定してある。私自身がそう設定して変更しない以上、相手の化け物具合はそれこそ相手の匙加減次第。場合によっては十分に最強の個体となり得る相手だ。彼我の戦力差は明確。
「I am the bone of my sword.」
 第一撃が着弾――するよりも早く、その手の巨剣が黒くぶれた。真横に一度振り抜いた、それだけで至近に迫っていた十六の炎弾が消し飛ばされた。碌に収束もしていない圧力に近い一撃で、それだ。
 つまり、相手からすれば私はどうとでもできる訳だ。嘗められている、と言ってもいいだろう。付け入る隙があるとすれば、その慢心か。
「炎の精霊293柱、集い来たりて敵を射て――魔法の射手」
 良いでしょう。あなたが迎え撃つというのなら、私は存分に撃ち込むまでです。ええ、存分に。
 まるで吹き散らされるかのように炎弾が削られていく。アレにしてみれば攻性である炎属性も他と大差無く思えるのかもしれないが、少なくとも時間稼ぎにはなっている。精々こちらに付き合って釘付けになっていてもらいたいものである。
「連弾・火の293矢」
 再度発動。
 何と言っても先程とは文字通り桁が違う。放たれる炎の弾丸は空間を塗り潰すように尾を引き、宛ら濁流の様相で的へ殺到する。
 無論、これだけの精霊を完全に制御出来るとは思っていない。だが、ある程度の指向性を持たせれば十分。弾幕になればそれでいい。幸い、魔力特性の所為か炎の属性とは相性が良く、というより炎に特化している感すらあるが、魔力の使用効率はこれ以上無い程だ。精神に掛かる負荷にしても既にこの身は人に非ず、寧ろ凡百の魔法使いにとって耐え難いまでの魔力行使ですら心地良い。性質的に私やその大元である之路は恒常的に魔力を行使する類の生物なのだろう。
 そう。
 つまり。
「I am the bone of my sword――」
 幾らでも撃てる。
 唯の一人でここまでの火力を有する私は、正真正銘の化け物なのだろう。
 軽火器で武装した人間程度ならどれだけ数がいたところで然して損害も無く私が勝利する。確実に勝利出来てしまう。
 私はそういった類の化け物だ。
 同時に、その程度の化け物でしかない。
 恐らく如何なる化け物であっても、大多数はその程度に収まる羽目になる。アレの前では、その程度に堕とされてしまう。
 星の高さから俯瞰されている。
 別の次元から観測されている。
 こうして対峙する度にその事実を突きつけられる。
 圧倒的に遠い。
 届かない。
「炎の精霊199柱、集い来たりて敵を射て」
 今はまだ、届かない。
 何が足りないのかと考えて。
 全てが足りないと断じる。
 あらゆる全てが届かない。
 一つ一つの能力値が桁違い。
 そもそもの基本性能からして次元違い。
 まず比較こそおこがましい。
 まず比較こそ意味が無い。
 天と地の距離を詰めても届かない。
「魔法の射手、」
 しかし、然して問題は無い。
 届かないのならば追い上げよう。
 遠いのならば近付こう。
 いつかは、その隣に並び立とう。
 それだけ。
 それだけの事。
 その為に今、やるべき事は。
 自身の放った、既に四割近くを削られた弾幕の隙間から覗くその姿。
 まるで集る虫を払うようにして咥え煙草のまま剣を振るうその余裕。
 その、横っ面に渾身の一撃を。
「集束・火の199矢」
 周囲に表出した炎弾が、螺旋を描いて突き出した切っ先に集束。間断無く一条の火線と化して地に撃ち出された。
 同時に、それに追随するように自身を撃ち出す。
 推力は十分。有り余る魔力が炎の形を取って全身に纏わりつく。魔力放出によって更に能力を向上させる。
 瞬きの間。
 集束した火線が消し飛ばされた正しく直後、私はこの手に握る飢色騎剣を撃ち下ろした。


          ◆


 斬り払って、斬り返して斬り返して斬り返して斬り返して――
 放つ魔力にて雨霰と降り注ぐ魔法の射手を消し飛ばす。
 一射目の魔法の射手は幾度か払うだけで済むという生温いと言うにも軽いものだったが、続く第二派は中々に手間取る飽和攻撃だった。密集する魔法の射手が面攻撃として放つ魔力の斬撃を減衰させ、思う様に捌けない。時折、直に刃で払いながらの迎撃となり、自然と剣を振るう速度が増していく。既に剣は込める魔力を更に上乗せして、停滞する事無く斬り返しを続けている。
 上々だ、と握る剣を思う。
 こいつ程に僕の期待に違わず機能する剣は他に無い。
 艶の無い黒一色の金属で造形された、250cmのフォルムは鉄塊を思わせる幅と厚みを有する。夕映の持つ飢色騎剣とは大きくサイズが違うものの似た様な感覚を覚えるのは同じ構想から造られた物だからだろう。飢色騎剣もこの剣も、大量生産を前提とした兵装ではない。兵器と表しても差し支えない大出力を発揮するこれらの運用には莫大な魔力が必要とされ、尋常の魔法使いからすれば即座に魔力枯渇に陥る様な欠陥品としか映らない。魔力容量に優れた者であっても、一度にそれだけの魔力を消費すれば精神的な消耗は避けられず、戦闘継続も困難だ。詰まる所、使えた物では無い。需要が無いのだ。
 当然に過ぎない。
 そもそも、これらは人間が扱う事を想定していない。
 夕映の持つ<飢色騎剣>。
 僕の持つ<黒い杖>。
 欠陥品とされるこれらの有する機能としては、ユーザー側からすれば特に通常の魔法使いの使う道具と変わり無い。魔力をエネルギーとして消費し加工し指向性を与え放出する。
 単純に、大出力であるだけだ。
 だが――
「中々、ヤるねえ」
 その出力を以ってして、我が主の放った魔法の射手は尚も手間だ。
 少し前までなら今の加減で、どれだけ密集していようと一振りで五十程度は削れた。
 並みの化生であれば、範囲内ならばまとめて叩き潰す一撃。
 それが今では、ここまで堅い。
 弾丸一つの密度が数段高まっていると見ていいだろう。
 習熟しているにしても感心する。
 更に魔力を込めて薙ぐ。黄金色の魔力が放出され、それで漸く一撃毎に六十を削り取った。
 そして新たに働く魔力を感知して、次が来る事を悟った。
 魔力放出。
 全身から黄金色の魔力が噴出する。
 僕は夕映に感謝している。感謝してもしきれない程だ。彼女に危害を加える者がいるのなら即座にそれを排除するだろうし、行動に際して彼女の意思を考慮する余地がある。己を第一とする僕だが、彼女に対しては最大限の譲歩を約束出来る。真実、綾瀬夕映を主と扱ってもいいと考えている。
 何せ、彼女は僕に与えてくれたのだ。
 あらゆる偽装を固めていただけの僕に、本物を与えてくれたのだ。
 今はもう発露も希薄でしかないが、あの情動の発生を自覚した時の愉悦を僕は忘れない。愉悦に覚えた感動を僕は忘れない。感動に覚えた感動を僕は忘れない。
 呪詛精霊の活動が抑制され、虫食いの如く黒く濁っていた魔力が黄金色の輝きを取り戻した時の、僕に全て委ねた彼女の覚悟を忘れない。誇りを以って彼女に全てを委ねた己を忘れない。誇るべき己を与えてくれたその事を、忘れる事は無い。
 また、薙ぎ払う。更に魔力を上乗せした。
 次の一撃が迫っている。
 砲撃さながらの様相を見せるそれは集束した魔法の射手か。
 次の瞬間には間合いに入っていた砲弾に金を纏う剣を当て周囲の残弾諸共に消し飛ばす――即座に斬り返し。魔法の射手に追随するようにして突っ込んできた夕映を飢色騎剣ごと弾く。間断無く刃を翻し、弾かれた動きそのままにくるりと再び弾丸の勢いでもって撃ち下ろされる剣に合わせる。衝突――収束された魔力がぶつかり合い光を撒き散らした。衝撃波が地を震わし、拮抗は一瞬。宙にあるまま剣を振り下ろした体勢の夕映は僕が押す力に逆らわずに後ろに跳んだ。
 そこを追撃する。が、
「――無詠唱か」
 五つの炎弾が展開、疾走。
 一撃の下に霧散させるが、あちらに先手を奪われる。
 剣を振り抜いた瞬間に地を抉りながらの逆袈裟が迫る。それに柄をぶつけるが――相手は競り合わずに剣を柄尻の方に滑らせそのまま抜けた。間髪入れずに左右を入れ替えた逆袈裟が迫る。だがこちらも既に剣を引き戻している、剣と剣が噛み合いまた衝撃を撒き散らした。
 拮抗はしない。そのまま押し切るように弾き、夕映が見た目通りの軽さを表す様に吹き飛ぶ。
 追撃。また無詠唱の5矢が飛んでくるが擦り抜けるようにして走る。
 相手が着地したところを薙いで、間に合わせのように構えた剣ごと弾き飛ばす。
 追撃。次は魔法の射手は無かった。だが、
「I am the bone of my sword.」
 その詠唱と共に、放出される魔力の量が倍化。その身に纏う炎の密度が増した。成程、成程成程。迎撃か、迎撃するつもりか。
 思考しながら、僕の肉体に停滞は有り得ない。
 一息で至近に迫った夕映に、打ち下ろし。
 頭上に構えられた剣に受けられる。剣は見事に受け切られた。足元の地面が沈む。打ち下ろされた衝撃に地面が形を保っていられなかったらしい。
 夕映は、動かない。動けない。
 下に向かって働く力と、それを支える力が、拮抗していた。
 天秤が均衡を保つが如く、それらは一致している。
 だが。
 この均衡は自然の物では有り得ない。
 どちらか一方の気紛れで容易く崩れる鍔迫り合い。
 俄に、均衡は崩れた。
 夕映の肘が僅かに屈し、
「――――っ!!」
 やがて、夕映が無音の気合と共に身に纏う魔力を更に増し、僕が弾かれた。
 少し距離を取って僕が着地した時、夕映は肩で息をしている状態だった。剣も構えられてはいるが、アレは既に攻め倦ねていた。
「なら、ここまでだな」
 対して、僕は息を乱してもいない。どれだけ続けようが、この程度では疲労する事も出来ない。
 夕映は素直に剣を下ろした。意地を張っても僕がこれまでと言えばこれ以上はやらないという事を理解しているのだろう、不満気な感情が顔に出ている。しかし本人も解っている筈だ。これ以上続けても、それは惰性でしかない。区切りはついていたのだ。
「……今回こそまともに一撃入れようと思っていたのですが」
「んー。さて、手応えは」
「はい。完璧に防がれたです」
「いや。いやいや。案外危なかったかもよ」
 地底世界を見渡してみる。
 遺跡として大昔からの結界に覆われたこの場所は少しはしゃいでも問題無いくらいに堅固な土地だ。
 損害としては魔法の射手によるものはほぼ皆無、白兵戦では最後の一撃が地面をへこませただけだ。地上と比べればこの場所が驚くほどに頑丈である事が解る。
「上出来過ぎる程に上出来。夕映、順調だ。これ以上望めねえぐらいにな」
「……そんな実感、全然ないです」
「実感、実感ね」
 その言葉にこそ、僕としては実感が湧かない。
 確かに常識を鑑みれば自己の性能の度合いを測るには他者との比較が必要だろう。そうでなければ自身のレベルが掴めない。
「まあいいや、何れ実地で解るだろうよ」
 何故だろうか。
 確かに夕映の様な考え方が普通であり必要なのだろう。
 確かにその通りだ。
 人は他者との性能差に優越する。
 夕映もそれは同様だ。
 事実、既に人ではないとは言え精神構造に差は無い。
 僕達は化け物に違いないが、人間でもあるのだ。
 だが、何故だろうか。
 僕は最初から他者との比較など必要としなかった。
 実感云々という以前の問題だ。寧ろ問題にすらしていない。
 最初から、確信だけがある。
 寧ろ確信しか無い。
 どうあっても僕は『己こそ最強』という事実に疑問を抱けないのだ。


          ◆


 麻帆良学園都市とは魔法協会日本支部の外殻ではあるが、同時に学術都市としても優れている。類は友を呼ぶ、と言うべきか関東魔法協会を核とする都市は様々なバイタリティ溢れる人間を引き寄せ、整った設備環境が各々の能力を向上させた。好条件、好循環の結果として日本有数の技術力を有する都市と目される事となり、しかしそれが世間に露出する事は殆ど無い。魔法協会という隠蔽されて然るべき組織による働きが世間の目を晦ましていた。
 ここは箱庭なのだ。
 日本という国に在りながら、似て異なる法体系に支配された治外法権。関東魔法協会本拠として、本質的に魔法使いの拠点として存在する都市。事実として、麻帆良は意図的に隔絶された都市なのだ。学園都市の統括者は正しく王権に等しい権力を有し、実質的に都市内での独自の裁量権までもが与えられている。その在り方は既に一都市の範囲を超えて一つの都市国家と言うに相応しいまでのものがあった。
 学園祭の最終日。
 未だ熱も覚めやらぬ学生学徒が後夜祭を彩る地上の喧騒を他所に、地下は静寂と共にあった。
 所々に覗く神木の根が僅かな光源の役割を果たす広大な空間。一直線に伸びる橋の下には暗闇が橋の支柱をも飲み込み、底無しの様相を見せている。
 打ち捨てられて久しい、旧い時代の建造物。訪れる人など既に無く、静寂のみが支配する筈のこの場所に、靴音が響いていた。
 人影は二つ。
 麻帆良の支配者、近衛近右衛門が草鞋を擦らし。
 赤髪の少年、枯葉山之路が硬い靴音を鳴らし。
 近右衛門が先行する形で、奥へと奥へと足を進めていた。
 前を行く人間離れした後頭部を何とは無しに眺めながら之路は思う。
 ――近衛近右衛門。
 麻帆良という一大権力を掌中に納める怪物。麻帆良随一の魔法使いという力量も然る事ながら、統率者としては正しく老獪の一言。言葉巧みに誘導し、煽動し、時には態とがましく振る舞い状況を支配する様は只年齢を重ねただけの人間に出来る事ではない。耄碌してきた感もあるものの、怪物という言葉はこの老人にこそ相応しい。
 今こうして延々と地下を歩いているのも近右衛門の誘い有っての事だ。何を見せようとしているのか、何を企んでいるのか、掴み所が無い。情動というものの発生以来、それが一層顕著になった。感情というものは厄介だ。それ一つで随分と見誤る。
「のう、之路君」
「あ?」
 地下に潜って既に随分な時間、靴音のみが鳴っていた中で初めてそれ以外の音が響いた。近右衛門は唐突に歩く姿勢そのままに口を開き、之路も遅滞無く反応した。
「この都市の地下に存在するこの遺跡、かつてどのように機能していたかわかるかのう?」
「いや、わかんね」
 興味も無い、と之路は内心で呟いた。
「ふむ。いや実を言えば、わしもさっぱりわからん」
「おいおい、本拠構えてる所の調査もしてねえ……ってのは無えな」
「調査なんぞ幾らやったとて無駄じゃわい。何せ肝心の核の部分は更に古い遺跡でな、根っこから別物で全く理解出来ん」
 橋を抜けて通路に入る。
 壁面にも太い根が張り巡らされ、大源の光に照らされて通路がまた一直線に伸びているのがよく見えた。通路の先も光に満ちているのが見える。
「旧世界、とその時代は呼ばれとる。現代とも古代とも全く別の魔法体系に基づく時代の遺跡じゃよ。公式のデータベースにも載っとらん迷信の類……とされとるが、この麻帆良の地下には確かにその旧世界の遺跡が残っておる」
「へえ。大発見じゃねえか」
「……確かにのぅ。じゃが、まともに取り扱われんのも納得できる。何せさっぱり理解出来んもんで何をどうしたらいいのか検討もつかん。機能はしているようでも何をしているのかもわからん。そんな物、最初から無い物として扱った方が簡単だろうて」
「機能してんのかよ」
「破損しとるようじゃから、一応じゃがな。ただこの地の霊脈から魔力を吸い上げとるだけにしか見えん。それも毎年すぐに霧散しとる」
「毎年?」
「学祭の時期、世界樹が光っとるじゃろ。霊脈が活性化する時期に併せて遺跡も魔力を放っておる――ここじゃ」
 通路を抜けた先に、その部屋はあった。
 広大な空間に四方から橋が伸び、その中央に魔法陣が刻まれた円形の祭壇がある。下部に円環状構造物、上部にも何らかの役割を果たすであろう構造物が浮遊しているそれを、之路は祭壇だと直観した。
 祭壇に集積している大源が目を灼く。
 目を灼く光。
 光を、視た。
 近右衛門は、そこで驚愕に半ば震えた。
 之路が表情を変えていた。そこで初めて、之路の明確な表情の変化を見た。
 まるで仮面が罅割れたような顔だった。
 嗤っていた。
「――は」
 大魔術儀式と直観した。
 確かに機能はしているだろう。本当に半端にだが、機能している。それより先は、解らない。
 理解出来ない。
 理解出来よう筈も無い。
 ――こんな。
 こんな発展し過ぎた魔術理論。
 脳を千度灼いた所で理解出来る筈が無い。
「外観こそ他の遺跡と似たようなモンじゃが、中身は全く別物でな。恐らく古代の魔法使い達は旧世界を手本にして他の遺跡を造ったんじゃろう」
 別物。
 ああ、別物だろうさ。之路はそう思った。
 全く別の魔法体系が目の前にあった。否、そもそもそれは魔法では無かった。
 魔術。
 それはそう呼ばれるべき体系だった。
「――は。はは。成程、畜生、成程。くくく、はは」
 吐き出す言葉に現実感を失った。
 目の前の現実に超現実を見た。
 そして、脳の奥から溢れる光彩を感じて、その向こうに――
「■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■」
 自身の口から理解出来ない言語が吐き出されて、しかし何を言ったのかは理解していた。
 瞬間、理解した。
 どうあっても理解出来ないという事を理解した。
 それはもう、遥か昔に終末を迎えてしまった世界だという事を理解した。
 機構それ自体が別の形に再構築されたという事を理解した。
 自身がアラヤではなくガイアであると理解した。
 自身がガイアからも切り離されたと理解した。
 自身の役割を理解して、然して意味は無いとも理解した。
 抑止力、廃棄された機構、凍結された機構、廃棄された守護者、凍結された守護者、移譲された守護者、部品、歯車、廃棄された凍結された座、座、座、機構は廃棄凍結廃棄凍結構築され再構築され英雄種にアラヤの構築構築廃棄棄却構築され抑止力部品歯車廻る廻る廻れ廻るアラヤ英雄種という形守護者を廃棄凍結移譲構築構築一切合財の要素を唯一つの要素を構築構築構築何事にも耐え得る一を何者にも耐え得る一を造り上げて精霊鍛造鍛造構築再構築再誕せよ再誕させよ卵から人は産まれて卵から■は産まれて構築精霊世界を構築■を構築人を胎盤として卵を胎盤として世界を胎盤として軋む軋む軋みを軋ませて剣が軋む軋む軋軋と軋みが軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋軋■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■崩■■■■■■を■■■■■■■■■■■■■■■■■■機構■■英■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■に■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「    」
「  」
「  君 ? 之 君!?」
「      。       えよ」
「之路君!? まだ目が逝っとるぞ、本当に大丈夫かっ!?」
「聞こえてるっつってんだろうが」
 目の前の近右衛門の姿にまだ現実感が薄い。
 自身の存在そのものが不確定。
 掌で顔を覆う。問題無い。確かに僕はここにいる。ここにいる筈だ。
 頭を振る。問題無い。
 現実感が立ち戻ってくる。
「――クソッタレ。何時の間に僕はクスリをキメたんだ」
「いや……マジでクスリでもキメとったようにワシには見えたんじゃが。こう、いきなり高笑いしだして目も逝っとったぞ」
「マジかよ。イイ感じにバッドトリップだぜ、あれ」
「何にせよ正気に戻って良かったわい。あのままじゃ怖くてワシどうにも出来ん」
「そりゃ確かになあ。僕だってアンタがいきなりヤバイ目つきで笑い出したら一声かけてブン殴るわ」
「本当にそうなってもそれは勘弁して欲しいのう。キミ、その時本気で殴るじゃろ? ホントに死ねるから」
 そこで近右衛門は軽口を切り上げて之路を見た。
「して――どうしたんじゃ? 尋常な様子では無かったぞ」
 舌打ち。何もなかった、で済ませられる筈は無いと之路もわかっていた。
「何だかなあ。強いて言えば、白昼夢か」
「……白昼夢とな?」
「それっぽいってだけさ。そうだな……」
 祭壇へと目を向ける。吸い上げられた大源は既に大気へと霧散してしまって光は失せていた。
「例えば、この世界自体に奇妙な流れみたいなものを感じた事はねえか。指向性とか、物語とか、運命でもいい。伝説にでもなりそうな、そういった話だ。一人の人間が一騎当千の力を振るって化け物を打ち倒すような、御伽噺よ」
「……まるで英雄の様に、かね?」
 そこに好々爺としての顔は既に無かった。
 鋭い眼光。
 そこにはマスタークラスの魔法使い、近衛近右衛門の姿があった。
「そうだ。魔法という神秘に携わる中で、不自然なくらいに自然だと後からつくづく思える状況が魔法使い共の歴史上どれぐらいあった? 最も新しい歴史の上では、サウザンドマスター――ナギ・スプリングフィールドだったか。戦争規模の争いの中にあって尚も輝く一人の人間。後に英雄と呼ばれるそいつを中心に、推移していった状況。流れるように動く物語の核。そいつを、そいつらをお前達は何と呼んでいる?」
 近右衛門は陰りを帯びてきた天井を見上げた。
 壁に遮られて、空は見えない。
「英雄種――」
「抑止力の核、とも言えるだろ」
「その通りじゃ。そういった物語は、歴史上幾度と無く確認されておる。ナギも英雄種であると大戦後に認定された。じゃが、これは魔法界でも極一部しか知り得るはずの無い機密事項。それも半ば仮説でしかない迷信のようなものじゃ。何故それを――」
「仮説、ねえ。ならそのまま手探りしとけ。知らねえ方がいいんだろうよ」
「何……じゃと?」
「心配しなくても僕自身は元々英雄種になんぞなれねえよ。アラヤでなくガイアの側だからな。独立しちゃいるがね」
「ガイア――仮説精霊種かっ!」
「如何にも。やはり観測できていないだけで仮説としてはあったか。この時点でそれを自覚したってのも何だろうなあ」
 抑止の流れ――物語に組み込むつもりか、と之路は考える。
 その横で、ぬうっ、と近右衛門は唸った。
 予想外にも程がある。個人的には英雄種の最有力候補として見ていた枯葉山之路が、裏を返せばそもそも仮説でしかなかった精霊種なのだ。どちらにしろ麻帆良に引っ張り込んだ判断は正解だったが、まさかこんな結果とは思ってもみなかった。
「……ワシ、何だか疲れてきたわい」
「僕もだ。ったくよぅ」
 やれやれ、と近右衛門が溜息を吐いて、揃って踵を返す。
 大源が霧散したばかりで周囲に光源は無い。近右衛門が火を灯し、二人は帰路を辿った。
「……まあいいか。別に何も変わりゃしねえよ」
「うぉぉおい、自重してくれぃっ! 有事は抑止力に合わせて上手く動かんとそれこそ下手すりゃ被害が馬鹿にならんのじゃっ!!」
 へいへい、と之路は頷いた。適当に流す顔をしながら、思索に耽る。
 これまで目を逸らしていた物を突きつけられた気分そのもの。
 やはり世界は無情だった。壊されてまた組み上げられ、歯車が回っている。記録の中に見た世界は既に滅び去り、自身は廃棄される筈だった無数の部品を以って構築されたという真実。
 理想に溺れた男の報い無き人生。
 破滅に沈んだ男の孤独な人生。
 狂って尚真っ直ぐに駆け抜けた男の壊れた人生。
 過ぎた力を行使した男の潔い人生。
 絞首台に終わり。
 裏切りに終わり。
 刺殺に終わり。
 焼死に終わり。
 斬首に終わり。
 惨殺に終わり。
 爆死に終わり。
 謀殺に終わり。
 圧死に終わり。
 戦場に終わり。
 誰も彼もが狂って壊れて破綻していたが故に、只管に真っ直ぐな生涯。
 死して尚己が道を歩み続けたという選択。
 信念など無い、誇りなど無いと嘯いた男こそが信念と誇りに塗れていて。
 何れの道であっても後悔も未練も微塵たりとも有り得ず、また意義も無い生涯しかなかった。
 全て、終わってしまっていた。
 遥か彼方の過去に、それらは終わってしまっていた。
 悲嘆する柄では無く、途方に暮れるような殊勝さも無い。
 だが――
 ただ少し、空虚だと思った。


          ◆


 また別の地下空間にて、その戦いは行われていた。
 思い出したかのように度々、植生する木々が風にざわめき翻弄される。地下空間でありながら光に照らされたその場所は、地上と変わりなく自然に覆われていた。水が流れ、草木が大地に根付く光景は地上と全く変わりなく、しかし天井部から張り出す太い根が支柱のように降りた姿はここにしか有り得ず、確かにこの地は地下世界である。
 また、突風に木々が揺れた。
 耐え切れず落ちた葉が風に弄ばれ、流されていく。
 刃と刃が合わされる。衝撃が風を生み、また木々をざわめかせた。
 双方が同時に退く。己の得物を構え直して、状況は停滞しない。
 剣を握るのは二人の少女だった。
 一方は刀を構えるサイドポニーテールの少女。背中を殆ど露出する装束は清楚な色気を演出し、小柄な体格に不相応な大きさの野太刀を握る姿は剣士。本来なら馬上にて振るう事を想定して作られ、その重量を以って叩き潰す大刀は、事実剣術とは無縁の重量武器である。戦場においては力任せに振り回されるだけの代物の筈が、少女はそれを軽々と抜き放つ。己が修めた剣技を繰る姿は正しく一流であり、同時に人の域を外れた行為。常人には為し得ぬ魔技であり、超人のみが為し得る妙技であった。桜咲刹那の携える威容、その銘を夕凪という。
 一方はボリュームのある長髪を後ろで二つに括り、サイドを三つ編みに垂らした少女。黒色で統一された、前合わせで編み上げた首周りまで覆うノースリーブとサイドにスリットの入ったロングスカートは戦装束か。刹那が健全な色気であるなら、上気した肌を見せ付けるこちらは年齢不相応な色香。少女の手にする奇形の長柄戦斧は対峙する夕凪より明らかに長大ながら、それを自在に取り回す様は刹那と同じく人域を踏み越えた姿である。夕凪とて重量武器ではあるが流石にこの奇剣よりは軽量に違いなく、故に外観の与える威圧感としては譲らざるを得ない。綾瀬夕映の携える威容、その銘を飢色騎剣という。
 湖面を背後に、夕映は腰を僅かに落とした。膠着は好ましくない。経験に劣る分、付け込まれやすい。
 地を蹴る。随分前から肉体には魔力が巡り巡って熱い程だ。一息で敵の目の前まで踏み込み、身体能力に物を言わせて急制動。剣を横殴りに叩きつける。
 瞬動術を思わせる勢いで踏み込んできた敵に、刹那は素直に脅威と感じた。速度は瞬動に匹敵するが、見れば明らかに違うと解る。これは只、単純に思い切り踏み込んできているだけの力技だ。術でも何でも無い力任せの運動は当然ながら破綻する。
 だが、
「ォオッ!!」
 撃ち出される刃。
 刀で剣を受け流すと同時に身を引いて躱す。膂力が違いすぎる。まともに受ければ弾き飛ばされるのは明白。
 剣を振り切った瞬間の隙。そこに裂帛の気合を以って打ち下ろす――
 が、手応えは少女の肉体を斬り裂くものではない。
 到底刃は通らぬであろう堅い衝撃が刀から伝わる。
 敵は剣を振り抜いたにも拘らず、即座に剣を引き戻しこちらの攻撃を防ぎ切っていた。
 これだ。
 桁外れの膂力、反応。
 瞬動染みた動きを確立させる身体制御にそれを為し得る運動能力。相手がこの女でなければ刹那は手放しで賞賛するだろう。
 防がれたと見るや刹那は素早く退く。鍔迫り合いになどなる筈がない。押し負ける事はわかりきっていた。
 当初、刹那からすれば隙だらけに思えた敵は今では堅固な『何か』に変わっていた。普通なら決定的な隙である筈が、夕映にしてみればまだ許容範囲。刃は届かず斬殺は未だ叶わない。
 夕映にしてみれば、内心はギリギリだ。膂力で勝ってはいるが技量は遥かに刹那が上。戦いに関する経験も刹那は夕映を大きく上回り、更にそこから来る直感が恐ろしい。間断無く攻めて大技を放つ暇を潰してはいるが有効打は無く、こちらもまた斬殺は未だ叶わない。
 これは決闘だった。
 どちらが言い出した訳では無く、互いが得物を携えて落ち合い、そこで漸く二人は会話というものをした。夕映が場所を提案し、刹那が応じた。ただそれだけ。
 奇妙としか言い様の無い間柄だ。
 碌に言葉を交わした事も無く、決闘場所を決めた遣り取りこそが二人の初めての会話だったのかもしれない。
 だが、と奇しくも両者は同じ見解に至っている。
 誰よりも互いに己が意志を叩き付けていた。
 誰よりも互いに己が意志を曝け出していた。
 誰よりも互いに、意志を同じくした。
 誰よりも互いを解り合っていた。
 もしも。
 もしも、この決闘の果てにどちらも死ななかったのなら、少しは仲良くしてやってもいいか、と二人は考えて。
 笑えない冗句だ、と二人は切り捨てた。
「千日手、です」
 刹那が退いて、夕映は嘲る様な口調で吐き捨てた。
 互いに斬殺を画策し、攻防を繰り返すがどちらも隙は見せない。結果は埒の明かない小競り合いだ。
 それを打開すべく、夕映は動いた。
 後ろへ大きく跳ぶ。
 湖面を眼下に納める位置で、宙に静止した。
「……やはり浮遊術は修めていたか」
 刹那はそれを意外と思わない。以前の状況から、綾瀬夕映は魔法に触れてからまだ一年も経っていない筈。しかしあれだけの身体能力があるのならば魔法そのものには補助的な役割を求めて当然。それほど多種多様な魔法を修めてはいないだろうが、しかし確実に習熟しているものはあるだろう。その一つが空中機動である事に驚きはしない。
 だが、その光景には目を見張った。
 湖上にて、夕映は表面張力を突破するが如く魔力を放出する。炎という表象を以って溢れる魔力は能力を更に上昇させ、魔法障壁とは違う防護域を形成した。
 更に、奇妙な音が響いた。金属を強く擦り合わせる様な音。幾つも、幾つも、金属で金属を圧する様な音。
 それは無数の刃の鬩ぎ合いだった。
 露出した両の腕、その肘から指先までが隙間無く金属で覆われた。
 か細い腕は触れる物を害するだろう。繊細な五指は刻み潰す役を負うだろう。
 今この時、少女は腕は無数の刃で造られた魔物の腕へと変じる。
 きしきしと、音が鳴った。
 軋軋と、鳴った。
 炎を纏う少女が嗤う。
 少女の纏う炎が哂う。
 その様を見て、
「――殺す」
 刹那は、静かに殺意を吐き出した。
 露出した背から、翼が広がる。
 白い、白い翼だった。
 純白の色をした、人外の証左。
 それがつまり、桜咲刹那の隠匿する姿であった。
 抑制されていた怪異の部分を開放すると共に、基礎能力が人間を超越。外観に変化は齎さずとも、怪異の概念は確実に影響を及ぼした。
 翼が撓み、大きく一度羽撃く。合わせて足は地を蹴り付け、飛翔する。
 人に有り得ないその器官は、空を征く事を可能とする。
 そうして、桜咲刹那は綾瀬夕映と同じ舞台へと降り立った。
「……は」
 対峙。
 翼を背に刀を構える刹那に、夕映は鼻で笑い、
「シィィィイイャッッッ――!!」
 炎尾を引き摺りながら斬り込んだ。これまでと変わらず先手を打つ。
 宙に在りながらその速度は地上でのそれと遜色無いと言っていいだろう。
 そしてその膂力は、先よりもまた向上している――
 而して、袈裟懸けの斬線は曲げられた。
 飢色騎剣に比すれば余りに軽く細く見える夕凪は、技巧を以って刃の進行を捻じ曲げる。
 ここまでは先程と同じ。だが、
「ァァアッッ――!!」
 反撃は、先程に倍する勢いを以って為る。
 刃が走る。
 逆袈裟の一撃。
 届く、という思惑はしかし炎を纏う刃の塊に阻まれた。
 鈍い衝撃。
 鉄の色をした人の物では無い腕が刃を食い止めていた。
 瞬時、刀を掴まれるより早く回り込む。
 夕映はそれに追随、逆袈裟に剣を走らせ刹那がまた受け流し、反撃。逸早く夕映が腕を叩きつけ押し弾こうとしたところで刹那は弾かれる勢いのままにくるりと回り横一文字に斬撃。夕映がそれを剣で受けた。
 ぎり、と刃が噛み合う。
 やはり、と刹那は思考する。
 能力向上はお互い様で、力ではあちらが遥かに勝る。まともに受ける事は、出来ない事は無いかもしれないがまず刀が持たない。これまで通り受け流すのが利口だろう。開放によって反撃にも糸口が見えた。
 だが綾瀬夕映の防御力は厄介だ。腕を盾と扱う無茶に加えて、あの濃密な魔力。炎という形を取って性質もそれに順ずるが、魔力には違いない。放出されるあの魔力は、鎧としても作用している。端的に、堅い。生半可な一撃では通用しない。
 ならば――
 押し切られる勢いに乗って、刹那は後退する。
 追い縋って放たれる剣を受け流し、反撃し、受け流す。
 剣戟が響く。
 入れ替わり立ち代わり、踊るという程に華麗では無く、また拙くも無い。只、駆けずるように二人は剣を合わせていた。
 意味の無い戦いだとは共に気付いていた。
 常は反目し合うだけの間柄。
 互いの存在に利害など感じた事も無い。
 仮令勝利したとしても、得られる物も無いだろう。
 無論、二人はこの殺し合いの果てに何も求めてはいない。
 元より意味など求めていない。
 この戦いは、己が意志をぶつけ合うだけの戦いなのだ。
 それでいい。
 それだけでいいと二人は考えた。
 故に、決闘なのだ。
 恐らく後には何も残らぬ戦いを、二人は好んで行っている。
 常人が入り込めば即座に刻まれ砕かれる嵐。
 また剣が鳴る。
 剣が鳴って、剣が鳴る。
 炎を纏い。翼が羽撃く。
 何度剣を合わせたのか。
 最初から数えてなどいないし、数える事に意味も無い。
 そうして、数え切れない程に剣を合わせて。
 均衡はあっけなく崩れた。
 やはり経験の差なのだろう。殺し合いの場に、夕映は間違いなく消耗していた。生命を削り合う戦いに、寧ろ魔法に触れて一年も経過していない少女がここまで戦えた事実を知れば、驚愕と共に誰かが賞賛したかもしれない。
 しかし夕映はそんな物を欲した訳ではない。
 勝利かと問われて首を傾げる。
 敗北かと問われて首を傾げる。
 名誉かと問われて首を傾げる。
 解っていた筈だ。
 この戦いに、得る物は何も無い。
 夕凪の刃が、飢色騎剣を握る右手を打った。
 翻して放たれた一撃だ。袈裟懸けに入る斬線ではなく、唐竹に走る剣閃ではなく、腹を撫で切る一閃ではない。刃の生える手元にそれは来て、見過ごしてしまった。
 それだけで何かリズムが狂ってしまったかのように、不意に夕映は動揺した。
 その隙を、刹那は逃さない。
 逃しはしない。
「――――奥義――――」
 収斂する。
 収斂していく。
 練り上げられた気を、夕凪に満たし、纏う。
 これまでになく充実している。
 不可思議に、充足している。
 楽しくはなく、嬉しくはない。
 只、満たされている。
 練気、集束。
「――――斬岩剣――――」
 それは、無心に放たれた。
 横一文字。
 僅かに鈍い手応えを覚えて、押し通した。
 ――入った。
 確かな感触と共に、小気味良く綾瀬夕映は飛ぶように落ちて行く。地面に叩きつけられる軌道。
 抵抗のある鈍い感触ではあったが、確実に入っていた。致命傷かどうかは怪しいが、あれがダメージにならない筈がない。まずは一撃。
 だが。
 あの感覚は何だったのか、と刹那は思った。
 周囲の全てが我が物の様に感じ取れた。大気の分子の一つ一つまでも把握していたような感覚。全能感にも等しい超感覚。今よりも、もっと高い所に身を置いていた。
 願わくば、あの感覚をもう一度。と刹那は考えて――
 剣を掲げた。
 防御姿勢。
 目の前に、既にそれはいた。
 頭上に振り上げた長柄戦斧。
 軋軋と鳴る刃の腕。
 炎を纏った少女。
 それはこれまでとは一線を画する超速度を以って刹那の立つ場に到達し、その膂力で以って剣を撃ち下ろした。
 轟音。
 刹那は砲弾の撃ち出される音を聞いて、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。
 砲弾は翼の少女そのものだ。
 その膨大な運動量は強固な大地に変容を強要した。大地は押し潰されたように撓み、衝撃は刹那の意識を速やかに奪い去った。
 抵抗など許されない圧倒的膂力を前に、桜咲刹那は敗北を喫した。
 しかし対する夕映も同様である。
 その身に受けた一撃に辛うじて意識を保ち、半ば無意識に動いてはいたもののすぐに限界が訪れた。
 積み重ねられた圧倒的技量を前に、綾瀬夕映は敗北を喫した。


          ◆


 事の終わりを見て取った枯葉山之路は、まず拍手にて両者を称えた。
「見事。いや見事だお二人さん。見事としか言い様が無いね全く」
 ぱちぱちと唯一人だけの手を打ち鳴らす音が響く。
「魔法なんて禄に使う余裕は無かった。互いが互いに剣だけで良かった。相手を窺うのは剣を合わせながらで良かった。互いを殺す事だけを考えていた。互いを理解して殺し合っていた。全力で殺し合っていた。己が意志で殺し合っていた。生命を賭けて戦っていた。――お前達は」
 認めよう、と之路は独白した。
 強烈で確固とした意志を以って戦ったお前達は化け物に違いなく、また確かに人間に違いない。そんな純粋な意志を原動力として争うのは、人間以外に有り得ない。
 人間は愉快だ。
 人間の作り出すものは愉快だ。
 しかし最も愉快なものは、人間そのものだ。
 強烈で純粋な自我のぶつかり合う様は、美しくすらある。
 誇れ、と。
 誇って良いぞ、と。
 枯葉山之路は称えた。
「美しいな――お前達は」

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