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二十話 投稿者:駄作製造機 投稿日:02/13-16:51 No.2042
修学旅行から帰ってきて一夜が明けた。
ニコラスは新幹線から降りて住処である教会に直帰。荷物を置いた後でアーロンの所にパニッシャーを預けにいった。
ニコラスはアーロンに呆れられると思っていたが、その時のアーロンの表情はどことなく嬉しそうな苦笑だった。
彼曰く、砲身部分は魔法の国で量産試作された特殊合金で出来ていて、どれだけの魔力に耐えられるかのテストも兼ねた試供品として彼の所に回ってきたものを加工したものらしい。
ニコラスは知らずに行っていたテストの結果は上々で、既存合金よりも性能が倍近く向上していることが確認できたらしい。これまでニコラスは万の集束魔弾を数えるほどしか使っていないが、その殆どが放つ前に砲身の暴発という結果に終わっている。それらの五倍の魔力を一回とはいえ維持できた結果から鑑みると、この合金の完成はまさに革命的と言えるとのこと。
ずいぶんと気分がよいらしく、彼は代金は無しでパニッシャーの修理を請け負った。ニコラスはニヤニヤ笑っているアーロンを気味悪げに見ていたが、只で直るなら別に良いかとさっさとその場を退散した。
一夜明けた今日。ニコラスはシャークティ担当の教会に紙袋を提げて向かっていた。
詠春からの土産は報告書と共に既に学園長に渡してある。やがてニコラスは大きな教会の前に辿り着いた。
ニコラスが管理を兼ねて住んでいる教会とは規模が全く違う。大きさは二倍以上で塗装も褪せていない。植木なども完全に手入れされていてあらゆる面でニコラスの住処を上回っていた。
かつてシャークティに聞いた話によると学生結婚の会場として使われることもあるらしい。
その教会にニコラスは入ってゆく。
扉を開けると人の姿は見えず、がらんとした印象を受ける。だがミサなどの『何か』をやっていない教会などそういうものだ。熱心な信者以外は偶に懺悔に訪れる人間がいる程度。基本的に静寂の中に存在しているのが教会である。
時刻は昼過ぎ。太陽光がステンドガラスを透過し中央の通路に光の紋様を浮かび上がらせている。其処まで彼は歩いて立ち止まる。
軽く上を見ると大きな十字架がニコラスを見下ろし、その根本には沈黙しているパイプオルガンがある。
「………………」
ニコラスはそれを見てただ無言。その目の焦点は現在ではなく何処か遠い過去を見ていた。
此処はニコラスがこの世界に現れた場所。
ニコラスの精神は二年前に跳んでいた。
●
空の色は既に深い群青色。満月が大地を照らしていた。
麻帆良学園都市内部でも大きな部類に入る教会に一人の少女がいた。
「おわった~~修行も兼ねているとはいえ、さすがに疲れるな~」
伸びをしつつ独り言を言う少女は修道衣を纏っている。少女の名は春日美空といった。
週に一度の掃除。本来ならば数人でするべき作業だったのだが、部活の関係で遅れてしまった美空は仕事が遅れてしまって終わったのがつい先程。ココネは手伝うといってくれたが時間も遅くなることだからと宥め賺し、先に戻らせてある。
窓を見ると既に外は闇の帳が落ちていた。時計を見ると既に八時。学食は既に閉まっている時刻だ。夕食は帰り際にコンビニで買うことになるだろう。
美空は溜息をついて、「いけない」…口に手を当て、
「溜息ついたら運が逃げるって言うしね」
そう呟いて大扉に身を向けた。所々に点いている蝋燭を消して正面の大扉を出る。教会には庭があり扉を出るとそこに立つことになる。所々雲の浮かぶ空に、満月の月明かりが庭を柔らかく包んでいた。
美空が懐から鍵を取り出し、正面の大扉に施錠をしようとした瞬間だった。
中から何か、”柔らかくも重いもの”と”重くて堅いもの”が落ちる音がした。
「?!」
美空は思わず鍵をかけようとした手を止めて耳を澄ます。今のは幻聴ではない。それを確信する。彼女の耳にはどさっという音とガシャンというが聞こえた。
その音が示すのはただ一つ。中に何かがいる、または何かあった。
先程まで彼女以外この教会内部にはいなかった。つまり何かが落ちた音だろうか? 否。なにも落ちるものはないし、例え落ちたとしてもあんなに大きな音はしないはずだ。ならば不審者だろうか? これも否である。学園都市内でも女子校エリアは警備が厳重なのだ。浮浪者はおろか、部外者が入り込んだという話も聞かない。
美空はしばらくの間迷っていたが、
(まあ、危なかったら逃げればいいか)
と結論して大扉をゆっくり左右に開いた。念のためにカードに手を当ててておく。
彼女の力を加えられた扉は軋んだ音と共に左右に開き、扉自身の自重によって最も大きく開いたところでその動きを止めた。
月光が内部に差し込む。扉から数メートルの所までが月光に照らされ、それ以外の所では窓のある部分しか見ることが出来ない。
そして美空は浮かび上がった部分にあるものを見つけた。
それは白を基調にした無骨な十字架だった。記憶を見返すがこの教会にはあんなものはない。さっきの音の内一つはこれだろう。
直線のみで構成され、交差しているあたりは黒く、それ以外は白く塗られている。交差している部分に丸い穴が空き、其処にはドクロをイメージしたものがはめ込まれていた。材質はよく判らないが先程の音と現物を見るに金属製のものだろうと推測する。
そして驚くはその大きさ。もしも立てたらば彼女の背を上回ることだろう。
「十字、架?」
思わず呟く。そしてその奥に闇より尚暗い何かが横たわっていることに気がついた。
「なに……?」
ゆっくりとそれに近づく。そこで月明かりがふっと途絶えた。闇に包まれる教会。美空はその場に留まり、再び月明かりが差し込むのを待つ。
僅かの間の後に再び月明かりが差し込んできた。先程まで差し込んでいた部分に加えて大扉の上にあるステンドグラスからも光が差し込む。差し込んだ光は十字架の奥を照らした。
「ひ……と……?」
真っ黒な人間がそこに横たわっていた。
●
「……はい、そうです。私が出るときには誰も……解りました。お待ちしております、シスター・シャークティ」
美空はそう締めくくって携帯の接続を切る。そして戸惑いながらも後ろを振り返った。
妙なことが起こったならばとりあえずシャークティに連絡を回せといわれていたために少し前に買った携帯を使って連絡を入れたのがほんの五分前。
現状を話していく内にシャークティの声は厳しくなってゆき、すぐに向かいますと言って切られたのがほんの数瞬前。
彼女の視線の先には仰向けにした男が横たわっている。黒い上下の襟元から白いシャツが覗いている。髪も黒く、日に焼けている肌は浅黒い。体の向きを変えた時に気がついたのだが、適度な筋肉がついていた。
十字架だが重そうだが案外軽かった……二十キロ程だろうか、やはり重い。とくに動かすのもあれなので放置したままである。
美空は男を見て思考する。
(誰もいないはずの教会に十字架と共に現れたこの男性。誰なのかしら……服装は真っ黒でヤクザみたいだけど……あ、よく見ると結構格好いいかも)
思考は単純な考察から観察にシフトする。そして一端その方向に向かうとどんどん深みにはまっていく。美空は背後で自動車が止まる音がしたことにも気がつかなかった。その車から降りた人影が彼女に歩み寄る。
「……ら」
(寝ているのが残念、目を開けた状態を見てみたいな)
「……が…そら」
(どんな目をしているのかな? 子供のような……いや鷹のような鋭い目かな)
「聞いているのですか! 春日美空さん!」
「!? はいぃ! シ、シスター・シャークティ?! 何時来たんですか?!」
大きな声で名前を呼ばれて美空は驚きに身をすくませた。声の主を見て再び驚き、反射的に叫ぶ。
彼女を呼んだカソックを着た女性……シャークティは溜息と共に言う。
「少し前にです。全く、呼んでいたのに返事をしないんですから……」
「す、すみません!」
「反省しているならよし。……で、彼がそうですか?」
と床に寝ている男に視線を向ける。美空は頷いて口を開く。
「はい、物音がしたので私が入ったところ、十字架と共に倒れていました」
「なるほど……もう一度聞きますが貴方以外、確かにここに誰もいなかったのですね?」
「はい。確かに誰もいませんでした。主の名に誓ってもいいです」
そう言った彼女をシャークティはたしなめるように言った。
「そうぽんぽんと主の名に誓ってはいけませんよ。誓うのは己の心に誓うべきと言っている筈です」
「すみません、シスター・シャークティ」
「次からは気をつけるように。大体状況は解りました。後は私が処理しておきますので美空さんは戻ってもいいですよ。……そうそう。助手席の所にコンビニのものですが食事が入っています。持ってゆきなさい」
「ありがとうございます」
そう言って美空は教会を後にした。
乗用車の助手席からパンと飲み物を回収し、それらを手に提げて寮に足を向ける。
彼女は歩きながら先程まで見ていた男のことを思い返していた。
……見た目は悪くなかったかな、寝顔が意外とあどけなくて良い感じ。起きているところを見てみたかったな。どんな人なんだろう? ……また会えるかな?
好奇心旺盛な彼女はそんなことをつらつら考えつつ帰路を歩く。
数日後、あの男と再会することになることを彼女はまだ知らない。
●
美空が去ったのを確認したシャークティは教会の周囲に遮音結界を張る。そして寝ている男に向かって口を開いた。
「もう気が付いているはずです。狸寝入りもいい加減にしたらどうですか?」
「……鋭いのう、あんた」
そう言って男は身を起こした。首をひねりながら立ち上がる。
「で、ここは何処や。見た感じ教会やが……」
「ここは麻帆良学園都市、その一角にある教会です。今度は此方から聞かせていただきます……貴方は、誰ですか?」
「麻帆良学園都市……? 聞いたこと無いなあそんな街。はぐれのプラントが落ちたんかいな?」
「何を言っているのかは解りませんが、先に此方の問いに答えてください。貴方は誰ですか?」
シャークティは男の言葉に変なつっかかりを感じながら改めて問う。男は、
「セメントな姉ちゃんやの……ワイはウルフウッド。大陸を流しつつ、神に仕える巡回牧師をやっとる」
そう言った。
●
質問してきた女性にそう答えた彼だったが、内心はかなり混乱していた。
意識が戻ったのはついさっき。二人の女が話しているところだった。しかし意識は早い段階で覚醒したものの、体は深い眠りから覚めたような倦怠感に包み込まれていて殆ど動けなかった。ゆっくりと体が覚醒してゆくのを感じてとりあえず安堵の息をつきかけたところで、それが”あり得ない”感覚ということを思い出した。
そもそも自分は、ニコラス・D・ウルフウッドは死んだはず。家族を守るために戦って、リヴィオを救い、トンガリと末期の酒を飲み、紙吹雪の中死んだはずだ。
だがここに存在があることは五感と直感が告げている。自分は生きている、と。
解らないことだらけだった。パニッシャーは何故か足下に転がっているし、女が言った街の名前など聞いたこともない。
完全に死に体だった体は完全に癒えているのが感じ取れた。
そして何となく感じる違和感。それに気が付く前に目の前の女がとんでもないことを言った。
「ウルフウッドさん、でいいでしょうか。私はシャークティです。単刀直入に聞きます。貴方は魔法使いですか?」
「…………………………」
魔法使い。ニコラスに向かい合うシャークティはそう言った。彼は思わず目の前の女性を見つめるが、女性は真剣そのものの表情で見つめている。
少なくとも目の前の女性は本気だ。
そう考えたニコラスは、しばらくの沈黙の後にこう答えた。
「……いっぺん医者に診て貰ったらどうや? そんなことを信じていることを他の奴にバレたら退かれるで?」
「よけいなお世話です! どうしてそういう結果に行き着くんですか!」
「いや、そう言ってもそう考えるしかないやろ。いきなり魔法使いかって聞かれたら相手の正気を疑うで? いや、マジで」
シャークティは怒りを抑えつつニコラスの言葉尻から関係無しと判断する。彼の体から圧倒的な魔力を感じたので聞いてみたのだが返答はさっきのあれだ。怒りを覚えたが彼の反応は自然そのもの。躊躇無く答えたことから本当に知らないことが伺える。彼女は怒りを抑え、努めて冷静に言葉を紡いだ。
「もう良いです……忘れて下さい。では次に、何故ここにいるのですか? ここは男子禁制の女子校エリア、貴方のような男の人が勝手に入れる場所ではありません」
「いや、気が付いたらここにおったんや。たしかワイはあそこで……」
そこでニコラスは言葉を切り、
「くたばった筈なんやけどな?」
あっさりと言った。
シャークティは混乱した。彼が魔法使いではないのは明かだが一般人よりも高い魔力を持ち、気が付いたらここにいたと言う。さらには以前死んだはずだというのだ。
彼女は目に魔力を込めてニコラスを見るが完全に実体を持っているのが解る。少なくとも幽霊のたぐいではない。
いつになく動揺した彼女は思わず口にしていた。
「くたばった……とは」
「言ったそのままや。ワイはカルカサスで確かに死んだ筈……なんでここにおるんや?」
「私にそう言われても……それにカルカサスとは?」
「ディッセムバの近くの孤児院のあたりや。彼処で……」
「ディッセムバ? 何処の街です? アメリカですか?」
「いや知っとるやろ、結構大きな街やで? 七大都市に匹敵する大きさの街なんやし」
「七大都市? 少なくとをも私はそんな街は知りません」
「「?」」
二人は会話がかみ合っていないのを理解した。ニコラスは考えた末に怖ろしい考えに至り、恐る恐る尋ねる。
「えっと……ここ、なんて星や?ついでに今何年や?」
「いきなり何を言うのです貴方は。ここは地球で、西暦二千一年です」
なにを当たり前のことを聞いているのかといった風なシャークティの言葉に、ニコラスはたっぷり一分は考え込んだ後。
「いきなりやし、さっきのあんさんが言ったことと大差ないと思うんやが……」
「はい?」
「ワイ、未来から来たみたいや」
●
十五分後。ニコラスとシャークティは学園長室に立っていた。自分の範疇を大きく超えていると判断したシャークティが学園長の指示を仰ぐために彼を連れてきたのだ。
ここに来るまでの道のりでニコラスはここは想い憧れた地球(ホーム)だと思い知ることとなった。一つしかない月、葉の生い茂る木々。木で造られた建物に砂地を走ることを想定していない自動車。そして何よりも重要なのが息を吸ったときに感じる砂の存在がないことだ。
砂だらけのあの星では惑星の上にいる限り砂の混じった空気を吸う。その独特の感触がない。
その事実はちょっとした寂しさを感じたが、地球であるという事実がそれを上回る興奮をその心に与えた。
「彼がそうかの?」
「はい。私では対処しきれないと判断し、学園長に指示を仰ぎに来ました」
「解った。さて……ウルフウッド君、でいいかな?」
「ああ、好きにせえ」
「ではウルフウッド君。君は未来から来たと言うことだが、それは事実かね?」
「さての、ワイが覚えてるんは……」
ニコラスはかいつまんで話した。数百年の後に地球を出発する移民船団があること、それらがあることで砂漠の星に墜ちたが人は細々と生き残ること。ある男が人類を全滅させようと活動して、自分は家族を守ろうと闘い、死んだ筈だと。そして気が付いたらあの教会にいたということ。
未来から来たという理由は空気、暦などが全く違うということ。
「……ワイはそう認識しとるが、客観的にこの事象を観測した第三者はおらん。つまり予測は出来るが事実とは限らんちゅう事や」
「ふむ……君の言っていることが真実ならば君は未来、もしくは平行世界から来たのだろう。少なくともここに存在することは確かじゃ」
「そうやの。何故かワイは生きておる。それが事実や」
「まあ原因がわからん以上、この件はもうどうしようもないのぅ。時にウルフウッド君。君は何が出来るかね?表側、裏側問わずに、だ」
近右衛門の言葉にニコラスは迷う。自分の本性を言っていいのかという迷い。だが近右衛門の視線はあいつの視線に似ていた。来るもの全てを受け入れる目。
ニコラスは言っても良いかと思い、自分の出来ることを話す。
「ワイが出来るんは、牧師としての仕事に……」
ニコラスはそこで持ってきたパニッシャーを起動させた。長い部分が立てに割れ、銃口が現れる。
驚く学園長達を目に、続けていった。
「殺すこと。胸張って言えるもんじゃないがの。戦うことと牧師以外ろくに出来へん」
「なるほど……ちなみに自称する強さはどれぐらいじゃ?」
「人を踏み越えた殺人嗜好者とやり合えるぐらいは」
「なるほどの、ウルフウッド君はこれからの当てがあるかの?」
「いや……何もかもないの。着の身着のままで金もない。はっきり言ってどうしようもないの」
事実だ。彼がもっているのはハンドガン二丁と予備弾倉が二つ、懐にある財布には五$$程はあるがそもそも通貨単位が違うだろう。
内心途方に暮れていたニコラスだったが、目の前の老人から放たれた言葉に驚いた。
「なら教会の牧師になってみんか? そうさのう……寂れた教会の管理者がおらんかったはずじゃ、そこに住んだら良い」
「学園長!?」
「本気で言ってるんか? 人殺しを懐に飼うつもりかい」
シャークティは思わず一歩前に踏み出し、ニコラスは驚きの表情だが呆れたような口調で言う。学園長はシャークティを宥めてニコラスに言う。
「本気じゃよ。君とて好きで殺したわけでもあるまい。生きるために仕方なくなら十分に情状酌量の余地はある」
「どうかの。次の瞬間主等を殺すかもしれんで?」
「……っ!」
ニコラスは言葉と共に殺気を出す。それに反応したシャークティは飛びすさって距離をとった。学園長は平然と言う。
「ワシは人を見る目はあるつもりじゃよ。君はそんなことはしない。それにただ教会の牧師をして貰うわけでもない」
「どういう意味や?」
ニコラスは殺気を消して問う。
「住むところは提供するが生活費などは自分で稼いで貰う、という事じゃ。君は自称戦う者なのだろう? そして我々は魔法界に生きる者。その世界には君が働ける仕事など腐るほどあるし、この学園も人手不足なのは事実。差し当たっては警備員と人外の妖物の排除の仕事をやって貰おうかの」
「…………」
「命の危険はあるがの、稼ぎは良い。どうじゃ?」
「話がうますぎるで。何が狙いや」
「なに、単なるお節介じゃよ。後は単純に人手が足りんからじゃ」
学園長の言葉にニコラスはしばらくの間黙考する。無論学園長である近右衛門にも思惑はある。
一つは人殺しを自称する人間を野放しにするぐらいならば監視できる状況に置いておいた方がよいということ。
もう一つは先の一つに関係するが、今のところ表面化していない西との対立がある。先程の尋常ではない殺気でもわかるが、戦いの経験があるものがニコラスを少し観察すれば彼が強く、戦える人間だということは理解できるだろう。
その彼が西の刺客として送り込まれた場合、こちらは大きな損害を覚悟しなくてはなるまい。近右衛門は一見にしてニコラスにそれほどの評価をしていた。
ニコラスもある程度相手の思惑は理解していた。流石に『こちら側』での勢力争いなどは理解の外だったが、学園長の一つ目の思惑には思い至っていた。
その上で彼はたっぷり一分間思考に浸った沈黙の後。
「一番手軽な選択肢はそれやな。ええで、その話、乗らせて貰う」
そう答えた。
彼は『この世界』において存在すらしていない人間である。考えを纏めたりする時間を稼ぐために、とりあえずの平穏を得るには悪くない選択肢だろう。
学園長はその回答に軽く安堵の息をつき、
「商談成立じゃな。詳しい契約や今後に関しての話は後日改めて、という形で良いかな?」
「構わんが……今日はワシ、何処で寝ればええんや?」
「ふむ……」
ニコラスとしては野宿でも別に構わないのだが。
思案の言葉を吐息と共に呟いた学園長は意味ありげな視線をシャークティに向ける。その視線に気が付いた彼女は全力で首を横に振り、拒否の意思表示を行う。が。
「今晩彼を一泊させてやってくれんか、シスターシャークティ。ちなみにこれは要請ではなく命令じゃ」
「ひ、卑怯ですよ!? 学園長ともあろうものが職権乱用ですか?!」
「ふぉふぉふぉふぉ! 職権乱用? 何を言っておるのかな? ワシはただただ合理的な判断の上で君に任せるのじゃよ。別に寝ているところを起こされたとか厄介ごとを持ち込んでくれたからその仕返しだとかこれからの仕事を考えると憂鬱になるとかその様なことは考え通らんぞ?」
「思いっきり考えているじゃないですか~~~~~!!!!」
「…………………………」
ニコラスは哀れな中間管理職である彼女の絶叫を聞いていた。
数分後、学園長による説得(脅迫とも言う)によって彼女はニコラスを一晩泊めることを了承した。
「いいですか! 変なことや不埒なことをしたら即刻叩き出しますからね!!」
ちなみにニコラスは知るはずもないが彼女の自宅は地上十一階。落ちたら簡単に死ねる。
最もヴァッシュと共に空飛ぶ箱船から重傷で墜ちて助かったニコラスである。案外生き残りそうなものだが。
ニコラスはやれやれと言った風に溜息をついて言った。
「ワイはそんな節操なしやない。オマケにこれでも聖職者やで? 『汝、姦淫する事なかれ』や」
「む…………」
「まあ今晩だけの措置じゃ、我慢してくれ。それとウルフウッド君。一応言っておこう」
「なんや」
ニコラスが何気なく答えると学園長の気配が激変した。先程までの好々爺のような雰囲気は跡形もなく消え去り、そこには戦う者の気配がある。
「君がもし我々に敵対するというならば、私を筆頭とする学園都市二百を超える魔法使い達が君の敵となる。それを忘れるな」
「わかっとる。ワイは人殺しやがそれぐらいの分別は持ち合わせとるで」
「わかっておるよ。一応、念のためじゃ。気分が悪くなったのならば謝罪しよう」
「気分は悪くなっとらんが、謝罪は受け取っておこう」
そう言いつつ彼は学園長室を辞した。慌ててシャークティも彼の後を追う。彼女は出がけに学園長に向かって一礼することは忘れなかった。
そのままシャークティの家にニコラスは転がり込み、再び眠りについたのだ。
●
「……懐かしいことを思い出したもんや」
「……あら、ウルフウッドさん。どうしたんですか珍しい」
言葉に反応してニコラスは奥に通じる扉を見やる。其処は開け放たれていて修道服の女性が出てくるところだった。
「ああ、京都土産を渡そう思うてな」
彼は手にした紙袋を掲げつつ言う。
女性……シャークティは微笑みを浮かべつつ、
「ああ、わざわざありがとうございます。……そうですね、お時間がありましたらお茶でもいかがですか?」
「別に急ぎの用事があるわけなないし、かまわへんで」
「ではそうしましょう。準備するので少し待っていてください」
そうニコラスを茶に誘い、再び部屋の中に戻っていった。
彼はその後ろ姿を見ていたが、やがて視界からシャークティが消えると教会のシンボルである十字架を見つめた。
「何でワイが此処に居るのか、考えたところで答えは出えへん。あの砂漠の星を忘れたわけやない……」
こちらに来てからの興奮は一夜にして消え去り、それから一月は後悔と罪悪感に苛まれ続けた日々だった。
豊富にある水や食料。僅かな硝煙の匂いも感じられぬ空気。命の危険が限りなく少ない世界の雰囲気はニコラスを追い込むには十分だった。
何故自分だけが。何故これほどの星を捨てなくてはならなかったのか。何故。
何故。
そしてこの平和に身を置いているとどうしようもないぐらい自分の手が重く、紅く、臭ったのだ。
命の重さ。血の赤色、臭い。死の臭い。
過去という名の鎖にがんじがらめに固められ、つぶれかけていたニコラスを救ったのはシャークティと美空、ココネ、エヴァだった。
シャークティは聖職者として彼の罪を許し、
あることで彼の過去を知ったエヴァは悪としての矜持を語り、犯した罪に真っ直ぐ向き合って歩けと説いた。
美空は拙い言葉で精一杯励ましてくれて、
ココネは無言で、慰めるかのように隣に座っていた。
彼女達が彼を縛る鎖を弛めていってくれたのだ。
二ヶ月をかけてニコラスは自らの内面に折り合いを付けることが出来た。自らの全てを受け入れて、なおも前に進めるニコラスに。
彼女達がいなければ今頃ニコラスは此処にいなかったことだろう。おそらく銃弾を自分の頭に叩き込んでいたに違いない。
「今では、あいつらや新しく出会った奴等を守っていきたいと思うとる」
あの星に戻りたいという気持ちはなくなっていない。彼女達を守ることも代償行為かも知れない。
だが、戻ることは出来ないのならば、せめて関わり合いになった人だけでも守り抜いて、自分のような人間を生み出さないようにすることが今のニコラスの在り方だ。
だから。
「今までワイが殺めた人々よ。見捨ててしまった人々よ。呪うならば呪え、恨むならば恨め。
お主等のことを忘れず、ワイは誰かを守ってみせる。そして足掻き続けた後にワイは地獄に降りよう。それまで生んだ罪を背負い、煉獄の罰を受けに。
だから今しばらく待っていてくれ」
そうニコラスは虚空に呟いた。
その直後にシャークティが彼を呼ぶ。
「ウルフウッドさん。お茶の準備が出来ましたよ」
「ああ、今行く」
彼はそう答えて十字架に背を向け、歩いてゆく。
十字架の奥の窓から差し込んだ光が影を作る。
罪を背負う彼を象徴するかのように、ニコラスの影に影の十字架が重なった。
後書き
過去編そのいち。
こんにちは、駄作製造機です。
とりあえず此処で修学旅行編は終了です。
感想などお待ちしております。
駄作製造機でした。
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