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 ネギサマ第8話 「暴走バドトリップ」 投稿者:ドゴスギア 投稿日:04/22-23:43 No.2318  

 落ちる。
 墜ちる。
 堕ちる。
 肉体無き意識だけがゆるゆると滑落していく、身の毛もよだつような感覚。
 知っている。
 この感覚、知っている。
 もう少し経てば、黒い混沌に覆われた視界が開ける筈。
 落ちて。
 墜ちて。
 堕ちて。
 その果てに、波も引けよの勢いで黒が消失した。
 感覚としての下方に広がるは、この世のものと到底思えぬ美しさを誇る世界。
 緩やかに川が流れ、桃色の霞掛かった大気は蕩けるように甘い。
 ここへと来たかった。
 ここには来たくなかった。
 矛盾した思考が混濁し、しかし何となく有耶無耶のうちに流してしまう。こんな場所でも貴尋は貴尋だった。
 ゆっくり降りていく感覚。
 川幅の丁度中央辺りで降下は止まり、同時に上流から何かが流れてくるのを視認する。
 ――――大輪の、蓮。
 二抱え三抱えは有ろうかという程に巨大な蓮が、ゆらゆら揺れながらこちらに近付いてきているのだ。
 さほど待つことも無く、大輪の花は貴尋の前で静止。川の流れは淀みないままで、あたかも時が蓮の周りだけ止まっているような錯覚を覚える。
 ゆるゆる蓮が花弁を開き始める様を、貴尋はただ静かに睨み付けていた。
 水の流れる音のみが、耳朶を打つ。
 やがて桃色の花弁は完全に開き、蜂の巣のような花托が姿を見せた。
 その上に、白い像が浮かぶ。
 亡とぼやけた輪郭は幽鬼のようで、しかし確かに感じる威圧がそれを否定する。
 こいつがそんな生易しい存在であるものか。
 心中で毒づく貴尋、それに呼応するがごとく揺らいでいた輪郭が瞬く間に結像した。
 白。
 その者は、白。
 白い肌に波打つ白布を羽織り、白髪をざらりと流す男。
 一際白い瞳が、貴尋を睥睨する。

「…………死せる魂よ。ようこそ、三途の川辺へ」

 静かに男は口を開いた。
「久方振り、と言おうか? 櫻井貴尋の魂」
「ああ、久し振り……カロン」
 平静な喋り口に、貴尋は苛立ち交じりの返事を叩きつける。
 カロン。
 三途の川の渡し守にして、貴尋から平穏と日常を奪った世界の調律者が一人。
「不満たらたら、といった顔だな」
「ったりめーだ。この状況、テメェらの差し金なんだろ? 相変わらず鼻持ちなんねぇな、妙な事に巻き込みやがってからに」
「ふ、そなたの不遜さも相変わらずだ」
「抜かせ」
 吐き捨て、視線で射殺さんばかりに睨め付ける。
「まぁ、差し金くんだりと言われども否定は出来ぬな。お前をそちらに送り込んだのは、紛れもなく私達だ」
「わたしたち、ねぇ。なぁに隠してんだ裏によ?」
「それを語るには、今のそなたは弱すぎる」
 くつり、微かに笑いながらカロンは黒瞳を見据えた。
 弱い。その言葉に吊り上る、貴尋の眦。
 交錯した視線を、どちらも外そうとしない。
 一瞬とも永劫ともつかぬ間を置いて、先に貴尋が視線から棘を抜く。
「ただで教えてくれる程、まぁ、テメェは優しかなかったな」
 何かを、恐らくは自らを嘲るように一つ笑って、貴尋はぷつりと呟いた。
「残念だろうが、近い内にそなたは再度この三途を訪れる事となろう」
「また誰かに殺されるってかよ? 堪ったモンじゃねぇ」
「肉体が致命の損壊を受けぬ限り、運命がそなたを決して死なせはせぬ。尤も、それすら覆しかねぬのがそなたというモノか」
「俺をなんだと思ってやがるテメェは」
「決まっていよう? ――――人の身で無間地獄を超え、人の身で千神万魔を従え、人の身で狂える姫神を災禍より救い出した、まっこと恐るべき凡人だ」
「最後褒めてねーだろ」
 さも可笑しそうにするカロン、憮然とした表情の貴尋。見事なまでに対照的だ。
 冗談だ、三途の渡し守はあっさり言って退ける。実に性格が悪い。
 それへ文句の一つでも言おうと口を開きかけ、
 ――ざり、ざりりぃ!
 異質極まりない音に、貴尋は脳を劈かれた。
 視界が幾重にも幾重にもぶれ、無数のノイズが次々耳を抉る。
 これは、覚醒の兆し。
 意識が徐々に剥落していく。
 別れの言葉など言う間すら無し。
 開いている筈の眼球も、既に明暗すら捉えられなくなっている。
 ノイズが途切れ、同時に全身の感覚も消失。
 最後、全てが混沌の黒へと沈んだ瞬間、

 ――――■■■を、しんじろ

 聞き慣れなかった、だけど聞き慣れてしまった声が


□■□


 どんより。
 そんな形容詞がとっても似合う感じにシェイは沈みきった顔をしていた。転入二日目にしてコレかよ。
 彼女を心配そうに見詰めるのは、昨日の一幕でだいぶ親しくなった木乃香。
「どーしたんやろ、支衛ちゃん」
「環境が変わると色々大変だからねー」
「五月にはまだ早いですけど」
 傍のハルナが、触覚をみょんみょん動かしながらしたり顔で言う。夕映も然り。
 遠巻きに見詰める刹那の目が、切ない。
 昼休みという事もあって、教室内や廊下は喧に包まれている。
 しかし、シェイの周囲半径1メートルだけは陰鬱な沈黙がわだかまりまくり。正直煩わしい事この上ない。
 シェイがこんなにぶち凹んでいる理由、それは至極単純にして兎角明快。

 昨日、貴尋から連絡が来なかったのだ。

 たったこれだけと言えば否定するべくもないが、シェイの身にしてみればそれこそ授業サボってでも主を探しに出たい程精神的に参っているわけである。そうしないのは偏に貴尋の言い付け(学校にちゃんと通う事)を守るため。
 ぐでりと机にもたれ、嘆息。辛気くさいし邪魔くさい。
 今が休み時間だから良いものの、授業中にこんな態度取ったらネギまで凹んでしまいそうだ。
「あぁうぅ、ますたぁ~~」
 腕で顔全体を覆い、誰にも聞こえないよう小声で呻く。耳聡い刹那がうっかり聞いてしまい眉を顰めたのはここだけの話。
「…………そんなに気になるのなら、先生に許可を貰って探しに行ったらどうだ?」
「けど、マスtもとい兄さんにはしっかり学校通えと言われてますし~」
 余りの奇態振りに思わず話し掛けてしまった刹那へ、うぞうぞ頭を揺すりながら返事を投げるシェイ。投げ遺り感が漂いまくりだった。
 駄目だコイツ。内心ひっそり呟き、取り敢えず刹那は押し黙る。
 なまじっか彼女の正体を知ってしまっている分、背負わなくていい筈の荷物を勝手に背負っている感があり、何とも気分が悪い。
 と。
「――――ん」
 急にシェイが顔を上げた。
 険しい目つきで二度三度首を巡らし、やがてフルオープンな窓の方へ視線を固定。
 かたり、立ち上がった拍子に椅子が揺れる。
 その妙な気迫に、窓から彼女への延長線上に立っていたクラスメイト達は我れ先にと道を開けた。
 鞄を引っ掴み刹那に一言。
「桜咲刹那、ネギ・スプリングフィールド先生に私は体調不良で早退すると伝えておいて下さい」
「あ゛ぁ゛!?」
「こういう事を頼むのは大変に心苦しいのですが、貴方を信じての事。では失礼」
「ちょっ、ま、待ておまっ!!」
 止める声も聞かず、シェイは颯爽と教室を駆け出した。すでに上履きからローファーへと靴を履き替えている辺り用意周到と言うべきか否か。
 追い掛けんと刹那が足に力を込めた瞬間、与鈴が鳴り。
 窓際に足を掛けると同時に、ネギが教材を手に教室内へ入って来て。
 準備が早いのは好ましいけれど、如何せんタイミングが悪く――彼は、造魔少女が 跳躍/飛翔 する様をバッチリ目撃してしまう。
 数多響く、息を飲む音。
 珍しく何もしていなかった月詠は、どっかしらから「I can fry!」と叫ぶ声を幻聴してこっそり笑った。不謹慎である。
 慌てふためく者、唖然とする者、我関せずを決め込む者、現実から逃避する者。
 その様、まさに煉獄。少なくともネギにしてみれば。
 大口開けて固まる彼の元へ、刹那が思いっきりイヤそうな顔をしつつ近付く。
「ネギ先生」
「さ、さく、さくらざ、さくらいさんが、あわあわわ!?」
「櫻井は体調不良で早退するとの名目でサボタージュを敢行しました――――たった今」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 驚愕も然るべし、である。転入2日目にしてこれかよ。
 もはや半泣きでネギは狼狽えまくっていた。一応シェイの監視官役を仰せつかっている筈なのだが、イマイチ。
 首を窓の向こうに向ければ、土煙を巻き上げながら遠ざかるシルエット。
「…………薮を突ついてみたが最後、まさか竜が出るとは」
 誰にともなく呟き、刹那はゆっくりと緩慢な動きで自分の席へ戻る。事態を収束させる気なんか毛頭無い。
 その途中で、木乃香が途轍も無く不安げかつ心配そうな顔で尋ねてきた。
「な、なぁせっちゃん、ほんまに大丈夫なんかな?」
「…………彼奴の事なら、きっと大丈夫でしょう。あのタイプは治らない代わりに死にもしません」
 馬鹿が、である。


□■□


「――カラ、一思イニ――」
「ふざけ――れは私の流儀に――――」
 目覚めたら、周りが何やら煩い。
 カロンとの短い邂逅を終えてこちらに戻ってきた貴尋は、全身が大声で悲鳴を上げている事にやっとこさ気付く。
 脳の中で唸り続ける鈍痛と、体中に纏わり付く倦怠感。特に首筋をジクジク苛む熱は群を抜いて不快で、乗っかっている冷たい物(きっと氷嚢)がありがたかった。
 うつ伏せに寝ている身、起こすには身体を捻るか腕に力を込める必要があるのだが、随意筋肉は全く動かない。
 横向きの顔を埋もれさせたふっかふかの枕だけが優しく思え、貴尋はハンカチを噛み締めたい気分になった。所謂汚染値おセンチモード。
 そして、ここで考え至る。 
 木造と思しき天蓋。
 近くの窓から先には真っ青な空。
 そこら辺に転がるふぁんしぃな人形。
 目線だけ右往左往し、
「…………知らない天井だ」
 最早こういったケースの決まり文句と化した台詞が零れた。
 その声に、顔の向き的に後ろ側で話をしていた先の二人が身じろぎする。
「気が付いたか」
「ケケ、折角ダカラ解体デモシテヤロウカッテ思ッタノニヨー」
 静かな物言い、不穏な台詞。
 珍妙極まりない二重奏が耳に入ると同時に、体を押さえ付けていた束縛が解けた。
 がばりと跳ね起きた貴尋を迎えたのは、目も眩む金色の髪を湛えた椅子に腰掛ける幼い見目の少女と、その膝の上に乗った人形。
 どちゃ、冷たい物の収まった袋がベッドの下まで落下。
「君は、一体…………!!」
 呟いてその少女をもう一度視界に捉えた瞬間、ぼやけていた思考が一気に覚醒する。
 金色。
 小柄な体と、手。
 見知らぬ場所。
 ベッド上を滑るように少女と反対側の方へ降り、体中に警戒を込め、貴尋は何処か様にならないながら無手なりの構えを取った。
 三途の川の渡し守に会う程死にかけた、その理由がここに来て理解出来たのだ。
 リフレインする痛み。
 じっと視線を少女から外さず、自分の腰当たりに手をやって。
 ――すかっ
 二度三度、幾ら動かそうと帰ってくるのは空を切る感覚。
 GUMPが、無い!
 背筋がまるで氷柱を差し込まれたかのように冷える。
 ヤバい。
 コイツ、ヤバい。
 本能の訴えかけてくる危険信号に従い、じりじりと後退。
 見た目で判断するな。この威圧、紛う事無く魔王級。
 貴尋の真剣に警戒した様子に、膝の上の人形を己と入れ替えるように椅子から立ち上がってから、少女は笑みを浮かべた。
「そう怯えてくれるな、取って喰うわけでなし」
「は、その割りにゃ首筋がヤケに熱いぜ?」
 怯えと言われた事に内心ギクリとしつつ、敢えて獰猛な表情を作り貴尋は首を撫でた。
 右側の肩口に、2つの小さな突起。
 しばし睨み合い、やがて少女の方が呆れの混じった息を吐いて。
「病み上がりの癖に随分とイキが良いな」
 探し物はコレか、言いながらベッドの上に何かを投げる。
 銃を思わせるデザインの、何処か現実味がない無機質なモノ。貴尋の相棒、もとい、半身――――GUMP。
 訝しみの滾った目で見る貴尋に、少女は小さく肩を竦めた。
 ケケ、椅子の上で人形が笑う。
「私の名は、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マグダウェル。察しは付いているているだろうが、吸血鬼だ」
「……悪魔召喚師兼探偵、櫻井貴尋」
 そろそろとベッドに近付いてGUMPを掴み取り、しかし敢えて構えず自然体で立つ。
 少女ことエヴァンジェリンは、その様子をただ眺めていた。
 決して華美ではないが何処か上品さを感じるゴシック調の服を纏う姿は、その可憐な容姿と相まってさながら西洋人形みたいにも思える。
「その機械、動かさなくて良いのか?」
「…………いや、やめとく。下手な事して拾った命パァにすんのもアホらしい」
「ほう」
 その言葉に、エヴァンジェリンは軽く眦を動かした。
 定位置へGUMPを戻しながら、貴尋は更に言を重ねる。
「こっちから勝手に警戒しといてアレな台詞たぁ思うが、話が通じないタイプじゃないんだろ? 少なくとも、今のアンタは理性的だ」
「確かに。相互間会話が出来る内はまだ華と言えよう」
「へぇーえ、こっちにも吸血鬼憎しって輩が?」
「ああ、当然と言えば当然だが。最近は考え無しに暴れ回る下衆がいるせいで余計その傾向が強まっている」
 吐き捨てるように、エヴァンジェリン。
 その彼女が、ふと顔を上げた。
「……謝罪がまだだったな、櫻井貴尋。先日の無礼をここに詫びよう――――すまなかった」
 唐突。
 予期していなかった言葉に貴尋は目を丸くし、チャチャゼロなる人形はまた笑う。
「え、あー、ぉぅ」
「例え相手が如何な存在であろうと、こちらに非があるならば謝る事くらいは辞さんさ」
「…………下手な奴よりよっぽど素敵だぜ、レディ」
 思わず一言。
 それへ大した感慨も見せず、ただ僅かに満足そうな顔をしてエヴァンジェリンはチャチャゼロの居住まいを正した。
 別の話があるから何か羽織って下に来い、言い捨て階段の方へ向かう少女。
 言われて下を見ると、体中をぐるぐる巻いている真っ白な布が目に入る。足はズボンの中に収まっているが、上半身は何も着ていない。
 ベッドの上には、今さっき撥ね除けたせいかしわくちゃに丸まったシーツ。
 それと床へ落ちた氷嚢に乗られ湿気っぽくなったシャツ。
 呻きながら濡れそぼったシャツを持ち上げたところで、チャチャゼロの笑い声が耳朶を叩く。
「不様ッテンジャネ、ソーユーノ? ケケケケケ」
 ぐしゃり、掌中でひしゃげる白黒ストライプの薄布。
 無言で立ち上がり、貴尋はGUMPをチャチャゼロの額へと押し付けた。
 鉄が擦れる耳障りな音を奏でながら展開される召喚機。
 ひきり、人形の頬が引き攣る。
 現状で召喚可能な悪魔は妖精トリオのみ、残りはシェイを除きブラックボックス化していて呼び出す事が出来ない。
 だが、コイツにギャフンと言わせてやるくらいなら妖精でも問題皆無!
「――――オシオキの時間だ」
「チョッ、フザケッ、テメェガソノ台詞使ッタラ流石ニファンニ刺サレRアッー!!」
 賑やかし、二人おわせば大騒動。

 侃々諤々喧々囂々。
 階下に降りた家主は、嫌でも耳に入る上階の喧噪に微妙な顔をしつつソファへと腰掛けた。
 己が従者が買い物に出掛けて、そろそろ1時間。
 太陽の位置は頂点を大分外れた程度、気温が一番上がる時間帯の2時。
 まぁ差程心配する事もなかろう、丁度思った拍子だった。
 ――Prrrr、Prrrr
 電子的な呼び声が突然に鳴り始める。
 ソファの真横にある電話だった。
 上階のバタバタした音も止み、周囲には電話が叫ぶ音ばかりが反響する。
 普段なら従者が電話口に立つのだが、生憎と彼の者は前に述した通り買い物の途中だ。
 舌打ち一つ、エヴァンジェリンは受話器を取った。
「もしもし」
 次の瞬間。
「うへへ、お、おじょうちゃん、パンt
 ――ガチャンッ!!
 取った時の緩慢な動きとはまるで逆、怒りに任せ豪速で通話をブチ切る。
 最近は春の陽気に浮かれてバカをやる人間が増えているが、今のはちょっと例外かも知れない。決まった発情期が無いのは人間の特徴であり悪性質だ。
 2階は相変わらずやっかましい事この上ない。
 茶々丸よ、早く帰って来い!
 切実にそう願いながら、エヴァンジェリンはしかめっ面で窓の外を見遣った。

 燦々と。
 太陽は何も知らぬかのようにただ輝くばかり――――


□■□


 絡繰茶々丸。
 麻帆良学園都市、女子中等部3年A組所属。出席番号10番。
 同大学工学部の粋を凝らし創造されたガイノイドにして、魔法生徒エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルの“魔法使いの従者(ミニステル・マギ)”。
 そんな彼女、現在は主人に付き添う形で学校を休学さしている。
 エヴァンジェリンと違い彼女はわざわざ休む事などないのだが、余り長い事主を一人にしておきたくないという意思に因り、こうして一緒の生活を送っているわけだ。
 して、その中における例外が、買い物。
 今日は週一の冷食4割引だったため、気合を入れて色々と買い込んできた所だ。冷食が解けてしまってはいけないので、両手に荷物を抱え急ぎ足に歩く。
 人通りの多い道を通れ。主人にそう言われてはいるが、成るべく早めに家へと着きたいのもまた事実。この時茶々丸は安全より効率を重視し、人通りの少ない近道を選んだ。
 少し歩いてから横に曲がれば、そこはもう完全な裏道。
 鬱蒼、繁った竹が周囲を薄暗色に落とし込んでいる。
 3人並べば端の者が薮に片足突っ込みかねぬくらいに狭い幅の道を、茶々丸はやや急ぎ足に歩いた。
 取り敢えず程度には人の手が入ってるのか、地面に埋め込まれた床石が歩を進めるたびにコツコツ音を立てる。
 そのまま行く事数分。
 茶々丸の音感センサが、後方から追跡してくる存在を感知した。
 足音は一つ、それもたまたま同じ方向に進んでいるという歩き方ではない。確実に追跡者のそれだ。
 歩くペースを速めれば、向こうも追従して速度を上げる。
 思考回路の中で第参級兵装(対象に比較的軽い傷を負わせる可能性がある装備)のロックを解除し、茶々丸は意を決して走り出した。
 もしや、主の元に危険が迫っているのかも知れない。
 うかうかしている暇など無し、即座に背部及び脚部のブースターを展開。
 一瞬の停滞、
 ――ゴッ バゥ!!
 そして爆裂。
 圧縮した周囲の空気を後ろ側に解放して初速を稼ぎ、途中から推進剤を利用したダッシュに切り替えて連続で地面を蹴る。
 あっという間に流れ去る光景、人通りがないからこそ可能な暴挙だ。もし誰かが今の状態の彼女にぶつかってしまったらば、4tトラックに減速なしで突っ込まれるのと同等以上のダメージを負うだろう。間違い無く致死レベル。
 普通なら追いつけない。追いつける筈がない。
 故に、茶々丸はソレを光学センサで捉えた瞬間、らしくもなく“現実を否定する”という非論理的思考をしてしまった。
 それ程までに認めたくなかったのだ。
 自らのサイドにぴったり張り付いて疾風のごとく走る、少女の存在を。
 竹葉を揺らして横道から脱出し、茶々丸は追跡者へ向き直る。
 漆式都市迷彩(半袖Yシャツにパンツスタイルの私服)を着用している茶々丸と違い、向こうが着ているのはどう見ても麻帆良中等部の女子制服。
 アスファルトを刺す日光、時間的にはおかしい程人がいない。
 ざわり風が哭き、ライムグリーンの色をした茶々丸の髪と金色に艶めく追跡者の髪をねぶった。
 じっと、見据えられる。
 あれだけの速度で走りながら息切れ一つ起こさず、しかし呼吸は何処か興奮しているよう。
 単なる女子中学生とは思わない方が良さそうだ。体内に組み込まれた無線LANで生徒名簿が搭載されたデータベースへアクセスしつつ、茶々丸はそう思考し。
「…………マスターの」
「っ?」
 不意に、相手が唇を動かしたのが見えた。
 マスター。自分に取ってはエヴァンジェリンがそうだが、記憶素子の中には追跡者とエヴァンジェリンが関わり合いになった形跡など無い。
 疑問を感じた所で、データベースの検索が丁度完了した。
 追跡者の名は櫻井支衛。つい先日、麻帆良学園女子中等部3―Aに編入された生徒。
 以前の経歴やパーソナルステータスなど“表”のデータは全てスルー、検索すべきは“裏”のデータだ。
 意識中5割を目の前、4割をデータベース、残り1割は買い物袋に向け、警戒を続行。
 しようとした、瞬間。

「マスターのニオイが、する」

 零距離に顔が
 ほぼ反射で体を後ろにスウェーした茶々丸、直後に今さっきまで彼女の頭が有った空間を颶風が薙ぎ抜いた。
 それは、腕。
 『櫻井支衛』の眼球が、ヒトの範疇内であったソレから瞳孔が無い鋼一色の球体に変じていく。
 データベース検索、該当項目発見。
 説明書きが一言だけあった。
 ――――『櫻井支衛』は、同時期に大学部へ編入された学生『櫻井貴尋』の召喚した、悪魔である――――
 茶々丸はそれで半分納得した。恐らく『櫻井貴尋』とは理性のトンだマスターがつい先日死にかけるまで血を啜った者で、そして彼女はその主を探していたのだ。
 しかし、事情を説明したところで『櫻井支衛』が矛を納めるとは到底思えない。
 昨晩のエヴァンジェリンがしていた目と、同じであった。狂気に染め抜かれた理論の通じぬ目。
「…………貴方の主人は無事です、落ち着いて腕を降ろして下さい」
「しんじるとおもうかでくにんぎょう。マスターをかえせ」
 木偶人形。
 そう呼称されたのは別に初めてというわけではない。
 言葉の内容自体も客観的な視点に立てば当然の物言いだと思える。向こうは被害者、こちらは加害者だ。
 だけれども、
 どうしてか、
 今の言葉が、気に入らない!
 両手の買い物袋を道端に置き、茶々丸は最後通告を突き付ける。
「不用意な発言は謹まれた方がよろしいかと。私に万一の事があった際、貴方の主人の安全は保証出来かねます」
「ならまとめてつぶす」
「言質は取りました、危険度SSSと認定――貴方をマスターの元へ行かせるわけには参りません」
 何故これ程に『櫻井支衛』を排除したい方向へ流れているのか、茶々丸は自分でも理解が出来なかった。
 いや、理解する必要など無いのかもしれない。
「成る程…………これが、“ムカつく”という感情パターンなのでしょうか」
 思考回路上をのたくる未知の衝動に、思わず呟き。
 『櫻井支衛』が、嘲う。
 茶々丸もまた、嘲った。
 お互いを、嘲い、そして――――

 フタツのヒトガタが、ぶつかる。

真・ネギま転生デビルサマナー

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