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京洛奇譚(10) 対決・功夫娘々+くノ一 投稿者:毒虫 投稿日:09/07-23:01 No.1218



ごくり……と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる、それほどの静寂の中で。 
古菲は上体を屈めるような構えを見せ、もう一人の長身の少女…長瀬楓は、その後ろで茫洋と立っている。 
眼を爛々と輝かせ、さあ今にも飛び掛らんとする気迫が見て取れる古菲とは違い、楓はあくまで自然体だが… 
しかし、横島は敏感に感じ取っていた。傍観するようにただ突っ立っているだけに見える楓から、確かな闘気が漏れている事に。 
古菲に関しては横島も心当たりがないでもない。しかし楓の方には、襲われる事をした覚えなど一切ない。というか、初めて見る顔だ。 
古菲にしたって、正体が露見したような雰囲気ではないのだが……それならば何故、こうした状況になってしまったのか。 
逃げる、という選択肢がないわけではない。しかし、彼女達とは明日からも顔を合わす事になるのだ。今逃げたところで、どうなるというのか。 
説得が通用する雰囲気でもなさそうだ。溜息が出る。戦うしかないのか。 

「イー……、アル……」 

「…?」 

何とかならないものかと頭を悩ませる横島の耳朶が、古菲の、まるで独り言のような囁きを捉えた。 
唇をほとんど動かせないその喋り方からして、対峙している相手に知られてはマズイ事……さては、合図でも送っているのか。 
退却の合図だといいんだが、と横島は切望したが、その願いが天に届く事はなかった。 

「サンッッ!!」 

それを気合の掛け声とし、まずは古菲が飛び出した! 
屈んだような構えから、頭を一切浮かせる事なく、そのまま滑るように踏み込む。 
と、同時に―――突き! 

「よッ……とぉ!?」 

様子見の拳打を難なくかわしてみせる横島だったが、息つく間もなく素早く屈む! 
その上を、いつの間にか横島の背後に回っていたらしい楓の、首を刈り取らんばかりのハイキックが通過する。 
仕掛けて来る古菲に気を取られ、知らぬ間に背後に回られたらしい。しかし、この狭い廊下で何故気付く事ができなかったのか…。 
その答えを考える暇などある筈もなく、矢継ぎ早に攻撃が仕掛けられる。 

「ハイィッッ!!!」 

古菲の、低位置にある横島の顔を狙った蹴撃を何とか捌くと、横島は屈んだままのサイドステップで壁際にスライドした。 
壁を背負うのはあまり好ましい事ではないだろうが、それでも挟撃を受けるよりはマシだ。 
と、そう思っていたのだが。横島の目に映るのは、また構え直している古菲のみで、楓の姿は視界のどこにもない。 
思わず息を呑む横島。脳天に鋭い殺気を感じ、その場から飛び退いた!と同時に、それまで横島が居た場所に、数枚の手裏剣が突き刺さる! 
体勢を立て直しながら頭上を見やると、驚くべき事に、なんと楓が、まるで天井が床であるかのようにしてそこにいた。 
こんな芸当ができるのは、忍者か某怪盗の三代目ぐらいしか思いつかない横島だったが、まずつっこむところは他にあった。 

「って、手裏剣ッ!? 刺さる! 痛い! 死ぬッ!!」 

驚きのあまり何故か片言になっている横島に、楓は天井に張り付いたまま、にこやかに応える。 

「大丈夫でござるよ。練習用ゆえ、ちゃんと刃引きしたものでござるから」 

「いや、バッチリ床に刺さっちゃってるからッ!」 

「…………ニンニン♪」 

笑ってごまかすと、楓はシュタっと地に足を下ろした。 
どうつっこんでやろうかと息巻く横島に、冷静に忠告する。 

「忘れっぽいのでござるな、添乗員殿は…」 

「! しまッ…」 

慌てて振り返るが、時既に遅し。 
振り返ったその先、古菲は既に拳打を放っていた。この間合い、このタイミングでは……避けられない! 

「ハアァッッッ!!!」 

片足を残した爆発的な踏み込み、そして突き。 
一見、何の変哲もないただの突きに見えるが、その実、古菲の拳には恐るべき威力が込められていた。 
気・拳の両方をもって打撃を行うのが尋常の中国拳法だが、今古菲が放った拳には、そこに更なる一要素が加えられている。 
気、拳、そして地。地の利を活かした重心移動により、その拳には従来より術者の体重が上乗せされる。これを三合拳といった。 

古菲必殺の拳が、横島の土手ッ腹に吸い込まれ―――横島の体が、大きく吹っ飛んだ! 
早くも決着か、と思われたが、吹き飛ばされた筈の横島は、中空でくるりくるりと見事な宙返りを披露すると…… 
すとん、と。まるで何事もなかったかのように着地した。古菲の目が大きく見開かれる。 

「消力(シャオリー)……ッッ!?」 

消力。打撃を受ける際、極限まで脱力し、力の流れに逆らわぬように自ら吹き飛ぶ事で、その威力を殺す高等技術。 
こうまで完璧に近い消力の遣い手など、中国全土を隅々まで捜したとて、見つかるかどうかというほどの巧夫だった。 
相手に触れたはずの拳には、しかし衝撃の余韻はない。この感触、確かに古菲には覚えがあった。 
先日立ち合った、恐ろしいほど腕が立つ謎の清掃員。彼も同レベルの消力の遣い手だった……と回想し、ふと古菲は思い当たった。 
この顔、この動き、この技……。よくよく見てみれば、この男は以前立ち合った清掃員に間違いない。 

「この拳筋……さてはおヌシ、こないだの清掃員アルなッ!?」 

言いながら、差し迫り、突きを繰り出す! 
横島は、古菲の拳を受け、空いた方の手を古菲の顔に添えたかと思うと…… 

「ホイなッ」 

「ッ!?」 

くるり、と古菲の体が、いとも簡単に中空に投げ出された! 
拳を受け様に足を掛けられていたらしい。投げ飛ばされるまで気付きもしなかった。 
投げられたのみで追撃はなく、古菲はクルクル回転すると、見事に着地した。目が回るが、ダメージはない。 
しかしこの技にもやはり覚えがある。合気。一度喰らったものだ。 
楓は2人の間に何か事情があるのを察したのか、今度こそ静観している。古菲はキッと横島を見据えた。 
口では何も語らずとも、その眼が詰問していた。応えざるを得ない。誤魔化しも効かぬだろうなと、横島は溜息をついた。 

「ああ……その通り、君とは一度立ち会った事がある。あの時の清掃員はこの俺だ」 

「やはりそうだたアルか…。ワタシの目をごまかすとは、なかなか見事な変装ネ」 

「ふ、まさか見破られるとは思ってなかったぜ」 

なかなかやるな、と互いに口許を歪める。 
ここに明日菜がいれば見事につっこんでくれるのだろうが…。 
しかし2人もツッコミのいないWボケ漫才を続けるつもりはないようで、古菲は楓に何やら後ろ手で合図を送った。 

「ホントは、ここであの時の決着をつけたいところアルが……ワタシ達には、崇高な目標があるのネ。 
 今、こんな所で足止めを喰らうわけにはいかんアル。2人がかりというのが少し不本意アルが……そうでもしないと、勝てそうにないネ」 

言いつつ、本気の表情で構える。 
その後ろでは、楓も手裏剣を構えていた。今度こそ本気らしい。 
横島は思案する。この2人、中学生にしては異様に強いが、それでも何か余程の事がなければ横島を倒す事などできはしない。 
が、2人がかりで攻めて来られては流石に困るのだ。叩きのめす事は可能だが、無傷で降伏させるのが難しくなる。 
締め技か何かで落とすとしても、その隙を残った一人が見逃す筈もなく、しかし一撃で戦闘不能に追い込むのも憚られる。 
何せ、相手はまだ年若い女の子なのだ。攻撃するのも気が進まないのに、意識を失うまで攻撃を加えるなどとてもできない。 
これが仕事であったなら、また話は違ってくるのだが……。 

(…待てよ。正面切って戦いたくないんなら……) 

ここで、ふと妙案を思いつく。 
次の瞬間、横島は反転し、古菲と楓に背を向け走り出した! 
突然の遁走に驚く2人だったが、騒ぎを拡大して鬼の新田を始めとする教師陣に感づかれてはマズイ。 

「に、逃がさないネ! 追うヨ、楓ッ!」 

「あいあい」 

我に返ると、すぐさま横島の後を追って走り出す。 
そして、角を曲がったところで……突如、糸の切れた人形のように古菲が膝から崩れ落ちた! 
反射的にその体を支えてしまう楓だったが、両手が塞がったところで、ようやく己の失態に気付く。が、もう遅い。 
周囲を探ろうとする楓は、首筋にひやりと冷たい感触を感じ……そこで、プツリと意識が途切れた。 

バチッ、と、少女の首筋に火花が散る。 
気合と根性と昔取った杵柄(ノゾキの技術)で、ヤモリの如く張り付いていた天井から舞い降りると、横島は倒れる少女2人の体を支えた。 
…しかし、身体に傷が残らないとはいえ、少し手荒な方法を取ってしまったな、と頭を掻く。 
横島は、2人の体に直接少量の霊波をぶち込み、2人の意識を刈り取ったのである。 
チャクラを乱し、ほんの一瞬、霊的なショックを与えただけなので、数分もすれば意識も戻るだろうが、今はそれで充分事足りる。 
完全に意識を失っている2人を廊下の脇に寝かし、横島は憂鬱そうに溜息をついた。 

「いつもそうだ。君たちはいつも……つまらぬ勝利をもたらせてくれる」 

とあるペテン師を真似て呟くが、セリフに深い意味はない。ただ単に、何となくカッコよさげな事を言ってみたかっただけだ。 
俺ってイカス?とか調子にのりつつ、横島はその場から可及的速やかに離脱を開始する。 
今この瞬間が誰かの目に留まれば、少女2人を気絶させてよからぬ事をイタす変態に間違われる事になりそうだと、長年の経験が告げていた。 




『いつもそうだ。君たちはいつも……つまらぬ勝利をもたらせてくれる』 

強い。モニターに映る横島を凝視し、カモは生唾をゴクリと呑み込んだ。 
先の吸血鬼騒動の際、横島の実力はある程度把握したつもりだったが……こうして見ると、改めてその力が分かる。 
年少とはいえそれなりの遣い手2人を相手に無傷で立ち回り、突然遁走したかと思うと、気配を殺して即座に奇襲に移る…。 
横島の体術より、カモはむしろその戦法に注目した。横島の戦い方は、武術家のそれではない。 
最小限の犠牲で、自分の目的を最大限に実現させる。これは戦いを道としてではなく、手段としている者の考え方である。 
ネギや明日菜、そして古菲にはできない、しない戦い方…。プロフェッショナルのそれだ。 
相手が相手だけにふざけている部分が見られるものの、本気になれば、それはもうこずるく、汚く立ち回ってくれるだろう。 
ヨコシマンとかいうたわけたコスプレが気になるが、それを除けば、現状でこれ以上頼りになる戦士はいまい。 

(まだアマアマな兄貴には、むしろこんぐれぇやってくれる相手の方がいい…。 
 アスナの姐さんや剣士の姐さんも欲しいところだが、それは策次第でどうにかなりそうだしな。 
 男同士ってのがちょいとアレだが、どうにかならねぇモンか……) 

一度は考えた案ではある。しかし横島の性格を鑑み、今の今まで捨て置いていた思いが、先程の戦いを見てくすぶり始めてしまった。 
今は朝倉和美とつるんでこの騒動の中継をやっているが、狙うならばその決着がついてからか。 
当初はネギと同時に、横島の唇までも争奪戦にかけるつもりであったのだが、和美からダメ出しされてしまい、丁度腐っていたのだ 
まあ冷静に考えれば、お世辞にも美形とは言えない添乗員とキスしたがる者など、某吸血鬼とロボ娘を除いてはいないのだろうが。 
仮契約の魔方陣自体は、カモが解除するか、維持できなくなるまで効力を保つ。結界の範囲を広げてしまったので、あまり時間は残されていなかった。 

(けど……俺っちの話力じゃあ、とても横っちを動かす事はできねぇ。 
 知力で出し抜くにしても、結局のところ、運が大きく関わってくるだろうし……はてさて。 
 兄貴ぶん殴って気絶させて人呼吸って事にしても、わざわざ横っちがやるまでもなく、立候補者が続出するだろうしな…。 
 ……ま、いいさ。今はそれより、このゲームで仮契約者を一人でも多く作るのが先決だぜ。横っちの事は、その後で考えりゃいい) 

なるようになるさ、とカモは匙を投げた。 
横島が実は切れ者なのかただの馬鹿なのか、心友のカモでさえ判別できないのだ。 
策士を自負するカモだが、横島だけはどうにもできそうにない。彼が次にどう動くのか、想像すらできない。 
…だからこそ面白いんだがな、とカモは笑みを浮かべた。 




先程の戦いは、朝倉和美の情報基地を通して、各部屋のテレビに送られていた。 
分割された画面のひとつではあるが、まるでアクション映画のような攻防に、各部屋は大いに盛り上がった。 
ネギの影武者の登場、そして思いがけない本格的なバトル。エンターテイメントとしては上々であり、下手なドラマよりよほど面白い。 
同室の和泉亜子が目を輝かせてテレビ画面に食い入っているのを尻目に、大河内アキラは人知れず冷や汗を流した。 

(あんなにも目立ってしまって……大丈夫なのかな、あの人) 

おそらく、撮影されている事など知りもしないのだろう。横島は堂々としたものだ。 
しかし、彼の役目はあくまで極秘の筈。それがクラス中の注目を集めてしまう事になれば、流石にマズイのではないか。 
そんな風に横島を心配する一方で、自分でも気付かない内に、アキラは複雑な感情を胸に持て余していた。 
これまで自分しか知りえなかった横島の存在が公にされ、そして亜子のように、格好いいと賞賛さえ浴びているこの状況。 
それが何か、気に入らない。自分しか知らなかったお気に入りの場所を、無遠慮に踏み荒らされたような……そんな気分さえする。 
アキラは無意識の内に、浴衣の胸のところをギュッと握り締めていた。 




乙女心が炸裂しているアキラの隣で、龍宮真名は密かに感心していた。 
一般人最強である古菲と、あの長瀬楓の連携を見事に防ぎ、そしてあろう事か無傷で倒してしまうとは。 
刹那の関係者である事から、こちら側の世界の人間であるとは容易に推測できたが、これほどの手練だとは思っていなかった。 
無論、古菲はともかく、楓は忍術の一端も見せていなく、本気を出していたとは言い難いが……それは相手も同じ事だろう。 
それに何より、専門家の楓に気付かれず背後から攻撃を加えたというところに目を瞠る。 
楓に奇襲を仕掛けるなど、刹那はおろか、自分でもできない。それだけでも、あの男の力の一端を測れた。 
それはいいのだが、今のこの状況には、少しマズイ点がいくつかあった。それを思うと、少し憂鬱になる。 

(身代わりの紙型に、潜入調査員の存在の露見にも繋がる力の行使…。 
 マズイな。『こちら側』の情報が漏洩しすぎてる。幸い、今回は朝倉の演出という事でごまかせるだろうが…。 
 次に何かあれば、流石にこのクラスでも、疑問を持ち始める人間が出て来るだろう。 
 私には直接関係のないことだが、とばっちりを喰らわないとも言い切れない。とにかく、穏便に済んでくれればいいが…) 

フォローしきれない問題を起こしてくれるなよ、とモニターをはらはらしながら見守る。 
真名にしては珍しく、その感情が面に出ているのだが、今はそれに気付く者はいなかった。 



各部屋の少女達を大いに盛り上がらせている原因を担っている内の一人、横島は現在、ある危機に陥っていた。 
美人女教師を探して館内を徘徊している途中、『ソレ』とばったり遭遇してしまったのである。 
『ソレ』は潤んだ瞳で、頬を染めながら、それでも凛々しく横島を上目遣いに見詰めていた。 

「その……お願いがあって……。あの、キスを……」 

「………へ?」 

大ピンチであった。 

裏方稼業 京洛奇譚(11) それが漢の☆一大事っ!

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