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ねぎFate 姫騎士の運命 第二十五話 投稿者:ガーゴイル 投稿日:06/11-00:10 No.713

――鬼神を従える不死者。
ネギ・スプリングフィールドとアルベール・カモミールは怒涛の展開に驚愕し、衛宮霧羽は油断無き瞳で天ヶ崎千草だった存在を見据える。
――沈黙。
緊張によって停滞した空気が、臓腑を重くする。
そんな、緊迫した空間を破ったのは――
「――へッ。まだ生きてやがったか」
突然飛来した、重厚な棘付き鞭。
百足を思わせる其れは宵闇に絡み付き――崩壊。
宵闇から漂う濃密な瘴気にやられ、自壊したのだ。
ボロボロに腐り切った其れを掃い、宵闇は面白いと云わんばかりに哂って――
「流石はガラクタ……始めっからぶっ壊れてるから、大して違わねえってか?」
その視線の先には――

「ド阿呆……。いい男は不死身なんや」

半ば砕けた四肢で己を支える、カラクリ廻しの姿が。
紅い襤褸切れと化した衣服で申し訳気味に傷だらけの肌を隠し、折れ砕けた両の足を無理矢理木の枝で補強し、腕――“との四番 大百足”――は宵闇の瘴気によって、失われた。
其れでも――ナナシは倒れない。
決して、諦めない。
「“この”には……指一本触れさせへんで――宵闇ッ!」
満身創痍の半人半機が、怒りの咆哮と共に、戦場へと一歩踏み出した。



ねぎFate 姫騎士の運命 第二十五話



鉄と熱の演奏が、誰も居なくなった水辺に響く。
亡者は姿を消し、妖魔は全て演奏者達が片付けた。
鉄の音色が、意思の発する熱の鼓動が、魂の叫びが、一大交響曲として戦場を彩る。
青年の鎖が少女を絡め捕らえれば、少女の斬撃が鎖を断つ。
少女の刃が青年を捉えれば、青年の拳が刃を弾く。
撃、斬、撃、斬、撃、斬、撃、斬、撃、斬、撃、斬、撃、斬、撃、斬、撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬……ッ!!
次第に互いの速度が上がり、高速の輪舞が演じられる。
青年の鎖は断たれても自動で修復し、少女の強化された刀は青年の拳では折れない。
柔と剛。
拳と剣。
互いに対極であり――等しい彼等は戦闘という名のダンスを踊り続ける。
其れが互いに――腹ただしい。
「何であんさんみたいなへたれ如きが……ウチの剣舞について来れるんや!」
「そりゃこっちの台詞だ。……ガキは家に帰って宿題でもやってろ!」
互いに憎まれ口を叩きつつ、攻撃の速度を上げる。
鎖が刃を、刃が鎖を、拳が剣を、剣が拳を。
撃てば防ぎ、防げば撃つ。
――互いに譲らない、平行線の舞。
「二刀連撃斬鉄閃――焔羅ッ!」
火花が散り、月詠の刀が勢いよく燃え上がる。
――理由は在りがちにも、刀身に染み込んだ血と脂である。
燃え盛る火炎の軌跡を刃と鎖で受け止め、いなしつつ
「――手前ぇはどこぞの包帯人斬りじゃああぁぁぁぁッ!!」
ギリギリの突っ込みを入れ、右足を軸に回転。
――斧撃の如く、体重の乗った重い蹴りが月詠の腹を穿つ!
「……ッ!」
咄嗟に二本の刀を交差させ、防ぐ月詠。
だが衝撃には耐え切れず、その華奢な肉体は真後ろに吹き飛んだ。
――その隙を逃さず、一気に畳み掛ける龍朝。
「――貰ったッ! 氷翔烈羽!!」
放たれた氷鎖刃は弧を画きつつ、月詠へと襲い掛かる。
――だが、
「――甘いですー」
月詠の足が宙を蹴り――
「――斬鉄閃・瞬刃突ッ!」
瞬速の刃金が首紋を狩らんと、その鋭い切先が彼の喉元を狙う……ッ!
「虚空瞬動かよ……ッ!」
熟練した戦士のみが使えるという、瞬動術の高等技術――虚空瞬動。
目視すら適わぬ、神速の一突き。
故に――
「――簡単じゃねえか」
彼は、自嘲が混じった笑いを浮かべ――

「なら、こうすればいいだけだ……!」

声と同時に、金属が肉を突き破る、生々しい濡れそぼった音が両者の耳朶を打つ。
刃金で肉を貫いた月詠の表情は――青褪め、驚愕により引き攣っていた。
深々と肉を貫かれた龍朝の表情は――脂汗が浮かび、獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべていた。
何故なら――
「……致命傷を避ける為に、腕を盾に……。――お兄さん、気が狂っとるんとちゃいますか?」
そう、龍朝が取った行動とは――
腕を気で強化し、真速の突撃を肉と骨の壁で防ぎ切る。
首の前に盾として差し出した二の腕には、深々と切先が減り込み――夥しい量の血液が溢れ出している。
見事に貫通しているが、腕から飛び出した切先は喉に触れるか否かというギリギリの位置で静止。
肉を斬らせて骨を断つ。
龍朝の左掌が、右腕に突き刺さったまま動かない刃に添えられる。
「――捕まえたぜ、嬢ちゃん」
刃が更に肉を裂き、掌からも鮮血が噴出す。
しかし、彼は笑みを以って言葉を綴る。
脳内麻薬が痛みをふっ飛ばし、思考がハイへと登り詰め、テンションは楽園を目指し階段を駆け上る。
嗚呼、何と云う事だ。
不本意ながら、自分こと五龍朝は今現在の戦いを――

……快い、と感じている。

何てマゾ気質だ、と彼は自らを嘲笑い――
「生憎、俺は急いでるんだ。とっととこの馬鹿げた騒ぎにけりをつけて、とっとと宿に帰りたいんだよ」
結局、あの二人に自らの想いを告げる前に、此処に来てしまった。
今頃、自分を探してぎゃーぎゃー騒ぎまくっている事だろう。
……絶対、生きて帰らなきゃな。
――あの二人に気付かれてはいけない。
この世の裏の事を、この世の真実を。
無垢なるあの二人に――血生臭い裏の戦いなど、知って欲しくない。
「護る為に、愛する為に……俺は、手前ぇなんかに殺される訳には――いかねえんだよッ!!」
――刀が爆ぜる。
半ばから折れた刀身が、夜闇に舞った。
腕に金属片が突き立ったまま――しかし構わず、龍朝は右の拳で眼前の月詠をぶん殴った。
渾身の突きを鳩尾に喰らい、月詠は声ではなく吐息を漏らして、吹き飛ぶ。
――吹き飛んでいく月詠を見据えたまま、龍朝は懐の中に手を入れた。
取り出すのは、昼間も使った彼の切り札。
――“龍醒丸”。
身の内に眠る龍の血を強制的に覚醒させ、常軌を逸したトンでも能力を付加させる神秘の丸薬。
故に、効き目が強力な分、後から来る反動も凄まじい。
曰く、一日に同色の丸薬を使用してはならない。
曰く、一日の限界個数は四粒まで。
曰く、この禁を破れば――死よりも恐ろしい結末が服用者を狂わせる……
「――見せてやる、龍の力を……ッ!」
白い丸薬を口に放り込み、噛み砕く。
――薬の効果が発揮される、その直前。
「……舐めるな、ダボがぁぁぁぁッ!!」
再び虚空瞬動を使用し、刀を大上段に振り被った月詠が此方に突進してくる。
煌く刃が夜を割き――その太刀は、

龍朝の首筋へと、極まった。

何かが圧し折れる音が、水面を圧し振るわせたのだった。



千草の肉を纏った宵闇を睨むナナシ。
身体はボロボロだが、その眼光は怒りと憎悪に燃えている。
――そんな彼の両隣に、カモを伴ったネギと運・切を構えた霧羽が陣を取る。
「――目的は一緒みたいだね。このかちゃんを助けるまで――協力しない?」
「……アホかアンタ? 今まで敵やった相手を、信用出来るんか?」
気軽に言った霧羽に、呆れた目で返すナナシ。
だが――
「出来るよ。――だって貴方も……このかちゃんの事、大好きなんでしょ?」
彼女のこの一言に――ナナシは硬直。
瞬時に首筋から真っ赤に染まっていく。
「――寝言は寝てから言えや、ドアホウ! そんなんや、ないんや……」
初心だねぇ、と笑みを以って言う霧羽。
――ネギの肩に居るカモも、若いな、とオッサン臭い笑みで呟く。
霧羽は解った解った、と曖昧に笑いを返し、
「はいはい。――もう。ツンデレはアスナちゃんと刹那ちゃんとエヴァちゃんで充分なのに」
「……誰がツンデレや」
本人に聞かれたらぶっ殺されそうな事をのたまう霧羽。
言われたナナシ当人は、疲れたように肩を落とし、キレの無い突っ込みを返した。
――このやり取りを傍で見ていたネギは首を傾げて、自らの使い魔たるカモに問うた。
「ねえ。カモ君。――ツンデレって何?」
「……兄貴。世の中にゃ、知らない方がいいって事も在るんだ。兄貴みてぇな穢れの無い魂の持ち主は特に、な……」
遠い目で語る。
――意味が解らず、ネギは更に首を傾げるのだった。
まだ幼く、純真な主を暗黒面へと落しては為らない。
使い魔たるカモの、今更な配慮であった。
――何か、激戦の最中にも関わらず、ほのぼのとした空気である。
「――まあ兎も角、役割分担といこか。嬢ちゃんとガキんちょは、あの腐れオカマから“この”――いや、“お嬢様”を奪還してくれや。何か企んでるみたいやから、気ぃつけてな」
何やら硬いモノを含みつつも、ナナシはテキパキと二人に指示を与える。
しかし、霧羽は眉を顰め異を唱えた。
「……一寸待って。となると、貴方は――」
「当然。わいの相手はあのデカブツや」
――沈黙。
平然と言い切ったナナシをネギと霧羽とカモは、はぁっ? と呆けたように口をパクパクと開け閉めしつつ見つめ――
「しょ、正気かニイさんッ!? 身一つであんな化け物とやり合うきかよッ!!」
「そ、そうですよ! 僕が代わりに――」
「だあほ。――こんな美味しい役目、他人に譲れるかい」
カモとネギの制止を、軽口一つで射落とす。
霧羽はというと――何も言わない。
只、彼をじっと見据え――
「このかちゃん泣かすと――許さないよ」
暗に、死ぬなという事か。
ナナシは、困ったように苦笑して、
「――さあ? まあ……努力はするわ」
――その言葉を最後に、ほのぼのとした空気は緊の一文字へと変化した。
瞬間、その場に居た全員がバックステップ。
一瞬遅れて、大加速を伴った大質量が、桟橋を水底ごと粉々に叩き潰した。



――言わずと知れた、スクナの鉄拳である。
轟々と咆哮にも似た吐息を漏らすスクナの肩に、宵闇と、全身を術式で縛られた木乃香が陣取る。
――ふと、宵闇の視線に、ある者の姿が映る。
ネギの手痛い一撃により負傷を負った、フェイトである。
濁り腐り切った視線と、生気が全く無い無機質な視線が絡み合う。
「――如何するよ?」
宵闇の、意味不明な問い。
だが、フェイトは心得ていると言わんばかりに、ゆっくりと答える。
「――雇い主が死亡している以上、僕が此処に留まる理由は無い。――後は、好きにしてくれ」
言うと同時に、フェイトの体が弾け、水飛沫と化す。
宵闇は、にんまりと微笑んで、其れを見送った。
――さて、と。
彼は、次にネギ達へと視線を向けた。
何時も通り、口端を醜く歪め、紅い咥内を晒し、ギザギザな声が空気を震わせる。
「内緒話は終わりかい? ――さあ、精々みっともなく足掻いてくれよ!!」
ボロボロに朽ちた金属剣を何時の間にか片手にぶら下げ、嘲笑う宵闇。
――瞬間! 
「――“SAGITTA MAGICA, SERIES FULGURARIS.『魔法の射手・連弾・雷の17矢』”ッッ!!」
雷の連矢が視界を焼く。
ネギの放った、牽制の一撃である。
しかし――宵闇には通用しなかった。
彼は悠然と手を差し出し、只一言唱える。
「――オン」
袖口から護符が舞い、迫り来る連弾の悉くが討ち払われた。
千草の身体に刻まれた、陰陽の技。
彼にとって、死体から生前の技術や経験を読み取る事など造作も無い。
死んだ千草の技を手足のように自由に扱い、宵闇は殊更愉快そうに哂う。
「――あン? その程度か――魔法使い様よォッ!」
手を翻す。
再び袖から符が舞い散り――その一枚一枚が兇悪な鏃へと変貌する。
「――殺ッ!!」
号令と同時に、百と八対の鋼鉄妖が進撃を開始。
――敵意溢れる、害悪の五月雨。
鋭い切先が狙うのは――勿論、ネギである。
彼が風楯を展開するよりも速く――
彼を射殺そうと、舌なめずりをした。




――鏃とネギが肉薄したその瞬間、鋼鉄の華がネギの目前で咲き誇る。

「――【熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)】ッ!!」

六の花弁が、凶弾を防ぎ切る。
当然だ。不完全ながらも、この盾は神代の時代より語り継がれし尊き幻想。
一介の不死者に、破れるものではない。
降り注ぐ鉄の雨を六重の盾で防ぎつつ、若き魔術使いは反撃へと打って出る。
「――投影開始」
黒白の双剣が姿を現す。
僅かに神経が軋むが、一切を無視。
この程度で、弱音を吐いていられない。
刀身に刻まれた文字を見つめ、気合を入れ直す。
脳裏に浮かぶは、夢の中で聞いた言葉。
「我は――幻想を担う者」
そう。幻想を、幻実を、幻界を。
この身は――想いで出来ているから。
激しき想いと願いが、魂を突き動かす。
幻想に共感し、白刃と黒刃を大きく振る。
金属の羽音と共に、刃が翼の如く大きく広がる。
白と黒の翼を抱くその姿はまるで、神鶴のようだ。
鋼鉄の羽根が舞い散り、白黒の花嵐が彼女を覆い隠す。
――朗々とした声が、夜闇を静かに、鋭利に斬り裂くように響いた。

――鶴翼欠落不   鶴翼 欠落ヲ不ラズ (しんぎ むけつにしてばんじゃく)
――心技泰山至   心技 泰山ニ至リ  (ちから やまをぬき)
――心技黄河渡   心技 黄河ヲ渡ル  (つるぎ みずをわかつ)
――唯名別天納   唯名 別天ニ納メ  (せいめい りきゅうにとどき)
――両雄共命別   両雄 共ニ命ヲ別ツ (われら ともにてんをいだかず)

声に誘われるかのように、無数の光が夜の中を駆け回る。
光は円を、弧を画き、空に佇む宵闇を全方位から囲んでいく。
注意すれば解るだろう。
この二十を超える光の一つ一つが――

「――全方位、一斉抜刀(ソードコープス、オールレンジアタック)……ッ! ――全軍一斉掃射(ソードバレットフルオープン)ッ!」

決して離れる事の無い、一対の幻想。
白が黒を呼び、黒が白を引き寄せる。
通常時よりも巨大に広がった其れ等はまるで、空を往く神鳥の群れ。
刃の群れは的確に木乃香を避け――無数のさざめきが、宵闇を襲う!
「――ちぃッ! ぐじゃぐじゃとせこいマネしやがって……ウザってぇッッ!!」
吼え、符をばら撒く宵闇。
展開された符の一枚一枚に刃が一つ一つ突き刺さり――爆裂。
普通なら、ランクが低いとはいえ立派な貴い幻想である干将莫耶がたかが符に負ける筈は無い。
だが……符の数が干将莫耶の十倍――いや、二・三十倍なら如何だろうか。
一つの刃に、圧倒的な数の符が纏わり付き――爆縮。
質より量。普段より多めに投影し、魔力が不足した影響もあった所為か、見る見るうちに干将莫耶が討滅されていく。
そして、完全に刃が消え――
「へッ! 他愛も無――ッ!?」
彼は見る。
――闇の中でも尚、その凛々しき姿を堂々と輝かせる幻想の担い手の姿を。
その後ろには、砲台たる魔法使いの姿が。
既に呪文はスタンバイ状態。
激しい魔力を帯び、イオン化した空気がバチバチと閃光を散らし、二人を幻想的に彩っている。
光に映える魔術使いの両の傍らに浮かぶは、八つの剣。
其れ等は遙か昔、古代の王が神を祭る為に造らせた――八で一つの霊剣……!
「――全工程完了(セット)。全弾装填開始(トレース、スタート)……装填完了(トリガー、エンド)。待機終了(バレットスタンバイ)、――演舞、開始(ソードダンス、スタート)……ッ!!」
意識を全て、神経を全て、思考を全て、剣に向ける。
体中の神経が魔力に侵され蝕まれるが、その全てをシャットアウト。
痛みも軋みも必要無い。只、今必要とされるのは……
「力と意志……其れだけッ!」
吼える。
同時に、八つの剣が射出された。
月光を照り返し、思い思いに空を舞う八つの剣。
霧羽の手指が舞い、指揮を出す。
――動きと声が、シンクロする。
「――掩日(えんじつ)、断水(だんすい)、転魄(てんぱく)、懸剪(けんせん)ッ!」
号令と同時に、踊る剣が宵闇を襲う。
日を指すだけで陽光を奪う陰の剣が右肩口を斬り裂き、水を完全に別つ剣と月に住む獣を転倒させる剣が胸と腹に突き刺さり、空飛ぶ鳥であるならば真二つに斬り裂く刃が喉を突く。
「驚鯢(きょうげい)、滅魂(めっこん)、却邪(きゃくじゃ)、真剛(しんごう)……ッ!!」
海の王者等をも驚かせる剣が背を斬り、あらゆる化生を慄かせる二つの刃が膝を突き、止めとして玉石鋼をも容易く断つ刃が額を穿った。
この怒涛の八連撃は流石に堪えたのか、吹き飛ばされ、木乃香から遠く離れた空でたたらを踏む宵闇。
だが、怒涛の連続殺劇はまだ終わってはいない。
今まで沈黙を保っていた若き天才が、自らの全てを籠めた一撃を――解き放つ。

「――――“JOBIS TEMPESTAS FULGURIENS.『雷の暴風』”!!!」

先ず顕現したのは、辺りを真昼の如く照らす罅割れた閃光。
次いで、迅雷の咆哮が重低音を響かせる。
宵闇の全身が――雷龍の迸りに飲み込まれるッ!

――天空に、雷光の華が咲いた。


確実に宵闇を足止めしているネギと霧羽の雄姿を見届け、ナナシはギシギシと軋みを上げる全身に活を入れた。
目に映るは、咆哮する大鬼神と――護るべき人の姿。
……絶対、助けたるからな。
意志が、満ちる。
壊れた腕を大きく振り上げ、袖を翻す。
すると――無数の呪符が袖から射出され、地と空と水面に、巨大な三重連環を創り上げた。
連環を構成する文字も図形も、全て呪符。
文字が文字を創り上げ、シンボルが巨大な陣を構成する。
――圧倒的な力が、円環を駆け巡る。
「――かしこみかしこみ……古き盟約に則り、古の深遠より目覚め給え。齎すは滅び、与えるは滅亡。鬼神を超えし破壊神よ、今こそ汝の御姿を……!」
ナナシの手が、砕ける。
代わりに、符で作られた鎖がジョイント部分に装着された。
鎖の先は――湖の中へと消えている。
彼が呼び出そうとしている物――其れは、彼の家に古くから伝わる“神殺し”のカラクリ、“い”の段階に属する秘法。
嘗てスクナが蘇った際に“千の魔法使い”と共闘し、今はこの湖の底で眠り続ける兵器。
その名も、究極汎用人型決戦カラクリ――

「目覚めろ、“酒天童子”――ッ!!」

ナナシの呼び声と同時に、鎖が湖へと引き込まれ――巨大な質量が水面を突き破り、顕現した。
――“其れ”は、人の形を模倣していた。
ぱっと見て、其れの印象は――紅く、そして畏怖を感じさせる。
全身を覆う、紅く塗られた分厚い装甲。
四肢は強固で、膝頭には何故かドリルが装着されていた。
胸元には、王者の証であるメカニカルな獅子の頭部。
背は強大な装甲翼が防護し、頭部は鬼を模したフェイスマスクと兜で護られおり、オレンジ色の髪が長く背中側に垂れている。
――ぶっちゃけ、何処かで見たよーなデザインだ。
「どうやッ! コレが“いの三番”――“酒天童子”やッ! 決してどこぞの究極の破壊神やないで!!」
本人も気にしていたのか、メタな否定宣言をし、酒天童子へと乗り込む。
獅子の顎が開き、なけなしの力を振り切って大跳躍したナナシが、その中へ――。
顎が閉じ、同時に四肢のパーツを廃棄したナナシに、数多のコードやプラグが四肢の根元――端子部分と接合。
これで、ナナシは“酒天童子”を動かす事が出来る。
命無き人形の瞳に光が燈り、作り物の獅子が命の咆哮を上げた。
『――覚悟せいや、大鬼神。怒りのついでに、八つ当たりと憂さ晴らしも混じっとるからなぁ……!』



会心の一撃を極めた月詠は、目の前の光景が信じられず、瞬きすら忘れ硬直していた。
その手には――折れた刀。
そう、龍朝の首筋に会心の一太刀を極めた刀も、半ばから折れているのだ。
――硬気功。
そんな単語が脳裏を過ぎるが、即座に否定。
いくら硬気功でも、気で強化した神鳴流の太刀を完全に防ぐことは出来ない。
まして、逆に武器を破壊するなど……
「――ぎりぎり間に合ったぜ」
刀を弾き飛ばした首筋をやれやれと撫で、ほっとしたかのように龍朝は言った。
何時の間にかその全身は――白銀の紋様に覆われていた。
「五一族秘伝“龍醒丸”が一つ、“白金丸”。その効果は……肉体を鋼へと変える超硬化能力」
有り余る気で全身を鋼鉄へと変換する、五行の金属性を司る丸薬。
両の手に折れた刀を携えた月詠は、圧倒的な気に圧され――引き攣った。
「ど、ドーピング……。一寸、ズルイですえー」
「阿呆。これも策の内だ。……反動がきついから、多用は出来ねえがな」
呆れたように返し、そして――龍朝が構える。
両の手に鎖が纏わり付き、先端に装着された刃が五指の上を覆った。
出来上がったのは――鋼鉄の爪。
虎とも竜ともとれる、王者の証。
更に、圧縮された気が爪を覆い――銀色の長爪が、具現した。
「受けてみな。龍王の爪を……ッ!」
立ち尽くす月詠に向かい、龍朝が超加速を行い、突進。
雄叫びにも似た吐息よりも早く、彼は大地を駆ける。
迎撃の態勢を取ろうとする月詠。
だが、もう其れは叶わないだろう。
何故なら、彼女は既に……

「――虎金ッ!! 龍王爪破ァァァァッ!!」

斃されて、いたのだから。
天地を諸共斬り裂く十の斬撃。
折れ砕けた剣は粉塵と化し、まともに攻撃を受けた月詠は――遥か後方の岩肌へと、叩きつけられた。
当然ながら、死んではいない。
医者が故意に患者を殺して、如何するというのだ。
目を回して完璧に気絶した月詠を見届け、彼はゆっくりと吐息を漏らし――
「……治療完了。お大事に」
台詞を極めたその瞬間だ。
彼の背後に――巨大な紅き鬼神が顕現した。
戦いは、繋がっていく。



雷光の残滓が空を漂い、爆煙が風に吹き散らされていく。
“雷の暴風”の直撃――幾ら不死者とはいえ、只ではすまないだろう。
ネギと霧羽が見守る中、完全に煙が晴れていく。
其処には――

「「――……ッッ!!?」」

全身を煤と焦げ目で真っ黒に彩られ、左肩から下全てと右足が完全に消失した宵闇の姿が。
残っている右手には錆びた剣をぶらさげ、歪んだ眼鏡は片方のレンズが無くなっていた。
――忌々しげに、額に突き刺さった真剛を無理矢理引き抜く。
割れた頭から脳漿がどろりと垂れ、割れた眼鏡に付着する。
脳漿を拭おうとせず、彼は憎々しげに睨みつけ――
「やってくれやがったな……。ゆったり嬲ってやろうかと思ってたけど……気が変わった。一切完全手加減無しで、殺してやる」
言って、右手の剣を天に向ける。
そして、気味の悪い音が――辺りを支配した。

“―――――――………………ッ!!!!”

例えるなら、蛇の声。
闇の隙間から囁いてくる、悪鬼の呼び声。
聞くだけで腹の底に嫌なものが生じ、胸が苦しくなる。
耳がおかしくなりそうだ。
喉から形容し難い嫌悪がこみ上げてくる。
脳が狂気に蹂躙されていく。
「……あ、アニキ……このままじゃ、やべえ」
「わ、解ってるけど……くぅッ!?」
ネギの肩の上で白目を剥くカモ。
ネギも辛うじて正気を保てっいるが、やばい。
霧羽も頭を押さえて、蹲りかけていた。
声は更に響き、そして――

「…………ッッ!!?」

宙に浮いていた木乃香が、びくりと震える。
強力な魔力光が身体を包み、声にならない叫びが迸る。
魔力を、強制的に奪われているのだ。
スクナ復活の時と同様――いや、其れ以上の魔力が湖面と大地を奔り、狂気と瘴気が蹂躙を始める。
『――このッ!?』
先ず動いたのは、酒天童子と合一したナナシだった。
しかし、スクナが行く手を阻む。
四の腕の内の二が、大速度で迫り来る――
『――邪魔やッ! “防護障壁”ッ!!』
酒天童子の左掌が向けられると同時に、掌前の空間が歪む。
魔力サーキットにより増幅されたエネルギーが、空間を湾曲させているのだ。
其れにより極薄い反発的防御空間が形成され、莫大な反発力がスクナの双拳を迎え撃つ。
反動により、スクナの身体が一時揺らぐ。
その隙を逃さず――酒天童子の一撃が飛ぶ。
『――“轟撃爆砕”ッ!!』
右腕の拳部分と下腕部分が其々逆方向に回転し合い、高速回転により蓄えられたエネルギーと質量を伴い――射出!!
高速で迫る弾丸は見事スクナの腕の一本を捕らえ、弾き飛ばした。
其れにより致命的な隙が生まれ、道が開く。空かさず、酒天童子は木乃香の元へと駆け出した。
だが――

ギャリィ…………ッ!

突然現れた“何か”に、足を囚われ――噛み砕かれた。
叫ぶ間も無く酒天童子はバランスを崩し――湖面へと、身を投げ出した。
そして、“何か”が水を割って現れる。
その姿を見て、ネギと霧羽とカモは、息を呑んだ。
<…………■■■■■■>
其れは、蛇だったモノだ。
身の丈はスクナよりも小さいが、丘ぐらいはある。
白骨化した長い身体には、生々しく蠢く腐肉が纏わり付き、肉体を維持しようとしている。
目は赤い。歯の隙間からチロチロと顔を出す舌は長く、腐って紫色に変色していた。
死して尚、死なざる化け物が、其処に居た。
霧羽が、叫びを上げようとした、その瞬間。
彼方此方で、爆発が起こった。



「――離れるでござる!!」
「のわぁぁッ!?」
小太郎を脇に抱え、飛び退く楓。
ダイダロスものどかと夕映を乗せ、その場から退く。
一瞬置いて、大地から……オゾマシキモノが姿を見せる。
骨と腐肉で構成された長い肉体。
感情無き、縦長の瞳孔の赤い瞳。
巨大な、蛇だ。
「あ、ああああ……」
「…………」
次から次へと現れる化け物に、一般人二名は気絶寸前だ。
いや、一般人ではない小太郎も楓も、少々これには後退りしていた。
「……いやはや。こりゃちと厄介そうでござるな」
――楓が戦力を整えるべく、ネギ達との合流を決めたのは、その数秒後の事であった。



「――これはまた、凄まじいですね……」
エヴァと共に麻帆良から京都へと転移したヘダタリは、開口一番にそう漏らした。
リョウメンスクナノカミに加えて、大蛇のゾンビとは……
しかもこのゾンビ。只の蛇のゾンビではない……!
「――この凄まじい瘴気と神気……まさかとは思うが」
「マイマスター、この化け物様をご存知で?」
エヴァの呟きに、ヘダタリが律儀に問いを返す。
エヴァは、顰め面で頷きを返し、
「このちっぽけな島国に住む者なら、誰でも知っている古代の大怪獣だ。――こんなモノを呼び出すとは……」
「マスター。敵個体、此方に気付いた模様です。――如何なさいますか?」
接敵を確認し、茶々丸が警戒の声を上げる。
決まっているだろう、とエヴァは尊大に答え、
「――見敵必殺。さっさとぼーや達と合流するぞ、下僕共」
従者達の答えは――
「了解しました」
「イエス、レディ。――貴女に華を」
快い、声だった。



「――ッ!!」
「はぁ……ッ!!」
真名の銃弾と刹那の斬撃が、大蛇の表面を打ち抜く。
だが、大蛇は堪えず、鎌首をもたげる。
死した身体に、この程度なんとも無いのだ。
「……流石にこのデカさじゃ、拳は効かないアル」
「ど、どーすんのよッ!!」
くーの拳は勿論、明日菜のハリセンも目標がでか過ぎて、大した効き目が無い。
「……仕方がありません。此処は――」
「逃げるしか、無いな。力に差が在り過ぎる」
――この四人も、早めの合流を目的に、逃げの一手を取ったのだった。



遥か遠方に現れた、長い幾つもの影。
無数の死者の群れにより隔離された剣の夫婦は、焦る気持ちを抑え、力を振るう。
「…………ッ!」
斬撃は薙風となり、亡者を討ち払う。
「――断ッ!」
剣は弾丸と化し、死者を撃ち滅ぼす。
だが、どれだけ倒しても数は減らず――進軍は止まらない。
焦る気持ちは――更に加速していく。



現れ出でた、巨大な骸。
天を突くように、彼方此方に姿を現している。
一つ二つ三つ四つ……
更に、五つ六つ七つ――八つ。
八の鎌首が、獲物を狙いぎらついた視線を地に向けていた。
「――召喚……いや、死霊術成功だ。地脈との連結も上手くいってるようだし……上々だぜ」
宵闇がそう呟くと、手に持っていた錆びた金属剣が砕け散った。
まるで、役目を果たし終えたと言わんばかりに。
「壮観だぜ。古代日本を蹂躙した、二大荒神の競演だぜ。豪華だよなぁ……」
嘲るような、呟き。
其れを聞いて、霧羽の顔が強張った。
――古代日本。荒神。
霧羽は――いや、誰でも知っている。
日本神話に出てくる、蛇の化け物。
そんなものは、唯の一つしか存在していない。
伝承によれば、目は鬼灯のように赤く、腹は常に血で爛れ、八つの峰と谷に跨るその巨体の背には草木と苔が生い茂り、八頭八尾の大蛇だと伝えられている。
その化け物の名は――

「――八岐大蛇」

絶望的に、呟く霧羽。
耳聡く彼女の呟きを聞きつけた宵闇は、焦げた口端を楽しそうに歪めて――

「――大正解」

直後、耳障りな嗤い声と、嘶きの八重奏が天地を揺らしたのだった……




――さて、加速に次ぐ加速により佳境を疾走する物語。
今回登場したのは、彼の男神スサノオが滅した悪蛇“八岐大蛇”。
姫騎士等は、以下にこの絶体絶命の状況を乗り切るのでしょうか。
次回まで、お待ちを。

ねぎFate 姫騎士の運命

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