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~転移~ 投稿者:かにすけ 投稿日:08/26-23:38 No.1165
大地が鳴動する。
途轍もない物が降りてくる事を知って、地球が、世界が怯えている様だ。
実際は大質量が降りてくるせいで、単に気圧の変化やら何やらが起こっているだけだが、そう感じずにはいられない。
九門克綺は上を見た。
おぞましき物、悪辣で、この世界に存在してはいけない物が、そこにある。
竜にも見えて、虎にも見えて、大きな鷹のようにも見える。
だがそれのどれでもない。
そのうちの一つであるならば、竜は虎の首と鷹の首を生やしてはいないし、虎もそうだし、鷹もそうだからだ。
そもそも、気味の悪い触手状の胴体を持った虎やら竜やら鷹やら、そんな物聞いたことも無い。
―――いや、探せば居るかも。半魚人が居るくらいだから。
視界を元の位置に戻す。
がたがたに崩れ去り、スプーンで抉り取った様な天井が消え、
やはりがたがたのだだっ広い部屋が視界に入った。
赤髪の妖艶なる女性が、純白のドレスに身を包み、幾つもの細かい水晶体に分かれた羽をはためかせ―――そこに居た。
皮肉げな笑みを張り付かせ、己が身を段々と薄れさせながら、依然、そこに。
彼女は敢然とそこに立っていた。
―――イグニス。
それが彼女の名。
ローマ人の言葉で焔という意味だ、と彼女は語った。
人類の守護者で、人外で。
僕を此処まで守ってくれて。
結局一度死んだ、僕が愛した人。
彼女は消えかけていた。
誰かに説明するとしたら、それは彼女が魔族だからで、今この世に人が満ちているからだった。
何故消えなくちゃいけないのかって、それは人の力のせいだ。
人は何の力も持っていない訳ではない。
たった一つだけ、持っていた。
魔力を消す魔力。
それが、人類の力。
だから、彼女は消滅しようとしていた。
―――彼女に言わせれば、魔族は指向性を持った魔力なのだそうだ。
魔力が行く先を見つけ、皮を被った物、それが魔族。
遠い遠い昔、彼女は人間の『魔力を消す魔力』が発動した際、人となる事で消える事を回避した。
そして、今日、僕を救う為に、彼女は本来の姿―――神、あるいは悪魔だと彼女は言った―――に戻った。
つまり―――魔族に。
古い古い法は彼女にもやはり適用されるらしい。
彼女の魔力は消えようとしていた。
そして、彼女自身も。
水源が枯れた川と同じだ―――源が無いのだから、消えるしかない。
彼女に目を向ける。
皮肉げな笑みを浮かべているが、付き合いが長い―――果たして九日間は長いと言えるんだかどうだか―――為か、
その笑みが寂しさに翳っている事に気づけた。
僕は笑う。
自然に笑みがこぼれていた。
思えば彼女と出会う前の僕は、自主的に笑うと何故か峰雪―――親友だ―――が震えた。
その後で何故か僕は「悪魔の笑み」とか呼ばれていたが、それはさておき。
僕だけが知っているなんて、なんて光栄な事だろう。
この女性が、本当は、弱い事を。
単に強がりで筆舌に尽くしがたいほど意地っ張りなだけだと言う事を。
自分は恵まれているのだろう。こんな女性にめぐり合えるとは―――いや。
引っかかる。
本当に恵まれているだろうか、僕は。
自分のこれまでを振り替えり、一つ一つを考察する。
結論として、やはり僕はやはり恵まれてはいないだろう。
確かに得た物は大きかった。
何時の間にやら自分から欠落した心を得た。得てから分かる。これは失ってはいけない物だと。
身に余るほどの大いなる力を得た。得てさえも分からない。これを使って僕は何をするのだろう。
知らなかった事を知った。この世に魔物が居るなんて、知っている人はどれ位居るのだろう。
―――けれど。
失った物はそれよりも多い。
数々のとんでもない目にあったし、そのせいで自分は何度死に掛けた事か。
半魚人がマンホールから飛び出して来た時なんかは冷静に驚いたし、
何でもかんでも跳ね返す人もどきと遭った時なんぞ完璧に死んだと思った。
知りたくなかった事を知ってしまったし、途方も無い陰謀めいた事に巻き込まれたし。
まさか自分が世界を創り変える事が出来る『門』だなんて思っても見なかったし、魔物に狙われてるなんて知りたくも無かった。
そしてその流れで製薬会社が自分を使い世界を創り変えようとしている事も知って、とんでもない事になった。
―――帰ったらいきなり住んでいたメゾンが製薬会社の私立軍隊に襲撃されてましたなんて、いったい何のコントだ。
そして何より―――ただ一人の肉親を、恵を失ってしまった。
守ると覚悟したばかりだった。
絶対に守ると、誓った。
留学が終わったら、一緒に住もう。
メリーゴーランドはぐるぐる回って、サイだか何だかよく分からない動物の上。妙に間抜けな構図。
そこでした約束。
恵はやけに赤くなって、トマトが裸足で逃げ出した。
とても喜んでいたのが、思い出される。
たった、数時間後に、死んでしまうだなんて、思ってもいなかった。
僕を心配していた妹に、『すべてが終わったら説明する』と言う、そんな約束さえも果たせなかった。
冷たくなった恵は、あの後、埋葬されたろうか―――?
きっと峰雪辺りが見つけ出しているのではないかなとは思ったが、
そういえば峰雪はまだ外に居るのだった。
手に持った心臓が光り輝いている。
目を覆ってしまいたい衝動に駆られるがしかし、そんな事はしていられない。
手を伸ばした。
とてもだるい。
血液を流しすぎたのだ。仕方あるまい。
大体、この心臓を引っこ抜いた所には何にも嵌っていないのだ。穴からは中身が零れるに決まっているだろうに。
だぱだぱ血が流れる様は壮観だ。
ああ―――だるい。
とりあえず魔力で穴をふさいだ。
薄れかけたイグニスの手を、僕は取った。
「決めたよ。僕は、お前を助ける」
百面相。
嬉しいやら驚くやら慌てるやら、イグニスは面白いようにころころ表情を変えた。
彼女が此処まで表情を変えるのを見たのは、これが初めてかもしれない。
―――いや、初めてだった。
何でなのか、僕の心が途轍もなく喜んでいた。
「何をするつもりだ!?」
素っ頓狂な声。
僕は問われた。だから答えた。
「イグニスが、生きられる世界を作るのさ」
ああ、とんでもない事を、非合理的なことを言う。
無理な事に決まっている。
今すぐに違う方法をとれ。
この目の前に居る一人よりもこの世界に住まう人々の方が多いだろう。
お前は人外一人を取ってこの世界を破滅させる気か―――
冷静な、今までの僕。
それが囁く。
けれど、今の僕はそれを無視した。
「無理だ。そんな事は」
渋面を浮かべるイグニス。
何と言うか、何回も思い描いた夢を実現し損ねた様な顔だった。
思えば、そんな顔をしたイグニスもやはり、初めて見る。
「やってみなくちゃ、分からないだろう?」
非合理的。
非合理的。
非合理的。
お前は人類総てから魔力を消す気か。
出来るはずなど無い。
僕に出来る可能性など無い―――
五月蝿い。
黙れ。
その一声で僕は僕を黙らせた。
「もし、出来たとすれば―――」
イグニスが言う。
それを遮って、僕は顔を背けた。
もはや、話す時間も惜しい。
「―――心臓よ、僕に力を貸せ」
僕は、手に持っていた僕の心臓を―――胸に、差し入れる。
―――ドクンッ!!!!!
瞬時、血は炎と変わった。
凝固した塊が胸を焼き脳髄を焦がし脳に達して視界を真っ赤に染める。
刺激に産毛が逆立ち神経が麻痺して指先が痺れる。
かつて無い程の魔力が全身を駆け巡ってゆく!
とんでもない。ああ、世界を作るどころか、壊してしまいそうだ―――!
「僕は―――イグニスが生きる世界を作る!」
気迫を込めて願う。願う。願う。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が脈動。
魔力がたぎる。
「何が起きようと、知った事か!」
一言ごとに心臓が脈打った。
その脈打つ一打ちごとに、体を駆け巡る血の流れを感じる。
―――長く使っていた胸の金時計。
今までの僕と言っても良い存在。
僕の今までの心臓。
・・・それが割れて、地に堕ちた。
差し出した手の中、時計は溶け、崩れ、地に滴る。
瞬間。
螺旋を描いて経巡る血脈が、その速度を増した。
ごうごう。
音を立てて大河の様に僕の中の何もかもを削り取り小さく小さく丸くして軽くして押し流してゆく。
血の道が破れる。たちまち肉がえぐられる。
骨が砕かれ、脳が泡立ち冗談抜きで沸騰する。
皮一枚を隔てて、圧倒的なエネルギーが流れていた。
赤、赤、赤。
真紅に染まった視界の中で、微かにイグニスの姿が見えた―――。
僕は、笑う。
精一杯。
機は満ちた。
為すべき事は。
あるべく世界を掴み取る事。
胸に五指をつきたてる。
ずぶずぶと、抵抗無く入ってゆく。
骨も肉もすでに無く、あるのはただ、純然たる魔力のみ!
掌で心臓の鼓動を感じる。
火山に蓋をして抑えたような巨大な圧力が、手の中で脈打っていた。
「僕は望む!」
声に出して言った。
僕が、僕の心臓が、世界を変える力を持つと言うのなら。
「イグニスと、僕が生きる世界をッ!」
―――僕が、変えて見せる!
空を見上げる。
ひび割れて穴の開いた空。
まさに世界の滅びを体現した様相を示している向こう側、無数の虎とも竜とも鷹とも付かない触手が蠢いた。
身を捩る度に降る鱗は、まるで雪の様。
そういえば今は冬だったなぁと、どうもピントの外れた事を考えた。
・・・これじゃない
この世界では、この世界ではイグニスが生きる生きられないなんて考える暇も無く僕もイグニスも死ぬ。
握った心臓に否定の意思を乗せ、握る掌に力を込める。
空の色が変わった。
禍々しいあの生き物もどきのトゲだらけの触手が苦痛に呻いた。
ぎゅるぎゅるぎゅると回転し捻じれ捩れ曲り凶り。
それはビデオに巻き戻しでもかけたかの様に空の向こうに消えていった。
ダイアルを回すのと同じ。
カリカリカリ。
僕は心臓を撫ぜた。
空の色が次々と変わる。
これじゃない。これじゃない。これじゃない。これじゃない。これじゃない。
キリキリキリ。
違う、違う、違う、違う、違う。
切り替えて切り替えて切り替えて―――
やがて、総てが混ざった灰色が現れた。
その時。
かちりと。
何処かで。
鍵がはまった様な気がした。
―――見つけた!
僕の心臓と手と空があるべき位置に組み合わさる。
それはまるでパズルのピース。
あるべき位置にはまったそれは、あるべき絵を、世界を映し出す。
ギギギギギギ―――!
重々しく鳴動する空。
永く使われていなかった扉が開くような音。
ああ、地面が揺れる!
乱れ弾け砕け飛び罅割れ壊れ!
これから変えられる自分を知って、地球が嘆く!
門が、開く―――!
―――ガコン!
門が開ききった音と共に、空を覆っていた無数の亀裂が次々つながる。
それはまさしく破れて行く卵の殻だ。
世界も粋な演出をするものだ。これから生まれるのは新たな世界なのだから、新たな世界は卵を割る訳だ。
やがて罅は地球全体を覆ったのだろう、夜空の破片が、星々の光まで巻き添えにして剥落する。
鮮紅色の輝きが、夜空を覆う―――。
恐ろしいほどの魔力と光が穴から溢れ、見えるものが押し流され、そして―――
世界が塗り替えられる。
あんまりにも強い衝撃を伴っていたその現象は、世界の穴の真下であるこの施設に真っ先に威力を行使した。
5メートルの鉄壁がぶっ飛んで行くのは見れた光景じゃない。しっかりと目に焼き付けよう。
無論、自分がぶっ飛んでいくのも見れた光景じゃない、しっかりと目に焼き付けて―――いる暇を下さい。
キリスト教系ミッションスクールに通っておきながらも全く祈った事の無い神に祈った。
苦しい時の神頼みと峰雪は言うが、全くその通り。
苦しい時だけ神様に祈ったって、神様は拗ねて出てきてくれやしない。
地面に叩きつけられた。
肺から空気が逃れていく錯覚。
痛すぎて、脳がショック死を防ごうとする。
つまり、気絶する。
手放される意識の中、僕はイグニスと、此処から逃げたはずの峰雪達が心配だった。
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