麻帆良白書 第4話「新任先生は……」 投稿者:ケンツ 投稿日:04/14-18:53 No.310
騒がしかった一夜が明け、青年はまた新たな一日のため起き上がる。
外は小鳥が木々に止まり、いかにも朝だといわんばかり鳴いていた。
少し朝日が昇っただけであまり時間は経過していなかったのだが、起き上がる動作に眠気の様子がなかった。
表情は清清しく、瞳には何か決心が付いた様に光がともる。
彼はもう決めたのだ。迷うことなく現実を受け止めることに。
==第4話 新任先生は……==
現在の時刻はもうすぐ七時になろうとしている。推定三時間ぐらいの睡眠しか取っていない蔵馬だったが、どこかだるい様子を見せることなく、すぐに布団から出た。
部屋を見渡せば、自分に馴染みのある部屋ではなかった。
昨日からこの世界に来ていたことは正しく夢ではなかった。
ゆっくりと、今度は右手に視線を移す。
昨日の異様な感覚は大して感じなかったが、やはりどれだけ頑張っても“妖狐”にはなれない。
これから自分はどうするのか?
目を瞑り、昨日のことを鮮明に思い描く。
――そうだ……あちらの好意で今日からオレは教師になったんだな
すべてを思い出した蔵馬は、閉じていた目を開け、何か安心したのか、フッと口元を緩ます。
多少の不安はあったものの、自分のいた世界とあまり変わりはないこの世界は確かに安心だ。しかし、この世界の誰一人自分は知らない。
白紙の状態からまた人脈を作り、そして生きていく。
一人で生きていくのは簡単だったはずだ。だが人と接する機会が多すぎたせいだろう。
一瞬の内に孤独となるのがまた嫌になったにちがいない。
蔵馬は決して自分の世界にいた仲間には会えないとは全く思っていなかった。
自分ですらここに来たのだ。事故でも強制でも絶対彼らは来る。
どこから出てきた自信か分からない。それでもいいと悟ったようにその場で静かに微笑んだ。
――プルルル、プルルル。
不意に鳴り響いた携帯電話。
音の発生源に目をやると行き着く先はズボンのポケットだった。
ポケットを探ると独特の長方形を手で確認し、思わずアッと気づいたように声を上げる。
どうやら今まで気づかなかったようだ。
だが、仕方がないといえば仕方がないだろう。
昨日は戦闘やら話し合いやらで携帯電話には全く気にも留めなかったからだ。
蔵馬は未だ鳴り響いている携帯電話を手にしながらも、取ることはなかった。
期待と不安で戸惑いを浮かべながらも、意を決したように携帯電話を開く。
自分の髪の色に合わせた赤色。
その折り畳み式の携帯は、何の飾り気もない着信音が鳴り続けるだけ。
開けてディスプレイを覗くと、そこには相手の名前が写るのだが、蔵馬は黒文字で綴られたその名前に驚く。
――桑原君……?
画面にはっきりと友人“桑原”の名前が出ている。
どうやって彼から掛かって来たのか分からない。
だが、それでもこれは好機と感じた蔵馬は急いで取ることにする。
通話のためのボタンを押し、耳元に携帯電話を移動させる。
蔵馬が第一声を上げる瞬間だった。
「蔵馬ーー!! テメエいったいどこにいんだーー!!」
携帯越しだったため、蔵馬はその声に思わず携帯電話を放しそうになる。それでも何とか体制を立て直し、携帯を持ち直す。
ギンギン耳鳴り響いている右耳からまだ無事な左耳へと持ち変える。
現状理解のためここは何としても平常心で話すことにした。
「桑原君? どうやって携帯電話から? いや、それよりも……どうしたんだ?」
世界観が変わらないこの場所では携帯電話は存在する。しかし、異世界に掛けることなど果たして可能なのか?
疑問が浮かび上がる蔵馬であるが、今は知り合いに連絡を取れただけでも良かっただろう。
生きてはいるものの、存在自体消えてしまった元の世界ではきっと大騒ぎになっているはずだ。
なるべく冷静さを保ちながら桑原の言葉に耳を傾ける。
「どうしたもこうしたもねぇー! オメェ何処にいんだよ!? こっちは昨日から探してたんだぞ! 妖気は感じねぇは、携帯もやっと繋がったし…………」
――まさかこれも次元刀を使える影響なのか?
桑原の怒声を聞きながら、蔵馬は桑原がどうやって異世界にいる自分と連絡できた理由を考える。
一つ浮かび上がることがある。
それは桑原の能力である“次元刀”だ。
――“次元刀” 桑原の能力の一つでもある。次元刀は武器として使えるのだが、本来空間を切り裂くことの出来る便利な道具でもある。
過去に魔界と人間界との間に出来ていた結界を切り裂き、ワープ効果として行きたい場所までの空間を切り裂いての進入など、桑原しか使えないという希少価値が高い能力である。
もしや次元刀の能力を持つ彼なら例え異世界であっても連絡は出来るのだろうと推測する蔵馬。
冷静且つ大胆な分析を立てるが、さっきの桑原の慌てぶりから見ても、思っていた以上に事態は深刻であると理解できた。
――そう言えば……あっちではどうなっているのかな? 母さんは心配しているだろうな……
その中でも蔵馬が一番危惧していたことは母のことである。
元から母の体は丈夫とは言えず、今まででもひどい病気には幾分かかってきた。
もしかしたら今大変なことになっているかもしれない。そのような事を想像するだけで顔から血の気が引いていく。
「桑原君、オレの母さんは今どうなってる!?」
「ん、あぁ……そりゃ心配してたけど大丈夫だぜ! 何とかごまかしてっからよ」
蔵馬は居ても経ってもいられなかったのか、口調がやや焦りながらも現在の母の状態を尋ねる。
だが結果は何処も悪くなく、無事であるという報告を聞いて思わずホッとしたのか安堵の溜息を漏らす。
桑原も蔵馬のいきなりの変貌振りに多少驚きながらも、何とか平常を保って蔵馬に答える。
「それで今何処なんだ? オメェの妖気がちっとも感じねぇんだが」
「それが……桑原君。……今から言うことをちゃんと聞いてくれ」
桑原の問いに答えづらい蔵馬。
いくら彼を信じている桑原でも果たしてこの状況を納得してくれるかは定かではないのだから。
ひそかに畏怖の念を抱いていた蔵馬だが、今ここで言わず、何時言うのだ。
昨日の決心を思い出し、ここは思い切って打ち明けることにした。
「お、オイ、そりゃあ本当のことなんだな」
ここまでの経緯を伝えると桑原は信じられない様子で蔵馬に尋ねる。
彼自身蔵馬が嘘を言わないことは分かっているのだが、どうしても蔵馬の言ったことが理解し難いようである。
だれでもそうであろう、いきなり自分は異世界に居ますなど言われては。
「ええ、冗談で言いませんよ」
「そ、それもそうだな。なんせこっちじゃオメェの妖気を感じねぇからな」
「それと……母さんには急の仕事が入ったと伝えてくれないか? あまり心配はかけたくないから……」
蔵馬は母にだけは心配をかけたくないと心から決めており、優しく落ち着いた口調で桑原に頼んだ。
彼にとって大切な人それは“母”である。
一度はこっそり家を出るつもりだったのだが、どうしても母の優しさが彼を思い止まらせていた。
だから母を守るためなら彼はどこまで冷酷に徹すると決心したのである。
「しっかし、オメェに教えてもらえる生徒なんざ羨ましすぎるぜ!」
「そんなことないさ。オレだってちゃんと教えられるかどうか……」
桑原の言葉に謙遜する蔵馬。
しかしかつて彼みたいな不良が高校に行けるようになったのも蔵馬のおかげ。
あれほどの頭脳の持ち主ならば、授業が理解できない生徒はいないだろうと桑原は心の中で悟った。
「じゃあ浦飯達に言っておくぜ! あいつらも心配してっからよ」
「すまない……こんなことになって」
「気にすんな! それより……無事に帰って来いよ」
蔵馬の言葉が暗くなっていることを声色で理解できた桑原は、あえて蔵馬の気を使わないようにふるまい、また元気づけた。
蔵馬も桑原の言葉に思わず笑みが漏れ、また新たな決心を心の中でつけた。
桑原からの電話を切ってから、燦燦と輝く朝日を一度眺め、それからゆっくりとエヴァの家へと戻り始めた。
家に入ってみると起きた時とは違う匂いを感じる。
匂いの原因はテーブルにはしっかりと朝食だった。
きっと茶々丸が作ったのだろう。
食器の数を見ればロボットの茶々丸を抜かし、しっかり二人分置かれている。
そこでもう起きていたのか、エヴァはすでに朝食を取っていた。
しっかり置かれている食事を見て、いつも通りの笑顔で二人に挨拶をする。
挨拶したにも関わらず、エヴァの表情は堅く、腕を組みながら蔵馬を睨んでいる。
きっと朝起きてみて蔵馬の姿が見えなかったからだろう。
「何処に行ってたんだ!? 昨日といい今日といい……まったく貴様という奴は、目を離すとすぐこれだ」
勿論彼女は本気で怒ってはいないものの、それでも心配はしてくれる。
そんな彼女に対し、蔵馬も少し後ろめたい気持ちがあった。
「あぁ、すまない。ついつい散歩に夢中になってしまって……」
「フン、まぁいいだろう……それより早くしろ。新任早々遅刻しては示しが付かんぞ」
蔵馬の嘘に気づいているのかいないのかエヴァは気にせず、蔵馬に早く仕度するように促す。
蔵馬も一度時計を見て、時間が迫っていることに気づいた。
言われた通りに朝食を済まし、早速学校へ行く準備をしようとした。
それを見ていたエヴァは慌てて蔵馬を引き止める。
「お、おい。まさかその格好で行く気か?」
「え?」
エヴァに服装を言われた蔵馬。
彼の服はジーパンに黒のジャケット、いくら顔が一般男性よりも男前だからといって教師として行くにはあまりにふざけた格好だ。
それも昨日の戦闘で所々破れて、いくつかの血痕が見られることにより余計に不審者と思われる。
「だが、今はこの服しかないぞ?」
「フ、任せておけ」
不敵な笑みを浮べるエヴァが右手の指をパチン! と鳴らす。
すると蔵馬の服装が、一瞬にしてスーツ姿に変わっていた。
一際目を引く、その赤髪に合うように、黒を基調としたスーツに相対的な白いシャツ。青色のネクタイがすでに締められており、靴もちゃんとした革靴である。
蔵馬は着替えている感触もないのに、着ている物が一瞬のうちに変わるという魔法独特の現象にただ感心するしかなかった。
それでもこれが彼女たちの言った“魔法使い”としての能力だと理解すると呆気なく納得してしまう。
「やれやれ、まるでシンデレラの気分だ……魔法というのは何でもありなのか?」
「そうでもないさ……当然術者によっては得て不得手の魔法があるからな」
呆れた笑みを浮かべる蔵馬と相対的にエヴァは静かに微笑みながら答える。
もう一度鏡で服装を確認している蔵馬にエヴァは思いついたように声を掛ける。
「おい、言い忘れたが、魔法使いのことをバラしてはいけないことを昨日で知ったと思う。同じようにお前も力を使うんじゃないぞ」
「あぁ、分かってる。それはあっちの世界でも一緒だったからな」
エヴァに振り返り不敵な笑みで言葉と共に返す蔵馬。
すっかり慣れたのか、それとも余裕が出来たのか、蔵馬の適応力にエヴァも感心しながらチラッと時計を見る。
時計の針はすでに八時を指していた。
「それより、もう行った方が良いんじゃないか? まだ受け持つクラスが決まっていないんだろう?」
「そうだな、それじゃあ行ってくる。スーツのことはありがとう。……それと遅刻はするなよ」
一応の忠告を彼女に言い放つ蔵馬だが、感謝の気持ちは勿論ある。
今は時間の都合上、簡単なことしか言えなかった。
だが、彼女たちと一緒な学校ならいくらでもいう機会はあると信じ、振り返ることなく歩き始めた。
蔵馬は歩きながら麻帆良の風景を観察していた。
町並みは多少違えど、根本的な世界観は変わらない。唯しいて違和感を感じるなら魔法使いの存在だろう。
途中で通学途中の生徒を見かける。女子校へ行くだけに男子生徒を見かけると、また新鮮な感覚を覚える。
あちらの世界ではそのようなことは気にも留めていなかったのだが、こうして先生という立場から見ると生徒の雰囲気も全然違う。
学校が近くなるにつれ、周りの生徒は遂に女子生徒しかいない。
異性である自分が何だか異分子扱いされる。そんな幻覚が頭の中で思い描かれるが、自分は教師なのだから別に何の関係もない。
蔵馬は自分に自嘲しながらも目の前にある大きな学校“麻帆良学園女子中等部” 校門で一度立ち止まり、その校舎を見上げる。
昨日は夜だったせいもあり、あまり学校風景を眺める余裕はなかったのだが、改めて確認すると自分の世界では見ることの出来ない、規模の大きい学校だと分かる。
止まった足をまた動かせ、校舎内へと入っていく。その際に数人の女子生徒が何やらヒソヒソと噂話をしている模様。
昨日から来た自分にとってあまり関係のない話だろうと蔵馬は悟ると、気にすることなく、そのまま校舎内へと入っていった。
(ねぇねぇ、さっきの人すっごくかっこ良くなかった~?)
(新任の先生じゃない? 昨日も子供先生が来たし)
(あ~ぁ、うちのクラスなら良いのに……)
実は彼女たちのヒソヒソ話は蔵馬のことだった。
自分の噂をされているとは露も知らず、蔵馬は学園長室へと向かった。
蔵馬は昨日来た道を覚えていたのだろうか、迷うことなく学園長室にたどり着く。
扉を開けると、中には昨日と同じ服装で学園長が座っていた。
蔵馬は一度会釈し、学園長へと近づく。
学園長も蔵馬のことを待っていたかのように笑顔で迎える。
「本当に俺で大丈夫なんでしょうか?」
「フォ、フォ。そんなに気にせんでもよい。そういえばお主にまだ言ってなかったのぅ……」
いくら信用してくれるとはいえ、大学もでていない自分が果たして人に教えられるのだろうかと一抹の懸念を抱く。
学園長も蔵馬の不安を対してあまり心配はしていない様子。
「何でしょうか?」
何か問題でもあるのだろうか? 蔵馬は学園長の言葉に過敏に反応し、尋ねた。
「ホホ、おぬしの受け持つクラスじゃよ」
――ああ、そう言えば今朝エヴァが言っていたな……
蔵馬は昨日のことを思い出し、仕事の内容をまだ知らされていないことに気づく。
確かに、昨日は教師としてここに居座る形となったが、一体何を教えればいいのだろうかと疑問が浮かび上がる。
「フム、君には理科と数学を教えてもらうぞぃ。あと2-Aの副担任になってもらうからのう」
「副担任ですか……学園長、まだ言いたいことはありますよね?」
どんどん注文を告げる学園長に蔵馬は不満どころか逆に安心したようだ。
一人の人間を教えるのとは違い、大勢の人を教えることに対し、妙な高揚感が心の底から込みあがる。
「ホホ、流石じゃな……君はあのエヴァと互角だったんじゃろ?」
「互角というか、ただ一方的に攻撃を避けただけですがね」
学園長の言葉に訂正を加えるように蔵馬は静かに呟いた。
どうやら追加事項は思った通りの展開になりそうだと蔵馬は内心悟っていた。
「そこでじゃよ。君の戦闘能力を見込んでその2-Aの護衛をして欲しいんじゃよ」
学園長の言葉で自分の戦闘能力を頼りにクラスの護衛をして欲しい。
意外な要求に呆気に取られるが、そこは無理にでも納得したようだ。
そのクラスにどれだけ重要人物がいるのか分からないが、取り合えず護衛の理由を聞くことにする。
「何故ですか? そんなに重要なクラスなのですか?」
顔にはまだ余裕を残し、相手の出方を伺うことにした。
学園長も余裕を感じる蔵馬の表情に不気味さを覚えるが、逆にその態度が気に入ったようだ。
「実はのぅ、そのクラスにわしの孫の木乃香がいての、護衛をして欲しいんじゃよ」
――親バカ……と言うやつか?
クラスの護衛という大それたことを要求する割には、唯の孫の護衛を頼む学園長に蔵馬は初めは親バカだと思っていた。
だが、ご子息や孫を大切に思う気持ちは決して愚かな事ではない、むしろ尊敬すべき点ではないか。
だれだって家族を大切に思って何が悪い。蔵馬も大切なものを守るためなら何だってする覚悟は出来ていた。
「エヴァほどの警備員がいるのに、オレに護衛まで頼む……それほどお孫さんは重要人物なんですね?」
「おお、飲み込みが早いのぅ。……その通りなんじゃ、孫の木乃香は魔法使いの血を引いておる。その力は極東一と言われるほどなんじゃよ」
エヴァがこの学校の警備をしているにもかかわらず、彼に護衛を依頼する。
そうでなくとも例えば昨日のタカミチも相当の実力者のはず。
蔵馬はこの学校に取り巻く悪がそれほど強力なのだと推測すると、この先が思いやられることを嫌でも考えてしまうのか諦めの溜息が出ていた。
「すまんのう……よそから来た君にここまで頼む事になってしもうて」
「いいえ、お任せ下さい……お孫さんは必ずお守りします」
家族を大切にする者の気持ちは蔵馬には十分理解していた。
だからこそ、この仕事は請けるべきだろうと承諾した。
「それとじゃ、担任のネギ君も影からで良いから守ってはくれんか?」
「ええ、構いませんよ……それでそのネギ先生というのはどんな先生なんですか?」
孫の木乃香の重大さは分かった。さらに今度は担任のネギがどんな人物かも知りたくなった。
木乃香と同様にこれもまた何か秘密を持った人物なのだろう。
蔵馬は受け持つ任務が重大であっても逆に好奇心に似た、何かを期待するよな思いがどんどん浮かび上がる。
しかし次の学園長の言葉でその理想は崩れ去ることになった。
「ウム、ネギ君は優秀な先生じゃよ。十歳で先生をしとるんじゃからな」
――え!? 今何と?
蔵馬は期待していたのよりは大きく外れ、ただ子供だからという理由で護衛をさせられることに少々嫌悪感が募ってきた。
――十歳で教師なんて……この国の法律は一体どうなっているんだ? 全く分からん。
「フォ、フォ、なぁにばれなきゃ良いんじゃよ。」
――心を読まれた!?
蔵馬は心の中でこの世界の法律についての議論を交わしていたが、この老人にはその考えなどお見通しであったのだろう。
不意に出した言葉が彼を驚かせ、また彼にとっては相手に心を読まれたほうが悔しかったようだ。
「フム、もうそろそろ来てもよろしいんじゃが……」
■□■□■□■□
――ネギside
そのころ噂の子供先生はというと、二人の少女と一緒に走りながら学校に向かっていた。
「全くもー、バイトも遅刻しちゃったしホントあんたなんか泊めんじゃなかった!」
げんなりした表情で隣にいる少年に言い放つ、ツインテールの少女 “神楽坂 明日菜”はネギに文句を言いながら走る。
「えうっ、僕のせいじゃ…」
年相応の体格で、眼鏡を掛けた少年。この者が“ネギ・スプリングフィールド”。
昨日から2―Aの担任を務め、蔵馬の護衛対象でもある。
ネギはアスナの言葉に困惑しながらも答える。
どうやら此処に来る前にその少女と一騒動があったのだろう。
「仲悪いなー、二人」
二人の後ろを走っている黒色のロングヘアーの少女“近衛 木乃香”は苦笑いとも取れる笑顔で二人のやり取りを見て呟いた。
「あんたの正体が魔法使いだって事知ってるのは私だけなんだからね。あんたが私に逆らったら魔法使いだって事ばらわよ!」
「うう、僕先生なのに…」
後ろの木乃香に聞こえないよう子供先生を平気で脅す明日菜。
ネギはアスナに魔法がバレたことが相当不味いようであり、落胆とした様子で学校へ向かっていた。
学校へ到着したネギたちは玄関で靴を換え、普通に教室へ向かおうとしたのだが。
『ネギ・スプリングフィールド先生、ネギ・スプリングフィールド先生。至急学園長室に来てください」
放送から鳴るのは彼の名前。ネギは自分自身何かしたのかと懐疑を持つ。
「何、あんた何かしたの?」
「いえ、そんな覚えは無いんですけど…」
「早く行ったほうがええよ」
ここで考えるよりも行ってみれば理由も明らかになるだろうと思い、小走りで学園長室へ向かうネギだった。
■□■□■□■□
==学園長室==
一通りの手続きを済ませ、あとはネギが来るのを待つばかりの蔵馬。
「さて、どんな先生かな?」
蔵馬は緊張するよりも、ネギやクラスの3―Aのことが早く知りたいという好奇心の気持ちが大きいようだ。
「ホホ、もう来てもいいはずなんじゃが…………ム、やっと来たかのぅ」
学園長が何かに気づいたのと同時に蔵馬も扉の向こうに誰かが来ているのを感じた。
多分彼が思っている通り、ネギ・スプリングフィールドであろう。
「学園長、ネギです」
「おお、入っとくれ」
扉越しに聞こえる声は、年齢にして十歳位の幼い声が聞こえる。
待ちに待ったかのように子供先生とのご対面に身構える蔵馬。
幼いながら魔法使いで、話を聞けば天才と言われるその存在をその目に焼き付けたかったようだ。
「失礼します」
蔵馬はネギの姿を見るとますます納得したようでに頷く。
だが、こんな子供がいくら魔法使いの修行とはいえ先生をすることに蔵馬は凄く感心し、また、かわいらしくも思った。
「あの、学園長この人は……」
ネギは学園長室に入った途端、学園長の近くで自分を見ている人物に気づく。
昨日からこの学校にいるネギにとって初めての人物だったので、少し戸惑いを覚える。
「フム、紹介しょう。君のクラスで副担任をする事になった南野 秀一君じゃ」
「どうも南野です。よろしく……ネギ君」
「あ、ネギ・スプリングフィールドです。こちらこそよろしくお願いします」
ネギはその人物が自分のクラスの副担任だと分かるとその不安は吹き飛んだようだ。
また相手の笑顔に思わず表情を綻ばせる。
「そうそう、ネギ君。南野先生は魔法のことを知っておるから隠さんでも良いぞ」
「えっ!?」
学園長の言葉を聞きネギは蔵馬をじっと見る。
彼は蔵馬を普通の人間とは何か違うことに気づいたのだろうか、まじまじと見つめるがここではあえて何も発言しなかった。
蔵馬もネギは話で魔法使いではあると分かっていた。ネギの体から微かに感じる、気とは違う何かを持っていることに気づく。
エヴァと感じが似ていることからこれも魔法なのだろうと納得する。
蔵馬はこの世界に来てからというもの気と魔法の区別を多少なりと理解できているようだ。
初めて感じる空気に自然と高揚感が湧き上がるのを覚える。
「そうじゃ、南野君。君の住む場所が決まったぞぃ」
「ありがとうございます。それで何処なんですか?」
蔵馬は昨日はエヴァの家に泊めてもらったのだが、このまま住居が決まらなかった場合ずっとエヴァの家で居候の形で居座らなくてはならない。
そんなことはなんとしても避けたかった蔵馬だけにこの言葉は彼にかなりの安心を与えてくれた。
「うむ、女子寮に空き部屋があったんでのう。そこに住んでもらうぞぃ」
――え!? ぼくの時は無かったのに……
ネギはその言葉を聴いて思わず顔に出てしまったようだ。
しかしそんな事はお構い無しに学園長は話を進める。
「女子寮ですか、……分かりました」
彼は女子寮であることに多少の抵抗を感じているようだが、住む場所を提供してくれた学園長の厚意を無駄にするわけにはいかないと思い、承諾する。
「早速じゃが……ネギ君、南野先生をクラスへ案内してくれんか?」
「分かりました。では行きましょう南野先生」
「はい……では学園長、ありがとうございました」
二人は学園長に礼をし、その場を後にする。
学園長は何かを考えていたが、二人が出て行った後、髭を触りながら呟いた。
「さて、蔵馬君がどれだけがんばってくれるかのぅ」
■□■□■□■□
蔵馬とネギは2-Aに向かいながら互いの自己紹介をしていた。
蔵馬の話すことは何でも興味があり、ネギは心の中で蔵馬のことを尊敬していた。
蔵馬も十歳とはいえ、ネギの話すことに興味があり、まるで弟が出来たかのようだった。
「へぇ~、南野先生は弟がいらっしゃるんですね」
「あぁ……でも今は会えないんだ」
蔵馬は前の世界の弟を思い出す。母が再婚した際、父方の弟である。
あまり交流は無かったがもう会えないと思うと少しばかりか表情が寂しくなった。
ネギは蔵馬の顔を見て、不味いことを聞いてしまったとばつ悪そうにしながらも、何とか元気付けたいと考える。
そこで彼は思い切って打ち明けることにした。
「あ、あの…………僕、お兄ちゃんって呼んでも良いですか?」
「え?」
もじもじしながらネギは笑顔で蔵馬に尋ねる。
蔵馬はネギの発言に一度驚いたが、直ぐに落ち着いてネギの言葉に凄く感激した。
――何か恥ずかしい気もするが……
この世界でも自分を兄貴呼ばわりすることに多少の照れを見せる蔵馬。
それでもまんざら嫌ではなかのだろう、快く承諾する。
「こんな俺で良ければ……」
「あ、うん!! え……と、し、秀兄?」
蔵馬は『秀一兄さん』とか単純に『お兄ちゃん』など呼ばれるつもりでいたのだろうが、この世界に来ても『秀兄』と呼ばれたことに吃驚した。
それでもまたその呼び方が聞けたのか、無意識のうちに笑みがこぼれている。
二人が話し合っているうちに、いつの間にか目的の教室“2―A”に辿り着いた。
蔵馬は真剣な面持ちで身だしなみをチェックし、初日から失敗は出来ないと思ったのか、一生懸命に可笑しい所がないか調べていた。
「それじゃあ、僕が呼ぶからそのときに入ってね……秀兄」
ネギは早速蔵馬に兄と言って嬉しそうに教室に入っていく。
兄という存在が相当嬉しいのだろう。頬が多少赤く染まっていたネギの顔を見ると、蔵馬も笑顔で返し、ネギが教室へと入るまでをずっと見守っている。
ネギが教室に入った後、再度服装をチェックし、一度深呼吸をしてから、何時呼ばれても良い様に静かに待っていた。
■□■□■□■□
「今日は新しい先生を紹介します」
ネギは教室へ入るや否や急いで教壇に立ち、新任の先生を紹介する。
「え~、二日連続!?」
「くぅ~~、なんてことだ! あたしの情報網に入っていないなんて!!」
「まさか、またガキじゃないでしょうね!?」
「うう~、罠を仕掛けられなかった~」
「お姉ちゃん、残念です~」
さまざまな声が聞こえ、教室はより一層騒がしくなる。
ネギはいち早く蔵馬の事を紹介したいようだ。
受け持つクラスを見せてあげたい気持ちが強いせいでもあろう、その表情は至福の笑みであった。
「それじゃぁ、南野先生入ってください!」
期待を胸にネギは声高らかに蔵馬を呼んだ。
■□■□■□■□
廊下からネギの声が聞こえた蔵馬は心の中で自分を落ち着かせ、静かに教室に入って行く。
蔵馬が教室へ入ると教室はすぐ静かになり、彼はそのままゆっくりと教壇に上がった。
「今日から副担任になった南野秀一です。担当の教科は理科と数学です。短い間かもしれませんがよろしくお願いします」
「「「「「………………」」」」」
蔵馬の簡単な自己紹介が終わっても教室は未だ不気味なほどシンと静まり返っている。
それを直ぐに察した蔵馬は怪訝そうな顔をしてネギを見やる。
(ネギ、俺は何か変なことでも言ったか?)
(い、いやそんな事はないと思うんだけど)
可笑しな事をしたのだろうかと必死になって考えても理由が浮かばない。
ネギに尋ねても、理由は分からないため、どんどん不安になっていく。
「「「「「「「「かっ」」」」」」」
「か?」
「「「「「「「かっこいい~~」」」」」」」
「へ?」
彼女達の第一声がよもや蔵馬の考えを上回っていたのだろう、一度身を引き、彼女達の反応を受け止めた。
蔵馬のルックスは一般人と比べ、比にならないほどの良さではある。
とはいえ、いきなり初対面の人に向かってはっきり言う彼女達に蔵馬は驚くしかなかった。
「み、みなさん落ち着いてください! そ、それでは南野先生の質問タイムを取りたいと思います。質問のある人は手を上げてください!」
ざわざわ騒ぐ生徒たちに負けないよう大きな声でネギは生徒達を収拾するため取り合えず今は質問タイムにした。
ネギの予想通りにほとんどの人が手を上げた。
――ハハ、日本人は引っ込み思案って言うけどこの世界では違うのかな?
蔵馬はさっきの反応といい、今の行動といい、元の世界と比較しても全く違っていることに改めて認識した。
また蔵馬から見て一番左後ろの席にはエヴァの姿が見える。
エヴァも蔵馬と目が合うとすぐに挨拶代わりの笑みを浮かべる。
――エヴァの言っていた通りだったな……それにしても、名前と顔からして留学生が多い様に感じる。それに何だこの雰囲気は……デキる奴がやたら多いような気が。
蔵馬は名簿を見てさまざまなことを考えていた。
しかし今は自分のために質問する時間なのだからすぐに気を取り直し、名簿を見ながら生徒の名前を確認した。
「え~と、椎名 桜子さん」
「は~い、先生は男ですよね?」
ピキッ
その言葉を聞いた瞬間、蔵馬の周りの空気がまるで氷河期に入ったくらい冷めた。
――あわわ! 何か秀兄が怒ってる~!
ネギも蔵馬が憤りを感じているのに気づくと、どうやってこの場を凌ごうかとあたふたしていた。
「…………桜子さん、あなたはオレが女に見えますか?」
静かになった教室で蔵馬は不意に呟き、顔を上げる。表情は笑ってはいたものの、それは俗に言うブラックスマイル。
どこぞやのファーストフードのスマイルゼロ円の逆。スマイル千円といった脅しが含まれているように感じた。
「い、いえ! 全然見えませんよ、全然!!」
桜子は自分の身に危険が迫っていることが分かったのか一生懸命否定する。
そしてこの時クラス全員で分かったことが一つある。
((((((気にしてたんだーーー!!!)))))
「ゴホン。じゃあ次は……綾瀬 夕映さん」
嫌な空気を断ち切るように一度咳払いをし、気を取り直す蔵馬。
次こそはまともな質問をしてくれそうな生徒を直感で選ぶ。
「先生の趣味は何ですか?」
「そうですね……読書と、ガーデニングかな」
次の生徒の質問に蔵馬は安心する。蔵馬の趣味に「なるほど~」 と感心の声を上げている者や、「うそ~」と意外だった人もいるようだ。
「次で最後にしますね~。と、朝倉 和美さん」
ここで蔵馬はよりにもよって当ててはいけない人に当ててしまった。
朝倉は俗に言う麻帆良パパラッチと呼ばれており、新聞部の部員の一人である。
それ故きっと質問しにくいことも、彼女なら平気でしてくれるだろうとクラス皆思っていた。
「それではいくつか質問がありますけどいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
そんなことは露知らず蔵馬は笑顔で答える。
もっともそれを知っていても今更断わるのも変な話である。
「ではまず、恋人はいるんですか?」
「いません」
朝倉の第一の質問。
恋人については蔵馬は即答で『いいえ』を答える。
蔵馬は今まで彼女と言うものは作る気にもならなかった。
なぜなら彼の正体がその理由である。
妖怪である彼は自分に近づけばそれなりの危険を伴うことを知っている。
そのためあまり人と関わりを持たなかったのもその一つだろう。
それから朝倉の質問は続く。
「どんな女性が好きですか?」
「そうだな……優しくて、守ってあげたいような女性が良いですね」
好きにはならないものの、どんな女性が一緒にいやすいと自分の中で勝手に解釈すると、取り合えず思っていたことを口にする。
「最後に……このクラスで気になる人は誰ですか?」
「あまり外見では決めないのだが」
「それでもいいですから誰なんですか!?」
外見で判断するのは何か彼女たちに変なイメージを植えつけるようであり、無難な答えを出したつもりだった。
しかし、それでも諦めない朝倉の、必要以上のしつこさにさすがの蔵馬もタジタジの様子である。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
ここで都合よく一時間目始まりのチャイムが鳴った。
蔵馬は心の中で安堵の溜息をつき、チャイムに感謝しながら蔵馬はネギに振り向いた。
ネギも蔵馬の意図することを見抜いたのか、生徒皆に告げる。
「では質問はここまでにして、一時間目を始めます。秀……南野先生はどうしますか?」
「そうだな、後ろで見学させてもらう」
ネギは蔵馬のことを兄と呼びそうになったがここは教室なので言ってしまってはまた騒がしくなるだろうと思い、言いかけていたが何とか堪える。
さらに蔵馬の発言によりネギに新たなプレッシャーがのしかかる。
「そ、そうですか(秀兄が見てるんだからしっかりしないと!)」
ネギは昨日、まともに授業ができなかったため心配ではあったが、蔵馬が見ている。
失敗はできないのだと自分に言い聞かせ、決心して授業に望む。
「では教科書の76ページを開いてください」
ネギの授業を見ていた蔵馬であったが、彼の表情を見ると、とても十歳とは思えない英語の発音、授業の進め方に感心しているようだ。
――ふむふむ、十歳にしては中々……
蔵馬が感心しているのも束の間、すぐに問題が発生した。
明日菜がネギのくしゃみにより服を飛ばされ、彼女はそのことでクラスに笑われてしまい、授業中ずっとネギを睨んでいた。
この時蔵馬は、明日菜の殺気が某武術会の戸愚呂並みだと感じ、掻きたくも無い冷や汗を流していた。
「ねぇエヴァ、いつもこうなの?」
「……さあな」
苦笑いで近くにいるエヴァに尋ねる。
エヴァもこれには呆れたように答えるしかなかった。
―授業後にて―
「龍宮、あの新任教師どう思う?」
「ああ、微かだが妖気のようなもの感じた」
「何者なんだあの先生は?」
「さあな。で、どうするんだ?」
「この後仕掛けてみよう(もし、お嬢様を狙う輩ならこの私が切ってくれる)」
「分かったよ、今回は格安で引き受けてやる。(丁度いい、どれほどの実力か見せてもらおうじゃないか)」
「すまない……」
「気にするな……」
なにやら教室の隅っこで危ない話をしている二人組みがいた。
蔵馬の事についてだろう。
少し気高く、鋭い眼光を放ちながら少女たちは次の授業の準備に取り掛かる。
■□■□■□■□
一時間目の授業が終わり蔵馬は急いでに職員室へと向かった。
職員室に入ると直ぐに自分の席に座り、先ほど見つけた2―Aの生徒に関する資料を広げる。
今日は初日でもあり、授業など一切ないため時間にも余裕があった。
早速ページを捲ると違っていたのか、直ぐに次のページへと移る。
真剣な眼差しでするその作業は、何処か宝探しでもするかのような目付きでもあった。
「…………これか」
パラパラと資料を捲ると目的の物でも見つけたのか、蔵馬はその手を止める。
「出席番号18番 龍宮 真名」
頬杖をつきながら蔵馬は彼女の資料を見る。
「あの時で気づかれたか? 他人とは違う視線を彼女から感じたが……」
蔵馬はさっきの自己紹介で表情には出さなかったものの、少なくとも殺気に似た視線を感じていたようだ。
「出席番号20番 長瀬 楓 ……彼女もそれっぽいようだったし」
次に手を止めた資料の人物は長瀬 楓。
蔵馬は教室で見た彼女の第一印象は掴み所がない、ある意味厄介な人物だと推測した。
「…………だが」
二人の少女を見て溜息が出た蔵馬だが、まだ何かあるのだろうか。
一度ページを前に戻す。
手を止めた人物の資料を見て蔵馬の目付きはさっきまでとは違い、懐疑の念を持つ。
「……出席番号15番 桜咲 刹那」
彼女の資料を見て蔵馬は目を細める。
「……1989年1月17日生まれで山羊座のA型」
周りの先生方はもう授業で皆出払っているのだろう。
職員室には蔵馬しかいない。
多少の呟きも誰かに聞かれる心配はない。
すでに分かっている蔵馬は刹那の資料を持つとさらに表情が険しくなる。
「剣道部に所属し、成績はそこそこ。1・2年は特に問題を起こしたことは無い……か」
訝るように見ていた彼女の資料を机に置き腕を組む。
今度は2―Aの生徒名簿に視線を移すと、すぐさまそれを手に取り開いた。
「……京都神鳴流、と言うのは何かの流派か?」
蔵馬は一度天井を見るとさっきの光景を思い出す。
――あのとき彼女から感じたのは確かに“妖気”だ。だが、それならば彼女は何者なんだ?
これだけの情報では確定したことは言えない。
だが、さほど重要でもないように感じた。
――吸血鬼なんているのだから妖怪が居ても変じゃないか……
生徒名簿を見ると蔵馬は呆れたように溜息が出た。
「オレと同じ事情か? それとも違う理由か……」
苦笑しながらも名簿を見るが、これ以上何も得られるものはないと判断した蔵馬は直ぐに資料などを片付ける。
「学園長に聞くのが一番か? ……そう簡単に白状するとは思えないが」
その時は諦めたようにただ片づけを行う蔵馬だった。
■□■□■□■□
ネギも授業が終わり蔵馬と噴水の前でばったり会った。
蔵馬も丁度帰る様子だったので、ここは蔵馬に相談する事に決めた。
「うう、秀兄……どうしよう。また、明日菜さんにひどいことしちゃった」
「まだ始まったばかりだから気にすることはない。時間が経てば忘れることもあるさ……」
ネギは蔵馬がいたこともあり昨日よりも落ち込み度は高かった。
蔵馬は落ち込んだネギをなだめる為、ネギに少しのアドバイスをする。
しかし彼も助言はしたものの、具体的な案は浮かんではいなかったのだ。
そこに三人の少女、通称図書館三人組がやってきた。
「あの、ネギ先生」
「あ、はい」
ネギは早乙女ハルナに声をかけられて振り向く。
メガネをかけ、特徴的な髪のはねかたをする少女だ。
どうやら授業の質問だろう、生徒の手にある教科書を見て蔵馬はその会話を黙って聞いている。
「あれ、髪型変えたんですね宮崎さん」
ネギの一言に蔵馬ものどかの髪型が変わっていることに気づく。
教室で見たときは紺色の髪に前髪がかかってよく顔が見えなかったのだが、今は少し髪を上げたのだろうか。
彼女の目を漸く見ることが出来た。
またそこまで対して変わっていない髪型だが、気づいたネギに多少の感動を覚える。
ハルナと蔵馬に質問をしてくれた夕映がのどかの前髪を上げ、ネギにのどかのかわいらしいところを見せる。
蔵馬ものどかの瞳が綺麗だと感じた。
髪と同様の紺色、幼さが残るその瞳はどこか優しく、綺麗だった。
少しの間眺めていたのだが、のどかは恥ずかしかったのだろう顔を赤くしてどこかに行ってしまった。
蔵馬はその反応からもしやと思い、ネギに振り向く。
彼にとって予想通りの反応なのかネギ、もさっきの行動が疑問のようである。
蔵馬は十歳のネギにこのことを気づくのはもっと先になるだろうと想像すると思わず苦笑してしまう。
その時だった。
じかに肌でピリピリと感じるのを蔵馬はすぐに殺気だと感じた。
こちらから仕掛けることも出来るが、今はネギがいる事もあり、その考えは直ぐに否定した。
「ネギ、今日は遅くなるかもしれないから先に帰ってくれ。」
「え、どうしたの秀兄?」
「いや、ただこの後に用事があるんだ、すまない……」
被害を最小限にするため蔵馬はネギに帰るよう促す。
ネギは蔵馬の考えが分からなかったのだが、今は何も言わなかった。
このあとネギが自分で作った惚れ薬で騒ぎを起こしたのも言うまでもない。
蔵馬はネギと別れた後、十分くらい学園内をぶらぶら散歩していたのだが、未だに後ろから何者かが尾行していることに少々イライラしていた。
新任早々なぜ尾行されなければならないと思うと嫌でも溜息が出てしまう。
――此処までくれば大丈夫だろう
蔵馬は周りに人がいないかを確かめ、そして自分を追跡する者へと言い放つ。
「いい加減出て来たらどうなんだ。そんな誰にでもわかるような殺気で尾行しても意味がないぞ」
蔵馬はお返しとばかりに多少の殺気を込めて言い放つ。
多少の憤りがあるのだろう、目を細め、鋭い視線を向ける。
「流石ですね……南野先生」
一人の少女の声がしたが、出てきたのは二人の少女であった。
一人は小柄で体に不釣り合いにも取れる竹刀袋に漆黒の黒髪を片方へ束ねている。目付きも今の蔵馬と同様に鋭く、蔵馬の威圧も正面から受けていた。
その少女とは対に大きな背丈に褐色の肌。一番目に付いたのは一般人とは違う何かを秘めているその瞳。
――やっぱり彼女達か……
さっき、まで調べていた生徒に尾行されるのはもはや運命という悪戯なのだろうか。
蔵馬はさほど驚いた様子を見せることなく彼女達を見やる。
「南野先生、単刀直入に言います。あなたは何者なんですか!?」
――いきなり“それ”か……
刹那の直球な質問に思わず溜息が出る。
質問の内容からすると、彼女達に話しても信じる人間なのだろうと推測する。
「何者って、今日からここの教師になったものだが……」
「嘘だな、朝の自己紹介からあんたの体から妖気が出てるじゃないか。これはどう説明してくれるのかな先生?」
嗜めるように質問する龍宮に蔵馬は顔色崩さず平常心を保っていた。
それよりも蔵馬は自分のことを彼女達がどこま知っているのか? また、どうこの場を切り抜けようかと、どんどん浮かび上がる悩みの種にがっくりと肩を落とす。
「先生は妖怪なのですか?」
答えない蔵馬に刹那は思い切って尋ねる。
蔵馬は答えても良かったのだが、それ以上に自分も彼女達に聞きたい事があった。
――ここで聞くべきか? ……いや何も確定したわけではない。
「……だったらどうする? ここでオレを殺すか?」
蔵馬は一度彼女に尋ねようとしたが早計だと判断したのか、ここは思い止まった。
見ればあまり穏やかな雰囲気ではないと嫌でも感じた蔵馬は一度周りを見渡し、何かを探すような行動を取る。
シンと静まり返ったその場所で彼女達の気が渦巻いて見えるようだった。
「こんな所で戦うのは無粋だな…………そこの森でいいだろう」
もはや戦闘は免れないと悟った蔵馬はすぐ目に付いた森に指をさし、彼女たちを誘う。
「ここでもやれるのだが……」
「君たちは無駄に建造物を壊すつもりか?」
未だ殺気を緩めず、生徒でもある彼女たちとこれから戦う羽目になった状況に嫌でも落胆の溜息が出てしまう蔵馬だった。
昨日からこの世界に来てもう二度目の戦闘をする自分の不幸を呪ってしまいそうに見えた。
「……いいですよ」
「いいのか? 刹那……」
心の中で落胆している蔵馬に気づくはずも無く、彼女たちは着々と戦闘時準備に入る。
刹那の了承にあまり反対するよな口調ではないが、龍宮は一応聞きなおす。
「流石に壊してしまっては後始末が面倒だ」
「それもそうだな……」
刹那の了承の理由がただ後始末だけであることを知った龍宮は納得した笑みを浮かべると刹那と共に蔵馬の後を付いて行った。
一人の青年は二人の少女と戦うことに。そこで待っていたものとは!?