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ネギまのクロニクル第七話(ネギま!×終わりのクロニクル)オリ有り 投稿者:狛江戸衛門 投稿日:06/05-17:06 No.681

 翌日。

 昨夜は澄んだ空だったにもかかわらず、大気はどんよりと湿り、黒雲が天蓋を硬く閉ざしていた。合間から日が差し込む余地すらなく、まだ気温が不安定な時期であるため、登校する生徒たちはブレザーを深く着込んでいる。

 何の変わりもない、一登校風景。生徒がやたら多いが、そこは麻帆良学園、都市規模を誇る全生徒数のうちの本校女子中等部だけですらも朝のラッシュアワーへと変貌させる。

『すごいですの……』

 金髪の少女、ヒオ・サンダーソンが同句同音で漏らす。

「飲まれるなヒオ・サンダーソン。UCATではこんな光景は見られんだろうが、七時ごろに電車で神田に行くと嫌でも味わうことになる」

「UCATが狭かったら、有事にはこんなことになっていただろうな。しかし、いずれ経験することだヒオ・サンダーソン。……学園でこんなことには滅多にならないが」

 黒人ハーフの青年、ダン・原川は揃って彼女を諭した。

「アンタたちってさぁ、なんというか、平和ボケでもしてない?」

 ヒオたちと原川たちの様子に嘆息するのは、ここ最近敵襲があったりたまに命がけの特訓を味わされている神楽坂明日菜であった。

 ニセモノ騒動から五時間ほどしか経過していないにもかかわらず、どうにも佐山たちはのんびりと構えていた。AとBが混ざってしまうといけないので、学園長直々に魔力で印をつけ、さらにAの佐山たちが持っていた『・――そうであることは自明である』という概念の詰まった賢石をブローチにしたものを全員に配り、その上寝床も分けた。刹那も該当者だったため、木乃香のことをとても心配するはめになったり、ネギはネギで今日の授業の用意が出来なくて結局明日菜がやったり、――これは後で聞いた話だが――出雲Aが刹那Aの寝込みを襲いかけたと散々であった。床に忍ばせてあった夕凪を抜いて吹っ飛ばした刹那A曰く、寝起きで気を多く込めすぎたのに、あざだけで済むなんて……だそうで、後で風見らから関節技がいいと教わっていた。

「刹那さんの関節技って、なんだかシャレにならなそうね……」

 実践稽古でそんなことになったらどうしよう、と戦慄すると同時、対魔だろうからあるわけないか、とプロレス技の存在を考慮外とした結論を下した。

「明日菜さん、急がなくていいんですの?」

「あぁ、遅刻!」

 常人にあるまじき速度でスタートを切る明日菜。

「……! あいつは人間か?」

「短距離でいい勝負が出来そうですの」

「で、でもドーピング疑惑が……」

「オレたちを置いていくとは、実はあいつが魔族とかいうのなんじゃないだろうな」

「はい、そこ全員であたしのこと言わない!」

 瞬時に召喚したハリセンは、原川Aの顔面にクリーンヒットした。サンダーフェロウに乗っている影響か、反射が異様に高くなったにも関わらず、彼は避けるという選択肢を与えてもらえていなかった。

 落ちたハリセンをヒオBが拾い上げ、

「っていうか早く来なさいよ! 置いてくわよ!」

「あ、待ってください!」

「一応ヒオのほうが年上なんだが、それはいいのか神楽坂明日菜」

 さらっと出た原川Bのツッコミに明日菜はブレるほどのスピードで振り返った。

 口が、わなないている。

「そ、そそその身体で、高校生!?」

「そう、ですの……」

 不思議そうに首を傾げる。

「一般人から見れば、ヒオは十分に中学生だヒオ・サンダーソン。本場のアメリカ人なら中一だろうが高校生だろうが同じに見えるものだ」

「発育不良か。リチャードに何を食わせてもらっていたんだ?」

『し、失礼ですの! ヒオはしっかりむっちりのぼんきゅっぼーんに育っていますの!』

『ディアナか……』

 どうも昨日から見ていると、ヒオという少女はやや語弊のある日本語が出てくるようだ。発音からして日本語は長いはずだが、これは言語力の問題ではなく彼女自身の問題なのだろうか。つまり、天然。

 などと徒然に考えていると、

「って、今度こそほんとに行くわよ!」

 予鈴が鳴り始めた。明日菜は猛然とダッシュを始める。

 結局、ヒオらと原川らは明日菜に追いつけず、職員室前でネギを待ち伏せするはめとなってしまった。





「起立、礼ー」

『おはようございます!』

 とある学級の一風景である。日直の号令で、皆が挨拶。

「皆さん、おはようございます。今日も一日がんばっていきましょう」

 ここまで長い返答をする教師は稀になってきたが、そんなことはどうでもいい。

 注目すべきは一つ、教壇に立つのは、子どもであるネギ・スプリングフィールドに他ならない事である。別に改めて驚かなければならないことでもないが、職員室で平然とネギが職員会議に混じっている事にヒオらが驚愕していたのだ。

 その驚愕は今、廊下で起こっている。

「本当に驚きですの」

「ヒオは大樹先生の授業を受けていないからそんなに驚けるんだ。まあ、実年齢も若い事に関しては、彼のほうが一枚上手だろうがな。イギリス人だというからには、授業もしっかりこなせるだろうしな」

 麻帆良学園本校女子中等部3-Aの廊下には、Bのヒオと原川がいた。正確に言えば、明日菜の周りにネギと刹那とヒオと原川がいる、という具合か。ちなみに、中でホームルームを進めているのもBのネギである。どちらも授業に関する記憶は同じ物だったため、特に差し支えはなかったのだ。

 このように、本日は皆が別れている。明日は休みなので今日だけの辛抱ではあるが。

 ちなみにAのネギと刹那は、Aの佐山、新庄、風見、出雲、そして飛場&美影らと共に実地調査を行っている。どちらがニセモノかはともかく、ゲートが開いたと言う事は確かであって、それを放棄していい理由にはならない。ホンモノの佐山らが帰る方法を探るついでもある。

 残ったBの佐山たちは、授業の終了まで学園長室にいるはずだ。教室の刹那もB。ヒオと原川がどちらも残ったのは、佐山が言うには、
「この世界の勝手は我々の知るものとは違うかもしれない。よって、動くだけで破壊を撒き散らす人災の塊たるダンは、表面空間は
もちろん、概念空間でも活動禁止だ。昨夜は仕方なく出動させたが、崩壊率が上がりやすかった場合が怖い」
とのことだ。概念空間とやらも、どうやら万能ではないらしい。

 ところで、あのロボである武神を繰るという飛場と美影が実地に出ているのは今のと矛盾しているかもしれない。某カラータイマーのヒーローも、一歩踏み出すだけで町並を破壊しているのだから、ロボならば破壊はつき物だろう。

 だが、佐山Bは続けてこう言った。

「同じ側だけが集まっていても、事態はなにも進展しないだろう。だから、明日菜嬢とエロいの&美影君を入れ替える」

 要するに、粗探しも兼ねる、ということらしい。

「あたしに、ねぇ……」

 ネギの連絡を聞き流しながら、明日菜は一人ごちた。

 彼女は心理戦が得意ではない。(向こうにとって)ライバルである雪広あやかの初撃程度なら読めないこともないが。

(昨日、佐山さんが言ってたのはどうしたのよ。誰か関わらせるんじゃないの?)

 キャラクターがプリントされたケースに入った消しゴムにあたる。でこピンしたのが、弾丸並の速度でネギの額にクリーンヒットしてしまった。正確には、用心のためにいつもは切っているネギの魔法障壁に、だが。

「えっ? ええっ?」

(すっかり弛んでるわね……。みんなの前だからって油断しちゃってもう)

 桜並木の吸血鬼騒動の時には授業中でも頭がいっぱいだったのにも拘らずこうであるのは、おそらく自分がもう一人いるという事実に現実味を感じていないのだろう。自分は違うので、彼以上に現実味を帯びていないのだが。

 ただ、これがこのネギだけのものなのか、別のネギも同様なのか、それが今分からない。差異であれば、明日菜は自分の推論に異を唱える事が出来るだろう。

(あたしたちの協力だって、暗に拒否してるみたいなもんだし)

 ネギの思考は、他者優先。自分に関わりのあることで他人が傷つくのを決してよしとしない。契約者が増えるのも嫌がっているようだし、今すぐにでも敵が大挙して押し寄せるかもしれないにも関わらず、緊張感が足りないというのはこれまでにはなかった。いやむしろ、想定外だ。

(でもこれも、分からない)

 あの佐山のような、難しい論理は明日菜には大雑把にしか理解できない。

 だから、直感に頼るしかない。

 だが、結局佐山の論が――概略だけでも――彼女に枷をはめている。『下手な判断は、大変な事を招くんじゃないか』、でも『自分がキーなんだから、しっかりと判断しないといけないんじゃないか』と。

(あーっ、もーっ! なんでこんなに考え込まなきゃいけないのよ!)

 隣の木乃香が何事かと、頭を抱え始めた明日菜を見るが、彼女は気付かない。

 事の発端たるネギも、何を言う事もなくホームルームの終わりを告げて、退出しようとしていた。

 何食わぬ顔、何食わぬ態度。その何食わぬという言葉に既に主観が混じっているのだと、明日菜は余計に頭を抱える。客観的に判断しなければいけない、と。

 どうにもやりづらい。今の明日菜に言えることは、これだけだった。





「ふむ。遠隔操作と見てもいいようだな」

「疑問点は残りますけどね」

 広大な敷地、本校女子校エリアの一部、昨夜派手な戦闘が繰り広げられた一角に、飛場と美影のいる皆はいた。既に授業時間ではあるが、就寝前に刹那が人払いを済ませてあったので元々人はいない。佐山らが結界のようなものと称した概念空間は、出来る事ならば使いたくないとのことで、位相空間に機体の残骸を収納(あるいは拘束、拉致とも呼ぶ)出来るかと思っていた――当然、彼女に位相空間という言葉は分からなかった――刹那が少々がっかりしていた。未知の敵からということで、やる気満々の様子である。

 そしてネギAは、一番武神に詳しいという飛場が検証で離れている美影の傍にいた。

 今は、たとえ表面上でも『確かな』人に付いていたいのだ。

「…………」

「…………」

 しかし、お互い特に話すことが見つからない。破顔というわけでもないが、微笑というわけでもない、無表情なのに優しい感じがするという矛盾した顔の彼女が相手なので、気まずくなりはしない。それどころか、母性的が雰囲気からも体型からも滲んでいるので、どうにも故郷の姉・ネカネを連想させてしまう。

 話をする事に関しては、その点で気兼ねないのだが……。

「…………」

 話しかけてこないと悟ったらしく、その視線は横たわる武神の傍へと注がれていた。飛場・竜司である。彼は何かの端末の画面を指して佐山と風見と刹那に説明していたが、美影に気付くと、鼻の下を伸ばしてこちらに手を振ってきた。

「美影さぁーん! もうちょっと待っててくださいねー」

「慎みたまえ。これでも一応仕事中だよ?」

「それってボクのお尻をじっくりと観察しながら言うようなことかな? かな?」

「新庄君、ちゃんと怒るというのも関係性を持続させるためには必須な行為だが、私他……特にそこのエロい少年のトラウマとなっている口調を持ち出すというのはどうかと思うが」

「あー、はいはい。アンタたちとりあえず何か分かったから、何か分かったなりにさっさと話進めなさい。覚をほったらかしにしておくと、女子生徒襲いそうなのよ」

「バカ野郎! オレは中学生に手ぇ出したりなんかしねえぞ!」

「あたしは女子生徒って言っただけなんだけどね? 何もここの女子中学生を襲うなんて一言も言ってないでしょうが!」

 そう言い、風見はネギには分からない技で出雲を極めた。

 彼は困った風に苦笑いするのみである。

 と、そこへ飛場へと手を振り返しながら、

「このみんなが、世界を救ったなんて、信じられないよね?」

 美影の口端はちょっとだけ動いていた。

「もちろん、これだけじゃないんだけど」

「は、はぁ……。でも、楽しそうじゃないですか。どんな目的を持っていても、仲間だったら楽しくしていて損はないと思います」

「うん。楽しいよ」

 彼女は傍にあった手ごろな石に腰掛ける。

 ネギは鍛錬のためにも、と別の石を示していた美影の誘いを断った。

「色んなことがあった。概念戦争中の3rd-Gに生まれて、リュージ君の家でお世話になって、そのころはまともに喋れなかったけど、風見たちに協力して、だんだん自分でも喋って動けるようになった。それで行動の範囲は広がった。でも、楽しさは変わらなかった。リュージ君や、みんながいてくれる事に、変わりはなかったから」

 遠くを見つめる美影は、一枚の絵画のように、木陰の背景にとても映えていた。

「佐山とか新庄とか風見とか出雲とか、ここにいないシュビレとか八号とか。いるだけで楽しい。そんな人たちに囲まれて、幸せだと思う。だけど、一番は、やっぱりリュージ君かな」

「恋人、ですか?」

「確認しあったことないからわかんないけど、そういうものかな。お互いが、お互いを必要としてる、そんな関係」

「……お互いが、お互いを」

 それは、魔法使いとパートナーのことだ。前に出て戦う者と後ろにて支援する者は、切手も切り離せない関係にある。例外はあるが、ネギが一番身近に感じる『お互いがお互いを必要とする』関係だ。

 しかし、目の前の美影と飛場のようだろうか。そうネギは考えてしまう。

「明日菜さん……」

「あの子と、文字以上の意味でパートナーなんだってね。新庄が桜咲に訊いてるの、聞こえたの」

「え、えぇ。でも、僕たちは――」

 果たして本当にそんな関係だろうか。

 表面上は危険だから、生徒を巻き込みたくないからという理由をつけて、心の底では邪魔に思っていないだろうか。

 今まで以上の危険があったとき、心の底から彼女を信頼できるだろうか。

 ゴールデンウィーク明けに南の島へ行った時、明日菜は自分をパートナーとして見てくれと言ってきた。先日のヘルマン卿襲来の際に彼女には謎が残された。だから、あちらからは必要とされている事は分かる。

「僕は、明日菜さんを信じられるのかな」

 この一件、力だけで解決は出来そうにない。のどかから勧められて読んだ本の中には、ニセモノと戦うには強い意志が必要だと。以前、コ・ウォーカー――ドッペルゲンガーにのどかが囚われた時も、彼女の強い意志が決め手となった。

 自分が二人。しかもどちらも自分だという意識があったなら、結局は最後まで自分を信じられる意思が必要である。

 パクティオーまで交わした相手を信じられなくて、何か強い意志か。

 こちらが明日菜を信用せずに、どうして自分がホンモノだと訴えられようか。

「ネギ君」

 かけられた声に、はっとする。どうやらこの地点の検分が終わったようだ。

 考えを無理矢理振り払い、みなに追随しようとすると、

「君は、みんなを信じきれないんだよね? 巻き込みたくないんだよね?」

「えっ――」

「でも、だいじょうぶだよ。みんなが信じてくれている。だったら、誠意を示せばいいの。言葉もいらない。ただ、相手が自分に望んでいることを、やってあげればいいんだよ。そうやって、わたしたちはやってきたんだもの」

 やや緩慢な動きで立ち上がると、飛場の下へと駆け出していく。あわててネギもそれを追うが、とりとめのない思考が脳裏に渦巻き、消えてくれない。

 自分は、応えられるのか。

 信用できるのか。

 そして、この事件の真相を答えられるのか。

「僕は……」

 思考の泥沼にはまるネギに、これ以上声はかからなかった。

ネギまのクロニクル

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