ネギ補佐生徒 第18話






 和美に後を託され、大分時間がすぎた。
 道とは呼べない場所を駆け抜け、楓に助けを求め、今は彼女達が来るまで近くの駅で心を落ち着かせる。
 駅員が少し不思議そうにこちらを見ているが気にしない。
 夕映は思考する。
 一体何が起きたのだ。
 煙を浴びて石になったクラスメート。和美の言葉通り、助けを呼ぼうと屋敷中走り回ったが、結局石の人間にしか出会えなかった。
 おかしい。おかしすぎる。人間が石になるなんて、考えたくないが実際にそれを見たのだから否定はできない。
 ……そもそも、ネギが麻帆良学園に教師として赴任したのが、おかしなことの始まりだった。

 例えば、図書館島で起きたこと。
 例えば、男子生徒がクラスに転入したこと。
 例えば、桜通りの吸血鬼事件のこと。
 例えば、ホテル内で現れた、ネギの分身のこと。
 例えば、シネマ村で起きたこと。
 例えば、今起きていること。

 ―――――あの学園自体がおかしいのだ!

 広い敷地に世界樹のような巨大な樹木。規模の大きい図書館。
 なぜ今まで気付かなかったのだろう。
 3−Aの中でも現実的な思考をもっているはずの自分が、なぜ気付かなかったのだろうか。
 ネギ達が見当たらなかったのが気にかかるが、今はそれどころではない。

「リーダー、大丈夫でござるか?」
「靴もはかずに走て、大丈夫だたアルか?」

 この明らかに忍者と中国人ですといった口調。
 今、一番頼りになる人物、楓と古菲である。夕映は、長身の彼女を見上げた。
 相変わらず糸目で今にもニンニンといいそうな口元な彼女に、夕映は表情を緩める。
 楓の背後には、思い浮かべた人物以外にも居た。
 楓と古菲、それ以外にいたのは、

「龍宮さん……」
「私は助っ人だ」

 ギターケースを背負った真名だった。





  ネギ補佐生徒 第18話 長き夜の戦い





 辺りは、技のぶつかり合いのせいか、炎が燃え盛っており煙もすごく、視界が悪かった。
 言い知れぬ雰囲気をかもし出している。
 そんな環境の悪い中で、迫り来る巨体。
 明日菜は、意識をそれに集中させ、足場が悪いことなど気にも留めずに走り込む。
 大丈夫、いざという時は刹那が助けてくれる。とにかく一匹ずつ、集中していけばいい。
 丸太のように太い化け物の腕が伸びてくると同時に、明日菜はおもいきり地を蹴った。

「このぉ!」

 ハマノツルギを振るう。化け物の脇に一発。
 確かな手応えが、ハマノツルギを通じて明日菜の体に伝わってきた。
 一発でも敵に当てられたらなら、それで十分だ。それが明日菜の持つ武器の利点。
 煙となって消えていく化け物を尻目に、明日菜は少しだけ得意気な口調で呟く。

「こ、これで、10匹目……私ってば強いかも……?」

 いい調子である。コツも大分解ってきた。
 初めは打撲や擦り傷を作っていたが、今もその回数はかなり減ってきている。
 服も泥がついていて、綺麗な格好とはいえない。
 けれど、明日菜は確かにこの短い間に上達しつつあった。
 元々あった彼女の才能なのかもしれない。

 ―――――いける。足手まといなんかじゃない!

「わぁぁあ!!」

 ハマノツルギを振るいながら、次々と明日菜は化け物を送り返す。

「こっ……このガキィ!」
「やっちまえ!」

 仲間がどんどん送り返されるのだ、化け物達だって怒るだろう。
 何匹もの化け物が明日菜に躍り掛かる。
 一匹ずつ相手していた明日菜には、これは非常に不利である。しかも彼女は、まだハマノツルギを振り切った後で、化け物に反応できたとしても、対応が間に合わない。

「わ」

 化け物が視界に入って、明日菜は声を漏らす。
 瞬間、風が吹いた。気が付けば、野太刀を片手で振るう刹那の姿が明日菜の視界にあった。

「神鳴流奥義……」

 閃光が無数の曲線を描く。

「――――――百烈桜華斬!!!」

 刹那と明日菜の周囲にいた化け物が一掃された。
 流石、という言葉がポンとでてくる。

「ありがと、刹那さん。いけそうだよ!」

 姿を消す化け物を見届けつつ、明日菜は自分と同じように泥や傷が目立ちはじめた刹那に言う。
 化け物の数も大分減ってきた。
 これなら、ネギが木乃香を奪取するまで持ちそうだ。いや、それどころかこの化け物達をすべて倒す事だってできるかもしれない。

「ええ!! 明日菜さんは右を!」

 そう答える刹那の表情も余裕が見られる。
 大丈夫。絶対に、大丈夫。

「OK!」

 刹那は左、明日菜は右へとそれぞれ化け物へと飛びかかる。
 二人の息は、驚くほど合っていた。
 刹那が危険なら明日菜が。
 明日菜が危険なら刹那が。
 お互いがお互いを助け合い、彼女達は確実に化け物の数を減らしていく。
 一時がたち、明日菜と刹那は背中合わせに各々の武器を構えたまま、息を荒くして立っていた。

「け、結構……いいコンビかもね、私たち」

 流石に少し体力の消耗を感じてくる。
 先ほどよりも切り傷などが増えていた。
 けれど刹那と明日菜はお互いに笑い合える心の余裕がある。

「修学旅行帰ったら、剣道教えてよ。刹那さん」

 弾んだ声で刹那に言う。
 この場ではひどくその言葉は浮いていた。

「えっ?い、いいですけど……」

 私もまだ未熟なので、どもりながらも刹那は返す。
 これもまたこの場ではひどく浮いていた。
 そして、それを咎めるように、

「―――――――!!!」

 地響きかのような音が聞こえてきた。
 ぶわりと吹く風。
 明日菜の二つに結った長い髪が流れる。

「なに、これ……」

 さっきの表情と一変して、明日菜は強張った表情で声を震わす。
 異形さを増した化け物達。

「そんなっ……強化した!?」

 刹那の切羽詰まった声に、明日菜は理解する。
 事態が悪化しつつあることを。





「ふふ……ええザマや」

 透明な球体の中にいる澤村の姿に、千草は薄く嗤った。
 澤村の首元には光り輝く札。
 眠っているはずの彼の眉は密かに顰められ、頬には汗がつたっている。
 魔力を吸い取られていた。
 それは、この場にいる千草やフェイトにではない。
 今明日菜達と戦っている、化け物にだ。化け物の強化に、澤村の魔力は使われていた。

「うっ……」

 うめき声をあげる澤村に、千草は更に口を歪めた。
 しかし、目を覚ますことのない澤村に、やはり千草はつまらなさを感じる。

「んんー!」

 木乃香の声がする。
 だが千草は、木乃香の声より、澤村の苦しみの声が聞きたいのだ。
 苛立ちから足を鳴らす。
 表情をを変えていたはずの澤村は、また穏やかに眠っていた。
 苦しみも、一時的なことだったらしい。

「儀式、始めないんですか」

 無機質な声に千草は、澤村から顔を背ける。
 白い髪で無表情をした少年・フェイトに千草は苛立った声で、

「わかっとる!」

 そう答えた。
 いつだってこの少年は無しか表に見せない。
 少し信用性にかけるのが気がかりだが、儀式を終了させてしまえば後はどうにでもなる。

「……ほな、始めますえ」

 千草は改めて台に乗せられている木乃香の前へと立つと、言葉を口ずさみ始めた。

 ――――――儀式が、始まる。





「見えた、あそこだ!」

 上空から見える、光の柱の出所を見つけ、ネギは叫ぶ。

「こ、この強力な魔力は……!? 儀式召喚魔法だ!! 何かでけぇもんを呼び出す気だぜ!!!」

 木乃香をさらったのも、このためなのだろう。
 ネギは急かすカモの言葉に頷きつつも、木乃香の姿を探す。

「あっ!? このかさん!! 澤村さん!!」

 千草の背中から覗く、木乃香の顔と球体の中にいる澤村の姿。

 ――――そういえばなぜ、澤村はさらわれてしまったのだろうか。

 ふと、疑問が過ぎる。
 未だにわからない。
 彼は魔法を知っているという以外、ただの一般人なのではないのだろうか。
 明日菜のように自分と仮契約を交わしているわけではないはず。
 いつだったか、彼に魔法に関して聞いた覚えがある。
 彼はこう答えた。
 学園長に養ってもらっているからです、と。
 そうなんですか、と答えた自分は、正直馬鹿だと思った。
 学園長がそう易々と一般人に魔法のことを教えているわけないじゃないか。

 ―――――こうやって今のように危険が振りかかるというのに。

 この距離からならば、十分に間に合う。
 澤村のことはとりあえず、置いておこう。助けた後でいくらでも聞けるじゃないか。
 千草達が何をしようとしているかわからないが、これならまだとめられる!
 顔を引き締め、更に加速しようと杖をぐっと握る。
 だが、打ち上げ花火のような音でそれは阻まれた。
 後方から迫り来る、何か。
 ネギは振り返る。
 そこに在るのは―――――

 ―――――狗神!?

 これを操れるのは一人しかいない。
 しかしその姿を思い浮かべるよりも、まずは防御だ。

「風楯……!!」

  ドカッ!!

 威力はかなりのものだった。
 直接攻撃があたらなかったものの、杖から弾き落とされる。
 ネギは浮遊術の心得などない。
 つまり、地面へと急降下するしかないのだ。

「わああっ!?」

 あまりのことに悲鳴を上げる。
 だがネギだってただの子供ではない。

「くっ……杖よ……」

 手元に戻ってきた杖をしっかりと掴み、

「風よ!」

 風のクッションで態勢を整え、無事に着地を果たす。
 体制を整えるネギの耳に、

「よお、ネギ」

 楽しそうな声と芝を踏む音が聞こえてきた。

「へへっ、嬉しいぜ。まさか……こんなに早く再戦の機会が巡ってくるたぁな」

 黒髪から覗く、白い耳。
 結った黒髪。
 真っ黒な鋭い目。
 白い歯を見せて笑う口。
 肌に直接着込んだ学ラン。
 長めで鋭い爪。
 ネギが昼間に戦った少年、犬上小太郎だった。

「ここは通行止めや!! ネギ!!」
「こ、コタロー君!?」

 小太郎の背後には、千草と木乃香の姿がある。
 あと、もう少し。
 あともう少しで木乃香と澤村を救えるというのに。
 ネギは、理解する。
 事態が悪化しつつあることを。





 なぜ、急に化け物達が強くなったのか。
 愛刀で敵の攻撃を捌きながら刹那は、ずっと考えていた。
 強化した化け物達に苦戦されつつも刹那と明日菜は化け物の数を半分以下にまで押え込めている。
 だが、体力の消耗を感じてからの敵の力が上がったためか、さすがに刹那も明日菜も動きが鈍くなっていた。

「大丈夫ですか、明日菜さん!」
「うん! 敵ももう、半分以下だよ!」

 いくら数が減っても、一匹一匹の力が大きくなっては、意味がなかった。
 化け物はその数を減らす度に、一匹づつの力が大きくなっている。

「あまり無理はしないでください!」
「大丈夫、いけるよ!」

 とはいうものの、切り傷やらが前より多くなっている。
 明日菜だけでなく、刹那自身もだ。
 誰かが力を送りこんでいるのはわかる。
 じゃあ、化け物の力の増加はいったいどこからきているというのだ。
 木乃香? いや、そんなことのために木乃香をさらったわけではないはず。
 もっと他のことで木乃香の魔力を使うはずだ。
 千草自身の魔力にしたって、これは大きすぎる。
 白い髪の少年にしたって、さすがにここまでないだろう。
 第一、力は時間を増すごとに強化されていっている。つまり、絶えず魔力を送りこんでいるということだ。
 そんなことをしたら、すぐに魔力は底ををついてしまう。このまま化け物に魔力を送り続けたら、送り主の 体に多大な負担がかかるではないか。

 ―――――そんなことを、一体誰が?

「あとは、ネギがこのかと澤村君を取り返してくれば……ぎゃ!? きゃあぁあ!!」

 刹那の思考は、明日菜の言葉と悲鳴によって遮られる。
 刹那が剣を構えたまま振りかえると、そこには烏族の剣戟に押されている明日菜の姿。

「明日菜さん!!」

 彼女を助けるよりも早く、接近してくる狐女。
 狐女のトンファーを刀で受け止める。いくら小柄な化け物とはいえ、強化されている。重みのある攻撃が、刹那の余裕を奪い去る。
 そして何より厄介なのが、素早いということ。
 力があるくせに、ここまで素早いと攻撃を捌き切ることは困難さを増す。

「あうっ!!」

 ダン、という音と共に聞こえてくる明日菜の苦痛の混じった声にそちらへと顔を向ける。
 岩に背中を打ちつけ、川へと沈み込む
 彼女は防御の力以外はただの人間。烏族の重みのある攻撃を受けきるのは無理だ。
 烏族は明日菜に近寄り、ハマノツルギを持つ腕を掴み上げた。
 それを見た刹那は、狐女の攻撃を刀で受け止め、思いきり跳ね返す。

「今、助けにいきます。明日菜さ……」

 すぐにでも駆け寄ろうとした。けれど、それは阻まれる。

  ガギン!

 咄嗟に構えた刀にかかる重圧。
 受け流すことができずに、体で全てを受けとめることしかできないほどの重さだ。
 刀ごと沈めようとしているその凶器は、巨大な棍棒。
 刹那は刀を傾けることによって、なんとかその棍棒を刀で滑らせることに成功した。
 視界に入るのは、鬼とその鬼の肩に飛び乗る狐女。
 攻撃を受けとめた刹那の手はがくがくと震えていた。

 ―――――くそ、強い!

 戦力的に、無理がある。
 だが、それに追い討ちをかけるように、

  ――――――――ドォォォオ!

 光の柱が音を立てて、より一層太くなった。

「どうやら雇い主の千草はんの計画が上手くいってるみたいですなー」

 パシャパシャと水を踏む音が聞こえてくる。
 この声。
 忘れるわけがない。

「あの可愛い魔法使い君は、間に合わへんかったやろかー」

 振りかえれば、眼鏡をかけてゴスロリちっくな格好して逆手に剣を構える少女。

「月詠……」

 思わず刹那は少女の名を呟く。

「まぁ、ウチには関係ありまへんけんどなー刹那センパイ」

 可愛らしい声は、悪魔の声と変わらない。
 なぜならば、状況が更に悪化してしまったのだから。





 初めは、木乃香と澤村を助けることだけ考えていた。
 だけれど、

「全力で俺を倒せば間に合うかもしれへんで!? 来いや、ネギ!!」

 目の前にいる小太郎の言葉で、それは少しずつ薄れていったのだ。
 思い出される、彼の昼間での言葉。
 従者……女性に守られる自分のこと。
 西洋魔術師のこと。
 引き金だったのは、父親……サウザンドマスターのことをいったときだ。
 自分はその子供なのだ。
 偉大なる父親の看板までも傷付けるわけにはいかない。
 自分のプライドだってある。

「男やろ!!」

 そう。
 自分は男だ。
 子供や大人なんて関係無い。
 小太郎を倒して、次に進もう。
 すぐにでも終わらせてみせる。

「……わかった」

 肩に乗るカモをひょいと掴んで芝に下ろす。
 一歩ずつ歩を進めていく。

「へっ……そうこなくっちゃ」

 ニッと笑う小太郎。
 誰かに似ている。
 ……誰だっただろうか。
 頭に血が上っているのか、うまく考えられない。

「うおい、兄貴!!」

 ――――――もう少しご自分で状況判断をしてください。カモの意見に左右されすぎです。

 誰かの言葉。
 ちゃんと判断した。
 カモの意見にとらわれずに。
 感情を押さえた声でカモに言う。

「大丈夫だよ、カモ君。1分で終わらせる」

 男としてこの勝負、引き下がるわけにはいかない!

「行くぞ!」
「来い!」

 お互い雄叫びをあげて走りこむ。
 縮まる距離。
 拳にためた魔力を火種に身体が燃えあがったかのようだった。
 身体が熱い。
 あと2メートル。

 ―――――じゃないと、くだらないことで命を落としますよ。

 脳裏に過る。
 遠くを見ている群青の瞳。悲しくも、憤怒が現れている表情。

「――――ッ!」

 ネギは右足を横に向けて前へと出す。
 ザザッと音を立てて速度が落ちた。
 それと同時に現れる巨大な手裏剣。

「何!?」

 小太郎の声。
 ネギは見た。
 小太郎を吹き飛ばす、人影を。
 その人影は、幻影かのようにすっと消え去った。

「え……」

 風が吹く。
 桜の木がザァアっと音を立てていた。
 ネギは桜の木を見上げる。そこには、

「な……長瀬さん!! 夕映さん!?」

 チャイナ服に身を包んだ楓に抱きかかえられている夕映の姿があった。

「熱くなって我を忘れ、大局を見誤るとは……精進が足りぬでござるよ。ネギ坊主」

 燃えあがった体は、ニコッと微笑んで言った楓の言葉で一気に冷めた。

 ―――――――もう少しご自分で状況判断をしてください。カモの意見に左右されすぎです。
 ―――――――じゃないと、くだらないことで命を落としますよ。

 子供とか大人とか。
 女とか男とか。
 そんなの今、この場には必要ないんだ。
 プライドだっていらない。
 父親の看板とか、そんなのも関係ない。
 今のやらなくてはいけないことがあるじゃないか。

「さぁ、ここは拙者に任せて行くでござる」

 楓が桜の木から飛び降りて、夕映を地に下ろしながらそう言った。
 そう。
 小太郎には悪いが、彼と戦っている暇なんてないのだ。
 楓と夕映が何故この場に来たのかなんてのも、今この場で聞く必要なんて無い。
 そう、今は――――――

「長瀬さん、ここをお願いできますか」

 真剣な表情で、楓に問う。
 巨大な手裏剣を扱えるということと、さきほど小太郎を吹き飛ばしたの見れば、彼女が強いことは容易にわかる。
 この場を押さえてくれることはできるだろう。

「御意、でござるよ」

 ニンニン、と楓は笑って見せる。
 その横で未だにに戸惑っている夕映にネギは軽く微笑んだ。

「夕映さん……危険ですから、長瀬さんの言うとおりにしてください」

 コクン、と夕映は頷く。
 軽く言葉を交わし、走る。
 小太郎が何か言っていたが、そんなの気になどしていられない。

 ―――――今は、木乃香と澤村を奪取するのが最優先だ。





「綺麗アルねー」

 光の柱を見た古菲の声が真名の耳に入ってくる。
 少し声が大きかったため、真名は人差し指を口の前で立てて古菲を注意する。
 舌を出して頭を掻く古菲に溜息をもらしつつも真名はギターケースを開く。
 ライフル銃一丁に拳銃二丁、そして弾。
 必要最低限の数だが、まぁなんとかするしかない。
 草陰から様子を覗う。
 腕を掴まれて持ち上げられている明日菜の姿と、敵に囲まれて焦りの表情を見せている刹那の姿があった。
 真名は、ライフルを取り出す。

「お、行くアルか?」

 古菲の弾んだ声に、待てと真名は咎める。
 今にも飛び出しそうな古菲に、

「まずは、彼女を捕らえている烏族をどうにかしないとな」

 ライフルを構えながらそう言った。
 照準はしっかりと烏族の額を捕らえている。
 真名は、1度息を細く吐くと、躊躇わずに引き金を引いた。

  ―――――ガァン!

 弾の着弾を確認せずに真名は照準をずらす。

  ―――――ガァン! ガァン!

「行くぞ」

 古菲と共に、草むらから飛び出す。
 岩の上に飛び乗りながら、

「……苦戦してるようじゃないか?」

 烏族は煙となって消えていた。
 自分を見上げる明日菜と刹那の驚きの顔が何ともいいがたいほどおかしく思える。

「この助っ人の仕事料はツケにしてあげるよ、刹那」

 そんな二人に、真名はそう言った。
 後ろで古菲も、

「うひゃー、あのデカいの本物アルかー? 強そうアルねー!」

 と楽しそうに言っていた。
 ライフルを構えなおす真名の表情は、刹那達を安心させるような微笑だった。





 石になった人間。
 混乱する裏で……いや頭のほんの片隅で、それを見たのは初めてではない気がすると囁いていた。
 それを思い出そうとすると、捨て去ったはずの恐怖が蘇る。
 何故だろう。何処で見たのだろう。
 暗闇に身を置いた澤村の本能は、静かに理性へ問い掛けてくる。

 いや、知っていたはず。

 これは問いかけではない。確認だ。
 暗闇に身を落としたせいなのだろうか。思考が妙に回る。
 見たときはすっかり忘れていた事柄が溢れてくる。
 石になった人間を見たことがあるということは。
 もしかして、自分は以前からそういう世界に関わっていたのだろうか。
 否定し続けてきた魔法との繋がりは、やはり肯定しなくてはいけないのだろうか。
 強大な魔力があるといわれて、それ自体を断固として否定する自分はいなかった気がする。
 魔力があると、認めていた。
 両親が魔法使いであることは、否定し続けていたというのに。
 失った、6年前からの記憶。
 その記憶が少しでも蘇ったら、恐怖の原因がわかるのだろうか。
 ……いや、どちらにせよ、自分は役立たずではないか。
 諦めるのだけは嫌だった自分はもう、どこかに消えてしまった。
 もし助かったとして、麻帆良学園に戻ることができたのなら。
 自分はもう、ネギの補佐生徒をやめよう。
 それが、ネギ達のためでもあり、自分のためだろう。そうだ、そうしよう。これは罪滅ぼしだ。
 逆にもし、このまま敵の手に落ちてしまうのなら。
 千草の操り人形として、生きていこう。
 そうだ、そうしよう。これは自分への罰だ。
 誰かに定められた道を歩むのは楽だけど、きっといろいろな苦痛があるはず。
 償いきれるはずがないだろうけど。
 罰にしては軽すぎるけれど。
 でもやっぱり、

「俺は……ただの学生だ」

 今まで、ずっとそうだった。
 そう在りたかった。
 何も知らずに、何も解からずにいたかった。
 記憶がない自分は、6年間そう暮らしていたじゃないか。
 恐怖に怯えながらも魔法に興味を持つ自分。
 どこかに知らない自分が住んでいるらしい。
 どこに、いるのだろうか。
 多分、もう一人の自分は、ただの学生ではない自分。
 はて。
 ただの学生とただの学生ではない自分。

 ――――――どちらが本物の自分なのだろうか。

 意識はまだ、暗闇の中。

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