ネギ補佐生徒 第20話





 エヴァンジェリンと話した所為なのかわからないが、ネギ達がどうなっているのか気になった。
 彼女が言っていた鬼だって話に聞いただけじゃどんなものかわからないし、どれくらい強いのかだなんて想像がつかない。
 意識も完璧に覚醒してしまった。
 この発狂しかねないほどの暗闇と静けさもいい加減耐えがたいものとなりつつある。
 どうやったら、体は覚醒してくれるのだろうか。
 エヴァンジェリンに聞けばよかったと後悔する。
 目蓋を上げようと必死になるのだが、脳がそれを命令してくれない。
 どうすればいいのだろう。
 思考の回転が速まる。
 とはいっても、澤村は魔法関連の知識はゼロだ。
 何か浮かぶわけがない。
 やはり諦めるしかないのだろうか。
 もう一度眠ってしまおうかと思った時、

  ―――――――キィィィイン

 鋭い痛みが脳内に走った。
 痛い。

「ぐ、あ……」

 痛い痛い痛いいたいいたいイタイイタイ――――――!
 暴れる意識。
 だがそれは、ほんの数秒で収まった。

「なんだ……」

 よくわからない。
 自分の体に何が起こっているというのだ。
 気が付けば、

「――――――あ」

 暗闇だった視界に白い光が宿っていた。その光は、少しずつ大きくなっていく。
 暗闇が、晴れる。
 眩しさを感じながらも澤村は重かった目蓋を開く。
 今までのことが嘘かのように、自然と開くことができた。
 そして、澤村は愕然とする。





  ネギ補佐生徒 第20話 長き夜での謝罪





 球体の曲線にそって寝そべっていた澤村の視界に入ったのは予想外の光景だった。
 傷だらけの少女二人と膝をついて息を荒くしている子供一人の後ろ姿、そしてその三人の前に佇むのは白い髪の子供一人。

 こんな状況になっているなんて。
 こんな大事になっているなんて。

 何故こんなことになってしまったのだろうか。
 明日菜と刹那の怪我は血が流れていて痛そうだ。
 ネギだって怪我はないもののなんだか辛そうじゃないか。
 そんなにもなっているのに戦うのは、誰のため?
 木乃香と澤村の二人のためじゃないか。

 ―――――俺には、関係ない。

 確かに澤村は今回の件に関係はない。関東魔法協会と関西呪術協会のいざこざや、西の長や鬼を呼ぶ儀式なんて知らない。
 ただ魔力が高かっただけ。それだけだ。
 そして自分は、それなのに頑張って、でしゃばって、足手まといになって、諦めて―――――こうやって捕らわれの身のまま、結局何もしていない。
 ネギ達が澤村を救う必要なんてない。
 木乃香だけ救えればいいはずだ。
 自分はそこまで彼女たちと交流はない。
 なのに、

「澤村さん! 大丈夫ですか!?」
「待ってて! すぐにそんなところから出して上げるから!」
「あともう少しの間、我慢していて下さい!」

 目を覚ました自分に、ネギ、明日菜、刹那は言葉を投げかけてくる。
 澤村は、手足を縛られているという不安定な体勢で、なんとか球体の中で立ち上がる。
 3人は、自分を不安にさせないためか明るく振る舞ってくる。
 結果なんてどうでもいいと思っている自分に。
 諦めきっている自分に。
 こんな状況になっても戦っている、自分よりも年の小さい子供。
 まったくの無関係でも受け入れて、しかも真正面から向き合っている同い年で同じ境遇の女の子。
 かなりの腕の持ち主であるのに傷を負ってでも戦っている女の子。
 諦めて、全てを投げ出している自分。
 情けなかった。
 悔しかった。
 辛かった。
 涙が溢れてくる。いろんな感情が入り混じってどうすればいいのかわからなくなってしまう。

 ――――――ごめん。

 ボロボロと零れ落ちる涙。
 澤村は泣き続ける。
 思い浮かぶ言葉はこれしかない。

 ――――――ごめん、みんな。

 口が塞がっていなかったら、そう言いたい。
 そう叫びたい。
 澤村は膝を折ってその場に座り込む。
 涙が、札と一緒に球体の中へと落ちた。





「魔力が抑え切れなかった……?」

 はらりと落ちた札を見詰めてフェイトは呟く。
 札は、彼が目覚めた時点で光を放っていなかった。
 ということは、札の効力が切れたということだろう。
 やはり千草では、澤村の魔力をうまく捌き切ることはできなかったのか。
 心の中でフェイトは溜息を漏らす。
 一歩、前に踏み込む。
 今は、澤村のことよりこちらの方を優先しよう。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 手に宿る、魔力。

「小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。時を奪う、毒の吐息を」

 ―――――石の息吹!!

 大きな音を立てて広がる毒ガスが辺りを真っ白に染めた。
 煙につつまれながらも、フェイトは少し範囲を広くしすぎたとそのまま固まって思う。
 これはらしくないミスだ。
 どうやらネギ達は逃げ切れたらしい。
 仕方ない、とフェイトは後ろを振り返る。
 球体の中で膝をつく人間が視界に入った。
 さっきと変わらない。自分の魔法の音で気付かなかったのだろうか。

「君の魔力は、予想以上だったみたいだ」

 人間―――――澤村は、顔を上げない。
 また眠ってしまったのだろうか。
 いや、それはない。
 肩が密かに震えている。
 フェイトは、澤村を見て心の中で首を傾げた。
 彼にとって澤村の行動が理解できないから。
 だから、

「―――――なぜ、泣いているの?」

 そう聞いてしまう。
 澤村は答えない。
 口を塞がれても鳴咽は漏れるだけ。
 質問に澤村が答えられるはずがないということに、フェイトはようやく気が付いた。
 らしくないミスが続く。
 自分がだしたガスが晴れてきた。
 フェイトは、また振り返る。
 澤村にかまうのは止めよう。
 今は、ネギ達をどうにかしなくてはいけない。





「な、なんとか逃げ切れた……」

 真っ白にたちこめた毒ガスを見つめながら刹那は呟く。

「奴はまだ、こっちに気付いていません」

 すぐに現れないところをみると、フェイトはまだこちらが逃げたことに気がついていないようだ。

「だ、大丈夫、ネギ? ひどい、死にそうじゃん」
「あ、ありがとう。アスナさんも……」

 ネギと明日菜の会話に刹那は振り返る。
 視界にばっと飛び込んできたのは、ネギの右手。

「ネギ先生、その手……!」

 刹那の言葉に、ネギは右手をその背に隠した。
 見間違いなわけない。
 ネギの手は、石化していた。

「だ、大丈夫。かすっただけです」

 だが、ネギの表情は芳しくない。
 脂汗をかいて、息も荒かった。そうとう辛いはずだ。
 刹那は下唇を噛む。
 事態は、もう手に負えなくなりそうなほどになっている。
 今はもう、自分を守っている場合ではない。

「お二人は今すぐ逃げてください。お嬢様は私が救い出します!」

 え、と声をあげる二人に、刹那は言葉を続ける。

「お嬢様は千草と共に、あの巨人の肩の所にいます。私ならあそこまで行けますから」
「で、でも、あんな高い所にどうやって……」

 予想通りの明日菜の質問。
 ゆっくりと、刹那は語る。

「ネギ先生、明日菜さん……私……二人にも……このかお嬢様にも、秘密にしておいたコトがあります……」

 自分の急な告白に、ネギも明日菜も呆けている。

「この姿を見られたらもう……お別れしなくてはなりません」

 それは少し……いや、とても寂しいこと。

 だってせっかく友達が増えたのに。
 せっかく木乃香とも元の関係に戻りつつあったのに。

 だからずっと秘密にしようとした。
 けれども、それはもう終わりにしよう。
 今は自分より――――――

「でも……今なら。あなた達になら……」

 ―――――――この人達を護りたい!!

 ぐっと身体を屈め、解放する。

 音を立てて、背中から広がる翼。

 白い羽が、辺りに舞っている。
 ネギと明日菜は、口をぽっかりと開けて自分を見つめていた。
 目も零れ落ちそうなほど見開いている。
 当たり前の反応だけれど、少し悲しかった。

「……これが、私の正体。奴らと同じ……化け物です」

 化け物と自分でいって、慌てて刹那は言葉をかぶせた。
 早口で捲くし立てる。

「でもっ……誤解しないで下さい。私のお嬢様を守りたいという気持ちは本物です!……今まで秘密にしていたのは」

 ネギと明日菜の表情を見つめ続けられなくなり、刹那は顔を伏せた。

「……この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かっただけ……!」

 それに、別れなければいけなくなる。
 傍にいられなくなるのは嫌だった。陰でも傍にいれることが嬉しかったから。
 その結果が、こうやって悪状況を作ってしまった。

「私っ……宮崎さんのような勇気も持てない……情けない女ですっ」

 ギュッと涙を溜めた目を瞑ってそう言った。
 懺悔にも近い言葉。
 それなのに、

「ふぅーん……」

 なんて普通の会話にでもでてきそうな相槌で明日菜は刹那の翼をわしゃりと触ってきたのだ。
 小さな悲鳴を上げる刹那の翼を抱えたり、匂いを嗅いでみたり……

「あの……明日菜さん?」

 明日菜の行動に毒気を抜かれたような顔で問う。
 しばらくして、明日菜は刹那から離れた。
 そして、ス……っと手をあげる。

「え」

 気付いたときには、

「きゃうっ?」

 豪快な音を立てて背中を叩かれていた。
 ヒリヒリする背中のままで刹那は明日菜を見つめる。

「なーに言ってんのよ、刹那さん。こんなの背中に生えてくんなんてカッコイイじゃん」

 え、とまたもや呆けてしまう。
 明日菜は、困ったように笑っていた。

「あんたさぁ……このかの幼馴染で、その後2年間も陰からずっと見守ってたんでしょ?」

 トンと乗せられた手が妙に温かい。
 自分が守りたいと思っている温もりだった。

「その間、あいつの何を見てたのよ」

 そして明日菜の言葉が、

「このかがこの位で誰かのこと嫌いになったりすると思う?」

 刹那の身体に、

「ホントにもう……バカなんだから」

 浸透していった。

「あ……明日菜さん……」

 オッドアイの彼女の目はまっすぐ自分をみつめていて、嘘だとは思えない。

「行って刹那さん! 私達が援護するから」

 いいわよね、ネギ! という言葉に頷くネギ。

「ホラ、早く刹那さん」

 全てが嬉しかった。
 そして、感謝したい。

「……ハ、ハイ!!」

 ありがとう、と。





 一頻り泣いて、ようやく澤村は顔を上げた。
 さっきの音は何だったのだろう、と。
 まだ白い毒ガスが残っている。

 何が起きた?
 ネギ達は?

 辺りを見回す。
 すると、真っ白な何かを見つけた。
 人間の腹部に少し似ている。まだ上に続いているようだ。
 澤村はゆっくりそれを辿る。
 しばらくして先端に行き着いた。

「――――――ん」

 くぐもった声を漏らしながらも目を見開く。
 それでも止まらない涙は、ボロボロと流れ出ている。

 ――――――なんだ、これは?

 おぞましい、という言葉が相応しいのだろうか。
 角の生えた頭部に四本の太い腕、湖に沈んでいる半身は、少しずつ出てきているようだ。
 エヴァンジェリンが言っていた鬼とは、これのことだろう。
 目を凝らせば、その鬼の頭部の脇には千草と木乃香の姿があった。
 横になったまま浮いている木乃香は、これを呼び出すためというわけか。
 そして、それを強化したのが自分。
 視線を下へ向けると、札一枚ある。
 たぶん、これが強化のために使われていた札のはず。
 それにしても、なぜ取れてしまったのだろうか。
 首を傾げる。
 いや、それよりネギ達だ。
 思考を戻す。
 縛られた手で口に張り付いている札をとろうと擦りながらも澤村は辺りを見回す。

 ―――――いた。

 大分離れてはいるが、渡り板にいるようだ。フェイトもそれに気がついているようで、そこに向っている。
 だが、フェイトのことではなく違うことで、澤村はまた目を見開くこととなった。
 澤村の動きが止まる。
 視力は悪い方ではない、かなりいい方だ。だから見間違いではないだろう。
 つまり、澤村の視界に入っているのは、間違いではないのだ。

 ――――――――刹那の背中から、純白の翼が生えているということは、紛れもない事実。

 どういうことだ?
 翼が生えているということ以外は、刹那の姿に変化はない。
 白い翼を除けば、きちんと人間の形状をしている。
 自分が寝ている間、本当に自分はいろいろと置いていかれたようだ。
 飛び立つ刹那を見ながら、澤村はそんなことを思う。
 あまり驚きを感じないのは、やはりエヴァンジェリンや茶々丸のせいだろうか。
 少なくとも、桜咲刹那という人間は普通の人ではないということはよくわかった。
 剣を極めた少女、だけではないようだ。
 ……それより、これからどうしようか。
 どうすればこの状況を打開できる。
 この結界からの脱出は不可能だし、脱出できたところでまた足手まといになる。ならどうすれば――――――

 思考がそこで止まった。

 再び動き出して浮かんだのは、自分が何を考えていたか。
 自分は、今何を考えていた?
 おかしい。
 もう諦めたはずなのに。
 もう何もしないと思っていたのに。

 ――――――嗚呼、そうか。

 すぐにわかった。
 そんなまどろっこしいことなんてない。
 いろいろ問題はまだあるけど、今はただ一つ。
 とても情けないことかもしれないけど、それはとても大きいことと思いたい。
 涙を流しながらも、もう一度自分で問う。
 何故、自分は行動しようと考えているのか。
 答えは、単純明快。

 ――――――――み ん な に 謝 り た い 。

 ただ、それだけだのことだ。





「―――――あと、1分半持ち堪えられたなら、私が全てを終わらせてやる!!」

 頭に響く声。
 これは聞いたことのある声だった。

「エヴァンジェリンさん……」

 ネギがその名を呟いた。
 横にはボロボロになった明日菜がいる。二人とも膝をついて、フェイトと対峙していた。

「ぼーや、さっきの戦い。作戦といい見事だった。だがな……貴様は少し小利口にまとまり過ぎだ」

 確かに自分は、いろいろ考えてしまっているかもしれない。
 なのに、小太郎とのときのように子供特有の頑固さをだしたり……。

「今からそれじゃとても親父にゃ追いつかんぞ? たまには後先考えず突っ込んでみたらどうだ」

 エヴァンジェリンの言葉に、疑念を抱く。
 澤村が言ってくれた言葉と逆だったからだ。

「ガキならガキらしく後のことは大人に任せてな!!」

 どういう意味だろう。
 考えろ。
 エヴァンジェリンの言葉は、そのままの意味ではないはずだ。

「ネギ!」

 明日菜がネギの名を呼ぶ。

 ――――――1分半。

 そう、1分半だ。
 それだけ踏ん張ればいいのだ。
 小太郎の時とは状況が違う。
 ならば―――――

「アスナさん……」

 ふー……と息を吸う。
 そして、

「行きます!」

 勢い良く立ち上がり、杖を構えた。

「OK!」

 それに続いて立ち上がる明日菜。
 今から1分半。

 ――――――――全力でフェイトにぶつかるのみ!!





「まだか、じじい!」
「もうちょい待ってくれ、あともう少しじゃ」

 床に並ぶ魔法薬やら魔法書。そして、学園長の机に置かれた書類の山。
 ネギ達との念話をといて30秒がたった。
 時間としてはそんなにない。
 それでもエヴァンジェリンは、苛立ちを感じずにはいられなかった。
 一つが早く学園の外に出たいのもあるし、少し癪だが、ネギのことだって気になる。
 だが、もう一つだけどうしても苛立ってしょうがないことがあった。

 ――――――あの小僧。

 あの何もかも投げ出した気でいる彼の寝顔に苛立ちを感じて念話してみれば、案の定腐った考えでいた。
 今すぐ澤村のとこにいって、その顔を殴ってやりたい。
 澤村は少しだけ――――ほんの少しだけ、エヴァンジェリンの想い人……ナギに似ていた。
 彼はそこまで鋭くなかったが、澤村の鋭い目や他のクラスメイトに見せる笑顔、子供扱いの仕方。
 別に雰囲気や性格なんて似ていないのに、なぜだか腹立たしかった。
 たぶんそれは、ナギに似ている澤村が、一番初め怯えていたと言うこと。
 本能的にエヴァンジェリンに恐怖した澤村がナギと重なって、腹立たしかった。
 そしてもう一つ。
 彼が自分に言い訳して逃げているということだ。
 自分の歩む道を自分で違う理由を付けて、逃げるようにつまらない人生を歩もうとしている澤村。
 無限大にある道を狭めている澤村が腹立たしい。
 本当に、腹立たしい。何もかも。

「マスター」

 茶々丸の声に、エヴァンジェリンは顔を上げる。

「準備が整いました」

 よし、とエヴァンジェリンは魔法陣の中に立つ。もちろん、従者である茶々丸や……チャチャゼロも一緒だ。
 学園長の呪文により光り輝く魔法陣。
 影のゲートを開いて、それに身体を沈めていく。

「じじい、ハンコを押しつづけて置かないと、どうなるかはわかっているな」

 そんな言葉を学園長室に残して。

「茶々丸達はゲートを別に開くからそこから出ろ。あのデカブツを捕らえろ」

 了解、という声と共に遠ざかる茶々丸とチャチャゼロ。
 エヴァンジェリンは顔を上げる。
 ゲートの出口がすぐに見えてきた。
 出口から見える、ネギとフェイトの姿。
 グットタイミングというべきか。
 フェイトがネギを殴ろうとしている瞬間だった。
 グン、と手を伸ばすと、フェイトの腕をしっかりと掴んだ。

 ――――――――さぁ、一暴れしようじゃないか。





 澤村は、泣崩れる。
 顔を伏せて、泣き続けた。
 すると、

「大丈夫ですか!? 澤村さん!」

 声が、聞こえてきた。

「シャダ」

 その声に反応して、ベリッと音を立てながら口に張りついていた札が剥がれた。
 そしてヒュンと音がしたかと思えば、澤村を囲っていた球体が消え去り、澤村は球体の上から渡り板へとドタンと落ちた。
 涙を拭って、顔を上げると―――――

「翔騎君、大丈夫かえ?」

 純白の浴衣をまとって手を胸元に添えている木乃香と、

「今、縄をほどきますから」

 同じく純白の翼を背負う傷だらけの刹那がいた。
 座り込んだままの澤村の傍でしゃがみこんで、刹那は縄をとく。
 澤村は泣きっ面のまま呆けていた。
 鬼の召喚の光か、それとも月明かりかはわからない。
 けれど、光をまとって現れた純白の少女達は、

「――――――女神と天使みたいだ」

 そう見えたから。
 呆けたまま呟く澤村に、刹那と木乃香はキョトリとした表情で彼を見た。
 だがそれも直ぐに中断される。
 背後に響く、

「グオォ―――――――――ォオ!!」

 雄叫びと、ズシンという音。
 3人でそちらを向く。
 結界らしきものに囲まれている巨大な鬼の姿と、

「茶々丸さんや……」

 空を飛ぶ茶々丸を見て呟く木乃香に澤村は頷くことしか出来なかった。
 なぜ彼女がここに?
 学園にいるはずだ。
 そして現れる黒衣を纏ったエヴァンジェリン。

「な、なんで……」

 彼女は学園都市からでられないはず。
 茶々丸ならまだわかるが、エヴァンジェリンがくるのはありえない。
 なのに、なぜ?

「とにかくネギ先生達のところに行きましょう!」

 澤村の縄をほどいた刹那が立ち上がりながら言った言葉に、澤村は彼女と同じように立ち上がって頷いた。
 とにかくここは邪魔になる。
 あの鬼から距離が近い。
 まだだるい体ながらも澤村は、木乃香を抱きかかえた刹那の後ろを走った。

「ネギ先生!」
「刹那さん! このか、澤村君も!」

 刹那の呼びかけに安堵の表情で明日菜がそれぞれの名を呼ぶ。
 傷だらけだが元気そうな明日菜に、澤村もほっと胸を撫で下ろした。
 皆、思ったより無事――――――――ではなかった。
 明日菜の横でエヴァンジェリンの魔法に魅入っているネギの手が、石化していた。
 右の手が、肘まで石になってしまっている。
 そのことを口にしようとしたが、

「せっちゃん!?」

 木乃香の声で、それは遮られた。横を見れば、吹き飛ぶ刹那の姿。
 そして、先ほどまでいなかった、フェイトの姿。
 木乃香は、刹那の元に駆け寄る。その背後でフェイトは、第二打撃をネギへと放つ。
 フェイトの拳は、ネギの腹部をしっかりと捕らえて後方へと倒れこませた。
 うめき声をあげてネギはその場へとうずくまる。

「この――――――!」

 大きくハマノツルギを振り上げた明日菜の体に一発。ネギと同じようにその場へと明日菜はうずくまってしまった。
 あっという間の出来事。
 そして、一人取り残された澤村。

「ノーマークの君の力は、どうやらかなりのものだったみたいだ」

 目の前にいるフェイトを残された澤村は固唾を飲んで見据えた。

 何故、フェイトが目の前にいるのか。
 何故、自分だけ残されたのか。

 わからない。わからないけれど、フェイトが今まで出さなかった殺気が、澤村に向けられているのは確かなことで、逃げられないということも否定しようのないことだった。
 そして、

「――――――石の槍」

 無詠唱で唱えられた魔法。
 明日菜達を一掃し、澤村に立つまでの流れを全て把握していたのだ。
 そして、体勢を整えた明日菜達に邪魔される前に、澤村を仕留めるために使ったのが、ネギと同じ、遅延呪文。
 フェイトの計算は、完璧だった。
 殺気を感じ足元を見れば鋭い石が自分に向ってきている。

「―――――――な」

 カッと熱くなる身体。
 身体が少しだけ地から浮いた。
 それと同時に襲う、腹部への違和感。
 地から澤村を襲った石の槍は、静かに、

「―――――――が、は」

 けれども澤村の身体に大きな悲鳴をあげさせて、貫いた。
 何が起きた?
 わかるのは、口に広がる死の味と、

「君はよくやったよ、澤村翔騎。でも君の実力じゃ、この世界を生き延びることはできない」

 無表情で自分を見上げる白い髪の少年だけ――――――――…………

 ……

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