ネギ補佐生徒 第22話





 現在、和泉亜子は、非常に焦っている。

「ゆーな! あかん、また見失ってもーた!」

 携帯片手に叫ぶと、裕奈のまたぁ!? という声が返ってきた。
 声色から察するに大分疲れが溜まっているようだった。
 それは亜子も同じである。さっきからずっと走っているのだから。今は立ち止まり、荒い息をついて電話している。
 走りながらの会話ができるほど亜子の体力はなく、立ち止まっている今でも携帯を耳にあてるというのがだるく感じられるくらい、疲労が溜まっているのだ。

「それ、もう五回目だよ!?」
「だ、だって……澤村君、速くて……」

 そもそもマネージャーである亜子が運動部の現役……しかも男子に追いつけというのが無理な話だった。
 とは言え、亜子は裕奈に頼んでいる身のため、そんな反論はできない。彼女も必死に探してくれているのだ。
 裕菜に謝罪の一言を言ってから電話を切り、亜子は再び廊下を曲がる。
 やはり、いない。
 真名も途中で用事があるからと去ってしまったし、諦めた方がいいのだろうか。
 そこまで考えた途端、亜子は首を左右にブンブン振った。
 いけない。ここで自分が諦めてしまったら、ダメだ。

 マネージャーとして、
 クラスメイトとして、
 友達として、

 ―――――諦めるわけにはいかない!

 そんなことを考えていた亜子に、

「ヘイ、和泉ッチ。どうかしたのかーい?」

 爽やか過ぎて気持ちの悪い声が聞こえてきた。
 亜子が焦っている理由。
 それは、視界に入ってきた、無駄に爽やかボーイへと変貌した澤村翔騎が原因である。





  ネギ補佐生徒 第22話 あの時ホテル嵐山は





「どうかしたのかい、やない!」

 亜子は訴えた。
 とにかく部屋に戻ってもう寝てくれと。
 だが、

「おいおい、和泉ッチ。それは無理なご注文サー! これからオレはイッツァ・バスターイム! なのだから」

 お風呂に入る事に関しては別に問題はない。
 しかし問題はそこではないのだ。
 今の時間はまだ女子の入浴時間である。
 そして運の悪いことに、今入浴しているのは――――――

「そういうことだから、グッバイ和泉ッチ!」
「ちょっと待ちぃっ! あかん、あかんて!」

 シュタッと片手を上げて去ろうとした澤村を慌てて亜子は彼の浴衣の裾を掴んで止めた。
 そこで亜子は気づく。澤村の入浴時間は、昨夜とは違って一番はじめとなっている。
 ネギと共に5班についていった澤村の帰りが早いためだ。浴衣を着ているということは、もう入浴を済ませたと思ってもいい。
 それに彼から漂ってくる匂いは、明らかに入浴後の石鹸の匂いそのものである。
 髪だってまだ少し湿っている。男子の割にはサラサラとしている髪が、今はぼたっとしていて重そうだった。

 ――――――――だったら、お風呂に入る必要なんてないやん!

 亜子は縋る気持ちで澤村を見る。
 彼女の目尻には涙。……半泣きだった。

「なんだい、和泉ッチ。オレはバスにインしたいんだけど」

 バスにイン、ってなんだろうと思ったが、それよりも彼に伝えなければいけないことがある。
 緊急事態だ。

「今、柿崎達の班が入浴中やから、あかん! 絶対あかん!」

 ――――――そう、チャラチャラした男が嫌いな釘宮円がいるのだ。

 今の澤村と風呂場で鉢合わせたらとんでもないことになる。

「ホワイ? 一緒に入ればいいじゃないか。あそこは混浴。問題ナッシングッ! ドントウォーリィ!」

 だからなんで中途半端に英語をまぜるのだろうか。
 言葉を理解するのに時間がかかるではないかと亜子は更に泣きそうな顔になる。
 自分の知る硬派な澤村翔騎はどこかに旅立ってしまったのだろうか。

「それじゃオレはバスへゴーするから失礼っ!」

 亜子の手元から浴衣の裾が離れていく。
 それと同時に、凄まじい足音が遠ざかる音が聞こえてきた。
 亜子の目の前には当然澤村の姿は、ない。

「な、な、な、な……」

 また逃がしてしまった。
 これで、6回目。

「なーーーーーー!!!」

 両手で頭を抱えて被りをふる。
 言葉にならない叫びが、廊下に響いた。





 私服のポケットに入れていた携帯がブルブルと震えた。
 亜子と同様に澤村を探す大河内アキラは、それを手にとる。
 折りたたみ式の携帯のサブディスプレイに写る文字を確認してから電話に出た。

「もしもし、亜子?」
「たたたたたたたた」
「た?」

 赤ちゃんのように“た”しか発しない亜子にアキラは眉間に皺を寄せる。
 かなりの慌てようだった。

「落ち着いて」

 アキラのその言葉が聞こえてきたらしく、電話越しに亜子が深呼吸するのがわかった。
 そして、

「大変や!! 澤村君、お風呂場にむかっとる!!」

 と叫んだ。それも早口で。
 なるほど、さきほどの“た”はその大変の“た”らしい。
 アキラはそんなことを思いながらも亜子に返事を返す。

「お風呂場って……別に大丈夫なんじゃないの。さすがに澤村君もそこまでは……」
「混浴だから大丈夫て……今、柿崎達がはいっとるのに、す、すんごい速さで走って!! あぁ、どないしよー!」

 電話ごしでどないしよどないしよと騒ぐ亜子にもう一度落ち着いて、となだめる。

「とにかく、ゆーなとまき絵に伝えて。私は今からお風呂場に行くから」

 亜子の返事を確認してから携帯を切る。
 アキラは風呂場へと走り出した。
 まだ消灯時間ではないから、新田から怒られることはない。
 ただ、自分の入浴時間のことがあるから、制限時間はあと2時間もない。
 そして、澤村がお風呂場に到着するまでの制限時間が不明ときた。

「急がないと……」

 亜子が困っている。





「ゆーな。澤村君、そんなに変かな、今日」

 二人でどたどたと廊下を走る。
 バカレンジャーの一員である佐々木まき絵の言葉に、バスケ少女の明石裕奈が信じられないといった表情をした。

「明らかに変でしょうが! まき絵だってあんな澤村君、見たことないでしょー!?」

 ええ、とまき絵は裕奈がなぜそんなに怒っているのか疑問に思いながらも声を上げた。
 まき絵は裕奈のように席が近いわけではないし、亜子のように部活で会うなんてこともない。
 澤村とそんなに交流のないまき絵には、わからないのだ。
 首を傾げ続けるまき絵を見て、裕奈はじれったそうに、

「澤村君が、今までやぁ和泉ッチって亜子のこと呼んだことある!?」

 と言った。
 確かに言われてみればない気がする。
 あー、と声を出すまき絵に、裕奈は溜息を漏らした。そんな彼女を見て、まき絵は頬を膨らます。

 ―――――――だから、今まで気にしたことないんだってば。

 というまき絵の心の声を察しようともせず、裕奈は走る。
 先ほどうけた亜子の電話によると、澤村はお風呂場に向かっているとかで。
 運の悪いことに、今入浴しているのは、澤村のことを嫌っている円がいる班。
 澤村のピンチ、というわけなのだ。
 まき絵にしては、ネギのところにいきたいのだが、ルームメイトである亜子の頼みとあってはしょうがない。

「あ、アキラ!」

 裕奈の声と共に、まき絵の視界にアキラが入ってくる。
 ちょうど廊下の曲がり角で、ちょっとだけアキラとぶつかりそうになった。
 彼女は息をきらして、裕奈とまき絵の名を口にする。

「澤村君、見た?」

 アキラの言葉に、裕奈とまき絵は否定の動作をする。
 そんな自分達にアキラが眉をひそめたので、まき絵は問いかけた。

「アキラも見てないの?」

 頷くアキラ。
 すると、

「やぁやぁお三方。こんなところで何をしているんだい?」

 聞き慣れつつある声が聞こえてきた。
 だがその口調は全く聞き慣れてなんかない。
 スリッパをペタペタと鳴らす音。
 アキラが強張った表情で、まき絵と裕奈の後ろを見ている。
 どこか脅えた表情にも見えるアキラを見て、二人もゆっくりとそちらに顔を向けた。

「ハロー」

 爽やかだった。
 どこぞの草原のように爽やかだった。
 まき絵は、その爽やかな人を見て、亜子の言葉を思い出す。
 変に生真面目とか、硬派な感じだとか、いろいろ聞いたはずなのだが……これは違う。明らかに違う。
 今目の前にいる人は、亜子から聞いたどの言葉にも当てはまらない。 

「――――――澤村君?」
「んー? なんだい、ガール」

 ああ、駄目だ。
 おかしい。おかしすぎる。
 湧き起こる感情。

「どうしたんダーイ?」

 こくり、と首を傾げる澤村を見て、まき絵はふるふると震え始めた。
 駄目だ。もう駄目だ。
 とにかく止めないと。この兵器を止めないと。
 まき絵は声を絞り出す。

「な、なんでもないよ」

 脳から発進されるシグナルが、まき絵に危険を知らせている。
 横をチラリと見れば、裕奈もアキラと同じように強張った表情していた。
 三人とも感じているものは同じというわけだ。

「澤村君、悪いけど今は女子が入っているんだ。できればお風呂は後にしてもらいたい」

 思考が戻ったアキラが、澤村に言う。
 その顔は凛としていた。
 よかった。
 何か違和感とは別に感じていたものが消えていく。
 まき絵は、アキラが少なからず怒りを感じているのがわかった。
 しかしそんなアキラに澤村は肩を竦めるだけだ。

「ホワイ? ここは混浴。ならば男女が一緒に入っても問題ナッシングだろ」

 ハーフだとは聞いていたけれど、中途半端な英語を使うなとまき絵は思った。
 学力のないまき絵にでも、澤村の使う英語はおかしすぎるのだ。
 裕奈とまき絵は、アキラと澤村を見守ることしかできない。
 アキラは重い空気、澤村は軽い空気を発していた。
 二つの空気は衝突しあい、複雑なものへと変わっている。
 まき絵は、澤村がアキラの怒りのスイッチを切り替えないか不安だった。

「ここは混浴だけれど、今は私達学生のために貸しきりさせてもらってる。……その意味、わかる?」

 アキラの言う通りだった。
 このホテルで一番頻度の低い風呂場である。
 なので、それを貸し切ることで一般客に迷惑をかけないようにというホテル側からの配慮だったのだ。
 もちろんまき絵達学生も自分達だけで露天風呂を利用できると言うことで、大満足だった。
 アキラの言葉を受けた澤村は、顎に手を添えてふむ、と顔を少しだけ下へと向けた。
 澤村の前髪がさらりと流れ落ちる。
 見れば見るほど澤村翔騎とかけ離れた仕草のようにまき絵は感じた。それと同時に、漠然とした違和感も感じる。

「つまり、今入っている女子達は……男とバスタイムを共用するのはできない、と」
「今入っている女子を含めた私達はみんなそうだ」

 凛々しい。
 なるほど、こういったところが年下の女子を引きつけるアキラの魅力というわけか、とまき絵は納得した。
 事実アキラはとてもかっこいい。
 澤村は、じぃっとアキラを見つめた。
 アキラも同じように澤村を見ている。
 しばらくの間の後、澤村は納得したといわんばかりに何度も頷いてみせた。

「ふむ。それならばオレはマイルームにきちんと待機しよう」

 爽やかに言った。
 複雑な空気は拡散していく。

「ソーリー。どうやらオレの考えはミステイクだったらしい」

 シュタッと手を上げ、くるりと振りかえる。

 ―――――なぜだろう。案外すんなり事が収まったような気がする。

 亜子の苦労はどこへやら。
 事態は呆気なく終幕を迎えた。
 アキラがすごいのか、亜子がダメなのか。
 まき絵と裕奈は、苦笑してお互いの顔を見合わせることしかできない。
 その後ろでは、澤村が小躍りしながら廊下を歩いていた。
 それを見たまき絵は、ようやく漠然とした違和感の理由を知る。
 彼からは石鹸の香りも髪も濡れていなかった。
 それなのに彼は浴衣姿だったのだ。





「亜子、そんなに拗ねないで」

 部屋の隅で体育座りをする亜子にアキラは苦笑してそう言った。
 あとで泣きべそをかきながら走ってきた亜子に、澤村が納得して帰ったと言うを聞いて部屋に戻ってからずっとこの調子だ。 

「ウチの努力って……ウチの努力って……」

 ぶつぶつと言葉をこぼす。
 どうやらよほど堪えたらしい。

「だいたい、なんでアキラの言う事はすんなり聞いて、ウチの言う事は聞いてくれへんの……」

 アキラはまいったな、と頭を掻く。
 きっと彼女は動転しすぎて、言葉に説得力がなかったのだろう。
 澤村は、きちんとアキラの言葉を聞き、きちんと判断した。いつもの亜子の言葉もきっと聞き入れていただろう。
 裕奈とまき絵も、その様子をじっと見ている。
 さっきから彼女達はずっと見ている側だ。
 いつもは騒がしい彼女達も今回は大人しかった。

「亜子が慌てすぎてて、ちゃんと伝わらなかっただけだよ」

 アキラは亜子の隣に正座して座り込み、亜子の肩に手を置いた。

「そうなんかなぁ」
「そうだよ」

 裕奈もまき絵もそうだよと頷いている。
 それでも亜子の表情は浮かない。
 とはいっても、そこまでシリアスな落ち込み方ではない。
 アキラは思う。
 なぜ澤村はあんなことになってしまったのだろう。
 明らかに澤村の様子はおかしかった。妙な爽やかさに変な言動。
 澤村に何があったのだろうか。
 何かおかしい。
 確かに澤村はおかしかった。おかしかったのだが、どこか嫌な物がアキラに付き纏う。
 思考を廻らせる。
 お酒を飲んで酔ってしまった、という笑い話になりそうなおかしさではない。
 恐怖に近い、おかしさがあったのだ。
 けれど、そんな異変は亜子の方が早く気付くはずなのだが、彼女の様子をみるかぎりでは気づいていないように見えた。

「アキラ?」

 亜子がアキラを見る。
 ずっと肩に手を置かれたままで、不思議に思ったのだ。
 アキラは、静かになんでもないと微笑み、立ちあがる。入れ替わりに裕奈とまき絵が、亜子の両隣を占領した。
 二人が亜子に何か話しかけているのを見ながらも、アキラは澤村を思い浮かべる。
 爽やかに笑う澤村の顔が過った瞬間―――――

 ――――――ゾワリと悪感が襲った。

 爽やかさの裏に覗く、冷たい何か。
 まき絵も裕奈も、澤村から発せられる何かに気がつかなったのだろうか。
 不安がアキラの体を襲っていた。





 三日月が空に浮いている。
 雲が多いせいかその月明かりが届かずに、夜の暗さが増していた。
 そんな暗闇に溶け込めていない、人影が一つ。

「どうだったかね?」

 脳内に響く、男の太い声。

「やっぱり、天ヶ崎千草のところに、行っているみたいだ」

 そう答えながら、頭をかく。
 さらりとした感触が、手に伝わってきた。

「まだ時間はある。……今回は、この辺にしておこう」

 人影が大きく溜息をつく。
 結局意味のない行動になってしまったからだ。
 ネギ達が千草の所へいってしまっているおかげで、こうやって潜入することができたのだが、近衛詠春が送った物ではなくても、本山にいる人物が送った式紙に手を加えるということをしたのだ。
 勘付かれてしまっては、計画は台無しである。
 それなりの収穫が欲しいところだ。

「あ、そうだ。オレの目を通して見てただろうけど……あの三人の記憶、少しいじっておいてもらえるか? 勘付かれたっぽい。式紙の方は眠らせることは簡単にできたんだけど、記憶をいじる魔法っていうのはどうもうまくできないんだ」
「ああ、わかっている。今、スライムが動いているよ。もうすぐ来るだろうから、合流したらゲートを開こう」
「頼んだ」

 脳内にあった存在が消えていく。
 念話が終わったのだ。
 彼が暗闇に溶け込めていないのは、服装が原因だった。
 上の羽織は黒っぽい色でも、下にきている浴衣は、薄い青。
 微かに漏れる月明かりを反射して、暗闇の中でもその存在を際立たせていたのだ。
 彼は、腕を組みながらも空を煽る。
 どんよりとした空だった。何もかも、食らい尽くすような分厚い雲が空に浮かんでいる。

「――――――は」

 嗤いが込み上げて仕方がない。
 体が熱い。力が漲ってくる。
 彼にあったのは、歓喜。
 高ぶる感情を抑えることなく、喜びに浸る。

「楽しそーダナ」

 とぷん、という音と共に生意気な口調の言葉が聞こえてきた。
 彼は、嗤いを堪えながらも声がした方をむく。
 その表情から笑みは消えない。
 暗闇で、はっきりとは表情がわからないが、目の前にいる幼女にはそれがわかった。

「よぉ、お疲れ、すらむぃ。あめ子とぷりんは、どうした?」

 4、5歳程度の幼女が足元にいた。
 目はつり目で、先ほどの言葉のように生意気そうな顔をしている。
 二つに結った髪が可愛らしい。
 彼女が答える前に水溜まりから、

「ここにいマスヨ」
「同じく」

 という声がした。
 水溜まりが盛り上がり、形を作っていく。
 現れたのは、髪を後ろで軽く一つに結っていて眼鏡を掛けている幼女と地に引きずってしまうほどの長髪とやる気のなさそうな目が特徴的な幼女。
 今、この場に雨など降っていない。
 しかも彼女たちの形状は人間のそれと同じだが、異常さがあった。
 色が、人間の色をしていないのだ。
 全身は青系の色に統一されている。もちろん、肌もだ。

「お疲れ、あめ子、ぷりん。どうだった?」

 そんなことになんら疑問も持たず、そう問い掛ける。
 彼は知っていたからだ。

「ばっちりデス。言われたところだけ、きちんとそこだけ操作しまシタ」
「ぐっと……」

 眼鏡を掛けた幼女・あめ子とやる気のなさそうな目を持つ幼女・ぷりんの言葉に、彼は満足そうな笑みを浮かべる。
 だが、

「ちょーっとイタズラもしてきたけどナ」

 という、つり目の幼女、すらむぃの言葉で眉間に皺が寄った。

「おいおい……ただでさえあの式紙、様子がおかしかったんだから勘弁してくれよ」
「女達だけだから安心しろヨ。あっちは大人しく寝てたゼ」

 ケケッと笑うすらむぃ。
 彼は溜息を漏らすしかない。

「……一応聞くが、どんなイタズラをしたんだ?」

 ジト目で三人を睨んだが、ひるむこともなく、すらむぃが言う。

「人質候補の式紙に、ちょっと刺激を与えタ。今頃ストリップショーでもやってんじゃねーカ?」

 なんていうことを、と彼は額に手をあてた。
 彼女達がイタズラをするなんてことは今に始まったことではないが、今回ばかりはそれは控えて欲しかった。

「あのなぁ……総本山の奴等が勘付いたらどうするんだ?」
「元からおかしかったですから、大丈夫だと思いマス。ストリップショーだって何もしなくてもしたかもしれないデス」
「だから安全……」

 彼は、今いち納得がいかないといった表情で三人を見るが、しばらくしてまた大きな溜息を漏らした。
 過ぎたことをとやかく言ってもどうしようもない。
 それに今から直しに行くのは困難だ。

「まぁ、あいつのも変だったから……オレとあいつの違うところをカバーできたんだけどさ」

 組んでいた腕をとき、頭をかく。
 彼は素人ではないが、プロの中でも実力がない方だ。
 気配を消すことや殺気を隠すこと、完璧に何かを演じるのは無理だった。
 式紙のあの壊れようには、感謝している節もある。

「それで、なんでそんなに楽しそーなんダ?」

 ふわりとすらむぃが彼の肩に飛び乗った。
 彼は気にせずに、頭をかいていた手を顎へと伸ばす。
 そしてにやり、と口元を緩めた。

「力が漲ってくるんだ……楽しいに決まってるだろ」

 フーン、とすらむぃは彼の肩で足をぶらぶらさせている。
 興味がない、と体が現していた。
 そんなすらむぃに彼は憮然とした表情をしたが、それもすぐに消えた。

「お……出迎えが来たな」

 ぽっかりと空いた穴を見て、彼はそう言った。
 ゲートが開いたのだ。

「よし、帰るぞ」

 すらむぃが彼の肩から飛び降りる。
 そのまま穴へと入っていった。続いて穴へと飛び込んでいくあめ子とぷりん。
 それを見届けると、彼は一歩足を進めた。
 もう一度空を見上げる。
 雲が流れて、月が覗きはじめていた。
 はっきりとしていなかった、彼の表情――――顔が、照らされる。
 茶色い髪、黄色だが白めの肌、群青の瞳、少しだけ彫りの深い顔立ち。
 その顔は――――――

「待っていろ―――――――澤村翔騎」

 ――――――彼が口にした人物と、全く同じ顔だった。

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