ネギ補佐生徒 第４０話
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「まだいたか……」 安堵したような低い声。 男の声だった。 フードを深くかぶっているせいか、顔は良く見えない。 燃え盛る炎と大事な家族の石像。言い知れぬ絶望感。 きっとこのまま自分も死ぬのだと思い地に腰を下ろした時、その人は現れた。 「生きてるよな？ 坊主」 そう言って、男はしゃがみ込んで顔を覗き込んできた。 やはり顔はよく見えない。 ただ、声から焦りの色が覗えた。 立てるか、と声をかけられ、頷きながらもそこから立ちあがった。怪我なんてない。憎らしいほどピンピンしていた。 辺りを見回す。 炎と石像と瓦礫、散らばった家具や本。 ……自分のよく知っている場所だったのに、今はその面影すらなかった。 「泣くな。今は、泣くんじゃない」 厳しい声に零れそうになった涙が引いていった。 今は、泣いている場合じゃない。 生きなくては。 まだ彼らは死んでいない。石化しているだけ。 上級魔法のようだが、きっとその方法を見つけてみせる―――― 「――――ぁ」 ふと、視界に本が入ってきた。 少し黒焦げになっていて、いつもついている鎖がないからわかりづらいが、これには確かに見覚えがあった。 一度、それに手を触れた時、酷く怒られたからよく覚えている。 叱られたとはいえ、思い出は思い出。思わずそれを手に取った。 「待てっそれを開くなっ！！」 慌てた様子の男の声。 けれど、その声より先に、本は開かれていた。 ネギ補佐生徒 第４０話 雨は止めど メザメロ。 めざめろ。 目覚めろ。 ―――――― 意 識 を 手 放 す な ！ まだ手は―――――ある！！ 瞼が跳ね上がる。 水色の手で、口を塞がれる寸前だった。 澤村は、空いている手をポケットに突っ込んでいた杖へと伸ばす。 一瞬でもいい、この魔法が成功すれば、勝機を作れるはずだ。 「プラクテ・ビギ・ナル―――――戦いの音！！」 呪文をぎりぎりのところで唱えたと同時に、左手を首に巻きついたぷりんへと伸ばし、無理矢理それを引き千切りながら思いきり上半身を起きあがらせた。 魔法の効果は一瞬だった。だが、上半身だけでも自由になったのは大きかった。 ぐるりと体を転がして、両手を地面に着いた。杖はすでに手放している。 澤村のいきなりの行動に警戒心を持ったのか、スライム達はすぐに澤村の体から離れた。 「なんだ、魔法使えるんじゃネーカ」 ケケッと笑うすらむぃ。 とりあえず脱出成功。 長い夢のようなものを見てたわりには、状況はまったく変わっていなかった。 どうやら気を失ったのは一瞬だけだったらしい。 疑問に感じながらも、澤村はちらりとネギ達の方へと視線を向けた。 視界に飛び込んできたものは、彼の思考を止めさせる。 「―――――――――――なっ……」 言葉がでない。 ネギの一撃が、彼の体より大きなヘルマンの体を上空へと吹き飛ばしていたのだ。 そこまでのパワーが、彼にはあったというのだろうか。驚かずには入られなかった。 しかし、そのまま気抜けしている暇もなく、スライム達の攻撃を受ける。 「余所見している暇はありませんヨ」 けれど、責め込んでいるネギの姿に、危険を感じずには入られない。 素人だからこそわかる。 あのまま突っ込んでしまったら、確実にやられる。ただでさえ勝ち目がない相手にそんな攻め方じゃだめだ。 闇雲に突っ込んで失敗するのは目に見えている。時間稼ぎとか、そういった目的ではないネギのあの攻め方では確実にやられるに決まっている。 倒れ込みそうになった体をなんとか足で支えきり、澤村は叫んだ。 「ネギ先生、駄目だっ！！」 しかし、彼の耳に澤村の声は届いていないようで、勢いは止まることを知らない。 疑問に思う。 頭脳派の彼がここまで取り乱すのはおかしい。彼に何が起きたのか……それはすぐにわかった。 突進をかけようとしているネギ。 その先にいるヘルマンの姿が―――――見覚えのあるものへと変化した。 「おいおい、嘘だろ……？」 角、長い腕、大きな翼。 瓶に封印されはずの、魔物だった。 何故、ここに？ 考える間もなく、澤村の視界はぶれた。 絡め取られた腕と足。 「しまっ……」 言い切る前に、澤村は地面と再び沈められる。 一瞬だけ、視界白く染まったが、背中からくる激痛が、意識を手放さないように助けてくれた。 「大丈夫。あなたを消すのは私達じゃナイ」 「どういう、意味だ……？」 ぷりんの言葉に、痛みを堪えながらも澤村は返すと、すらいむぃがまたケケッと笑った。 答える気はないらしい。 体が地面へと沈むような感覚が襲い、澤村は頭を左右に振った。 「な、なんだよ、これっ！？」 体を包み込む水色のゼリー体。それは、少しずつ澤村の体を地面へと沈めていた。 上半身をなんとか起きあがらせようとするが、それもできない。 体が沈んで行く。 ――――――……もうだめか、とそう思ったとき。 「しまっタ！？」 すらむぃの焦りの声が耳に入った。 沈んでいた体が、押し出される様に浮きあがると共に、澤村の体を包む水色のゼリー体は剥がれた。 咳き込みながらうつ伏せになってゼリー体……スライム達の姿を目で追う。 ……途端、顔が安堵で緩んだ。 ――――――どうやら、自分の役目は果たせたらしい。 どうやら、あの出来損ないに熱くなりすぎたらしい。 水牢から抜け出した少女達に悪態をつく。 すらいむぃはペンダントを引き千切った和美に跳びかかる―――――が、 「っ！？」 のどかと夕映が瓶をこちらに向けてきていた。 封魔の瓶。 そうわかった時にはもう遅く、 「―――――――封魔の瓶！！」 呪文を唱えられていた。有効範囲内にいる自分達に逃げる術はもうない。 瓶に吸い込まれて行く。 悪態をつきながらも、すらむぃは思い描く。 イタズラ以外にあった、楽しい時間。 お互いに笑い合っていて、そこには種別なんて関係なかった。 ヘルマンという保護者的な存在もあり、驚くほど楽しい時間があった。 その時間が、もうなくなってしまう。 それでもその関係の終止符となる計画をこなしていたのは、彼が好きだったから。この計画が終わっても、多少時間が少なくなるだけで会って話しをしてくれると思ったから。 けれど、そんな些細な喜びは、消え失せる。 すらむぃは、あめ子とぷりんを見た。 なんとも情けない表情。ぷりんは、少し感情を読み取りづらかったが、きっと同じ気持ちだろう。 「ケッ――――――つまんない奴だよナ」 きっと封印された自分達を彼は助けてくれない。 彼はそういうやつなのだ。 種別で差別なんてせずに笑い合ってくれる彼だが、自分達がやっていることをよく思っていない。 封印されたらされたで、割りきってしまうだろう。 本当、つまんない奴。 だけど、やはりあの時間が無くなるのは嫌だ。 最後にもう一度彼の肩にのって、彼の困った顔をみたい、と。 でも、それはもう叶わない。 だから――――― 「……じゃーナ、 。計画がうまくいくこと、それなりに願っといてやるヨ」 ――――お別れだ。 よくわからないが、形成逆転。 これならもう大丈夫なはず。明らかに畳み掛けるような動きをしている子供二人を見て、確信した。 少しだけ体を休めた澤村は、急いでステージの方へと駆け込む。 気に留めていなかったのだが、和美、のどか、夕映、古菲は何故か裸だった。襲われた場所が関係しているのかもしれないが、とにかく脱出成功した彼女達があのままの姿でいるのはまずい。彼女達の心情と身体に。加えて言うのであれば、こちらの心情的にも。 室内の方に何かあるかもしれない。 探しまわった挙句、簡易シャワーのところに置いてあったバスタオルをあるだけ持ってステージに出た頃には雨が止み、決着もついていた。 下半身が煙を噴いて消えつつあるヘルマンの語り。 ネギは、ヘルマンを完全に消せる呪文を知っているらしい。けれどネギは言う。 「トドメは……刺しません」 それは、澤村と同じ考えだった。 悪い人には見えないからというネギ。自分もそう思う。 けれど、６年前の出来事をただ召喚されただけだと言えるネギと言えない自分がいた。 そう、赦せるものか。 今でも石化した人がいる。村に残っている人がいると言う。なら――――自分は赦せない。現在進行形の罪に、殺意を抱いてしまうかもしれない。 それなのに、ネギはヘルマンを消さないと言う。 そこがまっすぐで純粋な――――ネギ・スプリングフィールドの美徳であり、澤村翔騎と違う点。 彼は、自分にはないものをたくさん持っているのだ。またその逆も然り。 木乃香が修練を積めば、石化した人間は治る可能性があると言ったヘルマンは、まだ残っている右腕を横へと伸ばした。 「悪いが、最後に“彼”との約束を果たさせてもらうよ」 本当は潔く消えたいのだがね、と微笑して――――ヘルマンは、呪文を唱えた。 煙が空へと立ち昇って行く。 黒い池ができる中ヘルマンは、大きく口をあけて高らかな声を上げた。 「サワムラ・ショーキ、これは君のためのイベントだ！ 存分に楽しみたまえ！！」 高笑いが闇に響く。 ヘルマンの姿は消え失せ、その笑い声が消えた。 ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマンが自国へと帰った瞬間だった。 そして、彼がいた場所には黒い影が残る。 黒い光が増す中、嫌な音を立てながら―――――人影が覗き始めた。 影のゲートを通り、麻帆良都市内に入れたと思えば―――――予想外の状況がそこにはあった。 目的の人物がいるのは確かだが、それ以外の人間がごちゃごちゃといらっしゃっていて。 「……ヘルマン、やられたのか」 仮面の少年は、持っていた鉄の棒で肩をトントンと叩きながら辺りを見回す。 彼にとって、生意気で可愛い妹分であったスライム達もいない。 大体の状況は、それでわかった。 彼らの計画は、失敗に終わったのだと。 頭を掻きながら、その場にいる人物達を見て回る。 眼鏡をかけた子供が、身構えていた。 バスタオルを身に纏っている女子が四人。種類はそれぞれ違えど、服を着ている女子が４人。その内一名は黒い髪の少年に抱きかかえられている。 どうやらヘルマンは、せめて麻帆良都市内にはいれようと、ここにゲートを開いてくれたらしい。 感謝しよう。そこは、本当に感謝しよう。 だが、どうやら彼らのやっていたことは、あまりいいことではなかったらしい。 怪我をしている子供二人に妙に多い女子の人数。 ……まぁ、少なからず予想はしていた。 ならば、倒されても仕方がないだろう。 元々、彼らのやったことを赦す気はない。仲間として楽しい時間を過ごせたことは、嘘ではないとだけ、心に思っておこうと思う。 それがこの少年のらしさである。 とりあえず今は、自分の目的を果たすのにこの環境は適していないようだ。ここは一旦逃げるべきだろう。麻帆良都市内に入ってしまえば、勝ったも同然なのだが、今捕まるのはまずい。 ――――――戦いの歌！！ 「なっ……無詠唱魔法っ！？」 眼鏡をかけた子供が驚きを声を上げる中、仮面の少年は走り出す。 自分の体の特徴はヘルマンからも聞いたし、自分でもよく理解できている。だから言える。 自分に追いつくことは、不可能だ。 ただでさえ戦闘で弱まっているように見える彼らが自分について来れるはずがない。 ――――だが、それを阻む者がいたようだ。 細い細い糸が、仮面を切った。 軽い衝撃と共に、縦に真っ二つ。乾いた音をたてて仮面は落ちる。 後ろの子供たちが、愕然とした表情でこちらを見ているのがわかった。 もっと演出にこったことをしたかったのだが、仕方がない。それよりも重要なのは、誰がこの仮面を割ったかだ。強敵がここにいるのならば、思考を巡らせる必要があった。 目を凝らせば、金髪の幼女にロボット、そして糸目の女。 ロボットと糸目の女は知らないが、金髪の幼女には見覚えがあった。 ―――――真祖の吸血鬼。闇の福音。不死の魔法使い。人形使い。エヴァンジェリン・Ａ・Ｋ・マクダウェル。 どうやら、彼女の演出らしい。 驚きの顔も見せずににやりと笑っている彼女に少年は舌を打った。 ネギの目に映るのは、黒いスニーカーに黒いズボン、黒いハイネックなのに半袖というちょっとかわったサマーセーターに黒い手袋という奇妙な格好の少年だった。 それは、いつか見た敵。ただ違うところは、顔を覆う仮面がないということだけ。 ――――――皆の視線は、澤村へと集まっていた。 その澤村も顔を真っ青にして少年を見つめている。 少年は、そんなこと気に留めていられないのか、手に持つ棒で上空へと上がるとネギにも出せないスピードでその場から去って行った。 「誰だよ……」 震えた声。 広場の中央で、膝を折る澤村。 先ほどの出来事を見ていなかったのは、意識朦朧としている千鶴とそれを心配する小太郎だけで。 他の人達は見てしまった。 「誰だよ、あいつっ！！」 常識的な考えが一つでてくるが、彼の反応的からそれはなさそうだった。 なら、あれは誰なのだろう。 静まり返る場。 そんな中、明日菜が、 「……ねぇ」 ネギが思いついた常識的な考えを、口にした。 「―――――あの子、双子じゃないのよね？」 名前を言わなくても、見てしまった全員が誰を指すのかわかっただろう。 今さっき空へ飛び立った少年は――――――澤村翔騎と全く同じ顔をしていた。 |