悪の魔法使い 第三話(×仮面ライダー) 投稿者:味噌醤油味 投稿日:04/08-05:45 No.106
余りにも圧倒的過ぎる力の差を見せ付けられ、JUDOに首を締め付けられ吊るされながらも、未だ諦めていないネギの言葉に、カモは必死で応えようとしていた。
大恩あるネギの窮地に焦り絶望に身を凍らせながらも、カモは思考を跳ね上げ続ける。
(クソ、何かねぇーのかよ! とはいえ、並みの策じゃモノの数にも……数?)
僅かな思考の引っかかり、それをカモは必死で探り続ける。
(いるじゃねーか!! 丁度いい援軍がよぉ!!)
決して最善とは言えないが妥当な次善策を僅かな時間で導き出したカモは、淡い希望の光を見出せた。
「猿の姉ちゃん。あんたの助けがいる」
隣に座り込んでいる千草にカモが顔を向けた瞬間。
無数の鬼達がJUDOの周りを取り囲む様に現れると同時に、一斉に襲い掛かる。
「なんや? ウチに出来る事は何でもするさかい言うてみぃ」
そう言いながら振り向いた千草の目に、カモは一瞬言葉を詰まらせてしまう。
(こっちが何か言う前に時間稼ぎをしてくれるとは……ありがてぇーぜ。しかし、なんつー目をしてやがる)
余りにも深い闇を湛える千草の瞳を前に、JUDOとは違う狂気を感じたカモが体を震わせていた。
(こいつは、相当ヤバイな)
十二分に有り得る千草の暴走を策に練り込み、カモは瞬時に策に修正を加えていく。
最悪、千草を見捨てる事を視野に入れながら――
「あの鬼達は俺達にぶつけたヤツだよな?」
「そうや。でも、だいぶ数が減ってもうたみたいやわぁ。それに……」
複数の爆音が鳴り響き、千種が召喚した鬼達が細切れとなって吹き飛ばされていく光景に、一切表情を変えない千草は落胆の溜息を付く。
「何の足しにもなっとらんようや」
そう言いながらも次々と鬼を召喚し続ける千草の姿に暴走の危険が無い事を感じたカモが、全員で生きて帰る為に策を再修正しながら安堵の溜息を吐く。
「へっ、時間が稼げれば十分さ」
その言葉を千草に残し、何か策を弄している様子のフェイトを一瞥したカモは、真直ぐに爆音鳴り響く鬼の集団に向って駆け出す。
(後は、明日菜の姐さんをこっちに呼べば……勝てる!!)
只愚直に、その中心にいるネギを目指して駆け続ける。
JUDOに吊り下げられているネギは、信じられないモノを目撃し、息苦しさを忘れていた。
突然現れた鬼の集団が奇声を上げながらJUDOに襲い掛かったと思えば、その事に全く動じていないJUDOが、まるで宙を舞う埃を払うかの様な緩慢な動作で片腕を軽く動かすと、それだけで複数の鬼が瞬時に肉塊へと成り果てる。
仲間の死に臆する事無く突き進む鬼達を見据えたJUDOの掌に、白い十字が描かれた半円から鋭い刃が四方に伸びている物体"十字手裏剣"が現れる。
【五月蝿い奴らだ】
飛び掛ってくる鬼達に、JUDOが煩わしそうに十字手裏剣を投げ捨てると、直径15cmに満たないたった一つの手裏剣が鬼達を切り刻み貫いていく。
再び掌に十字の描かれた半円状の物体を作り出すと、数多くの鬼が密集している場所に放り投げる。
数秒後、半円状の物体――完全な指向性を持った"衝撃集中爆弾"が爆発し、数百と犇いていた鬼達は跡形も無く、全て、吹き飛ばされていた。
【雑兵どもが、少しは我を楽しませて見せろ】
首から手を離され、ドッサと床に落ち、うつ伏せに倒れているネギの頭をJUDOが右足で踏み付ける。
【其処で見ているがいい。我に刃向かう愚か者どもの末路を】
そう言いながら、自由になった右手に刃渡り40cm程の白刃"電磁ナイフ"を作り出し、襲い掛かってくる鬼達をまるで溶けたチーズを切る様に切り裂いていく。
JUDOが複数の鬼を同時に切り裂くと同時に、巨大な昆がJUDOの顔面に迫る。
ソレは死んでいく仲間を楯とした完全な奇襲。
「受けるでも、捌くでもなく、叩き折るとはなっ!!」
忌々しげに叫んだ巨体の大鬼は、左腕によって為すすべなく圧し折られた巨大な昆であった棒をJUDOに向って投げ付け、無手のままJUDOに肉薄する。
しかし、あと少しでその手が届く距離で、右脇腹をJUDOの左腕に貫かれその突進を易々と止められてしまう。
【雑魚如きが、我に触れられると思っていたのか?】
完全に侮蔑しきったその言葉に、大鬼は口を歪ませる。
「オヌシの様な怪物に無傷等と、思うてはおらん」
口から血を吐きながら、大鬼は自分の腹部を貫いているJUDOの左手を右手で力強く握り締め、其処から更に前進し、左手でその頭部を鷲掴みにする。
「どうじゃ、触れてみせたぞ!?」
多々対一だから出来た芸当だと、自身を嘲笑いながらも、大鬼は勝ち誇る。
【ほう。殺すには惜しいな……僕になるか?】
殆ど身動きが取れない状況で、不敵にそう言い放つJUDOに内心恐怖を感じながらも、
「狂っているオヌシとでは、上手い酒が飲みそうでは無いのでな」
今にも事が切れてしまいそうな自身を叱咤しながら、大鬼はそう答えた。
【ならば、滅びるが良い】
その言葉と同時に迫りくる白銀の刃に、大鬼はJUDOの頭部から左手を離すと、振りかざされたJUDOの右手を受け止めた。
(なんと言う、馬鹿力じゃ!!)
消し飛びそうな左腕に活を入れながら、何とか受け止めたJUDOの右手を必死に握り締め、
「いまじゃ、皆の衆!!」
大鬼がそう叫び、犇く鬼達が一斉にJUDOに襲い掛かる。
「御免!!」
漆黒の大剣を操る烏族が大鬼の背後からその太刀を振りかざし、それに呼応するかのように狐の面を被った小鬼もトンファーに似た小太刀を振るう。
しかし、
【この程度で、我を封じたつもりか? 浅ましい】
バッシャと音を立てて、JUDOの動きを封じていた大鬼が四散する。
「なんとっ!?」
理不尽すぎる光景に、太刀を振り下ろしかけている烏族が絶句し、その漆黒の太刀が血塗られたJUDOの左手によって中頃から叩き折られ、振り切った左腕から伸びたマイクロチェーンによって頭部を貫かれ絶命する。
「バケモノめっっ!!」
薄れ消え逝く烏族の背後に廻った狐の面を被った小鬼がそう吐き棄て、姿勢を低く保ち、JUDOに肉薄し、
【マシな声で詠えぬのか?】
衝撃集中爆弾によって、消し炭と変わる。
「兄貴。生きててくれたんだな!」
JUDOの余りにも圧倒的な理不尽すぎる強さ。
その凄惨な一方的すぎる殺戮を見せ付けられ、完全に血が引き真っ青になっているネギの目の前に、文字通りの死線を掻い潜り純白の毛皮を血や煤で汚しているカモの姿があった。
「カモ君! ココは危ないよ! このかさん達を連れて逃げて! 早く!」
鬼との戦い……いや、戯れに興じているJUDOは、カモの存在に気付きながらも無視していた。
なぜなら、JUDOにとって全てが取るに足りない存在でしかないのだから。
「兄貴、姐さん達を呼ぶんだ。もう説明は終わってる」
カモの提案に、ネギが今にも泣き出しそうな表情を滲ませる。
「ダメだよ……いくらアスナさんと刹那さんが強くても、こんなのに敵う訳ないよ……そんな事したら、アスナさん達が死んじゃうよぉ……」
明日菜と刹那が無残に殺される光景を想像したのか、ネギは涙目になっていく。
「逆だ。姐さん達が居ないと皆死んじまうんだよ! 俺っちに考えがあるんですって!」
そう言い放つカモの目は、「俺っちを信じてくれ!」と力強く雄弁に語っていた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
突然の絶叫に、ネギとカモは絶叫の聞こえた方向に視線を向ける。
そこには、マイクロチェーンに右肩を貫かれ、何故か全身から煙を出しながらうつ伏せに倒れている千草の姿があった。
そして、召喚者である千草が気を失った為に、JUDOを取り囲んでいた鬼達が全て消えていく。
【千Vの電流を受けても死なぬか、我が意思を受けても発狂死しなかっただけはある。では、一万Vではどうだ?】
その光景で、
自分を庇い倒れる姉
JUDOの嘲笑う声で、
嘲笑う悪魔達
ネギの中で、ナニかが千切れた。
「どっけぇぇぇ!!」
うつ伏せに倒れJUDOに頭を踏み付けられたまま、無理矢理、JUDOに向けられた左手から、90に及ぶ光の矢が解き放たれる。
【面白い】
至近距離。なによりも不意打ちでありながら、JUDOは電磁ナイフを一閃二閃と走らせ続け、その殆どの光りの矢を切り裂き無効化させる。
しかし、それでも無効化しきれなかった光の矢が全て顔に直撃し、JUDOを数歩だけ後ず去らせる。
【その程度か?】
魔法の射手の直撃を受けてもなお、JUDOは全く傷を負っていない。
(おいおいおい! 無詠唱とは言っても、直撃したのは40近くなんだぜ!? なんつー化け物なんだよ!)
底の見えないその強さに、カモは今更ながらJUDEOの理不尽さを実感していた。
【その目だ。何故まだ折れぬ。力の差が分からぬ訳ではあるまい】
見るからに手加減をしている――まるで、道端に落ちている石ころを軽く蹴る様なJUDOの蹴りを、ネギは魔法障壁を全力で強化して防御する。
だが、その防御壁はあっさりと打ち砕かれ、ネギは右肩から血を流し気絶している千草の所まで吹き飛ばされた。
「なんで! なんでこんなに強いのに! こんなにも凄い力を持っているのに! なんで……なんでこんな酷い事をするんですかぁぁぁ!!」
口から流れる血を乱暴に拭いつつ立ち上がり、千草に治癒魔法を掛けながら、ネギはJUDOに吼える。
「これだけ強ければ、こんなに凄ければ、どんな事があっても! 何が起きても! 皆を守れるかもしれないのに!! 助けられるのに!!」
ゆっくりとネギに近付いていたJUDOが、その叫びに歩みを止めた。
【くだらぬ】
頭に鳴り響くその声は、とても静かで……怒りに、狂気に満ち溢れていた。
【人に――もはや、その価値は無い】
JUDOの周りが陽炎の様に揺らぎ、一歩踏み出すだけで、世界が軋む。
異様過ぎるその現象に、ネギはゴクリと息を飲み込み、自分の意思とは関係なく逃げ出そうとする体を必死でその場に繋ぎ止めながら千草に治癒魔法を掛け続ける。
(まだ塞がらないの?)
治癒魔法を掛け続けているにも関わらず、塞がるどころか血を流れ続けている傷口をチラリと見たネギは、すぐさまJUDOに鋭い視線を向け伝説の再現を試みる。
ソレは、遥か昔、伝説の戦いを詠った御伽噺の魔法使いが編み出し、今まで誰も再現する事の出来ずに闇に埋もれて行った――"ダブルスペル"と銘付けられた超難度の技術。
通常は魔法は一度に一回しか行使できない。何故なら、魔法は詠唱と言うモノが必要なのだ。詠唱を行う事で意識を魔の領域へと傾け、強い意思と魔力を待って世界に働きかけて奇跡を為す。
むろん、無詠唱と言う技術も存在する。しかし、ソレも己の中で詠唱を行うか、口に出すかの違いに過ぎない。
一つの魔法に一つの意識。それが常識であり、常人の限界なのだ。
ダブルスペルは、一つの意識で二つの詠唱を同時に行う。一つは口に出し、もう一つは己の中で。
異なる二つの思考を同時に進め、魔法を編み上げ行使する。常識から掛け離れ、限界を踏破した技術。
それ故に、御伽噺に出てくる魔法使いは"伝説"なのだ。
幼く未熟な魔法使いであるネギには、到底不可能な技術でしかない。それでもなお、ネギはダブルスペルに掛けるしかなかった。
なぜなら、ネギの目指すモノは……立派な、正義の魔法使いなのだから。
誰一人切り捨てる事無く、救える者は全て救う。そんな尊い幻想を現実のモノとして信じているネギに、傷付き倒れている千草を見捨てるなんて事が出来るはずがない。
今行使している治癒魔法を維持しながらも新たな魔法を編み始めたネギは、思考の酷使による激痛に苦悶の表情を浮かべ、余りの激痛に額から汗を流しながら、なんとか"魔法の射手"の詠唱を終わらせようとしていた。
「えっ?」
詠唱が後半部分まで進んだ途端、治癒魔法の効力がガタ落ちしたのだ。
治癒魔法の維持に必要な意識を"魔法の射手"に持っていってしまった事に気付いたネギは、露骨に舌打ちをすると二つの魔法のバランスを取り直そうと試みるが、何とか塞がりかけていた千草の傷口から再び大量の血が流れ始めた事に驚き、
「つっ!!」
すぐさま"魔法の射手"をキャンセルすると、治癒魔法のみに全魔力を注ぐ。
しかし、それでも、一度開いた傷は塞がらず、千草の肩からは血が流れ続けている。
【折れぬと言うのならば、その不愉快な目を潰してやろう】
牛歩の如き歩みで近付いてくるJUDOの威圧感に、ネギがゴクリと唾を飲み込み、千草の傷を焦りながら凝視する。
そうする事で、早く、傷が治ると言わんばかりに、血が流れ続けている傷を凝視し続ける。
(くそっ!)
近付くJUDOといまだに動こうとしないネギの姿に、カモが同時に全力で駆け出す。
「兄貴! ナニやってるんすか!! 早く逃げるんだ!」
自分に向って全力疾走しながらそう叫ぶカモに、ネギが顔を小さく左右に振りその叫びを拒絶する。
今逃げると言う事は、傷付いた千草を見捨てる事になる。そんな事が立派な魔法使いを偉大な英雄である父の背中を追いかけるネギに出来る訳がない。
自分の叫びを聞いていながらも千草から離れようともしないネギに、カモは露骨に舌打ちした。
「ソイツはもう助からねぇ!! 肩の怪我だけじゃねえんだ! 全身を電流で焼かれちまってんだよ!!」
ネギには、その苛立ったカモの言葉が「千草を見捨てて早く逃げろ」そう言っている様に聞こえていた。
(くっそ!! 兄貴の甘い所がモロに出やがった!!)
助からない命に固執するネギに、カモの表情が曇る。
「ソイツを助けたいなら、姐さん達を呼ぶんだ! じゃねえと、そのバケモンにみんな殺されちまう!!」
策の一部として計算していた千草をすでに切り捨てているカモは、何とかしてネギに対JUDO戦の切り札をネギに召喚させようと必死になっていた。
しかし、カモの言葉を実行するには、一瞬だけとはいえ千草の治療を止めなければならない。
既に瀕死の状態になっている千草にとって、その一瞬は死を招きかねない時間。
ましてや、一般人である明日菜と鳴神流の剣士である刹那は、これほどの重体を回復させる事などで出来ない。
その事を理解しているネギは、カモの言葉を受け入れられなかった。
「彼女を助けたいかい?」
窮地において落ち着き払っているフェイトの声に、ネギが頷く。
「なら、契約をするんだ。それ以外に彼女を助ける方法は無い」
進退窮まったネギには、その提案はとてつもなく甘美で魅力的なモノ。
契約なら、魔力は然程必要ではないし、契約成立時には全ての潜在能力が強引に引き出され、契約執行すれば、自己回復能力も無理矢理に強化・促進する事が出来る。
上手い具合に契約成立時に契約執行を行えば、潜在能力が開放されている最中に回復能力の強化・促進。もしかしたら、千草は全快するかもしれない。
そう結論をだしたネギは懇願の視線をカモに向けるが、その目に映ったのは怒りを顕にしたカモの表情だった。
「無茶苦茶言ってんじゃねぇ! 確かに、体は治るだろうよ。だけどなぁ! 瀕死の状態で潜在能力を無理矢理引き出して魔力による強化なんて荒業に心が耐えられる訳がねえだろうがぁ!!」
木造の床に何らかの魔方陣をいつの間にか描き、その中心に立っているフェイトの提案に、カモが噛み付く。
「そんな方法で助けたってなぁ! 植物人間になるのが関の山なんだよ! どうしても助けたいってんなら、テメェがやりやがれ!!」
「なら、君達がアイツを相手に時間稼ぎしてくれるのかい?」
フェイトの言葉に、カモは押し黙るしかなかった。
時間稼ぎ。ただその一点だけならば、ネギ以上に適切な人物はいないからだ。
何故か、JUDOはネギを絶望させたがっている。
ネギが絶望しない限り……心が折れない限り、JUDOはネギを殺さない。例え、生きているのが不可思議な状態になろうとも、JUDOが満足しない限りは殺される事はない。
JUDOの言動と行動からソレは容易に想像がついた。
その事実を知りながらも、カモはフェイトの言葉に頷く訳にはいかなかった。
ネギが契約に必要な時間を稼ぐ。つまりソレは、ネギがJUDOの手によって徹底的に痛めつけられるという事だからだ。
命の恩人・大恩あるネギがズタボロになると分かっていて、頷ける訳がない。
「わーたよ……時間を稼いでくれ」
苦渋に満ちたカモの言葉に、ネギは嬉しそうに微笑み、フェイトが無言で頷く。
その光景に歩みを止めたJUDOが、自分の足元を駆け抜けるカモに嘲笑うかの様な視線を向ける。
背中にJUDOの視線を受けたカモは、はっきりとその視線の意味を受け止めていた。
(へっ! 倒せるモノならヤってみろってか!? 上等じゃねぇーか!)
歩みを止め事の成り行きを沈黙を持って見守っているJUDOを余所に、ネギの所まで駆けつけたカモは瞬時に契約に必要な魔法陣を書き上げる。
「君の相手は僕達がする」
自ら描いた魔法陣の中心に佇むフェイトがそう言うと同時に、凄みのある微笑を浮かべる。
【ほう……】
何処か楽しげなJUDOの声に、カモの全身の毛が逆立つ。
(ばっ、バカ野郎~! 静観決め込んでるヤツを動かすんじゃねぇぇぇ!!)
どう考えても、自分の考えた策以外では手も足も出ない事を十分に承知しているカモは、フェイトの余計な横槍の御蔭で、冷や汗をダラダラと流し始めた。
【まだ、この場に居たのか?】
侮蔑を含んだ嘲笑うその声に、フェイトの目が細く鋭いモノに変わる。
「魔法使いのテリトリーで戦う事の愚かさを、教えてあげるよ」
ネギ達の視界からJUDOの姿が掻き消え、フェイトの目の前にJUDOが姿を現す。
【させて貰おうではないか】
その言葉と共に打ち下ろされた右拳がフェイトを穿ち貫くと、フェイトの姿がグニャリと歪み、ただの水となって魔方陣に上に飛び散る。
「これで、僕の勝ちだ」
静かな声が辺りに響くと同時に、JUDOが立っている魔方陣が淡い光を発したかと思うと、魔方陣からイカの足を思わせる無数の触手が伸び、JUDOを拘束していく。
【この程度でか?】
自分の体を拘束し締め付けてくる不気味な触手を、一笑の元に引き千切ろうと全身に力を漲らせるが、
【なに!?】
以前の水の拘束"水妖陣"と違い、吹き飛ばす事が出来ない。
巻き付き拘束している触手は、ますますJUDOを雁字搦めに縛り付け、その体を ミシミシ と真綿で首を絞めるかのようにゆっくりと締め上げる力を増していく。
「無駄だよ。古き神々の眷族の力……その力に勝てるとでも思っているのかい?」
水面から姿を現したフェイトの頭上に、湖の水が凄まじい威勢いで収束していき球体を形成していく。
【誰がアヤツ等を駆逐したと思っているのだ? この程度の戒めなど】
かつて三柱と呼ばれていた当時の事を不意に思い出してしまったJUDOが、苦渋に満ちた舌打ちをする。
人は、我等の支配を脱し、自由を求めている。巣立ちの時なのだ。
(黙れ。その結果が地球の破壊ではないか! 力無きモノを虐げ、虐殺していく……ツクヨミよ。コレが貴様の自由だと言う気か!?)
こんな結果に終わってしまったけれど……恨まないで。人はまだ幼いのだから……
(恨むなだと!? 物言わぬモノ達の苦しみを見過ごせと言うのか!? 我等と共に最後まで戦った者達の思いを無駄にせよと言うのか!? アマテラスよ!!)
【グッッツツ オォォォォオオオ!!!】
JUDOを拘束する触手が ブッチブッチと音を立てながら、一本。また一本と千切れていく。
しかし、JUDOが触手を引き千切る速度よりも、新たな触手が現れJUDOを拘束するスピードの方が明らかに速い。
その事実に、フェイトは満足気な笑みを浮かべ、徐々に巨大になっていく水の球体に宿り始めた強大な力を感じ、召喚の成功を確信していた。
「良いか? 兄貴? 契約成立の効果が切れる前に契約執行をするんだ。時間は……20秒もあれば十分だ」
淡いピンク色の光に包まれながらも治癒魔法を続けているネギは、カモの言葉に頷きながらも千草から視線を外そうとはしない。
「カモ君。ごめんね。そして、僕の我儘を聞いてくれてありがとう」
謝罪と感謝の言葉に、カモは一瞬だけキョトンと我を忘れ「イイって事よ」そう言いながら激しく尻尾を振り続けていた。
「千草さん。ごめんなさい」
真っ青な顔色の千草の右頬に軽く手を当てたネギは、ゆっくりとその青褪めた唇に、そっと口付けする。
「うっしっ! 兄貴! 急ぐんだ!!」
契約が成立し魔方陣から生み出されたカードを空中でキャッチしたカモが、すぐさまネギに手渡す。
「契約執行20秒間 ネギの従者……」
(あれ? そう言えば……千草さんのフルネームてなんだったけぇぇ!?)
喉まで出かけていて出てこない千草の苗字に、軽くパニックになったネギが慌て始め、その様子にカモは思わず絶句してしまったが、混乱しているネギと同じで千草の苗字を思い出せない事に気が付き慌てふためく。
「そうだ! 天乃原スよ! たしか、そんな感じの名前だったと!」
「そうだっけ? 佐崎さんだったような?」
契約カードに書かれている事に気が付いていないネギとカモが、あーでもない。こーでもない。と相談している光景に、高度な召喚魔法を制御しているフェイトは厭きれ返ってしまい嘆息する。
「天ヶ崎 千草だよ。契約カードを見れば分かるだろう?」
明らかに「なにやってんだよ。こいつ等」という呆れきった視線に、ネギとカモは「うっ」と言葉を詰まらせてしまう。
「兄貴、時間が無い! 早く!!」
つい先ほどのやり取りを完全に無かった事にしたカモの催促に、ネギは一部の記憶を封印して力強く頷き、治癒魔法を止め、険しい表情を浮かべる。
「契約執行20秒間! ネギの従者 天ヶ崎 千草!!」
ネギの魔力供給を受けた千草の体が淡い光に包まれ、何とか契約成立時に契約執行を成功させる事ができたネギは、肩の力を抜きハァ~と安堵の息を吐く。
いまだ触手と格闘しているJUDOの雄たけびを耳にしながら、傷が塞がりつつある千草の頬を優しく撫でたネギは、フッと千草の契約カードに目を走らせ絶句した。
そのカードには、黒い鎖によって十字架に磔られた千草の姿。そして、称号の欄には"囚われた道化"と書かれていた。
(これって、千草さんが復讐に囚われてるて事?)
契約カードの絵と称号はその人物をそのまま表す。
その事を知っているネギは何も言えず、千草の契約カードをしまう事しか出来なかった。
「事が済んだんなら、早く非難してくれないかい? もう直ぐ、リヴァイアサンが顕現する。巻き込まれたくないだろう?」
"リヴァイアサン"その言葉に、ネギとカモの顔から一斉に血の気が引いていく。
大海の守護神にして、全ての海竜を統治する偉大なる王。
その海の王者が、この場に現れる。まともな思考を持つ者なら、その場から逃げ出しても可笑しくはない。
「さすがに、完全に制御は出来ないからね。この辺りは壊滅すると思うよ?」
平然ととんでもない事を言うフェイトに、ネギとカモは ダラダラと冷や汗を流し始める。
「兄貴! 逃げようぜ!! 見ろよ! 湖が干上がってる!! コイツはマジだぜ!!」
(とんでもない隠し玉が有ったって事かよ……確かに、最強クラスの召喚魔法なら、倒せるかも知れねぇ)
干上がった湖。なら、その大量の水は何処に行ったのか?
愚問過ぎる愚問。
「ひっ!」
宙に浮くフェイトの頭上に存在する巨大な水の球体に浮かび上がった鋭い眼光に、ネギが悲鳴を上げ後ず去る。
「僕としては、彼女を連れて逃げて欲しいんだけど?」
その言葉で我に返ったネギは、気絶している千草とこのかに視線を走らせ、すぐさま魔法を唱えて杖を宙に浮かせると、気絶しているこのかを背負い千草を抱かかえると杖に跨る。
「えっと、その、頑張って!」
カモが自分の肩に飛び乗ったのを確認したネギは、フェイトにそう一言だけ言い残すと、急いでその場を離脱した。
海竜王VSJUDO。人智を遥かに超越したモノ同士の戦いによる周囲の被害など、想像できる訳がない。
故に、ネギに出来る事は、一刻も早く、その場を離れる事だけだった。
「頑張ってか……」
(一応、僕と君は敵同士なんだけどなぁ)
ネギの残した言葉を反芻したフェイトは、ただ苦笑した。
「まったく。甘すぎる。そうは思わないかい?」
自分の仕掛けた呪縛陣に囚われ足掻いているJUDOに、フェイトは凄惨な笑みを向ける。
「さぁ、偉大なる海の守護神よ。敵を打ち滅ぼしたまえ」
静かに詠う様に紡がれた言葉に呼応して、フェイトの頭上の水の球体の表層が四散した。
【くっ、調子に乗りおって……】
ここに到って、フェイトという魔法使いを甘く見すぎていた事に気が付いたJUDOは、この世界に降り立ってから初めて舌打ちをした。
目の前に現れた何十kmもあるので思ってしまうほどの巨体、ほのかに蒼白く輝くウロコ、鋭くも慈愛に満ちた眼光。
その神々しい姿は、大海の守護神と呼ばれるに相応しい。
【まさか、人如きが、神を使役して見せるとはな】
そう呟いたJUDOを視界に収めたリヴァイアサンの眼光が敵意に満ちたモノへと変貌する。
それは、リヴァイアサンがJUDOを"世界の敵"と認めた証拠でも有った。
【そうか、やはり、我を危険と断ずるか】
リヴァイアサンに敵意を叩きつけられ、JUDOは自らを嘲笑する。
【いいだろう。ならば掛かって来るがいい、我が力。存分に思い知らせてくれよう】
その言葉か合図となり、リヴァイアサンが咆吼を上げながらJUDOに襲い掛かる。
【グッッ!!】
JUDOの体が赤く輝くと同時に、その体を縛り付けていた全ての触手が吹き飛び、迫り来る巨大な顎を両手で受け止める。
【ゥゥオォォオオ!!】
右手で上口を、左手で下顎を受け止めているJIDOの足元が陥没し崩壊する。
十数m下の地面にJUDOが叩きつけられ、盛大な土煙が巻き上がりフェイトを包み込んだ。
「さて、どうやって、彼女を奪還しようかな?」
余りにも呆気なすぎるJUDOの終わりに肩を竦めながら、フェイトはこれから如何するかを考え始める。
(彼の事だ。仲間を装えば、あっさり奪還できそうだし)
甘さが目立つネギに少々呆れながら、軽く溜息を付く。
「まぁ、成功報酬の値上げは絶対だね」
土煙が晴れた後、リヴァイアサンの存在感が消え去った事を確認したフェイトは、幾ら吹っかければ元が取れるのか思案し始める。
その表情は、フェイトを知る者なら自分の目を疑ってしまうほどの優しい笑顔。
「2000万じゃ、安過ぎるか。なら……」
法外な請求に慌てふためく千草を想像しながら、フェイトは夜空に浮かぶ満月を見上げた。
白銀の一閃が走り、ナニかがゴシャリと音を立て地面と激突し、重力によって押し潰される。
【よもや、これ程の痛手を受けるとはな】
首から上が無い体が、自由落下を始め、地面に激突し押し潰された。
【褒美だ】
無残な姿を曝している二つの肉塊に、電磁ナイフを投げ捨てたJUDOが片手をかざすと複数の衝撃集中爆弾が現れる。
【受け取るがいい】
複数の衝撃集中爆弾が爆発し、その肉塊を焼き払う。
【無様だな……】
そう呟き自笑するJUDOの姿は無残なモノ。
左腕を失い、下半身が引き千切られ、頭部は大きな罅が走り、全身から血を流していた。
しかし、その無残な姿は直ぐに元の姿へと戻り始める。
左肩から筋肉繊維が勢い良く伸び、左腕を再生させ、引き千切られた下半身もまた、骨格や筋肉繊維が勢い良く伸びて行き、再生される。
そのプロセスが終わるまでの時間は、一瞬に満たない。
完全な姿を取り戻したJUDOは、ネギが消えて行った方角を見詰めると言い様の無い不気味な笑みを浮かべる。
【待っているがいい……すぐに、後を追わせてやろう】
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