【刹那(過去)】
「志貴ちゃん、これ…」
「うん、僕が練習で愛用していた短刀。…せっちゃんが気に入りそうな物が無いか探したんだけど、やっぱり無くて…。だから、せめて離れていてもせっちゃんを守れるように、と思ってさ」
使い込んであるのだろう、短刀はあちこちに傷が付いていたが、軽くて頑丈な造りをしていた。
子供の手には少し大きかったが、それでも扱うことに問題は無い。
何よりも、彼の想いが詰まっているのだと思うと、このプレゼントはとても嬉しかった。
「ありがと…志貴ちゃん…。ウチ、嬉しい…」
涙が止まらない。
今まで、悲しい涙はいくらでも流した。
けれど、今流れている涙は違う。
嬉しいから、流れる。
別れるのが苦しくて、流れる。
――――きっと、もう逢えないと思ったから…流れる。
「…この後、詠春様と共に京都の本山へ戻り、お嬢様と出会ったんです」
「そっかぁ…それでせっちゃん、さっき森を見てたんかー」
「でも、十年も前の話なんですよね?
それでも覚えているんですから、その思い出は刹那さんに
とって大切なモノなんですね」
たった三日間のことだったが、今でも鮮明に思い出せるのは、ネギ先生の言うとおり、その三日間が私にとって大切だったからだ。
森を見ていると、その三日間の記憶が蘇ってくる。
私が初めて得ることの出来た、優しくて、温かくて、胸が締め付けられるような思い出。
――――けれど。
「京都の本山へ戻る前に、何かあった気がするんですが…どうしても思い出せなくて…。まあ、思い出せないのだから大したことではないのかもしれませんね」
〜朧月〜
【志貴】
「うぅっ…寒気が…?
この町に来てからずっと、嫌な予感ばっかりだなぁ…」
シオンへの電話を切ってすぐに、大きな寒気を感じた。
寒気の元はすぐにわかる。…遠野家だ。
洗脳探偵とか、割烹着の悪魔とか、鬼妹とか。
更に言えば、カレー魔神とか、あーぱー吸血姫とか。
今まで嫌な予感がして、何か起きずに済んだ試しがない。
例えば――――
今自分の背後に立っている、黒マントに不気味な仮面をした奴とか。
「ふっ…!!」
俺を捕まえようと伸ばしてきた手をくぐり抜け、先程見かけた小さな広場へ向かって疾る。
公衆電話で話している最中から、背後から何者かの気配は感じていた。
いつでもその何者かから逃げられるように、前もって周囲に気配を配っていたので、襲いかかってきた時にすぐに反応できたのだ。
が、まるで俺が向かう道を読んでいるかのように、前方にあった建物の影から同じような奴が姿を現し、手を伸ばしてきた。
「ちぃっ…何でこう、厄介事に好かれるかな…っ!!」
舌打ちしながら、横に目をやる。
丁度近くにあった街灯に向かって跳び、街灯の棒を足場にして横へ跳ぶ。
敵らしき仮面をした奴らから大分距離をとって着地すると、ポケットの中の七つ夜の柄を握り、体勢を低くしながら油断無く身構える。
俺が戦うつもりだと見て取った敵は左右二手に分かれ、こちらに向かって同時に滑るような速さで向かってきた。
「なら…これでも喰らいなっ!!」
さすがに、一度に二人を相手するのはまずい。
俺はそう判断し、ポケットの中の七つ夜の柄から手を放すと、背負っていたナップザックを、左から迫る奴の顔目がけて投げつける。
左側の奴がナップザックに視界を奪われて俺の姿を見失っている一瞬の隙に、右から迫ってくる奴の懐へと一気に疾り込む。
懐へ入らせまいと殴りかかってきたが、体勢を更に低くして避け、敵の懐へと潜り込む。
そしてそのまま斜め上に向かって――――強烈な蹴りを放つ!
「蹴り――――穿つ!!」
俺の左足が敵の鳩尾から顎までを蹴り上げ、上空高くへと吹き飛ばす。
すぐに意識を左側の奴に移すと、敵はその仮面の視界を塞いでいたナップザックを地面に下ろし、今しがた俺が吹き飛ばした片割れの姿を探していた。
しばらくして、ようやく片割れが俺に倒されたらしいと気付いた敵は、こちらへ向かって手を伸ばしながら疾ってくる。
「くそ…っ!」
伸ばされてきた手は、先程と同じく体勢を低くすることで回避して懐に入り込めたが、背中を上から押さえ込まれて動きを止められてしまった。
だが、こっちも伊達に修羅場を潜り抜けてきた訳じゃない。
敵の鳩尾の辺りに、下から上へ抉り込むように肘を打ち込む。
「落ちろっ、そらっ!!」
敵が体をくの字に曲げて怯んだ瞬間を狙い、先程と同じように蹴り上げ、空中に浮いた状態の敵を更に踵落としで地面へと叩き落とす。
地面に叩きつけた黒マント仮面(命名・志貴)は、しばらく地面に倒れ伏していたが、やがて黒い影となって消えていった。
しかし、七つ夜を使うまでも無く、体術だけで対応できたのは幸いだった。
ここは結構人通りのある場所だったはずなので、刃物を使っているところを見せたら通報されて即警察行きとなっていただろう。
(ドサッ!!)
「きゃああぁっ?!!」
敵に投げつけたナップザックを拾いに行こうとしたところで、背後から何か重い物が落ちる音と、若い女性の叫び声が聞こえた。
驚いて振り向くと、先程の蹴り…『閃走・六兎』で蹴り上げた黒マント仮面が、金髪の女の子の上に重なるように倒れている。
どうやら、金髪の女の子の立っていた場所と、俺に吹き飛ばされた黒マント仮面の落下点が重なり、頭上に落ちてきてしまったらしい。
「お、お姉様ーっ?!」
物陰から出てきた、オレンジ色の髪の毛を両横で二つに結わえた女の子が、慌ててその金髪の女の子に駆け寄っている。
金髪の子の方は目を回して、気絶してしまっているようだ。
一応、自分にも責任があるので、様子を見るために彼女らに近づいていく。
しかし、幼い感じの残るオレンジ色の髪の子が突然立ち上がってキッとこちらを睨み据えると、どこからともなく箒を取り出して身構えていた。
「お姉様の仇…討たせていただきます!
覚悟しなさい!!」
「…へ?
…ええぇえぇっっ?!!」
…どうやら、俺の災難は続くらしい。
☆
□今日の裏話■
「…どこかに電話かけてますね、お姉様」
志貴が遠野家に電話をかけている場所から少し離れた場所にある物陰に、二人の少女の姿が
あった。
一人は麻帆良学園中等部二年、佐倉愛衣。
もう一人は聖ウルスラ女子高等学校二年、高音・D・グッドマン。
どちらも麻帆良学園の魔法生徒で、この町の治安のために、怪しいと思われる男性――――志貴を尾け回していた。
「わかる、愛衣?
あの男性、電話で相手と話しながら、周囲に意識を向けているわ。…手練れと考えた方がいいかもしれない」
「手練れ…!
そ、それじゃ魔法先生に連絡した方が…!」
高音の言葉に、愛衣が慌てたように答える。
が、高音はそんな愛衣を手で制し、手近にあった塀の影から影人形を作り出す。
「…影人形を送ってみるわ。上手くいけば、影人形で捕らえられるかも…」
「あ…!
電話が終わったみたいです、お姉様」
高音の指示と共に、志貴の背後の影から影人形が姿を現し、志貴を捕らえんと手を伸ばす。
しかし、志貴はまるで後ろに目がついているかの様な反応で、影人形の手を潜り抜けてしまった。
「な…?!
くっ、まだまだ!
もう一体行きなさい!!」
志貴の予想外の動きに驚きを隠せなかったが、高音は更に影人形を送り込み、志貴を捕らえんとする。
ネギや刹那達と比べると見劣りしてしまうが、影人形達の動きは常人に比べて遥かに上だ。
距離をとった志貴に対して、影人形達は左右に分かれて同時に挟撃する。
「ふふっ…チェック・メイトよ」
勝ちを確信した高音は、不敵な笑みを浮かべる。
だが、志貴も伊達に並外れた吸血鬼達を相手にしていない。
持っていたナップザックで一方の視界を塞ぎ、その一瞬の間にもう一方を倒してしまった。
残っていた影人形は、懐に入り込んだ志貴の動きを封じたものの、あっという間に逆転され倒されてしまった。
「…私が行くわ。愛衣、ここで大人しくしていなさい」
「は、はい。お気をつけて…」
志貴は影人形達を倒して、投げつけたナップザックを回収しに向かっている。
物陰から姿を現した高音は、志貴へと勇ましく歩み寄って――――
(ドサッ!!)
「きゃああぁっ?!!」
――――行く前に、先程蹴り飛ばされた影人形が降ってきたのだった…。