【さつき】
「…つきっ! さつきっ!!」
「うぅ…ん…?
あ、シオン…」
強く揺さぶられて意識が覚醒した私の目の前に、心配そうな表情をしたシオンがいた。
私が目を覚ましたことに気付くと、シオンは大きなため息をつきながら離れる。
しばらくぼうっとしていたが、すぐに先程まで戦っていたことを思い出した。
罪悪感から俯いていると、シオンが私の前にしゃがみ込む。
「ゴメン、シオン…心配かけちゃって…」
「…いきなり固有結界を展開して、私達の魔力を吸い上げるなんて、何を考えているのですかあなたはっっっ!!!」
「――――?!?!?」
耳元で大声で怒鳴られたせいで、耳がキーンとしている。
シオンは憮然とした顔をしながら私を見下ろしているけど、私を心配してくれていたことがわかった。
その後ろで、タカミチさんが苦笑しながら私達を見ているのに気付く。
「あ…その、すみません。ご迷惑をおかけしました…」
「いや、気にしなくていいよ。こちらこそ、止めるためとは言え、君を殴ってしまったからね」
訳もわからずに固有結界を展開し、魔力を吸い上げてしまったことを謝ると、タカミチさんは私を殴って気絶させたことを詫び、穏和な表情で許してくれた。
でもすぐに表情を引き締めて、シオンに顔を向けて口を開いた。
「どうやら、この夜は一日で終わるものではないようだね。…君達にも、この夜を創り出している元凶を倒す手伝いをして欲しいのだが、頼めるかな?」
「目的はどちらも同じ。…いいでしょう、こちらも出来得る限り協力することを約束します」
〜朧月〜
【志貴】
拝啓――――皆様、お元気でしょうか?
遠野志貴です。
ただいまぴんちの真っ最中です。
俺の目の前には、手に首輪を握った狂戦士(バーサーカー)――――
「…って、現実逃避してる場合じゃあないか…よっ、と…!!」
「オーホホホホホホホホホ!!
子犬ちゃーん!!」
高音さんを守るように背後に浮かんだ、白い仮面をした黒い大きな人形から黒い鞭のようなものが俺目がけて襲いかかってくる。
あの、高音さん。目がグルグル渦巻いてる貴女に鞭って、マヂで怖いんですが…。
後ろで控えて傍観している愛衣ちゃんは、恐らく助けてくれはしないだろう。
彼女にとって、俺は捕らえるべき対象であり、高音さんから助ける必要など無いからだ。
…決して、先程彼女に助けを求める視線を向けた時に、高音さんと同じ眼差しをしていたからではない。ないったらない。
「くっ…エヴァちゃんから逃げなきゃいけないってのに…。チッ、仕方ない…!」
七つ夜の刃を出し、高音さん目がけて疾り出す。
体勢を低くしたまま疾り抜けた背後で、黒い鞭が地面に突き刺さっていく。
振り下ろされる巨大人形の拳を横に飛んで避け、着地した場所の上から襲いかかってきた黒い鞭は、体を横に少しずらしてやり過ごす。
全ての攻撃を避けながら高音さんの前まで来た時、背後の黒い巨大人形の纏った黒衣が高音さんを守るように立ちはだかる。
俺は速度を落とさずに更に加速させ、黒い影人形に守られた高音さんに向けて疾る。
…が、俺の目的は高音さんへの攻撃じゃない。
「…え?」
七夜の技『閃走・水月』によって、高音さんの背後へと高速で疾り抜ける。
目の前には、高音さんをすり抜けて巨大人形の背後に現れた俺を見て、驚愕に目を見開く愛衣ちゃんがいた。
彼女を視界の端に捉えて警戒しながら、振り向きざまに眼鏡を外す。
途端に俺の視界に入った全てのものが『死』に覆われ、罅割れていく。
意識を集中させることで黒い線の源たる『点』が現れ、更に脆過ぎる世界を俺に見せ付ける。
眼前の黒衣の巨大人形もその例外ではなく、その背中に見えた死の点を、振り向く勢いのまま七つ夜で貫く。
「…なっ?!」
「えぇっ?!」
背後の敵に気付き、振り向こうとしていた黒衣の巨大人形が、俺に死の点を突かれたことでビクン、と体を大きく震わせる。
そのまま硬直した巨大人形は徐々に薄れながら闇へと消えていき、後には制服姿の高音さんだけが残されていた。
愛衣ちゃんが目の前の出来事に驚いている隙に、彼女の背後へと回り込み、左手で軽く背中を押して、そのまま夜の町を駆け抜ける。
「わわわわわ…っ!
きゃんっ!!」
「ちょ、な…愛衣っ?!
きゃ、きゃあっ?!!」
背後で、俺に押されてよろけた愛衣ちゃんが、高音さんの背中に倒れ込んで二人揃って地面に転がる音が聞こえる。
心の中で彼女らに謝りながら眼鏡をかけ直して走り出すと、分かれ道が見えてきた。
「えーっと、ここは…女子校エリア?
…うわ、麻帆良のかなり奥まで来てたんだな…」
案内標識を見れば、麻帆良学園都市の一番奥にある、女子校エリアまで来ていたらしい。
分かれ道の左には学園へと続く道。
右に行けば、麻帆良学園中央駅方面へと着く。
エヴァちゃんが追ってきている気配は無いが、まさかさっきの初歩的なフェイクに引っかかっている訳もあるまい。
先程から続く頭痛にこめかみの辺りを押さえながら、フラフラと学園とは逆の道へと進む。
「はぁ…黒猫、カラス、霊柩車。…あぁ、柳の下も通ったっけ。どこへ行こうと不運なのは変わらない、か…」
「フン…待ちわびたぞ、志貴。…だが、面白いものを見れたから許してやる」
「あ――――」
行く手に待ち構えていたのは、ガードレールに腰かけ、嬉しそうな笑みをたたえた純白の吸血姫――――。
☆
□今日のNG■
「「――――――――え?」」
俺の声と高音さんの声が、見事にハモる。
俺の眼の前には、綺麗な肌色が存在していた。
ぶっちゃけてしまえば、素っ裸の高音さんが背中を向けて立っている。
巨大な影人形の『点』を突いて消滅させた直後、こんな状況に陥ってしまっていた。
…あ、ヤバイ。
高音さん、泣きそうだ。
「お姉様、こっちが私達にとって正しい運命(みち)なんだと思います…」
うん、愛衣ちゃん。何を言っているのかよくわからないから。
『こっち』って何だ、『こっち』って。
「う――――えーん!!
脱がされキャラなんて、もう沢山よー!」
もう突っ込む気も起きないな…。
とりあえずパーカーを脱いで差し出すと、凄い勢いで奪い取られた。
「せ、責任取ってくださ――――いっ!!!」
「うぅ、不憫なお姉様…」
パーカーを羽織った高音さんは、泣きながら夜の闇に消えていったのだった…。
…え、これが正規ルート?