Act2-1

 

【刹那】


――――悲しい、夢を見た。


もう忘れてしまったけれど、その終わり方は酷く切なく、私の望んだ結末ではなかった気がする。
殺人鬼へと変貌してしまった彼を見てしまったせいだろうか。
窓から射し込む光に目を細めながら、昨夜のことを思い出す。

「今夜、か…。元に戻ってくれるだろうか…? …いや、必ず元の志貴ちゃんに戻してみせる…」

つい弱気になってしまう心に喝を入れ、冷たい水で顔を洗って弱気な心を追い出す。
そして寝る前に夕凪に語った決意を胸に、制服に着替えて部屋を出る。
そろそろ、アスナさんとの剣道の練習の時間だ。

「おはよー、せっちゃん」

「お、お嬢様? アスナさん、ネギ先生まで…」

ドアを開けたところで、お嬢様の笑顔が目の前にあった。
その後ろには、同じように笑顔のアスナさんとネギ先生。
…よほど心配をかけてしまったようだ。

「何、心配かけちゃった…って顔してんのよ、刹那さん。あたし達、友達でしょ?」

「いつでも相談してくださいね、刹那さん。僕、先生なんですから」

「アンタは頼りないから、相談してくれる訳無いでしょうが」

目の前で、アスナさんとネギ先生のケンカが始まる。
ケンカといっても、見ていて微笑ましいケンカである。
つられて、つい私も笑ってしまう。


本当に、この人達に出会えて良かった――――




〜朧月〜




【志貴】


「…ぃっ! 起きろ、起きてくれ!!」

「ん…ぁ…? っく…眼鏡…」

かなり近くから、小さな女の子の切羽詰ったような大声が聞こえ、目が覚めた。
ズキン、と走る痛みに顔を顰めながら、枕元に置いておいた魔眼殺しをかける。
目の前には、不安そうな顔をした金髪の少女。
しばらくボケた頭で考えて、程なく目の前の少女の名前を思い出す。

「…おはよ、エヴァちゃん」

「はぁ〜…驚かせるな、志貴。死んだかと思ったぞ」

「マスターの早とちりだと思いましたが…私も最初見た時は、死んでいるかと思いました」

…あぁ、翡翠も最初驚いていたっけ。
俺が寝ている時は、呼吸などが浅くなり、遠目にはまるで死んでいるように見えるらしい。
自分で寝ている姿を見ることなんて無いので、よくわからないけれど。

「ハハ…ゴメンね、心配かけちゃったか」

寝ている俺の腹の上に乗っかって、安堵のため息をついているのはエヴァちゃん。
こんなに可愛らしい少女の容姿をしているけれど、アルクェイドと同じ真祖の一人らしい。
厳密に言うとアルクェイドとは違うらしいが、それでもまぁ真祖と名乗っているのだからさぞかし強いのだろう。
そして、その背後に控えているのが茶々丸さん。
エヴァちゃんの従者で、ロボットなのだそうだ。
傍目にはロボットには見えないほど、精巧に出来ている。

色々あって、この町で起きている事件が解決するまで、彼女達の家にしばらく居候することになりそうだ。
…本当なら、女の子達と一つ屋根の下っていうのは少々抵抗があるのだが、背に腹は代えられない。

「ふ、ふん…朝食はできている。…鍵は置いておくから、外に出たければ出てもいいぞ。だが、夕刻までには戻って来いよ」

「ん…ありがと」

「マスター、そろそろ時間です」

茶々丸さんが時計に目をやり、エヴァちゃんも俺の上から降りて階段を下りていく。
俺も一階に下りようと思い体を起こした時、茶々丸さんが戻ってきて、俺のところへ近づいてきた。

「あの…もし、何かありましたらコレを使ってください。私を呼ぶことが出来ますので…」

手渡されたのは、携帯の小型版のような物。
茶々丸さんは呼び出すためのコードを教えてくれると、礼儀正しく会釈をして階段を下りて行った。
何だか茶々丸さんって、礼儀正しくて物静かで、翡翠みたいなイメージだな…。

「さて…朝食を頂くとしますか。…ちょっと寝過ぎたかな…あぁ、でも秋葉の説教を聞かない朝なんて久々だ…」

遠野家での朝は、必ずと言っていいほど秋葉の説教を聞いていた。
秋葉の起きる時間が早過ぎるだけの気がするが、そんなことを言おうものなら機嫌を損ねるだけなので、無駄な言い訳はしない。
鬼妹の説教が無いと思うだけで、全身から気が抜けて二度寝してしまいそうだが、今日は麻帆良大学の経済学部を見に行くという
目的があるので、起きなければ。
起き上がって一階へ向かおうとした時、ふと枕元にあるナップザックが目に入り、重そうに膨らんでいることに気付く。
その大部分を占めている寝袋は、移動するのに厄介なので置いていこうと思い、ナップザックに手を伸ばし開ける。

そして、取り出した寝袋の中から突然顔を出した黒い影。

「…レン?!」

ナップザックを開けた中から、首に黒い大きなリボンをした黒猫が顔を出している。
今まで眠っていたのか、ちょっと眠たげな目をしていた。

この子の名は、レン。
俺の使い魔で、夢魔である。
今年の夏――――タタリの事件の少し前に起きた、ちょっとした事件の際に彼女と契約することになったのだ。
普段は黒猫の姿をとっているが、エヴァちゃんと同じ十歳くらいの可憐な少女の姿にもなれる。

「何でこんな中に入って…え? …琥珀さんに頼まれた?」

「…」

コクン、と可愛らしく縦に頷くレン。
レンはあまり喋らないのだが、身振り手振りといった仕草や、テレパシーのような形で意思を伝えたりしてくる。
しかし…どうやら俺の計画は、とっくの昔に割烹着の悪魔によって見破られていたらしい。
でもまぁ、秋葉達にバラさなかっただけ、感謝しておくか。
大学の下見場所を間違えたり、再度悪夢の夜に巻き込まれたりと、不幸が連続する中での小さな幸運。


…本日初のため息は、起床十分後。本日は何度ため息つくことになるのやら…。





□今日のNG■


取り出した寝袋の中から突然顔を出した――――白い影。


「猫にゃ」


「…」

無言で寝袋の中に押し込み、寝袋を窓の外へと放り捨てる。
俺が知っている猫は、無口だけど愛らしい黒猫だ。
あんな落書きみたいなのは認めない。
窓の外が何やら騒がしいが、気にしない。


ああ、朝の日差しが素晴らしいなあ――――

 

 Interlude-1  / Act2-2


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