Act2-20


【エヴァ】


「さて――――それで、私に何の用なんだ、エヴァンジェリン?」

 志貴がホテルから去った後、トーコが新たな煙草に火を点けながら聞いてきた。
 何となく言い出し難くて、言葉を濁す。
 先程、トーコがオークションで落とすつもりであったというクリスナイフを取り出して眺めていた時、志貴が興味深そうに見ていたことに気付いたのだ。
 私には必要無い物だから、志貴にくれてやろうと思ったのだが、このクリスナイフを買う際に言われた一言が気になったのである。

「……このクリスナイフが、持ち主に死をもたらすという話は知っているか?」

「ああ、そういえばそんな話を聞いたな。……で、それを私に調べて欲しい訳か。……私はモノを造ることは得意だが、鑑定するのも得意だという訳ではないぞ?」

「どっちにしろ同じだろうが。依頼料は……これ位で構わんだろう。私は学生なんだからそれで妥協しろ」

 近くにあった紙に金額を書き込んで放すと、ソファーに寝転がっていたトーコの横に舞い落ちた。
 そして起き上がりソファーに背を預けて足を組んだトーコに、件のクリスナイフを突き出す。
 トーコは拾った紙に書かれた額面を見てしばらく面倒臭そうにしかめっ面をしていたが、やがてため息をつきながら立ち上がると、私の手からクリスナイフを受け取り本格的に調べ始めた。
 私は特に何もすることが無いので、茶々丸が淹れてくれた茶を飲みながら、鑑定が終わるのを待つことにしたのだった。



「――――誰か、来たようだな」

 のんびりと寛いでいると、何者かがホテルに近づいてくるのがわかった。
 その何者かが覚えのある『気』を放っていることに気付き、なぜこちらに向かっているのか不思議に思ったのだが、トーコは封印指定を受けるほどの魔術師だ。
 どこかの筋からの情報で知って、捕えに向かっているのかもしれない。
 しかし、それに気付いているであろうトーコは、鑑定の作業に没頭して逃げようともしない。
 心配などしていないが、気になったので声をかけようとした時、トーコがクリスナイフを鞘に納めてこちらに放り投げてきた。

「……ふう……とりあえず、結果から言おう。そのクリスナイフには、持ち主が『死』に近ければ近いほど、『死』から遠ざけようとする加護が働くらしい。……だが逆に――――持ち主が『死』から縁遠い存在である場合、持ち主に限らず周囲に『死』を振り撒く」

「なるほど、今までの持ち主は『死』から縁遠い存在だったから死んでいた訳か。ふむ……それより、逃げなくていいのか?」

 『気』の主――――刹那が向かってくる方向を顎で指し示すが、トーコは懐から取り出した新しい煙草のセロファンを切っていた。
 トーコのその余裕のある態度が気になり、小声で茶々丸にこの部屋の魔力を調べるように指示する。
 それに気付いていたのか、茶々丸が動き出すよりも先にトーコが口を開いた。

「……調べるまでも無いさ。このホテルに入ったと同時に、結界を張っておいたんでね……ここを訪れる事無く立ち去るだろうさ」


 ――――数分後、トーコの言うとおり、刹那はこの部屋を訪れる事無くこのホテルを立ち去ったのであった……。




〜朧月〜




【ネギ】


「はあ……結局、マスターどころか刹那さんまで休んじゃった。……刹那さん、大丈夫かなぁ……」

 時間が経つのは早いもので、いつの間にか放課後になっていた。
 授業が全て終わった後に教室へ行ってみたら、マスターだけでなく刹那さんまで昼休み後から休んでいるらしい。
 マスターに関しては、茶々丸さんから携帯に電話がかかってきて、二人とも仕事のせいで授業に出られないと言われた。
 しかし、刹那さんは調子が悪いらしく、先に寮の方へ帰ったとこのかさんが言っていた。

「マスターはお仕事で、今日も修行は無し……か。……よし、古老師と少し修行してから帰ろう」

「ネギ先生、ちょっといいですか?」

 教室から出て歩いていると、後ろから声をかけられた。
 振り向くと、夕映さんが立っていて、その後ろに隠れるようにしてのどかさんがいる。
 のどかさんは何か話したいらしいのだが、声が小さくて何を言っているのか聞き取れない。
 そんなのどかさんを見て軽くため息をついた夕映さんが、代わりに話し始めた。

「……ネギ先生、アスナさんの話によると、昨夜黒縁眼鏡をした男性と一緒にヘルマンさんと戦ったそうですが」

「え……あ、はい。まだ、その人の名前もわからないんですけどね」

「ぁ、あのー……こ、この人じゃないですか?」

 そう言って夕映さんの後ろから出てきたのどかさんが、携帯の液晶画面を見せてきた。
 その画面に映っていたのは、紛れも無く昨夜の黒縁眼鏡の男性だった。

「お、オイ兄貴! コイツ、昨夜ヘルマンを倒したヤツじゃねーか!!」

「う、うん……! 夕映さん、のどかさん、この人とどこで……?!」

 のどかさんの話によると、昼休み中にパルさんがネットで話したという友人に会いに行った時に一緒にいたらしい。
 パルさんはその人とどこかに出かけてしまい、残された夕映さんとのどかさんの二人は授業のために戻ってきたのだそうだ。
 そういえばパルさんも休んでいたのだが、パルさんは昼休みが終わる頃に直接僕の所へ来て、大事な用があって休むと言われていた。
 僕が何か言う隙を与えずにパルさんは飛び出して行ったが、二人からパルさんの描いているマンガ関連のことだと聞いて安心した。

「え、えと……その人、遠野志貴さんっていうらしいですー」

「志貴さんはパルの友人と知り合いだったらしいですが、その後はどこかへ行ってしまったです」

「志貴さん、ですか。やっぱり刹那さんの……。あれ……でも、遠野……?」

 やはり男の人は志貴さんというらしいが、その遠野という姓がどこか気になった。
 とにかく、今からそこへ行けば、何かわかるかもしれない。
 そう思って、のどかさんにお礼を言いながら携帯を返すと、急いで学園から出ようとする。
 ……が、僕が動くよりも早く手を掴まれ、阻まれてしまう。
 振り向いてみると、真剣な顔をした夕映さんとのどかさんが、僕に『連れて行け』と無言の要求をしているのがわかった。

「だ、ダメですよ! 朝も説明したとおり、魔法先生が一人重傷を負っているんです!」

「昨夜はこのかさんも一緒だったらしいではないですか。何故私達はダメなのです?」

 死徒二十七祖なんてモノがいるというのに、夕映さんやのどかさんを連れて行くというのはかなり危険な行為である。
 昨夜のこのかさんは二十七祖がいるなんて知らなかったし、刹那さんがいてくれたから良かったのだが、勝てるかどうかもわからない強力な吸血鬼が相手だと知って止めない訳が無い。
 当然断ったのだが、結局二人の熱意に負けて、こちらが折れる形になってしまった。

「ゆえっち達の粘り勝ちだな」

「……はぁ……わかりました。でも、夜は危険ですので、必ず寮に戻ってくださいね」

「わかったです。ただし……もし、人手が必要になった時は、必ず私達にも連絡してください。いいですね?」

 夕映さんの言葉に感謝しながら頷くと、三人で玄関へ向かった。
 玄関を出る時に、ふと立ち止まって外で部活動をしている人達に視線を向ける。
 その視界の端に昼間見かけた黒猫さんの姿を見たような気がした瞬間、急に意識が混濁してふらついてしまう。



 何だか、夕焼けにアカク染めらレたその光景ガ、鮮血にソマッタようニ、ミエ、テ――――――――





□今日の裏話■


 クリスナイフを調べ終えたトーコは、ソファーにふんぞり返って煙草をふかしていた。
 私は何の気無しにクリスナイフを鞘から出して、その蒼い刀身を眺めてみる。
 その蒼い輝きに魅せられてしまったのか、私はクリスナイフを見つめたまましばらくぼうっとしてしまっていた。


「……クククッ……よっぽど彼のことが気に入っているようだな?」


 どれくらいそうしていたのか、トーコの笑いを含んだ声にふと意識を取り戻す。
 見れば、トーコが私の方を見て笑っていた。
 何がおかしいのかわからずにいると、いつの間にか短くなった煙草の先を灰皿に押しつけて消したトーコが、新しい煙草に火を点けながら口を開く。

「お前はそのクリスナイフを見ながら、彼の名を呟いていたんだよ。……ああいうのを恋する乙女の顔、というのだろうな」

「……な……な、何がおかしい! た、確かに志貴のことは気に入ってるが、恋とかそういうものでは無い!」

「おや、私は『彼』と言っただけで、『志貴』とは言っていないが?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 何と言う失態だ……!
 言われて、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかる。
 トーコはそんな私を見て更に笑みを深めると、煙草を一つふかして更に口を開いた。

「くく……そんな恋する『闇の福音』様は、志貴にそのクリスナイフを貢ごうっていうんだろう? 可愛いもんじゃないか」

「黙れ黙れ!! それ以上言うなっ! まったく……そもそも、こんなモノを志貴にやる訳ないだろうが」

 私のモノになるというのに(決定事項)、こんな物をやって死なせてしまっては意味が無い。
 クリスナイフを鞘に納めてトーコを睨みつけようと顔を向けると、トーコは窓の外に目を向けながら煙草をふかしていた。
 そして不意に小さく自嘲めいた笑みを浮かべると、顔だけをこちらに向けて口を開く。

「……そのクリスナイフだが……彼とはおかしなくらい波長が合っている。……渡しても問題無いだろうさ」

「……ふぅん……まあ、お前が言うんだったらそうなのかも知れんな……」

 志貴とヘルマンの戦いの時に感じたあの殺気……確かに、死神もかくやという殺気ならば、このクリスナイフも扱えるのかもしれない。
 そう思い、手の中のクリスナイフに目を落とす。


 ――――クリスナイフの柄に埋め込まれた蒼い宝石は、静かに輝いていたのだった……。


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