Act2-23


【ネギ】


 ――――暗い夜。

 黒く深い森を潜り抜けて行くと、広場に到着する。
 一面真っ赤に染まった広場には、不揃いの格好をしたみんなが待っていた。

 広場の真ん中には、みんなをバラバラにした見知らぬ人が立っていた。
 僕を見つけたその人が、僕をバラバラにするために近づいてくる。

『志貴――――!!』

 誰かが僕の名前を叫びながら前にやってきて、代わりにバラバラにされた。
 代わりにバラバラにされた人――――おかあさんという名のその人は、それきり僕の名前を呼ばなくなった。
 顔にびしゃりとかかったアカイ水。
 眼球の奥まで、その緋色が染み込んでくる――――。


 アカかった世界が急に暗転して暗くなり、今まで立っていたその場所が消え始める。
 そんな消えゆく世界の中で、最後に首に黒い大きなリボンをした黒猫の姿が見えた。
 ちりん、という鈴の音が聞こえたかと思った途端、僕の体は何も見えない暗闇へと落下していく――――



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――っっっ!!!!!!」

 飛び起きて、今のが夢だったのだと気付き、安堵のため息をつく。
 あまりにも凄惨な、酷過ぎる悪夢。
 動悸が一向に治まる気配を見せない。

「あ、あの……ネギ先生……?」

「大丈夫か、アニキ?!」

「ハァ、ハァ……。あ……夕映、さん……? それに、カモ君……」

 すぐ横に立って心配そうな顔をしている夕映さんとカモ君に気付き、そして床に倒れて魘されているのどかさんの姿に気付く。
 のどかさんの手元にはアーティファクトのあの本が握られていて、恐らく僕の見ていた夢を見て気絶したんだろうなと思った。
 あんな――――悪夢としか言いようの無いものを見せられたら、気の弱い人は気絶してもおかしくない。
 とにかく少し落ち着いてから辺りを見回すと、ここが学園の保健室である事に気付いた。
 窓の外が暗いことからすると、どうやら僕は随分と長い間気絶…いや、夢を見ていたらしい。

「すみません、夕映さん。あの……今何時ですか……?」

「もう七時になるです。その……寮に帰る準備をしていたですが、ネギ先生の叫び声が聞こえたので……」


 午後七時――――町は既に昨日と同じように、不可思議な魔力に覆われてしまっていた……。




〜朧月〜




【愛衣】


「あら……愛衣、携帯が鳴っているみたいだけれど……」

 ホテルを出てすぐに、私の胸ポケットに入っていた携帯が鳴り始めた。
 お姉様に言われて取り出してみたが、液晶には電話番号は表示されていない。
 不思議に思って通話ボタンを押そうとしたところで、携帯が勝手に動き出して空中に浮かんだ。


『夢は第二の人生と申します……。さすれば、人生などというものは夢の前座……しかも退屈極まりない前座芝居なのかもしれません……。はたまた……人生とは、『死』という熟睡に入るまでに見る、夢そのものなのでしょうか――――?』


 宙に浮いた携帯の液晶から光が溢れ出し、白い大きなリボンをした女の子の幻影が映し出された。
 女の子はリボンと同じく白いスカートの裾を摘んで小さく頭を下げると、蟲惑的な笑みを浮かべながら、まるで私達が見えているかのように視線を巡らせる。

『……こんばんわ、眠れるお客様方。私の名は、レン。今回の舞踏会の主催者よ』

「く、黒猫さん?」

「いえ、この感じ……どうやらタタリの残滓は、あの夢魔をコピーしたようですね」

 どうやら、シオンさん達は彼女に見覚えがあるらしい。
 しかし、このレンという幻影の女の子が主犯だということがわかったならば、後は捕まえてしまえばいいだけだ。
 幻影だから今は捕まえられないけれど、シオンさんは前回のタタリの発生場所を計算することができたのだから、彼女が現れる場所も計算することが出来るはず……。

「……愛衣、残念ですがそれは無理です。ここは恐らくあの夢魔の心象世界……世界に含まれたモノは、彼女の力に翻弄されてしまう」

 私の考えを読んだように、シオンさんが苦々しい表情を浮かべながら話す。
 レンという名の夢魔は、彼女の言葉を肯定するようにクスクスと笑っていた。

『前回は三流にも劣る滑稽な茶番劇だったけれど、今回はこの町に住む者達にとっての不安や恐怖も織り交ぜて、素晴らしい舞踏会を御用意させて頂いたわ。悪夢を存分に堪能したら、この鏡の中の世界で永遠の眠りに就きなさい』

「……待ちたまえ。君の目的は一体何だ」

 消え去ろうとする夢魔の幻影に対して、それまで黙っていた高畑先生が口を開く。
 レンという少女はきょとんとした表情を浮かべた後、妖艶な笑みを浮かべ高畑先生の言葉を鼻で一笑に付した。
 そしてその小さな口から紡がれたのは、愛らしくも残酷な言葉だった。


『――――欲しいものを手に入れるのよ。そしたら、皆殺すの。……だって、欲しいものが手に入ったら、他のものなんて知ったことじゃあないもの』


 妖艶な笑みから一転、無垢な少女のように微笑みながら、まるで当然のことのように残酷な言葉を告げると、幻影である少女の体が
徐々に薄くなっていき、まるで闇に溶けるように消えていった。
 私の携帯の液晶の明かりも消え、地面へゆっくりと落ちる。
 携帯を手に取ってみたが、特に異常は見られなかった。
 ……と思ったのだが、今度は周囲から白い少女の声が聞こえてきた。


『そうそう……言い忘れていたけれど、私が欲しいものを手に入れない限り、この虚言の夜は続くわ。では……あなた達に心地良い悪夢があらんことを――――』


 少女の声はそれだけを告げて、それきり聞こえなくなった。
 ……こんな、まるで雲を掴むような相手を、どうやって倒せというのだろうか――――?





□今日のNG■


「志〜貴〜♪」

「遠野君♪」

「兄さん?」

「志貴様……」

「あはー、志貴さーん?」


 目の前には、笑顔の美女達。
 だが――――笑顔であるにもかかわらず、背筋に走るこの悪寒は何なのだろうか?


「志貴ー、今日は私と遊びに行く約束だったよねー」

 ――――無邪気な笑みを浮かべながら鋭い爪を見せる――――桁外れの力を感じさせる金髪の女性。

「遠野君、今日は私とメシアンに行く予定でしたよねぇ?」

 ――――指の間に剣のようなものを手にした、青い髪の眼鏡の女性。

「兄さん、まさかこんな人外どもと遊びに行くなんてことはありませんよねぇ……?」

 ――――長い黒髪を真っ赤にさせて、恐怖を感じさせる笑みを浮かべた女性。

「志貴様……」

 ――――冥土服を着た、何だか目がグルグルと渦巻いている女性。

「あはー、今日新しいお注射が出来上がったんですけど、志貴さんに真っ先に打って差し上げたくって……」

 ――――安心させるような笑顔を見せながら、蛍光グリーンという奇色の液体が入った注射器を構える、今までの女性の中で最も恐ろしいと感じさせる女性。


 ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニッゲロー!!!



「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ……その後しばらく、ネギは金髪や青いショートカット、赤い長髪等といった特徴の女性を見ると、脅えてカタカタと震えながら謝るようになったと言う……。


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