Act3-23


【千草】


「ふぅ……少し焦ったわ。さて、あのひよっこ神鳴流剣士の足止めは月詠はんに任せて……」

 刹那から離れた場所で、千草が身隠しの呪符を外す。
 先に麻帆良の町に放った式神に、目的であるこのかの姿を捜させていたのだ。
 式神の情報によると、このかはアスナ達と共に学園を出て、商店街へと向かっているらしい。
 町中で騒ぎを起こせば魔法使い達が集まってくるのは目に見えていたので、千草は寮へ向かう道の中でも人気の少ない場所を選んで身を潜める。

「あのアスナとかいう式払いの嬢ちゃん達には猿鬼と熊鬼のトラップ仕掛けておいたし……さて、吉と出るか凶と出るか……」

 千草は笑みを浮かべながら、獲物のかかるその時を待つ。
 かなり近くまで接近させた式神は楓によって消されたため、鳥形の式神で上空からこのか達の動向を探っていた。
 夕食の買い物に時間がかかっているのか、このか達はしばらく店から出てきそうに無い。
 店の裏口にも式神を配置し、どこから出てきても追跡できるようにしてから、千草は肩の力を抜いて息を吐く。
 と――――


「ほう……もう動くのか。少々早計な気もするんだが? そもそも、人払いの結界ぐらい張ったらどうなんだ」


「ッ!? な……何や、アンタか。ウチがいつ、どう動こうがアンタには関係の無い話や……!」

 突然聞こえた声にぎょっとした千草が声のした方向を見ると、そこにはあの全身に包帯を巻いた男の姿があった。
 男がここら辺一帯に人払いの結界を張ったのか、辺りに人の姿は無く、日中の町中で男は異様な風体のまま平然と立っている。
 姿の異様さもそうなのだが、何よりも男の力量が測り知れないことが、千草がこの男を警戒する一番の理由でだった。


「ふん――――まあ、いい。……俺の力が借りたければ、前も言ったとおりあの大木の下に来い」


 包帯の男はそう告げて歪んだ笑みを浮かべると、世界樹の時と同じように周囲に溶け込むように姿を消していった。
 まるで、千草の計画が失敗することを見透かしたかのように……。




〜朧月〜




【志貴】


「避けてばかりいないで、反撃してきたらどうアルか!」

「っと……! 反撃のしようが無いんだよ!」

 風を切る音と共に突き出された拳をバク転で避わし、距離を取って身構える。
 できるならこれ以上傷が増えない内に負けたいものだが、くーふぇちゃんの一撃一撃が半端な威力ではないのだ。
 言ったとおり、避けることに必死で反撃などする余裕も無い。

「なら――――コレで決めるアル!!」

「な……ッ?!!」

 くーふぇちゃんと俺との間にはかなりの距離があったはずだが、気付いた時にはくーふぇちゃんと自分の距離は零になっていた。
 懐に入り込んでくると同時に繰り出された肘打ちは直感で避けたが、くーふぇちゃんの動きはそれだけでは止まらず、尚俺の懐へと入り込まんと、逃げる俺の後を追ってくる。
 くーふぇちゃんの左腕が俺の右腕に伸び、俺の胸にくーふぇちゃんの右肩が当てられた次の瞬間――――


「……ふぇ?」


 間の抜けたようなくーふぇちゃんの声と、周りの観衆からのどよめきが聞こえる。
 気付けば、俺とくーふぇちゃんの距離は先程と同じくらいまで離れていた。

 レンが見せてくれたあの箱庭の夢の中で会った、七夜志貴と名乗る殺人鬼が使って見せたあの奇妙な足捌き。
 足を動かしてもいないのに瞬時に移動する、あの蜘蛛めいたその動きを、俺が今して見せたのだ。
 自分でも信じられない思いで、くーふぇちゃんとの間にある空間を呆けたように見つめる。

 技を放った体勢のまま、きょとんとした表情で離れた場所に立つ俺を見ていたくーふぇちゃんの顔が、ニンマリとした表情に変わる。
 ヤバイ――――そう思ったが、時既に遅し。
 再び懐に入り込まれて鳩尾にくーふぇちゃんの手が添えられたと思ったその直後、俺の意識は闇へと落ちて行ったのだった……。



「――――――――ぅ……あ、れ……。ここは……?」

 意識を取り戻して周りに視線を向けると、どうやら超包子の屋台の中で寝かされていたらしい。
 先程のことを思い出して、深いため息を一つ吐く。
 まだ腹部に鈍い痛みがあるが、それほど酷くも無い。
 立ち上がって外に出てみようと思ったその時、くーふぇちゃんが中に入ってきた。

「お、起きたアルか。えーっと……」

「遠野志貴。志貴でいいよ。君はくーふぇちゃん、で良いのかな?」

「志貴、アルね。わかった、それじゃあ志貴、コレお願いするネ」

 手渡されたのはでかでかと『朴念仁』と書かれたエプロン。
 そしてくーふぇちゃんが指差した先には、鎮座ましまする食器の山。
 くーふぇちゃんは「ヨロシクネ〜♪」と鼻歌交じりに俺の肩を叩いて、オーダーを取りに客の群れへと走っていく。
 その擦れ違い様――――


「我只要和強者闘――――再戦、勿論受けてくれるアルよネ?」


 いい笑顔で走り去って行くくーふぇちゃんに何も言えず、軽くため息を吐いてエプロンを着けていると、いつの間にか申し訳無さそうな顔をした五月ちゃんが立っていた。
 俺は肩を竦めて苦笑して見せると、食器洗いを引き受ける旨を告げる。

「美味しい料理を食べさせてもらったんだから、これくらいのことはしないとね。あ…でも、外せない用事があるから、夕方まででいいかな?」

「……あの……はい。……それじゃあ、夕方まででいいので……お願いします」

 困ったような笑顔で小さく頭を下げた五月ちゃんに頷き返し、俺は山のような食器の数々相手にスポンジを振るうのだった……。





□今日の裏話■


「ふぅっ…何だか拍子抜けしたアル。さっきの動きが尋常じゃなかったのはわかったアルが…」

 志貴の懐に潜り込んで鳩尾へ浸透勁を打ち込むと、古菲にとっては意外なことに呆気無く決着がついた。
 倒れ込んでくる志貴を抱えた古菲は、先程の奇怪な動きから避けると予想していたため、この結末は拍子抜けもいいところだった。
 古菲はその小柄な体で、志貴に肩を貸して超包子の屋台へと運んでいく。
 屋台の中にあるベッドに寝かせると、チャオが顔を覗かせる。

「お、席外してスマンかたネ、チャオ」

「いや……しかし、やはり手を抜いたみたいネ、彼は」

「む……チャオも見てたアルか?」

 チャオは首を振ってベッドに横になっている志貴に近づくと、ズボンのポケットの中から十センチ強の長方形の鉄塊を取り出す。
 無骨なその鉄塊を弄ると、パチンという音と共に頑丈そうな刃が飛び出した。

「――――なるほど、そっちが本来の戦い方という訳アルか」

「ふふ……クーが弱いという訳ではないが、本気の彼と戦うのだけは止めておいた方がいいヨ。本気の彼に近づくという行為は、『死』を意味するネ」

 まるで彼のことを知っているかのような口振りのチャオに、古菲は目を丸くさせる。

「……もしかして、チャオの知り合いだたアルか?」

「いや、ただ知っているというだけヨ。さ……早く仕事に戻らないと大変ネ」

 おどけたようにそう言うと、チャオは笑顔で屋台の外へと出て行ったのだった……。


前へ 戻る 次へ