――――『蒼』と、『白』。
空を覆う『闇』の中で、それらは一つのモノの側面として輝く。
時には――――死神の瞳を持つ青年と、純白の姫君の残酷で優しい物語を彩り、
時には――――幼い頃に出逢った、ある少年と少女の運命の物語を紡ぐ。
されど、近いようで遠いその色が交わることは決して無く。
まるで、固く結ばれた紐が解けていくかのように引き離されていく。
嗚呼――――願わくば、この二つの色に優しき結末があらんことを……。
〜朧月〜
【side.志貴】
女子寮から出て、エヴァちゃんの家へ向かおうとしたその時――――
「――――遠野シキ、だな」
低く冷たい、女の子の声がした。 声のした方向に視線を向けて――――その姿を見て、心臓が一度、大きく脈打つ。 白く輝く月を背に、端正な顔立ちを怒りに染めてその女の子は立っていた。 自分に向けられた殺気を感じながらも、ポケットの七つ夜に手が伸びない。 場違いにも、遠野志貴はその少女を美しいと感じていた。
華奢で小柄な体に、白磁の肌。 麻帆良学園の制服から覗いたうなじに目を奪われ、思わず喉が鳴る。 心臓は早鐘を打つかの如く激しく脈打ち、まるであの子に一目惚れでもしたかのように呆けていた。
――――そう。後から思えば、それはまさしく一目惚れだった。
「――――――――まさか」
頭を振って、その考えを否定する。 自分は、今まで何か一つのものに執着するようなことは無かった。 だからこそ、自分が一目惚れする訳が無いと思っている。 そう……思っていた。
身の丈の倍はあろうかという刀を構え、少女が斬りかかってくる。 後ろに跳んで避け、更に迫る刃を身を捻って避わし、距離を取る。 ポケットから七つ夜を取り出して刃を出すと、少女の顔がより一層険しくなった。
「巫山戯るな……ッ!!」
少女の怒号と共に刀が振るわれ、同時に自らの本能の命じるまま横に転がる。 とにかく動きを止めようと試みるが、彼女の動きは尋常ではなかった。 あれだけ長大な刀身を持っているのだから近づけば――――そう思っていたが、七つ夜の刃はその刀によって捌かれている。
互いの得物はまるで惹かれ合うかのようにぶつかり、弾け、金属音を響かせる。 それはまるで、弦楽器の弦と弓が音を奏でるかの如く。
踊る。
踊る。
踊る。
世界には、俺と目の前の少女の二人だけ。 スポットライトは、冷たい輝きを宿した月光。 くるくる、くるくると、まるで円舞曲でも踊っているかのようだった。
――――そう、二人だけの終わり無き円舞曲。
眼鏡を外すなんて無粋な真似はしない。 だって、今だけは彼女と出逢わせてくれたこの運命に、この世界に、全てのものに感謝したかったから。
楽しい。
嬉しい。
そのどちらとも違う、何か別の感情が胸の中で高鳴っている。
「(まさか――――退魔衝動……!?)」
高鳴っていた胸は途端に恐怖に抑え込まれ、俺は目の前の少女を無力化すべく、体勢を低くして疾り出した――――
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