Act3-30

【side.志貴】




――――『蒼』と、『白』。


 空を覆う『闇』の中で、それらは一つのモノの側面として輝く。

 時には――――死神の瞳を持つ青年と、純白の姫君の残酷で優しい物語を彩り、

 時には――――幼い頃に出逢った、ある少年と少女の運命の物語を紡ぐ。

 されど、近いようで遠いその色が交わることは決して無く。

 まるで、固く結ばれた紐が解けていくかのように引き離されていく。


 嗚呼――――願わくば、この二つの色に優しき結末があらんことを……。




〜朧月〜




【side.志貴】


 女子寮から出て、エヴァちゃんの家へ向かおうとしたその時――――


「――――遠野シキ、だな」


 低く冷たい、女の子の声がした。
 声のした方向に視線を向けて――――その姿を見て、心臓が一度、大きく脈打つ。
 白く輝く月を背に、端正な顔立ちを怒りに染めてその女の子は立っていた。
 自分に向けられた殺気を感じながらも、ポケットの七つ夜に手が伸びない。
 場違いにも、遠野志貴はその少女を美しいと感じていた。

 華奢で小柄な体に、白磁の肌。
 麻帆良学園の制服から覗いたうなじに目を奪われ、思わず喉が鳴る。
 心臓は早鐘を打つかの如く激しく脈打ち、まるであの子に一目惚れでもしたかのように呆けていた。


――――そう。後から思えば、それはまさしく一目惚れだった。


「――――――――まさか」

 頭を振って、その考えを否定する。
 自分は、今まで何か一つのものに執着するようなことは無かった。
 だからこそ、自分が一目惚れする訳が無いと思っている。
 そう……思っていた。

 身の丈の倍はあろうかという刀を構え、少女が斬りかかってくる。
 後ろに跳んで避け、更に迫る刃を身を捻って避わし、距離を取る。
 ポケットから七つ夜を取り出して刃を出すと、少女の顔がより一層険しくなった。

「巫山戯るな……ッ!!」

 少女の怒号と共に刀が振るわれ、同時に自らの本能の命じるまま横に転がる。
 とにかく動きを止めようと試みるが、彼女の動きは尋常ではなかった。
 あれだけ長大な刀身を持っているのだから近づけば――――そう思っていたが、七つ夜の刃はその刀によって捌かれている。

 互いの得物はまるで惹かれ合うかのようにぶつかり、弾け、金属音を響かせる。
 それはまるで、弦楽器の弦と弓が音を奏でるかの如く。



 踊る。



 踊る。



 踊る。



 世界には、俺と目の前の少女の二人だけ。
 スポットライトは、冷たい輝きを宿した月光。
 くるくる、くるくると、まるで円舞曲でも踊っているかのようだった。

――――そう、二人だけの終わり無き円舞曲エンドレスワルツ

 眼鏡を外すなんて無粋な真似はしない。
 だって、今だけは彼女と出逢わせてくれたこの運命に、この世界に、全てのものに感謝したかったから。


 楽しい。


 嬉しい。


 そのどちらとも違う、何か別の感情が胸の中で高鳴っている。


「(まさか――――退魔衝動……!?)」


 高鳴っていた胸は途端に恐怖に抑え込まれ、俺は目の前の少女を無力化すべく、体勢を低くして疾り出した――――


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