【エヴァ】
「――――マスター、タカミチ先生が来ておりますが……」
「ん……またか……。まったく、どいつもこいつもこんな朝っぱらから……」
昨日の朝に続き、今朝も来客を告げる茶々丸の声に起こされ、階下へと下りていく。 下りてみると、玄関を入ってすぐの所にタカミチが突っ立っていた。 私が起きてきたことに気付き、閉じていた目を開けこちらを見る。
「ああ、おはよう、エヴァ。ちょっと聞きたいんだが……彼――――遠野志貴君はどこにいるんだい?」
「朝っぱらから不機嫌にさせてくれるな、貴様は。フン……志貴なら学園の女子寮にいる」
「――――……何? どういうことだ、エヴァ」
「……うるさい、とにかくここに志貴はいない。わかったら、さっさと帰れ!」
昨夜のことを思い出し、更に眠いというのもあって、私の不機嫌さには拍車がかかっていた。 苛立ちを爆発させて一喝した後、タカミチの問いには答えずに階段を上がっていく。 階段を上がっていく途中で、ふと昨夜あいつらが志貴を学園長室へ連れて行くと言っていたことを思い出し、笑みを浮かべながら顔だけタカミチの方へ向ける。 私が上へ上がる足を止めたことに気付いたのか、困ったような顔をしたタカミチがこちらに視線を向けていた。
「ふ――――志貴なら、後であのジジイの所へ行くはずだ。……学園で待っていれば、その内自分から来るだろうさ」
それだけ言って階段を上がると、自分のベッドへ潜り込む。 毛布に潜り込んで、ふと自分が笑みを浮かべていることに気付く。 ……なるほど、どうやら私は志貴がジジイの所へ行くことでどんな事態になるのか、楽しみにしているらしい。 去年は坊やが来て色々あったが、今年は更に志貴が来た。 私はいつの間にか、退屈だった学生生活を少し楽しく感じ始めていた。 そんなことを思っていた私の脳裏に、ナギの言っていたあの言葉が蘇る。
『光に生きてみろ』
「ふん……退屈しない今の生活も、悪くは無い。――――光に生きていなければ、わからなかったのかもしれんな……」
そう呟きながら、私の意識は毛布の温もりに包まれて眠りへと落ちていったのだった……。
〜朧月〜
【ネギ】
朝起きると、アスナさんは顔を真っ赤にして片手で僕の頭を持ち上げ、万力並の握力で掴んできた。 ……ミシミシという僕の頭蓋骨が悲鳴を上げている音が聞こえて、正直な話、殺されると思った。 ぐったりとした僕を見て慌てたこのかさんが止めてくれなければ、僕の頭の形が変わっていたかもしれない。 とはいえ、僕はあの紅い悪夢を見ずに起きることが出来た。
「……その顔からすると、あの夢は見なかったみたいね。まったく、レンちゃんも困った子ねー」
「あ、その……ありがとうございました。でも……レンさんが言っていたことも、確かなんだと思います」
レンさんが昨夜言ったとおり、僕らは今まで誰かが死ぬような事も無く、こうして日々を暮らしている。 でも――――志貴さんは違った。 いや……僕が知らないだけで、世の中には他にも志貴さんのような過去を持つ人もいるのだろう。 周りにいてくれる大切な人達が死なずにいる今が、とても幸せなことだということをつい忘れてしまいそうになる。 そんなことを考えて俯いた僕の頭に、アスナさんの手が置かれた。
「そりゃ……私達だって死ぬことはあるわよ。でも、私も皆もアンタと一緒に戦い抜いてこうして生きているんだから、その――――上手く言えないけど……きっと、大丈夫。今回も生き抜いてやるんだから」
「――――……はい。僕……頑張ります!」
「あー……その、頑張り過ぎんじゃないわよ? アンタ、頑張り過ぎてぶっ倒れたことあったでしょうが」
苦い顔をしながら、アスナさんが僕の髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。 心配してくれるのは嬉しかったけれど、何だかちょっと気恥ずかしい。 最後にポンと頭を軽く叩いて、アスナさんはこのかさんの手伝いをしに台所へと行ってしまった。
今日は休日とは言え学校に行く訳だし、自分の部屋へ戻りスーツに着替える。 着替え終えた所で丁度朝食が出来たらしく、僕は梯子を下りていき朝食の席に着いた。 今朝は和食らしく、テーブルには湯気立ち昇る白いご飯や焼き魚が並んでいる。
「はー……志貴さん見つかった思たら、今度は志貴さんが七夜やゆー証拠無いとあかんのかー」
昨夜はレンさんのことがあって話せなかったが、刹那さんが志貴さんを七夜だと認めなかったことについて朝食の席で話した。 このかさんはそれを聞いて、ご飯を突付きながら残念そうにため息をつく。 そんなこのかさんに、アスナさんは箸をタクトのように揺らしながら、得意げな顔で語る。
「刹那さん身持ち固そうだし、仕方ないんじゃない? ほら言うじゃない。……えっと、アレ何て言うんだっけ……ああ、あれあれ! アレよアレ!! 『ヤマトナデココ』!!」
「……アスナさん、それ『大和撫子』だと思います……」
「……アスナー、ちゃんと勉強せなあかんえー?」
「う、うるさいわね。『撫子』と『ナタデココ』を間違う人だっているのよ!」
……まあとにかく、そんな風に談笑しながら朝食を食べ終え、洗い物等も終わらせてから、アスナさんとこのかさんと一緒に志貴さんのいる医務室へと向かう。 僕らが階段を下りて寮の一階に到着すると同時に、突然医務室から刹那さんが飛び出してきた。 こちらへと向かって物凄い勢いで走ってきて、階段に差し掛かったところでようやく僕らがいることに気付いたらしく刹那さんが真っ赤に染めたその顔を上げる。
「せ、刹那さん、どうかしたのっ?! 顔、真っ赤だけど……」
「あ……な、何でもありませんっ! しっ、失礼します!!」
刹那さんは真っ赤になった顔を僕達の視線から隠すかのように俯くと、変わらぬ勢いで階段を駆け上がっていってしまった。 僕もアスナさん達もポカンとしたまま刹那さんを見送ってしまったが、何を思ったのか突然アスナさんがハリセンを取り出して医務室に向かって駆け出していく。 訳もわからずその後を追っていくと――――
「アンタ刹那さんに何したのよっっっ!!?」
振りかぶったハリセンが志貴さんの頭上に振り下ろされ、流れるようにハリセンでの往復ビンタを喰らわせていた――――。
☆
□今日の裏話■
「ん――――ふぁ……ん? ああ、確か昨日の夜ネギと――――」
起きてすぐに、自分の懐に自分とは違う温もりを感じて、昨夜のことを思い出す。 悪夢に怯えて眠れずにいたネギを、自分のベッドに呼んで一緒に寝たのだ。 寝惚け眼で自分の胸に顔を埋めて眠るネギに目を落とし――――
「きゃあああああああああああっ?!!」
自分の上着が肌蹴ている。 寒くなってきたので何枚か着込んでいたというのに、覗いているのは肌色。
そして――――ネギが私の胸に顔を埋めて幸せそうな顔で寝ている。
「どしたん、アスナ?! って――――」
台所で朝ご飯を作っていたらしいこのかが、私の声に驚いて顔を出す。 梯子を上ってきたこのかは今のこの状況を見て固まり、頬を赤らめながらゆっくりと梯子を下りていく。 そして私の視界からこのかの顔が見えなくなる間際――――
「誰にも言わんから安心してええよ?」
笑顔でそう言って台所へ去っていった。 ……ネギはまだ幸せそうな顔で眠っている。 昨夜の怯えた顔とはまったく逆のその顔が妙にムカついて――――こめかみを親指と小指で掴み、残りの指で頭を掴む。 そして、手の中にあるモノを握力で潰さんと、あらん限りの力を籠める。
私のこの手が全てを潰す! 頭蓋を砕けと轟き叫ぶ……!! 爆熱――――――――――――!!!
「うわあああああああああああああっっっ?! いいいいいいいい痛い! 痛い!! 痛いですーーーーーっっっ!!!」
「こぉぉぉのエロガキがああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
――――ネギがぐったりしてこのかに止められるまで、私のこの手が光って唸ったのであった……。 |