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其の七 対面! 『近衛 近右衛門』 投稿者:鉄人 投稿日:02/25-01:28 No.2080
ふと、身に覚えのある魔力をその身に感じた。
『近衛 近右衛門』は、己が座っている大きくて感触の良いイスをくるりと半回転させ、
背後にある人の三倍は高さのありそうな窓から何かを求めるように夜空を覗き込んだ。
自らが光を帯び、美しいと形容できる輝きを纏うものがそこにはあった。
――――――『満月』か……
求めるものは探し当てたようだが、それは今灰色の雲の中に全身の半分近くをうずめている。
しかし、それでもそれは目に映るカケラの存在だけでも充分に艶かしい輝きを放ち、
今にも心を奪い、やはり見る者を魅了してしまうような危険な美しさを携えている。
あまりにも奇妙で、どこか見とれてしまう『そこ』から近右衛門が安直にイメージしたのは
一人の、長い金髪を持つ、 姿の幼い少女だった。
――そして、この僅か数時間程前にその少女本人と思われる弱弱しい魔力と、
それを追いかけるもう一つの幼い魔力を、近右衛門は確かに感じ取っていたのだった。
つい、思い出してしまった。
湧き出したむず痒い感情に耐え切れずに頬が緩み、にっこりとした笑みがぼろぼろこぼれ落ちる。
それがなんだかまたむず痒くなって、近右衛門は立派に伸びているあごひげを2、3度ほど撫でた。
それから十分も立たないうちに、背後に回ってしまったドアから
乾いた打撃音が幾度も聞こえてきた。
『N&D』
其の七 対面! 『近衛 近右衛門』
瀬流彦という男性に連れられてやってきたのは通常の建物の何倍か大きく、
幾分か設計に無駄があるように感じた建物の、階段を上ったさらにその奥に構えていた扉だった。
ただ、その扉はここに行き着くまでに視野に入ったどれよりも、
さほど代わらないように見えて実は大分凝った造りになっていることが伺えた。
などと思っていると、瀬流彦の立つさらに奥――扉の向こう側から、少し篭ったような声が聞こえてきた。
話し方や扉のせいもあるのだろうが、それにしても曇りがかり過ぎている声質から
おそらくこの先に居る者はそこそこ年のいった老人ではないか、とトランクスは推測を立てた。
――……少なくとも、自分と同年齢程度の人間ではないだろう。
扉が、開いた。
途端に、瀬流彦のよく伸びた姿勢が緊張を帯びてさらにぴんとなる。
「!」
目に入ったのは広すぎる部屋、整い、片付きすぎている部屋。
左右を軽く見渡さなければその全容を知ることは出来そうも無い場所。
カプセルコーポレーション――未来の我が家のタイムマシンを創り上げた部屋は
広さならここと同じくらいだが、あっちはまだ崩れて落ちかけの天井や実際に落ちてしまい、
もはやただの名称の無い『物体』と化したものが所々に転がっている。
……ようするに、汚れていて、それでいてさらにタイムマシンを含めた、
そういった様々なものがスペースを所狭しとふんぞりかえっているため、
ぱっと見ただけでは感覚的に広いとは思えないのだ。
そして、はっきり言ってその部屋の真ん中にわざとらしくポツリと置かれている机とイス、
そこにはさらに人類とは思えない……トランクスの記憶上、宇宙人としか言いようが無い頭を持つ
―― 一人の老人が、垂れている白髭を撫で回していた。
麻帆良とは違う空の下
吹かしたタバコの煙がもうもうと空に還っていくのを、
白いコートを着た男性――高畑・T・タカミチ――は半分ほど虚ろな目で見送った。
冷え切った風が身を切る寒さとなって彼を襲うが、
高畑はそれに対し、その身をただ流している。……何の抵抗をするそぶりを見せない。
もう一度、今度は先程より少し深くタバコを吸い、もはや好ましくなっている苦味を口内に充満させ、
それらを噛む様にしてのがさずに、しっかりと味わった。
―――――――手強かった……
下――足元を見た瞬間、唇を離した。
惜しむことなく口から出て行く白い煙は、いったん目の前を染め上げるもまた冷たい風に切り裂かれていく。
彼の足元には、仕事の依頼者から頼まれた標的と、
どこからとも無く突然現れて自分に襲い掛かってきた、予定外の生物の“抜け殻”が横たわっていた。
高畑が驚きと僅かな敬意を込めた視線を向けているのは、その予定外の生物にである。
すっ、とまぶたを落として、この生物が現れたときを脳内で映像化する。
依頼された仕事そのものはあっけないほどスムーズに進んだ。
相手はそこそこ名の知れた使い手、確か「無詠唱の詩人」と、よくよく考えると
すごいのだろうが強いのかどうかは全然わからない、と言うよりあまり関係ない二つ名を持つ男だった。
対峙してすぐは無詠唱の連射と、それにしては高威力の魔法に驚きはしたが所詮相手は魔法使い。
特別に鍛えた『魔法剣士』でもそうそう見切れぬ自分の技のかわせる道理も見切れる道理もあるはず無く、
面白いように技は当たり、見せてもらいすぎた無詠唱の魔法も簡単にかわす。
最後に放ってきた一撃ですら、全く本気を出すまでも無く押し切ることが出来た。
その、最後の攻撃を消し去ったとき、この生き物は現れた……
舞い上がった煙越しに見えた小さな人影が、
いきなり身体相応の小さな手で高畑の首を絞めたのだ。
「がっ……!?」
そして、首を絞める力は身体とは完全に相反しているもので、
小学生くらいにしか見えない細さの腕からはまるで万力のように
確実な力が感じ取れた。
だが、この程度のことで意識が飛びそうになるほど高畑はやわな鍛え方をしていない。
ポケットからぬいた手に気を込め、腕の位置から察する身体に向かって思い切り殴りつけた。
吐しゃ物を散らし、相手が怯んだ。
すかさず『気』と『魔力』を組み合わせた拳を地面にたたきつけるように放つ。
潰れる際の絶望に彩られた表情と、その口から出たガラスを引っかいたときの嫌な音に似た叫びは、
今だにしがみ付くように脳裏に残っている。
手も足もピクリとも動かず、気や魔力の類も感じられなくなったことを確認し、
もはや口も開くことの無い肉塊と化したそれをまじまじと見つめた……
――人ではない。
外見から、率直にそう確信した。
半分ほど潰してしまったが、その顔つき体つきを見るに人の肌よりむしろ凹凸の多い昆虫の機能系統に近い。
薄汚れているうえに目を凝らさないと色がわからないくらいに全てが暗いため
詳しい体色は分からないが、おそらくは雑草のような薄い緑に塗られていると思える。
見た目だけで判別するなら昔々に見た事のあるゴブリンのような魔物に近い気がするのだが
こんな形のものは見たこよも聞いたことも無いし、第一アレだけの力を持った者など低級な魔物にいるはずは無い。
……「新種」といえばそれで話が早いのだが、それだけではなぜか納得できない、一種の不快感を感じる。
だいいち、「魔物」でありながら頭上に輪――俗に言う『天使の輪』――がついていることがおかしい。
まとまりそうに無い考えを張り巡らす中、持っているタバコがかなり短くなっていることに今更気が付く。
「あんまり考え込んでたつもりは無かったんだけどなぁ……」
しみじみと呟いてポケットから必需品となっている愛用の携帯灰皿を取り出してタバコを押し付けた。
ジュ、と火が潰されて、最後の煙が宙に舞う。
そのとき、タイミングよく携帯が鳴り出した。
人物名を見て、少し驚く。
まさに今頭の中で連絡を取ろうと模索していた上司の名がピコピコ光っていたからだ。
そのよく出来すぎた偶然に、高畑はクスリと笑ったのだった。
老人がイスから立ち上がり、一歩間に出た。
大きな窓を黒く塗りつぶしている夜の前に立つ老人は、
身に付けている白い着物や白い毛色のせいか、その場に、さながら切り絵のように
象徴的に浮かび上がって見えた。
老人の目は、トランクスを見つめている。
それから視線を外すことが、トランクスには何故か出来なかった。
マユの毛のせいで幾分見えにくい老人の瞳から、何か特殊な“ナワ”がでていて、
それが身体を縛ってるんじゃないかと思わず考えてしまうくらいに、
トランクスの身体はオリに入れられた獣のようにしっかりと捕らえられていた。
トランクスにしてみれば、とてもではないが良い気分ではなかった。
まぁ、普通に考えて老人に……しかも会ったばかりの人間にまじまじと見つめられて気分がいいはずは無いだろう。
しかし、そんな気分になりながら老人から目が離せない自分と、自分を何時までも放そうとしない
老人に対し、さすがのトランクスもふつふつと怒りが沸いてきていた。
もう、トランクスの横で緊張した顔の瀬流彦と、その瀬流彦に抱えられたガンドルフィーニのことなど
綺麗サッパリ頭の中から抜け落ちていた。
「瀬流彦君、ガンドルフィーニ君。申し訳ないが席を外して貰えないかのぉ……」
やっと視線を外した老人が、口にした言葉だった。
突然呼ばれたことに驚いたのだろう、瀬流彦はピクリと少しだけ身体を揺らし、
ガンドルフィーニの方はそれこそ本当に悪い顔色をさらに悪くして目を点にしている。
――なるほど、さきほどの電話の相手はこの人か……
瀬流彦たちの反応を見て、トランクスは思う。
もしかすると、この老人がクウネルさんの言っていた知人では――と、
しかし、名を出したことで久しく思い出したあの味のある笑顔を、脳内に完全にイメージ化した所で
その考えをすぐに脳裏から捨て去った。
まさか―― と、
こんなに“できすぎ”が続くなんて、ありえない―― と、否定文を作っては読み返し、
トランクスは、思わず表面に浮き出た苦笑を抑えきれずにいた。
「……あ、そうそう、ガンドルフィーニ君。
外に治療班を呼んでおいたからの、背中の傷はちゃんと治してもらわんとイカンぞ」
いよいよ二人が退出しようとして、先頭の瀬流彦がドアノブに手をかけた瞬間だった。
思い出したような陽気な声で、後姿のガンドルフィーニに老人は言った。
ガンドルフィーニは振り返って深く頭を下げると、静かにドアを閉めた。
……静寂が訪れた。
物言わぬ静寂、物音無き静寂。
トランクスは老人を、老人は2人を見送った後にトランクスをそれぞれ見つめる。
やがて、部屋のどこかに取り付けられている時計の針の動く音だけが
耳障りなほどに聞こえ始めるようになった時、
老人は、口を開いた。
「さて、と……色々と聞きたいことがある、とでも言いたそうな顔をしとるのぉ」
ため息をつくように、どこか気落ちした口調、何かを期待しているようにも思える……
……トランクスは答えなかった。
相変わらずのきりっとした目つきで老人を睨みつけているだけで変化がない。
いや、正確に言うと表情がさらに強張って、少し強面になっているのだが、
答えない以上、また、しばしの静寂が広すぎる部屋を包み込んで行く。
トランクスのそんな表情を見てか、それとも静寂の訪れに嫌気が差したのか、
老人はかくも「期待はずれだった」とでも言いたそうにどっとため息をつく。
そして、そのままどこか力の抜けた、軟体生物のようにずるずるとイスにもたれかかった。
「わかった。降参じゃ、こうさ~ん。面白くないのぅ……」
一体何がわかって、何に降参しているのか全くワケがわからないが、
両手をぶらぶらさせながらバツの悪そうにトランクスに語りかける老人のその様に、
トランクスはさながら、老人の中にどこかのいたずらっ子のような、言動の幼さを感じとった。
「まず自己紹介でもしようかの、ワシは近衛 近右衛門……おっと、待て!」
どことない嫌な予感がしたため、老人――近衛 近右衛門――の自己紹介を遮ろうと
トランクスも名乗りを上げようとした所で近右衛門がそのことに気付き、
必死で、逆にトランクスの言葉を遮った。
「自己紹介はせんでもよい、全てアル……クウネル・サンダース君から聞いておることじゃ。
……確か……名前は――…トランクス、じゃったかの?」
「!!」
トランクスの針のように狭くて尖っていた目が一気に見開かれた。
――――驚いた。
あまりにも思惑と違う展開に、始めからこうなるように用意されていると思えるほど
ある意味でよく“できすぎ”た展開に。
だが、それ以上に喜びの感情が強く出てきてしまい、
「ほ、本当ですか……!?」
ついつい、篭ったような声の音量が叫ぶように大きくなる。
近右衛門は首を縦にふった。
それを見たトランクスは、心の中でホッと安心の息をついた。
――これで何とかなるかもしれない。
――これであの世界に行けるのかもしれない。
――これで戻れるかもしれない。
気が、一気にラクになった。
肩の荷が降りた、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた、
そんなどこか気だるげな、しかしすがすがしいという矛盾した気分に襲われた。
「むりじゃな……」
それは唐突に、いや、もしかしたら近右衛門は話し続けていたのかもしれないが、
トランクスにとっては唐突に耳に入った言葉だった。
「え? ……なにがですか…………」
トランクスはあえてわからないと言いたい表情で尋ねた、
案の定近右衛門はそれを察し、トランクスにとって聞きたくないセリフを……
「この時代に……時間跳躍できる技術は存在せんよ……」
トランクスにとって死刑宣告に近い……残酷な言葉を口にした。
「……え? いや、ちょっとまってくださいよ……タイムマシンはオレが持っているんですよ!?
故障しているだけなんです。ようはタイムマシンを直してもらえれば、オレはそれでいいんです!」
今にも掠れきってしまいそうな声でトランクスは言う。
だが近右衛門の表情は一向に変わる気配はなく、ただ虚しく首を横に振るだけで動きは終わった。
「そもそもの技術がないというのに、修理など出来るはずもなかろう。
それにの、仮に直せたとしてもそれは何年後の話になるじゃろうか……」
「そんなっ……」
近右衛門は長い年月を象徴させる髭を撫でた。
トランクスはとうとう、唇をかみ締めたまま押し黙ってしまう。
今度は、沈黙が支配圏を広げてきていた。
「……それが普通の場合じゃろうな」
沈黙を打ち破ったのはまたしても近右衛門だった。
ただ、さっき静寂を追い払ったときとはうって変わっている明るい声なのだが、
「へ?」
間抜けな声を出してしまったのは、ほとんど条件反射だと言ってよかった。
「いやいや、実はワシの知り合い……といえば多少変かの?
……まぁ、とにかくワシの知っておるある人物ならその『タイムマシン』を直せるかも知れん」
「ほ、ほんとうですか!?」
トランクスの顔に笑顔が生まれた。
本当は飛び上がりたいほどの衝撃なのだろうが、それは表には決して出さない。
もしこれが悟空なら実際に飛び上がって屋根を突き破り、雲の上でバンザイをしているところだろう。
「さっそく会わせてください――と言いたいんですけど、今日はもう……」
「そうじゃなぁ、時間も遅いことじゃし、今日はゆっくり休んだ方が良いじゃろうて」
コクリと頷いた。
実はトランクスは近右衛門の言葉どおり、クタクタであった。
この世界にタイムマシンでやってきたときにあった断続した衝撃の波はもちろん、
あのドラゴンとの戦闘や忍び装束の男達との戦闘、さらにクウネルとの会話で精神的にも結構弱っていたのだ。
それでも正姿勢のピシッとした体勢でいられるのは、
まさに日々の過酷なトレーニングのおかげといって他ならないだろう。
そして、言われたことによって初めてトランクスはまぶたが目じりに重くのしかかるのを感じた。
「すまんがの、今日はここで床についてほしい。なにせ急場なのでの、部屋が用意できんかった」
ことを見抜いた近右衛門は、言いながらトランクスをソファーへと誘導した。
寝転がったそれは身体の重みで少し沈み込みつつ安定した弾力を持ち合わせていてとても気持ちよく、
だからこそ余計にトランクスを夢の世界へと誘っていった。
反論などする間もなく、トランクスのまぶたは完全に閉じられた。
近右衛門はどこかから毛布を取り出し、すやすやと眠りに落ちた戦士の身体にかぶせてやる。
ふぅ、と一息つくと、机に近づきその上に置いていた最近流行と孫に進められて購入した
薄型携帯を手に取り、よく見知った、最も信頼と信用のある人物の元へとダイヤルを押していった。
翌日、とうとう物語は本筋へと動き出す。
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