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其の十一 ボロボロ 投稿者:鉄人 投稿日:04/16-01:02 No.2274  




 動物には防衛本能というものが有り、“脅威”に対し、人よりも遥かに敏感な生物だ。
 特に自然と直接的に共存している生物や、特別に自らのことを『弱い』と知っている動物の
 危険を感じ取る『本能』は人と比べれば雲泥の差がある。

 防衛本能の高さで一般的に有名なのは『鼠(ねずみ)』だろう。
 
 鼠は「船が沈む前に逃げ出す」というよく知られる例がある、
 これは実際に『タイタニック』などの天災系映画で使われている例だ。
 
 映画でタイタニック号は氷山に衝突したが、多くの人間(主に乗客)が「沈まない船だ」との虚言を信じ、
 事態を楽観視していたときのこと。
 ココで彼らは「氷山に衝突した」という事実を知るはずも無いのに、
 「氷山に衝突した」という事実を知っているハズの人間よりも速く船から逃げ出そうとしている。
 
 結果として、そのわずか2時間40分後に船は沈んでしまった……



 ……少々話がずれてしまったが、とにかく動物の本能は人間のそれを上回ることは確かなのだ。






 それは、『何も無くなった』地上にいた動物達にも言えたことだった。
 彼らの多くは、本来なら当に眠りについている時間帯に突如現れた脅威――ナッパ――を正確に感じ取っていた。
 刹那が廃墟内で葛藤している間にも、彼らは大慌てでその場から少しでも遠くに逃げようと駆け抜けていたのである。

 そのおかげか、小型の核爆弾が炸裂したような惨状にされた木々たちと否応無く運命を共にされたものの数は
 本来そこに住まう数より少なかったかもしれない。

 あくまで……“僅かな数”であるだろうが…………






       『N&D』
                 其の十一 ボロボロ






 冷たい風が一つ、ヒュウと吹いた。
 風はそれまであった数々の障害物が無くなったことにより
 一直線に、よりスムーズに流れ、より冷たいものとなってナッパの頬を突く。

  
 木々は……数え切れないほど多く存在し、密集していた木々は全てが姿を消された。 
 

 いや、木々だけではない。その場にあった突き出た岩石も地面を覆っていたしぶとい雑草も
 表面に浮き出ていた地層そのものと一緒に粉々に消し飛ばされたのだった。 

 むき出しになった茶色い山肌はさらにそこから抉れ、他の部分と大きな高低差まで作ってしまい、
 もし、アメリカンジョークの達者なものが、今後初めて空からこの場所を見であろうなら、きっとこう言うだろう
 「わぉ! 驚いたぜジョニー、山に見事な十円はハゲが出来ちまってるぜ!!」と……

 
 そして、この惨状をつくり上げた当人はというと、
 後味の悪いものを食べてしまったときのような、
 実に不満そうな顔つきで確かめるように顔を左右に向けていた。

「…………チッ、我ながら情けねぇ威力になったもんだぜ」  

 眉にシワを寄せた、しかめ面でナッパは言う。

「山ごと吹っ飛ばすつもりが薄皮一枚削っただけとは……あのジジイの言ったとおり、
 相当に戦闘能力が落ちてやがるみてぇだな……」

 また舌打ちをすると、しかめた面のまま身体を空に浮かせる。

「……スカウターを作らせて持ってこなかったことはミスだったな……まぁいい、
 今のでくたばって無かったとしても、俺が遊んでりゃあまたどっかで会うだろ。
 こんな傷、一日もすりゃ治るだろうしな」

 言いながら鎧に出来た亀裂に片手をやる。 
 出て来ていた血は既に乾燥し、つまむように擦るとさらさらと砕け散り、
 ナッパはその結果に満足したのか、それとも自分が遊んでいるときを想像してなのか、
 大きな口でにやりと笑うとゆっくり、夜空へすい込まれていった。

 









 過ぎ去っていく巨大な力を、焼け焦げた土の中から見守る人物がいた。
 この人物はさっきの、あの爆発から生き残った唯一の生存者だ。

 彼女は、去り行く巨大な力が自身の力の気配が詮索できる範囲から消え去ったのを確認すると、
 覆いかぶさるようにして巨大な力――ナッパ――から隠し通してくれた土の山を震える手で押しのけた。

 彼女は膝を突いたまま上半身を立ち上げ、刀を杖代わりにして崩れそうな身体を必死で支えようとする。 
 
 がくがく震える身体は、見るも無残にボロボロになっていた。
 肌の露出している部分はいたるところにあざや切り傷。青紫色にひどく腫れ上がっているところなんて
 両の手で数え切れないほどある。
 人に自慢できるだろう白い肌はぐちゃぐちゃになった衣服同様茶色に汚れ、穢れてしまっているし、
 また、土が熱を持ち、それが傷口に染み込むとそのたびに激痛が走った。
 結んでいた髪はほどけ、バラバラになってしまっている。
   
 桜崎 刹那は――『満身創痍』まさにこの言葉どおりの状態になっていた。


 ――――というよりそもそも、なぜ彼女は生き残れたのか? 




 
「(運が……良かった………)」

 刹那は朦朧とする意識の中でそう思った。
 
 ……まずあの時、あの廃墟で男の気弾をかわせたのは、まさに偶然だった。
 迫り来る気の塊に、弛緩していた足がとうとう力尽き、崩れ、その際たまたまバランスを崩して
 後ろに倒れこんだ。これが良かった!

 彼女の背にしていた壁にはナッパ自身が開けた、一変に5人は出入りできそうなサイズの穴があった。
 バランスを崩した刹那は気弾があたる寸前、丁度良いタイミングで穴から外に『落ちた』のだ。
 そのために彼女は爆発の中心から大きくはずれ、爆発そのものより
 実質的には爆風で地面にたたきつけられた際のダメージの方が大きかったのだ。
  
 ナッパに落ちる瞬間を見られてしまったのだが、巻き上がる爆煙に身を隠し、
 気配を殺し、ナッパが宙を進む方向と逆方向へと
 少しずつ神経をすり減ら――途中で逃げる動物の背を借りたりも――しながら移動し、
 刹那はナッパからある程度離れた位置まで来て再び最大限気配を殺し、身を潜めていた。 

 さすがに地上に降り立ったときには心臓の鼓動が倍速になり、冷や汗もとめどなく大量に流れ出た。
  
 例の爆発を起こしたときは、気を使用した結界を瞬間的に全力ではったものの、
 ハンマーでガラスを叩いたようにそれは簡単に砕かれた。
 それでも一応の効果と、比較的爆心地から遠方にいたことが幸いしてか、かろうじて命を拾ったのだった……
 


「はぁ……はっ……はっ……」

 息も絶え絶えながら、刹那は思うように動かない指で胸の内ポケット(かろうじて破れていない)から、
 人の形をしたような一枚のクシャクシャな紙を取り出した。 

 『桜崎 刹那』と、自身の名が中央に達筆な字で書かれているそれに、
 刹那は残っている気と、「   」という強い願いをつぎ込み、ゆっくり手放す。 

 力尽きた刹那が刀から手を放して地面に伏せたのと同時に、紙は暖かな光に包み込まれた。


 光が沈んだとき、紙は小人のように可愛らしい大きさの『桜崎 刹那』と変わった。 
 生まれたばかりの“刹那のような小人”は、目の下に這い蹲る主人をしばらく眺めていたが、
 刹那の痛烈な視線が自身の視線と鉢合わせするとすぐさま振り返って空にふわふわと飛び去った……
 
 

 刹那は突っ伏しながらも目だけでそれを見届けた。
 もうナッパのときと違い、気配を詮索することすらままならない。

  
「(たのむ……届いて、く……れ…………)」


 強い強い願望が開いた片目に炎のようにたぎり、身体の熱を上げる。
 
 
 途端にまぶたが重くのしかかり、刹那はとうとう目を閉じた。







 ……静寂が訪れた。 
 音の無い冷たい風が動かない身体をただ、虚しく突付いていた。

N&D

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