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其の十二 『俺より強い奴に会いに行く』……の少女 投稿者:鉄人 投稿日:06/03-14:31 No.2492
晴れ晴れとした晴天の空、
下界を除く太陽の下で今日も麻帆良在学生たちはスポーツ、恋愛、ついでに学業に励むために学校へと向かうのだ。
その中で、皆が皆、学年や何やらで学生服をきている中に一人……帽子の隙間から出ている紫色の髪を風になびかせ、
土色に汚れた作業員の格好をした青年が一人、場違いにふらふらと歩を進めていた。
N&D 其の十二 『俺より強い奴に会いに行く』……の少女
「はぁ……」
作業員の青年――トランクスはもの寂しそうにため息をついた。
深くかぶり込んでいる帽子の下から見える目に、落胆の色が映っている。
理由は至極簡単、先ほどからすれ違う学生たちの殆どに、
変なものを見る目……要するに白い目で覗き込むように見られることだ。
生真面目な性格のトランクスだけに見世物になっているような気分は好きではないし、
何より変に目立ってしまうことが彼には恥ずかしいことだった。
「(近衛右門さんのうそつき……)」
心の中で悪態をつくも、ここにいるわけが無い当人に届くわけが無い。
というより、なぜここで学園長の名が挙がるのかと言えば、話はわずか十数分前にさかのぼる――――……
AM 6:47――――学園長室。
「行動の自由……ですか……?」
学園長室にトランクスの気の抜けた声が響く。
「そうじゃ」
対する近衛右門は堂々とした声で迷い無く言った。
この時間にトランクスがここにいるのは、近衛右門からある報告を受けるためだった。
世界樹のてっぺんから朝日を眺めて黄昏ていたとき、
黒いスーツを着た近衛右門の使いのもの(おそらくは自分を監視し続けていた人物)から至急学園長室に来るようにと伝えられた。
トランクスは振り向いて何事かと聞き返したが、使いのものは答えずにさっさとどこかへ行ってしまったため、
呼ばれたことに対する内容を知ったのは、今さっきのことだった。
――――その内容とは、ずばり……
「いいんですか……? そんな簡単な処分で?」
――そう、自身についての『処分』のことだった。
聞いたのは部屋に入って、軽い挨拶を交わしたすぐ後だった。
「来て貰ったのは他でもない、君についての処分が、とりあえず決まった」
落ち着いたテンポで紡がれる言葉に耳を傾けていたトランクスの表情が、
滑るようにして出てきた『処分』の一言で厳しいものに変わる。
表情の、雰囲気の変化を見定めた近衛右門が、
待っていたと言わんばかりに楽しそうに口を開いた。
「君の処分は……」
もったいぶる口調に、トランクスは息を呑みそうになる。
まるで試験の結果を発表する先生と、その結果を心臓を高鳴らせて待ち望む生徒のような、
戦いとは違う独特の緊張感がその場にはあった。
「…………『自由』じゃ!」
しかし、吐き出された言葉は緊張感を一瞬で破壊した。
「えっ?」
目を見開いて、さっきまでの表情が嘘に見えるほどぽかんとするトランクスに、
近衛右門はうって変わらずの楽しそうな顔でふぉっふぉっと笑った。
「言ったとおりの意味じゃよ。君の処分は自由。……ただし、いくつかの条件付じゃがの」
トランクスの声は震えているようだった。
それは恐怖でも焦りでもなく、自分の脳内で繰り広げられていた展開とずいぶん違うものであったからだった。
……話は今へと戻る――――。
★
こうして――――条件付きの上、あくまで『仮』の処分らしいが――――晴れて自由を手にしたトランクスは、
探検も含めて早速園内を回ってみることにしたのだが……
目立っている。
目立つのは嫌だと言い、近衛右門からはカモフラージュ(?)の衣装としてトランクスは作業服を着ていた。
「まぁ、注目はされんじゃろ」と堂々と言い放った近衛右門の自信を信じた自分が馬鹿だったのだろうか?
「う……」
また見られた。そのたびに帽子を深くかぶりなおすのだが、
そのさなかに見せられる彼自身の“顔”が、通常にして、見えるか見えない程度にされている表情が、
逆に周囲の関心を引く大きな原因になっていることに、彼は気がついていなかった。
「(それにしても……)」
またしばらく歩き回って、トランクスは思う。
「(この世界の学校って、どこもこんなに広いのかな?) 」
断じてそれは無いのだが、彼がそう思うのも無理は無かった。
すれ違う人たちの多少の奇異の視線を恥ずかしさで受け止めつつも、
歩くたびに次々現れる建物の群集にトランクスは改めた関心を思わされる。
まるで終わらない、端が見えない森の中。
本気で走ってみればあっという間に敷地を抜けるのだろうが、
こうしてゆっくり歩いてみると、その広大さがまじまじと実感できるのだ。
「(争いの無い、平和な世界なんだろうな、ここは……)」
無意識のうちに元々いた世界と比べてしまうと、そう思わずにいられなかった。
見た限り発達した文明。すれ違う人もよく見れば皆、目に希望を漲らせ、笑顔に溢れている。
目を細めて、うらやましそうに眺めていると、ふと、先の曲がり角から聞こえてきたのは声質の低い叫び。
「(――なんだ、喧嘩か?)」
やや急ぎ足で角を曲がってみると、その先には道着を着た男やガラの悪い長身の男たちが、
何かを囲うようにして何十人と一箇所に群がりワーワーといきがった声を上げていた。
2、3歩ほど近づいてみると、何を言っているのかが明確になった。
聞こえてくるのは「今日こそ倒す!」とか「まけねぇぜ!!」とか「勝って俺は……俺はこく」とか、
なにかを固く決意するような気合のノった言葉。
どうやら彼らは皆、あの暑苦しい円陣の中心にいる人物に挑戦しようとしているらしい。
しかも、周りにいる人たちは誰も止めようとしないどころか、
口笛を吹いて煽りを入れる者や、「今日も始まったか」とうれしそうにつぶやく者や、
あまつさえは賭け事まで口に出している者も多く、とても場慣れした空気を漂わせている。
「あの、すみません、少しいいですか?」
「んー? なんだい兄ちゃん見ない顔だね、新入りかい?」
なんとなく気になったので、近くの自分と同じ格好をしている年配の男性に聞いてみると、
作業員の先輩は大笑いしながらいきなりトランクスの肩をバンバンと叩き始めた。
「うわっはっはっは!! 麻帆良名物の一つであるこれを知らんとはなぁ……おう新入り! 人生損しとるぞ、損!」
笑うことを止めない作業員の人は、それからどんなに質問しても「見てればわかるぞ!」
としか言ってくれず、とうとうあきらめたトランクスは一応の礼をしてその場から立ち去った……ように見せかけて、
実際は建物の誰も見ていない隙間から屋上へと飛び、さっきの場所を一望する。
そして、ようやく見えるようになった円陣の中心に立つ人物を見て、その意外性に驚かされた。
「(少女――!)」
そう、まさに見たまんま少女だった。
褐色の肌に金髪。背も、囲み寄る男たちの半分もないほどに小さく、小柄だ。
筋肉だってついているのかわからないほどに、体も細い。
助けたほうが良いだろうかと判断しそうになったためか、しらずしらずと手は握られている。
しかし、それは次に目に飛び込んできた光景と、肌で感じた気によって、全く必要性の無かったことを教えられたのだった。
★
「さぁ、どしたアル? もっと強い奴はいないアルか?」
褐色の少女は華麗に地に降り立つと、構えを取りながら誰に向かってか自信満々に言い放った。
「うぐっ……くそっ……」
しかし、聞こえてくるのは地に転げる男たちの無念のうめき声だけであり、
期待していた返答はどこからも返ってくることは無かった。
そう、彼女の周りには、さっきまで意気揚々と声を荒げていた男たちが苦痛と無念を胸に抱いて一人残らず地に付している。
「うーん、いやーすばらしいね、クーフェイちゃん。今日もまたいいものを見せてもらったよ!」
構えをおろしたクーフェイと呼ばれた少女に、先程トランクスと話していた(?)作業服のおじさんが
拍手をしながら気の軽そうに話しかけてきた。
……ここまできたら、もう語らずともわかるだろうが。
この地に伏せてる男たちの全ては、クーフェイの放った一撃の下になすすべも無く沈んでいた。
「謝謝、でも今日は少し危なかったアル」
笑顔で答えるクーフェイは汗一つかいておらず、彼女にとって、
数十人と戦うことすらせいぜい、ウォーミングアップ程度にしかなっていないのかもしれない。
ただ、
「(はぁ~……最近手ごわい好敵手というもの、全然現われないアルね)」
それだけに、強いものと戦うことを第一に望む彼女は退屈していた。
実際は同じクラスに、『真名』『楓』『刹那』を筆頭にあと数人、彼女と同等かそれ以上の実力を持った戦士がいるのだが、
この面子は少々癖が強く、たとえ「戦ってくれ」と真正面から言った所で何かしらの理由をもって断られるのがオチだということを、
クーフェイ――――『古菲』はよくわかっていた。
何より、彼女は新しい好敵手がほしかったのだ。
しかし毎度のごとく現われる先程の有象無象は――――確かに強くなっている輩も多いが――――まだ、
誰一人として彼女のいるレベルまでは遥かにたどり着いていない。
所属している中研部においても彼女のレベルは周りから一つ二つじゃ足りないほど飛びぬけており、
相手がいないことに変わりは無かった。
「学校、いくアルか……!」
寂しさに似たものを感じながら、遅刻するわけにはいかないと思いその足を母校に向けたとき
突然、建物の合間にある細い路地から、強烈な殺気が漏れ出していることに気づいた。
とっさに荷物を落とし、路地に向かって身構える。
空気が震えているのをハッキリと感じ取れる、この先にいるのは――間違いなく強者だ。
「誰かはシラナイけど、出てくるアル!!」
叫ぶや否や、のそり、とめんどくさがるようにその強者は影から体を出す。
その姿を見た瞬間、古菲は一瞬だけ息を呑んでしまった。
「ヒトじゃ……無いアル…………」
目の前に姿を現した何者かは、人間の形をしていなかった。
体には凹凸が多く、体色薄い緑、ぼこりと膨れ上がったような頭部は脳みそのような形をしており、その頭上には光る輪がふよふよ浮いている、
見るものに気持ち悪さを覚えさせるには十分な、醜悪な外見だった。
愕然とした顔でそれを見る古菲に、わずかな隙ができたことは言うまでも無い。
「キィェ――――ッ!!!」
“怪物”は叫ぶや否や、イキナリ猛スピードで古菲に詰め寄り、
三本しかない指でつくった拳を無防備な横っ面に振りぬいた。
はっとなり、目前に迫る拳に壁を作る。かろうじて防御は間に合ったが、
横面をかばうように立てた腕に怪物の細い腕があたり――――
「!!?」
鈍い音を立て、古菲の体を防御ごと吹き飛ばした。
宙に浮いた体は彼女から数メートルは先にあったであろうコンクリートでできた建物に背中から激突してから、
やっと止まることができたのであった。
「が、はっ……」
詰まるような息がでて、古菲は地面に膝をつく。
そして、これほどの強敵を前に間抜けにも無防備になってしまう己の未熟さに唇をかみ締めた。
彼女の周りでは、道行く人々が武道チャンピオンを襲った出来事に皆が皆足を止めて見入り、
先程の有象無象と戦っていたときとなんら変わらぬテンションで騒ぎ出している。
怪物は、起き上がる古菲にすばやく近づくと右足をあごに向かって蹴り上げる。
当然これはモーションが見えていたため体をそらすことで難なくかわせたが、
その際に、軌道上にかすった前髪が風圧でやけ焦げた。
お返しにと、そり返ったままバク転をするような形で怪物のあごを蹴り上げると、
すでに次の攻撃の予備動作に入っていた怪物は近づきすぎていた結果、カウンターで蹴りをもらい、
後ずさるようにして2,3歩ほど後退する。
古菲は体制を整えて着地すると、追撃として、天を見上げてたまま露になっている怪物のあごに渾身の力で掌底を加えた。
さらに怪物の体が開き、そこに古菲は一気に飛び込む。
無防備な腹に体ごとひじを打ちつけ、流れるように背後に回りこむと、首の裏――延髄にも一撃。
そのまま足を引っ掛け、体制の崩れた怪物の体を固い地面に思いっきり叩き付けた。
めしゃあっ、と固いものが押しつぶされるような嫌な音が響きわたり、誰もが古菲の勝利を確信する。
その中でただ一人、誰であろう古菲だけは構えをとかず、
それどころかさらに神経を尖らせ、鋭い目つきで息を呑みながら地面に付している怪物を見つめていた。
「(これで……終わるはずが無いアル)」
ピクリとも動かない怪物を見つめながら、古菲はそう思う。
しかし、それから数分の時が経っても、怪物は死んでいるかのようにして体を動かすことは無かったが、
その時間は、同時に異常なまでの古菲の気に近づくことすらできなかった周りの者を落ち着かせるには、十分な時間だった。
「やあやあやあ、ずいぶん手こずったねクーフェイちゃん!」
あの作業服の年配のおじさんが、何時もの調子と言わんばかりに気楽に話しかけ、
またしてもその一瞬、古菲は気をそらしてしまった、その一瞬、
―――――急に足首に痛みを感じた古菲の体が、あっけなく地面に倒れた。
「……え?」
呆然とした顔で様子を見るおじさんには何が起こったのか全くわからなかったが、
倒れて地面に手をつく数瞬のうちに、足首の痛みを感じた古菲はなぜ自分がこうなったのか、なんとなくそのわけを理解した。
おそらく、怪物はあの気のそれた一瞬で体勢を入れ替え目にも留まらぬすばやさで古菲に足払いを仕掛けたのだろう。
その証拠に、わずかに宙に浮いたとき彼女が見たものは、崩れる自分に向かって一直線にを拳を振りぬく
勝ち誇った邪悪な笑みを浮かべた、怪物の姿だった。
★
「ええ……はい、はいわかりました。ご連絡をありがとうございます。では……」
そう言って、ロングヘヤーの似合う眼鏡をかけた妙齢の女性が手に持つ携帯の電源を切り、
目の前の机に座る近衛右門に目を向けた。
「……どうじゃった?」
「内臓器に以上は無いそうですが、『体そのものへのダメージが大きく、
日常生活には支障が無い程度ではあるが、しばらくは戦闘を控えるように』、とのことです」
「そうか……」
短く返すと、心配事がとりあえずは一つ消えたことにによって生まれた安心感に近衛右門はほっと胸をなでおろす。
「しかし……」
妙齢の女性は疑問の声を挟む。
「個人的な意見ですが、あの刹那がそう簡単に敗れたとは思えないのですが……」
用件は、『桜崎 刹那』のことについてだった。
昨日の午後、刹那の形をした式紙が学園長室に入り近衛右門に対して刹那本体の窮地を伝えた。
ことを重く見た近衛右門がすぐさま救護部隊を派遣し、刹那自体は窮地を脱したようだが、
依然として命の危険性は高く、緊急で治療が執り行われた。
「……刀子君は、気づいたかね? 昨晩出現した異常な“気”に」
刀子と呼んだ妙齢の女性の疑問から、しばらく間を空けて近衛右門は言った。
「ええ、確かに恐ろしい力を感じた気がします、が! ……まさか、それが?」
「うむ、“それ”が刹那君を襲った可能性は十二分にあるんじゃよ」
言葉を詰まらせる。刀子は神鳴流の剣士として刹那に修練を課したこともあったが、
そのときの彼女からは年齢に反して不完全でありながら驚くほどキレのある技を見て、
小さな体に秘めた才能と潜在能力に背筋が震えるほどの驚嘆を覚えたものだ。
「かなり高位の悪魔か鬼がが召喚されたということですか……?」
「なきしにもあらずじゃ……さて、報告をありがとう。もうさがってよいぞ、刀子君」
はぐらかすように中途半端なところで、近衛右門は言葉を切らした。
それに否応無くおかしさを感じた刀子は、
詰め寄ろうと歩を進めようとしたが――哀愁をただよわす横顔を見て――その足を止めた。
「失礼します」
無機的に言うと、その場から早足で去ったのだった。
★
向けられる拳を一つ受けるたびに腕が軋み、肉は麻痺し、骨が悲鳴を上げる。
あのパンチをボディにモロに受けてからというものの、古菲は防戦一方に追い込まれていた。
強烈なパンチが暴風雨のごとく降り注ぎ、反撃に転ずる暇も無い。
しかも一撃一撃が重くて強いため、いつまでもブロックは続かないだろう。
……かと言って受け流そうとすれば、拳に触れた瞬間に拳圧によって弾き飛ばされる。
勝てる見込みなど、ハタから見ていてありえなかった。
「くっ……」
古菲は疲れきって動かない体を懸命に動かす。
今のところすんでのところで直撃は無いものの、感覚の無くなってきた腕や足からして、
致命傷を受けるのは時間の問題だと体が教えていた。
「(う……腕が重いアル……)」
体で解っていたことがとうとう頭にも回り、精神までもが大幅に削られていく。
いい加減終わってもおかしくないはずの怪物の連打は、ブレーキを知らないように終わることは無い。
周りの者たちも、テンションも言葉も忘れて、ただ押し黙った状態で見入ってしまっていた。
「キェエェエエーーーーッ!!!」
そんな中で、怪物は一向当てられないことに苛立ったのか、それまでの連打をぴたりと止め、
右拳を大きく振りかぶった。
ガードの隙間から眺めていた古菲が、目を光らせた。
「まてたアルよ、大振りになるこの瞬間……」
よろよろの体を強引に動かし、打たれ続けていた間に練り続けた気の全て拳に集約させる。
――ドンピシャリのタイミングでのカウンター。
古菲はこれを狙っていた。最初で最後のチャンスであろう、この展開を。
振りぬかれた拳はしまえるわけが無い。
ましてや一撃必殺の大振りパンチを止めるなど、最高クラスの達人でも難色を示すもの。
お互いの拳が交差する瞬間、古菲は勝利を確信した――――
―――――しかし、その拳が誰かを捕らえることは無く、虚しい空振りが空気を裂く音だけが響いた。
「(消え――?)えっ……な……」
ワケが解らなかったが、驚愕に見開いた目が怪物の姿を捉えたとき――古菲の頭の中で答えは弾き出された。
『あの大振りは、フェイクに過ぎなかった』と。
拳が眼前まで迫った時、「これは殺す気で放たれている」ことを改めて実感した古菲は、
彼女らしくなく、一方で年頃の少女のように強く目をつぶった。
自らの未熟を思い知り、怪物の狡猾さに拍手をしたいけど、もうできないだろう。
―――――悔しいアル……もっと、もっと強く、この怪物を一撃で倒せるほど強くなりたかった――――
それまでは『強いものと戦って逝く』ことは本望だと感じていたが、今まさにその瞬間を迎えようとして、
それは真っ赤な嘘、大違いだったことに気づく。
にじみ出る悔しさと、もっと強くなりたいという無念だけが混ざり合う。しかし、それはかなうことは無い。
死んだら、なーんにもない『 無 』になってしまうからだと聞いていたからだ。
――ああ、それにもっと肉まん食べたかったあるなー……
最後に全く関係ないことを思い、最後の覚悟を決めた瞬間、異変は起こった。
拳によって巻き起こった風圧が、突然その勢いを止めたのだ。
理由はわからない、しかし、目を開けたくいは無い。
「(開いた先に、バーンと大きな門があって、地獄の閻魔様が座っていたらどうするアルか? ……多分戦うアル。
それもいいかもしれないアル、この世では――あ、今はあちがあの世? ――強くなれなかったアルが、
その分あの世で強くなればいいアル!)」
なんとも前向きな彼女らしい考えの後、
恐る恐る開いた視界に映っていたのは地獄の門でも屈強な閻魔様でもなかった。
先程と変わらぬ麻帆良の風景。
ただ、変わっているのはあの怪物の顔が苦痛にゆがんでいること。
暴れまわる怪物をもろともせず、
古菲に向いた手の首をわしづかみにして離さない作業服の青年が立っていたことでぐらいである。
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