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其の十三  名前聞いてない 投稿者:鉄人 投稿日:06/10-19:34 No.2512  



「ギーッ、ギッギアアァッ…………!!!」

 怪物がうめき声が響き渡る中、古菲はぼうっとして作業服の男を見つめていた。
 目が見えないほど深くかぶる帽子の隙間から、紫色の髪がさらさらと風に揺れている。
 すっと引き締まったあごが古菲に向く。

「……あ!」 
「…………」

 目が合った。
 特徴ある青い瞳が、顔を覆う影によってハッキリと浮かび上がっている。
 しばらく見詰め合った後、彼は怪物のほうへ向き返り……何か思うところがあったのだろうか、
 あろうことか、怪物の手をあっさりと離した。

「ギギイッ!!」
「あ……危ないアルよっ!」

 怪物は握られていた手首を押さえながら、憎しみと怒りを孕んだ目で彼をにらみつける。
 彼が何を考えているのか表情からは読めなかったが、
 彼の体からにじむようにして湧き出てくる気から、何をしようとしているのか古菲にはわかった。
 
「大丈夫です」

 心配そうな古菲に彼は微笑んでそう応えた。
 言い終わった直後に、彼の体から湧き上がる気の量が一気に増す。
 
「ギッ!?」 

 怪物もこの変化を敏感に感じ取っていた。
 表情が一変し、恐怖に脅えた子供のように体全体で引きつっている。

「…………!!!!」

 古菲はただただ声が出なかった。
 そして同時に、心の奥底にちくちくした何かが芽生えていることに、このときはまだ気づかない――――

「さて……覚悟はいいな?」

 彼は冷たい声で言うと、古菲にも怪物の目にも止まらない速度で駆け出した。








              N&D 其の十三  名前聞いてない。







 結果は、もう言うまでも無いほど彼の圧勝で終わった。
 彼が駆け出す瞬間に怪物は逃げようとしたのだが、
 その行く手に先回りした彼のたった一発のパンチでカタがついてしまったのだ。 

「(す、すごいアル……まだこんな使い手がいたなんて……)」
 
 古菲は驚きに開いた目と口が塞がらなかった。
 ただ、その驚きの多くは、彼が一撃で怪物を倒したことよりも、
 これほどの使い手がいながら、今の今まで全く気がつかなかった自分に対する無知の分が大きかったりする。

 もはや動かない怪物のことなぞ、古菲の頭からはほぼ除外されていた。

「大丈夫かい? 怪我は……してるね」
「な、なにするアルか!!」
 
 と、考え事をしていた古菲は、声にはっとなって覚醒し、
 彼の顔がどアップで目と鼻の先にあったことに気づき、悲鳴とともにおもいっきり頬を叩いた。


            パッチ―――ン……  


「……はっ、しまったアル!!」 
 
 思ったときにはもう遅く、よく響く炸裂音が鳴り響くと彼の顔は
 横っ面を向いたまま眼を点にして固まっている。
 
「だ、大丈夫アルか……?」

 おずおずと顔を覗き込むと、彼はやや苦笑いといった顔つきになった。
 
「やれやれ、それだけ元気があれば大丈夫ですね……ほらっ」

 頬をぽりぽりとかいて立ち上がった彼に手を差し伸べられ、
 ようやく自分の体が「腰が抜けて立てない」状態で地面に座り込んでいることに気づいた。

「ありがとアル!」

 とりあえず出された手を握ると、軽くひょいと持ち上げられた。
 立ち上がった直後に、彼が古菲の手に何かを握らせる。

「くすり……といっても絆創膏とシップしかないですけど、使ってください」

 一方的にそれだけ言うと、彼は帽子をかぶりなおして背を向けた。

「あっ……、ま、待つヨロシ!!」
「?」
 
 以外にも、彼は一言で足を止めてくれた。
 どうやら、人の話はちゃんと聞く人間のようだ。

「私と、勝負するアルよ!!!」
「……はい?」
 
 イキナリの宣戦布告、しかもご丁寧に指差し指名まで、
 効果音をつけるならビシッ、かドーン、だろうか?

「ぷっ、くくくっ、はははっ」
「何がおかしいアルか!!?」
 
 いきなり笑い出した彼に、理由がわからない古菲はムキになって不平をたらす。
 しかし、そのムキになった様が彼の笑いを余計に広げてしまったようだ。

「ははは。いや、すみません。君を見ているとある話を思い出しちゃって……」
「いい大人が失礼アルよっ! で、結局やるアルか?」
「んー、どうだろう……少なくても君は一つ大変なことをしていることだけは確かでしょうけど」
「?」 

 言われて、古菲は頭をひねった。
 
 ――――大変なこと……何のことアルか、一体??????? 


 そのとき、ふと遠くのほうから鐘の音が聞こえてきた。

「! 鐘の音……――あっ!!」 

 古菲は気づいた、今自分がしてしまっている大変なことに……
 落ちているかばんを拾い上げると、こびりついた砂や砂利など一切目もくれずに
 ある場所に向かって走り出す。

 トランクスの伝えた、大変なこととは




「ちっ、遅刻アル――!!!」




 ――――遅刻だった。










「――――――で、けっきょくその王子様には逃げられたわけ……か」
「まぁ、おかげで遅刻しなかたアルけど、う~っ」

 休み時間、隣に立つ真名は古菲の話を聞いてくすりと笑いを漏らした。
 話の当人である古菲と言えば、悔しげに頬を膨らませて頬を赤く染めている。
 そんな古菲が可愛く見えたのか、真名はまた、上品にくすりと笑った。

「(――しかし、古菲ほどの使い手を簡単に破った魔物と、その魔物さえ楽々葬った作業服の男……か、
 そういえば、刹那の方も何か強力な魔物にやられたんだったな。……なにか、関係が――?)」
「ど、どしたアルか、真名? 顔が怖いアルよ」

 心配そうにためらいながら聞く古菲に、自然体になって「なんでもない」と言う。
 しかし、「なら言いアル」とにこりと笑う古菲はその実、真名の真剣な顔が頭の隅に引っかかっていた。 

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