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大魔導士は眠らない 17話 紫紅の魔皇(×ダイの大冒険、オリ有り) 投稿者:ユピテル 投稿日:08/15-10:13 No.1108
「なんだ貴様は?」
見下ろした目つきで目の前の青年を睨めつける。その瞳に宿るは侮蔑の色、魔の者がもつ特有の色がはっきりと見て取れる。
モンスターの大群の向き合うは一人の青年、その瞳には鋭く冷たい色が浮かんでいる。
その青年の左右に控えるは黄金の獣、片や巨狼、片や不死鳥。彼らは夜空に鎮座し静かに主の命を待つ。
「俺か? 俺は……」
ポップは口を歪める。彼には通り名がある……人類を救った英雄、大魔導士の称号を。そしてもう一つの呼び名は……
「紫紅の魔皇だ」
自らの血と敵の返り血に身を染め上げ、敵を消し去るまで止まらない、狂った魔法使いの皇。
モンスターや果ては人々までが畏怖する英雄の、彼のもう一つの通り名であり、忌み名である。
大魔導士は眠らない 17話 紫紅の魔皇
「紫紅の……魔皇だと!?」
モンスター達から恐怖の表情が浮かび上がる。その名はモンスター達にすら恐れられているのだ。
彼らは怯えを隠すかのように殺気を身体から立ち昇らせる。しかしその表情から動揺は消えない。
『紫紅の魔皇、それは触れてはならない禁忌の存在、生き延びたくば決して関わるべからず』
闇の者達にすら恐れられる青年はただ無言のまま彼らを見つめ、いや眺めていた。
「はっ! 嘘言ってんじゃねえぞ人間が」
一人の地獄の門番が鼻で哂う。その視線からは侮蔑以外感じ取れない。
「お前ら何ビビってんだよ、ここはあの世界じゃねぇんだ。アイツがいるわけねぇだろが!!」
「そ、そうだよな……」
「あの世界じゃないんだったよな……ヘヘヘ」
その言葉にモンスターたちの表情が変わる、恐怖から優越へと。更に彼らの瞳にはこんな人間に恐れた己に対する怒りで満たされていた。
指の骨を鳴らす者、己の得物を煌かす者、魔力を集える者、全ての魔物が青年へと牙を向く。
殺気立つ魔物たちに感情を乖離した彼の瞳が淡々とした光を放っていた。
「殺せ!!」
誰かの叫びと共にモンスター達は一斉に彼らに襲い掛かってきた。
まるで死体に群がるハイエナのようで光景に通常の人なら吐き気を催すかもしれない。
ポップはその様子を眉一つ動かさず、モンスターたちが迫ってくるのを眺めていた。
(あの世界ということはここが異世界ということは知っているんだな……)
他に知っている情報を吐かせたいが少々敵が多すぎる。まずは敵の排除が優先すべくポップは二匹の使い魔に命令を下す。
顔を傾けることはない、ただ口を開きその名を呼ぶ。それだけで充分である。
「デュラン! メイラン!」
「「はっ!」」
ポップから殺気が放たれる。それは一種の衝撃波のように周囲に吹き荒れ、敵の動きを目に見えて鈍くする。
それと共に膨大な魔力が彼の手に集い始める。
その手に集うは殺意の塊。明確なる敵対の意思。
「お前たちにヤツラの殲滅を命ずる。一匹たりとも逃すな」
「御意!」
「イエス、マイマスター!!」
メイランが一瞬にしてその場から掻き消える。すると空気が爆ぜる音が響き渡る。
次の瞬間夜空に響き渡る絶叫の声。彼女は一瞬にして敵陣に突っ込んでいたのだ。
ソニックウェーブ、音速の衝撃波が敵を切り裂く。そして空から大地へ落下する死体を彼女は口から炎を吐き一瞬にして燃やし尽くした。
モンスターの死体と言えどこれらの存在が知られるのは非常にマズい。
故にポップは命じたのだ。撃破ではなく殲滅、彼らの存在を徹底的に消し去る。
その命に使い魔は忠実に従った。
「主様の敵は私の敵! 受けなさい、裁きの刻を!!」
メイランは音速の壁を一瞬にして打ち破る。そして彼女の過ぎ去った空間から放たれる風の刃が敵をズタズタに切り裂いていく。
モンスター達は慌てて距離を取るのだがスピードに差があり過ぎた。彼女から逃れる事ができず彼らは無惨に切り刻まれていく。
解体された肉は彼女の炎の魔法により炭と化す。
宙を旋回しようとした時、突如目前に広がる爆発の連鎖が彼女を飲み込んだ。
「ざまぁみろ!十体分のイオラだ。どんなヤツだって生きてやしない……ぜぇっ!?」
勝ち誇る地獄の門番は突如動きが止まった。周囲に魔物が怪訝な表情で見つめるが直ぐに恐怖と共に理解する。
地獄の門番の腹には巨大な空洞が広がっていた。
そして次の瞬間、地獄の門番は一瞬にして灰へと還る。その様子を魔物達はただ呆然と見つめるのであった。
その様子にメイランは目を細める。両翼を広げる、それはまるで聖母のように慈悲深く、そして死神ように無慈悲な死の顕現そのものであった。
「どうです、私の羽の弾丸のお味は?」
妖艶な笑みを浮かべながらメイランは再び翼をはためかせた。血煙が夜空に咲き乱れる、まるで桜の様に。
「ガァァァァァァ!!」
デュランの咆哮と共に振るわれる爪が容易くモンスターを絶命させていく。
彼は宙を蹴り、一瞬にして相手の懐に入ると容赦なく爪を振るう。魔族達も無抵抗な訳ではなかった。
しかしどんな刃も魔法も彼を貫く事は叶わない。
彼に切り裂かれ、堕ちていく死体にデュランは視線を合わせ呪文を唱えた。
「マヒャド!!!」
一瞬にして数十体のモンスターを氷の檻に閉じ込めると刹那の間に幾重も彼の爪撃が加えられる。
氷は粉々に砕け散り、大気に溶けて消えてゆく。それを恐怖の色に染まった敵達は呆然と見つめるより他ない。
「糞が!!」
アークデーモンの矛がデュランに突き立てられる。しかし乾いた音と共に矛が一瞬にして砕け散った。
砕けた破片が魔物の視界を塞ぐ。驚いたアークデーモンにデュランの牙が容赦なく突き立てられる。
さらにそのままデュランは首を捻り、敵の咽喉を引き千切る。鮮血が噴水の如く噴き出す。
彼の口から青い血が滴り落ちる。その姿はまさに獣、彼の瞳にはモンスターなど只の哀れな兎と等しく映る。
デュランは視線をモンスター達へと向ける。彼らは動揺を浮かべるがデュランは容赦なく敵を刈り取っていった。
「俺はマスターの牙だ。マスターに仇なす存在は全て排除する!!」
咆哮と共に疾走する姿はまさに神々を恐怖と絶望に染め上げたフェンリルのようである。
彼らの恐怖はまだ、始まったばかりだ。
「死ねーーーーー!!」
地獄の門番がもつ巨大な漆黒の鎌がポップに向かい振りかぶられる。月光が鎌を冷たく照らす。
その攻撃力は人を容易く真っ二つにする威力を秘めている。しかし彼はそれを片手で易々と受け止めた。
「……雑魚が」
ポップが指に一瞬力を加えると鎌は容易く砕け散った。その様子に地獄の門番は驚愕の表情を浮かべる。
それは砕けた己の得物に対するものか、それともそれを一瞬に破壊したポップに対してのものなのか、それは魔物以外知るすべはない。
ポップは一瞬にして敵の顔面を手で掴むと、その掌に魔力を集める。
バチバチと大気が焦げる音がする。
「イオ」
爆裂音が夜の闇に響き渡る。顔を吹き飛ばされ頭部を失えば当然肉体を動かす事など出来るはずもなく無様に落ちていく。
その姿をポップは何の感慨もなく見つめていた。
「てめぇぇぇぇ!!」
ヘルビーストが怒気を纏わせながら息を吸い込む。そして……
――――――――凍える吹雪!!
吹き付けられた絶対零度の風に一瞬にしてポップは凍てつく。彼が氷の中に閉じ込められたのを確認したアンクルホーンたちが氷を破壊しにかかる。
デュランやメイランは未だ他の魔物達を殲滅しており、ポップの状態に気づいていないのか助けに来る気配がない。
それ幸いとモンスター達は動けぬポップに殺到する。
「死ねや!!!」
突き出される刃の嵐、何の抵抗もなく突き刺さっていく。そして得物を振るうと氷が一瞬にして砕け散る。
恐怖の代名詞だった存在をこの手でかけた事に満足そうに見つめる彼らに死神の鎌が当てられた。
「残念だったな」
砕けた氷の破片から彼の肉体の輪郭が消えていく。その現象にモンスターたちは驚愕に動きを止める。
彼らは氷の檻に閉じ込めていた……と思い込んでいた事に今更悟る事となる。
ポップに一杯くわされたのだ。
「お前たちの魔力……貰うぞ」
ポップは両手を翳し呪文を唱える。それと共に彼の掌に不可視の渦が渦巻く。
「マホトラ!!」
魔物達の魔力がポップによって根こそぎ奪われていく。彼らは急激な魔力の減少に一種の虚脱感を覚える。
戦意が薄れるのを必死になって振り払おうとするが奪われ続ける魔力によりその反抗心すら削がれていく。
奪った魔力をポップは即座に収縮させていく。その顔はまるで能面のように無表情であり、感情の欠片も見受けられない。
「自分たちの魔力で消えろ」
淡々と告げる死刑宣告、彼の両手から巨大な熱量が発生する。その手に集う炎は一つとなる。
広げられた腕から迸る炎に敵は絶望の表情を浮かべる。逃げたい……だが身体は思うように動いてはくれない。
ポップの瞳はその手に集う炎とは真逆の氷の冷たさを宿している。
「ベギラゴン」
彼が両手を広げると放たれた圧倒的な熱量が周囲に広がり敵を一瞬にして燃やし尽くす。
モンスターたちは悲鳴すらあげることを許されずこの世から消滅していく。
それはまるで地獄の業火がこの世に舞い降りたような、まさに地獄絵図である。
その様子をただ淡々と見つめるその顔はまるで人形のようだ。
敵の容赦ない攻撃に一体、また一体と逃げ出そうと背を向ける。だが……
「逃がすか」
――――――――――バギマ
突如発生した真空波に一瞬にして細切れにされる。肉片すら残さないという意志がその無情なる攻撃から読み取れる。
その容赦ない光景に彼らは一歩、また一歩後退る。
(あれは悪魔だ、俺たちの比じゃない……ヤツこそ悪魔だ!!)
魔物の軍勢は絶望の中、奇声を上げ敵に突っ込んでいった。逃げるだけ無駄なのだ、この紫紅の魔皇には……
「デュラン、メイラン」
「「はっ!」」
ポップの掛け声に一瞬にして彼の横へと帰還する。彼らの表情には疲れの色は一切見受けられない。
あれ程の敵を殲滅して、だ。恐るべき体力といえよう。
当然ポップも息一つ乱していない。だが顔には出さないが内心では通常より消費が激しく予想以上に疲れていた。
「やっとこれだけ減ったか……」
彼の視線の先には恐怖と絶望に顔を歪めるモンスターたちの姿があった。だがそれも仕方ない事である。
空を埋め尽くせんばかりの敵の大群が今や百を切ったのだ、絶望の一つを抱きたくもなろう。
「くっそーーーーー!!」
ライオネックが怒声と共に殴りかかる。ポップの両脇にいるデュランとメイランが迎撃しようとするが彼に止められる。
ポップは静かに呪文を唱える。
―――――――――バイキルト
彼の肉体が魔法により強化される。ポップは僅かに肘を腰まで引き、拳を作る。
振るわれる拳に彼もまた拳を突き出す。その動作はやけに緩やかに見える。
激突する拳と拳、響き渡る鈍い音、そして……
「ギャァァァァァァァ!!!」
絶叫が闇夜に木霊する。ライオネックは突き出された腕に己が手を当て痙攣する。
ライオネックの腕はポップの無造作な一撃により見るも無惨な肉塊へと変えていた。
敵の青き血が服に、そして顔につくがポップの表情は少しも乱れない。
淡々と見つめる、その冷めた瞳で。
「がっ!!」
ポップは無造作にライオネックの顔を掴む。バイキルトによって強化された握力が敵の頭蓋骨にミシミシと嫌な音を鳴らす。
よく見ると指が頭蓋に食い込んでいるのが見える、その箇所から謎の液体がゆっくりと垂れ始める。
「お前には聞きたいことがあるから少しだけ生かしてやる」
視線は敵の群集に固定されている。ポップは口を歪めると片手を翳す、するとこの戦闘でもっとも巨大な波動が辺りを震撼する。
誰も動けない、動きたくない。
「お前ら運がいい……」
彼の手から突如巨大な炎が噴き出す。その熱量は今までの比ではない。まるで小さな太陽が目前に突如出現したかのようだ。
モンスターたちはただ呆然とその光景を見入っていた。
「コイツを拝むことができるんだからな……」
炎が形を変える。ゆらゆらとまるで炎から何かが生まれるかのように……そして彼らは目にしたのだ、その存在を。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
声なき声が闇を震撼させる。彼らは震えていた、自分達が屑だと思っていた存在が作り出したソレに。
(なんなのだ、一体アレは!?)
彼らの動揺にポップは初めて表情を変える。ポップは楽しげに……哂った。
「俺はこいつを真紅の竜と呼んでいる……中々可愛いだろう?」
ポップの手には炎のドラゴンが鎮座していた。そのドラゴンの瞳に当たる箇所から明確な意思を感じる。
それからは確かに敵を睨めつけた、主の敵を。
(何故ただの炎があのような形を成すのだ!)
モンスターたちはその炎を大きく目を見開いたままただ見つめていた。
何も出来ないことを感じさせ、抵抗する気力すら奪い去る圧倒的な存在感、それが……彼の炎。
「俺に出会ったのが運の尽きだったな……ゆけ、全てを燃やし尽くせ」
彼の命令と共に炎の竜は翼を広げ、敵へと飛翔した。翼が揺れる度に火の粉が夜空に舞い散る。
モンスターたちはその場から動かなかった。
もう彼らには分かっていた、この存在からは逃れられないということを。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
真紅の竜は敵を一瞬にして灰へと還した。
ライオネックは己の仲間が悲鳴を上げることさえ許されず命を燃やし尽くされるその光景に身体を震わせていた。
(何なのだあの破壊力は……あんなものは人間如きが放てるものではない!)
彼の瞳はまだ青年と呼ぶに相応しい目の前にいる人間に心底恐怖していた。
(こいつは……人間なんかじゃない!!)
ポップは敵が消えるのを確認すると視線をライオネックへと戻される。彼はゾッとした、ポップのその瞳に。
その瞳は何の色も浮かべてはいなかった、喜悦も侮蔑も何も。
「では質問に答えてもらおうか……」
(あぁ、何て冷たい声なのだろう。まるであの方のようではないか……)
「貴様らが何故この地にいる」
「さ、さぁな……知らない、がぁぁぁぁっ!?」
ミシミシと頭蓋骨が悲鳴をあげる。あまりの痛さにライオネックは反射的に足をポップに向かい振り上げた。だが……
「ギャァァァァァァァ!!!」
ライオネックの足はポップに当たることはなかった。何故なら当たる瞬間デュランとメイランによって切り落とされていたのだから。
膝から下を切り裂かれ断末魔のような悲鳴を上げる。その傷口からは絶え間なく血を流す。
悲鳴をあげる敵にポップは顔色一つ変えず無情に再度問いかけた。
「もう一度だけ聞く……何故この地にいる」
「し、知らねぇよ……気づいたら……はぁはぁ……この地上にいたんだ」
(知らないだと? 本当に知らないのか、それとも雑魚には何も知らされていなかったか……)
思考を回転させながらポップは次の質問をする。
「では次だ、貴様らの目的は何だ」
「し、知らねぇよ……ほ、ホントだ。ただ俺たちは町を破壊しろとしか言われてねぇよ……」
苦痛に顔を歪めながらライオネックは答える。
(どうやら本当に知らないようだな……使えん。まぁ対した情報は元々期待していない)
ポップの瞳に冷たい色が宿る。その色に魔物は理由もなく震える。本能が察するのだろう、死期が近づいていることを。
「では最後の質問だ。貴様らのボスは……誰だ」
既に息絶え絶えの敵にポップは最後の質問をする。その問いにライオネックは顔を楽しげに歪める。
「俺が、言うと……ッ!………思うか?」
ポップはさらに指先に力を込める。既に指先には青い血が付着していた、それほど深く食い込んでいるのだろう。
しかしライオネックは悲鳴をあげつつも言う様子はない。
ポップはこれ以上の時間は無駄に終わるだろう事を悟る。
(潮時……だな)
「そうか……」
ポツリと呟くとポップは無造作に放り投げる。ライオネックは青い血を流しながら静かに落下していった。
ライオネックに向かい手を翳す。すると突如ライオネックが高笑いをあげた。
それをポップは眉一つ動かす事無く見つめる。
「貴様がどんなに強かろうとあの方には勝てるはずもないわ! 地獄の底で待っているぞ人間!!」
彼の捨て台詞にポップは大した感傷も抱かずに呪文を放った。
―――――――――――メラ
その呟きと共にライオネックはあっけなくこの世から完全に焼滅した。
ポップは最後の捨て台詞について考えていた。
(あの方……か、この間麻帆良に侵入してきたヤツラも同じ事を言っていたな。つまり……西とヤツラが繋がっている?)
ポップは眉間に皺を寄せる。それは危惧すべき展開と言えた。
一体何時から、何処で、何の為に……考えても分かろう筈もない事である。
(いや、まだこれだけの情報で決め付けるのは得策ではない……だが)
ポップは遙か彼方にある自分の戻るべき宿を見つめていた。そこには何も知らずにこの旅行を楽しむ生徒達がいる。
彼女達に己の世界の魔の手が伸びる事などあってはならないことだ。
(油断はできないな)
少しだが情報も得たし、街の被害も皆無である。ポップは使い魔達の働きに労いの言葉をかける。
「デュラン、メイラン……お疲れ様、助かった……ありがとう」
「いえ……マスターの役に立てられよかった」
「主様から労いの言葉♪ 主様の命令なら例え私、火の中水の中土の中、何処にだって行きますわ!」
二人の言葉にポップは嬉しそうに笑う、先の戦闘とは違う彼の本心を表わす柔らかな笑みを。
ポップはあれからかなりの時間が経っている為、そろそろ帰らないと色々と問題が起こるだろうことを考え、旅館に戻る事を二人に告げる。
「二人とも……そろそろ戻るか」
「「はっ!」」
ポップは帰還するためルーラを唱えようとした。だがその時、突然彼に異変が起きた。
「がっ!?」
「「主様(マスター)!?」」
いきなりポップが崩れ落ちた。魔法の制御を失った身体は重力に引かれ落ちていく。
ポップは身体をくの字に曲げ顔には苦悶の表情を浮かべている。主の異変に顔色を変えるメイランとデュラン。
「まさか主様!?」
メイランはその症状に覚えがあるのか顔色を変え、ポップを背に乗せると急いで身の隠せる森へ降り立った。
「ぐっ…………がはっ…………」
ポップは苦悶の声を上げながら蹲り、両手を二の腕に掴むと思い切り握り締める。
彼の血管は恐ろしいほど脈打ち、肌からはっきりと見える。筋肉は異常な膨張を見せており、彼の腕は今や丸太といっても差し違えがないほどの太さだ。
さらに全身から脂汗を滲ませ、口元から涎と泡が漏れていく。
とても正常な状態とはいえない。
「やはり……」
デュランは顔を歪める。彼にも覚えがあるようだ。ソレはある意味当然といえる。
何故なら彼らはポップの使い魔なのだから。
「メイラ……ン……結界を……ッ!……早く………」
「は、はい!」
メイランはポップを中心点に五つ羽を大地に均等に突き刺し、結界を発動させた。
この結界は外部との接続を遮断するものである。そのおかげで声は周囲に漏れることはない。
結界が発動したのが分かるやポップは夜空の下で絶叫を上げる。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
身体をくの字に曲げ、あるいは自らの身体を引っ掻き傷つける。
既に草むらは彼の血で染まっていた。その顔にはいつもの余裕など微塵もない。
ただひたすら何かに耐えていた。その様子を使い魔たちは悲しげに見つめていた。
「主様……」
メイランは悔しげに見つめていた。もし人間だったなら唇と強く噛み締めていたことだろう。
(何故私は主様を救うことができない! この身は主様の為だけにあるはずなのに!!)
デュランは主の運命に憤りを覚えていた。
(何故だ! 何故マスターが苦しまなければならない!! マスターはただ救いたかっただけなのに!!)
二人の使い魔はただ見つめることしか出来ないこの身を呪った。
月が万物を照らし出す。その光は全ての存在を優しく包み込むが彼を癒してはくれない。
風がいくら優しく吹こうとも彼を包むことが出来ない。幾ら星が瞬こうとも彼に光は届かない。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
ポップは絶叫と共に大きく反り返る。彼の瞳は月など映していなかった。
―――――――――――――まだ、帰れない
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