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第一話:空白の心 投稿者:造形師 投稿日:07/23-01:59 No.966



 ――先生。


 ……誰かが自分を呼んでいる。


 ――先生。


 ……振り返り見えたのは、小学生ぐらいの少女の姿。


 ――聴こえてる?


 ……“見覚えのある少女”の姿が見える。


 ――ねえ。教えて先生。


 ……でも、その顔がよく見えない。


 ――なんで。


 ……その顔を見ようと目を凝らし……


 ――“私を見捨てたの?”



 “視えた”少女は炎と共に炎上した。









 その日、その瞬間、武原 仁は絶叫と共に覚醒した。

「ぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 声を上げながらベットから跳ね起き、頭を抱える。

 目の前が真っ赤だった。

 頭痛が唸りだし、吐き気が込み上げた。

 消化物の代わりに、絶叫を吐き出た。

 痛い。痛い。痛い。

 身体のあちこちが痛んだが、それより何よりも“心”が痛かった。

 胸が張り裂けんばかりという心象が一字一句間違う事無く、体感出来るほど痛い心の痛み。

 己の魂を千切り取られたかのような苦痛。

 何が原因なのか、何故そう感じるのか“仁自身”さえも理解出来ない苦痛と後悔。

 “絶望という名の後悔”。

 訳も解らぬ悔恨。

「ぁあ、はっ、はぁ!!」

 半ば気が狂いそうな痛みが走り、仁が原因不明の苦痛に胸を掴む。

 その瞬間だった。

 バタンと音を立て、二人の男女が部屋に飛び込んできたのが見えたのは。






 それより僅か数分前。

 ガチャンッ。

 武原 仁が眠る部屋から一人の女性が出てきた。

「……彼はまだ眠っているようだね」

 出てきた女性に声を掛けたのは、廊下の壁にもたれかかった男性。

 メガネをかけ、背広のポケットに手を突っ込んだまま柔和な笑みを浮かべる男の名は高畑・T・タカミチと言う。

「そうみたい。昨日発見した時から起きてこないわ」

 それに答えるのは同じくメガネをかけ、優しげな笑みで自らの恋人であるタカミチに答える源 しずね。

 一人は発見者として、もう一人は万が一の護衛としてここに立っていた。

 何故二人がここにいるのか?

「はぁ、学園長も人使いが荒いね」

 それはこの一言に限る。

 昨夜、謎の青年――武原 仁を発見したしずねから報告が入り、発見時の状況と発見した時から気絶したままだということを聞き出した学園長――近衛 近右衛門は、彼の保護という名の拘束と監視を、タカミチとしずねの二人に命じていた。

 そして、監視対象である仁に治療を施し、彼が自然覚醒するのを二人は待っていた。

 強制的に目覚めさせる方法も《彼ら》は持ちえていたが、それは《彼ら》を縛るルールに反するし、現段階でそこまでの危険性が確認されていない。

 長々といつ目覚めるかもしれない仁を待つ時間を、二人の男女は雑談によって潰していた。

 そうして、彼らの話題が一週間後にやってくる新米教師に移った時。

「ぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 突如聴こえたのは絶叫だった。

 恋人との会話を遮るように発せられた絶叫。

「っ!?」

 それに高畑・T・タカミチは瞬時に反応した。

 片手でドアを開き、聞き手をポケットに突っ込んだまま部屋の中に飛び込むタカミチ。その後ろに守られながら、しずねも室内に入った。

 そこで見えたのはまるで雨に濡れたかのように脂汗にまみれ、地獄でも見たかのような目つきでこちらを見る仁。

 “その瞳がこちらを睨んでいた”。


 ――ゾクッ!


(えっ?)

「どうやら気が付いたようだね」

 その瞳に昨夜見た焔の記憶が残像のように蘇り、タカミチが青年に話しかけているのにも関わらず、しずねはビクリと身体を震わせてしまった。

 まるで“天敵を目視した生物のように”。

 そんなしずねの様子など気が付いてもいないのだろう、仁はまるで幽霊を見るかのような目でタカミチとしずねの二人を見比べ。

「……ここは?」

 そう言った。

「ここは学園都市麻帆良。その中にある麻帆良学園の一室だ」

「……マホラ?」

 その名前に、仁はまるで生まれて初めて聞いた単語のような表情を浮かべた。

「キミは学園の敷地内で倒れていたのを保護したんだが……覚えていないのかい?」

 仁の怪訝そうな表情に、タカミチは状況を詳しく伝えるが。

「……憶えていない……いや……それよりも、なんで俺はこんなところに……」

 思考が混乱しているのか、仁はぶつぶつと呟きながら額に手を付けて考え込み出した。

 状況を把握しようとする仁の表情は必死そのもので、はたから見ているタカミチたちでもそれが嘘ではないのだと判断出来た。

 その様子にタカミチたちは、侵入してきた目的、その理由、彼が持っていた武装のことなどを尋問する機会失ってしまった。

 今の状態で色々と問い詰めても、さらに混乱するだけだろう。

「キミの名前は?」

 そう考え、タカミチは比較的簡単な質問をぶつけた。

 すると。

「――武原 仁」

 思っていたよりも簡単に答えが返ってきた。

 青年――仁自身も、驚いたように表情を変える。

「じゃあ、年齢は? 職業は? 出身は見たところ、僕たちと同じ日本人みたいだけど……」

「……年齢? 職業?」

 その質問を、仁は深く深く思い出そうとして……

「――思い出せない」

「え?」

 まるで“地獄”を見てきたかのような苦悩と絶望の表情で、武原 仁と名乗った青年はゆっくりと言った。

「……何も……憶えていない」

 まるで罪を告白する罪人のように、武原 仁はそう呟いた。





「記憶喪失?」

 そう言ったのは、まるでエイリア……いやいや、とっても不思議な後頭部を持った老人だった。

 今、仁の目の前にいる老人はここ麻帆良学園の学園長 近衛 近右衛門と名乗り、その顔を悩みに歪める。

「名前以外は何も覚えとらんと……うぅむ困ったのぅ」

「はぁ」

 そう言われても、困っているのは仁自身も同じことである。

 ――記憶喪失。

  正確には記憶健忘症とも言われたりするが、その種類にも色々とある。

 そして、その中で一番ポピュラーな症状が、“全ての記憶を失うこと”。

 重度ならば箸の握り方すらも忘れて言葉もままらないが、軽度ならば自分に関することがらだけを忘れて、知識のみが残っている場合もある。
 
 先程の様子から見て、仁の場合は後者だった。

「名前は憶えているのじゃろ? ならば、その内自然に回復するとは思うんじゃが……」

「はぁ」

 仁にはただ相手の言葉を頷くしか出来ない。

 状況も飲み込めない。頼るべき己も見出せない。

 まるで根に生やさぬ草花のように、吹かれれば飛んでしまいそうな不安定な自分。

 唯一憶えているのは――“己の罪悪”。

 拭いきれない喪失感だけが、自分を自分だと確立させていた。

「他に何か憶えておらんのかのぅ? そうじゃないと、こちらにも対処方法がないんじゃが……」

 そういう近右衛門だったが、実は彼には二つほど選択すべき方法がある。

 一つは警察などの治安機構に連絡し、引き取ってもらうこと。

 しかし、これには一つ問題がある。

 彼の発見時における状況が特殊だったためだ。

 彼を保護した時に発見した黒身の刀とライフルは現在こちらで回収したのだが、常識的に考えて現代日本において道端で刀剣とライフルで武装した人間など居ないことが上げられる。

 そして、調査の結果、黒身の刀の材質が現代科学では造られない技術によって出来ていることが判明した。

 そんなものを保持している人間が“俗世”の人間とは考えにくく、“裏”かその関係者だという可能性が非常に高い。

 故に俗世の警察機構に任しても解決出来ないだろうという判断が立つ。

 そして、これが最大の解決方法にして選びたくない解決案。

 “監禁する”。

 彼の記憶が戻る、もしくはその危険性を排除するまで拘束しておけばよい。

 危険性の高い状況証拠、不透明な経歴、そして危険性を排した安全策としては最良だろうと思える。

 ――倫理を無視すれば。

 そして、その倫理を無視する選択は《彼ら》のルールからも、近右衛門自身も取りたくはなかった。

 だから、近右衛門は問う。

 他の選択肢を。

「……他のこと」

 そんな物騒な選択肢を目の前の老人が考えているとはまったく思いもせず、仁は己の記憶を探った。

 まるで空に手を伸ばし、霞を喰らうかのような味気ない記憶の読み込み。

 そして。


 ――先生。


 胸を焼かれるような、“思い出”が頭に過ぎった。

 数瞬、いや数秒ほどだろうか。甘ったるく、けれどもどこか悲しい声が聴こえたようなした。

「――大丈夫かね!?」

「え?」

 そして、仁は呼びかける近右衛門の声で、自分が息を荒げて、脂汗をかいていることに気が付いた。

 つい先ほど着替えたばかりYシャツが再び汗に濡れてしまった。

 折角貸してくれたメガネの男性に申し訳ないなと考えながら、仁は思い出せたことを伝えた。

「――先生」

「?」

「そう呼ばれていた気がする。教師だったのかどうかは思い出せないけど、確かにそう呼ばれていた」

「なるほど。“先生”か」

 ニヤリとどこか悪巧みするような笑みを、近右衛門は浮かべた。

(え?)

 その笑みと言葉に何かとてつもなく嫌な予感がした。本当、ものすっごく、具体的にいえばどこか夏の入り始めの季節にあったような気がする。

 まるで悪夢の既視感。

 ダラダラと先ほどとは違う冷や汗が、Yシャツをさらに洗濯行き確定にしていた。

「教師になってみる気はないかね?」




「は」



「い?」


 そう武原 仁が生涯二度目の不思議質問を受けたのは、同じく人類初の不思議試験を受ける少年教師がやってくる一週間前のことだった。







 一話目 終了

沈黙なりし魔炎

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