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00-2 投稿者:B 投稿日:10/29-23:40 No.1523
それは剣戟であり。
敵の魔術を解析した情報に溢れる意識であり。
飛来する弾丸を把握する感覚であり。
握る剣を振るう意思であり。
◆
詰まるところ。
何か謀られているような気がしないでもない。
少し前から桜咲刹那という一つ年上の少女剣士が、顔を合わせる度に僕にやたらと構おうとする。之路さん之路さん、と何が楽しいのかいつもは年齢不相応に凛々しいらしいこいつは僕を見つけるや否や相好を崩して駆け寄ってくる。
小学生相手にさん付けしやがんじゃねぇ。何事かと思われるだろうが。と一度言ったのだがそれだけでこいつはそれまでの笑顔から一変して「迷惑でしたか……?」と今にも泣きそうな程に表情を歪ませた。
宥めるのに要した時間、二時間弱。
――違う。違うぞ。違うっつってんだろうが何泣きそうになってんだアンタは。いやまあ落ち着け。まずは落ち着けや。な? よーしよし取り敢えず落ち着ける場所を……お、あの喫茶店なんて丁度いいんじゃねえか? なぁに、座って茶ぁ飲みながらすこーしお話すりゃあ何が勘違いですれ違いで歯車の狂いなのかなんてすぐにわかるしそいつを正して仲良くなるなんてお茶の子さいさいってなモンさ――手を引きながら前進。以後、小学生が中学生を宥める図。
何なんだこれは。
この状況は。
いや、好かれているという事は流石に理解できる。理由なんぞ知らんがその事実は理解できている。年下が趣味なだけかもしれんが。
――だからといって、どうすりゃいい。
壊すか殺すかくらいしか能がない。
僕が刹那に与えられるものなんて、何も、何にもありゃしないってのに。
こんな状況、想定に無い。
……暢気に笑ってんじゃねえぞ瀬流彦。
それだけじゃねえ。
頭痛の種がもう一つ。もう一つだ。しかも結構重大なんだよコレが。
謀られているような気がしないでもないってのは、コレの事さ。刹那のクラス、知ってんだろ? あの一癖ありそうなのばかりが集められた隔離クラスさ。何の因果か、それともホントに謀られたか、学園長め、あの中の一人をコッチに引き込みやがった。しかも、だ。僕に直で影響が出やがる。いや、そこんとこは感謝してもいいかもしんないけどよ。ああ、今考えるとマジで仕組みやがったんじゃねえのかあの学園長め――
落ち着け?
オイオイ。
オイオイオイオイ瀬流彦君よォ。
僕が、この僕が動揺してるってか? そんな風に見えるってか?
冗談は夢の中でだけにしてくれよクソッタレめ。
僕はいつだって冷静だぜ。そう、今だって頗るクールだ。
知ってるだろ? 荒ぶる精神を精錬することこそが――ってやつだ。
OK。成程。つまり僕は常にクール問題無え。
その上で言うぜ。
あのクソジジィは一度くらい頭カチ割ってやるべきだ。
◆
問題は、単純に巡り合わせが悪かったということなのか。
偶然などと言い始めたら本当に参ってしまう。偶然――果たしてそれは何の隠語だというのか。
小さな冒険の始まりは、一本の電話だった。
「……ああ。一人だ。どうせ探検部の誰かが深くまで降りてきたんだろ」
『ではいつも通りに……いや、今回は少し趣向を凝らしてみようかのう」
図書館島の住居部――地底図書室と呼ばれることもある場所。警備の名目でそこに住む僕は家に備え付けの電話機で地上と連絡を取っていた。
今頃上では受話器から聞こえる『ふぉふぉふぉ』という奇妙な笑い声の主が妙な思いつきでも練っているのだろう。
愉快だ。
何がかって、その思考回路が愉快だ。
娯楽が少ないのだろうか。
学園長という名の僕の雇い主は時折、妙な発想で事を進める。
「何だ。何を思いつきやがったこのクソジジィ。故意に人様に迷惑をかけるような真似は悪だとお母さんから教えられなかったのかこのクソジジィ。そうか教えられなかったかこのクソジジィ。そいつぁ残念だ。実に残念。残念無念このクソジジィ」
『コノクソジジィって接尾語……?』
「――正解。ご褒美にはアナタの思いつきに付き合う人間が一名でーす。傍迷惑な思いつきをどうぞー」
『……むぅ。何だか釈然とせんが、まあいいじゃろう――』
打ち合わせは手早く済ませた。
こちらにしてみればただ脅かすだけの悪戯だが、やられる方にしてみれば最後まで『ドッキリです』と宣言されない傍迷惑な怪奇現象。
コトの始まりは簡単だ。図書館探検部というこの広大な図書館を把握することを活動目的とした部活動がある。たまにその活動に従事する部員はこちらの想定より奥まで入り込んでくることがあり、一定より奥には一般人に見られては不都合な物が色々と満載なこの図書館島においてはそういった『侵入者』は排除されなければならない。できるだけ穏便に、コチラ側を悟らせる事無く。
――の、筈なのだが。
この学園長はどうして色々とチョッカイを出そうとする。
まあ別にどうでもいい、というより堅苦しいよりマシなのでいいのだが。魔法具やらを保管する部屋への通路も閉じられているので、間違って開いてでもいない限り問題は無い。
「んじゃ、そういう事で」
『ふむ。わしも仕込みに入るかの』
「おう。頼んだ」
それで締めて、受話器を置いた。
読みかけの本に栞を挟んで、玄関へ向かう途中、不意に気付く。
思いつきに付き合う人間が一名じゃあねえな……人外が一名だったか。まあ些細な差だが、そこに拘ってしまうのは本来の生業からして仕方のない事だ。
「さぁて、迷える子羊ちゃんの出迎えにでも行きますかねえ」
外に出ると、見慣れた大空洞が僕を出迎えた。
巨大な木の根が張り巡る天井部。節操無しに湖にすら突き立つ本棚が乱立する大自然。背には西洋風の我が家。
奇妙な場所だ。上の階へと向かう階段を上りながら思う。
この大空洞が人為的なものかは定かではないが、地下でありながら光差す空間は魔力によって天井それ自体が発光しているからだ。陸地を覆う木々にしても自生しているものだろう。一見、不可思議な場所と思えるだろうが自然そのものだ。
だが、一度解析してみればそこかしこに魔法的な処置が施されているのは明白である。
「しかしながら、自然に見せかける高度な技術は神代の時代にありがちな言わば現代における遺跡、と」
造られた楽園。祭壇か儀式場か、はたまた実験場か。
何にせよ、この学園都市の地下には世界樹を核とした何らかの遺跡が存在しているのは明らかだ。寧ろ、その上に関東魔法協会の本拠地が置かれていると見た方が正しいだろう。
永劫回帰――と、ふとそんな思想が浮かんで即座に打ち消した。自らの奇怪な境遇を考えれば在り得ない事ではないとも思うが、
「自分がちっぽけなモンだってのは百も承知さ。……でもよ、そいつはあんまりにも酷ェよ」
在り得ない、と断じよう。此度の思考も、そう断じよう。何もかもが破棄されて、再起動した世界。この世が無情で無慈悲で在るがままにしか動かないというのは解りきっているが、それでもそれはあんまりだ。
既に半ば確信を抱きながら、それでも確証は何処にも無い。
僕は■■■として新たな機構に従って
――カット。
内心、溜息を吐く。
己を己と定義して以来些かも揺るがない無表情は、それでもやはり崩れる事は無かった。
「うわ、小っちぇえ。ってか小っこいなオイ」
「だ、誰かいるですかっ!?」
思わず声に出て、落ちた煙草の火を踏み消す。
子羊は、僕よりも小柄な女の子だった。だが、中等部の制服を着ている限り中学生である事に間違いはなさそうだった。
「つーかアンタホントに中学生かよ。小学生が中学生の制服着てる訳じゃねえよなぁ。小さいにも程がある――」
「小さい小さいと言わないで下さいっ。せめて小柄と言われた方がまだマシです!!」
「OKOKまあ落ち着けや」
前方に現れた僕の姿を視認して、当の女子中学生が一歩踏み出した。と同時に、がこん、とその足が床に沈みこんだ。
――罠だ。
「きゃうっ」
咄嗟にスイッチを踏んだ事でバランスを崩して踏鞴を踏む彼女の手首を引っ掴んで後ろにそのまま投げ飛ばす勢いで引き寄せる。直後、今の今まで彼女が居た通路が両側から盛大に崩れてきた本棚に塞がれ――どどどどどっ、と更に玉突きの様に後から後から凄まじい勢いで飛び出してくる本棚によって完膚なきまでに塞がれた。何なんだこの容赦の無さは。
一方、引き寄せた少女はその小柄さからか手放せば本当に投げ飛ばす事になる形で僕の後ろに滞空していたが、瞬き一つする内に重力に従って落下する。そのままでは腰でも打ち付けるだろうという懸念から、手を引いて横抱きに受け止めた。ぽすっ、と。
「…………」
暫し、視線が重なる。
「…………」
二人して塞がった通路の方に視線が向く。
……塞がっている。どうしようもない程に塞がっている。寧ろ本棚がこれでもかという程に積み重なっている。
「……あ、ありがとうです」
「いやいや何々。礼にゃ及ばねえ」
現状把握を終わらせたのか、礼を言う少女を床に降ろ――
「あぅ」
――して立たせようとしたらそのままぺたんと座り込んでしまった。
また、視線が合う。
「…………」
ああ。アレか。これは所謂アレか。
ええ。アレです。どうしようもなくアレです。
目と目で擬似的会話、意思疎通を成す。これをアイコンタクトと俗に言う。
「腰が抜けたかよ」
「はい。見事に」
まあ確かに。あんな風にそれまで居た場所に怒涛の勢いで積み重なった本棚を見れば、そうなるだろう。自分がその罠にすっかり嵌ってしまった場合を想像してみれば、尚更だ。
「……まあ、そんなに気にする事ぁねえよ。あれの下敷きになってたとしたら今頃見れたもんじゃなかったかも知んねぇけどよ」
「そ、そんなこと軽く言わないで下さい! 間一髪だったですっ!!」
「喚くな喚くな。怖かったのはわかったから喚き散らすなOK?」
こっちも腰を落として、座り込んだ少女の頭を撫でてやる。そうしてやっていると、涙腺が緩んだのか目尻から一筋、涙が零れ落ちた。後はもう堰を切ったように、だ。
ぽふぽふと頭を撫でて宥めながら、思った。
既視感。
少し前にもこんな事が――
「刹那か」
あった。大いにあった。
「…………?」
こちらの言葉に反応したのか、少女が顔を上げて僕を見る。どうやら癇癪は終息傾向にあるらしい。勝機。
「落ち着いたか少女A」
「あ、はい。どうもすみませ――って少女Aとは何ですか」
仮称だ。気にするな。
頭を撫でられるなどという行動からか、羞恥に顔を僅かに赤らめた少女は別の要因からまた顔色を朱に染める。
それはともかく。
「立てるか立てねぇか」
少女は一度手を突いて立ち上がろうとするが、無理だったらしい。首を左右に振る。
仕方ねえな。
「まずは、こう」
「え?」
座り込んだままの少女の足を揃える。
「そいで、こう」
「え?」
膝裏と背中を両腕で支える。
「んでもって、こう」
「な、なな」
持ち上げる。先程と同じ形だ。
本棚で塞がった通路に背を向けて、
「さて出口出口」
「なななな、なな何するですかーっ!!」
顔を真っ赤にしてわたわたと手足をバタつかせる少女。
一度目は仕方が無いとしても、今回は許容できないらしい。
「うるせーうるせー暴れるな少女A」
「だからっ、少女Aとは何ですかー!!」
仮称。
「扱いの訂正をっ、訂正を要求しますーっ!!」
「随分と丁寧に扱ってやってるだろうが」
わたわたわたわた。
その小暴れの間も、僕の歩みは止まらなかった。
「…………」
数分後、すっかり諦めたようで大人しくなった少女を横抱きにしたまま、僕は彷徨っていた。
天井まで届く本棚が形成する見知った通路ではあるが、そんな素振りを見せずに辺りを見回しながら出口への道を辿る。
その道中だった。口をへの字にして黙り込んでいた少女がぽつりと呟いたのは。
「……随分、力持ちなんですね」
「あ?」
「あなたです。人一人抱えたまま結構歩いてます」
「お察しの通り力持ちなんだよ。体格の割にはな」
指摘された通り、というより常識を鑑みれば少女よりは大柄だが世間一般の基準からすれば十分に小柄な体格の僕が少女を抱き上げてそのまま平気な顔で歩き回るこの状況は異常だろう。だが、非日常に分類されるこの状況下の当事者、さらに学園都市全域を覆うある種の認識阻害の影響下にあってそれをまともに疑問に思い続けるのは稀だ。少しもすれば、そういった不都合な疑問は無意識の裡に紛れ込んでいってしまう。
「綾瀬、夕映です」
「……あ?」
「ですから、綾瀬夕映。名前です」
「ああ、名前。名前ね」
はて。この短時間で存外に馴染んでいたのか。
互いの名を知らないでいて、不自然に思えなかった。
「枯葉山之路。……んじゃあ夕映っちよう」
「夕映っ……もういいです」
がくりと項垂れる夕映。なんだ、いいのか。
「夕映はよ、あれか? 図書館探検部って奴」
「はい。今年本校の中等部に上がって」
「へえ。中学一年生ねぇ。それにしたって小っこいな、僕より小せえ」
小さい、という言葉にまた機嫌を害したのか、口をへの字にする夕映。
「そういうあなたは何年生ですか」
「本校六年生」
「――は?」
「だからよ、小学生よ。OK?」
途端、夕映は口をぽかーんと開けて、目を丸くして固まった。
何だ。自分より大柄だからって同学年以上だとでも思っていたのかこの小さい子は。何て甘い。
「し、しかしあなたのように目立つ真っ赤な跳ねた髪の小学生なんて見かけた覚えは……」
「あー、登校拒否だ。いつも大体ここにいんぜ」
真実だ。在学はしているが学校には行っていない。大体は図書館島にいる。
「……何て事ですか。それでは」
また項垂れる夕映。それは小学生に抱き抱えて運ばれる事実を認識したからか。
そんな心温まる場面を経て、ぽつりぽつりと会話を交わしながら歩き続ける。
生協に置いてある抹茶コーラ等奇妙なジュース類についてだとか。
刀剣類は純粋に趣味嗜好なのだから人格的問題はまた別だとか。
学園長の頭部形状の不可思議についてだとか。
たまに見かける明らかに外国人の警備員さんは元軍人だとか。
一緒に図書館探検部に入ってできた友達のことだとか。
取り留めのない流れの中。
唐突に――後方からガコンと音が響いた。続いてズズズ、とまるで本棚が動いているような引き摺る音。
「――さぁて。のんびり歩けるのはここまでみてえだな」
来やがった。あっちも随分とのんびりしていたようだ。
「何ですか」
「後ろ、覗いてみな」
少し上体を持ち上げてやる。僕の肩越しに後方の暗がりを確認する夕映の目には、
「明かりが、二つ……?」
「ありゃあ目だろ。つまりは」
後方にいる奴が速度を上げると同時、僕も走り出す。
「お約束ですか!?」
「お約束って奴だなァ」
走る。
走る。
走る。
「き、来てますっ。後ろ来てますっ!! 道わかってるんですか!?」
「オイオイあんまし僕を舐めんなよ」
「わかってるんですね!?」
OK。任しとけ。
「運の良し悪しは放っといて決断力は一端のモンって大好評だ」
「全然駄目ですこの人っっ!!」
そんなこんなで本棚の通路を右に左に走る走る。
後ろを覗く夕映の顔色は奴の接近具合を僕に知らせる素敵メーター。既に青色だ。
青色が白色に移行し始めたその時、辿り着いたのは――
「あ、もう駄目です」
本棚に囲まれた袋小路。
メーターは後ろを見ずとも加速度的に接近を知らせ、更に色々諦めた様な音まで発している。
「この程度で諦めんな図書館探検部――きっちりしがみついてやがれ」
言って、夕映を抱く手を強くする。
袋小路。
だがそれを形成する本棚は通路を形作るものより遥かに低く僅か五メートル程か。
「何を――」
走る勢いもそのままに跳んだ。
後方の追跡者もほぼ同時に跳躍する。
進行方向を塞ぐ本棚が迫る。が、その丈の半ばを超えた僕はそのまま棚の一段を足場にして再び後方に跳ねる。
宙を返って逆さになった視界には追跡者――石造りの、剣を構えた全身甲冑のゴーレムの姿。それに、天に向いた足を振り下ろす。体勢を戻しながら踏み抜く様にしてゴーレムを蹴り飛ばし、同時にその反発力を利用して再び跳躍。
そうして、袋小路を見下ろす位置に着地した。
「ア、アクロバティック……」
途中から首筋にがっちりしがみついてきた夕映が、目をぐるぐるにして呻いている。
ゴーレムは――空中で叩き落されながらも流れるように体勢を整えていた。僕が再び走り出すのとゴーレムが動いたのはまたしてもほぼ同時。
幾つもの連なる本棚の上を通路とする区画に舞台を移して、鬼ごっこが再開された。
鬼ごっこを始めてからおよそ三十分経った頃からだ。
ゴーレムの挙動が、劇的に凶暴になっていた。
「あれがどういう風に動いているのかという疑問は置いておくとして、あの目の明滅具合からはどうにも『制御不能』というサインが出ているような気がしてならないのですが――」
「あ。やっぱそう見える? うんそうだね僕もそんな気がしてならないや。いやに凶暴化してきてるしよー」
ゴーレムの機動力が暴走状態に入ると同時にこちらも速度を遠慮無しに上げている。今や鬼ごっこも通路ではなく空中戦が主体だ。今この時も、虚空瞬動の応用で空中すら足場にして跳ね回っている。
――言ってしまえば、ドッキリであることも既にバレてしまっていた。
当然だ。
ゴーレムがその機能を最大限に発揮し始めればその能力は常人を遥かに凌駕し、それをあしらうには更にその上をいかなければならない。
結果。やけに冷静で存外に聡明だった綾瀬夕映という少女に激しい空中戦の最中不審な点を並べ立てられ、
狂言ですか。
狂言でしたすんませんありがとうございます。
やけにすんなりとバレてしまった。
そもそもあちらが暴走を始めた時点で失敗は目に見えていた。何たってこっちは荷物を一つ抱えているのだ。僕の戦闘速度は、夕映の身体に多大な負担をかけるだろう。手早く且つ穏便に始末を着けなければならなかった。
「いや悪りぃね。主に悪いのはあのクソジジィの手際だが」
「……あなたが私という荷物を気遣ってくれているのはわかってるです」
そこで言葉を切って、少女は目で語った。
原因は何であれ、足手纏いは心苦しい、と。
同時に、この不可思議現象は興味深い、という思惑も見て取れたが。
……この物好きめ。
「んーじゃあよ。僕の右手がちょっとばかり危険物になっから振り落とされねえようにしがみついてな。左手だけで支えることになるからよ」
頷いて、僕の首筋にしがみつく夕映を左手だけで抱え込む。夕映は凶器と化してゆく僕の右腕を見つめていた。
「 」
――我が手に悪意を。
そう、変革の言霊を吐き出して、右腕は黒鋼へと変じた。
まずは肘から指先までが鋼の質感と共に黒く染まる。
ぎぎ、と軋む音を立てながら伸長し膨張する。
最終的に人体のバランスを崩すまでに分厚い鉄塊と化した右腕は、五指を赤黒い刃に変じて形態変化を終えた。
そして、暴走するゴーレムとの最後の交錯。
虚空を蹴った僕は、夕映に向かって突き出された剣諸共に、
「そいつぁいけねえな」
魔力を纏った鉤爪でゴーレムを粉砕した。
◆
蹴りつけると、その扉は跳ねるように開いて室内を曝け出した。
「よう。今日も愉快な頭部してやがんなあこのクソジジィ」
「いや正直マジすまんかったぁ! じゃからその手を戻してくれんかっ!?」
室内に踏み込むと共に今度は両手を鉤爪状にして挨拶すると、学園長はやたらと慌てふためいた様子で何やら僕に懇願してきた。
どうやら今回の失態の重さを承知してくれているようだ。その重さは面倒事という具体性をもって主に僕が先程まで背負っていたのだが。
そう思うと、思わず刃と化している十指をかしゅかしゅと鳴らしてしまう。
「ひぃぃ……」
情けない呻きを上げる学園長を、どうしてやろうかと眺めているとコンコンと鋼の腕をノックされる。
「ンだよ」
見ると、後ろにいた夕映が隣にまで進み出ている。その目がゴーレム撃破時よりも興奮に強く輝いているのを見取って、嫌な予感が湧き上がってきた。
「待つです。あまり手荒にして喋るのに支障を来たしたりするのは看過できません」
少し話したいことがあります。と続ける夕映の感性はどこかおかしい。
「オイオイ。こっちゃぁ服も一着ダメになっちまったんだ。本来なら問答無用が筋ってモンだろ?」
膨張した腕に辛うじて被る、裂けた長袖の裾を摘んでみせる。
「言っちまえばよ、このジジィ反省なんざしてねェよ。あのゴーレムが暴走状態に入って操作手放した後でもこっちの様子暢気に見物してたんだろうさ」
「あ、それ正解」
「やはりかテメェ」
くい、と持ち上げた腕を、夕映が慌てて引き止める。
――危ねぇなオイ。
この腕が人間程度ならさくさくバラしてしまえる事くらいその目で見た筈なのだが、夕映はやはりどこかおかしい。道中も怖がるどころかぺたぺたと興味深げに生身の腕を触ってきて『もう一度じっくり見せてください』などと言う始末。
その様子は危機感が欠如しているというより、好奇心探究心の割合がそれより酷く多いようにも見える。こちら側の魔法使いや荒事を生業とする者でも異形に対する恐れを隠せなかったこの身体を、綾瀬夕映は恐れないし忌避しない。唯、珍しいものを見るかのように接してくるだけだ。
異形と化した腕を抱き止めるこの感触は、果たして一度でも経験があっただろうか――
「……離しやがれ。危ねぇだろうが」
「そう思うのなら控えてください」
気付けば、腕を下ろしていた。
その事に内心で舌打ちし、血迷うなと言い聞かせる。
「それで、学園長」
「ふぉ? 何じゃ?」
「私は結果的に見てはいけないものを盛大に見てしまったようなのですが」
「ふむ」
「ここはセオリー通り、記憶とか操作されてしまうのでしょうか」
「……それなんじゃがのう。少しばかり惜しい、と思ってしまうんじゃよ」
――待て。
「テメェ。何ほざいてやがる」
少し、想定外に対応すべく自己に埋没していれば、何か状況が妙な方向に向かっているような気がする。
何だその『惜しい』という科白は。
「ここに夕映を連れてきたのは僕じゃあ記憶操作できねぇからだろうが。さっさと――」
「そうじゃのう……之路君、少し大人しくしておれ」
学園長がその言葉を言い終わるより早く、室内の壁天井床、全ての面に魔法陣が浮かび上がる。
それは僕が外へ退去するより早く機能し始め、
「ぬ……封魔の陣か」
僕の身体を拘束し終えた。
魔力の出力が一息で零にまで落ち込み、呪詛精霊が活動を開始する。
身体機能に著しい制限がかかり、意図せずして床に膝を突いた。
異形の腕が意志を離れて人間のものへと変じていく。
そのまま倒れ込もうとする身体を、夕映が慌てて支えた。
「僕に、地に膝をつけさせたな近右衛門」
「すまんな」
だが、と学園長は何時に無く冷徹な面持ちで続ける。
「君のこれからの道にも関わる。……この老骨には、もう荷が勝ちすぎるわい」
「テメェ」
この野郎、まさか。
「綾瀬君」
「は、はいっ!」
状況についていけなかったのだろう。呆然としていた夕映は上擦った声で返事をした。
「この状況、聡明な君なら、わしが君に対してどう処置を取るか、大方の予想はつくじゃろう」
「……あなた達の側に引き込むつもりですね。しかし何故彼をこんな――」
膝を突いた僕を、それ以上倒れ込まないように非力ながら支える夕映の目は、やはり心配そうで、恐れなんて何処にも見当たらない。
何故だ。
何故。
「君は、優しいんじゃなあ」
「え?」
優しい、とは何なのか。
「わしはな、恐れておる。この地の魔法使いもわしも皆、表には出さんが必ず、何処かで彼を恐れておるんじゃよ」
優しい、と評される人であれば僕を恐れないという訳ではない。
「何、を」
「彼は自らを剣であると云う。振るう者に勝利を約束するそれは桁違いの超破壊能力を有する。山を砕き地を割るのも容易かろう。万の軍勢をも真っ向から打ち倒す。だが――その剣は意志を持っておる。振るう者がおらずとも、剣はその力を独りでに振るうかもしれん。それを恐れた者は剣を鞘に収め自らを仮初の御者としたが、それでも剣は恐れられた。枯葉山之路という存在はな、真実人間ではない。人から産まれたが人として産み出されなかった。そうと知られなければ人に紛れて永劫の時を征くこともできたかもしれんが、それももう難しかろう」
誰しもが恐れる力。
誰しもが恐れる剣。
「でも、でも彼は――」
「優しいのう、君は。人は彼の異形を垣間見て瞬く間に震え上がるというのに」
「彼はっ、之路は優しい『人』ですっっ!!」
では誰がそれを振るうべきか。
「――果たしてそうかのう? 枯葉山之路が人間で、枯葉山之路が優しいなどと、何故断ずる事ができる? 何せ――枯葉山之路は真正の剣じゃぞ?」
剣を恐れるものが剣を振るう。
「守ってくれましたっ! 少しの間でしたが、之路は私を守ってくれていました! 動けない私を抱きかかえて、落とさないように、脆い私を壊さないように、之路は守ってくれましたっ!!」
何て事だ。
「それはわしらにとって小動物を扱うのと同じ事かもしれんぞ? 可哀想だ、と気紛れに善意を見せた化け物かもしれん。人間と枯葉山之路の差は、本当にそれくらいあるのかもしれん」
それは滑稽と云われるべきではないだろうか。
「ずっと、他愛もないことを話していましたっ! 之路は刀剣類を眺めるのが趣味で、小学生だけど喫煙者で、無表情でもちゃんと笑っていました!!」
酷く、格好がつかない。
「でもよう、夕映。僕は剣だ。どこまでいっても、剣でしかねえ」
「黙っていてください!! あなたが自分を剣だと言っても、他の誰もがあなたを剣だと言っても、私にとってあなたは『人』です!! 私を守ってくれた優しい人で、友達です!!」
然るに。
「は。友達、友達か――ジジィ、ここまで啖呵切ってくれたんだ。やるんならさっさとやれ」
もし剣を恐れない者がいるのなら。
「ま、ここまでお膳立てされると気が引けんこともないが、見逃す手はないのう」
――ソイツが剣を握るべきだろう。
僕と夕映を囲んで、新たに一つ魔法陣が展開する。
「さて綾瀬君。取引じゃ」
「……取引ですか?」
「左様。君を魔法生徒として新たに迎え入れるのに一つ条件をつけよう。それを受け入れられないのならば、忘れてもらうことになる」
魔法陣の展開から徐々に、夕映は口論で上気した顔色もそのままにとろんとした目つきになっていく。
これは――精神誘導を受けていやがる。
待て。
待ちやがれ。
「なに、枯葉山之路との契約。条件はそれだけじゃよ」
「それは……具体的にはどうすれば……?」
既に口調にも変調を来たしている。
この状態ならば思考も鈍化していて当然。
「目の前の彼に思いのままにちゅーすればいいだけの事じゃよー。情熱的に」
「きす……」
「ジジィ――この状況で契約に持ち込んで、正気に戻った夕映が納得するとでも思ってんのか」
ふぉふぉふぉ、と奇妙に笑う学園長を背後に、夕映は動けない僕の頭を前から抱きしめてそのまま後ろに倒れ込む。
「けふっ、けふっ」
カーペットが少し衝撃を和らげるが、あくまで少しだ。夕映の首筋に顔を埋める形になっていた僕は、頭を持ち上げられ衝撃に咳き込み少しの正気を取り戻した涙目の夕映を見た。
「大丈夫です。少しおかしくなっているのは自覚していますが、完全に正気でもきっと私はこうします」
――だから安心してください。
言って、夕映は僕にそっと口付けた。
口付けて――そして慎ましさは即座に消え失せた。
舌だ。
こいつ、舌を入れてきやがった。
見れば、夕映の目つきは先程より更にとろんとしたものになっていて――
「んっ……」
正気じゃねえ――
――OKOKすこーしばっかりまちやがれー――
「……こここれで私は彼の主になった訳ですね」
言う夕映の顔は酷く上気していて、辛うじて冷静を保っているようにも見えるが内心で羞恥に悶えているのは想像に難くない。
「ファーストキスがベロチューかよオイ」
「言わないでください……」
だが、確実に僕と夕映の間には魔法的なラインが形成された。あそこまでやる必要があったかどうかはともかくとして、双方向に遣り取りを行えるこの繋がりは、夕映限定ではあるがこれまで精神防壁の関係から行えなかった念話を使用できるようになったという事だ。
「その契約方式はメジャーどころのパクティオーという主従契約とは違って枯葉山之路専用でのう、基本的に双方向に繋がっておる。殆どわしのオリジナルなんでカードもアーティファクトも出てこんのじゃが、念話や魔力供給は相互に行える仕組みじゃ。これは之路君がわしら魔法使いと違って己のみで魔力生成ができる性質を保有しとるからじゃな。従が主に魔力を供給できる形に仕上げておる」
「パクティオーとは何なんでしょうか?」
日常では口にされない言葉に、夕映が首を傾げる。
「一般的な契約方式じゃな。従者のカードが造られ、併せてアーティファクトと呼ばれる魔法具が供与されるがそれでは本国の方と関わりを持つ事になるのでな。いずれ之路君にとって不都合になりかねん」
嫌に気が回るなジジィ。
「何にせよ、これで綾瀬君は魔法生徒として扱われることになる。師は追々つけるでな。しばらくは勉学に励むがよかろう――さて、そろそろ夜も更けてきた。寮にはわしから連絡しておくが、同室の者も心配するじゃろう」
「……わかったです」
それでは失礼します、と言って夕映はすたすたと学園長室を出て行く。
――僕の手を引いて。
「オイ。待て待て待てやコラ」
すたすたと歩いて、学園長室から少し離れた廊下で漸く夕映は立ち止まった。
そして、ぽつりと。
「これで、良かったんでしょうか」
「……何がだよ」
ちらりとこちらに向けた視線は、どこか顔色を窺うようなあまり夕映らしくないものだった。
「私は、魔法というものに関わりたいが為にあなたと契約してしまったような……これは結果的にそう見られてもおかしくないです。……これでは、私は……」
「オイオイ夕映っちよ。オマエ、清廉潔白な聖人でも目指してんのか?」
「……でも、これではあなたがあまりにも軽く扱われてるです。……最低です、私……」
――まるで巡る金貨のような。
「ンなコト気にしてんじゃねぇよ。魔法を餌にしてたのはジジィだ。それによ、打算抜きで物事考えるような人間は馬鹿でしかねえ。――清廉潔白なんざ馬鹿の極みさ」
「でも」
「デモじゃねェ。自分の意志でやったんだろうが、ベロチュー」
「――ですから、言わないでくださいっ」
言われて、また耳まで真っ赤にする。
咳払い。
「はい。私はどこまでも自分の意志で、あなたと契約しました」
「ならそれでいいじゃねえか。何時か手放すまで、巡ってきた金貨はしっかり握っとけ――コロコロ他人の手に渡る役割ってのは、中々にキツイんだ」
時計を見ると、寮住まいには厳しい時間だった。
立ち止まった夕映の手を、今度は僕が引いて行く。
「それなら、大丈夫です」
妙な確信を抱いたような声色。
「この金貨はずっと、私が握り締めておきます」
「……期待しといてやる」
綾瀬夕映という少女は、綺麗に笑う奴だ。
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