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第01話:魔人、麻帆良に堕ちる 投稿者:SIN 投稿日:04/01-18:36 No.2201 <HOME> 





一般的にはあまり知られてはいないが、イギリスは正式名称を『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国』といい、その名の通り4つの非独立国から成る連合国家である。イングランド、スコットランド、北アイルランド、そしてウェールズ。これらの国が集まり『United Kingdom』という一つの国となっているのだ。

その内の一つ、ウェールズの一地方。そこは、古代ヨーロッパの時代から様々な伝説が息づく場所(ところ)であった。中でも最もポピュラーなのが『魔法使い』の伝説である。

今の科学万能の時代、それは単なる御伽噺として一笑されるものばかりなのかもしれない。だが、歴然とした事実・真実として、そこに在るものも確かにあるのだった。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △









ウェールズ―――― 多くの自然に囲まれた、とある町。そこに人知れず存在する魔法学校。


「この7年間、よく頑張ってきた。 だが、これからの修行が本番だ。 気を抜くでないぞ。 では、卒業証書を授与する。 名前を呼ばれた者は前へ」


神殿か教会の礼堂を思わせる大広間。端に礼服と思わしきローブを身に纏った多くの人々が居並ぶ厳かな雰囲気の中、壇上に立つ年老いた魔法使いの前に、名前を呼ばれた一人の少年が歩み出た。彼も皆と同じくローブを纏っており、これから開かれる未来に希望を膨らませている。

少年の名はネギ・スプリングフィールドといい、僅か9歳(数えでは10歳)にして魔法学校を首席で卒業した天才、そして見習い魔法使いである。

この後、彼の運命は大きく流転する事になる。『偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)』となるための修行の地として卒業証書に浮かび上がった場所と職業は『JAPAN(日本)』、そして『TEACHER(先生)』であった。

その地でいったい何が彼を待ち受けているのか……。今はまだ、誰も知らない。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △









ここは異なる時間、異なる次元、異なる世界。

『法』もなく、『秩序』もなく、ただ―――― 血と鋼鉄と肉と骨、そして魔力が支配する時代。




文明社会を全て滅ぼした『大破壊』から400年余の後、それを引き起こした異形の破壊神アンスラサクス率いる邪神群が復活した。

圧倒的は破壊力で世界全てを蹂躙していく邪神群。人々は、その邪悪の極限とも云える姿と力に、ただ神に祈り、慈悲を乞うだけだった。

しかし、その前に立ちはだかる者たちがいた。『無敵の魔人』、『伝説の魔人』、『古の大魔法使い』、『爆炎の魔法使い』と数々の二つ名を持つ男、ダーク・シュナイダーとその仲間たち。

ここに、人類と邪神との、世界の命運を懸けた戦いが始まったのだ。




かつて栄華を誇り、現在は廃墟となったエルフの首都、空中魔法都市キング・クリムゾン・グローリーにおいて激突するダーク・シュナイダーとアンスラサクス。

世界を震わせた両者の戦いは、今まさに終焉を迎えようとしていた。


「この『世界』はオレ様の遊び場だぜ、化け物! テメエは地獄に帰るがいい!!」


ダーク・シュナイダーの両手に超々高密度に圧縮された魔力が集まる。それは放たれるのを今か今かと待っていた。


「究極の暗黒の魔力(パワー)で……くったばりやぁあああーーーっ!!【超原子崩壊励起(ジオダ=スプリード)ーーーッ!!】」


撃たれた魔法は、無敵の魔人が持つものの中でも最大最強の呪文。直径数百mに及ぶ積層型立体魔法陣を使い、喚び出した4体の悪魔による前後左右からの憎悪・苦痛を伴った魔力の奔流。そして更に、直上方向からによるダーク・シュナイダーの一撃。あらゆる物質、あらゆる存在を原子レベルで崩壊させるもの。それは破壊神アンスラサクスとて例外ではなかった。


ぉおおおぉおおぉぉおぉおおおおお!! 」

「アーーーッハハハハハハ! 神め!! 死ね! 死ねェ!! 死にやがれ~~~~!!! ゲ~~ラゲラゲラゲラゲラ!!!」


なすすべなく滅びていく邪神を前に、ダーク・シュナイダーの嘲笑が高らかに響き渡った。『神』を、『正義』を公言し、全人類を破滅させようとした存在が、たった一人の魔法使いに敗れ去るのだ。自信の絶頂にある者を更に大きな力で叩き潰す。この快楽は誰にも止められるものではなかった。

しかし―――― 


…………哀れな…… 」

「なに……?」


原子崩壊の中、既に死に向かうだけのアンスラサクスが、ダーク・シュナイダーに対して憐憫(れんびん)の眼差しを向けた。


哀れだと言ったのだ……。 確かにお前の力は人間を遥かに超越している。 だが、いくら死力を尽くした処で、所詮は暗黒の力。 邪悪なる魔の力では、神を(たお)すことは出来ぬ……!! 」


僅かに残っていたアンスラサクスの額部分。そこから一瞬の閃光が放たれた。それは、常に強固な魔法障壁を展開させているはずのダーク・シュナイダーを、いとも容易く斬り裂いた。


「な……に…?」


呆然となるダーク・シュナイダー。左脇から胸部を通り右肩へ。その筋が境界のように、魔人の身体は両断された。


「(ちぃっ……!)」


これが致命のダメージだということは瞬時に判断できた。だからこそダーク・シュナイダーは魔力を集めて身体の再生にかかった。だが、それは一向に始まらなかった。


「(……ぃやべェ!! こっ……この力は……暗黒の(パワー)じゃねェ)」

戦うためだけに生まれてきた悪魔の化身。 神の創りし自然界に背く悪霊よ。 お前こそが……地獄に帰るがよい 」


アンスラサクスの言葉は、今のダーク・シュナイダーには届いていなかった。彼の脳裏には、これまでの事が甦ってきていたからだ。最愛の女性と過ごした17年間の事が……。


「(ひー……ヤバイ。 こーゆうノリ……記憶が走馬灯の様に……。 ヨーコさん……)」


彼女の名を呟いて、ダーク・シュナイダーは失いかけていた意識を取り戻した。自分はまだ、死ぬわけにはいかない。


「ずあああああああああああああああああっ!!」


残りの全魔力を使って身体を繋ぎ止め、修復を図る。激しく放たれる放電現象は、その魔力の強大さを示すものだ。しかし、それでもダーク・シュナイダーは一歩一歩、死に近付いていった。


……ムダだ、ダーク・シュナイダー。 オマエが如何に強大な魔力を振るおうとも……神が光の力を以ってした『次元幽閉』の封印は決して解けぬ…… 

「(馬鹿な……!! なぜ、テメエが……!!)」


再生が利かない理由。それはアンスラサクスが放った『光』にあった。それは『純粋なる光の力』だったのだ。暗黒の極限に位置し、死と破壊を司る魔人といわれた爆炎の魔法使い、ダーク・シュナイダー。ゆえに、彼の肉体は聖なる属性への弱点を持つ。破壊神の言う通り、光の力により彼の消滅は免れないものとなった。

しかし、謎が残る。『科学』という名の旧世界の魔法が『闇』から生み出した異形の破壊神アンスラサクス。それがなぜ光の力を使えるのか。

その答えは―――― 


『闇』では『光』に絶対勝てぬのだ!! 」

「あっ! あ!! ぐああああああああああああああああああああっ!!」

オマエがこの世界に帰還する事は二度と再びないであろう。 もう二度と再びな…… 」


それを知ることなく、ダーク・シュナイダーは断末魔を残して世界から消えた。切断された下半身だけを残して。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △









―――― 世界は戻る。


ウェールズの魔法学校で卒業式が行われる3日ほど前。

日本の関東地方にある都市『麻帆良学園都市』の学園長を務める近衛近右衛門は、雲一つない見事な星空にくっきりと浮かぶ満月を肴に、とっておきの日本酒を愉しんでいた。

だが、ここは近右衛門の家や居間ではない。眼下に広がるのは麻帆良の街並み。そして少し上を見れば、眼前にあると見間違うばかりの大きな月。そう、近右衛門がいる場所は、都市の上400mほどの空であった。

実はこの老人、魔法使いである。日本に2つある魔法使いの組織『関東魔法協会』の理事も務めていて、当然ながら、それに見合う実力も持っている。

とはいえ、これは単純な質問なのだが、寒くはないのだろうか? 今は1月の下旬。真冬だ。寝間着らしい作務衣に似た服装だけで空の上というのは老人には自殺行為ではなかろうか。

まあ、答えも単純だが、空の上にいるのも寒くないのも『魔法』である。空中浮遊と暖の魔法、さらには一般人に見つからないように認識阻害の結界を周辺に張ってある。一定程度の魔力(ちから)を持った人間以外には見つけることはできないのだ。魔法が一般にバレてしまうと『オコジョ(哺乳類・ネコ目・イタチ科・イタチ属、体長16~33cm程度、体重150~320g程度)』にされてしまう。さすがにそれは嫌だった。


「ふむ……おぬしも月見かな?」


酔いのせいで少し顔を赤らめた近右衛門が後ろを向くと、そこには黒い外套(マント)を羽織った一人の少女がいた。年齢にして10歳頃。長い金色の髪に綺麗な碧眼。顔立ちは、幼さがあるものの、美しい柳眉、整った鼻の形、艶やかな唇。彼女は、誰もが認める美少女だろう。


「フン……いい気なものだな。 人が毎日、忌々しい呪いに苦しんでいるというのに」


少女の口調には、外見には似つかわしくない、どこか老齢さを感じさせるものがあった。

彼女は吸血鬼だった。それも真祖の。名前はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。『人形使い(ドールマスター)』、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』、『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』と呼ばれ、恐れられた悪の魔法使いである。15年前、『千の魔法使い(サウザンドマスター)』ナギ・スプリングフィールドにより『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いを受け、ここ麻帆良学園の中等部の生徒となっているのだ。

そんなエヴァンジェリンだからこそ、近右衛門の酒をぶん取って飲んでも何も言われない。『中学生』なのだから本当は拙いのだが、実年齢として600歳前後の彼女には何を言っても効き目がないのは近右衛門も分かっていた。

というわけで二人は、満月に乾杯とばかりにチビチビと飲み始めた。

しかし、それもほんの暫くの間だった。


「ぬう……っ!?」

「何だ……この魔力は!?」


不意に感じられた巨大な力。それは自分たちがいる場所よりも遥か上空から感じられた。何者かが―――― いや、人かどうかは分からないが、その存在は学園都市全周囲に張り巡らされている結界を越えて転移してきた。

近右衛門には信じられなかった。いま感じた力は自分の魔法力を遥かに凌駕していた。隣のエヴァンジェリンも、それは分かっているだろう。これが悪意のないものならばよい。何とでもなる。だが、敵ならば非常に厄介だ。これほどに強大な魔力を持つとならば―――― 


「おい、ジジイ! 世界樹を見ろ!!」


エヴァンジェリンの言葉に、近右衛門は思考の海から引き揚げられた。下を見ると、麻帆良の中心である世界樹『神木・蟠桃』が淡く輝いていたのだ。


「何と!」

「いま感じた魔力と同期してるぞ! まさか、世界樹が喚び寄せたとでもいうのか!?」


近右衛門の驚きは二重になった。世界樹『神木・蟠桃』は、いわゆる魔法の樹である。その魔力は22年に一度の周期で極大に達し、樹の外へ溢れ出して周囲に魔力溜まりを形成する時がある。だが、それはまだ先。半年ほど後のことのはずだった。


「ぼけっとするな、ジジイ! 来るぞ!!」

「む! 月の方向じゃな」


エヴァンジェリンの叱咤で近右衛門は考えを一旦振り払い、来る何かに備える。

太陽の光を反射し、煌々と光る満月。その中心に、黒い点が見えた。


「あれじゃな」


それは徐々に大きくなっていく。と、それと同時に、叫び声というか、悲鳴のようなものが聞こえてきた。


「ぅ~~~~……お~~~~……ちょ、待てって! 何で飛翔呪文が使えねェって―――― 


それは人だった。少なくとも、エヴァンジェリンと近右衛門にはそう見えた。どうしようかと対応を決めかねていたところ、二人はその人物と目が合ってしまった。


「おい! そこのジジイと小娘! オレ様を助け―――― 


「ひょーーーーー!」

「くうっ!」


―――― ろ~~~おおおぉぉぉぉ……」


あっという間だった。助ける暇などない。その人物は二人のすぐ傍を掠め、ドップラー効果を残して下に落ちていった。


「あれは……死ぬな」

「どうじゃろうのう……下は運良く湖じゃし」


なにげに非道い二人であった。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △









麻帆良が世界に誇る図書館島が浮かぶ湖に、爆音と共に巨大な水柱が立った。すわ隕石が落ちたか、工学部のロケットでも打ち上げに失敗したか、と湖周辺に野次馬が多く集まってきた。

麻帆良の人間は、一部を除き、みんなお祭り好きだ。今回も結構な騒ぎとなったが、やがて三々五々、みんな帰宅していった。まるで、ここにいることがいけないことのように思えて……。

人っ子一人いなくなった湖周辺。だが、そこに真剣な顔付きをした何人かの男女が現れた。


「人払いの結界は?」

「問題ありません。 周囲300mに一般人の気配は認められません」


ぽっちゃりとした体格のスーツ姿の男の問いに、同じくスーツ姿に白木拵えの日本刀を持つ女性が答えた。


「しかし、何なんでしょうね?」

「これほどの魔力だ。 油断するな」

「生徒は下げた方がいいかもしれないな」


他にもスーツ姿の優顔の男。黒いスーツでヒゲ、サングラスの男。黒人系の肌の黒い男など。それに数人、大人に混じって中学生か高校生らしき者の姿も見える。


「おお。 みんな、すまんのう」


少しして近右衛門たちも合流し、彼らの元に降り立った。


「学園長、いったい何が―――― 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)!?」


黒人系の魔法教師ガンドルフィーニが近右衛門の隣にいるエヴァンジェリンを見留め、眉を顰めた。呪いを受け、生徒として麻帆良の中等部に通っているとはいえ、悪の魔法使いとして600万ドルの賞金首にもなっていたエヴァンジェリンを良く思わない者も多い。彼もまた、彼女を完全には信用しておらず、何かあった時はと常に構えている人間の一人だった。

睨むような視線をエヴァンジェリンは完全に無視した。いつものことだ。まともに相手をするほど暇ではない。


「まあまあ、いいじゃないですか」


ぽん、とガンドルフィーニの肩に手を置いて抑えたのは、かつてエヴァンジェリンとクラスメートだったこともある魔法教師、高畑・T・タカミチだった。


「すみません、学園長。 遅れました」

「いや、構わんよ」

「高畑君! だが彼女は―――― 

「おい、余所見していていいのか? 来たぞ」


ガンドルフィーニの言葉を遮って、エヴァンジェリンは、くいっ、と顎を動かして皆の視線を促す。その先には、湖から上がってきたスブ濡れの男がいた。無駄のない筋肉に覆われたガッチリとした体格、長身長髪、そして美形としか言いようのない完璧な顔立ち。


―――― ったく……妙なことになっちまったぜ。 ドコだよ、ここわよぉ……」


全裸の男は、その見事な身体もモノも隠そうとせず、偉そうに呟いた。









第02話に続く





魔法使いの少年と伝説の魔人 第02話:魔人、魔法教師と一触即発

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