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第02話:魔人、魔法教師と一触即発 投稿者:SIN 投稿日:04/14-00:14 No.2257 <HOME> 










西暦2003年2月の初め。とある朝。


「あのー……あなた、失恋の相が出てますよ」

「え゛っ……?」


突然、大荷物を背負った外国人の少年から掛けられた言葉に、登校中の少女、神楽坂明日菜は一瞬、呆然となり、次に激昂した。

少し前まで彼女は、一緒に登校していた親友の少女、近衛木乃香と占いの話をしていた。巷の中学生の少女らの例に漏れず、彼女たちの話題も恋に関するものだった。そして、何としてもそれを実らそうとアレやコレやとやっていたところ、この少年が声を掛けたというわけだ。

見ず知らずの人間、しかも大嫌いな『子供』という存在。それが「失恋します」と自分を地獄に叩き落すようなことを言った。到底、許せるものではなかった。


「何だと、こんガキャー!! 取・り・消・しなさいよ~~~~!!」


顔を真っ赤にしただけでなく、瞳には涙まで浮かべた明日菜は、怒りの形相で少年を捕まえた。彼の頭にアイアン・クローを掛け、そのまま持ち上げるという、14歳の少女とは思えない荒技を使って。恋する乙女の怒りというのは、これほどまでに恐いということだ。

そんな中、一人のほほんとしているのが明日菜の親友、木乃香だった。


「坊や、こんな所に何しに来たん? ここは麻帆良学園都市の中でも一番奥の女子校エリア。 初等部は前の駅やよ」


彼女は綺麗な京都訛りで少年に優しく教えた。彼のことを麻帆良に初めて来た留学生、そして迷子だと思っているようだ。

その木乃香の言葉に、明日菜も続いた。


「そう! つまり、子供(ガキ)は入ってきちゃいけないの。 分かった!?」

「は、放してください~~~っ」


未だ掴まれたままの少年は、手足をバタバタと振りながら踠いている。彼は、日本の女性は親切で優しいと聞いていたので、あまりのギャップに戸惑っていた。

騒ぎというには小さな遣り取りだが、それを学園中等部職員棟の窓から見ている二人の人物がいた。一人は面白そうに。一人はつまらなさそうに。

面白そうに見ているのは、スーツ姿に眼鏡と無精ヒゲの男性。そして、つまらなさそうに見ているのは、整った顔立ちをした利発そうな黒髪の少年であった。歳の頃は中学生―――― いや、それよりも少し幼い感じか。だが、それは外見だけで、その口調は不遜そのものだった。


「あのガキか? ジジイが言ってたのは」

「ああ、そうだ。 よろしく頼むよ」

「気が向いたらな」

「はは……」


その言い様に無精ヒゲの男は苦笑いを浮かべるしかなかった。窓の外に視線を戻すと、子供たちの遣り取りが終わろうとしていた。少女二人は少年から離れようとしている。男は急いで声を掛けた。


「あー、彼はいいんだよ、アスナ君! お久しぶりでーす!! ネギ君!」

「え゛っ」

「あ」


その声にびっくりして、彼らは振り向いた。その先にいたのは明日菜の憧れであり想い人。そして、少年の―――― 


「た、高畑先生!? お、おはよーございま―――― 

「久しぶり、タカミチーッ!!」

―――― す……っ!? し、知り合い……!?」


笑顔で手を振り返事をした少年に、明日菜はまたもや愕然とした。大好きなあの男性(ひと)を下の名前で呼ぶなど、単なる知り合いではない。


「麻帆良学園へようこそ。 いい所でしょう? 『ネギ先生』」

「え?」


続けられた言葉に出てきた単語に、木乃香は疑問符を浮かべた。


「先生……?」

「あ、ハイ。 そうです」


少年は声を整えるように一つ咳払いをして―――― 


「この度、この学校で英語の教師をやることになりました、ネギ・スプリングフィールドです」


ぺこり、と歳相応に可愛らしくお辞儀をした。


「「え…ええーーーーーーーっ!?」」


明日菜と木乃香、二人の声が綺麗に揃った。さすがに驚かずにはいられなかった。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 先生って、どーいうこと!? あんたみたいなガキンチョがー!!」

「まーまーアスナ」


激しくネギに詰め寄る明日菜を木乃香は宥めるが、


「いや、彼は頭いいんだ。 安心したまえ」


いつの間にか外に出てきた高畑が、それを止めた。


「先生……そんなこと言われても―――― 

「おい、タカミチ!」


明日菜の反論を遮って、先ほど高畑がいた窓から一人の少年が顔を出した。ネギたちは気付かなかったのだが、さっきまで高畑と一緒にいた少年である。


「(え……?)」


ネギは驚いた。少年の存在にではない。彼から感じた力―――― 『魔力』にである。途轍もなく巨大なのだ。これまで出会った、どんな魔法使いよりも……幼い頃に一度だけ逢った、あの『父』よりも。


「ジジイの所にいるからな」

「ああ、分かった」


少年はネギを一瞥し、そこを離れていった。


「あの子……」

「え、と…お知り合い……ですか?」


ネギは、何か知っていそうな素振りを見せた木乃香に訊ねた。


「あ、うーうん。 ウチなぁ、『図書館探検部』ゆーサークルに入ってんけどなー、半月くらい前から図書館でよく見かける子なんよ。 本いっぱい持って、何や調べ物してるみたいなんや」

「へー……」


この後、風の悪戯か、ネギがクシャミをして何故か明日菜の服が弾け飛んで下着姿になってしまうという騒ぎがあったが、それはこの話には特に関係のない出来事である。


あの少年はいったい何者なのか……。その正体を知るためには、半月ほど前の満月の夜まで時間を遡らなければならない。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △









満月の光が照らす夜の湖、その浜辺。


―――― ったく、妙なことになっちまったぜ。 ドコだよ、ここわよぉ……」


湖から上がった男、魔人ダーク・シュナイダーは、水に濡れて顔や首、肩などに張り付いた自慢の銀髪を鬱陶しそうに掻き上げると、辺りを見回した。


「あ~~~ん?」


見たこともない場所だった。月明かりを受けて映える夜景。その主たる街並みは、どことなくダーク・シュナイダーがよく知る国々の雰囲気があったが、こちらの方が洗練されており、清潔な感じがする。

何人か人間も近くにいる。超絶美形の自分に見とれているのだろう、赤く頬を染めた女たちが数人。とりあえず微笑みを返しておく。(注意:好色淫乱魔人ダーク・シュナイダーの眼中に『男』という存在はありません)

濡れた身体が冬の冷気に当たって急速に冷えた。無意識下で常に魔法障壁を展開させているダーク・シュナイダーは、強力な冷凍(コールド)系の呪文をまともに喰らわない限り『凍える』ということはないのだが、何故かそれは上手く働いておらず、数百年ぶりかに『寒い』ということを感じていた。


「んだよ……」


舌打ちした。そういえばさっきも飛翔呪文が使えなかった。意識の中に潜ってよくよく調べてみると、何かに阻害されて魔法行使の駆式を始めとした魔力回路の動きが緩慢になっているのが分かった。

彼、ダーク・シュナイダーが『伝説の魔人』、『古の大魔法使い』と呼ばれるには理由がある。400年余りという長い時を生き、強大な魔力を持っているということだけではない。最大の理由は、一般的な魔法使いなら唱えるだけで長い時間を要するような強い魔法を、ほんの少しの詠唱、または無詠唱で使用できるということだ。これはダーク・シュナイダーが100年ほど前に完成させた魔力制御理論に基づく、高速言語を利用した呪文の超々圧縮詠唱法によるものである。

だが、それが『ここ』では意味を成していない。既に癖のようになっていたため、いつものように魔法を行使しようとしても魔力が回路を上手く伝わらず、魔導駆式が働かなかったのだ。


「何が干渉してやがる……?」


意識を戻し、ダーク・シュナイダーは『眼』を凝らして周辺を『走査(スキャン)』した。彼の眼は『魔眼』としての能力を備えている。どれほど光輝く処でも眩むことなく、どんなに深い漆黒の闇の中でさえも見失わず、隠形・幻術を見破り、真贋を見極め、遠近の狂いなど一切ない。まさに『完璧』な眼である。

その魔眼を通してダーク・シュナイダーは、この街全体が薄く淡い光の膜に覆われていることに気付いた。それは、魔力を帯びた光であった。


「……結界かよ」


これが何の目的があって張られているのか、答えを導き出すには情報が足りない。が、正直言ってダーク・シュナイダーには、そんなことはどうでも良かった。肝心なのは、いま自分の力を妨げているこの結界に対する処置だ。


「メンドクセー……」


ふう……、と一つ溜息をついて、ダーク・シュナイダーは瞑目した。魔力を思い通りに働かせることができない以上、別の方向からアプローチを掛けるしかない。それは、この結界内でも魔力発動・魔法使用が可能なように己の魔導駆式を組み替えるということだ。彼の頭脳は今、そのための理論構築や演算をスーパーコンピューター以上の速度で行っていた。同時に、魔力回路ならびに魔導駆式の改良、生成、書き換えも行う。この間、僅か1.63秒。


「へっ」


全て完了したダーク・シュナイダーは自信満々に笑い、軽く呪文を呟いた。魔力は言霊に反応し、回路を伝って駆式を動かす。そうして働いた力は世界に干渉し、彼が望む現象を生み出したのだった。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「え~~と……」


対処に困ってしまい、さすがの麻帆良広域生活指導員、高畑・T・タカミチも額に大粒の汗を貼りつけながら唸っていた。

結界を越えてきた侵入者。さらに、あの強大な魔力。油断ならない相手と思って来てみれば、湖から上がってきたのは全裸の男。

痴漢か? はたまた露出狂の変態か?

だが、恥ずかしげもなく一向に何も隠そうとしないその姿勢は、むしろ清々しい。そう感じるのは、男性特有のものだろうか。

しかし今回は女性陣が使い物にならないな、とタカミチは思った。後ろを見ると案の定、赤い顔をした同僚の女性教師で神鳴流剣士の葛葉刀子、教会のシスター・シャークティ、そして魔法生徒の高音・D・グッドマンと佐倉愛衣、夏目萌。

その生徒たちが特に酷い。燃え上がるくらいに真っ赤な顔で、それをさらに両手で覆っている。それでも、指の隙間からチラチラ見るのはお約束か。

彼が男の目から見ても『いい男』なのが災いした。おそらく、まともに動けるのは結婚経験(いわゆる、そのテの経験)がある葛葉刀子だけだろう―――― いや、エヴァンジェリンがいた。さすが、伊達に歳を取ってない。僅かに頬が赤く染まってはいるものの、「うむうむ……」と何やら感心している。


「さて、どうしたものかな……」


このままでは埒が明かないので、タカミチは学園長、近衛近右衛門の判断を仰ぐことにした。


「学園長、どうします? とりあえず彼の素性、目的をはっきりさせる必要があるかと思いますが……」


その言葉に近右衛門は頷いた。


「うむ、そうせんと話が進まんの。 それに、あの格好のままで街中をうろちょろされるわけにはいかんしのう」

「確かに」


タカミチは苦笑した。堂々としているが、あれは『猥褻物陳列罪(刑法第175条)』に抵触する行為だ。騒ぎが広がって警察が介入してしまうと、あとあと面倒になってしまう。

とりあえずの方針が決まった以上、事は迅速に進めなければならない。タカミチは他の魔法教師に目配せし、いつでもフォローが出来る態勢を取ってもらった。

それを確認した近右衛門が こくりと頷くと、タカミチは動いた。


「あー……そこの君?」


ズボンのポケットに手を入れたまま男に近付く。無礼な事この上ないが、これが彼の武技、『居合い拳』の構えなのだから仕方ない。


「君は―――― っ!?」


タカミチは言葉を続けられなかった。

男が瞑っていた目を開き、「へっ」とニヤリ顔で笑ったのと同時に、彼は聞き取れぬほどの小さな呟きで何か言葉を発した。その瞬間、タカミチは男から魔力の動きを感じ、その身体が浮き上がるのを見た。


魔法!?


タカミチだけでなく、皆に緊張が走った。瞬時に攻撃態勢の構えを取る。真っ赤な顔をしていた魔法生徒の女の子たちもだ。

やはり、この男は魔法使いだ。それも、途轍もない強さを持った。

どこの組織の人間か、それとも個人か。

まだ判断するには情報が乏しい。しかし、強大な魔力を隠すことなく無断でこの麻帆良に侵入したのだ。友好が目的であるはずがない。


「あれは……何をやっている……?」


黒いスーツにサングラス、そして整えられた髭が特徴のナイスミドル、生徒たちから『ヒゲグラ』または『グラヒゲ先生』と呼ばれている魔法教師・神多羅木は、こちらに対して何のアクションも見せずに上空高く舞い上がり、そのまま周囲を見回し続ける男を訝しく思った。

だが、そう思ったのは神多羅木だけでない。皆も同じ気持ちだった。これまでの侵入者とは、明らかに毛色が違う。


「学園長……」

「タカミチ君、しばらく様子を見るとしよう。 じゃが、警戒は解かぬようにな」


その言葉に全員が頷いた。と同時に、突然この緊張感には不釣合いな電子音が響き渡った。携帯電話の着信音である。


「誰じゃ? こんな時に……」


音の主は近右衛門だった。携帯を開き、画面に映る発信者の名前を見る。


「お……」


そこには『せっちゃん』とあった。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










麻帆良学園中等部学生寮。生徒たち数人ごとに割り当てられた部屋の中の一室で、一人の少女が携帯電話を掛けていた。


「はい、ですが……あ、はい」


電話の相手―――― 人間ではとても考えられない頭蓋の形をした物の怪爺に、よもや愛称で登録されているなど微塵にも思っていない少女、『せっちゃん』こと桜咲刹那は、つい先ほど感じられた巨大な魔力の件について近右衛門に連絡を取っていたのだった。

近右衛門によると、どうやら侵入者は一人だけらしい。が、その素性や目的は未だ分かっていないようだ。しかし、これまでの例にないほどの強い力、誰にも悟られることなく結界を抜けてきたこと、さらには遥か上空から何故か全裸で落ちてきたことなど、怪しい人物であることだけは間違いないということだった。


「はい……はい……了解しました。 はい……では、失礼します」


この件に関しての指示を受けた刹那は、相手が見えないにも拘らず、ぺこりと丁寧にお辞儀して電話を切った。

それを見てルームメイトの少女、龍宮真名は、プッと思わず吹き出してしまった。お前はどこのサラリーマンだ、と。


「何がおかしい……?」

「いや……」


真名が笑った意味を何となくだが読み取ったのだろう。刹那はきつい視線を向けたが、彼女はそれをさらりと受け流した。


「で、私たちは行かなくていいのかい?」


真名も刹那同様、ときおり退魔関係の仕事を請け負うことがある。この質問は当然だった。


「ああ、現状のまま待機だ」


それが近右衛門からの指示だった。侵入者の目的がはっきりしない以上、一箇所に集まるのは得策ではないとのこと。侵入者は囮かもしれない。わざと大きな騒ぎを起こしてこちらの目を惹き付けておいて撹乱し、それに乗じて何か行動を起こすのかもしれないとのこと。

刹那としても待機の指示はありがたかった。彼女には、何をおいても第一に優先することがある。それを放っておいて他の事柄に時間を割くことは出来る限り避けたかった。


「いい加減に応えてやったらどうだ?」

「……? 何の話だ?」


真名の言わんとするところの意味が、刹那にはよく分からなかった。前の台詞と言葉が続いていなかったからだ。それが全く別の話のことだと分かったのは、次に続けられた真名の言葉からだった。


「お嬢様、のことだよ。 彼女のいじらしさとお前の素っ気無さ。 見ていて苛ついてくる」

「……関係ないだろう、お前には」


少しは頭にきたのか、刹那はムッとした表情を見せた。それでもなお、真名は続ける。


「関係あるさ。 同級生(クラスメイト)同居人(ルームメイト)だからな。 できることなら良い雰囲気で学校生活を送りたいのさ」

「龍宮、もう一度言う。 お前には関係ない」


ぶっきらぼうにそう言って、刹那はいつものように野太刀『夕凪』を傍に置いてベッドへ潜り込んだ。とはいっても、その意識は護るべき『お嬢様』に向けられているだろう。彼女の気配に何かあれば、すぐにでも駆けつけられるように。


「やれやれ……」


真名は苦笑気味に嘆息して、同じくベッドへ入った。だが、眠れそうにない。外に感じる様々な力の渦が、真名の意識を捕らえて放さなかった










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「そんな……バカな……」


魔人は驚愕に打ち震えていた。


空へ舞い上がったダーク・シュナイダーは、眼下に広がる街並みの中に気になるものを見つけた。それは、この都市のほぼ中央に位置するであろう巨大な樹であった。

立派な樹だ。周りの建物のどれよりも大きい。おそらく、この街のどこからでもあの樹は見えることだろう。

だが、その程度のことだけでは今のダーク・シュナイダーの様子の説明はつかない。まるで信じられないものを見たかのようにワナワナと身体を震わせているのだ。

いったい、どうしたというのだろう?


「まさか……あれは…………サ○キとメ○の家でト○ロが生やした、あのでっかい樹!?」


ぢゃねーよ!


「トト○は本当にいたんだ! 宮○駿監督、ありがとーーーーっ!!」


うるさい、黙れ!!


「と、まあ……んなコトはどーでもいいとして―――― 


ぅおいっ!


「ここは奇跡みてーに邪神どもの攻撃を受けてねェな……この結界の所為か? いや……こんくらいじゃ話にならねェな」


ダーク・シュナイダーの言う通りだった。確かにここに張られた結界は強力なものだが、それでも邪神群の攻撃を免れることができるような力はない。たった一撃で簡単に砕け散るだろう。


「てゆーか『空気』が違うぜ……何だ? この嘘みてーな静けさは……」


まるで『何も起こっていない』ような雰囲気に、さすがの超天才ダーク・シュナイダーも困惑を深めた。破壊神の復活と共に、400年間活動を停止していた邪神たちが世界中で復活したはずだ。そのほとんどが『方舟』に集結してきたとはいえ、その途中で分裂・増殖していった端末鬼兵たちが人類を滅ぼさんと暴れまわっているはずだ。

しかし、そんな気配はどこにもない。


「……やい、テメェら。 オレ様の質問に答えやがれ!」


ゆっくりと降りながら、ダーク・シュナイダーは下で何やら騒いでいる人間たちに対して問い掛けた。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「質問に答えやがれ!」


そう大上段から言い放たれた言葉に、真面目な魔法教師たちは一斉に反発した。ガンドルフィーニや刀子はその典型だろう。不躾にも程がある、と いきり立ち、各々は得物を構え、いつでも動ける態勢を整えた。

これに慌てたのは近右衛門であった。感情に任せて暴れるだけなら猿でもできる。今はやるべきことは、この男が何者なのかを明らかにし、出来得るだけ穏便に事を治めることだ。幸い向こうからコンタクトしてきてくれた。情報を引き出すだけ引き出さなければならない。


「みんな、待つのじゃ。 ここはワシに任せてくれんか?」


上司である学園長に言われては引き下がるしかない。皆は不承不承ながらも頷いた。

近右衛門が歩み寄る。男は既に浜辺に降りており、偉そうに腕を組んで此方をじっと見ていた


「あ~~、ワシはこの『麻帆良学園都市』の学園長をやっておる近衛近右衛門という者じゃ。 話の前にまず、君の名を教えてもらえんかの?」

「マホラ……?」


ここの地名を聞いて、男は何か考え込むように俯いた。しばらくして「やっぱ知らねェな……」と呟き、顔を上げた。


「どうしたね?」

「いや……コノエモン、とか言ったな? オレ様はダーク・シュナイダーだ」

闇を切り裂く者(ダーク・シュナイダー)?」


近右衛門は最初、力ある魔法使いに付けられる『二つ名』を告げられたのかと思った。学園中等部の生徒に『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』という同じような名を持つ吸血鬼の少女がいるからだ。まあ、その娘は今もすぐ傍にいるが……。

だが、それは勘違いだったとすぐに分かった。男がさらに言葉を続けたからだ。


「そう! このオレ様こそ全世界・全宇宙・全次元の支配者であり爆炎の征服者! 不老不死の肉体を持つ無敵にして伝説の魔人! 人呼んで超絶美形主人公!! 魔導王ダーク・シュナイダー様どぁああぁぁぁっ!!!!」


ふんぞり返って高らかに笑うダーク・シュナイダーは、自らを誇示するように下半身のモノを『ニン○ンドー64の3Dスティック』ばりにグリグリ動かした。


「「「「「ひいいいいいいいいっ!!」」」」」


まさに肉の凶器である。女性教師たちは悲鳴を上げて後ずさり、女子生徒たちは卒倒した。


「ああ! 君たち、大丈夫か!?」


ぽっちゃり系の魔法教師・弐集院と、優男系の魔法教師・瀬流彦が心配して駆け寄る。


「な、なんて下品な……!」


刀子は、もはや我慢できなかった。怒り度合いを示すよう額のあちこちに青筋を浮かべ、白木拵えの太刀を抜く。

だが、ダーク・シュナイダーはそんな彼女の間違いを指摘した。


「フハハハハハハ! 『下劣』と言わんか! より格調高くなぁ!」


その瞬間、全員の目が点になった。


「「「「「「「(………………馬鹿?)」」」」」」」


皆の心の中にはその言葉しか浮かばなかった。そんなことをはっきりと、しかも堂々と言う人間は見たことない。


「…………オホン……あ~~~、ダーク・シュナイダー殿?」


しばらく呆然となっていたが、気を取り直した近右衛門が一つ咳払いをして話し掛けた。


「悪いのじゃが、ちょっとだけ待ってくれんかの?」


倒れた生徒の介抱を刀子とシスター・シャークティに任せ、他の魔法教師たちは近右衛門の元へ集まった。


ヒソヒソ……

「とりあえず捕らえましょう! 話はそれからでも遅くありません!!」

ヒソヒソ……

「落下のショックで頭が変に?」

ヒソヒソ……

「全次元の支配者、だしなぁ……」

ヒソヒソ……

「単なる変態魔法使いという線もあるぞ」

ヒソヒソ……

「それより、あの男はいつまで裸のままなんですか?」

ヒソヒソ……


話は一向に纏まらない。こういうケースは初めてなので、これが一番だ、という対処法が思いつかないのだ。麻帆良に害意ありと分かれば問答無用で叩きのめせるのだが、あれでは……。

兎にも角にも、いつまでも外であーだこーだと言ってる訳にもいかない。近右衛門は、一先ず場所を変えることにした。


「あ~……すまんのう、ダーク・シュナイダー殿。 もう少し話を詳しく聞きたいのじゃが、我々と一緒に―――― 


近右衛門が振り向くと、そこには誰もいなかった。


「あれ?」


湖の浜辺に冷たい風が吹いた。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










話が長くなりそうなので、ダーク・シュナイダーは無視(ブッチ)することに決めた。「待ってくれんかの?」と言われても、自分には素直にそれを聞く義理も理由もない。とりあえず飛んでって、この『マホラ』という街がどういう場所(ところ)なのかを見ることにした。


「(…………結構デカイ街だな。 メタ=リカーナなんかメぢゃねェぜ)」


ダーク・シュナイダーは、今は無き亡国を思い出していた。17年前に世界制覇を目指して起こした『魔操兵戦争(ゴーレム・ウォー)』に敗れ、新たな肉体に転生してからの15年を過ごした国を。最愛と呼べる女性(ひと)と出逢えた国を。


それにしても、見れば見るほどおかしな場所だった。400年生きてきた自分でも聞いたことのない名前。箱のように四角い形の建物が幾つも建ち、蝋燭や松明でもないのに光が灯り、街を照らしている。むき出しの土ではなく、石畳には見えない何かの鉱物のようなもので綺麗に整備された道を、馬が引いているわけでもないのに動く車が走っている。

しかし、ダーク・シュナイダーはかつて、これとよく似た光景を見ていた。それは、破壊神アンスラサクスによる『大破壊』が起きるのと同じ頃のこと。400年余り前、自分が『自分として生まれた』頃のこと。『旧世界』と呼ばれる時代のこと。

だが彼は、その辺りのことはよく思い出せないでいた。記憶にプロテクトが掛かっているのか……それとも別の影響か……ノイズのようなものが見えて、はっきりとはしないのだった。

とはいえ、分かったことが一つある。この街に溢れているもの……それは、旧世界の魔法―――― 『科学』と呼ばれるものだということ。


「キング・クリムゾン・グローリーと同じ、ここもエルフどもの都市(まち)だってか……? 確かにあのジジイは人間にゃ見えなかったしなぁ……。 う~ん…………ま、いっか……」


真剣に考えるのも馬鹿らしいし面倒なので、ダーク・シュナイダーはあっさりと思考を切り替えた。


「何だかアンスラ野郎にブッた斬られた身体も元に戻ってるし、『方舟』に来てからの連戦で、復元能力がLEVEL・UPしちまったのか……? ふははははっ、さすがわ超絶美形主人公! エライぞ、オレ様♡」


ダーク・シュナイダーは「お~、あるあるぅ」と下半身のサオとタマを握って揉んで確かめる。身体の修復よりも、ソレの方が大事なようだ。さすがは好色淫乱魔人。


「そしてェッ!!」


グッ! とダーク・シュナイダーは全身に力を込めた。


「全身にみなぎる、このパワフリャなアレ!!! 17年前、ラーズと融合(フュージョン)した竜戦士(ドラゴン・ウォリアー)対戦()った時以上かァ!!?」


確かにその通りだった。この力の感じは、これまでにないもの。完全絶好調(うりゃうりゃ)だぜ、というやつである。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!! かんげきーーーーーーっ!!!」


天に届けとばかりに雄叫びを上げる魔人。その魔力は大気を揺るがし、嵐を呼ぶ。黒雲が立ち込め、稲妻が迸る。そしてそれは、ものの見事にダーク・シュナイダーに落ちた。


「あんぎゃああああああああああ!!」


雷雲のすぐそばを飛んでいたので、完璧に自業自得である。マンガやアニメのように身体がピカピカ光って骨とかが見えたり、ドリフの爆発コントのように髪がちぢれたりした。

だが、今のダーク・シュナイダーには、そんなことなど些細なことだった。


「ククク……ハッハッハッ…アーッハッハッハッハァッ!! 待ってろよおおおう、アアアンスラァァッ!! 今ン度は油断せんっ! ギタギタにブッた斬ってグズグズの肉片にしてやるあああ!!!」


そう……ダーク・シュナイダーはまだ破壊神(アンスラサクス)と戦っているつもりなのだ。


「そしたらぁヨーコさんが……」


妄想モード突入。脳裏に最愛の女性、ティア・ノート・ヨーコの姿が浮かんだ。


エライぞう、ルーシェ! 好き……


「やっと……やぁあ~~~~っとオレ様の愛に応えて、じんわりと広げてくれるのだ!!」


何をだよ……?


「愛の!! 愛の愛の愛の愛の愛の愛のおおお……」


あ、ああっ、ああん、はぁ……ルーシェ、もう許してぇ……んん、はあん! あああぁあぁあああ!!!


絶頂(クライマックス)~~~~~~!!!」


妄想はさらにエスカレートする。


「モチロン! 世界中の女がオレ様に大感謝!! つまり、愛!!!」


何がだ……!!


「全ての女をオレ様のハーレムに入れ、毎日毎日、日替わりで可愛がってやるのだ!!!」


妄想がまた広がる。

出現したのはダーク・シュナイダーの超ハーレム宮殿『愛噛(ラブバイツ)』。全人口で男はダーク・シュナイダーただ一人。あらゆる外敵(他の男ども)を寄せ付けない超高空を浮遊する上、無敵の空中要塞という言語道断の城で、世界征服を成し遂げたダーク・シュナイダーは、そこで酒池肉林の日々を過ごすのだ。

ダーク・シュナイダーは、その中の数人の美女に目を付けた。


「おっ!? 処女!(シーン・ハリ) シーラ! カイ・ハーン! おお? アーシェス! うははははは!! ヨーーシヨシ、順番なんてセコイ事あ言わねェ!! ダーク・シュナイダー様わ4人迄なら同時にオッケェエエ!!! ふははははははははははははははははははは!!!」


ホント、最低だなコイツ……


「いい!! いいぞォう!!! 無敵の未来が見えてきたってカンジだぜェーーーーー!!! フハハハハハハハハ―――― 

「果たして、そうウマく行きますかな?」


歓喜の涙を流し、涎まで垂らしながら悦に浸るダーク・シュナイダーの妄想世界に、突然アビゲイルのむさい顔のドアップが、ぬんんんん、と現れた。ちゅどーーん、というマヌケな爆発と共にダーク・シュナイダーは撃墜された。


「美しいお嬢さんが、そんな好き放題を許すでしょうかねェ?」

ル~~~シェ~~~……! 

「はうあ! ヨーコさん!?」


ただ今この男、器用にも妄想内で折檻されております。しばらくお待ちください。


「ぶはぁ! よけーなコトすンぢゃねェ、アビ公!! このヘチマ野郎!!」


鼻血を撒き散らし、マジ泣きで文句を言うヘタレの魔人様。

そんなダーク・シュナイダーであったが、どこからか彼を呼ぶ声が聞こえた。ピンク色だった妄想の景色はガラリと変わり、春の陽光を思わせる暖かい光の中、仲間たちの姿が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。

カルやネイ、ガラ、アビゲイルといったダーク・シュナイダーの四天王たち。侍や魔戦将軍の連中。そしてジオ、ミフネ、ラーズなど、かつて自分を倒した勇者たち。


「(…………そーいや~~アイツら……どーしてンかな?)」


気にかかることが増えてしまった。しゃーねェな……、などと言いながらも、ダーク・シュナイダーは悪い気分ではなかった。


「オレがいねェと何ンンにも出来ねェ連中だからナ……んじゃっ、こんなところはさっさとオサラバして―――― 


「【 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 闇の精霊 29柱(ウンデトリーギンタ・スピリートウス・オブグローリー)! 集い来たりて(コエウンテース)…… 】」


突然に響いた声と魔力の胎動。


「何だぁ……っ!?」

「【 魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)闇の29矢(オブスクーリー)!! 】」


振り向いたダーク・シュナイダーの視線の先にあったのは、満月を背にして空に浮かぶ少女らしき者の姿。それが勢いよく右腕を振るうと、彼女の周りに現れていた幾つもの光球が、閃光の矢となって襲い掛かってきた。


「(呪文っ!? 魔法の矢(マジック・ミサイル)かよ!)」


『古の大魔法使い』ダーク・シュナイダーでさえ初めて見る呪文であった。それがどれほどの威力であるのか分からないため、とりあえず意識して魔法障壁の硬度を強くした。

光の矢は障壁に阻まれ、その場で爆散した。大したことねェな、とダーク・シュナイダーは思ったが、それは少女にしてみれば当然の結果であった。あの魔法は様子見に、そして足止めに放ったものだったからだ。


「ふざけた奴め……貴様、この私から逃げられると本気で思っていたのか?」


その少女、『吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、黒い外套を靡かせて伝説の魔人の前に立ち塞がった。










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其処は、地よりも深き場所。死と絶望に彩られた、暗黒と負の(その)


悪魔王(サタン)さま……」

「何だ、悪魔大元帥(ポルノ・ディアノ)?」

「来ませんね、ダーク・シュナイダー……」

「そーだな」

反創世(ネガジェネシス)……どうしましょうか……」

「どーしようか……」


悪魔2柱は、地獄の最下層である第9圏、氷地獄(コキュートス)の第3層トロメアで途方にくれていた。










第3話に続く





魔法使いの少年と伝説の魔人 第03話:魔人、闇の福音と戦闘開始

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