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第03話:魔人、闇の福音と戦闘開始 投稿者:SIN 投稿日:04/18-12:26 No.2291 <HOME> 





麻帆良の空。ここに一人の少女の姿があった。

地に降り注がれる、凛として気高い満月の光。それが彼女の長く綺麗な金色の髪を一層美しく見せている。

軽くウェーブが掛かったその髪と、か弱さを醸し出す見目麗しいその身に纏われた黒い外套を冬の風に靡かせて、その少女は男の前に立ちはだかった。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル―――― 不死者(アンデッド)の最高位、真祖の吸血鬼。


「……貴様、この私から逃げられると本気で思っていたのか?」


彼女の笑みは、不敵そのものだった。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










一方、行く手を阻まれた男、伝説の魔人ことダーク・シュナイダーだが、こんな真似をされる理由に本気で心当たりがなかった。

相手は初めて見る少女だ。小娘と言ってもいい。そんな子が空を飛ぶ自分を追いかけてきて、尚且つ魔法を使って足止めし、目の前に立ち塞がる。

これはもう、アレしかない。


「(愛の告白か……)」 


何を勘違いしたのか、ダーク・シュナイダーが導き出した答えはそれだった。これだから、何があろうと自信に揺るぎがない奴は困る。


そういえば、とダーク・シュナイダーは思い出した。確か、さっきの連中に混ざって自分を見ていた美少女がいた。もともとロリ子供(ガキ)には興味がない(食指が動かない)ので無意識に視界から存在を消していたのだが、どうやらこの神の如き美貌が、あの少女の心を狂わせたのだろう。


「(フッ……オレ様も罪な男だぜ)」


それに、あの娘が先ほど使った呪文は、これまで自分が全く知らなかったものだ。魔法の矢(マジック・ミサイル)系、『鋼雷破弾(アンセム)』または『魔弓閃光矢(レイ・ボウ)』のような単純な魔力光弾とは違い、矢そのものに精霊の働きかけによる属性付与が成されていた。あれは中々おもしろい仕掛けだ。

少し興味が湧いた。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「何処に行くつもりだ? こちらの用件はまだ終わっていないはずだが?」


エヴァンジェリンが問う。しかし、ダーク・シュナイダーは答えない。ジロジロと楽しそうに彼女を見ている。


「貴様……!」


少女の顔から笑みが消えた。男の視線の全てが癇に障る……まるで観察でもしているかのような―――― いや、これは『値踏み』だ。存在そのものを『物』の如く見て扱う。そんな目に見えた。

エヴァンジェリンの心に沸々と怒りが湧き起こる。こんな感情は久しぶりだった。


「んー、どした? 機嫌ワルそうだぞ、オマエ。 もしかして緊張してるのかぁ?」


険しい顔をしたエヴェンジェリンをダーク・シュナイダーは覗き込む。それが余計に彼女の癇に障った。

魔力を高める。今度ふざけた真似をしたら、即座に魔法を撃ち込んでやるつもりだ。


「何も言わなくていいぞ。 大丈夫だって。 分かってる分かってる。 オマエのその真剣な顔と目が、オレに全てを教えてくれた」

「…………は?」


唐突なダーク・シュナイダーの言葉に、エヴァンジェリンは呆気に取られた。動きの止まった彼女を無視して、魔人サマはさらに続ける。


「オマエの気持ちは、すげー嬉しい。 けどな、もう少し待ってくれねェか?」

―――― おい、ちょっと待て。 何を言ってる?」


ようやく我に返ったエヴァンジェリンが、怪訝な表情でダーク・シュナイダーを止めた。何だか話が変な方向へ行っている。


「何って……オレ様に愛を打ち明けに来たんだろー? けどな、オマエの歳じゃあオレのハーレムに加われねェんだ。 もう少し大人のカラダになって―――― 

「アホかーーーーッ!!」


半ば反射的に突っ込んでいた。溜めた魔力を解放し、無詠唱で『氷爆(ニウィス・カースス)』を繰り出した。空気中に一瞬で出現した大量の氷が、凍気と爆風を伴ってダーク・シュナイダーを襲う。


「ぐおっ!? 何しやがる!?」


何とか障壁強化が間に合い、ほっとするダーク・シュナイダー。その威力にちょっとビビった。


「貴様、ふざけるなよ! 何がハーレムだ、汚らわしい!! それに歳のことを言うなら、少なくとも私はもう500歳を軽く越えている! 途中で数えるのが面倒になってしまったから正確には覚えていないがな」

「なぁっ!?」


がぁ~~~~ん!! と効果音が響いてきそうな表情で、ダーク・シュナイダーは驚愕した。信じられないものを聞いてしまった。


「なあぁぁあにいぃぃぃぃっ!! オレより年上だとおぉぉっ!? 何てこった! オレ様のこの甘いマスクは、若作りなババアまで誑し込んでしまったのかぁぁぁっ!!」


ぶちり、と何かが切れる音が聞こえた。


「貴様……今、言ってはならんことを言ったな……」


エヴァンジェリンの背に何かドス黒いものが見え出した。それに影響されるように長い金の髪がザワザワと揺らめき立ち、表情は笑っているのだが、それはとっても恐かった。

しかし、そんな少女を目の前にしても魔人は余裕だった。


「あ~~~~ん? 怒ったかぁ?」


ニヤニヤ笑うダーク・シュナイダーの態度に、エヴァンジェリンの容赦は消えた。


「少々痛めつけて身の程を教えるつもりだったが、気が変わった。 もともと貴様は不法侵入者だ。 その末路がどうなろうと然して問題にはならん!」

「やる気かよ……おもしれえぇっ!!」

「氷漬けにして、その汚らしい×××(ピーー)を壊死させてやる! 吸血鬼の真祖たる『闇の福音』への暴言……冥府の底で悔やむがいい!」

「真祖ぉぉ? はん! 特別にお尻ペンペンで許してやらあぁぁっ!!」


ダーク・シュナイダーが身を翻しながら、その場で一回転する。と、その身体はいつの間にか、今まで見たことのない鮮烈なデザインの魔法衣を纏っていた。


「お前……その服、どっから出した……?」

美男子(ハンサム)に不可能はない」


エヴァンジェリンの問いにダーク・シュナイダーは、さも当然のように憂いを秘めた表情と声で答えた。普通の女性ならそれだけで濡れるのだろうが、彼女はただただ呆れるだけだった。


「(こいつの相手は…調子が狂う……)」


エヴァンジェリンが心の中でそんなことを思っている中、ダーク・シュナイダーは彼女の言葉に違和感を覚えていた。人外の存在とはいえ、あの少女は自分より年上の魔法使いだと言う。それが謎だった。

破壊神(アンスラサクス)が起こした『大破壊』は、人類と細菌、微生物を除く全ての生物を滅ぼし、生態系を一変させた。その後、世界にはこれまで伝説上の生き物だとされてきた生命・種族たちが闊歩するようになった。

だが彼女は、その『大破壊』の遥か前から吸血鬼として、魔法使いとして生きているという。『世界』を知るダーク・シュナイダーとしては、それは『ありえない』としか言えなかった。

ならば、この謎の答えは限られてくる。その中で、最も可能性が高いのは―――― 


「(ここはオレの世界ぢゃねェっ!?)」


だった。

とすれば、全てのことが符号する。この地を知らないことも。邪神たちが暴れている気配がないことも。少女が使った魔法を知らないことも。

『異世界』、『並行世界』、『パラレル・ワールド』。言い方はそれぞれあるが、意味は同じだ。

あの時、アンスラサクスが言っていた『次元幽閉』とは、このことなのか!?


「(まぁいーや。 とりあえず……売られたケンカは兆倍返しだ!)」


今あれこれ考えても仕方ないことだ。とりあえず、目の前のロリっ娘ババアはブッ飛ばす!!


「いくぜー! 『ヤニの副因』とやらー!!」

「誰がタバコの副作用だーーっ!!」


天然なのか、わざとなのか、わりと気に入っている二つ名を間違えられ、エヴァンジェリンは憤慨した。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「はあ、はあ……どこに行ったんじゃ、あの男」


見事なくらい間抜けな形でダーク・シュナイダーに逃げられた魔法教師たちは、手分けして行方を追っていた。

さすがにこれは問題だった。手練の魔法教師が数人集まっていたにも拘らずの失敗だ。学園長という責任者であり、魔法教師としても学園一、ニを争う実力者の近衛近右衛門としては、今回の件は何とも情けなく恐ろしい事態だった。これで一般人に何か被害が出ようものなら、自分の首が飛ぶだけでは済まないかもしれない。

そしてそれは、同道する魔法教師、高畑・T・タカミチも同じ気持ちだった。あの後、エヴァンジェリンがいなかったので追いかけてくれたのだと思いたかったが、気まぐれな彼女のことだ、どの方向に事が転ぶかは予想がつかない。

そんな時、二人は爆発的に膨れ上がる魔力の蠢きに気付いた。


「学園長!」

「うむ、タカミチ君! 一つはあの男。 もう一つはエヴァンジェリンのようじゃな」

「しかし、学園結界の所為でエヴァの魔力は制限されているはずです。 今夜は満月とはいえ、これほどの力は……」

「……生徒たちの中で上っておる吸血鬼の噂……知っとるじゃろ?」

「ええ……エヴァの仕業です。 血を吸った後もちゃんとケアしているので見逃していたのですが……」

「ほんの少しずつじゃが魔力を溜め込んでおったのじゃな。 塵も積もれば山となると言うが……。 とにかくじゃ、エヴァンジェリンが足止めをしとる間にワシらも向かうぞい!」

「はい! 他の先生方にも連絡を取ります。 それと、生徒たちはどうします?」

「帰した方が良いじゃろう。 今回の件、彼女らにはまだ手が負えん」

「分かりました」


近右衛門と共に魔力を感じる方向へ走りながら、タカミチは携帯を取り出し、別方向へ探索に行った教師陣へ状況を伝えた。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「ちいぃっ!!」


ダーク・シュナイダーは盛大に舌打ちした。エヴァンジェリンが撃ち出す魔法のほとんどが、彼が苦手とする冷凍攻撃呪文であったからだ。

どんな魔法使いにも得手不得手がある。ダーク・シュナイダーは主に暗黒魔術と精霊魔術を使い、その中でも最も得意とする属性が『闇系』と『雷撃系』、『火炎系』である。それは同時に彼の肉体や精神まで影響し、それらの対極に位置する『聖系』や『氷系』は弱点のようになっているのである。

それに加え、別世界である『ここ』は、精霊の働きが彼の知っているものとは微妙に違っており、その些細な差異が逆に大きな困惑を招いていた。

早い話、ダーク・シュナイダーは危機(ピンチ)に陥っているのであった。


「こいつはどうだ! 【 光弾よ、敵を撃て(タイ・ト・ロー)! 】」


呪文の詠唱と共に、魔人の手中に光が宿る。


「【 鋼雷破弾(アンセム)!! 】」


光が弾けた。その一条一条が光の矢となってエヴァンジェリンに襲い掛かる。撃てば必ず命中するという性能を持つ魔法の矢(マジック・ミサイル)。回避は不可能だ。

だが、エヴァンジェリンも馬鹿ではない。ダーク・シュナイダーと同時に呪文詠唱を行っていた。同じ系列の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』である。


「なにぃっ!?」

「フン」


ダーク・シュナイダーの驚愕を、エヴァンジェリンは鼻で笑った。『魔法の射手(サギタ・マギカ)』で『鋼雷破弾(アンセム)』を全弾迎撃したのだ。


「テメェ! やりやがったな!!」

「余所見してていいのか?」


エヴァンジェリンは軽く右手を振り下ろした。すると、上空から先程と同じ『魔法の射手(サギタ・マギカ)』が降ってきた。

彼女が使った魔法は、正確には『魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・氷の17矢(セリエス・グラキアーリス)』と呼ばれるもので、その名の如く17本の魔法の矢を撃ち出すものだ。対して、ダーク・シュナイダーは『鋼雷破弾(アンセム)』を8本撃った。エヴァンジェリンは瞬時に『鋼雷破弾(アンセム)』の光弾数を把握し、同じ本数だけの『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を迎撃に使い、残りの9本を油断したところに時間差で撃ち出したのだ。

まさに絶妙のタイミング。いくら伝説の魔人でも躱すことはできなかった。


「くうぅぅっ……!」


頭上の障壁を強固にして防御するダーク・シュナイダー。

エヴァンジェリンはさらに追い討ちを掛けるため、呪文の詠唱に入った。


「ダーク・シュナイダーとか言ったな……真祖の吸血鬼による洗礼―――― 受けるがいい!! 【 氷神の戦鎚(マレウス・アクイローニス)!! 】」


高く掲げられた右手の上に、球状に創り出された巨大な氷塊が現れる。エヴァンジェリンは嘲りにも似た笑みをダーク・シュナイダーに向け、躊躇うことなく、それを落とした。


「うげえ! 何だよ、そりゃあ!? ……って、あっ!」


ダーク・シュナイダーは重大なことに気付いた。


「しぃまったあ!! 超絶美形のオレとしたことが、つい『うげえ』などと……」


自分を叱咤する。そういえば、カル=スとやり合った時にも同じ過ちを犯していた。猛省しなければ……。 って、オイ! 今、そんな状況か!?


「超重量で潰れてしまえ!」


氷の塊がダーク・シュナイダーの障壁に激突し、どおぉぉぉぉぉん!! という轟音が辺りに響く。と同時に、氷の重さに圧された彼は、そのまま地上まで墜ちていってしまった。

下は何かの建物だった。爆音が轟き、周辺に瓦礫や砂煙が舞う。


「あー……」


ちょっとやりすぎたな……とエヴァンジェリンは思った。一般人が巻き込まれているか? と眼を凝らしてみたが、どうやら誰もいないようである。不幸中の幸いだ。

となれば、遠慮はいらない。


「トドメをくれてやる! 【 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ 氷精(ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス)大気 に 満ちよ(エクステンダントゥル・アーエーリ)。 白夜 の 国 の(トゥンドラーム・エト・)凍土 と 氷河 を(グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ)…… 】」


その時―――― 


「待つのじゃ、エヴァンジェリン!」


近右衛門を始めとした魔法教師たちが合流した。だが、彼女はもう止まらない。


「退いてろ、じじい! 巻き込まれても知らんぞ。 【 こ お る 大 地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!! 】」


氷塊に埋もれたダーク・シュナイダーを、さらに地面から出現した幾つもの氷柱が包み込む。それは周りの水蒸気を巻き込んで凍結していき、最後には巨大な氷の棺を生み出した。

そう、エヴァンジェリンが最初に宣言した通り、ダーク・シュナイダーは氷漬けにされてしまったのである。


「この程度だったか……魔力の大きさがそのまま強さに繋がることはないという良い見本だな」

「エヴァ……やりすぎじゃぞ」


上手くエヴァンジェリンの魔法を避けた近右衛門が近付き、彼女を窘めた。本来なら、もっとキツイ言葉で叱り付けるところだが、不法侵入者を捕らえることができたのは彼女の手柄である。これ以上は何も言えないし、今日のところはその資格もない。

それが分かっているエヴァンジェリンも、近右衛門に対しては何も言わなかった。


「興が殺がれた。 私は帰る」

「エヴァ、明日の授業、ちゃんと出ろよ」


声を掛けたのはタカミチである。彼はエヴァンジェリンの学級(クラス)、2-Aの担任だ。


「フン……出れたらな」


面白くなさそうに呟いて、エヴァンジェリンは月下の空へと消えた。









 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










「ふう……ようやく落ち着けたかの?」


しばらくして、改めてこの周辺に人払いの結界を張った魔法教師たちは、氷に埋まった侵入者、ダーク・シュナイダーの掘り出しと、この件の事後処理を始めていた。主に警察や報道機関の介入阻止や目撃者の有無の確認、周辺被害の把握などである。

エヴァンジェリンとダーク・シュナイダーの戦闘によって破壊されたこの建物は、今年の春に完成予定だった職員の為の独身男性専用寮であった。それ以外にも、この辺りの道路には大きな穴がいくつも開いていたり、街灯は何本も折れていたり、屋根や壁が破損した建物もあちらこちらにと、戦いは思った以上に激しかったようだ。


「う~~む、予想以上の大出費じゃ……。 経理に迷惑をかけるのう……」


近右衛門は頭を抱えていた。まさか正直に「魔法で壊されました」というわけにもいかない。もちろん、学園事務局の経理課にも魔法関係の者はいる。誤魔化そうと思えば幾らでもできるのだが、問題は年度末の決算だ。下手な言い訳を考えて、経費の出納を変に勘ぐられるわけにもいかない。『魔法使い』という裏があるとはいえ、表向きは『一般の学園』なのだ。こういう場合、税金関係の役所が実は一番恐い存在である。特にマルサとか。

まあ、その辺のことは責任者の仕事である。近右衛門には頑張ってもらいたい。



思い悩んでいる学園長を尻目に、氷に閉じ込められたダーク・シュナイダーを引っ張り出すために魔法教師ガンドルフィーニは、炎系魔法を応用させて少しずつ氷を溶かしていた。不法侵入者とはいえ、さすがにこのままにはしておけない。拘束の後、とりあえずは学園地下に造られた魔法使いたちの『人間界日本支部施設』の独房に放り込んでおく予定だ。


「…………ん?」


順調に作業を進めていたガンドルフィーニは、妙な感じを覚えて首を傾げた。何か……『音』だろうか、ともかく、そのようなものが聞こえたのだ。


「何だ?」


手を止め、きょろきょろと辺りを見回すが、別段変わったものは見当たらない。


……う……お……お…おお……


また聞こえた。まるで、地の底が唸りを上げているような音だ。


「ガンドルフィーニさん、いま何か仰いましたか?」


反対側から同じように氷を溶かしていた魔法教師の瀬流彦が、ひょいと顔を出して訊ねてきた。どうやら彼にも何かが聞こえたようだ。


「僕じゃない。 君も聞いたのか?」

「ええ。 何か呻くような……」


そう言いかけた時、それはまた聞こえた。今度はもっとはっきりと。

だからこそ気付いた。この音の発生源と、正体に。

『氷塊の下』から唸りを上げる『声』、その主は―――― 


「あの男、まだ……!?」


背筋に何か冷たいものが流れたガンドルフィーニと瀬流彦は氷の塊から飛び退いた。

その二人の行動を変に思った近右衛門。近付き、声を掛ける。


「どうしたんじゃ?」

「気を付けてください、学園長」


前に出ようとした学園長を抑えるようにガンドルフィーニが左腕を横へ出した瞬間、凄まじい魔力(エネルギー)が氷塊の周囲から爆発的に噴き上がった。それはまるで火山のようであり、マグマかと思わせるほどの熱量を以って瞬時に氷塊を溶かし、蒸発させた。


「どっご~~~~~~~~おっ!!」


その中心に現れたのは、あの魔人であった。獣の如き咆哮と共に、彼の周りに噴き出していた魔力が膨れ上がって弾け、その勢いは瓦礫や砂煙を巻き込んで魔法教師たちを吹き飛ばした。


「あ…んのクサレ吸血鬼がァ~~~!!」


ダーク・シュナイダーは激怒していた。屈辱である。無敵の魔人、爆炎の征服者がいいように遊ばれたのだ。


「よくもこのダーク・シュナイダー様にぃいいいいい!! くっそおおぉぉぉ!! おい! あのガキャぁ、どこ行ったぁぁっ!?」


被害を受けたのは近右衛門であった。ダーク・シュナイダーから一番近いところに倒れていたのが災いした。吹っ飛ばされて少し意識が朦朧としていたにも拘らず、胸倉を引っ掴まれて揺らされた。何度も何度も。


「あ、あ、あ、あああの娘なな、ならら、ら……む、む向こうにに飛んん、んでったぞいい、いい」


ガクガクと凄い力で前後に振られ、言葉は飛び飛びだが、それでも丁寧に答えた―――― というより、答えてしまった。


「許さねェっ!! ぶっっっっ殺してやるああぁぁぁっ!!! 【 天翔(ワツ・クオー)! 黒鳥嵐飛(レイ・ヴン)!! 】」


ダーク・シュナイダーは高速飛行呪文を唱え、ミサイル顔負けの勢いで飛んで行った。


「拙い……かの?」


ようやく意識をはっきりさせた近右衛門は、自分の行為に冷や汗を垂らした。アレは危険だ。


「僕たちも行きましょう!」


ガンドルフィーニを先頭に駆け出す。途中、異変を知った他の魔法教師たちと合流し、彼らはダーク・シュナイダーを追った。










 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △










月光の下、空に一つの影が浮かんでいる


「ちっ、雑魚相手に魔力を使いすぎたな……」


忌々しい侵入者だ、と舌打ちしたエヴァンジェリンの機嫌は最底辺の極地にあった。

彼女は当初、あれだけの魔法を使うつもりはなかった。結界が張られているこの学園内にいる以上、満月の夜といえどもその魔力は制限され、全盛期の半分にも満たない。それでもあれほどの強力な魔法を幾つも使えたのには理由がある。

エヴァンジェリンには、ある計画があった。15年もの間、ふざけた効果で呪い続けてくれた『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』を解く計画である。その為に必要なファクター……呪いを掛けた術者の血縁が、もうすぐ麻帆良(ここ)に来るというのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。どれほどの力を持っている奴かは分からないが、その血を思う存分に吸い尽くす為には、ある程度の力はどうしても必要になってくる。その為に今まで溜めに溜めた魔力だったというのに―――― 


「(自制できんとは……私もまだまだ若いということか)」


推定600歳が何を言う、と突っ込めば確実に殺されるだろう言葉は、敢えて置いておく。

侵入者があれほど巫山戯(ふざけ)た男だとは思わなかった。今夜のような場合ならば、仕事は全て教師たちに任せ、自分は魔力を集める為の糧探しをすれば良かったのだ。それを、馬鹿みたいに相談事をしている間に逃げられてしまうから、その尻拭いをする破目になってしまった。人外の存在だが、人が良いにも程がある。

まあ、適当に暴れてフラストレーションを発散させようという意図もなかったわけではない。だが、あの男の言動や行動に調子が狂わされ、ストレスは発散どころか爆発し、勢いに任せて暴れ回ってしまった。

また一から魔力の集め直しだ。今後しばらくは魔法薬を触媒にしなければまともな魔法は使えないだろう。


「何をやっているんだか……」


エヴァンジェリンは自嘲気味に笑い、どうしようもない機嫌の悪さを無理やり散らした。うだうだ言っていても仕方がないのだ。計画実行までは、まだ少し時間がある。


「血を吸う人数を増やして調整するか」


そうスケジュールの修正を考え始めた時、途轍もない殺気がエヴァンジェリンに突き刺さった。


―――― ッ!?」


ざわり、と背中の産毛が逆立った。と同時に、グングン近付いてくる巨大な魔力を察知した。これは―――― 


「ダーク・シュナイダーか!?」

「こんんんんのクソ真祖ォオオォッ!! 調ぉぉ子に乗ってンンじゃァァねェえええーーーっ!!」


エヴァンジェリンのいる場所から更に上空、その高々度からダーク・シュナイダーは『す~ぱ~イナヅマきっく』をブチかます。脚に『雷電怒濤(ライ・オット)』を纏わせた超必殺技(さっき思いついた)だ。ちなみに雷撃系呪文は、魔法への抵抗力が高い吸血鬼にも効果的な数少ない呪文である。

その一撃をまともに喰らったエヴァンジェリン。魔法障壁が簡単に貫かれ、身体がくの字に歪んだ。


「ぐあぁっ!! き、貴様っ!?」

「木っ端微塵にしてやるあぁ! 死イィねえええ!!」


そのまま地上へ叩きつけられた。轟音を響き、破壊された物の破片が飛び散り、砂煙が舞う。


「がふあぁっ!」


瓦礫の中から這い出したエヴァンジェリンは、胃の中に苦味を覚え、それを吐き出した。血だった。内蔵でも損傷を受けたか、さすがの吸血鬼とはいえ、少女の身体だ。ここまでやられてダメージを受けないはずがない。だが、それも不死者の力ですぐに再生される。


「くっ……ここは……?」


見覚えがある場所だった。よく見ると『世界樹前広場』だということが分かった。麻帆良のシンボルたる樹が目の前に見え、全体的に西洋チックなデザインが人気となっている広場だったが、今は見る影もない。あちこちにヒビ割れが見られ、階段や手摺りは破壊されてボロボロだ。自分が落ちてきたところなど大穴が開いている。


「ぬおおおおお!」


雄叫びを上げ、魔人が姿を現した。殴りかかってくる。


「こ、こいつ! 図に乗って―――― 


大振りのテレフォン・パンチだ。避けるのは造作もない。

しかし、それも計算済みだったのか、ダーク・シュナイダーは間髪入れずに魔法を放った。下腹部周辺に生体エネルギーを集め、散弾状に放射するルーン魔術『八極拡散砲(ラーッド)』である。


「ハーハハハハ、オレ様は! 超絶美形主人公にして史上最強の魔法使い!! ダーク・シュナイダー様どあーーー!!」

「ちいっ!」


無差別に周辺を破壊していくエネルギー弾を躱しながら、エヴァンジェリンは反撃を試みる―――― と、そこへ、彼女が今、唯一頼れる存在が駆けつけた。


「マスター、ご無事ですか?」

「茶々丸か!」


エヴァンジェリンの下僕(しもべ)であり『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』、『ガイノイド』と分類される女性型アンドロイド、絡繰茶々丸である。


「もはやコイツに遠慮はいらん! 殺れっ!!」

「イエス、マスター」


だが―――― 


自動人形(オートマータ)風情がぁ! 邪魔だァァァッ!!」


超高密度に魔力を集束させたダーク・シュナイダーの手刀が唸る。あっという間の四連撃が茶々丸の四肢を破壊した。

立つ事も出来なくなり、地面に転がるしかない茶々丸。


あ、ア、あ、あ… 

「バカな!? 茶々丸!」

申シ、訳、ありま、セ、ん、マス、ター……。 行、動不能、でス 


ダメージは発声回路まで及んでいるようだ。上手く喋れないでいる。


「貴様ぁぁ……よくもやってくれたなっ!!!」


『怒髪、天を衝く』とはこういうことを言うのだろうか。自分でもコントロールできない激情がエヴァンジェリンの中に渦巻いていた。しかし、そんなことはダーク・シュナイダーの知ったことではなかった。


「やっかましぃいっ!!」

「……っ!!」


一喝。たったそれだけでエヴァンジェリンは押し黙った。それほどの迫力をダーク・シュナイダーは見せていたのだ。


「ブァカめええ! テメェ如きクソ吸血鬼の力で、このダーク・シュナイダー様を倒せると思ったかああ!!! 身ぃの程を知れえ!!!」

「く……あ……」

「【 ザーザード・ザーザード・スクローノ・ローノスーク…… 】」


ダーク・シュナイダーは呪文の詠唱を始めた。その怒気を伴った圧倒的とも言える殺気に、エヴァンジェリンは息を呑み、為す術がない。頼りの従者を奪われた怒りは一転、敵への恐怖に変わる。


「【 漆黒の闇の底に燃える地獄の業火よ……我が剣となりて敵を滅ぼせぇぇぇ!!! 】」


まるでオーケストラの指揮者のように澱みなく動く魔人の指先が、魔力の光で輝く魔法円を描き出す。それは、エヴァンジェリンが全く知らない神秘象形(ミスティック・シンボル)。この魔法は異世界の、しかもダーク・シュナイダーのオリジナル呪文(スペル)なのだから当然であろうが、それが彼女の恐怖を増大させた。


「骨すら残さず死にくされェェっ!!【 爆霊地獄(ベノン)!!! 】」


暗黒門が開かれ、そこから溢れ出た闇の瘴気がエヴァンジェリンを襲う。


「ぎぃやあああぁぁああぁああああぁあぁぁぁ!!!」


そこへやってきた魔法教師たち。彼らは一歩遅かった。エヴァンジェリンの断末魔の叫びを聞き、破壊されていく身体を見た。


「な、なんと!?」

「エヴァ!!」


驚愕する近右衛門とタカミチたち。信じられなかった。600万ドルの賞金首として世界中の魔法使いたちに恐れられた『闇の福音』が死ぬのだ。

だがこの時、誰もが忘れていた。彼女が『真祖』だということを。


「なにぃっ!?」


愕然と目を見開くダーク・シュナイダー。崩壊していくはずのエヴァンジェリンの身体、その肉片の全てが無数の蝙蝠へと変わり、飛び立ったのだ。それはダーク・シュナイダーの背後に回り込み、一つに集まって人型を成していく。


「そう、お前の言う通り、私は吸血鬼。 不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)だよ」


何事もなかったかのように再生されたエヴァンジェリンの身体。一瞬の戸惑いが隙となった。残りの魔力を最大限までに纏わせたエヴァンジェリンの掌底が、無意識展開されていた『魔法の盾(シールド)』、対物理障壁を貫通してダーク・シュナイダーを吹き飛ばした。


「ぐおぉおぉっ!!」


その勢いは、まるで大型車に撥ねられた人のようだった。受身も防御も意味を成さずに魔人は壁に激突し、落ちてきた瓦礫の中に埋もれた。


「はあ、はあ……はあ……はあぁ……」


苦しそうな息遣いでよろめくエヴァンジェリン。慌ててタカミチがその身を支えた。


「エヴァ、無事かい?」

「ああ、何とかな。 今日が満月だったことが幸いした。 まさに命拾いだよ。 それでも魔法でのダメージだ。 再生だけで全魔力の3分の2を、反撃で残り全部を使ってしまった……」

「そうか……」


タカミチは、ほっと胸を撫で下ろした。

疲れ果て、このまま眠り込んでしまいそうな様子のエヴァンジェリンだったが、大事なことを思い出した。


「そ、そうだ! 茶々丸は!? 茶々丸はどこだ!?」

こ、チラ、です、マ、すター 


その声に振り向くと、近右衛門に抱きかかえられている茶々丸がいた。


「あ……」


それで安心したのだろう、さっきまでの心配ぶりとは打って変わり、いつもの横柄な口調が戻った。


「フン、役に立たない奴だな! 明日一番でハカセに直してもらったら、また存分に働いてもらうからな!」

は、い。 申、シ訳あ、りマせん……まス、ター 

「じじい、私の従者だ。 丁寧に扱えよ」

「わかっとるわい。 この子も大事な生徒じゃしの。 じゃが、それよりも……」


近右衛門は険しい表情でダーク・シュナイダーが吹っ飛んだ先に視線を向ける。壁だった物の欠片が大小いくつも折り重なって彼の姿を覆い隠していた。


「とんでもない男じゃ。 覚悟を決めねばならんか」


とても重い韻を伴って近右衛門の口から出た『覚悟』の言葉。皆は気付いた。この侵入者に対して、学園長は単に捕縛・拘束という対処だけでなく、場合によっては『殺傷』をも視野に入れていることを。


何を今さら……、とエヴァンジェリンは鼻で笑った。

お互い無傷で穏やかに問題解決、などという考えが甘いのだ。こちらの話など聞く耳を持たず好き勝手に動き回り、辺りの被害を気にすることなく暴れてくれた。しかも、出来る限り秘匿しなければならない『魔法』という力を使って。対峙したのが自分でなければ、間違いなくこちら側に死者が出ていた。

だが、今夜はもう自分は動けない。魔力は完全にスッカラカンで、この身も『吸血鬼』から『ただの人間』に戻ってしまった。従者である茶々丸もあのザマだ。癪だが、後は教師どもに任せよう。眠いしな。


帰るから家まで連れてけ、とエヴァンジェリンがタカミチに命令しようとした、その時―――― 


「……ず……おおおおおぉぉぉぉっ!!」


火山のように魔力を噴き出させて、ダーク・シュナイダーが瓦礫の中から姿を現した。


「究極の超絶美形主人公ダーク・シュナイダー!! 鋼鉄の不死身大火山大噴火的嵐を呼んで、今!! 復活!!!」


台詞はバカそのものだが、何のダメージも受けていないダーク・シュナイダーのタフさに、皆は呆れると同時に凄まじい脅威を感じた。もう、油断も手加減もできない。


「責任はワシが取る。 みんな、頼むぞい」


その言葉に頷き、エヴァンジェリンと茶々丸、そして二人(正確には一人と一体)を護るように前へ出た近右衛門を除く全員が戦闘態勢を取る。

刀子が太刀を、シスター・シャークティが十字架(ロザリオ)を構えた。弐集院と瀬流彦が杖を取り出し、ガンドルフィーニが右手に銃を、左手にサバイバルナイフを逆手に持った。神多羅木は既に準備が出来ている。いつでも詠唱・無詠唱を問わず発動できるように備えていた。

最後にタカミチは―――― 


「左手に『魔力』……右手に『気』……合成ッ!!」


奥義を発動させた。本来は相克してしまう異なる力、『魔力』と『気』。だが、この二つを融合させ、己の力を爆発的に高める技が存在する。それがタカミチの使った『咸卦法』である。

ダーク・シュナイダーに相対する麻帆良最強の―――― いや、魔法界全体を見ても強豪の部類に入る使い手たち。しかし、そんな彼らを前にしても、魔人の様子は揺るがない。

天上天下において恐れるものなど何も無い。唯我独尊。でも、愛しのヨーコさんには弱い。それが伝説の魔人ダーク・シュナイダーである。


「いい加減しつけーぜ、テメエら……。 三下(さんした)がどんだけ集まろーが、オレ様の相手にすらなんねーことが…………まだ分かんねェェのかあァァァァッ!!」


裂帛の咆哮に噴き上がる魔力が呼応する。定められた魔術式に則って印を組みながら、ダーク・シュナイダーは呪文の詠唱を開始した。


「【 大いなる力の三角、六芒五芒。 光と闇。 円盤に満つる月と、竜王の英霊に申し上げる! 】」


「な、なにっ!?」

「これは!?」

「そんな……馬鹿な!?」


皆が驚いたのは、それが今まで全く聞いたことのない呪文であるということだけではなかった。詠唱と共に鳴動を始め、引き裂かれた地面。そこから噴出した凄まじいまでの妖気と、姿を現した異形の存在。


「【 天の(ことわり)、地の(ことわり)、人の(ことわり)、力の円錐ディマジオの紋章もちて、我に聖なる炎、三頭黄金竜の力、与え給え!!! 】」


「ドッ、ド、ド…ド、ドド……」

「「「「「(ドラゴン)だとぉぉっ!!?」」」」」


そう、世界に存在するあらゆる生物の中で最強種の名をほしいままにする竜族。その中でも高位である三つ首の黄金竜。ダーク・シュナイダーは、そんな存在を召喚したのだ。


「あやつは……いったい何者なんじゃ……?」


近右衛門はそれ以上の言葉を失った。人払いの結界があろうとなかろうと、これでは関係がない。あれ程のレベルの竜がブレスを吐こうものなら、放射線上にある一帯は全て壊滅する。


「テメェら全員で逝ってこい、大霊界!! 【 (マー)――――   】


竜がグワッと口を大きく開ける。死刑執行は間もなくだ。


「【 (ノー)――――   】」


教師たちは全力で魔法障壁を展開する。が、それは足掻きに過ぎないだろう。


「【 (ウォー)ーーーッ!!! 】」


「南無三ッ!」

「……っ! じじい、何を!?」


近右衛門はエヴァンジェリンと茶々丸を庇う。無駄だろうが、そうしたかったのだ。他の教師たちもブレスが吐かれるのを身構えて待った。

だが―――― 


「ボォフン…… 」


ブレスは出なかった。


「………………は?」


あまりの出来事に、ぽかぁ~~ん、と近右衛門たちの時は止まった。

その間も黄金の竜は、ボフボフ……、とエンストしたエンジンのように煙だけを吐き出している。


「おい、テメェ!! なにムセてんだよ! ばぁーとブレス出して―――― 


召喚主の権利行使か、最強生物の竜に対しても臆することなく当然のように文句を言うダーク・シュナイダーであったが、それはすぐに止まった。


―――― ありゃ?」


突然、ダーク・シュナイダーの身体が光を発し、輝き出したのだ。と同時に、彼の背後に聳え立つ世界樹も、淡い光を放ち出した。しかも、魔力を感じさせて。


「ま、まさか……」


ダーク・シュナイダーの頬を一筋の汗が滴り落ちる。完全に焦っていた。この感じには覚えがあったのだ。それを確信させたのは、身体の周囲を取り巻くように現れた魔法円の紋様だった。


「やっぱ『愛と美の女神(イーノ・マータ)』の封印……こんな時に…!」


光の爆発を思わせる激しい明滅が起こった。その場にいた誰もが目を瞑る。


「うおおおおおおおおおおおっ!!」


そしてダーク・シュナイダーのものと思われる悲鳴じみた叫びが聞こえた途端、ぼわあぁん、という少々おマヌケな音が響いた。

それっきり静かになったので、近右衛門たちは恐る恐る目を開ける。辺りには何やら煙のようなものが立ち込めていた。やがてそれが晴れると、そこにはダーク・シュナイダーと黄金竜の姿はなく、代わりに彼が着ていたはずの魔法衣を身に纏った、ブカブカな格好の少年がいた。


「な…な、な……なんじゃこりゃあああああ!!!???」


お前はどこの松○優作だ、という突っ込みは一先ず置いておいて、ダーク・シュナイダーとは似ても似つかぬその少年は、自分の身体を何度も確かめた後、あらん限りの大声で絶叫した。


「え…え~~~と?」


どうにも状況が掴めない。近右衛門たち魔法教師は、ただその場に立ち尽くすだけだった。





「(…………何故、オレは『ルーシェ』に戻っても『ダーク・シュナイダー( オ レ )』でいられる!?)」










第4話に続く





魔法使いの少年と伝説の魔人 第04話:魔人、拘束される

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