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第五話“Stories to Tell” 投稿者:SKY 投稿日:09/30-20:41 No.1373  


 何が悪かったのだろう。どう考えてもわからない。

 桜通りの吸血鬼? なんだそれは。

 ホーンフリークは思考する。戦場では考えることを放棄した者ほど早死にしていく。如何に生き延びるために最善の行動を導き出すことが出来るか。それが、長生きする秘訣だった。
 だが、今現在でのこの思考は現実逃避にしかなっていないことだけは理解できる。
 そんな愚考を繰り返している内にも事態は刻一刻と進んでいく。

 即ち、狂乱。

 先程の少女の叫びの直後、狂乱は始まった。

『あ、あれが吸血鬼!? 貴様、お嬢様に何をした! 手伝おうか刹那。 こんな時こそ科学部特製除霊銃!! アンタ、よく見ればあの時の白スーツ! ニンニン。 また変人か?変人なのか!? 新任音楽教師は吸血鬼!?明日の新聞のトップはこれだ。 マスターを傷つけた音楽教師と判断、攻撃準備に入ります。 ミッドバレイさんが吸血鬼だったの!? ゆーな、それたぶん違うと思う。ミッドバレイさん昨日来たばかりだし。 これは、ほのかなラブ臭……? 吸血鬼アルか?強いアルか? あんな格好いい吸血鬼なら吸われてもいいかも……』

 驚愕と叫び声と泣き声と宣戦布告とその他諸々が混ざり合った狂乱の不協和音。この非常に聴きづらい生徒達の暴走を、ホーンフリークの超人的な聴覚は全て聴き分けてしまう。あまりにも無意味な能力の無駄遣いだった。
 とりあえず戦闘態勢をとっている数人への対抗策として、学園長をいつでも盾に出来るよう身構える。

 既に教室は混沌と化している。暴走を続ける半数と、逃走を決め込んだ半数。裕奈とアキラには悪いが轟音でまとめて吹き飛ばし気絶させれば静かになるのではないか? とホーンフリークは半ば本気で考え始めていた。






【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第五話“Stories to Tell”】






 狂乱は、ホーンフリークがサックスケースの留め金を外そうと手を伸ばしたことに気付いた学園長が、必死になって生徒達をなだめることにより収束した。
 あのサックスが愛用の武器だと言っていた。そんな物を使われ、着任早々生徒達を皆殺しにされてはたまったものではない。手加減はしてくれると信じたいが……。この男の性格はいまいち読み切れない。

 何故か、担任である筈のネギでさえ、ホーンフリークに対して怯えている。まだ一日目だというのにもう何かしでかしたのかこの男は。

 此処こそが最終防衛ラインとばかりに必死になって生徒達に説明する。ここで隣の男にあのケースを開けさせてはならない。そんな大惨事だけは防がねばならない。自らの背負った使命の重大さを胸に刻みながら、近右衛門は何とか生徒達に彼が吸血鬼ではないことを納得させた。
 吸血鬼の噂はしばらく前からあるが、ホーンフリークがやってきたのは昨日の夜からだとか。噂の吸血鬼は真っ黒のボロ布を身に纏っているとの話なのに、ホーンフリークの服装は白いスーツだとか。思い浮かぶ限りの要素を口に出し彼が噂の吸血鬼であることを否定する。
 それは酷く近右衛門を疲弊させる作業だったが、彼は残り少ない寿命を削ってまでやり遂げた。このとき近右衛門は誓う。後で必ず“生徒に危害は加えない”という魔法の誓約書にサインさせなければ、と。

「さて、今さら紹介というわけじゃが……」

 学園長はすでに這々の体だ。無駄に立派な眉毛は垂れ下がり、眉毛の下の目立たぬ眼には大きな隈ができている。その怪しげな形をした頭部は大量の汗で普段よりも遙かに高効率で光を反射していた。

「彼は中等部の3年生に音楽を教えてくれる、ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク先生じゃ。奇妙な名前なのは音楽家としての芸名じゃと思ってくれればええ」

 紹介すると無言のままホーンフリークが教壇に立つ。すでに回り終えた他のクラスでもそうだった。少しは自己紹介でもしたらどうだ、と近右衛門は思う。せめて笑顔だけでも見せてやればいいのに。

「ホーンフリークだ。何か質問は?」

 一息にだが教室全体に届く程度の声量でホーンフリークが問いかける。渋くて格好いい等という意見も他のクラスではあったが、殆どの生徒の第一印象は怯えだった。無口で無表情な仏頂面の長身の男は年若い女子中学生には恐怖の対象らしい。

 怯えといえば、未だネギが彼に恐怖の眼差しを向けているのもおかしい。いや、恐怖だけではなかった。小さな魔法使いの目には恐怖と共に確かな憤慨が隠されている。
 そういえば、エヴァンジェリンの従者である茶々丸の様子も変だった。敵対者を見るような冷徹な視線。彼女の目にはもっと柔らかさがあったはずなのだが。

 原因を考えてみれば昨夜しかない。昨夜、彼のために宿舎に空いている部屋はないかと調べていた30分。そのたった30分でここまでのことをしたのかこの男は。ネギに怯えと憤りの視線を向けられ、茶々丸に敵対視され、挙げ句の果てには孫の木乃香に吸血鬼扱いされる。まったく。トラブルメーカーにも程がある。

「それならばこの報道部の朝倉がクラスを代表して質問させて頂きます!」

 麻帆良のパパラッチこと朝倉和美が勢いよく立ち上がる。気付けば教壇の前にまで接近し、マイクをホーンフリークに突きつけている。

「まず、出身と年齢を訊いていいですか?」

 淡々と質問をする朝倉。その様子にはパパラッチとの異名は似合わず、むしろ厳粛な記者会見などで見られる一流記者のようだった。
 この辺りのことは問題がない。先程、彼の“仮”の経歴については充分に話し合っている。

「出身はアメリカだ。年齢は27」

 全てが仏頂面のどうでもよさげな表情で返される。それにしてもこやつ、教師をやる気など全くないんじゃなかろうか。

「音楽家ということでしたが、楽器は何を?」

「バリトンサクソフォン。判りやすく言えばサックスだな」

 そう言ってサックスケースを開き、中を見せる。
 中には瀟洒な輝きを放つサクソフォン。だが、このサックスこそが先程生徒達を攻撃しようとした兵器であることは、朝倉は気付いていない。

「それでは一曲聴かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 このやりとりは他のクラスでもやってきた。一刀両断。ホーンフリークが次に述べる言葉を学園長はすでに知っている。

「授業を楽しみにしておいてくれ」

 不満が漏れる。だが、他のクラスに比べて怯えの視線が少ない。純粋な不満。やはり、この3-Aは別格だった。学年中のワケあり生徒を纏めて作っただけのことはある。

「仕方がありません。では、最後の質問を」

 最後の質問。予想外に短い。麻帆良のパパラッチはもっとスッポンの様にしぶとく食らいつくものだと学園長は思っていたのだが。
 だが近右衛門の安堵は早すぎた。人は希望を見出した直後のマイナス要素にこそ深い絶望を抱く。まさに、麻帆良のパパラッチは最大効果をあげるタイミングで爆弾を放り込んでいた。

「先程、ウチのクラスの明石裕奈と大河内アキラがホーンフリーク先生の名前を口にしていましたが、二人とはどういう関係ですかっ!? もしかして、口に出せないような関係じゃっ!?」

 先程の騒動の呟きを見事に聴き取っていた朝倉和美。彼女の聴覚は、ホーンフリークに匹敵していたらしい。
 見事起爆した爆弾によって再び混沌と化す3-A。
 近右衛門は再びサックスに手を伸ばそうとしているホーンフリークを尻目に現実逃避をしていた。
 この男を教壇ごと魔法で吹き飛ばせば平和な時間が戻るのかもしれない、と。








「こんなのはごめんだ……」

 隣を歩く老人に愚痴をこぼす。
 向いてない。どう考えても教師というものが自分に合っている職業だとは思えなかった。

「なんなんだ、あれは」

 ホーンフリークの疲弊は向き不向きの問題だけではなかった。
 3-A。お楽しみは後にとっておくとの学園長の言葉で、最後に回ることになったのだが。

 あれは、いくら何でも酷すぎる。

 生徒達の中で、まともな人間が非常に少ない。
 何やら訓練の末にかなりのレベルまで直接戦闘能力を持っている生徒が4人。それに匹敵する生徒も数人。彼女等は運動能力だけならば恐らく自分をも上回る。
 さらに、生徒たちの思考が読めない。呼吸と心拍数などの情報により相手の感情すらも先読みする洞察力を持っているホーンフリークだが、それでもあのクラスの生徒達の考えを読むことは至難の業だった。他のクラスは比較的一般人に近い思考回路をしていたというのに、あのクラスの生徒達は皆、異端か異形にしか思えない。
 そして、極めつけは昨夜会った三人。ネギ・スプリングフィールド、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、絡繰茶々丸。その三人もこのクラスに在籍しているとのこと。
 もっとも、ネギは教師であるし、エヴァンジェリンはサボタージュをしていたためかあの場にいなかった。もしエヴァンジェリンまでいたらと思うと、ホーンフリークは頭が痛くなる。

 あの砂の星にいた頃は、こんなことで悩まなくても良かった。ただ、生き延びることを考え、どう殺すかを考え、逃げ切ることだけを考えていれば良かった。
 皮肉にも“アレ”から逃げ切ることができたと思えば、こんな羽目になる。自分は幸運の女神に見放されているのではないか。そんなことすら考えてしまう。

「慣れじゃよ……。慣れじゃ」

 酷く疲れた口調でそんな事を口にする近右衛門。まったくもって慣れているようには見えない。

 と、
 後方から駆けてくる足音が聞こえる。
 歩幅からかなり小柄。廊下を踏みしめる足音から体重は20数キロ程度しかない。
 そして、この呼吸音。間違いなくネギ・スプリングフィールドのものだった。

「ホーンフリーク先生。ちょっとお話ししませんか」

 多少の怒気が混ざった鋭い口調。怯えが混じりながらもなお強い視線。

 暇潰しには丁度良い。
 そんなことをホーンフリークは考えていた。








「ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークか」

 授業が終わると共に屋上へ駆けつけてきた茶々丸の報告。
 あのジジイが直々に紹介しに来ていたということは、学校側もホーンフリークを信用していないのかもしれない。当たり前だ。あんな男を即座に信用するようなら、暢気を通り越して愚かでしかない。仮にも関東魔法協会の本拠地がそんな無様を晒すはずはなかった。

 昨夜、エヴァンジェリンの不意を衝き放たれた銃弾。それは、絶妙すぎるタイミングを制して発射されていた。具体的に言うのならば、瞬きと呼吸の刹那。人は息を吐ききった瞬間こそ無防備になる。それと瞬きという極めて短いタイミング同士が重なり合った瞬間、その悪魔じみたタイミング。それをあの男は制して見せた。茶々丸の意識がネギ・スプリングフィールドに向き、自分とネギの呼吸と瞬きが重なる瞬間に銃を抜く。達人どころの話ではなかった。まさに神か悪魔の如き所行。

「奴の戦闘スタイルは銃とサックスを利用した衝撃波。だが、それだけとは思えん。何か他に気付いたことはないか? 茶々丸」

 声に出し、呟く。

「先程彼のサックスをスキャンする機会があったのですが」

 自己紹介の時にあの男はサックスケースを開いたという。そのときに茶々丸はあらゆるセンサーを使いサックスを調べていた。なぜならば、あれは昨夜自分たちに向けられた“凶器”なのだから。

「あれは普通のサックスとは随分と設計が違います。差異は多々ありますが、一番の特徴はマシンガンが内蔵されていることです」

 サックスにマシンガン。なんだそれは。考えるだけで頭が痛くなる。何をトチ狂えばデリケートな楽器に轟音と衝撃と震動を放つ銃器を取り付けるなどという発想が浮かぶのだろうか。

「奴が魔法使いかどうかも判別できないとはな」

 そう、あの男からは魔力が殆ど感じられなかった。だが、あれほどの男。魔力の隠蔽などいくらでもやってのけそうだった。
 正面から不意を衝く。そんな悪夢のような戦い方をする男。反撃を受ける前に即座に離脱し、恐らくまた不意を打つ。非常に厄介な手合いだった。

「だが、まあいい。今はぼーやが先だ」

 しかし、今相手にするべきはホーンフリークではない。サウザンドマスターの息子、ネギ・スプリングフィールドであるべきだ。
 昨夜も、逃走したホーンフリークを追えなかったのは、そこにネギがいたからだった。あれが、ネギではなく他の魔法職員であったら、一も二もなくあの男を追っていたものを。
 例え激情に駆られていても、決して目的をないがしろにするわけにはいかなかった。600年の研鑽は伊達ではない。激情に飲み込まれてばかり居たのならば恐らくエヴァンジェリンは魔女狩りの際に散っている。

「マスター。誰かが来ます」

 茶々丸の警告。すかさず物陰に隠れ気配を断つ。必ずしも隠れる必要があったわけではないが、聞こえてきた声が問題だった。
 その声は間違いなくネギ・スプリングフィールドとミッドバレイ・ザ・ホーンフリークのものだったのだから。








「ここでいいか?」

 屋上へと続く階段の踊り場。そこで、ホーンフリークが立ち止まる。
 この人の持つ無機質な雰囲気。まるで何かが壊れているかのような。ネギはそれが苦手だった。

「それで、何の話だ?」

 見下ろされる。それは、威圧をするのでもなく敵意を向けるのでもなく、何の価値もない物をただ見ている。そんな眼差し。
 ここで逃げちゃ駄目だった。勇気を出さなきゃいけない。先生としても、魔法使いとしても。

「何で……」

 声が震える。でも、止まれない。言わなきゃ駄目だ。訊かなきゃ駄目だ。

「何で撃ったんですか!?」

 それがネギの憤慨。
 自分も魔法使いの一員。だから、場合によっては人を傷つけてしまうときだってあるに違いない。魔法の危険さもわかっている。
 しかし、それだけではなく、銃という武器が世界中で最も簡単に人を殺せるポピュラーな武器だということも、わかっていた。

「何も、撃つ必要はなかったじゃないですか! あそこには宮崎さんもいたのに!! もしも当たっていたらエヴァンジェリンさんも宮崎さんも死んじゃってたかもしれないんですよ!?」

 あのシーンで撃つ必要はなかった。そう、ネギは思っている。
 エヴァンジェリンは確かに、“悪の魔法使い”を名乗り、宮崎のどかを人質に取っていた。だけど、まだ話し合いの余地はあったはずだ。何も下手すれば死にかねない攻撃をすることはなかった。

「本気で言ってるのか?」

 しかし、ホーンフリークから返ってきた言葉は、心底わからないと言った意味を交えていた。その眼はまるで、こちらの正気を疑っているかのような。

「始めに撃ったのはお前だろう?」

 確かにそうだ。先制攻撃。だけどあれは。

「あ、あれは捕縛属性の矢で、当たっても捕まえるだけで……」

 こちらにも言い分はある。当たっても捕まえるだけだから傷つけない。
 だけど……本当にそうか?

「極端な話をしよう」

 やれやれ、といったように首を振るホーンフリーク。まるで、とるに足らない子供を見るような目つき。その全てが、どうしようもなく怖かった。

「お前の撃った矢を避けようとした相手が、それでバランスを崩し転倒。頭部を打って死亡した。さて、この場合、お前が殺したことになるかならないか、だ」

 ホーンフリークの口にした例え話は、前置きのように極端な物。しかし、それは酷くネギの心を貫く。

「どんな物でも、時に人は呆気なく死ぬ。それは、道を走る車であったり路傍の石であったり振り下ろされた拳であったり、そして……魔法や銃であったり」

 そう、死ぬんだ。
 確かにあの時、捕縛属性の矢ならば人質を傷つけることなく拘束することが出来る。そう思って撃たなかったか?
 けれど、もし、エヴァンジェリンが邪魔になったのどかを投げ捨て、打ち所が悪かったら? それだけでも彼女は死んでしまっていたかもしれない。
 それだけじゃない。
 自分は今まで何度も魔力を暴発させていた。幸い、武装解除の魔法が暴走するだけだったが、あれがもし他の魔法だったとしたら?
 明日菜に魔法がばれた件も、図書館島の件も、そして昨夜も。
 もしかしたらいつ誰かが死んでいてもおかしくはなかったのでは?

「お前が振るっているものは何だ? ただのオモチャか? 今まで人が死ななかったから、これからも死なないとでも思っていないか? 現実を直視しろ。我々が振るっているのはオモチャなどではなく、簡単に誰かを殺せる“凶器”だということを」

“まるで俺らしくない。やはりこんなのはごめんだ”

 全てを言い終わった後、そう溜め息と共に呟きが漏れた。

「昨日のあの時点では俺にとっては、例え人質に当たろうが奴が死のうが知ったことじゃなかったのさ。それがお前の質問への答えだ」

 そう言ってホーンフリークは背を向けて歩き去っていく。
 言い返すことも出来なかった。最後の言葉はネギにとって、決して許せない言葉であるはずなのに。
 一人残されたネギは、男の放った言葉の苦さを、ただただ噛み締め続けることしかできなかった。







後書き
 軽いノリって難しいですね。
 そもそもホーンフリークでほのぼのしようとするのが無茶なのか……。

ブルージィ・マジック&クロス&ホーン 第六話“NOT AN ANGEL”

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