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第六話“NOT AN ANGEL” 投稿者:SKY 投稿日:10/03-16:20 No.1388  



「坊やも大変だな」

 ホーンフリークとネギが去った後の屋上。残った影がその片割れに呟く。
 エヴァンジェリンは胸に抱く言い様のない感情に困惑していた。先程立ち聞きした会話の、ネギの発した言葉が原因だということはわかっている。
 あの子供は、人質とされていた宮崎のどかだけではなく、エヴァンジェリンの命の危機に対してまで憤慨して見せた。昨夜、死ぬまで血を吸わせてもらうなどと言った相手を、あの子供は庇ったのだった。

 まったく、昨夜のことといい甘いとしか言い様がない。
 だが、秘かに好感のようなものも抱いていた。
 不死の吸血鬼、しかも満月の夜には生徒達を襲う危険な存在に対してあの態度。やはり、サウザンドマスターの息子であるだけのことはある。性格はまるで似ていないが、一皮むけばその内面は驚くほど酷似している。

“私は……お前を殺そうとしていたんだぞ? ネギ・スプリングフィールド”

 胸にしまった独り言。死んでも構わないと、殺してしまっても構わないとさえ思っていたのに。

“それでもお前は、私を庇うのか?”

 考えても答えは出ない。今の私にはわからないのだろう。そんな結論に辿り着く。
 その点、ホーンフリークはわかりやすい。あれは“悪”だ。それも、麻帆良などという生温い生活を送っていたためか、最近目にしていなかったほどの極上の悪党。
 先程の最後の言葉も恐らく、エヴァンジェリンと茶々丸が隠れていることを察して放ったものなのだろう。男が微かに見せた憫笑がそれを肯定している。
 いっそのこと、ネギがあの様な性格だったならば、まだやりやすかった。そんなありえないことまで考えてしまう。もしそうだったのなら何も悩まず手加減無しで捻り潰せばいいのだから。
 だが、構わないのかもしれない。自分を殺そうとした相手でさえ庇う気概にこそ、エヴァンジェリンは興味を抱いたのだから。

「これは」

 学園の結界に侵入者。何もこんな時に来なくてもいいだろうに。
 いや、気分転換ぐらいにはなるかもしれない。つまらない仕事だが、ここでただ悩み続けているよりは遙かに建設的だった。







【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第六話“NOT AN ANGEL”】







「居ない!?」

 轟音に吹き飛ばされながらも必死にバランスをとり着地したエヴァンジェリン。だが、夜闇を掻き混ぜるかのような衝撃がおさまった後には、探していた男の姿はなかった。

「茶々丸! 奴はどこだ!」

 先程の衝撃で耳をやられていたためか、いまいち気配を探れない。もし魔法障壁に魔力の8割近くを注いでいなかったのならば、この程度では済まなかっただろう。遠慮など微塵も存在しない凶悪な暴力。あの男はやはり油断のならない強敵だった。

「現在北東方向へ移動中です。その先には人の反応もあり、恐らくわざとそちらへと逃亡しているようです」

 人質にでもするつもりか。それとも一般人の前では派手な魔法を使えないと踏んだか。恐らく両方だろう。それほどあの男は抜け目ない。

「退くぞ茶々丸。ネギ先生、今日の所はこれで下がらせてもらう」

 未だに宮崎のどかの様子を調べていたらしいネギに一言かけると、そのまま空へと浮かび上がる。このままネギの血を吸いたいところだが、すぐ傍にいるという一般人が問題だった。派手な魔法戦となってしまえば恐らくは駆けつけてくるだろう。また、あの音楽教師が不意を衝いてこないとは限らない。やはり、退くしかなかった。

“それに、今の気分では坊やの首を噛み砕きかねん”

 今の自分はとても冷静とは言えない。もし、力余ってネギを殺してしまったら? その結果、呪いを解けるだけの魔力に満たなかったとしたら? 15年もの歳月を過ごし、ようやく巡ってきたチャンスを一時の感情で不意にするわけにはいかなかった。

「待ってください! エヴァンジェリンさん!!」

 だが、その様な思考はネギにはまったく関係がない。駆けつけてきた少女達にのどかを預けると、そのまま杖を駆り空を追ってくる。

「ちっ、氷結、武装解除!!(フリーゲランス エクサルマティオー!!)」

 二種類の魔法薬を混合させ、武装解除の呪文を炸裂させる。魔力がなくとも技術までは衰えない。ネギの半身は容易く凍りつく。だが、レジストされたのか凍結と同時に砕け散るはずのネギの服は、袖の部分が破壊されたのみだった。バランスを崩させ墜落させる腹だったのだが、ネギは未だに飛び続けている。不愉快だった。

「エヴァンジェリンさん待ってください! どうしてこんなことを」

 ネギは風の魔法が得意なのだろう。こちらの飛行速度に容易く追従してきながら、疑問を口にする余裕まである。屈辱だった。先程の男といい、ネギといい。力さえ封じられていなければ、この様な無様は晒さなかった。
 いくら距離を取ろうにも間違いなくネギの方が早い。ならば仕方がない。手加減できず重傷を負わせてしまっても構うものか。ネギは2対1という数の理がどれほど不利なのか理解しても居ない。このまま捕らえて瀕死になるまで血を吸い尽くす。

 屋根の上に着地する。ほぼ同時に着地するネギ。近すぎず、遠すぎず。間合いの取り方は及第点を与えてやろうと思う。

「茶々丸」

 氷のように冷たい声。今の自分は過去に戻っている。闇の福音、不死の魔法使い、人形使い。全てはあの男の所為だった。自分とは別種の戦闘者。あの男の所為でしばらく出していなかった昔の表情が戻ってくる。女子供に手は出さず、しかし敵対者には一切の容赦をしない悪の魔法使い。それが自分。

 果たしてただ一言で命じられた従者は主の意を正確に汲み取る。即ち、捕獲。
 ネギの知覚外からの急速接近。屋根の上に降り立ったネギは、低空を飛行していた茶々丸から目を離していた。だから、こんな目に遭う。



 忠実なる我が従者は、音もなく垂直の壁を駆け上りネギの背後へ飛び出していた。



 重力など完全に無視した走法。壁面をまるで地面のように走り抜けた茶々丸は、そのまま屋根の端にいたネギに襲い掛かる。

 羽交い締め。

 この程度か。嘆息を洩らす。落胆する。これが、あのナギの息子なのか。
 たかが10才の少年に、どれほど期待していたのだろう。サウザンドマスターの息子、ネギ・スプリングフィールド。どうやら自分はネギの血を吸い自由になることだけではなく、ネギ自身にもかなりの期待をしていたらしい。もしかしたら、この場でネギに倒されることさえ望みのうちだったのかもしれない。

 だが、期待はいつも裏切られる。ナギは自分と同じ道を歩まない。何年待っても奴は来ない。あまつさえ、私の知らない場所で死んでいった。期待なんてするものじゃなかった。ネギにしていた期待さえも、この様に裏切られたのだから。

 もういい。もう疲れた。何かに期待し続けるには、15年は長すぎた。想い人はこの世におらず、ただ持て余すほど長い人生だけが待っている。自分はただ、ナギと共に輝く時間を歩みたかっただけなのに。

 終わらせよう。全ての血を吸い尽くし、呪いを解く。もし、解けなくても知ったことか。ネギを殺した自分を協会は許しておくまい。この土地自体は気に入っている。自分には過ぎた墓標になるだろう。

「茶々丸さん!? いつの間に!」

 歩み寄る。茶々丸にまったく気付いていなかったのか、暴れ始めるネギ。だが、いくら子供が暴れたところで従者が放すわけもない。
 最後に話でもしよう。そう思った。冥土の土産。ネギにとっても、そして恐らくは自分にとっても。

「さて、先生。なぜ追ってきた? こちらは二人。こうなることはわかっていたはずだ。
 そんなに私がしていたことが許せなかったのかい? それともそれほどまでに父親のことを知りたかったのか?」

 そう哀しそうな顔をするな、茶々丸。そんな顔をされると、また何かに期待したくなってしまうじゃないか。

「それもあります! ありますけど……」

「どうした、はっきり言え」

 また、微かに苛立つ。ナギを彷彿とさせる顔で、こんな情けない姿を晒して欲しくはなかった。それだけで思い出が冒涜されてゆく。良い思い出も、悪い思い出も。

 意を決したのか、再度言い直すネギ。だが、その言葉はあまりにも予想からかけ離れすぎていて……



「あの男の人に撃たれていたじゃないですか! だから、エヴァンジェリンさんが怪我をしていないか心配で……」



 今、何と言った? この坊やは。

 心配? 敵である私を心配? それだけで、ここまで追ってくるか? 武装解除の呪文を受けてまで?

「く……クックック……ハハハハハハハハハハハハ!!」

 なんだこれは。こんなのは知らない。こんな奴はナギじゃない。そうだ、私は何を見ていた? この坊やはナギではなく、ネギ・スプリングフィールドという存在なのに。

 面白い。面白い。あの音楽教師はこちらの精神をとことんネガティブにする存在だった。だが、この坊やはまったく逆だ。気分を高揚させる。先程の諦観が馬鹿のよう。10歳の子供の中に勝手にナギを見て期待し、ナギでないことに落胆する。なんだそれは。まるで道化だ。坊やの中のナギではなく、坊や自身を見なければいけなかったのに。

「あ、あの。エヴァンジェリンさん?」

「ハ……ハハ、すまんな。何、私自身は大した傷を負ってない。弾も掠っただけだからな」

 そんな嬉しそうな顔をするな、茶々丸。そんな顔をされると、また何かに期待したくなってしまうだろう?








 思えば、あれから坊やに対する認識が変わった。死ぬまで血を吸わせてもらうなどと言いながらも、そんな気は完全に失せていた。坊やには興味が出てきた。ナギの息子としてではなく、坊や自身への興味。
 そして、後から現れ坊やを解放した神楽坂明日菜。もしかしたら、良いコンビになるのではないか。そんな風に思う。
 こちらの魔法障壁を完全に無効化し、ガードをしたとはいえ自分と茶々丸を吹き飛ばした攻撃力。前衛に相応しい存在かもしれない。

「ちょっと、ネギ……どこ行っちゃったのよ」

 神楽坂明日菜か。坊やを捜していたのだろう。こちらを見つけると警戒をする明日菜。

「あんた達! ネギをどこへやったのよ」

 まったく、短絡的なのにも程がある。だが、あの坊やのパートナーにはこれぐらいで良いのかもしれない。悩みすぎる坊やの手を取り、前へと引っ張る明日菜。悪くはない。想像すると思っていたよりもずっとお似合いだった。

「坊やなら、先程まで屋上にいたが? 新しく来たという音楽教師と話していたぞ」

 まったく。完璧に疑われていたのか。そんな呆けた顔をするなどと。

「安心しろ神楽坂明日菜。今の私では満月が過ぎるとただの人間。坊やをさらっても血は吸えないのさ。少なくとも次の満月までは私達が坊やを襲ったりすることはない」

「えっと……それって」

「それまでに坊やがパートナーを見つけられれば勝負はわからんが。まあ、魔法や戦闘に長けた助言者でも現れない限り無理だろうな。なんだったら、音楽教師にでも相談してみたらどうだ?」

 面白半分に口にする。あんな男に相談したらそれこそどうなるかわかったものじゃないだろう。恐らく、不意を打って殺せだの毒をもって殺せだの物騒な助言ばかりしてくれるに違いない。

「音楽教師って、ホーンフリーク先生のこと? 先生も魔法使い……って、そもそもなんであんた達がそんなことを教えてくれるのよ」

「これはゲームみたいなものさ。両者の実力に差がありすぎたらゲームはつまらないだろう? 坊やには期待してるんだ。せいぜい、楽しませてもらわないとな」

 そんなに驚いた顔をするな、神楽坂明日菜。口を開きっぱなしなのは淑女としてはどうかと思うぞ。

「では、仕事があるので失礼するよ」

 その場を立ち去る我々に、残された明日菜の独り言が聞こえた。

“もしかして、あの二人って悪い奴じゃないんじゃ……?”

 この上なく悪い奴だよ。神楽坂明日菜。
 心の中でそう返答し、その場を後にした。
 自分の口が笑みの形に歪んでいることには、最後まで気付くことが出来なかった。








 樹によりかかり、演奏を続ける。
 この曲に曲名はなかった。周囲の環境により逐一変化する。人の声、ざわめき、足音、鳥の声、虫の声、世界の声。
 それら全てを聴き分けて、それに合わせて演奏をする。
 この曲に名を付けるとしたら、一つしかないとホーンフリークは思っている。
 “静寂”。それが、この曲に付けられるただ一つの名。

 音というのは空気の振動。波でしかない。
 ならば、まったく逆の位相の“波”をぶつけてやれば、相殺されて0になる。

『いい勝負の綱引きは、中心が動かないだろう? 同じだよ』

 そう言い放ったこともある。
 恐らく、世界中を探してもホーンフリークにしか出来ない絶技。結果的に同じことが出来る存在ならばいるかもしれないが、まったく同じことを出来る者はいまい。

 極度の集中によりホーンフリークの肉体からは大量の汗が流れている。しかし、その結果、彼の周囲3メートルには完全なる無音空間が出来上がっていた。

 小さな頃からただ音が好きだった。だが、そんな彼が辿り着いた場所は、“無音”という究極。その矛盾を思うたびに苦笑を漏らすしかない。究極の“音楽”は完全なる“静寂”だったというのが彼の結論なのだから。

 現在この様な演奏をしているのは、訓練のようなものだった。実戦の前に勘を取り戻す、そんな儀式に過ぎない。
 そう、実戦。
 学園長からの依頼。今夜、この麻帆良を襲うという計画の発覚。襲撃に対する防衛要員の一人として、ホーンフリークは出撃することとなっている。
 昨日の今日だというのにやけに忙しない。だが、戦闘というものがいつ如何なる時も発生しかねない理不尽すぎるものだということは理解していた。
 今回はホーンフリークへの監視の意味も含めて、二人一組で動くようにとのこと。もう一人とはここで待ち合わせている。戦闘前のブリーフィング。どんな相手でも決して油断をするわけにはいかなかった。そもそも、相手にするのは人でない化け物で、その上に足手纏いを一人連れなければならないのだ。どれほど慎重を期しても無駄ではなかった。

 そして、待ち人は現れる。
 龍宮真名。それが、今夜の相方の名前だった。








「つまり、その嬢ちゃんさえいれば、“帰る”ことができるってことやな」

 黒い男だった。黒服。黒髪。黒いサングラス。短くなった煙草を咥え、壁に立てかけた巨大な十字架に身体を預けている。

「正確には違うよ。近衛木乃香と、麻帆良学園。その二つが必要だね」

 白髪の少年。フェイトと名乗ったこの少年を見るたびに、男はある既視感を抱く。この少年は“ビースト”と同じだ。人の形をしているが、人では有り得ない。無感情。無表情。世の中には自分と似た人間が数人はいると言うが、あんな奇特な奴に似ている存在までもがいるとは思わなかった。

「つまり、嬢ちゃんを使ってバケモンを呼んで、そのバケモンで麻帆良いう場所を占領。そういうことか」

「そうだね。後は、近衛木乃香と来年発光する世界樹の力を使って、君は帰ることが出来る。もっとも、腕の良い魔法使いが必要だけどね」

 腕の良い魔法使い。その役目はフェイトがすると言っていた。つまり、男は何としてもフェイトを守り抜き、木乃香という少女を確保しなくてはならない。

「地獄の番犬の餌にもなれへんと思ってはおったが、まさかこないなことになるなんてなぁ……。たまらんで、まったく」

 思い切り吸い込み、吐き出した紫煙は、男の感情を顕すかのようにその場をたゆたうと、散り散りになって空へととけていく。
 外道は死ぬまで外道。それは心の底から理解している。
 だから男はここにいる。血生臭い場所だった。
 それはきっと、もう沢山だと思っても、決してでれない地獄だった。

ブルージィ・マジック&クロス&ホーン 第七話“Never could have been worse”

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