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第七話“Never could have been worse” 投稿者:SKY 投稿日:10/12-19:18 No.1436  

 あの人を見つけたのは偶然だった。

 昨日の夜。倒れていたあの人をアキラと見つけ、知り合った偶然。
 どこか、普通とは違う空気を持つ人。まるで、高畑先生や他の一部の先生の持っている空気を、何倍にも濃くしたような人。
 はっきり言うと怖かった。まるで、肉食獣の前に投げ出された草食動物の様な気分。

 アキラはあの時パニック状態で、あの人の怖さがわからなかったみたいだけど、私はとても怖かった。あの人の目は、私達を見ていたようで、でも、まるで私達に何の価値も見出していないような。食べ物を見る肉食動物の目ですらなくて、ただの風景……道ばたの石を見るような目。それがとても怖かった。

 気まぐれだったのだと思う。あの人が演奏してくれたのは。
 だけど、あの曲を聴いているとあの人への怖さが薄れていって。凄く、興奮した。どこか殺伐として乾いた音楽だけど、それでも陽気なリズム。楽器一つであんな音が出せるなんて思ったこともなかった。

 気付けば、あの人も私達のことを見てくれていたような気がする。確かに笑ってた。ちょっとニヒルに唇を歪ませただけのような笑いだけど、あれは絶対笑顔だったと思う。

 あの笑顔を見て私・明石裕奈は、あの人・ミッドバレイさんに一目惚れしちゃったのかもしれない。でもそうするとアキラがライバルってことになってしまうんだけど。

 そして今日、また会えた。学園長が新しい音楽教師を紹介すると言ったとき、そう思った。
 入ってきたのはやっぱり昨夜会ったミッドバレイさんだった。まあ、その後の騒ぎにはミッドバレイさんも困っていたみたいだけど。
 ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク先生。それがフルネーム。やっぱり、“ミッドバレイさん”じゃなくて、“ホーンフリーク先生”って呼ばないとだめなんだろうか。それとも、私達には特別にミッドバレイさんって呼ばせてもらえるのかもしれない。昨日の夜、あの人はそう名乗ったのだから。

 そして今また、ミッドバレイさんを見つけた。
 広場の隅の樹に寄りかかり、サックスを吹いている。話しかけようと思った。演奏の邪魔は出来ないから、終わってから。

 だけど、気付く。

 音がしない。何の曲も流れていない。
 でも、それなのに。

 とてつもなく真剣なあの人の表情。物凄い集中。周囲の空気すら動きを止めてしまうような。かつて自分はあそこまで集中したことはあるだろうか。無いに違いなかった。大好きなバスケでも、学校のテストの時でも。
 とても、話しかけられない。
 樹によりかかるミッドバレイさん。
 ただそれだけの風景なのに、まるで完成された一枚の絵画のような。

 そんな光景に、入っていいわけがない。
 そう、思ったのに。

「やあ、先生。待たせてしまったかな」

 どこからか来た龍宮さんは、いとも簡単にその絵画を壊してしまった。





【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第七話“Never could have been worse”】





 龍宮真名は一際高い大木の上から森を俯瞰していた。
 その少し先にはミッドバレイ・ザ・ホーンフリークがいるはずだった。だが、彼の気配は真名にも感じ取れることなく、普段と変わらぬ夜の森がそこにはある。

“どうやら、思っていたよりはずっと頼りになりそうだが……”

 昼間の打ち合わせを思い浮かべる。
 その時にホーンフリークは言っていた。そんなタイプの人外とは戦ったことがないと。その言葉を聞き不安に思ったものだ。ただ者ではないことは確かだが、裏の世界に対する素人と組まされたのかと。魔法使いですらないと、ホーンフリークは言ったのだから。
 その後に決定した作戦は、ホーンフリークが前に出て迎撃。真名は遠距離から狙撃による援護。もし、ホーンフリークの技が通用しなかった場合には、彼は攪乱と足止めをしつつ後退し、真名の銃弾で片付ける。大まかな作戦はそんなところだった。

“来たか……”

 森の奥から大量の気配があふれ出す。多すぎる。50近い数の鬼。学園側の予測ではそこまでの戦力が送られるということはなかったはずだ。
 非常にまずかった。このままでは真名はともかくホーンフリークが危うい。鬼や怪物と戦った経験のない彼がこれほどの数を相手に生き残ることが出来るとは到底思えなかった。
 幸運は、彼の行っている完璧に近い気配遮断。いっそのことそのまま隠れ続けてくれれば良かった。目の前で死なれるよりはずっとマシだ。

“撃つしかない”

 このまま手を拱いているわけにはいかなかった。作戦など敵戦力が予測より遙かに多かった時点で崩壊している。鬼達がホーンフリークの元へ辿り着く前に一匹でも数を減らさなければ。
 だが。

“馬鹿な、何故出てくる!”

 ホーンフリークは正対していた。50を数える異形を前に、その痩身で立ちはだかる。
 サックスを携え、立ち尽くすホーンフリーク。あまりの数の前に冷静ささえ失ってしまったのか、彼はそのまま動こうとしない。
 援護をしなくてはならない。だが、どうすれば良いのか。鬼達は彼を嘲り何やら笑いあっている。今ホーンフリークが無事なのは、ただ侮られているからに過ぎない。今ここで一発でも銃弾を撃ち込めば、鬼達は一斉に襲い掛かり彼をただの肉塊に変えるだろう。

“くそっ”

 ただ、焦る。彼女がここまで焦りを見せるのは珍しいことだった。普段の彼女ならば常に冷静、沈着に敵を討つ。だが、目の前で知己の人間が死ぬことを見ているしかないのは良い気分ではなかった。
 だが、例え焦燥に駆られていても冷静な戦闘思考は健在だった。真名の思考は弾き出した。非常に少ない確率ながらもホーンフリークを助け出す方法を。
 即ち、突貫。
 声を上げ、乱射しつつ突撃して注意をこちらに向ける。非常に彼女らしからぬ結論だが、最も成算の高い戦法がそれだった。真名は狙撃銃を放り出すと、懐から二丁の拳銃を取り出し、樹上から飛び降りようとして……。



 直後、両手の銃の照準をホーンフリークの頭部に合わせていた。



 危うく、引き金を引くところだった。

 なんだこれは。こんなのは知らない。息が出来ないのに息が乱れる。いくら呼吸しても酸素が取り込まれず消費されるだけ。怖い、恐い、怖い恐いこわいコワイコワイ。

 たった今間違いなく自分は死んだ。両手両脚を引き裂かれ、零距離から頭部に銃弾を撃ち込まれて死んだ。身動きすら出来ない所を、あのサックスに押し潰されて死んだ。倒れている後頭部に白いスーツの足を振り下ろされて死んだ。

 即ち、今感じたのは殺気だったということ。

 信じられなかった。数多の戦場をくぐり抜けてきた真名にさえ、こんな殺気は味わったことがない。戦いも知らぬ人間ならともかく、百戦錬磨の真名ですら、浴びるだけで死んだと錯覚する殺意。果たしてそんなモノを放てる存在は人間なのか。
 時間はあれから一秒と経っていない。あまりにも衝撃的な出来事に、真名の感覚は暴走していた。一秒を一時間にも感じる集中力。それは、人が死を予感したときに感じる走馬燈と同じ原理ではないのだろうか。

 スローモーション。何もかもが遅く感じられる中、ただホーンフリークだけが動いている。
 彼が大きく息を吸い込んだのがわかった。勢いを付け、前傾する。異形達に向けられる“砲口”。真名にはわかる。あれはもう楽器などではないということが。

 息を吹き込む。吹き込まれた空気は“兵器”の中で凶悪なエネルギーに変換、放出され。



 森が死んだ。








「つまり、ミッドバレイさんが龍宮さんと怪しいって?」

 結局の所、裕奈の嫉妬なのだろう。
 目の前で感情豊かに愚痴を洩らしてくる裕奈のことを可愛らしいとは思う。だけど、それを今口にするのはどうかと思っていた。
 無論、アキラ自身も気にしていないわけではなかった。それでもさすがに目の前で相方がここまで壊れ始めているとなると、なんだか逆に冷静になってくる。

 今は、二人だけというわけではない。和泉亜子と佐々木まき絵も共にいて、それだけではなく最もこの話題を聴かせてはならない人物である、麻帆良のパパラッチまでこの場にいたのだから。

 すでに昼間、裕奈とアキラがホーンフリークに好意を抱いていることは、クラス中に知られてしまった。あの場を誤魔化すことはアキラには無理で、裕奈などは発言するたびに自爆しているとしか思えなかった。アキラとしてはこの想いは秘していたかったのだが。
 だけど、それとこれとは話が別だった。アキラには、裕奈が何でわざわざ、自分から餌になりにいくのかわからない。これ以上新聞部を肥え太らせてどうするつもりだろうか。恋は盲目。きっと裕奈には何も見えていないのだろう。

 それにしても、さすがに朝倉は話を聞くことが上手い。相手が今口にしたいこととしたくないことを瞬時に判断し、聞き出せる情報を聞き出せるだけ引き出し、相手を乗せて隠し事まで暴露させる。
 アキラは心配だった。裕奈が昨日の夜のことまで口に出してしまわないかと。あの心の底から楽しんでいた瞬間は、出来れば三人だけで共有していたかった。裕奈と、アキラと、ホーンフリーク。アキラはあの時間を限られた人間だけで共有することによって、秘密の共有という特別を得たかったのかもしれない。

「それで、二人してお茶まで飲んでたし、ミッドバレイさんが奢ってたみたいだし」

 裕奈の愚痴は止まらない。それにしても、まさか最後まで尾行していたのだろうか。していたのだろう。諦め気味にそんな結論に辿り着いてしまう。自分だってそんな場面に出くわせば尾行しない自信はなかったから。

「わかるわかる! アンタの気持ちはよーくわかるよ裕奈」

 バシバシと音がするほどの勢いで、裕奈の肩を叩く朝倉。この同情は嘘っぱちだとアキラは判断する。どう見ても裕奈からさらなる情報を引き出そうとしているようにしか思えない。そもそも、いつもの運動部四人組で集まっていたところに、なぜ朝倉が現れたのか。間違いなく、スクープの種としてマークされているからに違いなかった。

 そろそろ、本格的に止めないとだめかもしれない。亜子やまき絵もこの話には興味があるらしく、とても止めてくれるようには見えない。このままでは明日の朝刊で教師と生徒の美男美女カップルと、横恋慕する二人の少女という関係が成立させられてしまうだろう。
 孤軍奮闘。覚悟を決めろ。魔王朝倉を倒すための覚悟を。

 だが、助けは思わぬ所から現れた。廊下がなぜか騒がしい。間違いなく天の助けだ。謙虚で真面目な生活をしているアキラを、天の神様は見守っていてくれたらしい。

「朝倉、なんか廊下が騒がしい。スクープかもしれないぞ」

 なるべく平静に口にしたつもりだったが、その声が震えていたのは愛敬だっただろう。








 ホーンフリークから前方300メートル余り。
 破壊の爪痕は扇状に広がっていた。
 破壊に巻き込まれたあらゆる生物が死に絶えている。昆虫、小動物、鳥、そして、鬼。

 あれほど居た鬼達は、姿形もなく消滅していた。

 龍宮真名は恐る恐るホーンフリークの元へ近づいてゆく。足が震える。仕方がない。真名は間違いなく、目の前の男を見誤っていたのだから。
 今でさえ、拾い直した狙撃銃を男に向けないでいることに苦心していた。これほどまでに誰かに銃口を向けたいと思ったことは今まであっただろうか。目の前の存在は危険すぎた。一刻も早く排除しろと、真名の本能は怒鳴り続けている。
 反対に理性はそんな本能の意見を無視すべきだと警告を続けている。彼が敵ではないから? そんな理由じゃない。
 きっと銃口を向ければ間違いなく殺される。それは予感などではなく事実でしかなかった。

「さっきのあれ、何をやったんだい?」

 声は震えてないだろうか。平静な声が出ているだろうか。
 努めて世間話をするような気軽さで話しかけたつもりだったのだが。

「頗る付きのウルトラショック・ソニックウェイブだ。ひとたびこいつに息を吹き込めば、秒速340メートルで目標の脳髄を揺さぶり尽くす」

 サックスをケースにしまいながら淡々と口にするホーンフリーク。だが、真名自身は彼の口にした事実に戦慄した。あれほど破壊力のある攻撃が、広範囲に文字通り音の速さで飛んでくる。回避など不可能。少なくとも自分には難しい。

「敵にしたくないね。先生みたいな人は」

 本音だった。心底そう思う。殺気だけで人を殺せるような怪物と、事を構えたくなんてなかった。
 ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク。“角笛の怪物”。まさにその名の通りの存在だ。

「ここから600メートルほど先に、怪しげな男が二人いる。恐らく、アレを召喚した奴らの筈だ。お前なら狙えるだろう? 殺さなくても良いが、警告だけはしてやってくれ」

 呆れた。
 600メートル?
 魔法も使えない人間が、どうやって森の中でその距離の敵を発見できるというのか。ホーンフリークを倒すには、遠距離からの狙撃しかないと思っていたのだが。そんな距離ですら彼の索敵範囲内なのか?

 銃を構える。スコープを覗く。ホーンフリークが指で示した方向を覗き込む。

 居た。

 明らかに狼狽している陰陽師風な格好をした男が二人。木々に隠れその姿は殆ど見えないが、確かに存在している。並みの狙撃手では見ることも出来ないが、あいにく真名の目は特別製だった。逃がしはしない。

 タン。タン。
 乾いた音が二回響くと、二人は膝を撃たれ倒れ伏した。

 後は学園側に任せておけばいい。そう判断する。

「見事だな」

 冗談のようにしか思えない言葉が、ホーンフリークから漏れる。見もしていないのにあの距離の状況がわかるような男に言われる言葉ではないと、心底思った。







 ただ、歩く。
 ネギの頭の中では先程言われた言葉が駆け巡っている。
 その言葉を認めないわけにはいかなかった。なぜならそれは、どこまでも正しい事実だったのだから。

“我々が振るっているのは、誰かを殺せる“凶器”だということを”

 6年前。村を襲った悪夢。力が足りなかったために村は崩壊し、大切な人達を犠牲にしてしまった。
 だから、力を求めた。
 次に、あの様な事態に陥っても、皆を守りきれるだけの力を。
 必死だった。もう二度とあんな惨劇は起こさせない。マギステル・マギとなって、今度こそ大切な人達を守りきってみせる。そう心に誓った。

 だけど。
 気付かされた。自分の力は一歩間違えるとただの暴力でしかないと。

 人を襲うのは悪いことだ。過ぎた力を持って力を持たない誰かを襲う。その行動を悪と定義するなら、エヴァンジェリン達は間違いなく悪に分類される。

 だけど、彼女を止めるために力を振るった自分の正義は、一体誰が保証してくれる?

 “暴”れる“力”と書いて暴力。まさに字の通りだ。自分の力は確かに暴れて、一歩間違えば人が死んでいてもおかしくなかったのだから。

 少なくとも、あの人達はそれを自覚して揮っている。エヴァンジェリンも、ホーンフリークも。悪を悪と認識した上で自ら悪を行う。
 だが、自分は違った。正義の行いだと思いこみ、揮う力の本質を理解しようともせず誰かを傷つけ続けてきた。
 果たして、その行いはどちらの方がより罪深いのか。
 答えなどでなかった。ただ、わかっているのは誰にも傷ついて欲しくないという自分の願いだけ。

 子供だった。いっそのこと何も出来ない無力な子供だったらまだマシだったのに。
 誰かを傷つけ、殺すことの出来る子供。それが自分だと理解できる。
 大人びた理性はその事実を理解できても、短い人生経験はどう行動すればいいのか答えを出せない。

 誰かに頼りたかった。恥も外聞もなく泣き喚いて、僕を助けてと抱きつきたかった。そうすれば、楽になれるとわかっていたから。
 だけどそれは、自分で考えるということを放棄すること。壁に当たるたびに思考を放棄するような脆弱さで、マギステル・マギへとなれる筈はなかった。

 どうすれば良いのかわからなかった。誰かを助けたいと思うものの、どうやれば助かるのか。今は全く思い浮かばない。
 なぜ、自分は攻撃魔法を熱心に学んだ? ホーンフリークは言っていた。その力は凶器でしかないと。果たして凶器で人を助けられるのか?

 自分に対する疑念はどこまでも駆けめぐり、幼い脳裏を蹂躙してゆく。
 もう限界だった。何もかも放り出して逃げ出したい。エヴァンジェリン達のことも、ホーンフリークのことも。

「景気悪そうなカオしてるじゃんか大将。助けがいるかい?」

 懐かしい声。ヒーローは、遅れた頃にやってくる。
 その絶妙すぎるタイミングに、ネギは涙すら流しそうになっていた。

ブルージィ・マジック&クロス&ホーン 第八話“Fool's Paradise”

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