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第十話“BLOOD AND THUNDER” 投稿者:SKY 投稿日:10/30-07:19 No.1528  

 





【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第十話“BLOOD AND THUNDER”】





 サックスから音が鳴り響く。
 だが、それはエヴァンジェリンが警戒していたような衝撃波ではなく、ただの音。
 ジャズ・ミュージック。ホーンフリークが演奏するその曲は、なぜか冷たい刃のような印象を受ける。しかし、それだけだった。例え刃の印象を受けても、音楽は刃になり得ないのだから。

“なんのつもりだ?”

 わからない。理解が出来ない。あの男は戦いを挑みに来たのではなかったのか?
 見れば、ネギも茶々丸も茫然と立ち尽くしている。これから起こることが凶悪な戦いだとばかり思っていたのが、まるで肩すかしを食らったよう。
 ホーンフリークを包囲させていた裕奈達4人も、あまりの状況に動きが止まっている。
 敵の前でいきなり演奏を始める男。こんな馬鹿げた状況は、長い人生の記憶を思い返しても数えるほどしかなかった。まさか、平和を唄って改心でもさせるつもりかと、そんな有り得ない妄想まで脳裏を流れてしまう。

“馬鹿馬鹿しい、攻撃してこないのならば先に潰せば良い”

 エヴァンジェリンは4人に合図を送り、男に襲い掛からせようとして。



 あまりの頭痛に視界が明滅した。

 見れば裕奈達4人。さらにそれだけではなく、ネギまでも倒れている有り様。何が起こっているのか理解が出来ない。ホーンフリークが一人演奏を続けているということは、あの男が何かをしたのか。

 異常な事態に立ち上がろうとして、それを果たせずに右手をつく。平衡感覚が働かない。吐き気がする。頭痛がする。まるで頭の中で巨大な鐘が鳴り響いているような。

“音波攻撃―――――!!!!”

 低周波か、超音波か。
 迂闊だった。魔法障壁もまともに働いていない。それもその筈、エヴァンジェリンはあの音楽を脅威と感じていなかった。むしろ、奴の目的を探るために無意識に聴き入っていなかったか。あの男相手には微塵たりとも油断をしてはならなかったのに。

 茶々丸が突進する。機械である彼女はこの音波攻撃でダメージを受けていない。湯船を駆け、一瞬で男を殴り倒さんと腕を振りかぶる。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!!」

 始動キー。これ以上あの演奏をさせるわけにはいかなかった。17本の魔法の矢で、あの演奏を打ち破る!


「氷の精れ―――――――――――――――――――」


“声が出ない――――――――――――――!?”


 驚愕。詠唱が止まる。喉から先に声が出ない。いったいどんな異常なのか。
 止まった声に茶々丸が振り返る。主に何か起こったのかと。だが、それは致命的な失策だった。決して、ホーンフリークから目を逸らしてはならなかったのに。

 茶々丸が目を離した一瞬の隙に、ホーンフリークは裕奈達4人の間を走り抜け、その魔楽器に魂を吹き込む。

 それは、音という名の断頭台。



「―――――――――――!!」



 吹き飛ばされる。何も見えない。
 魔法障壁すら貫通する致命的な威力の衝撃波。
 脳が揺さぶられ、沸騰する。すでに痛みすら感じない。
 自らが地にいるのか空にいるのかそれすらもわからない。
 “コレ”に比べれば、この前食らったモノなど児戯に過ぎなかった。モデルガンと戦車砲ほどの差が、両者にはあった。

 だが、さすがに真祖の魔法障壁は伊達ではなかった。凶悪な衝撃の7割近くをカットしている。
 さらにこれは純粋な音波の攻撃。銀でもなければ大蒜でもない。エヴァンジェリンを殺すには、今ひとつ足りていない。

 地に手をつく。温かい感触。ここがまだ湯船の中だと知覚しながら立ち上がる。

「く……よくもやってくれ……ンンンン――――!?」

 言葉が遮られたのは、口の中に強引に何かを押し込まれた痛みのために。
 足をかけられ、押し倒され。口内の異物は喉まで押し込まれる。
 視力がなくてもこれはわかる。この感触は知っている。
 四角く細長く。氷のように冷たく苦い金属製の物体。



 拳銃だった。



「フィナーレだな」

 引き金が……引かれる。









 流れる音楽はまるで地獄の鬼が鳴らす銅鑼の音だった。
 初めは全く気付かなかった。なんでここで、ホーンフリークがこんな演奏を始めたのか。ふざけているのなら邪魔なので出て行ってくださいと、本人に向け叫びたくなったほどだった。
 しかししばらくするとそんな言葉は頭から全て追い出される。代わりに脳裏を埋め尽くしたのは、嫌な予感。生存本能が最大限まで掻き鳴らす非常ベル。
 魔法障壁に大量の魔力を注ぎ込むのと、自分の身体が俯せに倒れ伏すのはどちらが早かっただろうか。
 おかげで間一髪、間に合った。何とか意識を保つことが出来た。

 後は全て、映画を見ているようだった。

 圧倒的な力を持つエヴァンジェリンと茶々丸の不意を衝き、自身の最大級の攻撃をたたき込む。

 あまりの衝撃に鼓膜が破れるかと思った。あれはもう、“音”なんてレベルじゃない。湯は巻き上げられ、あらゆるガラスと鏡は砕け散り、壁や天井にさえヒビを入れる凶悪な破壊。
 だが、その轟音に感謝するべきかもしれない。闇に呑まれかけていた意識が、鮮明に蘇ってきたのだから。
 吹き飛ばされるエヴァンジェリン達。これで、チェックメイト。主を守るべき筈のミニステル・マギは、別方向へ吹き飛ばされ、守られるべき主はとても動けそうには思えない。

 ただ一人、この破壊を作り出した男だけが、懐から銃を抜きながら走り出す。

 あれは駄目だ。認められない。あの人は間違いなく迷わない。決して迷わず、哀れまず、ただ路傍の花を摘み取るように引き金を引くだろう。それは絶対に駄目だった。許せない。あれを許してしまったら、自分にはもう、『スプリングフィールド』の姓を名乗る資格などなくなってしまう。

 しかし、身体は動かない。立ち上がることも出来ない。

 まるで映画。見ているだけしかできないところがそっくりだ。
 悪の魔王を倒そうと、正義の勇者が剣を振りかぶるように。
 その銃口を口に押し込み、ただ一言呟いて。

「フランス・エクサルマティオ――――――!!」

 間に合った。








 引き金を引くのと、その魔法が自分に激突するのとどちらが早かっただろうか。

 不意を衝かれた。
 気絶したものだと思っていた。個有振動と共鳴を利用した殺人音楽。それは、あんな小僧に防がれるほど甘い技ではなかったはずだ。

 “演奏”により、障害になる裕奈達とネギを気絶させ、“静寂”によってエヴァンジェリンの不意を衝く。
 後は茶々丸もろとも最大級の衝撃超音波を叩き込み、その後に銃撃で確実な止めを刺す。本来は超音波だけでカタが付くはずなのだが、あれを受けて生き残った例外も一人存在する。魔法障壁なる未知の力を纏う魔法使いであるエヴァンジェリンが、これで即死するなどという確証はなかった。
 龍宮真名から仕入れた情報によると、魔法障壁はある程度の衝撃を緩和するという使われ方が最もポピュラーらしい。真祖の魔法障壁ならばそれこそ銃弾すら防ぐだろうと。

 ならば、零距離。それも口腔、喉の奥に銃口を接触させ、マガジン内の残弾全てを連射する。それが、ホーンフリークが出した結論。
 魔法障壁というものが体内にまで働いているとは思えなかった。もし働いていてその状態で銃弾を防いでも、防がれた銃弾は何処へ行くのか。それは、銃身の中に滞るという解しか出てこない。そんな状態で連射などすれば、間違いなく銃は暴発する。
 最悪でも口腔内での拳銃の暴発。多少の負傷は治療魔法で癒せるということも確認している。ならば、片腕を犠牲にしてでも殺してしまえば勝利だった。さすがのエヴァンジェリンでもそれまでは耐え切れまいと思っていたのだが。

 後方から何かが飛来する気配。一瞬の硬直。
 後方の魔法は二の次に回す。あの攻撃は茶々丸ではなくネギからのものだった。恐らく、致命的なものではない。ならば、エヴァンジェリンを殺すことを優先し、引き金を引く。

 しかし、エヴァンジェリンはたった一瞬の硬直による好機を逃しはしなかった。

「ガァァアア―――――――!!」

 ハンマー。銃弾というものは後部の薬莢にハンマーで衝撃を与えることにより内部の火薬を炸裂させ、前部の弾頭を発射するという仕組みになっている。ならば、そのハンマーを吸血鬼の強靱な握力でフレームが歪むほどに抑え込まれたら、果たして弾丸は発射されるのだろうか。

 答えは否。エヴァンジェリンは致死の体勢から一瞬でその死を回避して見せた。何て鮮やかな手際。

 そして、ネギの魔法が着弾する。
 スーツの上着が花びらのように散り、衝撃により右手の銃も弾かれてしまう。サックスは手放すわけにはいかなかった。抱え込むようにして衝撃に逆らわず、跳ぶ。

「氷爆――!!(ニウィス・カースス!!)」

 だが、エヴァンジェリンの一言と共に襲い掛かる氷の爆風。
 それは容易くホーンフリークを吹き飛ばすと弾丸に匹敵するかの速度で彼を壁に叩きつけた。

「あまり……なめないでもらおうか。音楽教師!!」

 大気を揺るがす咆吼。
 己のプライドをずたずたに傷つけられたエヴァンジェリンは、傷を負わされた獣も凌駕するほどの殺意を振りまいていた。虎は傷ついてからが本物である。

 ホーンフリークは体勢を立て直す。サックスに隠されていた銃口をエヴァンジェリンに向け、立ちあがる。
 右腕はもう使い物にならない。上着が弾け飛んだところにあれほどの凍気を浴びたのだ。刃のような無数の氷の粒による裂傷と凍傷により、すでに感覚など微塵もない。
 加えて、壁に叩きつけられた時に背骨を痛めたらしい。折れてはいないようだが、左肩胛骨の粉砕骨折と合わせると、戦闘続行は難しい。まさに満身創痍としか言い様がなかった。
 だが、その牙はまだ折れてはいない。呼吸器官の損傷は軽微に止められ、左腕も動く。細かい演奏は出来ないが、衝撃超音波を放つことならば可能だった。

「なぜ、邪魔をする。ネギ・スプリングフィールド」

 あそこで邪魔が入らなければ、終わっていたはずだった。この様な無様な傷を負うこともなく、エヴァンジェリンを仕留めることが出来ていたはずだった。
 本来ならばその様なイレギュラーすら入らない様にネギも無力化させたはずなのだが、どうやら幼いながらも魔法使いというのは伊達ではなかったらしい。完全とは言えないがこちらの演奏を防いだということか。
 ネギと4人が倒れた直後から、意識を完全にエヴァンジェリンと茶々丸に移行させたこともまた、仕方がなかったこととはいえ失態の原因だった。猛獣を前に路傍の石に気を配っていたら殺される。そんな判断からネギを完全に意識外に置いたのだが。

「僕は……決めたんです」

 未だ、ネギの方は“演奏”の後遺症から抜け出ていないのだろう。ふらつく身体を必死に支え、杖にもたれかかるようにして立ちあがる。
 その瞳に宿る強い光。どこかで見た様な眼。強く何かを決意した狂気がかった視線。

「例え僕が揮う魔法が、人を殺すための凶器だとしても……」

 人を殺すための凶器。それは以前、ホーンフリーク自身がネギに突きつけた現実。

「僕は誰も殺さない。そして、僕の前では誰も殺させない!!」

 決意と叫び。ああ、なるほど。通りで覚えがあるはずだとホーンフリークは思う。あの眼は、化け物の片割れ、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの眼に似ているのだと。
 あの純粋な決意を、数多の絶望と苦悩が削り取れば、深淵の底の様なヴァッシュ・ザ・スタンピードと同じ眼差しになるのだと、ホーンフリークは気付く。

 まさに、鉄の意志。それが、脳と肉体の負傷を押してホーンフリークを止めた力の正体。

「そんな絵空事。貫けるとでも思っているのか?」

 そう、絵空事だった。なぜなら人間などより遙かに強大な力を持つ存在が100年以上賭けても辿り着けなかった境地。それを10にも満たない餓鬼が歩もうなどと。

「そんなこと、わかりません」

 だけど……。
 そう、言葉が続く。

「強く望まなければ、その可能性も0になる。それを明日菜さんに教えてもらいました。何事もやろうとしてみないとできやしないって!」

 それは、聞くに堪えない子供の戯言だった。
 だが、ホーンフリークは知っている。人が強く願うということが、どれだけの力を得ることが出来るのか。
 願いを執念に変え思いを狂気に変える。さすれば、人は人であることを捨てられ魔人となることが出来る。
 すでに、ネギの決意は狂信に近い。ならば、それは――――

「そうか」

 溜め息と共にただ一言。

「なら、“アレ”はお前に任せる。俺の目的はどのみち、その四人なのだからな」

 そう、エヴァンジェリンをアゴで示しながら、ただ裕奈達四人に向け歩き出す。
 もうどうでも良かった。ただあの小さな魔法使いがどのようなモノを見せてくれるのか、そんなくだらないことを考えながら歩く。

「逃げるのか? 音楽教師」

 今まで沈黙を保っていたエヴァンジェリンが口を開く。だが、ホーンフリークはエヴァンジェリンに背中を向けてまで歩みを止めなかった。

「この負傷でお前の相手は少々辛いモノがあるからな。後は、そこの小僧に任せるとするさ」

 そして、少女達の許へ辿り着き、裕奈とアキラを抱え上げ、両肩に担ぐ。さすがに四人を担ぐのは無理だが、二人ぐらいならばどうにかなった。肉体派の戦闘者ではないとはいえ、常人以上の身体能力は持っている。漸く、負傷した右腕に痛みが走る。やっと感覚が戻ってきたようだった。

「あとの二人はまた取りに来る。巻き込まない様に戦場を変えることを奨めておこう」

 そして、大浴場を後にする。背後からエヴァンジェリンが怒鳴り声をあげてきたが、敵であるネギを無視してまで追おうなどという気は起こらないらしい。
 戦場を離れたホーンフリークはただ、後にした戦場から流れてくる“闘争”という名の音楽に耳を傾けていた。

ブルージィ・マジック&クロス&ホーン 第十一話“Sound Life”

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