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第十一話“Sound Life” 投稿者:SKY 投稿日:11/05-08:57 No.1562
「ご苦労様。ホーンフリーク先生」
大浴場から出てきたホーンフリークに声をかけた人物は、高畑・T・タカミチだった。壁に背を預け、煙草を燻らせいたタカミチはホーンフリークの方へと歩き出す。
「見ていたのか?」
「まあ、さすがに手を出すつもりはなかったけどね。ほら、酷い怪我なんだから、彼女たちは僕が背負うよ」
「構わない。どうせこの程度の怪我は治せるのだろう? 痛みだけなら無視すればいい。お前は中にいるもう二人を頼む」
とても、数ヶ所の骨折や裂傷、凍傷などを負っている人間のセリフとは思えなかったが、実際ホーンフリークにとっては痛みなど大した問題ではなかった。痛みというものがただの脳に与えられる警告だということを知っている彼は、痛みで戦闘行動に支障を来さぬように痛覚を認識しつつも無視をするという状態に精神をコントロールできる技術を手に入れていた。ならば、どうせ数十分後に治る傷の痛みなど無視しても構わないというのが彼の判断。
「了解。無理はしないように」
わかってる。とでも言うように視線で応えるホーンフリーク。そして人二人を背負っている人間とは思えぬほど、しっかりとした足取りで歩き出す。
「それにしても、あのエヴァに勝つなんてね。思っていた以上だったよ」
「勝ってなどいないさ。事実、向こうは生きていてこちらは重傷だ」
「だけどそれも、ネギ君がいたからだろう? あれがエヴァ達だけだったら間違いなくエヴァは死んでたよ。エヴァだってそれは弁えているはずさ」
だが、それでもホーンフリークは勝利したなどとは決して思わない。そもそも、ホーンフリークにとって、戦闘に勝利も敗北もない。ただ死ぬか生きるか、その単純な二択しか彼にはなかった。自らが死なないために一秒でも早く“敵”の息の根を止める。この場合の“敵”とは即ちホーンフリーク以外の全ての存在。そう考えているからこそ彼の技は無差別に周囲を攻撃する技が多かった。全ての生命を薙ぎ払えば彼を害するものなどその場から消えて失せるのだから。
だからこそ、今回ネギの横槍により決定的好機を失ったのも、全てが自らの失態によるものだとホーンフリークは理解している。そしてタカミチもまた、ホーンフリークがそう思考していることを、理解している筈だった。
「だが、さすが魔法使いというわけか。俺には外からではあの中の状況が掴めなかったというのに」
「ああ、エヴァの隔離結界は特別製だからね。中の様子が探れなくてもしょうがない。僕だって、一人だけじゃ無理さ」
一人だけでは不可能。その言葉にホーンフリークは眉をひそめる。
「ああ、つまり……。この戦いは、初めから学園中の魔法職員に中継されているってわけだよ。学園長の仕業でね」
納得が行く。あの昼行灯を気取っている老人ならば、そのぐらいはしてのけるだろう。
だが、タカミチが告げた事実は、ホーンフリークにとってはあまりに重大なことだった。気付かなかったとはいえ、自らが研鑽し続けた技の大半をこの学園中の戦闘者に知られてしまったという現実。衝撃超音波や殺人音楽だけならばまだ良かった。だが、自分はあの戦いで“静寂”を使ってしまっている。獲物の周囲を完全な無音空間とする“技術”。文字通り、自らの切り札。それが学園中に漏洩してしまうなど、悪夢でしかない。
無論、あの“技”を理解できる人間がそうはいるとは思えない。空気の振動に全く逆の位相の振動をぶつけて零にする。そんなものを一目で理解できる者がそう沢山いてはたまらない。
だが、彼等が理解できないのは経過であって結果ではない。彼等はあの瞬間を見ることにより、ホーンフリークが起こした行動の結果、即ち音を掻き消すという現象を眼にしてしまった。それを知られることはホーンフリークにとっては無視できないあまりに大きな痛手。
「今日の出来事で君に対する職員の態度や印象も変わるかもしれないね。それが、良い方向か悪い方向かまではわからないけど」
無論、悪い方向に決まっている。彼等学園中の戦闘者は見たのだ。全盛期の力を取り戻したエヴァンジェリンを、その技と策と戦法によって圧倒した男の姿を。
そして、迷いなくネギや生徒を攻撃に巻き込む姿や、あろうことか子供にしか見えないエヴァンジェリンの口内に銃口をねじ込み、容赦なく引き金を引く姿までも。
間違いなく、警戒される。彼等を排除しようにも学園側の戦闘者が何人いるのかすらわかっていない。状況はたまらなく、ホーンフリークにとって不利だった。
「おや、どうやらネギ君がエヴァ達を引きつけることに成功したみたいだ。ちょっとそこで待っていてくれないかい? 二人を連れてくるから」
深く、深く深く溜め息をつく。彼の思考回路はその溜め息の裏でどのように現状を打破すべきか最速で演算を続けていた。
【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第十一話“Sound Life”】
「ええっ!? 今なんて言ったのエロオコジョ!!」
麻帆良に訪れた暗闇も、その前に就寝する明日菜には関係がないはずだった。朝になれば闇は晴れる。当たり前の日常が始まる。長い間ネギと明日菜の頭を悩ませてきていたエヴァンジェリンとの問題も、今日の授業の様子を見る限りは解決に向かいそうだった。
ネギは未だに新しく来た音楽教師が苦手らしいが、吸血鬼という誤解が解けた今では明日菜はむしろ好印象を持っている。ぶっきらぼうで生徒達に極力関わろうとしない姿勢はいただけないが、彼の教える授業は楽しかった。どんな曲も楽譜を見ただけであのサックスで再現し、生徒達の歌や演奏も、一度聴いただけでどこをどの様に直せば上手くなるのかわかりやすく説明してくれる。授業内容も非常に的確だったと思う。その内容が技術に寄りすぎているのは些か問題があるのかもしれないが、それでも今まで知らなかった音楽の新しい部分を教えてもらった気がする。
“ホーンフリーク先生って、凄く渋いんだよねー。高畑先生と並んでる所なんて凄く。なんていうか、年齢以上の渋みが……。って、いや、でも私は高畑先生一筋だけど”
とは、親友の木乃香に洩らした一幕である。
エヴァンジェリンの事件が解決に向かっている今、明日菜はようやく平和な日々を取り戻せると楽観的に考えていた。ネギが来てからは“平和で静かな日々”ではなくなってしまったが、それでも暴力や戦いが溢れるような状況よりはずっとマシだった。騒がしいけど平和な日々。それを明日菜は思いのほか楽しんでいたのかもしれない。
「だからやっぱりエヴァンジェリンの奴あきらめてなかったんス!!」
だが、明日菜が考えていた平和な日々は、オコジョの一言によって潰えてしまった。
どうして皆、平和で居ることに耐えられないのだろう。
確かに明日菜も喧嘩はする。委員長とはよく意見をぶつけ合うし、他の皆とも喧嘩をしたことだってある。だが、それはあくまで喧嘩。本気で相手を傷つけようなどと思ったことは、一度たりとてなかった。
だが、エヴァンジェリン達は明らかに違った。確かに十五年もの間、中学生として過ごしてきたという事実は同情に値するだろう。しかしそれが人を傷つけても良いという免罪符になるとはどうしても明日菜には思えない。もっと平和的に解決する方法はなかったのだろうか。例えば、事情を話した上で毎日少しずつネギに血を分けてもらうなどの方法ならば、暴力で解決するよりもずっと平和的だ。ネギだって、そう頼まれれば決して断らない筈だった。自分の生徒が困っていれば、ネギが躊躇うことはないと明日菜は知っている。
「それで姐さん。兄貴からの伝言なんですけど」
「伝言?」
「このまま女子寮で戦うと他のみんなを巻き込みかねないから、あの場所に連れて行こうと思うって。だから、あっちで待っていてくれって言ってやした」
あの場所。学園の端の大橋。
いざエヴァンジェリンとの戦いになったときのために、ネギと共に下見に行った場所。
「わかった。急ぐわよエロオコジョ!!」
“絶対無事に辿り着きなさいよね。信じてるから!”
明日菜は着替え終えると、そのまま寮を飛び出し、風となって駆けだしていった。
「魔法の射手、連弾・氷の17矢!!(サギタ・マギカ セリエス・グラキアーリス!!)」
氷の矢が割れた窓から外に向かい飛び出してゆく。
その先には幼き魔法使い、ネギ・スプリングフィールド。
風を従え空を駆ける少年と、それを撃ち落とさんとする氷の凶器。まさにデッドヒート。追い付かれれば少年は撃墜されるという事実から、その言葉はあまりにも正しい。
だが、ネギは腰のホルスターから銃を取り出すと、氷の矢を一本一本撃ち落としてゆく。
魔法銃。ここ最近の出来事により、ネギはこの武器が好きではなくなっていた。世界中で現在最も多くの人の命を奪っている武器、銃。これを見ると、否応なくあのホーンフリークの顔が思い浮かんでしまう。
ホーンフリークが銃を生徒に向けたことを糾弾したネギ。だが、今の自分も同じことをしていると、丁寧に一本一本撃ち落としながら考える。
だけど、迷いはなかった。
あの時ホーンフリークは傷つけるのが目的で銃を手にしていた。だが、今の自分は明らかに違う。傷つけるのではなく、止めるために銃を持っている。その僅かな違いが、ネギに極限の集中力と力を与えてくれる。
果たして全弾撃ち落とすと、ネギは反撃に出る。
脳裏に映るのはやはりホーンフリークの姿。決して許せないあの男の、あまりにも見事な戦い方。
「風花、武装解除!!(フランス・エクサルマティオー!!)」
空を飛ぶエヴァンジェリンに向けて発射される武装解除の魔法。だが、それは容易く避けられる。当然だった。こんな距離でこんなわかりやすい呪文があのエヴァンジェリンに当たるはずはなかった。
しかし、これで良い。今自分が何よりも優先すべき事は、あの場所に辿り着くこと。そのためには少しでも距離を稼がなければならない。今なら、たった1メートルの距離を10万円で買ったとしても惜しくはなかった。それほどまでに彼我の戦闘力には差がありすぎる。
「どうした。逃げるだけか? ネギ・スプリングフィールド!」
追ってくる。その速度はいつぞやの晩とは比べものにならない。やはり、力を取り戻したエヴァンジェリンは桁が違う。
「どこまで逃げられるかな。氷爆!!(ニウィス・カースス)」
襲い掛かる氷の爆風。それは先程ホーンフリークを吹き飛ばしたものに比べると若干威力が低いように感じるが、それでもネギにとっては致命的な威力を秘めている。決して食らうわけにはいかない。
さらに、問題はエヴァンジェリンだけではない。
彼女の従者たる絡繰茶々丸。その姿を、先程から見ることが出来なかった。
あの晩、見失った茶々丸に仕掛けられた奇襲。そのシーンが脳裏で再生される。あろう事か主を守るべき従者が、主自身を囮にして不意を衝いてくる。そんな魔法使いと従者という在り方の常識を越えた戦法。やはりそこにも決して埋められない戦闘経験の差を感じられた。
姿の見えない茶々丸をこのまま捨て置くわけにはいかなかった。焦りが思考を焼く。しかし、意識を分散したまま避けきれるほど、エヴァンジェリンの攻撃は甘いものではない。ならば、どうすれば良いのか。
決まっていた。脳裏に浮かんだホーンフリークの戦法。それは、自分のペースに相手を巻き込むというスタイル。
ならば。牽制でも構わない。隙あらば攻撃を仕掛けなければ。
「こおる大地!!(クリュスタリザティオー・テルストリス!!)」
だが、そこに隙などなかった。撃墜される。こちらが攻撃しようと意識を切り替えたその一瞬に、エヴァンジェリンは詠唱を終えていた。一瞬の間隙。致命的な攻撃。彼女はあまりにも、魔法戦に長けすぎている。
既に橋までの距離は近い。後たった50メートル。だが、ネギにとってはその50メートルが、決して踏破できない死出への道。
「なるほどな。あの橋は学園都市の端だ。私は呪いによって外に出られん。ピンチになったら学園外に逃げればいい、か。意外にせこい作戦じゃないか」
余裕を見せて倒れるネギの前に降り立つエヴァンジェリン。その姿はまるで、黒衣を纏った天使の様。
「だが、これで終わりだな。なに、一方的だったとはいえ意外によくやったよ。あの音楽教師を止めたことなど、かなり評価してやっても良い」
そして、倒れ伏すネギの襟首を掴み、そのまま足が宙に浮くまで持ち上げる。
「しかし坊や、貴様は言ったな。誰も殺さず、誰も殺させないと。だが、結果はどうだ? この有り様でそんな傲慢を通すことが出来るとでも思っているのか?」
傲慢。
誰かを助けたい。誰かを守りたい。誰も死なせたくない。そんな想いは、傲慢になるのか。
傲慢になるのだろう。そんな答えがどこからか沸いてくる。
結局、誰かを守るということは誰かを殺すという敵の“意志”を完全に否定することとなるのだから。
魔法を詠唱して反撃を試みようにも、掴まれている襟首が強く締まり呼吸さえままならない。チェックメイト。もうネギ自身が出来ることなど何もないように思えた。
「あの英雄と呼ばれたサウザンドマスターですら、誰かを守るために誰かの命を奪っている。ナギよりも遙かに未熟な貴様がそんな道を歩もうというのだ。この程度の苦境、笑って乗り越えて見せろ」
その言葉を耳にして、やはりこの人は悪い人じゃないんだな。と再度思う。本当の悪人ならきっとこんなことは言わない。もし目の前にいる人がエヴァンジェリンではなくホーンフリークだったとしたら、自分はとうに生命活動を止めているだろう。
だからこそ、胸が痛む。自分に苦境を与え導いてくれようとしている人の、不意を衝かなければいけないという現状に。
ネギは未だ、右手の銃を手放してはいなかった。
恐らくエヴァンジェリンは、魔法銃の威力を見て取った上で捨て置いている。この魔法銃では力を取り戻した真祖の魔法障壁を貫くことは出来ないと悟ったから。
そこに、つけいるべき油断がある。
狙いはエヴァンジェリンではなく、その足元。彼女が立つ地面なのだから!!
ドガァ。と、そんな音と共に地面に穴が空く。それはあまり大きな穴ではなかったが、彼女の体勢を崩すには充分すぎた。
予期せぬ事態にバランスを消失したエヴァンジェリンは、持ち上げていたネギの肉体を地に着くまで下ろしてしまう。さすがにその手を放すことまではなかったが、不意を衝かれたことにより空白の時間が彼女を支配する。
「風よ!!(ウェンテ!!)」
ただ一言、風を纏う。一瞬の好機に与えられた時間は限りなく短く、一言呟くのが精一杯。
しかし、それで充分だった。巻き起こる風にエヴァンジェリンの腕は離れ、その隙にネギは後方へと距離を取る。纏った風により向上した機動力は、一息に10メートルもの距離を跳躍させることを可能とした。
「驚いた。まだまだやる気は充分というわけか」
そうこなくてはな。そんな呟きまで聞こえる。
「来い。茶々丸」
そして闇の中、真祖の従者が現れる。
だが、その姿にネギは驚愕した。先程のホーンフリークの攻撃のダメージか、彼女のフレームの至るところにはヒビが入り、完全に破損し剥離している部分までもが見える。
先程エヴァンジェリンと共に、茶々丸が追ってこなかった理由がそこにはあった。
「茶々丸……さん」
ネギには理解できなかった。そんな姿になってまで戦わせようとするエヴァンジェリンと、そんな姿になってまで戦おうとする茶々丸が。
「敵を心配するとは随分と余裕があるようじゃないか。なに、茶々丸は私のミニステル・マギだぞ? その程度で動けなくなるほど柔じゃない。
行け、茶々丸……“加減はするな”」
お相手します。ネギ先生。
そんな言葉と共に猛スピードで向かってくる茶々丸。確かに相手を心配している場合などではなかった。例え傷だらけになっても、彼女の力は決して色褪せない。
避けきれない。それはそうだ。この前茶々丸と戦えていたのは、明日菜が前衛を務めてくれたからだった。ネギ一人では熟達した戦士の前に歯が立たない。
咄嗟に障壁に力を込める。まともに受けたのでは一撃で意識を持っていかれる。少しでも衝撃を和らげようと、後ろへと飛ぶ。
無駄だった。
夜の麻帆良を全力で駆ける明日菜。
夜空にはまるで花火のように光が舞い踊る。それは明らかに魔法の光。絶対的な暴力の煌めき。
「まずいぜ姐さん! このままじゃ、兄貴達が向こうに着く方が――早い!!」
そんなことはわかってる。返事をしている暇なんてなかった。今はただ、全速力で走ることだけを考える。
走る。奔る。趨る。疾る。
風が邪魔だ。空気が邪魔だ。何でこんなに強い風が邪魔をするように吹いてくるのだろう。一刻も早くあの場所に着かなければならないのに、なぜこんな邪魔をしてくるのだろう。
それが空気抵抗というものだということにすら気付かず、ただ明日菜は走り続ける。
「ちぃっ、魔法が止んだ!! 兄貴が負けちまったのかもしれねえ!」
うるさい。邪魔だ。今はただ走らないといけない。余計なことを考えさせないで。
“もう、二度と誰かを失うのは―――嫌!!”
エヴァンジェリンも茶々丸も、ネギのことを殺そうとまでは思っていないのかもしれない。
だけど、彼女たちが使っている力が問題だった。あの日、深い苦悩に苛まされていたネギは言った。魔法という力は、誰かを酷く傷つける凶器なのだと。それを深い考えもなしに自分は振り回し続けていたのだと。
確かにそうだ。図書館島にいたゴーレムも、茶々丸との戦いの時にネギが見せた魔法も、全てが明日菜の常識を圧倒していた。あんなものが直撃したら、それこそどうなってしまうか想像したくもない。
「見えた!!」
カモの声。確かに見える。立っているネギに、矢のような速度で一直線に向かう茶々丸の姿が。
右の、回し蹴り。
下段から跳ね上げるようにネギに襲い掛かったその右脚は、矢のような身のこなしによる速度と体重を全て上乗せさせ、腹部を防御したネギの左腕に衝突する。
まるで、交通事故。大型トラックに跳ねとばされた子供。空高く舞いあげられたネギの身体は、そのままだと頭から地面に激突するだろう。例え魔法使いだろうとそんなことになってしまったら……。最悪の未来しか想像できない。
「ネギ――――――――――――――ィィィィ!!」
走る。
想像してしまった最悪の未来を打ち消すために。
脳裏に映った映像はなぜか、地に叩きつけられるネギではなく、血だらけで煙草を燻らす壮年の男だったが、どちらにしろ全力で否定する。
間に合うはずがなかった。人が100メートルを10秒以下で走るには、万人に一人の才能と、その才能を腐らせずに伸ばし続ける信念と努力がなければならない。そして、今、数十メートルもの距離を吹き飛ばされたネギを助けるには、それよりも早く走らなければ間に合うまい。
だが、そんなことは知らない。考えてなどいられない。余計なことは考えず、ただ音すら消えた白い世界と、橋に向かって堕ち行くネギの姿だけが全てだった。
“絶対―――――――――――助けるんだからっ!!!”
強い意志は人を超えた力を生み出す。
明日菜はいつの間にか自らの身体を包んでいた力に気付きもせず、矢のような速度で跳躍すると、落ち行くネギを空中で抱きしめていた。
「もう、動けないか。茶々丸」
全力疾走からの蹴撃。それが、今夜行えた茶々丸の最後の戦闘行動だった。
「申し訳ありません。マスター」
ぺたりと地面に座り込んだ茶々丸は、傍らに立つエヴァンジェリンを見上げると、本当に申し訳なさそうに述べる。
ホーンフリークから受けた衝撃超音波は、茶々丸の外部装甲を蹂躙し尽くした。スラスターによる飛行機能は破壊され、骨格にすらダメージを与えている。エヴァンジェリンからの魔力供給があったのならばここまでのダメージは受けなかったはずなのだが、不意を衝かれたためかそれすらもままならなかった。
「その脚でここまで駆けてきたのだからな。当然だ。むしろ、よく働いてくれた。お前はよくやってくれたよ、茶々丸」
女子寮からここまでの距離を疾走し、最後に全力でネギへと蹴りを放つ。今まで受けたダメージから、そんなことをすれば完全に脚部が崩壊していてもおかしくはなかった。
「それにしても、まさか、咸卦法とはな。ただの小娘ではないと思っていたが……」
吹き飛ばされたネギを助けに走った神楽坂明日菜。それは決して届くはずのない疾走だったが、途中、弾丸のように加速した明日菜は見事ネギを受け止めることに成功した。
その時に見ることが出来たあの力、あれはよく知っている。高畑・T・タカミチが使う咸卦法。魔法障壁を無効化した能力といい、今回の咸卦法といい、もう明日菜をただの一般人と侮ることは出来ない。彼女は既に、立派な魔法使いのパートナーだった。
茶々丸に攻撃させた際、全力で蹴り飛ばされたネギが死ぬということは考えていなかった。
この戦いは学園側から常に監視されており、現在も周囲には先回りした魔法職員達が姿を隠している。彼等がいる限り決してネギを死なせる様なことはあるまいと、そう判断しての攻撃を加えたのだ。
「さて、茶々丸。ケリをつけてくる」
そして、ゆっくりと歩き出す。
ネギが戦意を失っているとは、もう考えもしていない。あの少年はきっと、こちらの期待に応えてくれるだろう。それこそ理想的な形で。
“私は、あの坊やに負けることを望んでいる”
それが、この戦いにおけるエヴァンジェリンの理想型だった。
サウザンドマスターの息子、ネギ・スプリングフィールドがより強く成長するための礎となる。いつしかエヴァンジェリンの目的は、呪いを解くことではなくその様な形へと変貌していた。
「お気をつけて」
茶々丸の声を背に、エヴァンジェリンは決戦の橋へと向かってゆく。
真祖の吸血鬼に残された時間は、あと30分。
それだけあればこの戦いに決着をつけるには充分だった。
「あたたた………これ、足、折れてる」
酷い惨状だった。
ネギを助けるために自身の肉体の限界を遙かに超えた力で跳躍した明日菜の足は、その力に耐えきることが出来ず損傷していた。
右脚の膝と足首の間、ちょうど脛の部分がへし折れ、そのまま折れた骨が皮膚を突き破っている。開放性骨折。このグロテスクな右脚が自分の脚だとはとても信じられなかった。
「まあ、良いよね。ネギも助けられたし……」
なぜか痛みは感じない。極度の興奮状態により脳内麻薬が大量分泌され、彼女の痛みを掻き消しているのだが、そんなことは明日菜にはわからない。ただ、大切なモノを助けることが出来たという満足感だけが、その心を満たしている。
「あ、アスナさん……?」
果たして気絶していたネギが目を覚ます。だが、茶々丸の渾身の一撃をまともに食らったネギも、また無傷では済まなかった。
呼吸をするたびに肋骨に痛みが走り、咄嗟に防御に回した左腕は赤黒く腫れている。骨の一本や二本は折れていてもおかしくはない。
「ごめんねネギ……。せっかく仮契約ってのしたのにさ、私もう戦えそうにないや」
あはは。と笑いながら明日菜は言う。こんな逆境でも笑うことが出来るのは、間違いなく明日菜の強さだった。
果たしてネギは立ち上がり、そして明日菜の負傷に気付く。何も言われずとも悟ってしまった。あの怪我は、間違いなく自分を救うために負ったのだと。
誰も殺さない。殺させない。
つい先程叫んだ誓いが揺らぎそうになる。
あの時、少なくともホーンフリークを止めなければ、明日菜がここまで酷い怪我を負うことはなかったのに。
「こぉら」
そんな事を考えていると、明日菜に軽くこづかれる。立ち上がれない明日菜はネギの足を軽く叩いただけだったが、その手には万感の思いが込められている。
「今さら迷ってどうする気よ。決めたんでしょ? あんたの目指す立派な魔法使いっていうのを。だったら、このぐらいで立ち止まってちゃ駄目だってば」
「で、でも」
「ネギだってボロボロじゃない。結局二人とも生きてるんだし、あんたは自分のやりたいことをやりなさいよ。見ててあげるからさ」
あまりに穏やかな明日菜の表情に、ネギの心の迷いが霧散していく。
そう、ここで後悔しても何も変わらない。賽はもう投げられている。後は、前に進み続けるだけ。
「わかりました。行ってきます。アスナさん!!」
そして少年は戦場へと戻る。
自らに立ちはだかる、エヴァンジェリンのいる戦場へと。
「お待たせしました……エヴァンジェリンさん」
「構わんさ。こんな時間、ここで過ごしてきた15年に比べれば、芥のようなものだ」
「さて、いつでもいい。正真正銘、一対一だ」
「僕が勝ったら悪いことはやめて授業にもでてもらいますからね!」
「いいさ。さあ、始めようか!!」
「ラ・ステル マ・スキル マギステル!!」
「リク・ラク ラ・ラック ライラック!!」
「風の精霊17人、集い来たりて………」
「氷の精霊17頭、集い来たりて………」
「魔法の射手、連弾・雷の17矢!!(サギタ・マギカ セリエス・フルグラーリス!!)」
「魔法の射手、連弾・氷の17矢!!(サギタ・マギカ セリエス・グラキアーリス!!)」
「やるじゃないか坊や! まさか全て相殺するとはな!」
「僕はここで負けるわけにはいかないんです! 夢のためにも……アスナさんのためにも!!」
「闇の精霊、29柱!!」
「に、29人……!? 光の精霊、29柱!!」
「魔法の射手、連弾・闇の29矢!!(サギタ・マギカ セリエス・オブスクーリー!!)」
「魔法の射手、連弾・光の―――――――――――」
何が悪かったのだろう。エヴァンジェリンさんの詠唱の早さに驚いたことだろうか。それとも29もの魔法の射手に驚いたことだろうか。それともやっぱり焦った心で行った詠唱の際に、深く息を吸い込んだことだろうか。
大きく息を吸い込んだ際、折れていた肋骨から走る激痛が、ネギの詠唱を途切れさせていた。
後はただ、呑み込まれるだけだった。29人もの闇の精霊達に。
何も見えない。何もわからない。意識が文字通り闇に呑み込まれそうだった。
「今度こそ、本当に終わりのようだな……坊や」
目の前に、黒い人影が微かに見える。ゆらりゆらりと揺らいでいる人影は、何かを喋り続けている。
「正直、思っていたよりずっとよくやったよ。物足りないと言えば物足りないが……」
ああ、あれはエヴァンジェリンさんだ。彼女が立っていて、僕が倒れているということは、僕が負けたってことなのかな。
「しかし、約束は約束だ。私が勝ったからには、お前の血を吸わせてもらうぞ」
一歩。一歩。近づいてくる。
負けたのか。仕方がない。だって彼女は、600万ドルもの賞金をかけられるほど強力な魔法使いなのだから。
“見ててあげるからさ”
声が、聞こえた。
「意識は保っているようだが、正気を失っているのか………。まったく、思っていたよりも面白くない結末だな」
アスナさんの、声が、聞こえた。立たなくちゃ。立って、あの人を止めなくちゃ。
「まだ、足掻くのか。やめておけ坊や。もう勝ち目など――――――」
その瞬間、夜空にサックスの音が鳴り響いた。
「音楽教師か!!」
エヴァンジェリンの気が逸れる。この音が攻撃だろうがそうじゃなかろうが関係がない。これが、最後のチャンス!!
「―――――――――――――――」
声は出ない。そんな余計な力など、残ってはいない。
ただ、全力で立ち上がり、彼女に向けて体当たりをする。
ネギがこの橋を戦場に選んだのは、何も学園都市の端だからという理由だけではない。逃げると見せかけてエヴァンジェリンを罠にかける。それが目的だった。
しかし、正面から対峙してしまった今、そんな罠はもう使えなかった。ならば真っ向勝負で破るしかないと思っていたのだが。
それでもネギは、捕縛結界を仕掛けた位置を一瞬たりとも忘れたことはなかった。
そして、彼女の不意を衝いた体当たりにより、二人の身体は縺れ合いながら、その罠の上に倒れ込む。
二人の身体を捕縛結界が拘束する。
しかし、その拘束までの僅かな間、ネギは自分が最後に成すべき事を終えていた。
「僕の…………勝ちです」
茶々丸に蹴り飛ばされたときも手放さなかった魔法銃。
それを再びホルスターから抜き、ネギはエヴァンジェリンに突きつけていた。
「ああ、坊やの勝ちだ」
後書き
な、何でこんなになってしまったのか全くわかりません(笑)
これでエヴァ戦終わりだから頑張るぞーと思いながら書いていたら、なぜか予定を遙かに超えた妙な戦いになってしまいました。気分は最終決戦! ホーンフリークほとんど出番ないし……。
次回からは修学旅行編です。
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