HOME
| 書架
|
当サイトは「魔法先生ネギま!」関連の二次創作投稿サイトです。ネギま!以外の作品の二次創作も随時受け付け中!
書架
第十二話“楽園” 投稿者:SKY 投稿日:01/03-18:43 No.1833
街を歩く。
誰もが幸せそうに笑顔を交わし、言葉を交わし、人生を交わす。
ここには、あの感覚が無い。
焼けつく様に自分に焦燥を与え続けてきた、あの“死”という感覚が、ない。
【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第十二話“楽園”】
街を歩いた。
平和な街。銃を持たずとも生きていられる街。盗みを働かなくても食事に困らない街。身体を売らなくても明日を見られる街。誰かを殺さなくても、誰にも殺されない街。
それは、自分の理想だったはず。自分が誰よりも望んで望んで望み続けた光景だったはず。
楽園。
まさにその通りだ。ここは、自分の求めた楽園だった。
理想と違うのは、ここに“本当に護りたかった人達”がいないということ。
理想との僅かだが確実な差異。しかしそれは楽園を地獄へと変えるのに充分な違いだった。
“ここは――――――ワイの楽園やない”
新幹線。自分の知るサンドスチームなどより遙かに早い乗り物に乗りながら、ニコラス・D・ウルフウッドは脳裏を蝕む絶望から、懸命に抗っていた。
「ウルフウッドはん?」
隣に立つ妙齢の美女、天ヶ崎千草。それが今回の彼の相棒。
正直、ウルフウッドにとって千草は足手纏いにしかならなかった。彼女は向いていない。その術は確かに銃器を嘲笑うかの様な威力を秘めている。その式神は確かに強力な戦力になろう。しかし、致命的なまでに彼女が戦闘に向いていないことを、ウルフウッドは共にした数日間で悟っていた。
彼女は恐らく、覚悟が出来ていない。
人を殺したこともあるのだろう。誰かに殺されかけたこともあるのかもしれない。それ相応の修羅場は潜ってきたのだろう。
だが、彼女は外道になりきれていない。
こういう輩はまず間違いなく、決定的な場面でこそ躊躇する。そしてその一瞬の躊躇が自身の命を失わせるのだ。ウルフウッドの経験上、それは間違いのないことだった。
だからこそ、戦闘は全て自分が受け持つ。彼女に“万が一”の事態が起きてしまえば、ウルフウッドの唯一の希望は潰えてしまう。
「考え事………してただけや」
そう、考えている。これから自分がしなければならないことを。
平和を謳歌している少女を誘拐し、利用し、バケモノを復活させ、それこそ戦争を起こす。
大勢の人間が死ぬだろう。大勢の人間が悲しむだろう。わかっている。そんなことはわかっている。
誰かが牙にならないと誰かが泣くことになる。それはいつも、自分が心に抱えている言葉。
しかし、今回自分はただ、それこそ生まれて初めて“自分のためだけに牙を振るう”。
一度転んだら、そのまま堕ち続けるしかない。解りきっていた事実が心を押し潰してゆく。
明日へ通じる希望が欲しい。心の底からそう願い、運命に与えられ手に入れた道は、大勢の人々を踏み殺していかなければ歩めない。
「残酷すぎるで……神さんは」
「………なんか言いはりました?」
天ヶ崎千草。不幸な女。悲しみに取り憑かれた不幸な子供。哀しみに縋り付いた不幸な少女。復讐に逃げる不幸な女。
同情はしない。よくあることだった。例え争いを避け静観していた者も、肉親を殺されれば銃をとる。それこそ、数え切れないほどありふれた話。そのありふれた話を、自分はただ利用するだけだ。ただ利害が一致するというだけで。
故郷の。あの星の“家族”を思い浮かべる。
自分はこれから、銃を執る。血の斑道。障害となるものは根刮ぎに。ただ、あの場所に戻るために。
“あいつら”のためとは言わない。それは何よりも大切な家族を返り血で汚してしまうことになる。ただ、ニコラス・D・ウルフウッドは自分のためだけに殺戮を誓う。
“悪いなぁトンガリ……。ワイはおんどれと同じやり方はできへん。まして、ここまで追い込まれているんならな”
目を閉じ、紫煙を吸い、脳裏に浮かんだあの貌は、いつぞや向かい合った時と同じ表情を浮かべていた。
「また、揃いも揃って随分ボロボロになりましたね」
葛葉刀子は隣に立つ高畑・T・タカミチに語りかけた。ドアの横に立つタカミチはすでにトレードマークとなっている煙草を咥えて瞑目している。しかし、なぜかその煙草には火がついていなかった。彼の雰囲気も、どこか普段と違う様な気がする。先程の、エヴァンジェリン達の戦いの所為だろうか。少し、違う様な気がする。
「どうかしましたか? 高畑先生」
わからないのならば訊いてみればいい。答える気がないのならば、彼は恐らく優しい拒絶を見せてくれるだろう。優しい拒絶。そんなありえそうにない雰囲気を上手に醸し出すことが出来るのが、彼の性格なのだろうと刀子は思っている。
「いや、ね。さっきの戦いで……さ」
「ネギ先生とエヴァンジェリンとのですか?」
違う違う。そう言って首を横に振るタカミチ。ならば、それはあのミッドバレイ・ザ・ホーンフリークとの戦いということになる。
「ホーンフリーク先生が、どうかしましたか?」
正直、ホーンフリークの戦闘能力には驚嘆を感じざるを得なかった。運動能力はそれこそありふれた魔法生徒と同程度……いや、下手をするとそこまで及んですらいないかもしれない。当然だ。魔力や気による肉体の強化も行えず、さりとて薬物などで肉体限界の枷を引き上げているわけでもない。その肉体は皮鞭の様に余すところなく鍛えられてはいるが、それでもまだ彼は“常人”と分類しても良い程度の運動能力しか持っていない。
しかし、ホーンフリークはあの“闇の福音”を圧倒した。
一つの奇跡を見た様だった。自分たち神鳴流が“剣技”に特化した集団だとするのならば、彼は“演奏”に特化した男。
それ以外の余分は必要最低限しか持たず、ただ奏でる音を武器とする。あそこまで多岐に渡る技。一体どれほどの努力と研鑽を積んできたのだろうか。同じ“戦闘のための技術”を学ぶ者として、畏敬の念すら覚える。
自分ではあの闇の福音を前にしてあそこまで戦えただろうか。答えは出ない。それほどまでに元600万ドルの賞金首は圧倒的な厄災として魔法界に君臨していたのだから。
「君は、僕とエヴァンジェリンが同級生だったって、知っていたよね?」
タカミチの言葉。サウザンドマスターに闇の福音がかけられた呪い。登校地獄。15年もの時間を麻帆良で中学生として吸血鬼が暮らしているというあまりにもシュールな状況。籠の中の鳥ならぬ、檻の中の姫。
「僕はね。あの時……エヴァを見殺しにしたんだ」
見殺しにした? あの時?
ホーンフリークがエヴァンジェリンの口腔で引き金を引いた時?
そうだった。あの時、タカミチと共に大浴場の戦いを見守っていた時。轟音で吹き飛ばされたエヴァンジェリンと走り出すホーンフリークを見て、誰よりも早く事態に介入しようとしたのはタカミチだった。それを自分とその場にいたもう一人、神多羅木とで止めたのではなかったか。学園長からの“なるべく当人達の好きな様にさせるんじゃ”との言葉を尊重したために。
「確かにあの時、ネギ君が意識を保っていて何かをしようとしていたのはわかっていた。だからと言って、目の前で命を失いかねなかったエヴァを見殺しにしたことに代わりはない」
タカミチは決して言い訳をしない。少なくとも戦いの中で起きた出来事に関しては。
あの時、刀子達はタカミチの前に立ち塞がったのだ。それは彼を止めるためにただ前に回り込んだというだけの行為に過ぎなかったが、それは間違いなく、立ちはだかったということ。だが、その事に関してタカミチは決して言及せず、ただ自らの行動への悔恨のみを噛み締めている。
刀子や神多羅木にとっては、力を取り戻したエヴァンジェリンは危険人物だった。あれほどの脅威。無意識に排除しようと思っても仕方がなかった。例えば“他の誰かが手を下す事を仕方がないと静観する”様に。
しかし、タカミチにとっては今でも、エヴァンジェリンは友人だったのだ。
学園長の言葉。それは、部下である自分達にとっては命令と言い換えても良い。だから刀子も、そして恐らくは神多羅木も、その言葉を遵守しようとした事を悔いてなどいない。だが、命令は所詮ただの言葉に過ぎない。そんな物と引き換えに、タカミチは大切な友人を一人失いかねなかったという事態。
納得した。刀子が気にも止めていなかったことを、タカミチは悔い続けているのだ。
優しすぎる最強の男。煮え切らない所は確かにあったが、悪くはない。恋人がいなければ好きになっていたかもしれないなどとくだらない事を思う。
ならば、自分はただ彼の負担を少しでも軽くしてあげればいい。
「それは違うと思いますが、高畑先生」
「違う?」
首をかしげながらも、下手な言葉はいらないと、いつもの優しい拒絶をみせてくるタカミチ。この人はどんな時でも変わらないな、などと思いながら言葉を続ける。
「貴方はエヴァンジェリンを見捨てたのではなく、“ネギ先生を信じた”のでしょう? だからこそ高畑先生はあの場を動かなかった。そうでなければ、貴方は我々を蹴散らしてでも助けに向かったはずですから」
刀子の言葉にぽかんとした表情を見せるタカミチ。それはただのすり替えでしかなかったが、それでも言葉はタカミチの心へと届いた様だ。不意を衝かれ心に届いた言葉にこそ、人は本当の顔を見せるのだから。
「それは……、まあ、そうかもね。そういうことにしておこうか」
そういうことにしておきましょう。そう続けるとお互いに苦笑が溢れる。これだから煮え切らない優しすぎる相手は困る。もっと切り替えが早くても良いと思うのに。
苦笑に震える彼の顔を見ながら、そんなことを考えていた。
「全て、聴こえているのだがな」
「先生、何か言いました?」
タカミチ達がドアの向こうで交わしている言葉は、ホーンフリークの優れた聴覚の前には余すことなく伝わっていた。二人とも相応の戦闘者。だからこそ、他者に聞かれぬ様必要最低限の声量で会話をしている模様だったが、それもホーンフリークの能力の前には無意味だった。
現在、ホーンフリークはネギや明日菜と共に、魔法による治療を受けている。
そう、共に、だ。何もこの二人と同室で治療を受けさせることはないのではないか。ホーンフリークは嘆息を付かずにはいられない。
「なんでもない」
明日菜の言葉におざなりに答えながら、ホーンフリークは漸くあの時のタカミチの行動に得心がいった。
三度。それが、あの後タカミチが拳を握った回数である。裕奈達4人を医療室に運び、戦いの趨勢を見物に戻った二人。だが、その最中明らかにタカミチは自分を意識していた。表情にこそ出さないがその血圧や心拍数からの動揺が読み取れている。この男は、自分のことを危険だと、そう判断したのだと。直後に起こりうる殺し合いすら一時は覚悟していた。
「そういえば、ありがとうございました。ホーンフリーク先生」
沈思黙考へと陥っていたホーンフリークを、明日菜の言葉が引き戻す。何か、彼女に礼を言われる様なことをしただろうか。
「あの時、エヴァンジェリンにコイツが捕まった時に、気を逸らしてくれたんですよね?」
「気が向いただけだ」
事実、あの行動はネギを援護することが目的ではなかった。
あの行動の意味。それは、タカミチへの牽制に過ぎない。あの遠距離でも自分は、誰かの不意を衝くことが出来るのだと。己のカードを一枚晒す事により目前の脅威に牽制する。力を持ちすぎた者同士の牽制。戦えば、互いが無事には済まないと。
だが、あれによりタカミチの迷いは消えたらしい。結果的にネギを援護したという事実からか、あの男から放たれていた敵意の様なものはゆっくりと霧散していった。相変わらず、甘いのか甘くないのか。よくわからない男。一つ解っているのは、あの男を敵に廻したくはないという事だけ。
現在、ネギ・スプリングフィールドは明日菜の隣で眠りに落ちている。エヴァンジェリンに銃を突きつけたあの後、力尽きる様に気を失ったネギ。方向性こそ違っても、この人種は誰もがこうだ。その狂気により支えられた目的を達成するために、誰もが自分を顧みない。10という若さでその狂信を完遂させることが出来るとは、不幸なことだとも思う。この子供も、我々と同じく魔人となりうるのだろうか。人でありながら人であることに限界を感じ人を棄てる。誰もがそうだった。自分も、ガントレットも、ヴァッシュ・ザ・スタンピードですらも。ならば、ネギが同じことにならない保証はない。
治療が終わる。
この、魔法治療というものは何度やっても慣れることはない。皮膚筋骨血液細胞。自分を構成するありとあらゆる物が、自らの意識の外で修復されてゆく。治療の効果を知るために自らつけた傷を修復して以来二度目となる行為だが、いつまで経っても慣れることはないだろう。
無言で立つ。名も知らぬ魔法使いも、ネギも明日菜も、全てをその背で拒絶する。
だからこそ、部屋を出ようとした際にかけられた声には不意を衝かれた。
「本当に、ありがとうございましたホーンフリーク先生。何か、先生って高畑先生に似てますね」
明日菜の言葉。自分がタカミチに似ている? この娘は本質を見る目がないのだろうか。それとも、互いに共通する血の匂いでも嗅ぎ取ったのか?
二つだけわかっていること。それはタカミチとは少なからず気が合うという程度。そして、この神楽坂明日菜にもなつかれてしまったということぐらいだった。
街を歩く。
平和な街。誰も殺さずに済む街。
人々の喧噪。暢気に歩く若者。生き急ぐ様に歩く男。女。人生に疲れた様にベンチに座る込む老人。
「ハラジュク、やったか?」
ニコラス・D・ウルフウッドはただ独り、この街の喧噪に取り残されていた。
天ヶ崎千草は傍にはいない。こちらにいる情報屋との交渉があるらしい。情報の確保。京都における根回しといい、なかなかに抜け目がない。
自分達の戦力と、ターゲットを確認する。
まず、首謀者である天ヶ崎千草。そして千草のツテで雇われた剣士、月詠。半ば騙される様にして参加した、犬上小太郎。何処からか計画を聞きつけてきたというフェイト・アーウェルンクス。そして自分。
少数精鋭と言うには心許なかった。この中で確かな実力を持つのはフェイト一人。月詠も、千草も小太郎も、なかなかのものではあるがその在り方自体が戦闘向けとは思えない。そして、フェイトも千草も、自分にとっては重要な人物。彼等がいなければあの砂の星に帰ることはままならない。戦いは全てウルフウッド自身が引き受ける覚悟が必要だった。
手加減をするつもりはない。相手は未だ十代の子供だが、殺さねばならぬ場合に躊躇はしない。
「恨むなら、恨んでくれていいで……」
紫煙を吐きながら天に向かい呟く。ウルフウッドはただ独り、誰よりも孤独な罪を背負う。
「やめてください!」
思考の海に溺れていたウルフウッドの後方より声。ゆっくりと、興味も無さげに振り向く。
ナンパ、だろうか。十代半ばの少女を、下卑た笑みを浮かべる数人の少年達が囲んでいる。どんな楽園にも、こんな輩はいるんやななどとくだらない事が頭を流れる。
見れば、少女から引き離されたように子供が一人、少年達にくってかかっている。姉弟だろうか。髪の色が違うのでよくわからないが、この星の人間達はそれこそまるで着替える様に髪を染める。血が繋がっているかいないかは髪の色では判断しかねた。
歩き出す。罪滅ぼしのつもりか? そんな言葉が脳裏を流れる。これから殺すであろう子供達の代わりに、目の前の少女と子供を助ける。
“なんて偽善や”
心中でそう吐き捨てながらも、ウルフウッドは止まらない。囲んでいる少年の一人の肩を掴み、強引に振り向かせる。
「ワイの連れに、何しとんねん」
低い声。恫喝。サングラスを下にずらし、殺気すら込めて睨み付ける。
ただそれだけ。草食獣がその本能で脅威を悟る様に、少年達は散り散りに逃げていった。
平和な街だった。まるで楽園。誰もが、命を賭けて何かを奪い合った経験を持たないのだろう。ウルフウッドは此処では間違いなく異端だった。
「あの、ありがとうございます」
まだ小さな子供が真っ直ぐに礼を言ってくる。こいつらは笑っていればええ。剃刀の刃を歩く様な殺し合いは、自分の様な外道だけがすればいい。楽園の住人には似合わない。
ええて、気にすんな。
そう言ってその場を立ち去ろうとしたウルフウッドは、気付かなければ良かったことに気付いてしまった。
今しがた助けた少女が、ターゲット・近衛木乃香であることに。
後書き
お久しぶりです。大変長らくお待たせ致しました。
またよろしくお願いします。
HOME
| 書架top
|
Copyright (C) 2006 投稿図書, All rights reserved.