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第十四話“LITTLE ARCADIA” 投稿者:SKY 投稿日:01/13-21:04 No.1875
JR大宮駅朝8時55分。
桜咲刹那は陰ながら、近衛木乃香を護衛していた。
現在、木乃香は神楽坂明日菜やネギ・スプリングフィールドと談笑している。眩しい光景。木乃香の笑顔を見るたびに、微笑ましい気持ちになる。自分は、あの場所に入れなくても構わない。ただ、あの笑顔を遠くから見守っていられれば良い。
「それでは京都行きの――――」
教員である源しずなが声をかけ、生徒達を集合させる。程なく始まる点呼。妙に浮かれているネギ・スプリングフィールドの様子を見て、この先本当に大丈夫なのかと少し不安に思う。
「桜咲刹那」
真後ろから、声。気付かなかった。慌てて振り向く。音もなく気配もなく殺気もなく、彫像のように白いスーツの男が立っている。音楽教師、ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークだった。
普段から、ただ者ではないとは思っていた。魔力は感じず、さりとて気を扱えるような様子ではなかったが、それでも身に纏った雰囲気は数多の修羅場を潜ってきた者しか発せない、そんな空気だった。間違いなく“こちら側”の人間だと警戒していたのだが。まさか、こうも簡単に背中をとられるとは。
「修学旅行中での近衛木乃香の護衛を、学園長から依頼された。お前と協力して当たれと、そういうことらしい」
お嬢様の、護衛。自分一人で充分、と言い切ることは刹那には出来なかった。どんな場合も、要人警護の人間が守るべき者から距離を取るなどということはありえない。当たり前だ。咄嗟に銃撃などをされた場合、彼等は真っ先に防弾チョッキを着た自らの肉体で楯となるのだから。だからこそ、傍にいられない刹那に学園長が不安を抱いたとしても、意外ではなかった。
「それは構いませんが……。失礼ですがホーンフリーク先生はいったい何が得意なのです? 前衛向けの戦士なのか、後衛向けの魔法使いなのか……」
「そのどちらでもないな。そもそも、俺の能力は戦闘向けのものじゃない。争いごとはお前に任せるさ」
「サポート型、というわけですか。わかりました。よろしくお願いします」
少し、意外だった。ホーンフリークはその隙のない所作から、武闘派の戦士か魔法使いだと思っていたのだが。サポート。一体どんなことが出来るのか。それは新幹線の中で聞くしかないだろう。長く立ち話をするには、時間があまりにも足りない。
だが、戦闘向けではないという言葉に刹那は少々の落胆を感じていた。やはり自分がお嬢様を守るしかない。もし敵の襲撃があったとしたら、幼いネギや戦闘に向かないホーンフリークでは、下手をすれば足手纏いになることさえ考えられる。守らなければ。あの、お嬢様の笑顔を。
『JR新幹線あさま506号――――まもなく発車致します』
列車が出る。気を引き締めなければ。ここから先は敵地と思うべきだった。
【ブルージィ・マジック&クロス&ホーン】【第十四話“LITTLE ARCADIA”】
「今頃奴らは新幹線かぁ」
空を眺め、溜め息を一つ。いつものようにサボタージュ。
あの戦いが終わっても、結局何も、変わらなかった。
この学園が壮大な墓標となることもなかったし、登校地獄の呪いが解け自由の身になることもない。ただ、これまでの15年と同じような日々が、再び始まっただけ。
だがそれでも、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、悪くはないと思っていた。
のどかな風景だった。青い空に白い雲が流れ、燦々と輝く太陽が地上を照らす。
ついこの前まではこの風景を見ても何も感じなかった。ただ、そこにあって当然なだけで、なくなったとしても構わない。その程度の認識だった。
しかし今は、こんなにも美しく感じる。
『6年前のあの雪の夜。僕は確かにあの人に会ったんです』
あの言葉を聞いてからだ。サウザンドマスターが生きている。それだけで、日常がこんなにも色付いて見える。
「マスターは呪いの所為で修学旅行に行けず残念ですね」
まったく、こいつは。
茶々丸の様子も、何かが違う。
機械である茶々丸にも、あの出来事で何か得る物があったのだろうか。そう思うと、妙に嬉しく感じる。
「おい、何が残念なんだ。別にガキどもの旅行など」
表面上は素っ気なく、相手をしてやる。こんなやりとりが、こうも楽しいと思えるなど。何年ぶりだろうか。
「いえ、行きたそうな顔をしていましたので」
わかっているじゃないか。行きたかったんだよ私は。などとは決して口には出さない。そんな弱みを見せると間違いなく、茶々丸はあの嬉しそうな顔で微笑んでくるのだ。まるで子供を見守る母親のよう。私の方が100倍以上歳上なんだぞ、などとくだらないことを考えてしまう。
「そういえば、あの音楽教師も行ったらしいな」
話題を変える。この話題は不利だった。どうも、茶々丸のあの表情には敵わない。
「ホーンフリーク先生ですか」
露骨……というわけではないが、感情を歪める茶々丸。表情ではなく、感情。完璧なまでのポーカーフェイス。見破れる者は、私ぐらいしかいないだろうと思っている。
茶々丸はあの男に強烈な敵意を抱いている。その在り方からすれば当然だろう。あの男は、後一歩の所で私を殺すところだったのだから。
力を取り戻した私ならば、あの状況で銃弾を放たれていても生き残る術はあった。だが、あそこまで“死”を実感したことなど、ここ数十年の間一体何度あっただろうか。
しかし、もう、私自身はあの男に対して、大した敵意を持っているわけではなかった。
敵愾心がないわけではない。いつかもう一度戦って決着をつけてやろうとさえ思う。だが、それでも殺してやりたいと思うほどではなくなっていた。その様な強烈な負の感情は、全てネギが消し去ってくれた。私に、敗北という形で与えてくれた決着によって。
「まあ、アイツもボーヤの敵というわけじゃないだろうから、心配することはないんじゃないか?」
と、何故か茶々丸がまたいつもの微笑みでこちらを見ている。何だ? 私が何かしたか?
「いえ、結局マスターはネギ先生が心配なのですね」
「ち……違う、アホか! なんで私があんな奴の心配をしなければ……」
続く言葉は隠しようもなく、震えていたことを伝えておく。
そんな、のどかな光景だった。
「私が6班の班長だったのですが、エヴァンジェリンさん他2名が欠席したので6班はザジさんと私の二人になりました。どうすればいいんでしょうか?」
予期せず、お嬢様と同じ班になることが出来た。もしかしたらこれも学園長の工作の一つなのかもしれない。もし、別の班になってしまっていた場合は、抜け出してまで護衛をしなければならなかったところなのだから。
「あ……せっちゃん。一緒の班やなあ……」
思考が、止まった。
失念していたのか? お嬢様と同じ班になるということが、一体どういう事なのか。
感情が溢れてくる。堰き止めなければ。ダメ。感情のままに動くわけにはいかない。
“このちゃん”と話したい。傍にいたい。抱きしめたい。今までのこと全てを謝って、これからはずっと一緒に―――――
一礼して背を向ける。これでいい。私のような者が、お嬢様の傍にいて良いはずがない。ただ、遠くから見守ることさえ出来れば、それでいい。
席に着く。自己嫌悪でいたたまれなくなってくる。お嬢様がこちらを見ていることがわかってしまう。どうか、私のような醜い者をそこまで気になさらないでください。心の底から、そう思う。そう思う、筈だった。
「ケガや迷子、他の人に迷惑をかけたりしないよう一人一人が気をつけなければなりません」
ネギ先生の、声が聞こえる。よく、聴き取れない。お嬢様の方が気になってしまって。例え顔を背けていても、お嬢様がこちらを注視していることが、手に取るようにわかってしまうから。
「特にケガには気をつ……あぶッ」
奇妙な声。そちらを見やると、ネギ先生が車内販売のカートに轢かれていた。途端に巻き起こる笑い声。ただ、先生のその姿を見て、大丈夫なのかとこれから先が不安になってしまう。
「桜咲」
カートが通り過ぎた後、ホーンフリーク先生が席の隣にまで歩いてきていた。このタイミングで声をかけられるなど、一つしかない。護衛に関することだろう。
これから先の方針を決めるのか、列車の後ろの方を表情で示す。人目につかない場所で作戦会議というわけか。気を引き締め、真剣な面持ちで、立つ。
「“アレ”を追って、酒でも買ってきてくれ。そうだな、ビールで構わない」
今、この人はなんて言った? ビール? 本当にこの人は護衛をする気があるのか? そもそも教師が仕事中に飲酒? “アレ”とは先程の車内販売のカートのことか? あまりのことに血が頭に上る。ふざけないでくださいと怒鳴りつけようとしたところで。
「顔を見てこい。敵だ」
ぼそりと耳元で発せられた声に、遮られてしまった。
「あのドアの右下隅に何かを設置していった。対処は任せる。俺は反対側を見てこよう。気になるところがある」
驚いた。私には全く気づけなかったというのに、どうやって気づいたのか。そもそも、この人の座る位置からすると、あのドアは完全に死角となるはず。信じられない。初めから、あの販売員の女を疑っていたのだろうか。あの女に怪しい所など、少なくとも私には全く見つけることが出来なかったというのに。
皆に気取られないように、それでいて早歩きで追う。途中、目立たぬように貼ってあった札を引き剥がし、破り捨てる。これで、この札は効力を失ったはず。
ドアを潜り、皆から見られる心配が消えたところで走り出す。だが、女は見当たらない。走行中の列車からそう簡単に逃げられるとは思えない。間違いなくどこかに隠れている。
今さらながらホーンフリーク先生の観察力に驚嘆しながら、あの女の捜索を開始した。
この列車に乗り込んだ瞬間からわかっていた。ここに、敵がいることは。
ホーンフリークは列車が走り出す前に、己の知覚領域を限界まで広げていた。雑多な物音で溢れる空間。その空間内に散乱する音を、己の聴覚で一つ一つ聴き分けてゆく。この作業は、どうしても列車が走り出す前に終えなければならなかった。走行中の騒音は、ホーンフリークの聴覚に害を及ぼす。騒音により聴覚が鈍るその前に、列車内部を把握することはどうしても必要なこと。
そして、ホーンフリークは発見する。
ある一定の空間。広くはない。恐らく、4人もその場に入ればろくに動けはしない、そんな空間。その空間の音が、一切聴き取れないことを。
間違いなく、魔法使い達の張る隔離結界。エヴァンジェリンが大浴場に張ったものと、同質のもの。
敵がそこに潜んでいるであろう事は、間違いがなかった。
そして、女はそこから現れた。女の方は刹那に任せる。刹那の実力は詳しくは知らないが、学園長の言に拠れば龍宮真名とほぼ同等だということ。ならば、あの程度の敵は任せられると判断。ホーンフリークは、未だ不透明なその空間に興味を持つ。
なぜ、女がそこから現れた後も、その空間の結界が解除されていないのか。そこにまだ敵が存在することは容易く想像できる。
放置は出来ない。位置が悪い。車両の前方と後方。このままでは挟撃されかねなかった。
一つ。また一つと前方の車両へ歩き出す。この列車は麻帆良の生徒でほぼ占められていることもあり、奇異の視線で見られることは少ない。黒のケースを転がしながら、進む。
最後。このドア。
此処を潜り、左側の乗降口。
そこが、結界。
無意識だった。
この瞬間に何を思考していたか、ホーンフリークは思い出すことが出来ない。
結界は、単に人払いと防音だけだったのか、内部の有り様をその外から存分に確認することが出来た。そこに結界があることを認識すれば、人払いの結界は効力が弱まるのか。細かいことはホーンフリークにはわからなかったが。
わかっていたことは、ドアから顔を出そうとしたところ、銃口がこちらに突きつけられていたこと。
反応できたのは、無意識だった。
ただ、その存在の危険性を本能が高らかに警告したために、非常に遣り慣れた行動を開始すべく、肉体が反応したということ。
銃を抜き、セイフティーを解除、引き金を引く。
ただ、引き金を引くべき人差し指だけが、失くなったように動かなかった。
目前の男が“誰なのか”、理解してしまったが故に。
「―――――久しぶりやな、プレイヤー」
「チャペル――――――――――」
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