子供先生と仮面の男 第一話(ネギま!×仮面ライダー (オリ主・オリ有) 投稿者:紅 投稿日:04/08-02:16 No.25
子供先生と仮面の男
第一話 『動き出す物語』
日本は神奈川県、三浦市。
漁港として栄えるこの街でひっそりと営まれるバイク屋がある。
名を『立花レーシングクラブ』。
バイクの中古販売から修理工までを行い、料金も格安というその道の人間からかなり重宝されている店だ。
店主の名は『立花藤兵衛(たちばな・とうべえ)』。
仕事に励む傍らで近所付き合いも欠かさない好々爺。
面倒見の良いその性格から子供たちには特に好かれている男である。
そんな彼の店兼自宅には現在、一人の居候がいた。
名を『本郷嵐(ほんごう・あらし)』。
二年ほど前から彼の所に居ついたその男は、無愛想な人相と口数の少なさ、さらにその容姿の異質さから周囲の環境に馴染めずにいた。
だがふらりと店に現れる『者たち』のお蔭か少しずつ打ち解け始め、現在では藤兵衛に並ぶこの街の好人物として名を上げている。
そんな彼、嵐の朝は早い。
朝五時の起床から、すぐに海岸沿いをランニング。
一時間のランニングの後、軽くシャワーを浴びるとすぐさま朝食の支度。
藤兵衛と共に朝食を食べ、店の開店時間を待つ。
彼がここに住み始めて半年で形成されたこの朝のスケジュールは恐ろしい事に今まで分単位の狂いもなく行われていた。
ピピッ! ピピッ! ピピッ!
起床を知らせる電子音をきっちり三度目に止め、布団から上半身を起こす。
隣で寝ている藤兵衛を起こさぬよう気をつけながら部屋を抜け出し、動きやすい服装に着替える。
裏口から外に出ると、彼は大きく深呼吸をした。
「……懐かしい、夢だったな」
外見に相応しい少し低めの声で呟く。
嵐は起き抜けの身体を軽くほぐすと朝のランニングを開始した。
「……はっ!……はっ!……はっ!」
軽快な足取りで走る。
既に三十分もの時間が経過しているにも関わらず、彼の息に乱れは無い。
いつも通りの朝。
いつも通りのルートを走りながら彼はふと物思いに耽っていた。
「(……俺が全てを失い、新しい自分を手に入れた日の記憶、か)」
思い出されるのは周囲に纏わり付く液体の感触。
今では克服しているがかつてはあの感触のせいで風呂に入る事ができないばかりか水に対して異常な程の恐怖心を抱いていた。
透明なコップに入っている水を見るだけでかつての自分を連想してしまい、身体が震えてしまう事もあった。
それほどまでに深いトラウマ。
ソレを克服できたのは一重に彼を支えてくれた『家族』のお蔭だ。
「(今頃、どこにいるんだろう? あの人達は……)」
彼の家族は基本的に一つ所にそう長くは留まらない。
拠点と呼べるモノを持っている人も少ない。
彼が知る限り『立花レーシング』を除いて拠点と言えるのは『海堂診療所』だけだ。
『ICPO』や『FBI』などと接点を持つ者もいるが、それとて何か起これば協力体制を取るという物であってそこに所属しているわけではない。
基本的にバラバラに行動する彼らだ。
滅多な事では全てのメンバーが揃う事はない。
嵐はそれを寂しく思う反面、仕方の無い事だとも思っている。
今、自分がこうして日々を平穏に過ごしているこの時にも。
どこかで、誰かが泣いているのだから。
全ての人間を救う事などできない。
だがそれでも。
それでも彼らはその手が届く限り、苦しむ誰かを救うだろう。
嵐が家族と呼ぶ人たちは『そういう人』なのだ。
彼はそんな彼らを誇りに思っている。
いつか彼らの横で共に戦う事ができるその日を夢見ている。
だが今の自分ではそれが出来ないという事も彼はよくわかっていた。
「……はっ!……はっ!……はっ!」
交差点を曲がり、海岸線に出る。
停泊する沢山のクルーザー、漁船などを視界の端に捉えながらペースを落とす事なく走る。
「(俺があの人たちと並ぶには……戦う為の技量が足りない。戦いに対する覚悟が足りない。……そして何よりも)」
ふと視界の端に黒い影が映る。
キキィイイイイイイイ!!!!
それとほぼ同時に聞こえてくるタイヤが磨耗する急ブレーキの音。
引き寄せられるようにそちらに視線を巡らすと。
そこには今、正に車に轢かれようとしている黒猫の姿があった。
車と猫の距離は約五メートル。
よほどスピードを出していたのだろう。
車の速度は思った以上に速く、止まる兆しは見えない。
黒猫は急ブレーキの音に驚いた様子でその場で竦んでしまっていた。
「ふっ!!」
そこまで読み取ると同時に嵐は駆け出した。
彼の全力での走りは瞬間的に車の最高時速を凌駕する。
一瞬。
足元の黒猫を右手で抱え上げ、反対の通りまで勢いを殺す事無く駆け抜ける。
そして地面を踏みしめ、自身の身体を止めるべく急制動をかけた。
足にかかる負担に一瞬だけ、顔を顰めるがすぐに元の無表情へと戻る。
車は黒猫がいた位置より数メートル進んだところでようやく止まった。
運転手は車を降りて、周囲を見渡す。
特に車の下、タイヤ周りを重点的に見ているその姿には、轢いてしまったかもしれない黒猫を気にしているという良心的な気持ちは感じられない。
むしろ自分の車に『汚れ』がついていないか調べているように嵐には見えた。
「……行きな」
黒猫を降ろし、集まってくる野次馬の合間を縫ってその場を去り、またランニングに戻る。
運転手に対して思う所は何も無い。
それが当たり前なのだと彼が認識しているからだ。
今の世の中、不条理に奪われる命などそれこそ星の数ほど存在する。
それを彼は『知識』で知っている。
だからだろうか?
嵐には彼らが持つ『燃え猛るような熱い意志』が欠けていた。
それは例えば誰かを護ろうとする心。
それは例えば敵を必ず倒すという心。
それらは時に限界を超える力を彼らに与えてくれる。
『彼ら』の力の原点とも言えるモノ。
嵐にはソレが欠けていた。
別に彼が惰性で動いているわけではない。
彼は彼なりに本気で考え、本気で行動している。
それがわかるからこそ街の人々は彼を受け入れたのだ。
だが彼のどこか冷徹な部分が。
彼に『本気の本気』を出させる事を拒んでいた。
無理だ。無駄だ。やめろ。諦めろ
あるはずのない声が頭に響き、彼の力の解放を阻害する。
それは彼の内にいる戦闘兵器『VOID』の声のようで……。
嵐はソレに抗いつつも、『本気』にはなれなかった。
だから。
「俺は……あの人たちには遠く及ばない」
欠落したソレは彼の心に埋める事のできない穴を開け、彼を束縛していた。
そしてもう一つの要因。
彼は自分が人以外の存在であるという事に恐怖に近いものを感じている。
もしも自分が力を使う事で誰かを救えるというのなら躊躇う事はない。
だが。
もしもその結果、自分が本当の『バケモノ』と化してしまったら……。
そうなってしまうのが彼にはたまらなく怖かった。
だから本気になる事ができない。
内なる声に負けることのない強い『意志』が彼にはまだ無いから。
「おーい、嵐!」
暗く沈みかける思考を引き上げる声。
はっとして声の方に視線を向けるとそこには藤兵衛が立っていた。
「オヤッさん?」
いつもなら部屋で新聞を読んでいるはずの人物が、店の前にいる事に嵐は首を傾げる。
「お前宛に手紙が来てるぞ!」
そう言った藤兵衛の手にあるのは二通の封筒。
嵐は心当たりの無いソレにまたしても首を傾げながらも受け取り、裏にあるだろう送り主の名に目を走らせる。
一通目の手紙の送り主の名は『本郷猛』。
二通目は『近衛近右衛門』と書いてあった。
「(父さんと……もう一人は誰だ?)」
「そんなところにぼうっと立ってないでさっさと上がれ、嵐。それと中身を見るのは後にしてまずはその汗臭い体を流して来い!」
「あたっ!? わ、わかりましたよ、オヤッさん」
聞き覚えのない名に眉根を寄せる嵐。
そんな嵐の背中を音が出るほどにキツク叩いて風呂場へと追いやる藤兵衛。
打たれた背中をさすりながら奥に消えていく彼。
その姿を眺めながら藤兵衛はため息を零した。
「身体と知識の量だけが大人になっちまった十歳児、か。……悪人ってヤツはなんだってこんなムゴイ事を平気でできるんだろうな? ……ワシには理解できん。お前らもそう思うだろう?」
藤兵衛の視線の先には三十人ほどの人間で映った写真が飾られたフォトスタンド。
年齢も性別も格好もバラバラなメンバーが思い思いのポーズを取るその中心には、他のメンバーの様子に戸惑いながらもあどけない笑顔を見せる嵐の姿があった。
朝食の後片付けを終わらせた嵐は、居間の丸テーブルに手紙を置く。
「(まずは……父さんのからだな)」
封を切り、中に入っている便箋を広げる。
それにはこう書かれていた。
『 嵐とオヤッさんへ
二人とも元気でやっているか? 俺はどこに行っても相変わらずだ。
今のところ、目立った戦闘もない。だからオヤッさん、安心してくれ。
ところで本題に入るが『滝』がそちらに行く事になったらしい。
詳しい事は聞いていないがある都市で『怪事件』が起こっているらしくその調査なのだそうだ。
嵐、お前には滝のサポートを頼みたい。
勿論、これは強制ではない。お前の意思で考え、そして決断してくれ。
俺も頃合いを見て一度、日本へ戻ろうと思っている。
そちらで会おう。
本郷猛 』
「滝さんがこっちに来るのか。それに……怪事件……」
重要な部分を抜粋し、自身の脳に刻み込んでいく。
そして彼はもう一通、聞いた事のない人物の封筒を開けた。
『 本郷嵐君へ
恐らく君は名も知らぬ者からの突然の手紙に驚いている事だろう。
それについては先に謝っておこう。すまなかった。
本題なのじゃが、実は君に麻帆良学園都市にまで来てもらいたいのじゃ 』
ここまで読み進めて嵐は疑問を覚えた。
「麻帆良学園都市? ……確か東京の方にある巨大都市……だったか?(そんな所に俺を呼び出す? ……どういう理由で?)」
疑問の束を頭の隅に追いやり、続きを読む。
『 理由は……済まないが君がこちらに来てから話させてもらう。
突然の申し出で本当に申し訳ないがこれはワシからの頼みじゃ。強制力など無いので断る事も出来る。どういう返答にしても一度、連絡を入れてほしい。
良い返事を期待している。ではの。
麻帆良学園長 近衛近右衛門 』
読み終わった便箋をテーブルに置く。
嵐はため息を洩らすと手紙の内容を吟味し始めた。
正直なところ、彼は二通目の手紙の主『近衛近右衛門』の真意を測りかねていた。
理由も明かさず、自分に来て欲しいと言う。
「何故、自分を知っているのか?」という疑問が浮かぶ。
自分の名が知れているのはせいぜいこの近辺だけのはず。
他の都道府県に名が知れ渡るような事をした覚えもない。
ならばなぜこの男――手紙の端々から察するなら老人――は自分の事を知っているのか?
もしもこの男が自分の『家族』と何らかの繋がりを持っているとするならば自分を知っている事にも納得ができる。
そして家族の誰かが話したと言う事は、『裏の事情』にも精通しているという事になり、それならば自分を呼び出す理由にも推測が立てられる。
つまり何かしらの『事件』が彼の傍で起こっており、それに対処できる人間として自分を選んだと言う事なのだろう。
先ほどの父の手紙。
FBIで怪事件専門の捜査官をしている『滝和也』が日本を訪れるという件(くだり)。
そして自分に来て欲しいと言う学園長を名乗る男。
もしもこの二つの事象に何らかの関係があるとすれば……。
行かない訳にはいかない。
自分が未熟である事は百も承知。
だがそれでも、自分のように『全てを失くす人間』が出るかもしれない事態を黙って見ている事はできない。
決意を固め、覚悟を決める。
そして藤兵衛に話をするべく、立ち上がり開店の準備をしている彼の元に向かった。
そして一時間後、嵐は彼の身を案じて反対する藤兵衛を説き伏せ、合意の返事を書いた。
この数日後。
嵐は学園都市に足を踏み入れる事になる。
そこで彼を待っているモノは出会いと再会。
二年の小休止を経て、物語の歯車は再び動き出し始めた。