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時計が刻む物語 第二話(×足洗い邸の住人たち) 投稿者:紅(あか) 投稿日:04/09-03:38 No.132  

時計が刻む物語 
第二話 『異世界』


「ほう、妙な魔力を感じて来てみれば……まさか『妖精種』を従えているとはな」

 腕を組みながらなんとも尊大な態度を取る金髪の少女。
 人形めいた少女は無言で少女の後ろに控えている。

「そーいうお前は『ナイトピープル(夜行人種)』だな? 闇の気配がプンプンするぜ。
(……だが気配がこれほど濃いのに魔力はやたらと弱々しい。なんでだ?)」

 半眼でとんでもなく不機嫌な眼差しで少女を睨みつける男。
 だがその脳内では明晰な頭脳が目の前の少女を冷静に分析していた。
 対する少女は男の言動の一部分に驚いている様子だ。

「ナイトピープルだと? その呼び名はずいぶん前に廃れたはずだが。……それに実体化している妖精など見るのは軽く八十年ぶりだ。今の世ではもはや『失われた技』と言ってもいい。そんな術を扱うとは相当の実力者と見るが……そんなヤツがこんな夜更けにこの学園都市に何の用だ?」

 ブルーキャップとエアリエルを興味深げに見つめ、感嘆とも驚嘆とも取れる言葉を紡ぐ少女。
 だがその視線はすぐに『虚偽は許さぬ』と彼を射抜くモノに変わる。
 
「(学園都市? 『都市』って事は少なくとも結構な数の人間がいるはずだな。それに妖精が珍しいとはなぁ……。こりゃあ本当に別世界くせぇなぁ)」

 教授は彼女の言葉を頭で噛み砕くと自分の顔を右手で覆い隠して天を仰いだ。

「あー、ヤベェな。コッチの連中と話せば話すほど自分が違う所の人間だって自覚しちまう……」
「いいんじゃないの? 誰も使わない術を扱うってなんかカッコイイし。教授、自分式の召喚魔法を会得するのにかなり時間かけたって言ってたじゃん。ここは素直に喜んどきなよ」
「まあ今のスタイルを確立するのに十五年かかってっからなぁ。……あー、長かった」

 遠い目で明後日の方を見やりながら昔を思い出す男。
 脳裏によぎるのは爪に火を灯しながら、夜通し読み漁る『物体転移魔法』の理論。
 十年と言う時間をかけてそれを習得、その後の三年は妖精種に関する書物を漁り、その後の七年は伝承を頼りに現地に赴いての妖精の探索、見つけた妖精との交渉。
 思い返すだけで吐き気をもよおす程に濃密な文字との格闘の日々。
 その正しく『血の滲むような努力』の甲斐あって『今の自分』があるのだ。

「おい! お前、私をほっぽって感傷に浸るな!」

 少女の怒声で回想を終える男。
 その瞳からは微量の『心の汗』が出ていたりするのだが目撃したのはエアリエルだけだ。

「あー、まぁそこら辺は置いといてだ。ここにきた目的だったか? 正直な話、俺にもわからん」
「なんだと? ……貴様、そんな戯言が通るとでも思っているのか?」

 少女の瞳に険しさが増す。
 男は薄く笑みを浮かべながら、少女を見つめ返すだけだ。
 
 沈黙は長く、少しずつその場の空気が重苦しいものに変わっていく。
 
 人形めいた少女はその場の空気と自らの主たる少女の変化を敏感に感じ取り、睨みあう二人の間に自然な動作で割って入り、彼に向かって拳を握り締め構える。
 
 既にこの場はなんの変哲もない夜の街から戦いの場へと変じていた。

 エアリエルは緊迫する状況を見つめながら、男の肩にぎゅっと掴まる。
 ブルーキャップだけが事態に流されず、ただその場に浮遊し続けていた。

「……」
「……」

 両者の睨み合いが続く。
 五分か、あるいは十分か。
 見る者が見れば一時間になるほどの緊張。
 どちらも動かずただただ辺りを静寂が包み込む。

ザァァァァアアア………!!!

 風が両者の間を吹きぬけた瞬間。
 教授と少女は目を見開き、同時に動いた。

「茶々丸ッ!!!」
「はい、マスター」

 少女の命令を受けて駆け出す人形めいた少女。
 その速さは常人ならばやられるその瞬間にようやく気付く事が出来るほどのもの。
 
 だが対する男はその速さを見ても動じない。
 
 動じるどころか。
 男は笑ってすらいた。

「“惨劇の場に誘われ、血を求める邪妖精よ! その真紅の帽子を今日も真っ赤に染め上げろ!!”」

 右の手袋に付けられた時計を迫る少女に見せるように掲げ、唱える。
 茶々丸と呼ばれた少女は臆する事無く突撃する。
 男もまた臆する事無く相手の感情を映さない瞳を見つめながら唱え続ける。

ゴウッ! と言う風を切る音と共に振られる茶々丸の右腕。

 その一撃は男の頬を掠め、彼の『背後』にいた『何か』を打ち抜く。
 と同時に男の呪文も完成した。

「午後七時の『レッドキャップ(赤帽子)』!! 目標は『ソレ』だ! 殺りてぇように殺れ!!!」
「オメェの血は何色だぁァーーーーーー!!!!!!」

 時計が発光し『異なる空間』に繋がった瞬間、ソレは現れた。
 真っ赤なトンガリ帽子に手足がついた凄まじい形相の妖精。
 その両手に持つダガーが、ブルーキャップの光に反射してキラリと輝く。
 その目標は金髪の少女。
 教授の腰程度にしか満たない身体からは想像しずらい俊足でレッドキャップは彼女に肉薄する。
 同時に振り下ろされる二本の兇刃。
 少女は尋常ならない力で振るわれるその刃を涼やかな表情で見つめていた。

グシャッ!!!

「ギィァアアアアアアア!!!!」

 突き刺さる刃。
 夜闇に舞う血飛沫。
 鼓膜を震わせる断末魔。

 欲望のまま二回、三回と刃を突き立て、物言わなくなったソレをズタズタにしていくレッドキャップ。
 そのとんがり帽子は本人の要望どおり、血で真っ赤に染まっていた。

「まさか邪妖精まで従えているとはな。……恐ろしい男だ」

 戦う前と変わらぬ位置で仁王立ちしている少女。
 その身体には傷一つついていない。
 だがその愛らしい表情には幾ばくかの畏怖の念が感じ取れた。

「クック! コイツラは良くも悪くも自分の欲に忠実だからな。契約自体はそう難しい事じゃないんだよ。なぁ、レッドキャップ」
「ギェッギェッギェッ……!!!」

 男の言葉に心底、愉しそうに笑う赤帽子。
 それを見て男はさらに笑みを深くする。
 その異様な様に少女は寒気を覚えていた。

「(この男は自分がどれほど危険な真似をしているか理解している。邪妖精とは自身の欲望を最優先にする邪まなる存在。妖精とは名ばかりの魔物ばかりのはずだ。そんなモノをあえて選び、契約するというその行為自体が正に命がけの賭け。それだけのリスクを背負いながら戦いに望み、それでも笑っていられるとは……)」

 畏怖の次に彼女に訪れたのは尊敬の念。
 目の前の男を評価するという意思。

「……まさかこの私が、『闇の福音』とまで呼ばれたこの私が……人間に敬意を払う日が来ようとはな」

 少女は男の『歪でありながら魔と共存する』その姿に羨望に近い感情すら抱いていた。
(ちなみに十五年ほど前に彼女に呪いをかけてどこかに行った(一般には死んだと言われている)魔法使いに対しては好意こそ抱いていたが敬意など表した事はない)

「で、とりあえず殺らせちまったがアレはなんだ?」

 満足げなレッドキャップの下敷きにされている肉塊と先ほど茶々丸が殴り倒したモノを指差しながら当然の疑問を口に出す男。

「妖怪だろう。下級の雑魚だがな。恐らく弱っている私か、妙な魔力を持ったお前たちを狙ってきたんだろうさ。馬鹿な連中だ」

 絶命しているソレらを見て少女はフン! と鼻を鳴らす。

 レッドキャップの虐殺劇を見てもなんとも思わない辺り、彼女もかなりの修羅場をくぐってきたのだろう。
 あるいはこれ以上の虐殺を自身で行った事があるのかもしれない。

「なぁるほど。『こっちの世界』にもそーいう連中はいるわけだ。クックック! なら退屈はしなさそうだな……。っつっても戸籍も住居もなんもねぇわけだが」

 どーすっかなぁ? などとぼやきながら口元の笑みだけは絶やさない。
 男のその様子に金髪の少女は呆れ果てていた。

 そして同時に悟った。

 こいつは『こういうヤツ』なのだと。

「……コイツ、行き当たりばったりだと言われないか?」
「アバウトだってさっきアタシが言ったんだけどそれでいいんだって聞かないんだよねぇ、このバカ教授は」

 エアリエルと視線を交わし、同時にため息をつく。
 妙な所で意気投合したらしい二人だった。

「……マスター、学園長がこの方たちにお会いしたいと言っていますが?」
「む? さっきから黙っていると思っていればジジイに連絡していたのか……。フン、何を企んでいるのか知らんがアイツと引き合わせてどうなるのかを見るのは面白そうだな」

 先の展開を想像し、少女はほくそ笑む。
 茶々丸は彼女の嬉しそうな様子に釣られてか小さく笑みを浮かべながら頷いている。

「おい、お前! この都市の長がお前と会いたいそうだ。どーする?」
「あーー? ま、情報も欲しいし、金も欲しいし、何より寝床が欲しいしな。いいぜ、全部くれるってなら会ってやるよ。クックック!」

 指を鳴らしながら了承する男。
 予想通りの展開に内心で笑みを深くする少女。
 ふとそこで少女は大事な事に気がついた。

「そういえばお前の名前は? 私の名は『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』。貴様の察し通り人間ではない。ハイ・ディライトウォーカー(吸血鬼の真祖)だ。こっちは私の従者(パートナー)で絡繰茶々丸(からくり・ちゃちゃまる)と言う」
「よろしくお願いします」

 腕を組み、無意味に偉そうに名乗るエヴァンジェリンと主からの紹介を受けて、ペコリと会釈する茶々丸。
 バロネスはそんな対照的な二人の名乗りに口元を歪めながら自分の名前を告げた。

「俺は『バロネス・オルツィ』。知らねぇとは思うが『向こう』じゃ割と有名だった。『チャンドラー(大いなる眠り)』とか呼ばれてたな……」
「チャンドラーとはまたずいぶんと大層な呼び名だな。
(……聞いた事のない名だ。しかしその実力は見る限り指折り。なぜこれほどの実力者が今まで埋もれていた?)」
「考え事してる所、悪いがさっさと連れて行け。俺の気が変わらない内にな」

 その高い位置から見下ろすような尊大な言葉にエヴァンジェリンの眉がつり上がるが、声を出す前にエアリエルが彼の側頭部を蹴った。
 
ゴツッ! 

 鈍い音と共に彼の頭部が波打つ。

「教授は少し黙ってなさいって。住む家が欲しいんでしょ? ここで相手の機嫌損ねて全部無くしちゃってもいいわけ?」
「いてぇなぁ。媚びへつらうのも取り繕うのも面倒なんだよ。これが俺だ。今更変えようなんて思わねぇ」
「変わらなくていいから黙って・な・さ・い!」
「ヘイヘイ」

 二人のやり取りはまるで出来の悪い夫婦漫才のようで、エヴァンジュリンは自然と口元を吊り上げていた。

「見ていて飽きないな。お前たちは……」
「見るなら金払え。ただで笑わせてやる義理はねぇぞ」
「だから教授は少し黙ってろっての!!」

 またも教授の頭部を直撃するエアリエルの一撃。
 放っておけば永遠に続きそうなそのやり取りを見つめながらエヴァは声を上げて笑った。

 だが笑われている二人は気づかない。
 ギャーギャーと罵り合うのに夢中で気づいていない。

「楽しそうですね、マスター」
「ああ、こんなに笑ったのは本当に久しぶりだよ」

 唯一人、気づいていた従者は主の外見相応の表情を見て本当に嬉しそうに微笑むのだった。

時計が刻む物語 時計が刻む物語 第三話

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