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時計が刻む物語 第三話(×足洗い邸の住人たち) 投稿者: 投稿日:04/09-03:38 No.133  

時計が刻む物語
第三話 『就職決定』

 四人はひっそりと静まり返った夜の街を闊歩していた。
 目的地はこの都市の長をしているというジジイ(エヴァ主観)のいる場所。
 現在、中等部校舎にあるという学園長室を目指して彼らは歩みを進めていた。
 ブルーキャップは電灯のある場所まで来たと言う事で彼が契約条件である賃金を支払いあるべき場所に返している。
 その時のやり取りをエヴァが興味深げに見ていたのだが彼は気付いていない。

「「「「………」」」」

 沈黙。
 四人は歩き出してからまったく口を開かなくなっていた。
 最も各々でしゃべらない理由は違うのだが。

 まず一人目。
 エアリエルはバロネスの肩に腰を下ろして周囲の景色をキョロキョロと見回していた。
 その瞳は自分の知らない世界に向けられている。
 『大召喚が起きなかった』という世界の景色。
 静寂とは無縁であったあのメチャクチャな世界とは真逆の世界の風景。
 ソレに彼女は飽きる事無く見入っている。
 会話をするつもりなどないのだ。

 二人目。
 エヴァンジェリンは彼らについての考察を巡らせていた。
 心中で先ほどまでの彼とのやり取りを思い返す。

 『ここに来た目的は自分も知らない』と。

 つまりここに来たのは不慮の事故かあるいは偶然なのだと言う事。
 先ほどはあまり信じていなかったがこの侵入者二人の会話の端々には不明瞭な点が多い。

 『違う所』、『コッチの連中』、『こっちの世界』、『向こう』。

 こんな単語が頻繁に出てくるのだ。
 まるで『自分たちがこの世界の人間ではない』とでも言うように。
 実際のところ、そうなのかもしれないと彼女は思い始めている。
 
 彼らの出現を自分が感知したのは世界樹周辺。
 それまでは彼らの、とりわけ妖精の持つ『大自然そのもの』のように澄んだ魔力は全く知覚できなかった。
 この学園都市を包む結界と直結している彼女の意識が今まで感知できなかったのだ。
 それはつまり彼らが突然、何の前触れもなく世界樹の前に出現した事を意味している。
 勿論、彼女とて万能でもなければ完璧でもないのだから彼らが結界を越え、今の今まで気付かれずにいたという可能性も考慮してはいる。
 だが当事者二人を見る限り、自分を出し抜ける程の魔力を有しているようにはとても見えない。
 そして侵入した事を見つかったにしては自分たちとの接触の際の行動が不可解だ。
 逃げるわけでもなく、ましてや襲い掛かるわけでもなく。
 ただダラダラと会話をしたあげく都市の権力者が会いたがっていると言えばすぐに食いついてきた。
 コレで本当に侵入してきたのならばずいぶんと大胆な行動だろう。 
 故に彼女は二人が侵入者であるという考えを否定していた。

「(とはいえ、そう素直に異世界から来たという結論を認めるというのもな。理屈としても弱いし……)」

 異世界への転移。
 探究心旺盛な魔法使いたちが研究しているという話は彼女も聞いた事があった。
 だがそんな事が可能かと問われれば彼女は否だと答えるだろう。

 魔法と呼ばれている力は決して万能ではない。
 死者を蘇らせる事など出来ないし、ましてや異なる世界への移動など出来はしない。
 
 世界という様々な要素からなる一つの集合体を根底から破壊しかねないモノだからだ。
 そんなものは人の手に余る。
 仮にそんな事が可能な存在があるとしたらそれは神と呼ばれる者だけだろう。
 彼女はそんな存在は欠片も信じてはいないが。 

 遥かな高みを望む魔法使いがこぞって目指し、挫折していく永遠の命題。
 その一つを実体験した者(あくまで彼らの言葉から推察すると、だが)が今、ここにいる。
 インテリ連中から見れば恰好の獲物であり、研究対象だろう。

「(仮にコイツが『奇跡の体験者』だとしてその噂が広まったとする。……間違いなく狙われるだろうな。その時、コイツならどうするだろう?)」

 想像しようとしてやめる。
 余りにもわかりやすく鮮明にその図が頭に浮かんだからだ。

「(気にも留めずにぶちのめすんだろうな。コイツの性格なら……)」

 レッドキャップが魔法使いたちを肉塊に変えていき、それを眺めながら彼が哄笑する。
 そんな様が彼女の頭を蹂躙する。
 手加減も、情けも、容赦も一切ない圧倒的な殺戮劇を見せてくれるだろう。

「(というか何故、私はこんな自己中が服を着て歩いているような男の事を考えているんだ? コイツがどうなろうが関係ないだろうに……)」

 むぅと口を尖らせながら唸る。
 よくわからないが機嫌が急降下していくのを感じる。

「(自己中が服を着て歩いている、か。そういえば『ヤツ』もそういう男だったな。よく考えればコイツとヤツは似ているのかもしれん)」

 思い出されるのは自分に呪いをかけてさっさと死んだ偉大な魔法使いの顔。
 楽しげに笑うその顔と隣にいるバロネスの横顔が似ても似つかないというのに被って見えた。

「(フン、愚にもつかん事を考えているな。私は……)」

 ため息をつきながら彼女は次の思考を巡らす。
 
 こうして彼女は思考の海にどっぷり浸かっていた。
 誰かと話している暇を惜しんで。


 三人目。
 茶々丸は先ほどの戦闘記録を解析していた。

 相手はバロネス。
 マスターであるエヴァの意思を汲み取り、先手を取っての威嚇拳撃を繰り出す。
 だがターゲットは動じず迷わずに攻撃した自分を『無視』してみせた。
 元々、威嚇だと気づいていたのだろう。

 最初から自分は『危険』として認識されていなかったのだ。
 だが威嚇だとわかっていても頬を掠めた豪拳に恐怖しないわけがない。
 だが男の表情に恐怖はなかった。
 笑みを張り付けたまま、自分の背後に控えていた主を狙っていた妖怪を肉塊に変えて見せた。

 彼女の人工知能は今、『困惑』している。
 彼の行動がまったく読めなかったからだ。

 茶々丸は彼の攻撃が『主に狙いを定めたもの』だと思っていた。
 
 彼の背後に現れた妖怪に優先目標を変更し、威嚇だった拳をヒットさせた後。
 彼女は表にこそ出さなかったが慌てていた。
 主が無防備な状態で彼の放った使い魔の攻撃を受けようとしていたからだ。

「逃げて」と叫ぼうとした。

 声を出しても間に合わないという彼女の論理的思考が行動を阻害した為、実行には移せなかったが。

 だがエヴァは彼女の焦燥も心配も無意味だとばかりにその場から動かなかった。
 
 主は『知っていた』のだろう。

 あの妖精が自分に危害を加えるために呼び出されたわけではない事を。
 それもまた彼女を困惑させる要因になっている。

「(まるでマスターとバロネスさんは旧知の友人のように息が合っていた……)」

 例えるならそれはテニスのダブルスパートナーのような。
 目と目、ちょっとした仕草の一つ一つで意思の疎通ができる関係。
 恐らくあの場、あの瞬間だけ二人は従者である自分を越える信頼関係になっていたのだろう。
 『何故?』という大きな疑問は残るが彼女はその推測に確信に近い自信を持っていた。

 それがまた彼女の思考回路を狂わせる。
 その理由が思いつかないからだ。
 
 それも当然の事。
 彼女はロボットであり、その思考は論理で持って成り立っているのだから。
 直感や感情論とは無縁である彼女に二人の考えが理解できるはずもない。

 それが彼女には『悔しかった』。
 自分には理解できない絆で繋がっている二人が。

 だからこそ知りたいと彼女は今、強く思っていた。
 何が二人を繋いでいるのかを。
 
 
 彼女はまだ気付いていない。 
 自分の思考が既にロボット、機械の範疇を越えてきている事など。
 その悔しいという気持ちが、人間でいうところの『感情』だという事に気付かない。
 彼女がソレに気付くのはもう少し先の話なのだから。

 このように黙々と思考を巡らせているので会話に参加する意思がない。


 そして四人目にして元凶。
 バロネスは実の所、彼女らほど深刻に何かを考えているわけではなかった。
 ただ漠然とこれからの事を考えているだけだ。

「(とりあえず学園長とやらから可能な限り情報を引き出す。で、金をぶん取る。出来るなら適当な住居も用意させる。……最初のが最優先だな。最初はおとなしくしていてやるか。二つ目、三つ目は最悪、強硬手段で確保しちまおう。『トム・ポーカー(無表情なトム)』に食わせようとするか『グルアガッハ(超自然の妖術使い)』に足を消させるか……。クックック! どう転んでも面白くなりそうだ……)」

 邪悪な思考全開である。
 オマケに最後の辺りで思考が外に洩れたのか微妙に口元が吊り上っている。
 付き合いの長いエアリエルは彼のその顔を見て確信した。

「あー、なんか企んでるな」と。

 止めても聞かないとわかっているので知らない振りをする。
 よって彼女がバロネスの笑みの意味に気づいている事に意味はない。

「フン、着いたぞ。バロネス」

 校舎の薄暗い廊下を歩いていた一行の足が止まる。
 
 彼らの目の前には両開きの木製ドア。
 その扉の中心点の真上には『学園長室』と書かれたプレートがある。

「いかにもなトコだな。無意味に偉そうだ」
「いや実際に偉いんでしょ? こんな大きな都市の長やってるんだから」

 率直かつ情け容赦ないコメントのバロネスを諌めるエアリエル。
 彼は「クック!」と声に出して笑うと何の予備動作もなくドアノブに手をかけた。

「入るぜ?」

 乱暴とも思える手つきでドアを開け、中へと歩を進める。
 慌ててエアリエル、エヴァ、茶々丸(慌てた素振りなど一切見せず)も続く。

「ホッホッホ、こんな夜分じゃと言うのにずいぶんと騒がしい来客じゃのぉ」

 マホガニーの机を挟んでその男、麻帆良学園長『近衛近右衛門』は笑っていた。
 バロネスは老人を一瞥すると部屋をキョロキョロと見回す。
 まるで彼の前に『お目当ての人物』がいないかのように。
 横ではエアリエルも同じ事をしていた。

「おい、エヴァンジェリン……」
「なんだ? 馬鹿みたいにキョロキョロしおって」

 いい加減、エヴァは彼らの奇行に慣れ始めて来たらしい。
 はぁっとため息を洩らしながら彼に言葉の先を促す。

「学園長ってのはどこにいるんだ?」
「「はっ?」」

 エヴァと学園長の声が唱和する。
 エアリエルはバロネスの意見に同意しているのかコクコクと頷いていた。

「目の前にいるだろうが。あの不釣合いな机の奥でふんぞり返っているのが学園長だよ」
「俺には妖怪『ぬらりひょん』しか見えねぇぞ?」
「誰が『ぬらりひょん』かぁッ!?」

 金切り声に近い叫びを上げる学園長。
 そんな彼を殊更に冷めた目で面倒そうにバロネスは見る。

「うっせぇな。ぬらりひょんって妖怪は、他人の家を我が物顔で行脚する恐ろしく厚顔無恥な妖怪なんだよ。そんなのの戯言に付き合ってたらキリがねぇ。で、冗談はそれくらいにして本物はどこだ?」

 ずずいとエヴァに顔を寄せながら問い詰める。
 彼女はこめかみから響いてくる鈍痛を抑えながらため息を零した。

「いいか、バロネス。私も『あんなの』が人間だとは信じたくない。だが事実だ。受け入れろ」
「あーー、マジか? あんなヤベェ頭した『人間もどき』が長で通用するのか? この都市……」
「真に遺憾だがその通りだ」

 エヴァの神妙な態度にようやくバロネスは納得したらしい。
 一方、ボロクソにこき下ろされた学園長は、部屋の隅っこで床にのの字を書きながら拗ねていた。

「ワシって……ワシって」

 その様を哀れに思ったエアリエルが妙に生暖かい視線を送っているが彼が負った傷は物凄く深いらしく再生にはまだ時間がかかるようだ。

「っつーかさっさとコッチに戻れよ、人間もどき。話が進まねぇだろうが」
「がふっ!?」

 無造作に背を向けていた老人を蹴る。
 加減などまったくない一撃だ。
 当然、無防備だった老人は目の前にあった壁と熱いキスをする羽目になった。
 エアリエルはその様子を見て痛そうだと思ったのか顔を歪めている。
 
 逆にエヴァは無言でそのやり取りを見守っていた。
 口の端が少し引き攣っているのは笑うのを堪えているせいだろうか?
 
「ったくまどろっこしい頭しやがって。とっとと起きろ。会いたいって呼び出したのはてめぇだろうが」

 自分でやっといてこのセリフである。
 老人は無造作な手つきで引きずられ、先ほどまで座っていた席にこれまた無造作に放り投げられる。

「う、うう……。もっと老人を労わってほしいぞ。この仕打ちは理不尽過ぎる」
「寝惚けんな。ただでさえ三十近い妖精どもの機嫌取らなきゃならねぇのに、たった一人のくたびれた人間なんぞ労わってられるか」

 当然といえば当然の抗議をあっさりぶった切ってみせるバロネス。
 唯我独尊を絵に描いたような男である。

「うう、……ま、まぁ良い。とりあえず自己紹介じゃな。ワシは『近衛近右衛門(このえ・このえもん)』。この学園都市をまとめる立場の者じゃ」
「バロネス・オルツィ。こっちはエアリエルだ。で? どういう理由で俺を呼び出した? こっちも色々と聞きたい事があるから一問一答を交互にしていこうぜ」

 指を鳴らしながら口元を歪めて提案する。
 近衛右衛門にも異論はないらしく不満げではあるが(先ほどの扱いがまだ尾を引いているのだ)頷いた。

「ではまずワシから。お主ら、いったい何用でこの学園都市に来たんじゃ? 強力な結界が張ってあるこの場所に許可なく侵入するのは容易い事ではないはずじゃが……」

 探るような視線と共に問いかける老翁。
 つい数瞬前までいじけていた人物とはとても思えない。  

「気づいたらそこにいた。それ以上は俺が聞きてぇくらいだ。一つかなり確率の高ぇ推測があるんだが、それはとりあえず置いておく。次は俺の番だ。『大召喚』って言葉に聞き覚えはねぇか?」

 その視線を真っ向から受け止めながらバロネスは自然体で答え、問い返す。

「大召喚とな? ふむ……スマンがまったく聞いたことのない言葉じゃ。少なくともワシが生きてきた七十年近い人生では聞いた事はないの。エヴァ、お主はどうじゃ?」

 二人の視線が同時に少女を射抜く。
 だがエヴァはそんな視線の圧力などまったく感じさせない態度で肩を竦めて答えて見せた。

「ジジイと同じだ。三百年近く生きてきたがそんな言葉、聞いた事もない」

 フンと鼻を鳴らし、顎に手を添えるバロネス。
 黙考する彼を黙って見つめる四対の瞳。
 やがて考えがまとまったのか彼はパチンと指を鳴らした。

「おい、学園長さんよ。俺らが『別世界』から来たっつったら信じるか?」

 口元を歪めながら問うバロネスに、学園長はその長い顎髭を撫でながら言葉を紡いだ。

「何故、そのような結論に至ったのか説明してもらえるかの?」
「クックック! まぁ簡単な話だ。俺たちが住んでいた『世界』と今いるこの『世界』。余りにも違いすぎる。具体的に上げる違いの最たる例は『大召喚』を知らないって事だな。俺らの世界じゃガキだろうが、妖怪だろうが、精霊だろうが、知らないヤツはいねぇ出来事だ。その時点でここはもう俺らの生きてきた世界とは違うって確信できる。細部も色々と違うみてぇだしな。妖精種が珍しいとか、ナイトピープルって呼び名が廃れてるとか……」
「ふむ、なるほどの。筋は通っておるな。お主とその妖精が重度の妄想癖でなければ、じゃが」

 冷めた視線で二人を射抜く老人。
 信じていないわけではないようだが、まだまだ懐疑的だ。

「まぁそういう反応されるってのもわかってたがな。クックック!」

 ニヤリと笑うバロネス。
 エアリエルは口を引きつらせると彼の肩から離れ、エヴァらの方へ脱兎の如く逃げ出した。

「どうした? やけに慌てているな」

 そんな彼女の態度を訝しげに見つめるエヴァ。
 茶々丸も首を傾げている。

「まずいよ。教授、キレてる」
「なにっ?」

 端的なエアリエルの言葉につい問い返してしまう。
 彼女はよくわからないという顔をしている二人を青い顔で見つめながら説明に入った。

「教授ってさ。自分の事けなされるとすぐキレちゃうんだよね。ここに来る直前の戦いだってそこを突かれてヤバイ目にあったんだけどさ。色々あった反動もあるんだろうけど今回のはかなりヤバイよ。あのおじいちゃん、朝日拝めるかどうかわかんないかも。このままだと」
「……なるほどな。(あの程度の軽口で我を忘れるのか? だがこれはこれで面白いな。ヤツが契約している他の妖精たちが見れるかもしれん……)」

 好奇心と人としての良心(この場ではほとんど無いに等しいが)の狭間で考え込むエヴァ。
 彼女がそんな悠長な事をしている間にも事態は最悪の方向に進んでいく。

「“粉挽き場をうろつく大きな鼻の口無し男。脱穀手伝いも程々に、今日は誰の口を封じようか?”」
「な、なんじゃ? この雰囲気……そ、そのクルクル回しておる板は何かのぉ?」

 ジリジリと近寄ってくるバロネスとエアリエルのご愁傷様とでも言うような憐れみの視線に脂汗を噴出す学園長。

 だが彼に逃げ場はなかった。

 彼が座っている場所は部屋の最も奥であり出入り口であり唯一の退路からも最も離れた位置なのだから。
 背後の窓から逃げ出すという手が無いわけではないが、目の前に迫る男に背中を向けて逃げるというのは余りにも無謀が過ぎる。

「これはなぁ、俺があの世界を生き抜く為に身につけた力だ。十五年もかけて確立した『俺だけの力』だ。てめぇはそれを『妄想』の一言で片付けようとした。ヤベェ、ヤベェよなぁ? 誰だって自分の努力を笑われたら腹が立つ。そうだよなぁ? なのにてめぇはたった一言で俺の人生を否定しようとしやがった。これは笑われるよりキツイぜぇ。そういうセリフを吐くって事はよ。当然、報復される覚悟くらいあるんだろ? えぇ、ジジイ……」
「ま、待て、バロネス君。ここは落ちつ、ぶごっ!?」
「午後四時の『キルムリス(乾燥小屋の口無しさん)』!!」

 右手で玩んでいた板状の時計を学園長の口に投げつける。
 ヒットした瞬間に、時計を通して『こちら側』に現れた妖精は、自身の『身体的特徴』を学園長に共有させる。

「ふごっ!? ふごーーー!!」

 つまり『口が無くなる』。

「あー? 何言ってるかわからねぇぞ? おら、しっかりしゃべれよ」

 心底楽しそうにしゃべれなくなった学園長を見下ろすバロネス。
 その様を見て、エヴァは盛大に口元を引きつらせた。

「なんてエゲツない……」
「いや、あれって悲鳴が外に洩れないようにしただけだから本番はむしろこれからだよ」

エアリエルの補足を聞きながら「まだやるのか?」と呆れる。

「(ヤツの言い分もわからんでもないが……ここまでしておいてさらに続けようとする辺り、相当に大人気ないな)
……茶々丸、ジジイが死にそうになったら助けてやれ」
「ハイ、マスター」

 そんな会話を他所にバロネスの凶行は続く。

「“ニミィ・ニミィ・ノット! 闇の奥から声がする。 ニミィ・ニミィ・ノット! 陽気で邪悪な声がする”」

 腰のベルトに装着していた時計の一つに手を添えながら唱える。
 その時計から発せられる言い知れぬ不気味な気配にその場の全員(茶々丸除く)に寒気が走った。

「待て、バロネス! ジジイももう懲りただろう。お前を怒らせるような真似は早々にしないはずだ。……そこまでにしておけ」

 エヴァもさすがに拙いと感じたらしく詠唱が終わるよりも早く声を上げて制止した。

「ああ? ちッ、せっかく『トム・ポーカー』にエサやろうと思ったのによ」
「ふごーーっ!?(食わせる気じゃったんかい!!)」

 バロネスは心底、不服そうに呪文の詠唱を中断する。
 学園長の抗議など完全にスルーだ。

「しゃーねぇな。戻れ、『キルムリス』」

 学園長の口から離れ、時計を通して還っていく妖精。
 老人はようやくしゃべれるようになった事に安堵すると共に、自分の恵まれた環境(口がある)に感謝した。

「さてジジイ。今の召喚術は俺のオリジナルだ。向こうの世界でもこれが使えるのは俺だけってレア中のレアだ。これを見てもまだ平行世界の話が俺らの妄想だと言いやがるか?」
「むぅ、多分に脅しの要素が含まれておる気がするが……(これ以上何か言えば命に関わるから)信じよう。では本題じゃ。別世界の住人であったお主らにこちらで当てはあるのかの?」

 なにやら含む所のある物言いをする学園長にバロネスは愉快気に笑った。

「あるわけねぇだろ。だがそういう風に話を振ってくるからには提案があると見るが?」
「うむ。どうじゃろ? ワシはお主に衣食住を提供する。じゃからお主はワシにその戦闘力を提供してほしい」
「ほう、等価交換って事だな。なかなか話がわかるじゃねぇか。幾つか条件があるがそれでもいいってんなら構わんぜ?」
「安心せい。そっちの条件に合わせてこっちも条件をつけるからの」
「狸ジジイが。だがそういう明け透けなのは嫌いじゃねぇ」
「フォッフォッフォッ! お主相手に下手な小細工は無駄そうじゃからの。ならば自然と直球勝負になると言う訳じゃ」
「いいねぇ。クックック!」

 構図は既に悪巧みをする悪代官と越後屋である。

「じゃあこっちから出す条件だ。とりあえず俺らの住居は出来るだけ広い場所にしろ。長い事放置されてた屋敷なんかだと都合がいいな。あとはその場所。出来る限り人気のねぇ場所に居を構えておきてぇ。あとはこの都市の地脈が通っていて霊的なレベルが高いと尚良いな。さすがに全部の条件を揃えるのは無理だろうから、とりあえず提示していった順に優先順位をつけろ。とにかく広く大きな屋敷である事が第一条件だ。
(二番目の条件を満たさないで困るのは俺じゃねぇしな。クックック!)」
「ふむ、確かに難しい条件じゃな。だがそういう物件が無いでもない。ではそこを提供する代わりにお主には仕事をしてもらおうかの」
「あー? 仕事だ?」

 意外な申し出にここに来て初めて純粋に驚いてみせるバロネス。

「うむ。ちなみにバロネス君。得意科目は何かの? 出来れば五教科の中で」
「理論に伴った計算……『数学』は得意分野だな。あとは……『社会』か? 世界史っつった方がいいな。それと大学じゃ民俗学、教えてた事もあった。で、それが何か……ってまさかてめえ……」
「察しがいいの。お主にはこの学園で教職についてもらおうと思っとる。むしろ普段はそちらをメインの仕事にしてほしいんじゃ。この条件を飲んでくれるならすぐにでも住居の提供をしよう」

 学園長の言葉に顎に手を当てて考え込むバロネス。
 メリット、デメリットを慎重に咀嚼し、決断の最大要素『自分の気分』を加味する。
 十分ほどの黙考の後、彼が出した結論は。

「いいだろう。後で後悔しても知らねぇからな」
「交渉成立じゃな。少し待っていてくれ。今、住居を手配させよう」

 契約の証として二人はお互いに右手を差し出し硬く握り合う。
 こうして『時計の精霊使い』は異なる世界で一歩を踏み出す。
 彼という『イレギュラー』が織り成す物語が、この瞬間より始まる。

 ネジを巻かれた時計のように。
 
 チクタクチクタクと。

時計が刻む物語 時計が刻む物語 第四話

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