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時計が刻む物語 第十話(×足洗い邸の住人たち) 投稿者: 投稿日:04/18-14:08 No.331  

時計が刻む物語
第十話 『決着』


 学園長室。

 そのひょろりとした身体に不釣合いな席に着き、これまた不釣合いに大きな机で『裏社会』、『表社会』の書類に目を通していた老人は校舎の屋上で行われている闘いに当然のように気付いていた。

 タカミチがそれとわからずに人払いをする際に放った魔力。
 学園長はそれを察知していたのだ。
 そしてそこで行われるだろう事にも。

「やれやれ、もう少し様子を見てくれると思ったんじゃが。タカミチ君も案外、短気じゃのぉ」

 ぼやきながらも目の前の書面から目を離さず、思考は屋上に向けていながらサインの手はまったく淀みを見せない。

 見る者が見ればその異常性に気付くだろう。
 普通の人間は基本的に二つの異なる事柄を同時にこなす事などできないのだから。

 普通、文字を書きながら会話をすると手が止まるだろう。
 話を聞きながら無理に書いても文字は歪み、とてもではないが読めるモノではなくなるはずだ。

 だがこの老人の字は実に流麗で達筆なモノだ。
 間違いなく老人の意識は屋上の決闘に向けられているにも関わらず。

 普段からこういった仕事に慣れていると言ってもこれは異常だろう。

 しかもそれだけではない。

 学園長は書面にしっかり目を通し、不必要なモノ或いは不明瞭なモノを横に避けているのだ。
 それは彼がただ流し読みをしているわけではなく、しっかりとその書類の中身まで頭で噛み砕き、理解しているという事に他ならない。

 別な事象に対して思考を巡らし、ソレとは別の事象の文面の意味を理解し、ソレに合わせて筆を走らせる。

 この時点で三つの事象を同時に行っている。
 細かく分ければさらに増えるだろう。
 普通の人間では到底、真似などできない。

「しかしあの彼が『咸卦法(かんかほう)』まで使うとは……やはりバロネス君は相当に強い」

 呟きながらも筆を持った手は止まる事を知らずに動き続ける。

「バロネス君。……君のその強さと性格はここでは中々馴染まんじゃろう。じゃが君の『誰にでも平等に接する』という姿勢こそがネギ君の成長を促してくれるとワシは思っておる。彼に必要なのは『子供だから』と甘えさせてくれる『保護者』ではなく、力を持つ者の宿命を厳しく諭す事の出来る『先達』なのじゃから……」

 山のように積んであった書類の最後の一枚に目を通し、サインを入れる。

「十歳であるネギ君にそれは酷な事じゃろう。じゃが絶対に必要な事じゃ。ヤツの息子である彼は……いつ襲われてもおかしくはない。箱庭であるウェールズを出てきた今、彼を守る柵は無いんじゃから」

 彼はゆっくりとした動作で立ち上がると、部屋を出て行った。
 行く先は勿論、屋上である。

「そして……彼に最も必要なのは彼を『ナギ・スプリングフィールドの息子』としてではなく一人の少年『ネギ・スプリングフィールド』として見る事ができる理解者じゃ。
 ワシらは誰であれ大なり小なりヤツの事を知っている。じゃからどうしても彼と接する時に『ヤツの息子』というフィルターがかかってしまう。身勝手な期待を背負わせてしまう。そんな周囲の期待とナギに会いたいという自分の想い。それらに突き動かされ続ければ……いずれ彼は潰れてしまう。そうでなくても、道を誤るじゃろう」

 ネギは父親と違って真面目過ぎる。

 ナギは、彼の父は魔法学院では落ちこぼれと言われてきた。
 だが彼は自分へ注がれた憐れみの感情や見下した視線などを気にも留めずに我を通した。
 勉強が面倒だと魔法学院を中退し、気心の知れた仲間と共に勝手気ままに旅をした。
 そして数年を経て周囲の評価は一気に逆転。
彼は『マギステル・マギ』と呼ばれ、もてはやされるようになった。
 だがそれでも彼は何も変わらなかった。
 気にも留めずに我を通し、自分の人生を精一杯に謳歌した。

 だがネギは違う。
 絶対に譲れないという信念もなければ、我儘を本気で通そうとする我も無い。

 それが普通の十歳の子供だ。
 だが彼は十歳の子供には不釣合いな程に真面目だった。
 だから周囲の期待も背負ってしまう。
 不必要な程に己に対し、プレッシャーをかけてしまう。
 そしてそれを払拭する、あるいは和らげる手段を知らない。
 全てを自分の中に溜め込んでしまうのだ。

 溜め込まれたソレはいずれ爆発し、彼を壊してしまうだろう。

「そんな事にはなってほしくない。じゃからこそワシは反対を抑え付け、彼を副担任に添えた。……タカミチ君、ネギ君はネギ君なんじゃ。ナギとは違うんじゃよ」

 ネギに尊敬する人物を少なからず重ねている青年を思い浮かべ、意味も無く語りかける。
 次いで彼の脳裏をよぎるのは不適な笑みを浮かべる白髪の男。

「……バロネス君。身勝手な願いじゃが彼の目を覚まさせてやってくれ」

 届くはずのない言葉を沈痛な面持ちで吐き出しながら、彼は止まってしまっていた歩みを再開した。


 屋上

「……避けられたか」

 もうもうと立ち上る白煙と自身が生み出した小規模のクレーターを見やりながらタカミチは呟く。

 彼の思惑では今の一撃で終わらせるつもりだった。
 瞬動術で彼の頭上を取り、動きを止めた彼を強烈な一撃で気絶させる。

 『瞬動術』
 『縮地法』、『クイックムーブ』などその呼び名は数在り、上級の魔法使いや裏の使い手たちのほとんどが所有するスキル。
 そのやり方は至って単純。
 『魔力』あるいは『気』を足に集中し、地を蹴ると同時に放つ。
 放出された力の勢いでもって相手との距離を一瞬で縮めるという。

 口で言うのは簡単だが、これを修得するには相応の鍛錬が求められる。
 これを使いこなす域に到達するにはさらに年月を駆けなければならず、故にこれを使いこなす事は上級者への第一歩とも言われている。

 距離を詰めるのには勿論、距離を取る事にも、それ自体を攻撃に組み込む事もできる。
 どのように使うかも術者の頭次第だという所も上級者向きだと言われる所以だ。

 バロネスの世界にはそんな技はない。
 だが高速移動で同じような事ができる輩や、テレポーテーション(瞬間移動)を駆使する術者との戦闘経験が彼にはあった。
 そして何より。
 彼の左目、第二視力がタカミチの足に不自然に集まる魔力を感知していた。
 だからこそ彼は瞬動の初動(魔力を爆発させる瞬間)を見切り、視界から消えたタカミチの攻撃を避ける事ができたのだ。

「あと二分三十秒だ」

ヒュンッ!

 白煙の中を突き抜けて飛んでくる板状の時計。
 タカミチは予期していたそれを左手で頭上に弾く。

「そこか!!」

ゴウッ!!!

 先ほどの無数の拳打とは比べ物にならない右の一撃。
 その一撃は白煙の中、板時計が飛ばされたと思われる箇所を貫く。
 だが技の豪風で吹き飛ばされる煙の先にバロネスの姿はなかった。

「なにっ!」
「“ジャック・オ・ランタン、死のロウソク、ジェニィの燃える尻尾!!”」

 驚愕する間に彼の耳を打つ呪文。
 彼は呪文が聞こえてきた方角を睨む。

 そこには悠然と佇むバロネスの姿が在った。

「“スパンキーよッ! 集めた鬼火を貸しとくれェッ!!”」

シャァアアアアアッ!!

 顔面目掛けて飛んでくるヨーヨー。
 タカミチはそれも頭上に弾くと、豪拳を放つべくポケットに右手を突っ込んだ。

「迷いの時間! 爆発する21時の『ウィル・オ・ザ・ウィスプ(愚かな火)』!!!」

 ヨーヨーの側面が「パカッ」という気の抜ける音と共に開き、中から時計が現れる。
 それが一瞬、青白い光を放つと同時に。

バゴオオオオオン!!!

 ヨーヨー自体が爆発した。
 いや正確にはヨーヨーの時計から呼びかけに応じた妖精が、自身の力を振るったのだ。

「くぅっ!?」

 完全に意識から外していたモノからの爆煙に、溜まらず体勢を崩すタカミチ。

 彼の足元には『一番最初』に彼が弾き、以降は放置していた『板時計』が在った。

「ツヴァイト・オブ・『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』!!(第二弾の愚かな火)」

 自分の足元に転がる時計が発光する事に彼が気づくのと爆発が起こったのはほぼ同時だった。

バゴォオオオオオオン!!!

 だが彼には瞬動術がある。

シュンッ!!

 爆発が自身の身体に届くまでの刹那の間に、バロネスの後ろに移動する。
 真後ろで起こる爆発は先程のヨーヨーのモノよりも幾分か強く、あれが自分を倒すための切り札だったのだとタカミチは解釈した。

「ふッ!」

 短い呼気と共にバロネスのがら空きの後頭部に自分の拳を叩き込む。
 だが彼に拳に届いたのは人間の頭部の柔らかさではなく。

ガツッ!!

 石のように硬い何かの感触だった。

「つッ!? これはっ!!」

 彼が一撃した後頭部には、『シェリーコート』の姿があった。

「あと一分」

 振り返り、タカミチの襟元を鷲掴みにするバロネス。
 そして目前にある冷や汗を流した彼を見つめ、ニヤリと笑った。

「コイツで幕引きだ」

 がしりとタカミチの身体に抱きつき、動きを封じる。
 瞬動術で距離を取るつもりだった彼はその予想外の行動に驚きを顕わにする。

「ば、バカな。これじゃ貴方も攻撃はできないはず……」
「あめぇよ、俺らの足元を見てみろ」

 拘束されている為、首だけを下に向ける。
 そして彼は目を見開いた。

 そこには先ほど大爆発を引き起こしたモノと同種の板時計があったからだ。

「まさか、貴方は……!!」
「こうでもしなけりゃお前に大ダメージは与えられそうにねぇからな」
「相打ち覚悟でッ!? そうか、さっきの賭けはそういうことだったのか!!」
「今更、遅いぜ。まぁお互い死にはしねぇだろ。ドリット・オブ・『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』!!! (第三弾の愚かな火)」

 二人の足元で淡い輝きを発する時計。
 そして。

ズガァアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!

 二人は先程までの爆発よりもさらに規模を増した爆発に包まれた。

「ぐあああああああッ!!」
「があああああああッ!!!」

 吹き飛ばされ、バロネスは床を転がる
 反対側に吹き飛ばされたタカミチは手すりに身体をキツク打ち付けていた。
 両者とも着ていたスーツはボロボロになり、切れてしまった服の間から見える肌は焼け爛れている。

 特にバロネスは酷い有り様だ。

 タカミチのように気や魔力による肉体強化を習得していない彼は足元から広がる爆発の直撃を受けているのだからそれも当然だ。
 むしろ両足が吹き飛ばなかっただけ運が良かったとさえ言える。

「ぐ、ぎぃ……く、くく、クックック。ジャスト三分。お前は俺の攻撃を捌き切れなかった。……俺の勝ちだ」
「く、確かに。ダメージならば貴方の方が濃いが、大ダメージには違いない。……僕の負けだな」

 脂汗を流しながら、それでも笑みを浮かべ自身の勝利を宣言する。
 そんな彼に、タカミチは素直に負けを認めた。
 ダメージの量はともかく動けないのは彼も同じだったから。

「ちっ、今すぐにでも賭けの賞金を貰いてぇ所だがさすがに無茶が過ぎたか。痛みで意識が飛びそうだ……」

 唇を噛み締めながら両足から届く壮絶な痛みに耐える。
 タカミチとしてもなんとかしてやりたいが彼は回復魔法を使う事ができない。
 応急処置を施そうにも彼自身、動く事ができないからどうしようもないのだ。

ギィッ!

 その時、あまりに都合よく開く屋上への出入り口のドア。
 二人の視線が同時にそちらに向く。

「ホッホッホ! 派手にやったもんじゃのぉ、二人とも」

 盛大に伸ばされた顎鬚を撫でながら苦笑を浮かべて近づいてくる老人。

「ジジイ……」
「学園長ッ!?」

 脳を蹂躙する痛みに耐えながら擦れた声で呟くバロネスと驚きに痛みも忘れて大声を上げるタカミチ。
 これだけでもどちらのダメージがより深刻かよくわかるというものだろう。

「ふむ。とりあえず弁明や言い訳は後で聞こう。まずは……」

 学園長の右手に宿る薄透明な光。
 その光をバロネスの身体に注ぎ込む。
 
 するとどうだろう。
 あれほど痛々しかった足の大火傷は勿論、タカミチの無音の打撃で腫れていた頬、打撲などの傷まで跡形も無く消えてしまった。
 さらに彼の光は、クレーターや歪んだ手すり、焦げた床などもまるで時間を巻き戻すかのように元在った状態に修復してしまう。

「こ、これは……。
(これがこっちの世界の『魔法使い』の力……)」

 思わず自身の足に触れて異常がないかを確かめてしまう。
 先ほどまで僅かに身動ぎするだけで痛みに脳を焼かれたというのに今は何事も無かったように触れられるという事実が、バロネスには信じられなかった。

「(こんな……こんな真似が出来るのか。こっちのヤツらは……)」

 同じ人間でありながら、神がかり的な魔法を平然と行使してみせるその姿。
 それは彼にとってとてもではないが容認できるものではなかった。

「(俺があいつらと共に戦うスタンスを取り、それを形にするのに十五年かかった。その力ですら俺の傷を治すには時間がかかる。それをこいつは一瞬で……)」

 沸々と湧き上がる感情の名は嫉妬。
 彼は今、目の前でタカミチを治療している老人に、タカミチに、自分が期せずして訪れてしまったこの世界に、確かに嫉妬していた。
 『昔の彼』だったならば即座に切れて自分の荒ぶる感情のままに、憎しみのままに世界を蹂躙していただろう。

 だが彼は嫉妬すると同時に歓喜していた。
 その顔には心底、楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「(クックック! つまり俺は『そんな世界』と関わりを持てたわけだ。なら俺はまだまだ強くなれる。こいつらの扱う『魔法』とやらを取り込み、あいつらの力を今よりも使いこなせるようになれば……なんだよ、イケルじゃねぇか)」

 頭に浮かんでいた嫉妬は消え、代わりに広がったのはあくなき向上心と探究心。

 誰よりも、どこまでも強くありたいという想い。

「おい、ジジイ」
「む? もう立ち上がって平気かの? バロネス君」

 ゆっくりと立ち上がり、四肢に問題が無いかを確認する彼に話しかける学園長。
 彼はそれに「ああ」とおざなりな返事をすると、辺りに散らばった時計を回収し、出口に向かって歩き出してしまう。

「おい、タカハタ。賭けは俺の勝ちだからな。今度、サシで話をしようじゃねぇか」
「……ああ。わかっているさ」
「クックック! ああ、それとだ。次に喧嘩売ってくる時は放課後、それも教師の仕事が終わってからにしろ。そしたら今度は誰に気を使う事もねぇ。全力で潰してやるよ」

 捨てゼリフを一つこぼし、彼は屋上から去っていった。


「……彼は強いですね。学園長」
「ふむ、そうじゃな」

 タカミチの呟きに満足げに頷いて返す老翁。

「ですが同時にとても危うく危険だ。僕はやはり彼をネギ君の副担任にするのは反対です」
「ふむ。……次に戦ったらどちらかが死ぬ事になるぞ?」

 その全てを見通すような瞳でタカミチを見つめる。
 一瞬、彼は言葉に詰まりそうになるがそれでも彼は続きを口にした。

「ネギ君はナギの息子です。僕は……」
「アヤツの代わりのようにネギ君を扱うのはやめるんじゃ」
「ッ……」

 ピシャリと言い放たれ、タカミチは沈黙した。

「ネギ君に必要なのはワシやお主のように『ナギを知る者』ではないんじゃよ。ナギの事を知らず、しかし彼を子供と見るのでもなく。善悪という価値観ではない自身の信念でもって己に忠実に動く人間じゃ。ワシはバロネス君こそがその役に相応しいと思っておる」
「彼に任せた結果、ネギ君がどうなっても構わないと?」

 語気荒く、視線で威圧しながらタカミチは問いかける。
 その言葉に学園長はゆっくりとだが確かに頷いた。

「彼は子供じゃ。まだ十歳の遊びたい盛りの子供じゃ。じゃが彼を知る者からすればそうではない。
 彼はいずれ命を狙われる。父が行ってきた数々の偉業が残してしまった亡霊たちにの。それに対処するには彼を保護するだけでは駄目なんじゃよ。判れとは言わん。じゃがワシはこの方針を変えるつもりは無い」

 話はそれで終わりだと俯くタカミチに背を向ける。

 一人、屋上に残された男は唇を噛み締めながら床に自身の拳を叩き付けた。


あとがき
紅です。ようやくVSタカミチが終了しました。
長々と書いた割にちっとも先に進まず本当に申し訳ありません。
次からようやくネギとの絡みに本腰が入れられそうです。
とりあえず当面はご招待された三人との絡みですかね?
春日はともかく鳴滝姉妹は大変そうだ。

皆様からのご意見、ご感想を心よりお待ちしております。
それではまた次の機会にお会いしましょう。

時計が刻む物語 時計が刻む物語 第十一話

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