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時計が刻む物語 第二十六話(×足洗い邸の住人たち オリ有り) 投稿者:紅(あか) 投稿日:01/28-20:07 No.1945  

時計が刻む物語
第二十六話 『図書館島 偽神現生編』


 閃光。
 それは彼女に死という結果を持たらす為に空間を裂きながら迫る。

「くっ……」

 だが彼女、真名は迫り来るソレよりも撃った男に視線を向けていた。
 ある事を確かめる為に。

 数メートルの距離を置いて直立している男は顔の上半分を全て覆い隠すヘルメットで表情は読めない。
 だがその唯一剥き出しにされている口元が歪んでいる。
 その事だけは彼女の眼はしっかりと捉えていた。

 閃光はもうすぐそこにまで迫ってきている。

 だが彼女はその刹那の間に男から探していた『物』を見つけ出す事に成功していた。

「(よしッ!)」

 思わず心中で叫ぶ。
 同時に右腕の袖口に仕込んでいたある物をスライドさせ右手に収める。
 それは長方形の薄っぺらい紙だった。
 もしもの時にと彼女が用意していた一枚八十万円の魔法符。

カッ!

 閃光が彼女に触れた。
 その瞬間に彼女はソレの効力を思考する。
 『どれだけの距離を移動し、どの場所に出現するのか』と言う事を。

 そして彼女は皮膚が焼き切れ、己の身体を魔弾が貫くよりも早く。
 符の効力を発動させた。

「(転移!)」

 彼女の視界がぐにゃりと歪む。
 平衡感覚がなくなり、自分という存在がひどく曖昧になっていく。
 だがその感覚は一瞬で終わり、次の瞬間。

 彼女はこのだだっぴろいホールの天井付近に出現していた。

「っつ!?」

 想定した以上の場所への転移に思わず中空へと手を伸ばす。
 伸ばした手はたまたま近くにあった木の根を掴み、彼女の身体は一瞬だけ忘れていた重力を取り戻していた。

 ズキリと根を掴んだ腕に激痛が走る。
 視線を向けると左腕の肘から手にかけて酷い火傷を負っていた。

「(タイミング的にギリギリだったからな。やはり避け切れなかったか)」

 自分の行動とはいえ余りな結果に苦笑いする。
 そしてその体勢のまま、彼女はいまだ戦場になっているのだろう下界を見下ろした。

 刀子が巨躯の男を相手に互角の戦いを見せている。
 それの援護に回ろうとする自分の相手の男。
 刹那はいつの間にやられたのか倒れていた。
 だが必死に身体を動かそうとしている所を見ると大事には至っていないようだ。

 そこまで戦場を観察した彼女はそこでふと『あの男』と眼が合った。

 ここに来るまでの間、散々と講釈を述べては自分たちを挑発していたあの男。
 戦いの直前で姿を晦まし今尚、入り口で何をするでもなくただ佇んでいる男、『バロネス』と。

 真名は眼が合ったという事実に驚く。
 自分は特殊な眼で視力は通常よりも強化されている。
 だから遠く離れたこの場所からでも豆粒のような刹那たちの姿が視えているというのに。

「(私と同じように視力を強化しているのか?)」

 男は真名を見つめながら口元だけを動かす。
 彼女は彼の唇を読む。
 読唇術など戦場を渡り歩き、生き延びる為に様々な技能を修得してきた彼女からすれば造作もない事だ。

 彼はこう言っていた。

「(モヤシに隙が出来たら蜂の巣にしろ)」

 端的且つ明瞭なその言葉。

「(言われるまでもない)」

 元々、彼女は『ソレ』を見つける為に切り札を使用したのだから。
 バロネスに向けていた視線を自らの相手に戻す。

 その瞳に以前、自分たちがバロネスと戦った時にも出てきた貝殻生物が男に一撃を浴びせている姿が映った。

「っ!(今だッ!)」

 左腕を木の根から離す。
 自由落下しながら彼女はあらかじめギターケースから後ろ腰のホルダーに移していた拳銃を取り出し構える。
 二挺の銃口の先にはバロネスの使い魔に翻弄され、意識を乱している男の姿。

 彼女は凄まじい勢いで近づいてくる男の姿を瞬きを忘れて見つめ続け、射程内に収めると同時に。

ドンドンドンドンドンドン!!!!

 弾を惜しむ事無く、全弾吐き出す勢いで発砲した。
 弾丸は避けようの無い雨粒となって男の身体に突き刺さる。

「ギャアァッ!?」

 ヘルメットの男、マイアーは短い悲鳴と共にその場に崩れ落ちた。
 ドズン!という重たげな音と共に彼女はそのすぐ近くに着地する。

「くぅ……さすがに、きつかったか」

 足に残る衝撃と痺れに顔を顰めるがなんとかふらつく足で立ち上がる。
 そして倒れた男が気絶している事と保護対象である本が無事である事を確認。

「ふぅ……」

 彼女はそこでようやく溜めていた息を吐きだした。
 男の両腕を捕縛用に持たされていたロープ(魔力加工済み)で拘束し、本から離れた位置にまで引きずり放置する。

「(これでこの男はもう戦闘には参加できないな)」

 ロープには拘束している者の魔力を封じる効果がある。
 無論、全面的に信頼できるほど強力なものではないがそれでも一日ほどこの効力は持続する。
 その間、この男は魔力や気を使う事は出来ないのだ。
 戦闘はおろか隙を見て逃げる事もままならないだろう。

 視線を感じ、そちらを見る。
 何が面白いのか愉快気に笑っているバロネスと眼が合った。

「もう少し早く助太刀してくれないか?」

 唇だけ動かして批難してみる。
 先ほどの意趣返しの意味を込めて。
 
 するとすぐに返答が返ってきた。
 声に出して言えばいいのにご丁寧にも唇だけを動かして。

「あ・ま・え・ん・な」

 一字ずつ区切って強調するように告げる。
 真名は予想していた言葉に肩を竦めると視線を彼から外した。

 そしてもう一度だけ倒れている男を見る。
 拘束が上手く機能している事を確認すると彼女はそこで男から意識を離した。
 そしていまだ激戦が続く刹那らの方へ向かって駆け出していく。


 彼女は気付かなかった。
 背を向けた瞬間、男の身体がビクビクと痙攣し始めた事を。

 己が上空から放った弾丸が、幾重にも重ねられていた封印陣に僅かな傷をつけていた事を。

 バロネスが自身の中で膨れ上がる漠然とした嫌な予感に、本当に愉しそうな笑みを浮かべながら自分の後を追いかけている事を。



「ぬぅうん!」

 巨腕が迫る。
 バックステップでその一撃を避け、一足飛びで懐に入り込む。

「はぁっ!」

 鎧と鎧の接合部。
 おそらく最も強度の弱いだろう脇の下部分を狙って刀を切り上げる。

ガギィッ!!

 だが狙いは外れ、その見事な斬撃は分厚い装甲を叩くだけに終わってしまう。

「くっ!」

 反動で自分を襲う腕の痺れに歯を噛み締めながら耐え、彼女はさらに深く相手の懐へと突き進む。

「フンヌァ!」

 巨人、『凰山』から繰り出される蹴り。
 それはその体躯からは想像できないほどに速い。

 だが刀子からしてみればやはりその一撃は遅くしか見えなかった。
 左足を軸に迫りくる蹴りにあわせて右に回転しながら走る。
 暴風が彼女の身体を撫でながら通り過ぎると同時に。
 回転で勢いづいた刀を巨人の背中へ叩きつける。

ドガァン!!

 今までと違う感触と共に巨躯が浮かび上がり、ほんの一メートルばかり強制的に浮かび上がった。
 だがそれだけだ。

「ウリャァア!!」

 ドズゥウウン!という地鳴り。
 着地すると同時に迫る右の裏拳。
 大きく飛び退く事でその一撃を回避するがまたも振り出しに戻ってしまった。

「……まったくなんて堅牢な鎧なんでしょう。ここまで見事に斬撃が通用しないと驚きを通り越して呆れますね」

 遅々として動かない戦局に思わず愚痴が零れてしまう。
 その額には汗のせいで髪の毛が張り付いていた。

「当たり前じゃぁ! 全財産と十数年の時間を費やして作った唯一にして最高傑作じゃぞぉ! 青二才どもに壊されるような柔な造りなんぞしとらんわぁ!!」

 やたらと大きな声でまるで吼え声でも上げるかのように話す凰山。

 大きな声とそれに見合うだけの巨大な身体。
 これは彼の一つの策。
 人は自分よりも大きな物を無意識に恐れるもの。
 動物的な本能といってもいいソレは疲労が溜まれば溜まるほどに効果を発揮する。
 これはその理を利用した単純にして確実な心理作戦なのだ。

 鎧を着込む理由はそれだけではないのだが。


 その策はじわじわと効果を出し始めている。

 刀子の眼には男の巨躯は最初に対峙した時よりも大きく感じられていた。
 それは彼の威圧が効き始めている確かな証拠。

 彼女自身もだんだんと飲まれている自分に気付いている。
 だがそれは決定打に欠けているこの状況では焦りや苛立ちといった悪い方向の感情を膨れ上がらせるばかりで利にはなりえなかった。

 状況を変えるだけの力を使うには『溜め』の時間が必要になるのだから。
 一対一ではその時間を確保する事は限りなく難しい。

 今回の相方であり弟子とも呼べる少女はようやく身体を起こした所でいまだ満身創痍。
 男の身体が彼女の視界を遮っているため、もう一方の戦いがどうなっているかを見る事もできない。
 姿を晦ませたどこぞのアホ教師の事など完全に意識の外だ。

「……(結局、自分でなんとかするしかないと言う事ですね)」

 刀を構え、意識を集中させる。
 刀身に気を集中させそれを雷気へと変化。
 纏ったソレが消えてしまわぬように、またより強力にする為に自身の気を送り込み続ける。

「させんわぁ!!!」

 地を揺らしながら巨躯がまるごと迫ってくる。
 集中を中断し、距離をとる。

「これでは全然足りない!」

 斬撃が通用しない事は先ほどまでの攻防で充分に知れた。
 だから斬る事は捨てる。

 刀での打撃は不可能ではないが斬るよりもさらに効率が悪く、試しては見たものの大した効果は得られなかった。
 だから峰による打撃も捨てる。

 自身の流派には格闘術もある。
 だがそれらは補助用、刀が無いから使うという代用的な側面が強く使えないわけではないが不向き。
 神鳴流の基本は剣術に在るのだから。
 故にそれも却下。

 残る選択肢は気によって作り上げる擬似魔法攻撃のみ。
 実際、雷鳴剣は効果があった。
 今はもう回復してしまったようだがアレを喰らわせた後しばらくは確かに動きがぎこちなかったのだ。

 その事実から直感する。
 この敵を倒すには物理攻撃ではなく、ああいった魔法攻撃が必要なのだと。
 それも先ほどよりも強力な一撃が。


 だが彼女が口走ったようにそれほどの一撃を放つには相応の溜めが必要であり、今の状態ではまったく足りていない。
 しかもそちらに集中し続けている間は注意力が散漫になってしまう。

 その隙を逃すほど敵は甘くはない。

 現に刀子の狙いを悟った相手は今まででもっとも激しい攻撃をこちらに加えてきている。
 引く事など忘れたかのような猛攻を。

 これ以上雷気を溜める事もできず、かといって攻撃すれば今まで溜めていた力を瞬間的に発散、ようは使用してしまう。

 逆転を試みようと焦った結果、彼女は八方塞がりになっていた。

「ヌハハハハッ!」

 自分の優位を確信したのか低い声で高笑いする敵。
 その声に苛立ちながらも少しずつ刀に気を集めながら攻撃を避け続ける。

 このまま膠着状態かと思われたその時。

ドンドンドンドン!!

 銃弾が雨あられと凰山の身体に降り注いだ。

「ムゥッ!? なんじゃぁ!」

 相変わらず大したダメージにはならないが注意を逸らせる事はできたようだ。
 刀子は大きく跳躍し、目測で十メートルはあるだろう距離をとる。
そして正眼に構えた刀に意識を集中し始めた。



ドンドンドンドンドン!!

 真名は自分を無視して刀子に向かおうとする凰山の巨体を見つめながら思考する。

「とてもじゃないがこれじゃあダメージは与えられないな」

 それでも発砲は止めずに距離を詰めていく。

「ええい、うっとおしいんじゃぁ!!」

 やまない銃弾に自制心が決壊したらしく、こちらに方向転換してきた敵を見てほんの少しだけ唇を吊り上げる。

「(そうこなくては無駄弾を撃ち続けた意味がないからね)」

 特殊加工された弾の値段を考えるとそれでも割に合わないんだが、などと埒もない事を考えながらも二挺の拳銃を撃ち続ける。

 だがやはり効果はない。
 幸いにも動きが遅い為、距離をとっていれば相手の攻撃は届かない。
 だがあまり相手から離れすぎれば『囮』になれない。
 付かず離れず、ともすれば相手の攻撃の射程内にまで入り込んで撹乱しなければ囮とは言えない。
 自分の攻撃は相手には効かないのだから。

 悪い例えだが羽虫のように相手に煙たがられていなければならないのだ。
 そうでなければ敵はすぐにでも刀子の元に向かってしまうだろう。

「ほんとに、割に合わない話だ……」

 思わず本音が漏れる。

「どけ。邪魔だ」
「なにっ!?」

 突然、自分の真横を通り過ぎる影。
 巨人に向かいながら男は自分の右腕を大きく振りかぶる。
 早口に呪文を唱えながら。

「午後十時の鉄枷ジャック・右腕!!!」

 振りかぶっていた右腕に彼とはまったく不釣合いな腕が召喚される。

「なにィッ!?」

 突然、現れた男とその行動に凰山が驚愕する。
 そんな事は気にも留めずに彼は融合したソレを走ってきた勢いそのままに叩きつけた。

ゴガァアアアアアアアアン!!!!

「ヌガァアアアアアッ!!!」
「ラァアアアアアアッ!!!」

 両腕をクロスさせ、鉄枷ジャックの腕を受け止める。
 足が床を踏みしめ、地面を陥没させるがバロネスの攻撃の勢いはそこで止まってしまった。

「ふ、フハハハハ。残念じゃったなぁ! せっかくの奇襲じゃったのになぁ!!!」

 焦ってしまったという事実を押さえ込み乱入者を嘲るように鳳山は声を上げる。
 だがバロネスは相変わらず不遜な笑みを浮かべたまま。

「バァーーーーカ」

 そう言って彼は後ろに跳んだ。
 腰に付いているヨーヨーを放ちながら。

「“ジャック・オ・ランタン、死のロウソク、ジェニィの燃える尻尾!! スパンキーよッ! 集めた鬼火を貸しとくれッ!!”」

 ヨーヨーの紐に当たる鎖が鳳山の脚部に絡みつく。
 だがその程度ではヤツの動きを止める事など出来ない。
 鳳山は気にした様子も無く腕を伸ばし、彼を捕まえようと接近してくる。

 そこで呪文は完成した。

「迷いの時間! 爆発する二十一時の『ウィル・オ・ザ・ウィスプ(愚かな火)』!!!」

バッコォオオオオオオオオオン!!!

 鳳山の足に絡みついていたヨーヨー。
 その中に仕込まれていた時計が爆発する。

「ヌオオオオッ!? なんじゃーーーーーい!!?」

 凄まじい爆煙が鳳山の身体を一時的に覆い隠す。

「チッ、ダメか」

 だがバロネスは不満げに舌打ちすると背を向けて駆け出した。
 その後ろでは煙が振り払いながら行動を再開しようとする鳳山の姿がある。

「すっごいねぇ。ウィルオ・ザ・ウィスプ喰らって無傷なんて……(っていうかどっかで見た事あるよーな気がするなぁ、アイツ)」

 バロネスの肩に座り、マイペースに足をブラブラさせながら危機感など微塵もないコメントをするエアリエル。

「ああ、そうだな。鉄枷も思った以上に効いてねぇしジリ貧だ」

 後ろを振り返る事無く逃げる。
 バロネスの基本的な能力は『こちらの世界』の人間たちからしてみればさほど高いとは言えない。
 接近したまま攻撃を避け続けるなどという器用な事が出来るほどの能力は無いのだ。

「だがまぁ……」
「待つんじゃーーい!」

 その背中に真名の銃弾が突き刺さっている事など気にも留めずに彼目掛けて迫ってくる鳳山。
 完全に攻撃対象を絞り込んでしまった様子だ。

「単細胞は楽でいいな。簡単に『目的』を履き違えてくれるから……」
「そだね~~」

 バロネスとエアリエルが同時にニヤリと笑う。
 それは勝利を確信しての笑みだった。

 鳳山の巨体のさらに後方。
 迸る膨大な雷気を刀に宿した刀子の姿が見えた。

 巻き込まれては敵わないと全力疾走に切り替える。

 そして。

「極大・雷鳴剣ッ!!!」

ピッシャァアアアアアーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!

「ギイヤァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 今までで最大規模を誇るだろう攻撃が炸裂するのを彼は背中越しに確信した。



「クックック、仕事終了だな」

 雷撃を受け、完全に意識を失った鳳山を呪符で拘束している刀子と真名を横目で見ながら独り呟く。

「………」

 目の前で背中に暗い影を背負って俯き、黙り込んでいる少女にわざと聞こえるように。

「………」
「クックック」

 返答は無い。
 特にソレを気にする事もなくバロネスは少女、刹那を見つめ続けていた。

 何も出来なかった自分の非力さに悔しがっているのだろう彼女を、絶望しているのだろう彼女を、本当に愉しそうに眺めている。
 嘲るように、見下すように。

「言いたい事があるならはっきりと仰ってください……」

 俯いていた顔を上げ、唇を噛み締めながら静かに刹那は言葉を紡ぐ。
 必死に瞳から溢れそうな涙を堪えているのだろう。
 何か些細なきっかけでもあれば即座に溢れてしまうほどに目元は潤んでいる。

「ハッ! イヤだね。てめえの事なんててめえで考えろ。仕事の範疇外の事なんぞ知るか」

 向き合っていた少女に吐き捨てるように告げると立ち上がる。
 彼の視線の先には拘束呪符を一通り張り終えた刀子らの姿があった。

「くっ……、くそぉ………」

 助言や励ましなど望んだわけではない。
 刹那が彼にああ言ったのは自分を責める言葉が欲しかったからだ。

 刀子は何も言わなかった。
 きっと自分を気遣ってくれたのだろう。

 真名も何も言わなかった。
 個人の事情と割り切って干渉しない事にしたのだろう。
 しかしそこには刹那への気遣いも込められている。

 だが刹那は責めて欲しかった。
 「こんな事でどうする!」と、「お前のせいだ!」と。

 だと言うのに、一番そういう言葉を彼女に言うはずのバロネスにすら干渉を拒否された。

 刹那の周りには今、誰もいない。
 すぐ近くにいるはずの真名や刀子が遠くに感じられる。

「(私にはこれしか……無いのに……)」

 愛刀を抱きしめながら漏れ出そうな嗚咽を抑えるためにさらにきつく唇を噛む。

「(こんな事じゃ……私はお嬢様を、このちゃんを守れない………)」

 最も恐れている事柄に思い当たり、身体が震えだす。
 それを必死に押さえ込みながら刹那は刀子らの元に小走りで近づいていった。



 十分後

「で、俺らで留守番ってわけか……」

 仰向けに倒れている鳳山の身体に腰かけながら肩を竦める。

「報告と監視を分けるなど当たり前でしょう。私たちにはまだ余力も残っています。そしてなにより彼女らは学生です。学生の本分は勉強、と取れるような言葉を貴方も仰っていたと思いますが?」
「フン。別にここに残る事に不満があるわけじゃねぇよ。だがここまで暇なのも考え物だって話だ」

 暇つぶしにヨーヨーに仕込まれた時計を取り出し、別な物に取り替えながら他愛のない会話を続ける。
 その肩には相変わらずエアリエルが座り込み、何が楽しいのかニコニコ笑っている。

 刀子とバロネスは今、魔法書が安置されているあの場所で侵入者の二人の監視を行っていた。
 本当ならばすぐにでも連行したいのだが片方が全長三メートルの巨漢のため、四人がかりでも手間がかかる。
 そこで報告と応援の要請を兼ねて刹那と真名を先に外へ返し、刀子とバロネスがこの場に残り二人の監視をすると同時に万が一の事態に備えるという運びになったのだ。

「(刹那には頭を冷やす時間が必要ですし……)」

 あの様子ではしばらくは戦力としては期待できないだろう。

 無理もないと刀子は思う。
 あれほど侵入者を倒す事に固執していた彼女が真っ先に戦線を離脱したのだから。

 あげく自分がやられ、人数的な有利が薄れていたメンバーだけで勝利したという事実。

「(恐らく『自分など必要ないのでは?』と考えているのでしょうね)」

 そんな事は決して無いと言うのに。
 責任感が強いと言う事は彼女の長所だ。
 だが全てを背負い込むと言う事は似ているようで違う。

 今回の件、確かに冷静さを欠いていたのは刹那自身であり自制できなかった事には責任があるだろう。

 だがそう仕向けたのは誰だったか?
 そして刹那の暴走を止める事が出来なかったのは誰だったか?

 結局、責任は人それぞれに発生しているのだ。

「ふぅ……(いけない。今はこんな事を考えている時ではないのに)」

 思考が任務から逸れつつあった自分を律し、切り替える為に頭を振る。

「おい、クズハ……」

 低い、どこか緊張に上擦ったようなバロネスの声に刀子は眉根を寄せた。

 今までこの男がこんな声を出した事などあっただろうか?

「どうしました?」
「………ありゃなんだと思う?」

 鳳山に腰を降ろしたまま、人差し指で指差す。
 その方向に視線を向けたところで彼女は息を呑んだ。

 魔法書が置かれている台座。
 その付近の床からなにかどす黒い煙が湧き上がってきている。

「……とりあえず距離をとるべきですね」
「それには同感だ……」
「そだねー」

 出入り口付近にまで退避する二人と一体。
 その間にもどんどんと黒煙は規模を増していく。

「……どうやらヤベェヤツの登場らしい」

 彼の言葉に応えるかのように、ぐったりとしていた侵入者の一人、マイアーが起き上がる。
 だがそれは自分の意識で起きたというよりも見えない糸に操られた人形のような不自然な動き。
 いや実際に彼は操られているのだろう。
 口元からだらしなく涎を垂らし、表情と呼べる物が欠落したその顔がソレを物語っていた。
 彼はゆらりゆらりと上体を揺らしながら危なげな足取りで黒煙に近づいていく。

「一体、なにが……起ころうと言うのですか」

 不気味なその姿に顔を歪めながら呟く。

「知らねぇよ」

 自分に向けられた言葉でもないのに律儀に答えながら、彼は身構える。
 いつ、何が起きても対応できるように。
 刀子も刀を抜き、正眼に構える。

 そんな二人を尻目にマイアーはとうとう黒煙の中へと消えていく。
 そして数秒の静寂の後。

「ギイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 この広い空間全てに浸透するかのような大絶叫。
 それと同時に。

 異質な気配が室内に発生し、そして彼らの耳に音が響き始めた。

……ン! ボロ…! ボロン! オン、ボロン!

「……なんだぁ?」
「楽器? これは……琵琶(びわ)、ですか?」

 あふれ出ていた黒煙が彼らの目の前で集結していく。
 煙の密度が低くなり、視界が開けていくその中に人影が見えた。

「さっきのハンター……じゃねぇな」

 自然と腰のヨーヨーに手が伸びる。

「なんて不気味な気配。何者です!」
「苦苦苦(くくく)……」

ボロン! ボロン! オン、ボロン!

 刀子の言葉に答えるように低い笑い声が響く。
 楽器の音もより鮮明に聞こえるようになっていた。

 そして。
 完全に煙は消え、現れた存在の全貌が明らかになる。

 その男は台座に寄りかかるように胡坐を掻いていた。
 楽器を縦に左手で抱え右手には楽器を弾くための撥(バチ)を持ち、妙に小さな耳を自身の楽器に寄せるようしている。
 真っ黒な着物は男の異質な空気のせいで何度も血を浴びてきたかのような風にも見える。

「ずいぶんと時代錯誤な格好だなぁ、おい」
「貴方が格好をとやかく言うのはどうかと思いますけど……」

 軽口を交わしながらも目の前の『敵』から目は離さない。
 そう、二人は既に突然現れたこの男を敵として認識していた。

「苦破破破ハ……まさか『時期』を迎える事無くこうして現れ出でる事が出来ようとはな………」

 見えていない目で正確に二人の位置を見つめながら男は呟く。

「光栄に思え。この変わり果てた國(くに)を終わらせる為の最初の礎となれる事を……」

ボロン! ボロン! オン、ボロン!!!

 男を中心にした空間に冷気が広がる。
 二人が本能的な悪寒を感じ、全身の毛が逆立っていく。
 抗いがたい恐怖感に身を打たれる。

 そしてソレは実体化した。
 男の周囲の床から『何か』が這い出してくる。

 人の形をした何かが這い出してくる。

 ボロボロの姿をした無念を残して死んでいった遥か昔の武士たちが這い出してくる。

「こいつは……」
「死霊を呼び寄せた? ……死人使い(ネクロマンサー)だというのですか?」
「数が多すぎるな。どんだけ呼んでんだ、こりゃ」

 一人が二人に。
 二人が四人に。
 四人が八人に。
 八人が十六人に。

 百を越えた辺りでバロネスは数える事を諦めた。

「無念を残した平家一門。その怨念は生在る者を滅ぼし尽くしても収まるものではない!!」

 尚も琵琶を弾き続ける男。
 楽器の放つ音にバロネスはうんざりした表情で耳をほじる。

「チッ、やっぱ面倒な事になりやがった……」
「口元が笑ってるけど? キョージュ」
「笑っている場合ですか。こんな者たちを外に出すわけにはいかないんですよ?」
「クックック! だから楽しいんじゃねぇか。ここなら本気でアイツラを暴れさせれるんだからな」

 あんな人外まで殺すなとは言わねぇだろうしな、と付け加えてさらに笑みを深くする。

 獲物と見定めたのか現れた亡霊の群れはゆっくりとした歩調で彼らに近づいてきていた。

「クズハ。てめえの身はてめえで守れよ? これから出す連中は敵味方の判別なんてしねぇ連中ばっかなんだからなぁ」
「なんですって?」

 聞き捨てなら無いセリフに思わず聞き返す刀子を無視し、彼は懐に手を伸ばした。

「戻ったら追加料金をせびってやるから首洗って待ってろよ? ジジイ」

 そして戦闘は第二ラウンドへ突入した。



あとがき
あけましておめでとうございます。(更新が遅くなって本当に申し訳ありません)
今回はかなりの容量になってしまいました。
まずはハンターたちとのバトルの決着。
戦闘後の刹那の苦悩。
そして現れた新しい敵。
国を終わらせると公言したこの敵は一体何者なのか。
大量につぎ込んでしまった結果このような容量になってしまいましたが気長に読んで下さると嬉しいです。
またご意見、ご感想などお待ちしておりますので気軽に掲示板の方にお書きください。
それでは今年もこちらでお世話になりますのでどうぞよろしくお願いします。

時計が刻む物語 時計が刻む物語 第二十七話

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