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魔導探偵、麻帆良に立つ File00「来訪者」 投稿者:赤枝 投稿日:04/09-03:17 No.117

魔導探偵、麻帆良に立つ 



File00 「来訪者」





――――コンコン。



 控えめなノックの音が来訪者を告げる。





「入りたまえ」





 宵も半ばと言った時刻、ちょうど帰り支度をしようかといったところになっての来訪者を図書館島図書館館長である奥涯は少しばかり疎ましく思った。





「失礼しますよ、館長」





 入ってきたのは女だった。



 妖艶な雰囲気と蠱惑的な体躯。大きく胸元の開かれた濃紫色のスーツから覗く豊満な乳房と肌の艶めかしさは筆舌に尽くしがく、女の一挙一動の淫靡さ具合ときたら、とうの昔に枯れ果ててしまった奥涯の男を疼かせるに十分なものであった。

 しかし、その美貌は猛毒――それもひどく質の悪いもの――を内包している事を奥涯はこの女とであったころから直感的に理解していた。





「何の用かね?」



「ああ、ちょっとばかり物騒なものを見つけてね、これは直ちに館長殿に封印してもらわなければと思ってね」





 女の職務は特殊資料整理室の室長だ。



 特殊資料整理室は、二度の大戦の際にに大量に紛れ込んでしまった魔導書を発見管理するための部署である。



 此処麻帆良大図書館には、二度の大戦のおりに世界中から様々な稀覯書が集められた。その量ときたら想像を絶するものであり、当時の処理能力を大きく上回っていたために、大量の魔導書が紛れ込んでしまった。



『多元複写法』

『科学法典』

『失楽園』

『断罪の書』

『大いなる教書』

『ソロモンの大いなる鍵』

『ソロモンの小鍵<レメゲトン>』

『偉大なる秘術』

『深海祭祀書』

 etc. etc.



 そのほとんどは力を持たないものや有名な魔導書の写本であったものの、魔法使い達にとっては十分すぎる脅威であった。





 一般的に魔法使い達は魔導書と関わりを持つことを嫌う。



 魔導書とはただの魔法――あるいは魔術――に関する教本ではない。



 魔導書の内容は、それこそ十人十色千差万別であるが、そのどれもが魔法使い達が使う魔法理論を大きく逸脱したものであり、外道と呼ぶにふさわしいものばかりだ。



 その内容を完全に理解すれば、現代の魔法理論では不可能と言われる数々の奇跡――例えば不老不死へ至る道や、時間や空間を自在に操ること――も可能だという。





 理解し、なおかつ正気で居ることが出来れば、だが。





 魔導書の中身を目にした者が取る行動は大まかに分けて四つだ。



 一つ目は単純に魔導書の内容を理解できなかった場合。

 この場合は特に問題はない。

 力のない低位の魔導書を普通の人間が読んでも大抵はこうなる。

 そもそも、古典語で書かれていたり、その国の公用語とは大きく異なる外国語で記されている場合も多々あるので読むことすら出来ない場合も多い。



 二つ目の場合は忘却。

 内容のあまりの恐ろしさ、悍ましさにその内容を忘れようとするのだ。これは極めて自然な精神の防御活動であり、ある程度魔導書の内容を理解してしまった者がこういった行動に移ることが多い。



 三つ目の場合は、発狂あるいは死である。 

 これは第六感に優れた者、すなわち魔法を使う才能を持つ人間によく起こる。

 情報の核――要するに物事の本質をつかむ資質を備えている人間は魔導書が語る内容をより深く理解してしまうからだ。

 魔導書の伝える慄然とした人間を超越した何者かについて、星辰の彼方に潜む途方もない存在について、原始地球に飛来した悍ましい何かについて、理解してなお耐えることの出来る者は少ない。

 一度理解した者は、その恐怖から逃れ得ることはなく、大抵は発狂するか死を迎える。

 事実、かの魔術の最高学府ミスカトニック大学陰秘学科――ミスカトニックは公式に陰秘学の存在を認めてはいないが――でも毎年ドロップアウターや精神病患者を多数輩出している。死人が出ることすら別段珍しくもないと聞いたことすらある。



 そして四つ目。

 これこそが最後の道にして最低最悪の結果だ。

 即ち、魔術師<マギウス>となることである。

 たまたま魔道書を読み、耐え切った者はそのまま魔術師<マギウス>となることもあると聞く。

 中には、魔法使いから魔術師<マギウス>になった変わり種もいる。

 かの『聖書の獣<ザ・ビースト>』アレイスター・クロウリーなどがその代表である。

 彼は魔法使いでありながら同時に魔術師<マギウス>であるというとんでもない人物で、現在はアメリカで活動しているとのこと。他の魔術師<マギウス>との戦闘でジョンソン魔法学校を半壊せしめた事件は記憶に新しい。

 

 話が逸れた。

 ともかく、極々一部の例外を除いて魔法使いは魔導書と関わりを持とうとはしない。当然と言えば当然である。誰が好きこのんであんなものと関わりを持とうとするものか。



 そのために、麻帆良大図書館に魔導書が流入してしまったときは上へ下への大騒ぎであった。



 一時は、いっそのこと全てを魔術師<マギウス>の手に任せようという案も出たらしいが、いくらなんでも無謀すぎると判断したらしい。

 様々な紆余曲折を経て当時の図書館長と学園長は、魔術師<マギウス>達の力を削ぐという意図を込めて、特殊資料整理室を設立した。



 問題となった特殊資料整理室の担い手であるが、これは魔法を使えない一般のオカルティストを据えることで解決した。

 彼らは第六感を備えてはおらず、そのために魔導書に『喰われる』こともなかったからだ。



 特殊資料整理室の担当司書が軽い精神失調や、突然として失踪する事もまれにあったものの、さして大事件になることもなかった。



 だが、ここ一年ほどで、異常が起こった。原因は不明。現在目下調査中である。

 図書館の深層部分で力を持つ魔導書が発見され始めたのだ。

 例を挙げるならば、



 『水神クアタト』の英語版。

 海賊検閲版『無名祭祀書』。

 誤訳まみれの『エイボンの書』。

 『セラエノ断章』の断片的なコピー。

 『黄衣の王』写真機写本。

 おそらくは偽版と思われる『ナコト写本』。

 損傷の激しいディー版の『ネクロノミコン』。



 それぞれの原本とは比較にならないほど劣悪な代物であるが、それでも魔術師<マギウス>から見ればどれも垂涎の的である。



 これらを発見した当時の特殊資料室担当の司書はこれらを発見した後、辞職願いを出して、姿を消した。

 以来連絡は無く、生きているのか死んでいるのか定かではない。



 

 それが半年ほど前のことだ。





 そして、この女――本当の名前は知らない、今名乗っている名前はおそらく偽名であろう。それに、この女の名前を呼ぼうとすると、何故か得体の知れない気味の悪い感覚が奔るので極力名前を呼ばないようにしている――が入れ替わるようにして現れた。



 なんでも、アメリカのウィスコンシン州にある実家が焼失したために流れに流れて此処麻帆良にやってきたとのこと。半年前、ウィスコンシン州のとある森――やたらと発音し辛い名前であった、確かンガイとか言う名前だったか――が火事で焼失したというニュースはとても有名であったし、一晩で四国とほぼ同規模の森が燃え尽きたというので割と派手に放映されていた。その火事によって家が類焼したとしても何ら不思議はないだろう。





 魔法界ではあの火事は『たった一人の男』の手によって引き起こされたという噂が流れたが、真偽のほどは定かではない。





 どこからこの仕事のことを嗅ぎつけてきたのかは知らないが、この女はたしかに有能であった。就任以来数々の魔導書を発見、管理をしてきており、目立ったミスもない。



 ひどく手慣れた様子だったので気になって訪ねてみると、



『似たようなことをしていたことがあってね。魔導書に関しちゃ、そこいらの魔術師<マギウス>よりも詳しいよ』



 とのこと。





「それで、いったい何の用かね。ご覧の通り私はこれから帰宅するところなのだが」



「ふふふふ。そんなつれないこと言わないでほしいな館長さん。今日はね、とってもすごいものを見つけたんだ」  





 鼻にかかる甘い声、麻薬のような中毒性を孕むその声はまさしく魔性の顕現そのものだ。





「高位の魔導書か」





 女は紅を引いてもいないにもかかわらず真っ赤な唇をうれしそうに歪めて笑った。



 この女の手腕は実に見事なもので――13世紀に完全に消失したと伝えられていた、あの伝説的な魔導書『Al Azif』の断章を発見したことがあった。たった数十頁しかなかった断章だというのに、今まで見てきたどの魔導書をも遙かに凌駕する圧倒的なプレッシャーを放っており、奥涯は直ちに封印魔法を掛けた。

 

 以来、この女の判断如何によっては魔導書に封印魔法を掛けるのが通例となった。





「ええ、しかも今回は特別だ。これは紛れもなく原本、しかも初版だよ。これがどれだけ貴重なものか――――あなたなら分かってくれるはずだ」





 そういって脇に抱えていた本をマホガニー製の机の上に置く。





「これかね」 





 真っ黒な鋼鉄の表装の大冊。

 どことなく悍ましい墓地めいた死臭を放つ魔導書である。

 一見したところではさして強大な魔力を持っているようには見えないが、油断はできない。





「そう、かの『現代の大魔術師<モダンマギウス>』『妖蛆の王<ワームロード>』『不死者』と呼ばれ恐れられた、イギリスの忌まわしき魔術師<マギウス>ディベリウスが所有していたものと同様の一品だ。世界にたった15冊のしか存在しない内の1冊。

 シェイクスピアの戯曲にしっかりと挟まれてましたよ。――全くもって運命的だ!!」



「どういう意味かね?」



「いえいえ、分からないのならばそれで結構。むしろ、分からないほうが幸せかもしれない」





 ひどく馬鹿にされた気分であったが、正面切ってこの女の韜晦と対決すると決まって疲れるだけで、たいした結果が得られないことを奥涯は身にしみて理解していたので、特に追求はしなかった。早く仕事を済ませて帰りたいという気持ちが強くなっていたということもある。





「では、こちらのほうで封印処置を施しておく。後のことは任せて君はもう帰りたまえ」





 女は紅玉の瞳をきょとんとさせて「ほんと、つれない人だなぁ」とつぶやくと、緩やかな動作で扉まで歩み寄り、





「それでは館長。努々注意を怠らないことをおすすめしますよ。さもないと、何処かの老作家と同じ運命を辿ることになる」





 そんな言葉とひどく暗示的な笑顔を残して、館長室から出て行った。





「相変わらず、訳のわからん事を言う女だ」 





 フン、と鼻を一つ鳴らして女を見送った。



 気を取り直して机に目をやる。



 正直なところ言えば、あまり魔導書とは関わり合いにはなりたくはなかった。奥涯とて魔法使いの端くれである。

 しかし、こんな者が一般人――ましてや学園の生徒達――に曝してしまうような事態はとうてい許容し難い。

 此も職務の一環であると割り切り、魔導書に目をやった。



 重々しい鉄の表紙の上、まるで蛭か蚯蚓か蛆、もしくはそれに類する何かが這いずったかのようにねじくれた書体で記されたラテン語の『De Vermis Mysteriis』という書名。





「『妖蛆の秘密』か」





 奥涯は職業柄、他の魔法使い達よりも魔導書には詳しかった。そのほとんどは聞きかじったものであり、断片的な情報ばかりであったがこの書の名前は聞いたことがある。



 さきほど女も言っていたが、妖術師ディベリウスが所有していた魔導書もこれと同様のものだ、もっともディベリウスは一月ほど前にミスカトニック大学所属の魔術師<マギウス>の手によって完膚無きまでに殺されたが――――。





 漠然とした不安が胸中に噴出した。目の前にあるこの『妖蛆の秘密』と死んだ妖術師ディベリウスの所有していた『妖蛆の秘密』に何らかの因果関係があるのではないかと思われたからだ。





 馬鹿な考えを振り払う。





 ともかく、こんな気味の悪いものはさっさと封印してしまおうと、奥涯は懐から杖を取り出し、やおら椅子から立ち上がった。





「おっと」





 長時間椅子に腰掛けていたせいか、生来の貧血のためか、軽い立ちくらみを覚えてバランスを崩してしまった。



 姿勢を整えるために、机に手をついた。そのとき奥涯の指先が魔導書『妖蛆の秘密』に触れた。





――――――――――どくん。





「――――――」





 動いた。



 確かに。今。確かに。生々しい魔力の脈動が感じられた。それはまるで許し難い化け物の心臓の鼓動の様で、奥涯のの脊髄に吐き気にも似た名状しがたい未知の感覚が走った。





「ヒィッ――――――――!」





 情けない悲鳴を上げて、魔導書から手を遠ざけた。先の鼓動は勘違いであるかのように『妖蛆の秘密』は机の上に鎮座していた。心なしか件の墓場めいた死臭が強くなったような気がした。



 不気味である。途方もないほどに不気味である。



 長年、様々な魔導書に封印魔法を施してきたが、このような現象は一度たりとも起こったことがなかった。



 そういえばあの女は高位の魔導書は魂をも持つと事があると言っていた。眉唾物の話だ、とそのときは一笑に付したが、よくよく考えてみれば魔導書とは高密度情報体であり、そんな高度な存在が、ましてやソレが数百年の年月を経たとするのならば、何らかの精霊――そう、魂とでも呼ぶべきモノが宿ったとしても何ら不思議ではない。





――――なるほど、そう考えると、この奇怪極まる魔導書もなかなかに魅力的な存在なのでは無いだろうか?





「――――――――馬鹿な」 





 奥涯は自分の思考の異常性にゾッとした。



 魅力的だと!?



 この魔導書に、このかくも恐ろしく冒涜的な『妖蛆の秘密』に、かの気狂いじみた外道たる魔術師<マギウス>どもが使う魔導書に、魔法使いである自分が引かれているというのか!?



 なんということだ。もしや私は囚われてしまったというのだろうか、この忌まわしき鉄の大冊『De Vermis Mysteriis』に!



 そのことを自覚した瞬間に、普段のソレよりも格段に早く心臓が跳ねた。耳の中の空気が轟々と揺れた。眼球が沸騰してしまったかのような熱を持った。呼吸は千々に乱れ、過剰供給された酸素が脳みそを揺さぶった。



 落ち着こうと、普段の冷静な自分を取り戻そうと尽力した。

 それらは一定の効果を上げ、奥涯のの正気をとりもどすのに一役買った。





 だがしかし、それは更なる狂気を呼び起こす愚策に他ならなかった!!





 奥涯が幾分正気を取り戻したとき、奥涯の手はエイリアンハンド・シンドロームに冒されたかのように奥涯の意志とは異なる何者かによって操作され、やたらと生々しい、全くもって臓腑のごとき温かさをもつ鉄の表紙に触れていた! 





『さもないと、何処かの老作家と同じ運命を辿ることになる』





 あの女の暗示めいた言葉が脳裏を駆けた。まさか、あの女はこの事態を予見していたというのか!? だとすればいったい何者なのだあの女は!! 





 ああくそ、自律行動がとれない、やめろ、止めてくれ!





 そして、奥涯の手は鉄の表紙を捲った。





 途端、爆発的な魔力の奔流が起こった!





 暗澹たる魔力は断末魔の哮りそのものであり、奥涯の第六感を完膚無きまでに破壊し尽くした!





「あぁぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああああーーーーーっっ!!」





 絶叫! 絶叫である! 奥涯の喉は、逃れるために! この狂った現実から! 浸食する狂気から! 叫んだ! 全力で!



 黄変したページが! 狂った幾何学を以て構成された魔法陣が! 古のラテン語で記された邪悪かつ神秘的な文字群が! そして、魔導書を通じて奥涯を覗き込む何者かの視線が! 奥涯の脳髄をまるで汚らわしい線虫が這い回るかの様な異常な感覚を伴って、禁断の知識かが浸透してゆく!!



 なんだ!? これはいったい何なのだ!? 理解出来ない!! 人智の及びようもない膨大で巨大な邪悪極まる慄然とした何か!! 巨大な蛆虫!! あるいはラミアにも似た醜悪な蛇と人間のキメラ!!

 

 やめろ!! それ以上は、もうっ!!



 邪悪な古代エジプトの伝説に関する記述。サセラン人どもの呪わしき儀式・呪文・祈祷文。蛇の髭を持つものや魂を狩りたてるものに関する記述を超えて、ついにたどり着いた、たどり着いてしまった。

 ラテン語で記された、異星めいた雰囲気を醸し出す暗澹たる呪文に!!



 不幸なことに――もしくは幸福なことに――奥涯はラテン語を理解できる。出来てしまうのだ。



 奥涯の口は、奥涯の狂気に犯された脳はそこに記された呪文を、ずるりずるりとまるで腐肉をあさる蛆虫の蠕動の如く唱え始める。 





「てぃび・まぐなむ・いんのみなんどぅむ・しぐな・すてらるむ・にぐらるむ・えと・ぶふぁにふぉるみす・さどくぁえ・しぎらむ……………」





 どこかしわ枯れた声で呪文の朗唱は続けられた。中空に向かって唱えられた言霊は奥涯の脳内で不可思議な愉悦を伴いながら篝火のごとく燃え上がった。



 先ほどの恐怖などは、もはや何処かへ飛び去っていった。あたかも深淵の底に眠る世界の矛盾を紐解く術を見つけた科学者のように、奥涯はこの呪文にのめり込んでいった。



 半ば無意識のままに呪文を唱え続け、とうとうその呪文に応える『もの』があった。



 窓の外。宇宙のいやはて、次元を超越した虚空の彼方より『それ』は招来した。





 そして――――――――――、





2.





「では、エヴァンジェリン。君は今回の奥涯老の事件には何の関与もしていないと、そう主張するのだな」



「ああ。この学園にいる限り私はただの女学生だ。そのことは貴様等の方がよく知ってるんじゃないか。若造?」





 エヴァンジェリンは目の前の黒人男性――ガンドルフィーニを睨みつけて言い放つ。

 数百年の歳月を経たエヴァンジェリンから見れば半世紀も生きていない人間――ガンドルフィーニなど、ソレこそ若造だろう。

 

 一方。ガンドルフィーニはエヴァンジェリンの言い方に気を悪くした風もなく続ける。

 



「では事件時、外部からの侵入者の形跡は?」



「それもないな。少なくとも私は感知しなかった。そっちでも監視していたのではないのか?」



「こちらでも感知できなんだ。ログも入念に調べたが如何なる形跡も残っていなかった。知っての通り麻帆良の結界はこと探知に関しては超一級じゃ」





 エヴァンジェリンの問には学園長――近衛近右衛門が答えた。

 そのことはエヴァンジェリンもよく知っている。どんな小さな存在でさえ探知して四六時中二十四時間所かまわず警告してくるあの学園結界のうざったさと、嫌になるほどの感度の良さは身にしみて理解している。





「なるほど、それで内部犯の犯行を疑ったと?」



「まあ、そういうことじゃ。奥涯君は明らかに吸血行為を受けていたからのう。真っ先にお主が疑われたと言う次第じゃ。」





 エヴァンジェリンは机の上に置かれていた調査資料の中から奥涯館長の怪我の状況を記した資料を手にとった。





「ハン」





 その資料にざっと目を通して、エヴァンジェリンは鼻で笑った。



「私はこんな無粋な食事はしない。なんだこれは、全身に裂傷? 複数箇所の骨折?

 巫山戯るな。仮に私が吸血行為に及んでいたとしても、こんな趣味の悪い作法で食事したりしない。

 あまりに低脳かつ野蛮なやり方だ。全く以て児戯に過ぎる」



「ま、そうじゃろうな」





 と、あっけなく学園長はエヴァンジェリンの言い分を認める。





「ほう、存外に素直じゃないかジジイ」



「まあのう……。お主がこのようなやり方を好むとも思えんし、そもそもこの学園の結界はお主の能力をほぼ完全に封印するしておる。

 これで納得してくれたかね、ガンドルフィーニ君」



「まあこんなものでしょう。こちらとしても可能性の低い事項として取り扱っていましたし」





 肩をすくめてガンドルフィーニが答える。





「まったく、こんな用件で私を呼ぶな。おいジジイ、もう帰っても良いのか?」



「ああ、かまわんよ。この事件はこちらで取り扱う、お主は通常業務に戻ってくれたまえ……、ああそうそう」



「なんだ、ジジイ?」



「ネギ君の調子はどうかね?」



「10歳の割にはよくやっていると思うが、本当にヤツの息子なのか? 血が繋がってるとは思えないほどクソ真面目――――――」



「どうした、エヴァンジェリン?」





 急に真面目な顔になり、顔をしかめるエヴァンジェリン。

 何処かを幻視しているかのような遠い目をして、すぐさまに続ける。





「いや、何でもない、結界に何か引っ掛かったような気がしたが恐らくは結界のエラーだろう」



「その根拠は?」





 ガンドルフィーニがエヴァンジェリンに訪ねる。





「侵入速度を検出したんだがな。なんと秒速29.9792458万kmだ。この世界の何処に光の早さで突っ込んでこれるモノが存在するというのだ。仮にそんなものが存在したら、ソイツはアインシュタインに喧嘩を売ってる常識外の馬鹿者だ。

 図書館の事件以来どうも結界の調子が悪いようだ。一度結界の点検してみてはどうだ、ジジイ?」



「考えておくよ」





 学園長の答えを聞かずに、エヴァンジェリンは学園長室を後にした。



 フムと学園長は髭を一つなでるとガンドルフィーニを見やった。





「やはり事件の原因は魔導書かの」



「そうでしょうね、やはりその可能性が一番高いかと思われます」



「となると、彼らに捜査依頼を出しておいて正解じゃったな」



「彼ら? 外部の者に調査を依頼したのですか? まさか……」





 一つの可能性に考え至ったガンドルフィーニは言葉を詰まらせた。





「魔導書がらみの事件はやはり彼らに任せるべきじゃろう――そう、魔術師<マギウス>にのう」





3.



「もう~~~~、今日もバタバタな一日だったじゃない!」





 惚れ薬騒動の後かたづけ――散らばってしまった本棚や蹴り壊してしまった中学部図書館の扉や気絶してしまったのどかの世話などだ――をしていたためにすっかり遅くなってしまった明日菜は不満を垂れる。日も落ちようかという時刻になりあたりには人っ子一人いない。





「すみません、ご迷惑ばかり………」





 明日菜の後ろには、ネギが自分の背丈よりも長い杖を持ってしょんぼりと身を縮めていた。



 そのなんとも頼りのない姿を見て、どうしたものかと思った矢先――





 どこからか、ひどくハッキリとした蝙蝠の羽音が聞こえてきた。





「あれ?」



「どうしたんですか? アスナさん」



「今なんか変な音が聞こえなかった?」



「いえ、別に何も聞こえませんでしたけど…………木乃香さんは?」



「んあ? ああ、えーっと、ごめん聞いてなかったわ。なんの話?」





 惚れ薬の副作用のせいか、いつにもましてぽややんな感じの木乃香はさておいても、ネギもあれほどハッキリとした音を聞き漏らすとはいったいどういう事だろうか?





「ううん。何でもない………。気のせいだったのかな?」





 なにか引っ掛かる。なんと表現したらいいのかは分からないけれど、どうにもすっきりしない――そもそも蝙蝠の羽音なんて聞いたことがあっただろうか? たしかに自分の耳は人一倍良いけれどあんな小さな生き物の羽音なんて聞こえるものなのだろうか?



 どうにも釈然としない気分のまま、明日菜はきょろきょろとあたりを見渡したが、あたりに蝙蝠なんて一匹も飛んでいなかった。



 代わりに――代わりと言っては何だが、道路の真ん中に男が一人立っていた。真っ黒なスーツに黒いコートを来た男だった。



 その人物の存在に、明日菜は言いようのない違和感を感じた。それは非常に些細なものであったが、喉に刺さった魚の小骨のようですっきりしない。





「ねえ、さっきまであんな人居たっけ?」





 怪訝に思って明日菜はネギに訪ねた。先ほどまではこのあたりに人影は無かったはずだが………。





「あれ、本当ですね。気づきませんでした」



「あんたも呑気ねぇ、なんか変だと思わない?」



「何がですか?」





 きょとん、といった表情で小首をかしげて問い返すネギ。



 

「えっと………、なんて言ったらいいかわかんないけど、とにかくなんかおかしくない?」



「気にしすぎですよアスナさん。疲れてるんじゃないんですか?」



「疲れているのは誰のせいなんでしょうかねぇぇぇぇ!!」





 ぎゅむっ、とネギのほっぺをつまんでぐいぐいっと引き回した。





「いはいれふよ~、あふなさ~ん」



「アスナ、ネギ君いじめたらあかんよー。」 



「フンッ!」





 これだからガキは嫌いなのだ。胸中でぼやきながら明日菜はネギを解放する。





「あ~、取り込み中すまないんだが…………」





 と、何時の間にやら、先の青年が三人の元にまでやってきていた。





「ふぁいっ! あ、ええと」





 急に声をかけられて驚いた明日菜は珍妙な返事をしてしまった。

 よほど変な顔をしていたのだろうか、青年はすこしだけ笑った。 





「すまない。驚かせちまったかな」



「い、いえ。そんなことありませんけど………あの、なにかご用ですか?」



「ああ、ちょっと道を尋ねたいんだけど、いいかな?」



「ええ、かまいませんよ」



「学園長室ってどこにあるんだ?」



「はれ? じいちゃんのお客さん?」





 いまいち締まりのない声で木乃香が応えた。青年が不思議そうな顔でこのかの顔を見やる。





「じいちゃん?」



「あ、この子。学園長の孫なんです――――、それで学園長に何かご用ですか?」



「ちょっと用事で呼ばれてね。これから挨拶にいこうかと思ってるんだけど……」



「それなら僕が案内しましょうか?」





 ネギが背伸びをするようにして会話に入ってくる。





「君がかい? そりゃありがたいけど。場所さえ教えてくれればそれで――」



「結構ですよ。これから用事もありませんし」



「なら頼めるかな、ついさっき到着したばっかりでね、いまいち地理をつかみ切れてないんだ」



「ええ、分かりました。じゃあ、アスナさんと木乃香さんは先に帰っていてください、僕もこの人を案内したらすぐ帰りますから」



「ま、いいわ。んじゃネギ、しっかりやんなさいよ」



「ほななーネギ君」





 明日菜が挨拶もほどほどに歩き始める。木乃香も青年とネギに向かって軽く頭を下げて明日菜の後を追っていった。





「んじゃ、案内頼めるかい? ええと?」



「あ、僕はネギ・スプリングフィールドっていいます。お兄さんは?」



「俺の名前は大十字九郎――――探偵だ」





File00 「来訪者」 ………………Closed.

魔導探偵、麻帆良に立つ File01「『魔導探偵』大十字九郎」

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