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魔導探偵、麻帆良に立つ File01「『魔導探偵』大十字九郎」 投稿者:赤枝 投稿日:04/09-03:20 No.118

魔導探偵、麻帆良に立つ



 File01 「『魔導探偵』大十字九郎」





1.





「へー、ネギはこの学校で教育実習生をやってんのか、つーことはさっきの二人は?」



「僕の生徒さん達です。アスナさんはちょっと乱暴ですけどとってもいい人で、木乃香さんはとっても優しい人なんですよ」



「三人とも仲良さそうだったな。俺、最初ネギとアスナは姉弟に見えたし」



「そうですか? アスナさんは僕のこと嫌ってるみたいなんですけど……」



「喧嘩するほど仲がいいってね」



「そういうのとはまたちょっと違う気がします……」



「んで、齢10歳で教育実習生なんてやってんのは、立派な魔法使い<マギステル・マギ>になるための試験かなんかか?」



「そうなんですよ。日本で教師をやってこいー、なんて課題を出されたから…………あ」





 世間話をするような、極々普通の口調で訪ねてくる九郎に対して、極々普通に返してしまったネギ。



 九郎の顔が笑みに歪む。

 対照的に、ネギの顔が真っ青に染まった。





「く、くくくくくくくくくく九郎!?」





 ネギがなんかいろいろテンパってる。

 ちっちゃな体を必死になってバタバタさせている光景は何というか、見ていて非常に微笑ましい。

 その光景を見て九郎は大いに笑った。





「ダメだろうが、ネギ。簡単に自分が魔法使いであることバラしちゃ」



「ええと、でも? あれ? 何で九郎は僕が魔法使いだってこと知ってるの!?」



「そんなでっかい杖担いで、常人の数倍の魔力をばらまいてりゃ一発で分かるさ。事情を知っている人間――要するに魔法界の人間からすりゃ、僕は魔法使いですって宣伝しながら歩いているようなもんだ」



「ええっと? じゃあ九郎も魔法使いなの?」



「俺は違うよ、まあ似たようなモンだけ――――」



「九郎? どうしたの?」





 会話を打ち切り、先ほどまでのひょうきんな表情をぷっつりと消し去る。

 警戒しているような、けれどもあくまでも自然体のままで前を見る。

 ネギが九郎の視線を追うと、





「おや、先生。どうした、こんなところで?」





 麻帆良女子中等部の制服を着たブロンドの少女がいた。

 ネギにはその少女に見覚えがあった、何せ自分が受け持つ大切な生徒だ。まだ全員とは話していなかったが、それでも顔と名前は全て覚えている。





「こんちには、エヴァンジェリン・A・K・マクドゥエルさん。ちょっとお客さんを案内していたところです。貴方こそどうしたんですかこんなところで?」



「学園長に呼ばれてね。不愉快だったが、収穫はあった」





 といって、エヴァンジェリンは不敵に笑った。どことなく獰猛な光を宿すブルーの瞳は間違いなく、獲物を狙う猛禽類のそれであった。





「どういう、意味ですか?」





 その瞳で射すくめられてたネギはまるで小動物のように身をすくませる。





「何でもないよ。それより先生、そこの隣のヤツとはあまり深く関わり合いにならないほうがいい。年上のお姉さんからの忠告だ」





 エヴァンジェリンは不適な笑みを崩さないままに、九郎を睨みつけ苛烈に言い放った。九郎はその眼光に一歩もひるむことなくエヴァンジェリンをにらみ返した。





「初めまして、お嬢さん。此処で知り合ったのも何かの縁だ。今度一緒にピクニックにでも出かけないか? 太陽の下を延々と歩くのはきっと死ぬほど気持ちが良いぞ?」



「これはこれは、お誘いどうも感謝するよ。ところで、さっきから黴臭い古本の匂いがぷんぷんするんだが、これはいったいどうした事だろうな?」



「そいつは失礼。古い書籍に囲まれて仕事することが多くてね、何時のまにやら匂いが移っちまったらしいな。そうだ、お嬢さん。お近づきの印に本を一冊プレゼントしよう。新約聖書なんかどうだ、さぞかし気に入るだろうよ」



「遠慮するよ。聖書なんてそれこそ飽きるほど聞かされたからな。それに、私は神様ってやつが嫌いなんだ」



「ソイツは奇遇だな。俺もあんまり神様をあんまりよく思っちゃいない」



「ほう、貴様と意見が合うとはな。いやいや、嬉しさのあまり反吐が出そうだよ」





 二人して睨みあう。ネギはなんだかよく分からなかったが、この場に一触即発の雰囲気が蔓延していることだけは知れた。

 九郎はコートの中に手を突っ込んでるし、エヴァンジェリンもブレザーのポケットから何かだそうとしている。



 横に立つ九郎のコートの中からとっても物騒で危なげな金属同士のふれあう音を聞き取ったネギは一気に顔を青ざめさせた。



 やばい、これはなんだが非常によろしくない。いやな予感がネギの脳裏を駆け抜けた。





「け、けんかはだめですよ、二人とも。九郎も大人なんだから中学生相手に本気出しちゃだめです。エヴァンジェリンさんも、おさえてください」





 ネギは必死にこの場を押さえようと奮闘する。九郎とエヴァンジェリンはしばらくにらみ合っていたが、エヴァンジェリンが先に折れる。





「では先生。さようなら。努々友人関係には気をつけることだ」



 

 そう言い捨てて、エヴァンジェリンは九郎の隣を通っていった。

 九郎は視線でエヴァンジェリンの背中を追う。彼女の姿が階段下に消えると、大きくため息をついた。





「ったく、噂には聞いていたけど、とんでもないトコだな、此処は。アーカムシティよりも……いや、アレには流石に劣るか?」





 エヴァンジェリンの去った方角をむきながら九郎がぶつぶつと呟く。





「だめじゃないか、クロウ。女の子相手に喧嘩売っちゃ」



「女の子って。まあ確かに外見はただの女の子だわな」





 本気で怒るネギに九郎は少々腰を引きながらも続けた。

 



「んでも、あいつにはちょっと気をつけた方が良いぞ、あれはなんか悪巧みをしてる目だ、それに――」



「エヴァンジェリンさんも僕の生徒なんだ。悪く言うとクロウでも許さないからね」





 ネギの真剣な目に九郎は押されて、九郎は降伏だと言わんばかりに両手を上げた。





「俺が悪かったよ。もう彼女のことを悪く言ったりはしない」



「ホントにもう。……でも、エヴァンジェリンさんもなんでクロウのことあんな風に言ったのかな」



「俺のことが気にくわなかったんだろ。そういうこともあるさ」





 特に気にした風もなく、九郎は足をすすめる。丁度突き当たりの角を曲がったところで、学園長室と書かれたプレートが目に入った。





「んじゃ、ネギ。案内ありがとな」



「はい、ではまた」



「おう、しばらく此処に滞在するだろうから。困ったことがあったら言ってくれ、力になるから」





2.





 眼鏡を掛けた黒人教師――ガンドルフィーニは怒りに震えていた。握る拳は強く握るあまり血流が止まり血の気が失せていた。





 それというのも――――



 

「私は反対です学園長。魔術師<マギウス>を学園内に入れるなどと、もし生徒達に何かあったらどうするおつもりです!!」





 そう、あの自分のことしか考えていない、それこそ自分達のことを『神』にも匹敵する力を持つと思っている傲慢高慢極まるあの魔術師<マギウス>を麻帆良に受け入れるなどいうことはガンドルフィーニからすれば、まさしく狂気の沙汰であった。





 今は一教師であるが、ガンドルフィーニはかつては世界を飛び回る戦士であった。そのときに何度か魔術師<マギウス>の話を耳にしたことがあったし、実際に魔術を行使する魔術師<マギウス>を目撃したこともあった。





 その方法と目的ときたらのおぞましいことこの上なく、ガンドルフィーニの信じる神を汚す酷く冒涜的なものであった。





 ガンドルフィーニは今でもそのときのことを思い出そうとすると、怖気が走る。

 血と肉塊と臓腑の狂わしい饗宴を。

 極光にまみれたあの光景を。

 ガンドルフィーニは認めるわけにはいかなかった。





 自分は裏の世界に生きていると思っていたが、それが若造のとんだ思い違いでしかないと思い知ったのはそのときであった。

 世界の暗闇、悪夢の深淵はガンドルフィーニの知るソレよりも深く、また暗かったこということを。





「儂とてそう快く思っておらんよ。儂もかつては連中とは何度も戦ったからのう。魔術師<マギウス>の性根の悪さは君以上によく知っていおるつもりじゃ」



「では、何故!?」



「君も聞いているのではないかね? 近頃の図書館島の異常を」



「大量の魔導書が発見された件についてですか。それは優秀な司書を雇った事で解決したと聞きました」



「場当たり的な対処にすぎんよ。今も原因は分かっておらんし、発見される魔導書の質も徐々に凶悪なものになってきている。半年前の特殊資料整理室付きの司書の失踪の件もある。現在も調査を続けているが司書の行方は未だ判明しておらん。さらに先日の奥涯君の事件じゃ。これは何かある」



「考えすぎでは? 奥涯老の事件に関しても現在調査中です。じきに解決するでしょう、それとも学園長は我々が信用ならないと?」



「そうは言っておらん。ただな、すべての事件には何らかの因果関係が有ると見てほぼ間違いない。今図書館島では何か大規模な異変が起きている。それも強力な魔導書が関わるものだ。儂にはこのままこの件を放置しておけばゆくゆくはとんでもない事件になりそうな気がして仕方ない」



「それで、魔術師<マギウス>ですか」



「そうじゃ。餅は餅屋。いや、この場合は毒をもって毒を制すかもしれんな………。ともかく、門外漢である我々魔法使いよりも、専門家である彼らの手を借りるべきじゃろう」





 ガンドルフィーニは苦虫を噛み潰したような表情で押し黙る。なるほど、学園長の意見は正しい。

 昨今の図書館島の雰囲気は何処か異質だ。

 何かある。直感的にそう思わせる何かが。



 だがしかし、感情が納得しなかった。理性も是と言わなかった。



 何せあの人でなしの魔術師<マギウス>どもである。何をしでかすか分かったものではない。





「ガンドルフィーニ君。君の心配する気持ちはよく分かる。安心したまえ、とはとうてい言えないが……。

 儂の古い友人であるヘンリー・アーミティッジに相談したら。ちょうど良い人材がいると言ってきおった。魔術の腕と知識は一流、されど邪悪を憎む心を持つ底抜けの善人、とのことじゃ。」





 アーミティッジ老。ガンドルフィーニもその名前は聞いたことがあった。あのアメリカのマサチューセッツ州ミスカトニック大学秘密図書館館長、ヘンリー・アーミティッジ。魔法界では半ば伝説的な風評を持つ人物だ。



 曰く、『邪神の落とし子を駆逐せしめた大魔術師』とのこと、もっともガンドルフィーニには邪神がどのようなものか想像もつかなかったし、そもそもそのような存在は欠片ほども信じていなかったが……。



 それよりも、学園長がアーミティッジ老と知り合いであることには驚いた。一応ミスカトニック大学も敵対組織の筈なのだが、相変わらず底の知れない人だ。





「たしかに、アーミティッジ老は相当の人格者だと聞いたことがありますが」



「君と同じく、見た目は冷静じゃが中身は熱い良い男での。奴は魔術師<マギウス>じゃが、それでも十二分に信頼の置ける男じゃよ」



「一応は納得しましょう。それで、やってくる魔術師<マギウス>とは?」



「ふむ、儂も彼自身のことはよく知らんが、活躍はいくらか耳にしたことがある。君も一度ぐらいは彼の二つ名を聞いたことがあるのではないかね?

 『巨匠<グランドマスター>』

 『不死者殺し<イモータルスレイヤー>』

 『ミスカトニックの切り札<エース・オブ・スペード>』」



「……………まさか、実在したのですか。一年前突如として現れた、ラバン・シュリュズベリィ教授に次ぐ実力の持ち主と言われた謎の魔術師<マギウス>。世界各地の悪魔や邪悪な魔術師<マギウス>、特殊な遺跡のことごとくを撃破、破壊しているという、あの『魔を滅ぼすもの<デモンベイン>』!!」





 ガンドルフィーニが声を荒らげたそのときであった。

 突如として学園長室の扉が開け放たれる。





「これまた、大層な名前ばっかだなおい。俺はそんなモン一つとして名乗った覚えはないんだがね。特に『デモンベイン』って名前は俺のモンじゃない」





 ガンドルフィーニの目に映ったのは、漆黒のコートを翻し、強靱な体躯を夜闇色をしたスーツで身を包んだ威風堂々たる青年の姿だった。



 鉄のごとき強固な意志を秘めたその双眸。

 鍛え上げられた強靱な鋼を思わせるその力強い動作。

 そして魔術師<マギウス>特有の、どこか暗い闇の匂い。





「ほう、思っていたよりも到着が早かったようじゃな。流石はアーミティッジ、手際がよい」



「まさか貴様が!!」



 二人の視線を受けながら、青年が名乗りを上げる。





「俺は大十字九郎だ。どうしてもそんなので呼びたいんなら『魔導探偵』って呼んでくれ、そいつが一番気に入ってる」





3.





「ようこそ学園都市麻帆良へ。歓迎するよ、大十字君。儂がここの学園長をしている近衛近右衛門じゃ」





 何の断りもなく入室してきたことは一切咎めることなく近衛近右衛門は九郎に歓迎の言葉を述べた。





「九郎でかまいませんよ、学園長。それと隣の方は歓迎というには、少々目つきがキツすぎると思いますがね」





 ガンドルフィーニの殺気混じりの視線を飄々と受け流しながら九郎は応えた。平然としたその態度、殺気をぶつけられても全くと言っていいほど揺るがぬその姿は、まさしく歴戦の戦士そのものであった。



 本人は探偵と名乗っているがこの青年の本質はやはり戦士なのだろう。近右衛門はそう直感した。



 頼りがいがありそうだ。近右衛門はそう思ったが、ガンドルフィーニは顔いっぱいに渋面を浮かべている。どうやら近右衛門とは意見を異にしているようだ。





「フォフォフォ……………、ガンドルフィーニ君。これから麻帆良の魔法使い達全員に彼が到着したことを連絡してきてくれたまえ。それと、彼に対して敵対行動の一切を禁ず。とな」





 その口調は柔らかであったが、近右衛門の言葉の中には有無を言わせない何かがあった。





「………………………分かりました」





 ガンドルフィーニは、納得いかない様子ではあったが了解したのか、九郎のことを一睨みすると、学園長室から出て行った。



 ガンドルフィーニが去った途端、九郎は表情をゆるめた。こうしてみると、どこにでもいるであろう善良な青年にしか見えない。





「あの、もしかして俺って思いっきり信用されて無いような気がしないでもないのですが、てゆうかむしろ憎まれてます?」





 ぽりぽりと、ほほを掻きながら自信なさげに聞く様は、先のある種の威厳すら伴っていた姿とはほど遠かった。此処までころころと変わる人間も珍しい。





「儂はそうでもないんじゃが、他の魔法使い達は魔術師<マギウス>のことを嫌っておるからのぅ。すまんが我慢してくれ」



「あ、否定はしないんですね………。ま、いいですけどね。覚悟してたし」



「フォフォッフォ。こればっかりはどうにもならんよ。しかし早いな。アーミティッジに連絡を入れてから、まだ半日と経っておらん。正直なところ到着は2日後ぐらいになるのでは無いかと思っておったのじゃが」



「アーミティッジの爺さんからなるたけ急いでくれと聞いていましたから『飛んで』来たんですけどね。」



「それにしても早い。空間転移の魔術か何かかね?」



「まあ、似たようなモンです」





 九郎は学園長の問にぼかして答えた。





「それで、ご依頼は? 詳しいことはこちらで聞けとのことでしたが」



「ふむ、麻帆良の図書館島の大図書館館長じゃった奥涯君が三日ほど前に何者かに襲われてな、その犯人の調査を依頼したい。

 これが今までの調査資料じゃ。たいしたことは分かっておらんが受け取ってくれたまえ」





 ファイルケースを九郎に差し出す。

 アメリカから来る調査員の事を思いやってのことか、文章は全て英語文である。

 ぺらぺらと、資料を流し読みしながら、九郎は学園長に尋ねる。





「魔導書が絡んでいる――そう聞きましたが?」



「そうじゃ。どうも状況から察するに、奥涯君が誤って魔導書を読み上げてしまって何かが起こったらしいのじゃが、それ以上のことはよく分かっておらん」



「襲われたという話ですが?」



「ああ、全身を切り刻まれて血を吸われておった、あと骨折が数カ所。幸いにも奥涯君は一命を取り留めたが意識不明の重体じゃ。事情を聞くこともできなんでな。夢見の魔法を使ってみたが、記憶の断片化が激しすぎて事件発生当時の様子は殆どつかむことができなかった」



「血を吸われた? と言うことは、犯人は吸血種ですか……。

 そういや、ここに来るとき吸血鬼に会いましたけど、アイツが犯人という可能性は?」



「ああ、そのことについてなら問題ない、先ほど彼女を査問したが結果はシロ。この事件とは無関係じゃ。それに、この学園には彼女――つまりは吸血鬼および吸血種に対する大規模な結界が敷いてある。この学園内において彼女は普通の人間とかわらんよ。奥涯君が殺されなんだのもこの結界の効果に依るところが多いとおもわれる。まあ、詳しいことは調べてくれたまえ」



「わかりました。

 最後に質問です。俺は事件の捜査にあたり魔術を行使しますが、よろしいですか?」





 これは些細なようで重要な問題だ。魔法使い達の街である此処麻帆良で、魔術師<マギウス>である九郎が魔術を行使する。

 魔術師<マギウス>を召喚することを決めた時点でこの点に関しては考慮済みだろうとは思ったが、あとでゴタゴタするのも嫌なのでここはしっかりと言質を取っておこうという九郎の思惑である。





「それはかまわんよ。ただし、なるたけ魔術の存在は一般人には隠すようにお願いしたい。どうも魔術師<マギウス>はその辺に無頓着じゃからな。

 後一つ、こちらからも質問させてもらってかまわんかね?」



「どうぞ、なんなりと」





 そこで近右衛門はコホンと咳を一つついた。九郎はその瞬間、近右衛門から溢れる圧力が増したことを感じ取った。





 それはとても些細なものであったが、思わず九郎は身構えた。身構えずにはいられない質のプレッシャーであったからだ。老人とは思えないその迫力に九郎は内心驚いていた。





 アーカムシティで『あの街で一番油断ならん存在が、あの妖怪仙人ぬらりひょんだ。普段飄々としているくせに、いざとなったら公爵級の悪魔よりも手におえん』と、アーミティッジが笑いながら言っていたのを九郎は今更ながら思い出した。





「君の『書』は何かね?」





 近右衛門は挑むような、それでいて計るような目で九郎を見つめた。

 眉の向こうに隠れたその瞳の輝きのなんと鋭いことか。





 魔術師<マギウス>にとって所有している書の名前を教えるというのは自分の持っている手札を全て見せるようなものだ。つまりは自分がどのような魔術が行使できるのか、その全貌を曝すに等しい行為である。





 相手が魔法使いであるから、すなわち魔導書に関する知識に欠けているからと言っても油断は出来ない、本人が知識を持たなくとも、その筋の者に掛け合えば内容を知ることなど容易いからだ。





 九郎はほんの少し逡巡していたが、すぐに決心したようで、コートの懐から一冊の本を取り出した。





「『ネクロノミコン新釈』こいつが、俺の相棒です」





「『ネクロノミコン新釈』か…………。儂はてっきり、ミスカトニック秘蔵のラテン語版『ネクロノミコン』を持っているものとばかり思っておったがね」





 納得できない、と言った近右衛門の口調に、九郎は苦笑して続ける。





「あれはミスカトニックの最奥秘ですからね。普通なら持ち出しどころか閲覧にも厳しい制限が付きます。俺も閲覧は許されてますけど、持ち出しはめったなことでは出来ません。

 そもそも個人が所有して良いもんじゃありませんよ、アレは。」





「そうか、儂は以前、ミスカトニックが必死になって隠している君の二つ名を耳にしたことがあっての――――――そう、『死霊秘法の主<マスター・オブ・ネクロノミコン>』とな」





 懐かしいその二つ名を聞いた瞬間、九郎の胸の奥の小さな穴から、寂しさにも似た何かが噴出した。

 それはかつての思い出であり。何物にも代え難い輝きでもあった。



 そうそれは――――――。





「冗談。俺はそんな器じゃないですよ。

 以前『ネクロノミコン』に手ひどく振られてしまいましてね。以来、未練がましく『新釈』を使ってます」





 その言葉の真の意味は近右衛門には捉えようもなかったが、九郎の瞳のなかに僅かばかりの輝きを見た気がした。

 それは悲しみであった。

 けれども、同時に先に進もうとする不屈の意志の表れであった。

 失った何かを取り戻そうとする鋼のような強固な決意であり、遙かなる未来を見つめる希望に満ちた光だった。





4.





「いや、すまなかったね。試すようなことをして」





 九郎は魔導書を再び懐の中へとしまい込んだ。





「いえ、かまいません、あとは資料用にいくらか魔導書を持ってますけど、そちらの方もお見せしましょうか?」



「なに、使うつもりが無いのならかまわんよ。見たところたいした力を持っているようにも見えんし。

 ああ、君の生活場所についてじゃが、すまんが、今日の所はホテルで我慢してくれんかの?

 君の住まい兼事務所を作ろうとは思っておったのじゃが、君の到着が早すぎての、準備が追いつかなんだんじゃ、すまんが今日の処はこのホテルで我慢してくれんかのう。あ、もちろん代金はこちら持ちじゃ」





「そいつはありがたい限りで。それで、なんて名前のホテルですか?」





「ホテルの名前は『戯流万家<ぎるまんはうす>』というのじゃが……………………。

 九郎君いきなりコケるとは、いったいどうしたんじゃ?」





「い、いえ。ちょっと目眩がしただけです」





 こめかみをひくひくとさせながら九郎が立ち上がる、額に浮かぶそれは間違いなく脂汗だ。





「そうか、疲れておるのじゃろう。店の主人に話は儂から話を通しておくから、ゆっくり休んでくれたまえ。

 店の主人はちいとばかり目が離れていてエラが張った顔をしているから、どことなくカエルっぽく見えて驚くかもしれんが……………………どうしたんじゃ九郎君。またしてもコケるとは?」





 も、もしや、でぃーぷわん? そんな事を呟きながら再び九郎が立ち上がった。

 



「なんでもありません! ええ、なんでもありませんとも! 一時的に血の気が引いて三半規管の正気度がどえらく下がっただけです。

 ……………ところで、つかぬ事をお聞きしますが、そこのご主人の出身地とかって分かります?」



「ふむ、どっかの港町じゃったとは思うのだが…………。いかんな儂も耄碌したか、とんと思いだせんわい」



「あ、あ、あは、あははは、あははははは、そうですか。港町ですか」





 ある種の確信めいた何かを得た引きつった笑みで九郎が笑う。

 なんかもう、確実っぽい。





「うむ、そのツテで入荷した新鮮な魚料理が売りのホテルでな。儂も孫と一緒に食べに行ったことがあるが、あれは絶品じゃ。君もきっと気に入ると思う」



「そ、そうですか。それは楽しみです」





 ソレでは、といって九郎は踵を返し、学園長室を出て行った。





 奇妙な態度のまま退室していった九郎のことを怪訝に思いながら近右衛門は椅子にもたれかけた。存外に自分が疲れてしまっていることに気づき。近右衛門は自分が老人であることを思い出した。



「やれやれ、やはり無理はするもんではないのぅ」 



 世界でも屈指の魔術師<マギウス>と相対するというのは思いのほか心労がたまる。大十字九郎は魔術師<マギウス>には珍しく善人であり、悪事をはたらくことはないだろうという確信はあったが、それとこれは話が別だ。





 背もたれに体を預けたまま近右衛門は窓の外に目をやった。夕日はとうに暮れて、空には満月が浮かんでいた。





 満月が、浮かんでいた。





File 01 「『魔導探偵』大十字九郎」 ………………Closed. 

魔導探偵、麻帆良に立つ File02「星の精<スターヴァンパイア>」

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