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File03「始まりは誤解から」 投稿者:赤枝 投稿日:04/09-03:23 No.120

魔導探偵、麻帆良に立つ



 File03「始まりは誤解から」





 現状確認。



 Q:今、私はどんな状況でしょうか?



 A:私は服装の乱れた少女を抱き上げ、服の破れた箇所――ちょうど胸部にあたるところに手を伸ばしています。





 現状確認終了。



 すさまじく嫌な予感が九郎の脳裏をかすめる。

 同時に、またか、またなのかと運命とかを嘆いてみる。

 こんな展開が多い人生に乾杯。





「魔術師<マギウス>ッ!!」





 銃を持った少女――龍宮真名が九郎のことを見つけた瞬間、手に持ったデザートイーグルの引き金を引いた。



 引き金から真名の殺意が弾丸に伝播し、電撃の如き速度で銃口から銃弾をはき出す。



 確実に九郎の眉間を射抜く軌道を描き、九郎の脳髄をまき散らすはずだった銃弾は、しかして漆黒のマントから溢れたページ群によって阻まれる。



 金属めいた着弾音を出して、二発、三発と続けて着弾。九郎と少女を庇うようにしてページ群の障壁が展開する。

 



「って、問答無用かよ!! せめて言い訳――じゃなかった、状況説明の一つや二つさせてくれたって!!」





 障壁の中で九郎は叫んだ。



 少女を抱き上げる。ともかくこの場からいったん退避しようとして、





「――――ッ!!」





 首筋に嫌な予感を感じて、障壁をそのままにバックステップ。

 途端にページ群がバラバラに切り刻まれる。



 力を失ってその場に舞う新釈のページ達の向こう、九郎は野太刀を構える少女――桜咲刹那の姿を見た。





「聞く耳もたねぇってか!?」





 九郎は、即座に魔力で脚力を強化。

 距離を稼ぐために、すぐ近くにある林の中に飛び込んだ。あの中ならば射線の確保も難しいだろうし、あんなデカイ刀を振り回すには向かないはずだ。



 そのまま逃走を開始する。

 逃げながら後方の気配を探った。一人、銃使いのほうが、こちらを追いかけてくる。

 もう一人はどうしたんだ?



 ともかく、今は迎撃しなければならない。なるたけ無傷なまま無力化して、話をつけたかったが……。



 林の中程で、九郎は気を失った少女をそっと木の陰に下ろした。ついでといってはなんだが、服も魔術でなおしておく。



 すぐさま追いかけてくる気配。辺りの木に次々と弾痕が穿たれる。





「ちっ」





 九郎は逃走を再開した。無関係な少女を巻き込むのは、それこそ後味が悪い。



 木々の間を風の如く疾走、『ネクロノミコン新釈』の中から攻撃術策を選択する。



 魔銃「クトゥグア」

 却下。不完全な記述とはいえ、魔銃本来の威力だけでも戦車砲じみた攻撃力をもっているのだ、肉片も残さず塵にすることは容易いが、ここで麻帆良と決定的な対立を生む原因を作るわけにはいかない。なにより九郎はそれを望まない。



 魔銃「イタクァ」

 却下。理由は同上。ネクロノミコン新釈の旧支配者イタクァに関する記述ではいささか操作性に不安がある。破壊ロボのようにどでかくて動きの鈍い対象ならばともかく、動く対象に向かって寸分違わず狙いを定めるのはほぼ不可能だ。威力に関してはクトゥグアに大きく劣るが、それにしても46口径の銃だ。当たり所によっては即死する。



 拘束術式「アトラック=ナチャ」

 論外。『ネクロノミコン新釈』にはアトラック=ナチャに関する記述は存在しない。

 『ネクロノミコン新釈』は欠けた断章の多い『ネクロノミコン』の注釈書なのだ。そもそも完璧を望むものではない。

 ちなみに、全章そろった完全な『ネクロノミコン』はミスカトニック大学秘密図書館を除いて存在しない。世界に現存すると言われる他の四冊は、一部が欠落してしまっているものばかりだ。

 まあ、究極的な意味合いでの完全板はあいつ一冊だけだが……今はそんなことを考えている場合ではない、次。



 他の旧支配者、外なる神に関する記述。

 全力で却下。

 ここでルルイエよろしくトンデモ合戦をするつもりは毛頭無い。



 最後の手段、例のアレ。

 無理。

 ミスカトニック大学秘密図書館に保管してあるラテン語版『ネクロノミコン』の完全版レベルの魔導書でなければ部分召喚すら不可能だ。そもそも人間相手に用いる術策ではない。アレを生身でぶちのめす理不尽不可解丁々発止の大馬鹿野郎を一人知っているが、あいつは特例。

 



 ――となると、





「やっぱアレしかねぇな」





 足下に落ちていた木の枝を拾い上げる。30センチほどの小さな枝であったが、触媒としては十分だ。



 ネクロノミコン新釈より魔刃鍛造の記述を参照。小枝を左手に、右手で印を結ぶ。



 右手が切るのは、人差し指と小指を立てる最強のヴーアの印。術式を展開し、木の枝を魔術の焔で焼く。





「力を与えよ。力を与えよ。力を与えよ」





 唱え、九郎は焔を掴む。焔の中より現れたのは先ほどの貧相な木の枝ではなかった。

 装甲板じみた重厚さをもつ、幾重にも刃を重ねた刃。

 黒檀柄の神剣、バルザイの偃月刀である。



 赤熱した刃は瞬時に冷却され、九郎の意志に従ってその刀身に紅い魔術文字を刻印する。





 反撃――、開始。





 バルザイの偃月刀の完成と同時に、九郎は林から飛び出た。



 続けて、真名も九郎を追いかけて林から飛び出てきた。



 瞬間、真名が発射した銃弾が九郎に襲いかかる。





「何のっ!!」





 声に答え、九郎の持つ偃月刀の刀身の魔術文字が変容、重なり合った刃を瞬時に展開。扇状の盾と化す。



 着弾音。真名の銃弾は偃月刀によって易々とはじかれる。





「でりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」





 ジャックナイフ軌道を描いて九郎は進行方向を反転。

 盾状のバルザイの偃月刀を前面に構えたまま真名に突っ込んだ。





「――――っ!!」





 一瞬で漸近。九郎が真名の懐の中に飛び込んだ。

 再び魔術文字が変容。不殺の緋文字が躍るその刀身が、真名の脇腹に向かって疾走。



 だが、真名も伊達や酔狂で幼い頃から世界中の物騒な事件の解決に尽力してきた訳ではない。

 この程度ならば慣れたものだ。



 両手に持つハンドガンの一丁を利用して、九郎の刃を受け止める。



 殺すまいと不殺の術式を施していたのが仇となった。どんなものも易々と切り裂く切れ味を誇るバルザイの偃月刀の刃は、拳銃のフレームを傷つけることすら出来なかった。



 真名がうまく力の方向をずらしていることも手伝ってのことだが、なかなかどうしてたいした使い手だ。



 真名はもう一方の手に持つデザートイーグルで九郎の眉間を捉える。

 外しようのない必殺の距離で、真名は引き金を引いた。



 術式の施された銃弾は、九郎の眉間を穿った。





「な――――」





 信じられない、と言った表情で銃の鼻っ面を見ていた九郎の眉間に、ぽつん小さな赤い穴が出来る。



 間髪おかず貫通した銃弾が、九郎の後頭部から飛び出る。

 血と脳髄の入りまじった赤と黄色の液体と、灰白色の気味の悪いぶよぶよとしたものが溢れた。



 光の無くなった虚ろな瞳で真名のことを捉えて、つい先ほどまで九郎だったものはゆっくりと仰向けに倒れた。



 いかに魔術師<マギウス>とはいえ、思考器官たる脳髄を破壊されては、超常の力を発揮することは出来ない。





「――――」



 

 仰向けに倒れた魔術師<マギウス>の姿を見下ろしながら、真名は銃をホルスターに固定した。

 苦虫を噛み潰したような、どこかやりきれない表情を浮かべる。

 首から提げたロケットをいじりながら、どことなく悲しそうに目を伏せた。





「ったく、そんな顔するくらいなら、はなっから人を襲ったりすんな」





 真名の後ろから男の声。

 しかもこれは、先ほど倒したはずの――、





「動くな」





 真名の首元に真っ黒な刀身が当たる。眼球だけ動かして、死体が倒れている場所を見る。



 いた、まだ確かに両目を見開いたまま仰向けに倒れている。





「分身か……」



「ま、似たようなもんさ」





 九郎が指を鳴らす。



 途端に額の銃痕から、全身にひび割れが走る。



 鏡の破片をまき散らしながら、幻術によって作り出された九郎の死体は崩壊した。

 

 ニクトリスの鏡に関する記述。

 ニクトリスの鏡は現実と虚構の境界を曖昧にし、嘘と真実を反転させる力を持つ呪われた鏡である。かつて、全ての記録から抹消されたエジプトの女王ニクトリスが持っていたと伝説の魔鏡だ。

 攻撃として使うのは難しいが、防御用――とりわけ身代わりとして使うには非常に優れた術策だ。

 九郎はこの術策で真名の目を欺いたのだ。





「んで、何でいきなり襲いかかってきたりしたんだ?」



「語る理由はない。殺すのならば殺せ」



「そいつは手厳しい――」





 瞬間、上方から九郎に向かって殺気が放たれた。



 反射的に上を見ると、其処にいたのは、先ほどの大きな刀を持った少女――刹那だった。





「って、なにぃ!!」





 刹那は空中で大上段に刀を構え、正確に九郎を狙い一気に振り下ろしてくる。



 驚いた九郎は、注意をそちらに向けてしまう。



 その隙を見逃す真名ではない。





「ふっ!!」





 首筋にあるバルザイの偃月刀を手刀ではじき飛ばし、真名はほん一瞬で九郎の拘束から逃れる。

 はじき飛ばされたバルザイの偃月刀が地面に突き刺さる。





「しまった!!」





 悪態をつくが、時既に遅し。

 九郎は迎撃用に、新たにバルザイの偃月刀を鍛造。

 触媒なし、儀式過程も踏まず、ろくな術式もは組めなかったが、無いよりはましだ。

 とにかく耐久性を最優先して作り上げた偃月刀を手に持って、構える。





「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



「なにくそっ!!」





 重力と気の威力を味方につけた刹那が野太刀――夕凪――を振り下ろす。

 対する九郎も、切っ先が地面を這うような軌道を描きながらバルザイの偃月刀を振り上げた。





 激突!!





 刀身の接吻は火花を散らすほどに熱烈だった、その衝撃にあてられた大気が辺りに突風をまき散らす。

 魔力と気が互いに互いを貪りあいながら、相手を屠るためその威力を相手に振るおうとやっきになる。

 消失時のエネルギーが大気を振動させ、如何なるスペクトルにも属さない輝きを持つ電弧が奔る。

 通常ではあり得ないその光景は、相反するエネルギーが相克する様は、なかなかどうして美しい。





「おおおおおおお!!」





 九郎は全身を魔力で強化、両足に踏ん張りを効かせ、刃の背に手をあて、一気に刹那を押し返した。





「くっ…………」





 初速はあったが、空中にいる以上刹那はこれ以上威力を上乗せする事が出来ない。この攻撃はあくまでも奇襲。九郎に気がつかれる前に一撃を与えるつもりだったのだが…………。



 しかし、真名を助け出すことが出来ただけでも上出来だ。



 吹っ飛ばされる刹那、けれども慣れた様子で空中でバランスをとると、きれいに着地。

 そして、真名に向かって叫んだ。





「突っ込みすぎだ!! 落ち着け龍宮!!」





 刹那の声を聞いて、真名がはっとしたように目を見開き、ホルスターから再び銃を取り出し、構える。





「すまない、迷惑を掛けた」



「いや、無事ならそれでいい」





 九郎が手にしていた偃月刀が、音を立てて壊れた。元々急ごしらえの一品だ、あの一撃に耐えきっただけでも幸いというもの。

 九郎は地面に突き刺さった偃月刀を引き抜き、再び手に取った。

 偃月刀を無造作に肩に載せ、やれやれ肩をすくめながら刹那と真名を見る。

 



「さて、今度こそ話し合いと行こうか。つーか、ちっとぐらい話を聞いてくれたっていいじゃねぇか」



「黙れ、何故魔術師<マギウス>がこの麻帆良にいる。何が目的だ」





 銃を構えたまま真名が吐き捨てるようにして言う。刹那も夕凪を構え油断無く九郎を睨みつけた。





「何って…………、あれ。もしかして話が伝わってない?」



「何の話だ」



「だから、俺は此処の学園長に事件の調査依頼を受けてやってきたんだよ、一応許可も貰ってる」



「信じられんな。それに第一、なぜ女性を襲っていた。あのような行為をしておいて、まさか言い逃れできるとでも?」



「そいつは誤解だって…………つっても信じてくれねぇよな。その様子じゃ」



「当然だ。魔術師<マギウス>など信用できるものか」



「なるほど、とりつく島もねぇな。アンタ、魔術師<マギウス>に恨みでもあるのかい?」





 真名は胸元のロケットを握りしめる。悔しそうに顔を歪めながら九郎に標準を合わせる。この距離ではまたあの忌々しい防壁に防がれるだろうが、それでも牽制にはなる。





「関係、無いだろう」



「そいつは失礼。んでも、俺に敵対の意志はない。最低限身を守るぐらいのことはさせて貰うけど、あんまり派手にやれれたんじゃ、そろそろ手加減出来ないぜ?」



「どうするんだ、龍宮?」





 刹那が問う。

 成り行きで戦闘になってしまったが、刹那には彼の行動にはいくらか疑問点があった。

 最初に女性をおそって、――ええと、その、なんといったらいいか、まあ何らかのいやらしい行為に及んでいたのは、あの状況からすれば、多分彼が犯人なのだろう。

 しかし、魔術師<マギウス>がただ女性を襲うためだけに、麻帆良に侵入するなどと言う愚行を犯すだろうか?

 最初連れ去った時は、まさかこのまま誘拐し、己の住処にて何らかの実験を行うのかとも思いきや、あっさりと解放した。

 一度真名が捉えられたが、その場で殺すことだって出来たはずだ。

 なにより攻撃手段があの奇妙な偃月刀の一つだけというのもおかしい。魔術師<マギウス>は魔術の性質上、多数の術策を用いる。

 魔術師<マギウス>が所有する魔導書のなかにある術策ならば即座に使えると聞いたことがある、更に本人の技量次第ではその場で新たに術式を組み上げる事も可能だとも。

 彼は手加減していると言っていたが、おそらくその通りなのだろう。彼がどの程度の位階にある魔術師<マギウス>なのかはようとして知れなかったが、それでも相当な使い手であると言うことは先の一撃で分かった。

 彼の言うことはもしかすると本当なのかも知れない。ただ、女性を襲っていた点だけは容認できない。

 本人は誤解だと言い張っているが、信じるのは難しい。

 

 もちろん、彼の言うことが全て嘘で、何らかの目的を持ってこの麻帆良に侵入しているという可能性も当然ある。それがもしお嬢様の誘拐だったりすれば、ゾッとしない話だ。

 魔術師<マギウス>による非道な人体実験の話は当然刹那も知っている。

 それらの実験の被検体が無事であることはほぼ皆無であり、そもそも人の姿をしていることすら稀だとも……。





「確認をとりたいところだが、そんな隙を見せるわけにもいかない。ヤツがどういった行動に出るかは全くの未知数だからな」



 

 先ほどまで感情に囚われ暴走していた――彼女を知るものが知れば驚くだろう――が、今は正確に状況を判断できるだけの冷静さを取り戻している。



 魔術師<マギウス>は沈黙を守ったままだ、油断無くこちらを見ながら、偃月刀でとんとんと肩を叩くままに立っている。



 膠着状態である。



 二人がかりで戦えば、何とかなるかも知れなかったが、それは少々楽観的な推測と言わざるを得ない。

 こと魔術師<マギウス>との戦闘は、常識で計ってはいけない。

 常識外の理を平然と操る理知外の輩、それが魔術師<マギウス>だ。

 一般人とは違う世界に生きる魔法使いや呪術師よりもなお深い世界に生きる人外なのだ。  





「やるぞ」



 

 真名が隠し持っていた短刀を九郎に向かって投げつける。同時に地を滑るようにしてジグザグに走りながら九郎に接近する。



 真名が動いたことにより、刹那も瞬時に攻撃姿勢に入る。



 神鳴流は人が人外のもの共を駆逐するために人が導き出した、一つの回答だ。

 ならば、魔術師<マギウス>を打倒することも、決して不可能ではないはずだ。

 そう信じて、刹那は夕凪を握る手に力を入れた。



 特殊な呼吸を行い、全身に気をみなぎらせる。愛刀を自身の一部と錯覚し、刀身に気を奔らせる。



 刹那は真名の動きを確認した。九郎とはまだいくらか距離があいている。

 



 ――ならば。





「フッ!!」





 瞬動術。



 真名の動きに九郎が引きつけられている内に、雷鳴剣をぶちかまそうと言う算段だ。幸いにもこのような変則的な攻撃は始めてと言うわけではない。以前にも同様の攻撃法を実践したことがある。





 しかし――、





「ゴフッ!!」





 瞬動術の軌道に入った途端、刹那の腹部に堅いものが衝突する。

 やたらと分厚い鉄板じみた奇妙な剣の背が刹那の腹部に命中していた。

 刀身に刻まれた緋文字がやけに印象的だった。





 ――な、読まれていた…………。





 九郎は刹那が瞬動術に入った瞬間に偃月刀を投擲したのだ。

 瞬動術には、一端行動に入ると、その後の方向転換が出来ないと言う大きな欠点がある。

 さらに、その目にもとまらぬ速度のために、カウンターを受けると大ダメージを負ってしまう。

 

 偃月刀が当たった場所を軸に体を折り曲げて刹那は地面に倒れた。

 刹那が倒れた途端、偃月刀が頁岩の如く二枚に分かれる。

 次いで、大鋏のような格好で刃を内側にして折り重なり、刹那の首を挟みアスファルトに突き刺さる。

 簡易断頭台の完成だ。





「くっ!!」





 ゆらゆらと刀身の緋文字が変容する。見たこともない幾何学模様だ。

 その魔術文字の意味するところは刹那は判らなかったが、刹那はこれで自分が行動不能になってしまったことを知った。



 動けば、その瞬間首をはねられる。





 やはり、強い。





 だが、隙を作ることには成功した。あとは真名に全てをゆだねるほか無い。

 本来の予定とは少々異なるが、それは実戦経験豊富な真名のことだ、臨機応変に対応するだろう。





「魔術師<マギウス>!!」





 真名が九郎に接近。

 両手に銃を握りしめ、真名の十八番。超々接近銃撃戦に持ち込む。この距離ならば、あの障壁も展開が追いつかないはずだ。





「二丁拳銃<トゥーハンド>が得意なのは、なにもアンタだけって訳じゃないんだぜ!!」



 

 対する九郎は、九郎は腰裏のホルスターから二丁の拳銃を取り出した。

 右手に黒と赤の自動拳銃『クトゥグア』を、右手に銀の回転式拳銃『イタクァ』を握りしめる。





 金属の衝突音が夜の静寂に響く。





 九郎は、両手に持った拳銃で、真名の持つ拳銃を受け止めた。





 なんと愚かな。



 本来飛び道具であるはずの拳銃を手にしながら、二人が今行っているのは、拳銃同士による『鍔迫り合い』だ。





 四丁の銃は主の敵の命を屠るため、自らのうちに秘める殺戮の威力を発揮するため、銃口にて相手の急所を睨みつけるために、己の銃身にて相手を押しのけようと躍起になる。



 ぎりぎりと金属同士がふれあう歪な音が響く中、九郎と真名の顔は、鼻と鼻が触れ合うギリギリの距離まで近づく。



 そして、二人の視線が錯綜した。

 



「やるねぇ、お嬢さん」



「黒と赤のオートマティックと銀のリボルバー。二丁の魔銃を使う魔術師<マギウス>。その戦闘スタイル、聞いたことがあるぞ…………。

 貴様、あの『魔を滅ぼすもの<デモンベイン>』か!!」



「さぁて、どうかな」





 『魔を滅ぼすもの<デモンベイン>』、その名を真名は知っている。

 一年ほど前から賞金稼ぎや、武闘派の魔法使い達の間で噂されるようになった謎の魔術師<マギウス>。

 二丁拳銃を操り、世界各国の悪魔、妖魔、混血種、邪悪な遺跡、対立する魔術師<マギウス>の事如くを撃破する、魔術師<マギウス>達の中でも指折りの実力者。魔に属する者たちにとってもはや『魔を滅ぼすもの<デモンベイン>』は恐怖の代名詞と化している。

 その手段は暴虐にして苛烈。

 彼が事をなした後はぺんぺん草一本生えない荒野が広がると聞く。成果はデカイが、被害もデカイというもっぱらの噂だ。

 事実、一月前、『魔を滅ぼすもの<デモンベイン>』が『妖蛆の王<ワーム・ロード>』ディベリウスを倒したときの被害はあまりも有名だ。彼が如何なる手段を用いたのか、ディベリウスの隠れ家一帯を根こそぎ焼き払った上、半径200メートルの巨大クレーターを作り出したのだ。

 その光景を遠くから見ていた目撃者は、「2体の巨人を見た」と証言していたらしいが、それが何のことかは一切不明だ。



 そして、風の噂に聞いたことがある。



 かの『魔を滅ぼすもの<デモンベイン>』は、筋金入りのロリペド野郎だ、と。



 その噂が真実だとすると、さっき女生徒を襲っていたのは単なる趣味、娯楽だというのだろうか?

 どちらにせよ、信用する訳にはいかなくなった。

 此処で負けてしまえば、自分はともかく刹那の貞操が危うい。

 

 事実刹那を殺さずに拘束している辺り、なにやら意味深ではないか。



 薬品と魔術によって自分の意志を奪われ、ありとあらゆる陵辱行為を受ける刹那の姿が真名の脳裏に浮かんだ。

 どの様な用途で用いられるのか全く以て不明な電動式の棒だとか、如何なる目的のために製造されたのかよく分からない変な形をした木馬だとか、異端審問官ご愛用のレザー製の道具やら、拷問道具じみた鋼鉄製の拘束具の類が置かれた地下牢を夢想した。

 その悍ましい地下施設に置いて、おおよそ地球上に生息しているとは思えない体長20cmほどの名状しがたいグロテスクな芋虫たちが刹那の柔肌を這い回る光景がまざまざと想像できた。

 自我を失い悶え苦しみ嬌声をあげる刹那をこれでもかと言わんばかりに残虐な笑みを浮かべながら見つめる魔術師<マギウス>の姿の邪悪さ加減ときたら…………。





 此処は何が何でも、一気に押し切り、倒さねばならない。全力で。





「おおおおおおおおおお!!」





 真名が哮る。

 敵うとは思えなかったが、此処で引くわけにはいかない。引いたところで無事生き残れる保証は無い。

 もしかすれば、死ぬよりつらい結末が待ち受けているかも知れないのだ。





「クッ!!」





 真名の気迫に少々押されながらも、九郎は鍔迫り合いを続けた。

 さすがにこの距離で撃たれてはやばい。もし撃たれたら障壁は間に合わない。普通の銃弾ならば強化した体には針で刺されたほどの痛みしか感じないが、どうも銃弾に何らかの術式儀礼が施されているようだ。さっきの身代わりにも同様の防御術式を組み込んでいたのだから、当たり所によっては死ぬ。

 再びニクトリスの鏡で身代わりを作る手も考えたが、何度も通じる手段ではないので、却下。

 アトラック=ナチャの利便性を再認しつつ。ページを使った拘束術式を組み上げることを決定。





 しかし、さっきからものすんごくココロが痛いのは何故だ?

 なんとゆーか、誤解からくる偏見がハートにどでかいダメージをくわえているよーな気がして仕方が無い。





 それはともかく思考を元に戻す。



 拘束術式完成。





「でりゃぁぁぁぁ!!」





 九郎は前面に向けて気合とともに魔力を解放。

 何の加工もされていない魔力は、爆発じみた衝撃波を伴って前面に展開すされる。

 そのあおりを受けて、真名は吹き飛ばされた。



 バランスを崩しなが真名は九郎に狙いを定める。

 九郎のマントから溢れ出たページ達が真名に襲いかかる。 



 引き金を引こうとしたその瞬間、ページ達が真名の褐色の肌を捉えようとしたその瞬間、





「――――――」





 二人の間に、暴風が吹き荒れた。



 いや、風などという生ぬるいモノではない。これは攻撃の意志を凝縮した一撃だ。

 まさしく豪殺と呼ぶにふさわしい必殺の威力である。



 その衝撃に煽られて、真名の銃と、九郎のページが吹き飛ばされた。





「其処までだ」





 無精髭を生やした眼鏡を掛けた男が立っていた。紫煙を燻らせるその仕草はどこか飄々としている。





 その男の名前はタカミチ・T・高畑。学園最強の広域指導員である。





2.

 



「どーなってんだ? 俺に対する敵対行動は取らないって話のハズなんだけど」





 タカミチの登場で、真名はあっさりと銃を引いた。



 やれやれと肩をすくめながら、二丁の魔銃はそのまま腰裏のホルスターに固定する。

 マントに掛けた魔術も解除する。

 マントは一瞬のうちにコートへと戻った。





「いや、すまないね。彼女たちは所用で学園外に出ていたから、まだ話が伝わってなかったんだ」



「なるほどな。……ちっと早く動きすぎたか。でも、連絡の不徹底はこれっきりにしといてくれ」



「わかったよ。ところで、彼女たちの処遇だけど……」



「別にいいよ。特に実害被ったって訳でもないし。それに、こっちに非があるのは否めないしな」



「そういってくれると助かるよ」





 そういいながら、九郎は刹那に歩み寄り、簡易断頭台と化したバルザイの偃月刀を引き抜く。

 そのまま術式を解除、バルザイの偃月刀は元の小枝に姿を変え、一瞬で灰になった。

 入れ物を失った術式がページ化、先ほど吹き飛ばされたページとともに九郎の懐の内に消えてゆく。





「ごめんな。もうちょっと穏便にすませられたらよかったんだけど」





 そういって刹那の手を取り、立ち上がらせる。





「いえ、この程度ならば問題ありません」





 そっか、と九郎は軽く答えて、タカミチの方に向き直った。





「其処の林の中に女の子が一人いる。何物かに襲われたっぽいんだけど、詳しいことはわかってない。そっちで保護を頼めるか?」



「わかった。桜咲君、龍宮君。疲れているところすまないがその子を頼む」



「判りました」





 言うなり二人は林の中へと消えていった。



 二人の後ろ姿を見送って、九郎はぽつりとつぶやいた。



「しっかし、あの二人まだ14,5歳ぐらいだろうに、何であんなに強いんだ? 何度か本気でやばいと思ったぞ」



「あの二人にはいろいろと事情があってね。詳しくは言えないけど。将来が楽しみな二人だよ」



「どっちかってーと、末恐ろしいって方がしっくり来るな俺は」



「ははは、そうかも知れないね。さてと、大十字君」



「九郎で良いよ。んで、あんたの名前は?」



「これは済まない、私はタカミチ・T・高畑だ。タカミチでかまわない。すまないけど、今日の所はこれくらいにしてついてきてもらえるかな?」



「オーケー、判ったよ」





 すたすたと歩き始めたタカミチ。九郎はその後ろについて歩き始める。





「しかし、君は――なんというか魔術師<マギウス>らしくないね」



「あー、よく言われる」





 苦笑しながら九郎は答えた。





「僕も何度か魔術師<マギウス>とは戦ったことがあるけど、君には魔術師<マギウス>特有の陰気な雰囲気が無い。目的の為なら手段を選ばない非道さというか、傲慢さというか、そういう部分も」



「持ち上げすぎだ。俺だって結構好き勝手やってる」



「そんなことはない、僕はこれでも教師をやっていてね。人を見る目はあるつもりだ」



「…………ふと疑問に思ったんだけど。ネギといいタカミチといい学園長といい、ここの魔法使いはみんな教師やってんのか?」



「みんながみんなって訳じゃないけど教育関係者に多いかな。教師だったり生徒だったり……九郎君、きみはネギ君と会ったことが?」



「ああ、ここに来たとき、学園長室に案内してくれた。10歳の割にはしっかりしすぎだぞアイツは」



「頼もしい子だよ、彼は」



「まーな。んでも、ちっと聞き分けが良すぎるかな。あの位の歳ならもーちょいわがままになってもいいんじゃないかとも思う」



「彼は彼なりに自分の目標に向かってがんばっているのさ」



「そっか」



「…………さてと、目的地だ」





 タカミチが立ち止まる。目の前にそびえるのは旅館だかホテルなんだか微妙に判り辛い建物。なんというか外国人が勘違いして作った日本家屋というのが一番しっくり来るような構造だ。





 そして、瓦ばりの玄関にライトアップされた『戯流万家<ぎるまんはうす>』と荒々しい達筆で書かれた看板。





「いや、ちょっとまてタカミチ。目的地って、もしかしてもしかすると此処?」





 冷や汗をだらだら流しながら九郎。建物を指す指先がぶるぶると震えているのは錯覚ではない。





「そうだよ。何か問題でも?」





 といって、タカミチはのれんをくぐった。ここで立ち止まっているわけでも無いので九郎も続いてのれんをくぐる。





「いらっしゃいませふんぐるい」





「ギャーーーーーー!! でたーーー!!」





 挨拶にやってきたのは、目と目の間が異様に離れていて、妙に口の大きくてエラのはった、いわゆるカエル面の主人だった。

 どことなくびょこびょこと跳ねるようにして歩いてくる辺り決定的だ。



 あと、ロビーに20センチほどの黒い石像があった。おおよそ人間っぽい形状をしているが頭部はタコに似ていて口の辺りにやたらめったら触腕が生えている。前足と後足にはかぎ爪が備わっていたし、背中には蝙蝠じみた羽があった。



 どこかで見たことあるよーな気もするなぁ、あの石像。ミスカトニック大学秘密図書館資料室とか、覇道財閥の魔導研究所とかそこら辺で。モデルがルルイエとかに生息してそうですっげぇ嫌だ。





「どうかなさいましたかむぐるうなふ?」





 あと語尾があり得なかった。何時の間にこんな狂気空間に入り込んだのだと九郎は思い悩む。

 つーか、何を喚ぶ気だ。何を。





「あ、いえ。えーと、とくになんでもありません」





 額に脂汗が浮かぶのを自覚しながら、九郎は必死の思いでなんとか誤魔化した。





「近衛近右衛門の名前で予約をしていたハズなんだけど」



「ええ、承っておりまするるいえ」



「彼がその客人でね、あとのことは頼んだよ」





 なにゆえ、普通に会話してるかタカミチよ。ちゅーかおかしいと思えよ。

 え、もしかしておかしいのは俺だけ? などと九郎は半ば混乱しながら呆然とその場に立ちつくす。





「大十字九郎様でございますね、ご予約承っておりますくとるふ?」



「あ、ああ、そうだ」





 必死の思いで其処まで答える。なんかいろいろ限界だ。





「わたくし、この『戯流万家<ぎるまんはうす>』の主人をしておりますマーシュと申します、どうぞよろしくおねがいしますうがふなぐる」



「じゃあ九郎君。今日の所はゆっくりと休んでくれたまえ」



「え゛?」





 濁点つきの短い悲鳴。



 それじゃあ、と颯爽と手を振り、そのままタカミチは『戯流万家<ぎるまんはうす>』から出て行った。





「では、お部屋にごあんないいたしますふたぐん」





 これってもしかすると魔法使い達の遠回しな嫌がらせじゃなかろうか?

 そんな可能性に突き当りながらも九郎は主人の後をついていった。





 いや、マジで勘弁して。





File03「始まりは誤解から」………………Closed.

 

魔導探偵、麻帆良に立つ File04「大十字九郎探偵事務所開設」

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