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File04「大十字九郎探偵事務所開設」 投稿者:赤枝 投稿日:04/09-03:24 No.121

0.





 とりあえず、大十字九郎は飢えていた。

 懐には最低限の備蓄はあったものの、とにかく飢えていた。

 ソレというのも――





「日本じゃウィークエンドは銀行休みだ馬鹿野郎」





 財布の中にある僅かばかりのドル札を日本円に換金しようと銀行に行ったときのあの絶望感ときたら、名状しがたいことこの上なかった。

 一切の慈悲のない、まさしく冷酷無比な『本日休業』という掛け看板の存在は忌まわしいことこの上なく、九郎は世の無常を嘆きながら、地に突っ伏さずにはいられなかった。



 しかし、空腹に耐えることは出来ずにふらふらと都市の中をさまよっていると、どこからともなく良い匂いが漂って来るではないか。



 いつの間にか、九郎は食堂棟の中へと足を進めていた。



 持ち合わせは無い。

 ソレは分かっていた。けれども足が言うことを聞かなかったのだ。



 今頃になって、ホテルで出された朝食を食べておけば良かったと後悔する。

 いやしかし、調理済みのハズなのに、ぎょろりと眼球を動かしてくるような魚を食べるような勇気は持ち合わせていなかった。死んだ魚のような目――いや、まさしく死んだ魚なのだが――と目があったとき食欲なんてものは一瞬で消え失せた。

 つーか、目が5つもついているような魚がこの宇宙船地球号の何処にいるというのだろうか。世界は広い。





「腹減った」





 九郎はぐったりとテーブルに頭を落とす。目の前には氷の溶けきったグラスと、室内の水分を凝固して出来あがった、グラス底を投影した水滴の輪。



 食堂なんて場所にいるもんだから、さっきから良い匂いがずーっと鼻腔をくすぐり続けている。おかげで九郎の胃腸は腸捻転でも起こしそうな勢いで、むなしいこと極まりない蠕動運動を続けている。



 なんかもー絶望的な気分である。



 唯一の救いと言えば日本では水がタダであることだ。

 平和大国万歳。水と平和がタダというのは、実はとんでもなく幸せなことなのだ。

 水道止められると人間長いこと生きていけないことを、九郎は身にしみてよーく知っている。

 プロパガンダでもなんでもいいから是非とも日本にはこの方針を貫いて欲しい。



 しかし、それもはや終焉を迎えようとしている。



 ぶっちゃけ、店の奥でこっちを見ている店員達の目線が超イタい。



 こっちを見ながらひそひそと話し合うのは止めて欲しいと思わないでもないが、文句の言える立場でもないことを十分自覚している九郎は現在進行形で、耐え難きを耐え忍び難きを忍んでいるのだ。





「腹減った」





 同じ台詞を繰り返す。

 繰り返したところで何の解決にもならないのは知っていたが、呟かずにはいられなかった。

 世の中の理不尽に乾杯。

 どんなに魔術を極めたって、科学の光が恐怖の闇を暴いたって、結局の所、世界に満ちる不幸(空腹)とか悲しみ(飢え)を消すことなんて出来やしない。

 いっそのこと神にでも縋ってやろうかって気分にならなくもなかったが、九郎のよーく知っている神様と言えばこれでもかと言わんばかりに邪悪なのばっかり。





 混沌とか、混沌とか、混沌とか、混沌とか、混沌とか、混沌とか、混沌とか、混沌とか、混沌とか。





 あー、心底祈りたくねぇ。





 そんな馬鹿なことを考えていた時だった。





「あれ、貴方は昨日の……。どうしたんですかこんなところで?」





 何処かで聞いたことのある声に、九郎は器用に眼球だけを動かして声の発生源を探った。

 

 まず目に入ったのはサイドテールの黒髪。続いてやたらと長い竹刀袋。どうやってあんなデカイ刀を操ったのか分からないほど細い腕。戦士特有の隙のない雰囲気をもつ少女。





「腹減った」





「は?」





 九郎の懇願じみたつぶやきを聞いて、桜咲刹那は半ば惚けた顔で答えた。





魔導探偵、麻帆良に立つ



  File04「大十字九郎探偵事務所開設」





1.



「もぐもぐ。いやー、すまないな。はぐはぐ。丸一日何も食って無くて、ごっくん。そろそろつらいなーとか思ってたんだ、ぷはー」



 目の前でお茶碗から白米かき込みながらをみながら、実にイイ笑顔で刹那に告げる。ほっぺにご飯粒とか付いてるのがチャーミングだ。





「はぁ」





 あまり事情が飲み込めていない表情で刹那は答える。



 そりゃそうだ。



 昨日、不幸な勘違いからとはいえ交戦した相手と、こうして呑気に食事をしていて、しかもいつも間にか目の前の人物の食事代を払っているというこの不可思議な事態。

 この人がたかり馴れしているような気がするのは気のせいだろうか。そもそも中学生にたかる大人ってどうだろう、と思ったが、昨夜の件の引け目もあったので拒否することも出来なかった刹那であった。





「ふいー、助かったよ。お嬢ちゃん」





 わりと満足げな笑みを浮かべて、九郎は礼を言った。





「刹那です。桜咲刹那」



「おっとすまない。俺の名前は大十字九郎。探偵をやってる」



「探偵? 魔術師<マギウス>じゃないんですか?」



「兼業魔術師ってやつさ。魔術師<マギウス>だけやってても食ってけないんでね。んで、昨日のもう一人の銃使いは一緒じゃないのかい?」



「龍宮のことですか? 龍宮とは偶に一緒に仕事をする仲ですけど、いつも一緒にいるような間柄では……」



「仕事って……。刹那ってまだ中学生ぐらいだろ? もう働いてるのか、偉いなぁ」



「そんな、退魔師としては当然です」



「よりによって、そんな危険な職につかんでも……」





 ずずずっと、で九郎は緑茶をすすった。





「ところで、大十字さんはなんで麻帆良に来たんですか? 昨夜は事件の調査がどうとか言っていましたけど……」





 ほんの少し、目を鋭く細めながら刹那は九郎に問うた。

 その追求するようなまなざしに、九郎はほんの少しだけ悩んでから、話し始めた。





「刹那もこっち側の事情に通じてるみたいだから知ってると思うけど、図書館島の事件について聞いてる?」



「はい、一応は。詳しいことは何も聞いてませんけど」



「まー、調査してる方も、まだ殆ど何も分かってないのが実情だったみたいだし、そのへんは仕方ないと思うけど。

 とにかく、俺はその調査の為に呼ばれたんだ」



「でも、大十字さんは魔術師<マギウス>でしょう、なんでまたわざわざこの麻帆良に? 私は魔法使いではありませんが、魔法使いと魔術師<マギウス>の対立は知っています」





 それなのに何故? と聞く刹那に九郎は苦笑する。



 魔法使いと魔術師<マギウス>が対立している。

 魔法使い達は人のために魔法を使い。魔術師<マギウス>は己のために魔術を使う。

 故に魔法使いは魔術師<マギウス>の事を究極の利己主義者といって忌み嫌い、魔術師<マギウス>たちは魔法使い達のことを最低の偽善者といって罵る。

 

 魔法と、魔術では似ているようでその実全く異なるものだ。

 共通している点はただ一つ、魔力を用いて奇跡を起こすと言う点においてのみ。他は理論も、実践法も、呪文も、基本概念も、殆ど何もかもが異なっている。





「魔法使いと魔術師<マギウス>は仲悪いのは確かさ。そもそも魔法使いと魔術師<マギウス>では根本的な考え方がまるで違うからな、そいつは仕方がない。でも、みんながみんなそうだってわけじゃない。中には分かりあえる奴らだっている。此処の学園長や俺のセンセーみたくな。

 それに、今回の事件には魔導書がかかわっててね。魔法使いが魔導書を毛嫌いしてるのは知ってるだろ?」



「はい。関西の呪術師はいくらか触れる機会もあるそうですが……。けれど魔法使いは魔導書に対して必要以上の嫌悪感を持っているようにも見えます」



「魔法使いはとりわけそーゆーモンに対して親和性が高いせいで、気をつけなきゃすぐに魔導書に取り込まれてちまうからな。だから魔術師<マギウス>である俺が呼ばれたんだ。

 まあ、魔導書と関わり合いを持ちたくないって気持ちは分からなくもないけどね、あんなモンにかかわらないに超したことはないさ」

 

「それ、魔術師<マギウス>の台詞じゃありませんよ」

 

「事実さ、あんなモンにかかわったってろくな事にはなんねぇよ。今回の事件だって奥涯館長がとんでもない目に遭ってる。多分、精神は完全にやられちまってるだろうし、肉体的変貌が起こる可能性だってある。おまけに、ろくでもないモノまで召喚してる。コイツのせいで、これから先何人の犠牲者が出るか……」





 そこまで言って九郎は話を止めた。

 どことなく憤ったような表情、許せない何かを憎むようなそんな顔だ。





「……召喚、ですか?」



「ああ、星の精<スターヴァンパイア>ってやつだ。ヴァンパイアって事からも判るように吸血種。こいつがまた質悪いヤツなんだ。目には見えないわ、探知結界には引っ掛からないわ、人は襲うわで……」



「そんなヤツが麻帆良に潜んでいるんですか!!」





 刹那が椅子をけっ飛ばすようにして立ち上がった。

 昼時と言うことも手伝って、辺りにたくさんの利用客が居た。刹那の叫び声に皆が何事かと刹那をのぞき見た。





「あ、あの。えっと…………何でもありません。」





 刹那はぺこりと一度頭を下げると顔を真っ赤にして、再び席に着いた。

 羞恥心からか背を丸くして縮こまっている。

 辺りから聞こえるくすくすという笑い声を聞いて、更に体を縮こませた。





「とりあえず落ち着け、刹那」



「は、はい。あの、いきなり騒いだりして済みませんでした」



「別にいいよ。そういう風に人の為に怒れるヤツは嫌いじゃない」





 からからと、気持ちの良い笑顔で九郎は告げる。

 刹那は何となく気恥ずかしくなって頬を掻いた。





「そ、そうですか?」





 九郎のことを見ながら、刹那は答えた。



 不思議な人だ。

 魔術師<マギウス>と言うとこの世の邪悪と傲慢の権化のようなイメージを抱いていたのだが、この人はそんなイメージからかけ離れている。

 魔術師<マギウス>とは裏の世界のそのまた裏に生きる、人でありながら人の範囲を逸脱した外道。そう聞いていたはずなのに、この人は何処か日向のような温かな印象を受ける。

 真名の話では、世界でも屈指の魔術師<マギウス>らしいが、どうもそんな風には見えない。何処にでもいそうなただの善良な青年のように見える。

 もちろん、九郎から放たれる魔力のそれは、明らかに一般人と一線を画していた。しかし、それをさしひいても人好きのする雰囲気を九郎は持っていた。





「あの、昨日は済みませんでした」



「どうしたってんだ、いきなり?」



「そういえば昨日のこと謝ってなかったなと思いまして」



「いいよ。アレは単なる行き違い。誤解が引き起こした不幸な事故さ」





 それでも謝っておきたかった。昨日の疑惑――特に女性を襲っていたのではないかという点――が誤解であったと漠然と理解したからだ。

 明確な根拠があったわけではない。

 しかし、こうして腰を落ち着けて話し合って見れば、その相手の人となりというものは何となく掴める。

 ただ、この人は女性を襲うような、そんな真似はしない人だ。それだけは断言できた。

 それに先ほど事件のことを話すときに浮かべた、あの邪悪に対する静かなる怒りは、紛れもなく自分のような退魔師達と同様のものだ。

 真名は、この人のことを警戒するようにと言っていたが、あまり邪険にする必要もないのではなかろうか?

 



「いえ、お詫びと言っては何ですけど、事件の調査のお手伝いをさせてくれませんか?」





 まっすぐな瞳で九郎を見つめる刹那、あまりにも直線的なそれは、弾丸じみた軌道を描き、九郎の瞳を射止める。





「んー、その提案はありがたい限りだけど、報酬は出せねぇぜ。こちとら見ての通り明日の飯にも困るような有様だ」



「かまいません。元々お金には困ってませんし。誰かが犠牲になるかも知れないのに、指をくわえて待ってるなんて事は出来ませんから」



「勇ましいな。んでもホント危ない……って、退魔師やってる刹那に言ったって無駄か。んじゃ暇なときだけで良い。手伝ってくれ、人手は多いことに越したことはないからな」



「はい」



「そこで、一つだけ頼みがあるんだが……」





 酷く真剣な瞳で、九郎が刹那の瞳を覗き込む。

 ほんの少しだけ体を前に傾け、まるで密談を交わすかのような格好になる。

 つられて刹那も前傾姿勢を取る。





「ええ、なんなりと」





 まるで透き通った湖のように深く純粋な瞳に、刹那は半ば飲み込まれるようにしてうなずいた。

 強い意志の秘められた光に、鋼鉄じみた強固な意志を感じさせるその光に、刹那は吸い寄せられ、九郎の紫水晶の瞳以外のものが目に入らなくなる。





 だから、九郎が片手に持ったお茶碗の存在なんて気にもならな――





 ――おちゃわん?





 そして、酷く真剣な口調のまま九郎は続けた。





「――おかわり、頼んでもいいか?」





 この瞬間、刹那は生まれて始めて、コケた。





2.





 冗談半分だったのだが、刹那にはあの後本気で呆れられた。



 まあ、半分は本気だったのだが。



 大十字九郎にとって食事とは何物にも真っ先に優先されるべき至上の命題であり、本能であり、同時に生そのものなのだ。



 わりと洒落にならない金額の借金を背負っている身としては、飯は食えるときに食っとくのが鉄則だ。いや、さすがに地球外っぽいものは遠慮願うが……。





 今回の事件の報酬とてその九割九分九厘は姫さんと大学に搾り取られる運命にあるのだ。



 人間食わなきゃ死ぬ。こと食事に関してはプライドはなるたけ無視する方向性で。

 



 だって、猫って筋張っててあんまり美味くないし。





「それはともかく、報告書です」



「何がともかくなのかはさておき……。到着からまだ一日とたっておらんのにもう中間報告書かね?」





 九郎から差し出された報告書を受け取って、学園長は髭を撫でながら書類に目を通した。





「いやぁ、昨日はいろいろあって眠れなかったもので……」



「まあ、仕事が速いのはよいことじゃて。流石は魔導探偵と言ったところか」



「俺の手にかかわればこんなモンですよ」





 しゅびっと指を立てて、得意げに胸を張る。

  



「ふむ、それにしても星の精<スターヴァンパイア>か……」





 学園長が、肩を落としながらため息をついた。

 そして、机の中から数枚の写真を取りだして九郎に渡す。





「この写真について君はどう思うかね?」



「なんですか…………、こいつはまたどれもエグいですね」



「今朝発見されたものじゃ」



 写真の中に写っているのは、小動物の遺骸であった。

 遺骸はどれも酷い様相を呈していた。

 写真の中に写る小動物――おそらくは鼠や小鳥――はボロ雑巾のごとく全身ずたずたに引き裂かれた上に、ありとあらゆる水分を抜き取られたミイラ状の姿に成り果てている。

 この残虐冷酷極まりない有様は間違いない。





「間違いありません。星の精<スターヴァンパイア>の仕業です」



「なるほどのぅ。やはり関係しておったか……」





 髭を撫でながら学園長は考え込むような仕草をする。





「九郎君。正直に答えて欲しい。星の精<スターヴァンパイア>を魔法使いが撃退することは可能かね?」



「……不可能ではないと思います。けれど、相当な犠牲が出ることを覚悟しておいた方が良いかと。結界で弱っているようですが、それにしたって星の精<スターヴァンパイア>はやっかいな存在です。生半可な力しか持っていないヤツは間違いなく『喰われ』ます」



「なるほど、精鋭陣で掛かれば何とかなると?」



「そうですね……。ただ、報告書にも書いた通り、隠密性が高いので、奇襲・不意打ちの類だけは留意してください。探知能力や勘に優れた人物を中心にチームを組めば何とかなるとは思います」



「ふむ、となると、少々厳しいのぅ……。時に九郎君。君は星の精<スターヴァンパイア>との交戦経験はあるのかね?」



「そのものとは無いんですけど。そいつを応用した術式兵装を潰した事がありますから、対処できます」



「そうか。ならばこのままこの事件の調査に加えて、星の精<スターヴァンパイア>の掃討を依頼しよう。もちろん報酬は別途支給する」



「そいつはこちらとしても願ったり適ったりです。依頼されなくても退治するつもりでしたし。

 ……つかぬ事をお聞きしますが、必要経費その他諸々はそちらの方に請求してもよろしいでしょうか?」



「当然じゃ。僅かばかりじゃが支度金も用意しておこう。それと、昨日言っていた君の事務所の準備が完了した。今日からは其処を使ってくれたまえ。少々いわく付きの物件じゃが、君ならば特に問題なかろう」



「をを、学園長太っ腹。いやぁ、どっかの財閥のお姫様とは器が違うなぁ、器が」





 はっはっは、と機嫌を良くして九郎は笑った。





――――――――――所変わってアーカムシティ。





 執務室にて覇道瑠璃は今日も今日とて書類仕事に追われていた。休む間もなく押し寄せてくる書類群を獅子奮迅の働きを以てして次々と撃破してゆく。



 しかし、唐突にぴくりと筆を止めて中空を睨みつけた。





「どうかなさいましたかお嬢様?」





 物腰でそばに控えるのは長身の執事ウィンフィールドだ。





「いえ、何故だがよくわからないのですけど酷く虚仮にされたような気がして……。変ね、疲れてるのかしら」



「ご休憩なさいますか?」



「いえ、結構ですわ。それよりも大十字さんの借金の件ですが、このままでは増える一方なので何かしらの手段を用いて思い知らさなければならないような気がしてきました。この際ですから一気に断固とした手段で笑ったり泣いたり出来なくなるような目に遭わせましょう。

 ふふふ、楽しみですわぁ」



「お、お嬢様?」





――――――――――再び麻帆良。





 諸説様々な契約やら何やらをすませ、学園長室から出たところで、九郎はびくっと肩を震わせた。



 非常に、非常に嫌な予感が九郎の首筋を駆け抜けた。





「な、なんだ!? とってもヤバげなこの危機感!!」





 教訓、口は災いの元。





3.





 学園長から貰ったメモ帳を頼りに、九郎はとある一軒の屋敷の前にやってきていた。



 事務所兼宿ということで物件をもらった――もちろんタダだ――のだが……





「思ってたより随分立派だなこりゃ」





 麻帆良の中心街から少し離れた場所にある邸宅である。

 古びた西洋風の建物で、人一人が住むにしては些かどころではなく広い。





 まあ、辺りに漂う何処となく暗澹とした雰囲気や、まだ昼すぎだというのに暗い闇の匂いがするところから察するに、幽霊屋敷かその類に属する建築物なのは間違いないのだが。





 だがしかし、これはこれで趣がある。なんというか『魔導探偵』にはまさしくふさわしい建物ではないか!!





「いよしっ!!」





 気合いを入れて、扉を開ける。



 外部の劣化状況は割と酷かったが、内部はそれに反してきれいなものだった。

 学園長の指示によるものだろうか。室内は埃一つなく磨き上げられていたし、内装もきちんと整えられていた。

 電気も水道もオールグリーン。まさしく言うことなし。

 浮遊霊とか、あんまりよろしくないものもふよふよと漂っていたが、そんなものはとりあえず無視だ。

 人間らしい生活が出来るというだけで割と幸せというもの。



 ざっと部屋を見渡してみたが、どの部屋も問題ないようだ。

 寝室にベッドがあるなんて当たり前の事実に、思わず涙が溢れたが、そこはそれ。昨日はろくに眠れなかった上に、普段はソファで寝る身なのだ。やーらかいベッドで眠れるなんて普通の人間みたいな生活送れることを考えて、感涙にむせび泣いても仕方が無い。



 あと、書斎に棺桶みたいな形をした奇妙な時計があった。見たこともない奇妙な象形文字の刻まれた文字盤にねじくれた四本の針が不規則に動きながら、てんで出鱈目な時を刻んでいる。時計としての役割を果たしていない、そもそも時計かどうかも怪しい道具だった。

 備え付けの家具にしては意味不明の代物だったが、これはこれで良し。

 



 ざっと屋敷の中を見回り終わった九郎は、寝室にコートと、その他諸々の道具類を放り出して、『ネクロノミコン新釈』片手に、屋敷の外に出た。



 そして、屋敷の玄関。あたりに人がいないことを確認して、表札を掛ける場所に向かって魔術を行使する。



 魔刃鍛造のページを参照、術式を一部変換、



『大十字九郎探偵事務所』



 そう書かれた看板を鍛造し、玄関の柱に打ち付けた。





「これで完成っと」





 九郎は満足げに頷きながら、空を見上げた。



 空は馬鹿みたいに青々としていた。

 此処、麻帆良でどんな事が起こるのか、九郎には想像しようもなかった。

 しかし、この空をみていると、あまり悪い予感は湧いてこなかった。

 むしろなにかとんでもなく良いことが起きるような気もする。





「まーた、根拠のない妄想を……」





 ぼやきながら、九郎は再び屋敷の中へと入っていった。





 古めかしい木製の扉が音を立てて閉じる。





 九郎は腐っても魔術師<マギウス>だ。

 そして魔術師<マギウス>の予想や直感というものは、そう簡単には外れない。





 此処は魔法都市麻帆良。魔法使い達が住む、魔法使い達が作った街だ。

 そんな中に魔術師<マギウス>が入り込んだのだ、なにも起きない方が不思議というもの。

 果てさて、ここから先一体何が起こるのか。

 それは、まさに『神』のみぞ知る。





File04「大十字九郎探偵事務所開設」…………………………Closed.

 

魔導探偵、麻帆良に立つ File05「朝倉和美、探求す」

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