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File05「朝倉和美、探求す」 投稿者:赤枝 投稿日:04/09-03:25 No.122
魔導探偵、麻帆良に立つ
File05「朝倉和美、探求す」
1.
朝倉和美は正義の記者である。
誰がなんと言おうと正義の記者である。
三流ゴシップとか、スキャンダルとかも大好物であったが、ともかく正義の記者である。
巨悪を憎む心さえ持っていればとりあえず正義なのだ。
キンコンカンコンという授業終了のウェストミンスターチャイムは、朝倉和美の一つの側面、麻帆良のパパラッチの活動開始の合図でもある。
鞄の中にある取材道具一式を確認。忘れ物なし、異常なし。
とりあえず報道部の部室に赴こうと、和美は鞄を手に取った。
「ちょっとちょっと、朝倉」
クラスメートの柿崎に声を掛けられたのはそんなときだった。
「なに? どうかした?」
別段急いでいるわけでもなかったので、話を聞こうと柿崎他二名のチアリーダーズのグループに入って腰を落ち着けた。
「えっとね……」
柿崎は辺りをきょろきょろと見回した。誰かを捜しているのか、それとも誰かに聞かれたらまずい話だというのか。
「桜咲さんの話なんだけどさー」
桜咲刹那。個性的な面々の多い2-Aメンバーのなかでも、わりと特色を放つ人物だ。いつも手放さずに持っている竹刀袋の中には相当な業物の真剣が入っているという噂を聞いたこともある。
鋭い目つきと、無愛想さも手伝ってなかなか怖い印象のある人だ。ああいう人のことを抜き身の刀のような人というのかもしれない。
「桜咲さんがどうかしたの?」
「昨日、私たちが部活で帰りが遅くなったときにね――だいたい夜の9時ごろだったかな? 桜咲さんが男の人と待ち合わせしてたのよ。しかも相手は大人の人」
「桜咲さんにおとこぉ? なんかイメージ合わないなぁ」
「そうなの、それで私たちも気になってさ、時間が時間でしょ。これは何かあるなぁって。というか夜よ。夜。そんな時間になって男女がする事と言えば一つ」
柿崎が指を一本立てて、むふふと笑う。釘宮と桜子も同じようにむふふと笑いながら、意味深な目線で、和美の方を見やる。
他人の色恋沙汰というものは、女性にとってこの上ない娯楽であり、その事情を知ろうとするのは女性共通の悪癖だ。わかっちゃいるが、やめられない。
「桜咲刹那、淫行疑惑浮上。剣道少女の禁断の愛ってとこ?」
「やー、流石朝倉、話が早くて助かるわ。で、もちろん調べてくれるわよね?」
あんまり気乗りがしないといえばしない。そもそもスクープではないっぽい。
まあ、気にならないと言えば嘘だ。あんなに真面目そうな娘が、大人の男と付き合っているとはなかなか想像しがたい。
しかし、桜咲さんはここのところ授業中にあくびをしたり、船をこいでいたりする事が多い(それでも居眠りしたりはしないところが彼女の真面目な所だ)。今までそのような事が無かったので印象に残っている。
まさか本当に柿崎の言うとおりの事態が発生しているのか?
あんなかわいい顔して、昼は淑女――ちょっと違うか?――で夜は娼婦とか言うアレだろうか「ふふふ。もうこんなに固くして」などと妖艶な笑みを浮かべながら淫猥な台詞を言ったりする超やり手なのだろうか?
いやいや、それは考えすぎというもの。それに、まだ判断するには些か情報が少なすぎる。
「もうちょい詳しい話を聞かせてくれる?」
「お、調べてくれるの?」
「気が向いたら調べとくわ。だから、どんな状況だったか教えて」
「桜子、円。VTRスタート」
柿崎が言うなり、釘宮と桜子が配置につく。ざっと見たところでは釘宮が男役。桜子が刹那役といったところか。
「それは、つい先日の夜のことでした――」
柿崎のナレーションが入る、意外と芸が細かいことに半ば呆れつつ、和美は寸劇に目をやる。
たかたかと走ってくる桜子(刹那)
「す、すみません。ちょっと遅れてしまいました」
何でもないよと言わんばかりに苦笑する男性(釘宮)。
「別に、俺も今来たところだよ。ったく、別に毎晩毎晩付き合ってくれなくったっていいんだぜ?」
「いえ、これも私が好きでやってることですから……、それで今日はどちらに?」
「んー、今日はあっちの方にいってみようか」
男性(釘宮)が軽く指で方向をしめした。
そこで再びナレーション。見えないマイクを握りしめ、柿崎が熱を込めて語り出す。
「そういって彼が指した方角は、人気の少ない林の方でした。はてさて、その先で二人は一体何をするというのか!!」
「あ、はい。わかりました」
どことなく恥ずかしそうに刹那(桜子)が男性(釘宮)の手をとり、そっと指をからませる。
それを見た男性(釘宮)がふっと笑って、刹那(桜子)の体を引き寄せる。
刹那(桜子)の体は軽々と男性(釘宮)の胸元へと引き寄せられ、二人の目線が交錯し、やがて見つめ合った二人は……。
「はい、VTR終了。で、どうだった?」
柿崎のその台詞に反応してしゅびん、と釘宮と桜子が離れた。
「どっから何処までが脚色で、何処までが事実なのよ?」
和美は胡乱な瞳で三人を見つめながら言い放った。
あはは、と罰が悪そうに三人が誤魔化すような笑いを浮かべる。
「えっとね、最後の動作は全部嘘、二人ともそのまま林の奧に消えていったわ。いやー、さすがにそこから追いかける勇気は私たちには無くて……。でも、台詞はだいたいあってるはずよ。『毎晩』とか『好きでやってる』とかいう台詞がなんかやたらと意味深よね」
「うーん。夜な夜な二人が何かやってるのは確実っぽいわね。それで相手の特徴とか判る?」
「二十代前半のがっちりした体格の人だったわ」
これは柿崎。
「わりと格好良かったわよ、時代錯誤な黒いマントはどうかと思ったけど」
次いで釘宮。
「えっとねー、片手になんかおっきい本もってたよ。黄色い表紙の変な本」
最後に桜子。
「「「あと、ものすっごいヒモっぽかった」」」
とどめに三人で。
三人から聞いた特徴をすらすらとメモに書き取って。ぱたんとメモ帳を閉じた。
なんとなく引っ掛かる。深夜のデートにしては些か奇妙な台詞ではなかろうか。柿崎達が言ったように解釈できないこともないが、それにしても変だ。
これが記者としての勘というやつか? 取り合えず和美はこの件を心の隅に置いておくことにした。
「OK、調べとくわ。何か判ったら知らせるから」
「おー。朗報楽しみにしてるわよ」
じゃあねと、和美は軽く手を振って、教室の外に出た。
2.
麻帆良学園は文化部が非常に多い。男子校女子校どころか、高等部、大学部を巻き込んで巨大化して、その全貌が明らかになっていない部活動なんてものもある。
代表的なところでは図書館探検部などが有名だが、朝倉和美が所属する報道部もそんな複合部活動の一つだ。
新聞からTVまで、ありとあらゆるマスメディアを押さえているのがここ報道部である。
報道部を敵に回せば、麻帆良で生きていくことは出来ない。なんて噂もある。
根も葉もないただの噂だと、笑い飛ばすことができればよいのだが。報道部に身を置く和美としては、その噂がただの噂ではないことをよく知っている。
この組織が巨大な情報ネットワークを持っているのは事実だし、各部署との完全連携を取れば嘘を真実にする事すら容易なのもまた事実だ。
火のない所に煙は立たないとはよく言うが、報道部の総力を以てすれば火種なんぞ無くとも煙を焚くことぐらい訳はない。
ゾッとしない話ではあるが、各部署は微妙に対立していたりするからそんな事態は早々起きないので安心といえば安心である。
組織というものは、存外に上手く出来ているものだ。
「朝倉特派員!!」
報道部突撃班の班長に名前を呼ばれたのは、そんな詮無いことを考えていたときのことだった。
「あ、はーい。なんですか班長?」
突撃班は報道部のなかでも特殊な部署だ。
スクープの察知や突撃取材など荒っぽい作業を専門とし、スクープを得るためならば多少の越権行為も問題にならない上、高価な機材の貸し出しもあっさりと認められる。
まあ、その代わり求められるモノも大きいのは事実なのだが。
突撃班はその名前の通り、極めて好戦的な性質をもつ部署だ。
そのため、突撃班に属する人たちは、良くも悪くも行動派な人物ばかりだ。そのため、いろんなネタに首を突っ込むのだが…………。
稀に奇妙な事件が起こる。これは突撃班に限ってのことではなく報道部全体に言えることなのだが、とりわけ突撃班所属の部員によく起こる。
おもしろいネタを見つけた。そういってネタを調査をしていた記者が、1,2日ほど行方不明になり、帰ってくると調査結果からネタのソースまで、それこそ何から何まで忘れてしまうという奇妙なものだ。おまけに資料の全てを紛失してしまうのだから珍妙極まりない。
そういった事件は巧妙に隠蔽され、あまり話に登ることもないのだが、和美はわりと頻繁にそんな目に遭っている人を知っている。
それが、この班長だ。
一番初めは、和美が中等部に入学してまだ間もない頃であった。
いの一番に報道部に入部を決めた和美は、行動力を買われて、突撃班の所属となった。和美としてもその展開は願ったり適ったりであったのだが、その当時に様々な技術を教えてくれたのが班長――まあ、当時は一記者だったが――であった。
基本機材の取り扱い方に始まり、原動機付き自転車を無理矢理動かす方法。ピッキング技術。対象を速やかに追いかけるためのストーキング術。盗聴器の扱い方とその発見法。簡単な暗号学。基本的な電気回路の作り方。汎用リチウムバッテリーの効果的な使用法。サバイバル技術。変装技術一般。
明らかに記者には必要のない技術もあったが、班長曰く「知って損はない」とのこと。
まあ、そんなこんなで季節が春から夏に変わろうかという頃のことだった。
どこからネタを掴んできたのか、班長がいきなり「麻帆良には秘密の地下遺跡がある!!」と言い出して、短期出張に出かけたのだ。
出張から帰ってきて結果を聞くと「何をいっているのかね朝倉特派員?」と真顔で返された。
そのときは、和美は自分の勘違い、あるいは班長のたちの悪い冗談だと思ったのだが、この後何度も同様の事件は続く。
次は、夏から秋に季節が変わった頃だった。「図書館島の地下には地底図書室がある!!」と言い出した。
図書館探検部についていって、帰ってくると「私はなぜ図書館島に言ったのだ」と言い出す始末。
次は、秋から冬になったころだ「麻帆良には数百年を生きた吸血鬼がいる!!」と言い出した。
満月の晩、出かけていった班長は次の日ぼろぼろの格好で発見され、こういった「むぅ。なんで私は張り込みなんぞしたのだろうか?」
次、冬から夏になった頃「麻帆良の学園長は実は仙人だ、いや魔法使いだ!!」とか言い出した。
帰ってくると、やっぱり何も覚えていなかった。
次、春から夏「麻帆良には、魔法少女ならぬ魔法オヤジが存在する。新たな萌えウェーブ到来か!?」
同上。
そんなことが連続して何度も起こったため、さすがに和美も気味が悪くなって、独自にこの事件の調査をしたことがあったが、判ったことと言えば、被害者が優秀な記者であること、あとは追っていたネタが、どことなくオカルト臭いネタであるということぐらいだ。
しかしながら人間というヤツは、いくら不自然だ奇妙だといっても、同じような事が何度も起こるとさすがに慣れるよるに出来ているらしい。
現在では「班長は季節が変わる頃になるとそんなことをやる奇妙な癖がある」だなんて共通認識が突撃班――いや、報道部全体での認識となっている。
班長は無能な記者ではない、むしろ優秀な部類だ。
スクープに関する嗅覚は並はずれたものがあるし、頭の回転もすこぶる速く、更に運動神経までとんでもなく優れており、その行動力はベクトルを問わずとどまることを知らない。
班長は難癖が多いが実力だけなら相当なものを持つ突撃班の面々の中でもトップクラスの優秀さを誇る。
班長が目をつけたネタは季節の変わり目の妄言を除き、必ず真相を暴き、各メディアのトップを飾るのが通例だ。
此処だけ聞くとわりと完璧超人っぽいけれど、その実態は、後輩に原付を無理矢理動かす方法を始めとする数々の刑法違反間違い無しな知識を喜々として教える変人であり、進路希望調査にCIAと書いて職員室を混乱に陥れる愉快犯であり、UFOから魔法までどんと来い、なオカルトマニアだ。
間違っているような正しいような、微妙な才能の使い方をしている人だ。
「朝倉特派員、君に任せたいネタがあるのだが……」
「珍しいですね、班長がそんなこと言い出すなんて、いつもは自分で見つけたネタは自分で追いかけるじゃないですか」
班長が大きくため息をついた。
珍しいことだ。この人はエネルギーの塊のような人であり。嘆息するだなんてネガティブな行動を取るような人ではないのだが……。
「わからん。自分でもわからんのだよ朝倉特派員。吸血鬼事件を追いかけようと思うのだが、なぜかやる気が出んのだ、まったくどうしたというのだ。こんなことは生まれて初めてだ!!」
「吸血鬼、ですか?」
以前、班長が吸血鬼にかかわる何かを調べていたことがあったことを思い出す。
まさか、そのことと班長の不調には何らかの関係があるというのだろうか?
……いや、考えすぎだろう。
「ああ、数ヶ月前から満月の夜になると決まって何人か発見される貧血の女子生徒。そして先週から発見され始めた一切の血液を欠いてミイラ状になった小動物の変死体。この二つの事件の間には一つのオカルティックな存在が見え隠れしている思わんかね?」
「ああ、それで吸血鬼」
「その通りだ、朝倉特派員!! ともかく、このネタは君に一任しようと思うのだが、どうかね?」
先ほど柿崎達に頼まれた、桜咲さんとそのお相手の調査の事が頭をよぎったが、とりあえずこちらを優先することにした。
なにせ班長が目をつけたネタだ、スクープになることうけあいである。
自分で見つけたネタではないというのが少々癪だが、四の五の言っては居られない。これを追わずしては突撃班の名が廃るというもの。
「わかりました。それで、なんか他にお得な情報とかあります?」
「ふむ。そうだな。朝倉特派員、中心街のはずれにある幽霊屋敷を知っているか?」
「ええ、有名な心霊スポットですよね。去年特集を組んだ覚えがあります。撮った写真がことごとく心霊写真になったんでびっくりしました。てゆうか、幽霊ってデジカメにも写るんですね」
「それはともかくだな、一週間ほど前からそこに住み着いている人間がいる」
「へー、物好きもいたもんですね」
「そこに住んでるのがまた怪しげな人物でな、何でも探偵を生業にしているという話だ」
「探偵ですか、それはまた不気味な場所に、うさんくさい人がやってきましたね。でもそれがどうかしたんですか?」
「ここからは極秘事項だ。朝倉特派員、耳を貸したまえ」
言われたとおりに、身を乗り出して耳を突き出した。班長は剣呑な表情で辺りを見回し、ゆっくりと顔を近づけた。
「実は、その探偵なんだがな。学園長が直々に呼び出したらしい。そして、その探偵が麻帆良にやってきたのは、小動物の変死体が発見され始めた頃と一致する。匂わんかね?」
「確かに無関係とは思えませんね。こちらの方でもあたってみます」
「頼んだ。結果如何によっては麻帆スポの一面に載る、がんばってくれたまえ」
「ええ、期待しててください。絶対にスクープ取ってきて見せますよ」
「ほう……。大きく出たな、朝倉特派員」
班長が楽しげに唇を歪ませて、くっくと笑った。おそらくは嬉しさから来る笑いなのだろうが、その笑い声はどうしても凶悪なものを孕んでいる気がして仕方がない。気が弱い人ならトラウマになること必至だ。
そのまま、安っぽい業務用の椅子に背を預けて体を伸ばすと、ふと思い出したような顔をして、再び和美に詰め寄った。
「……話は変わるが、朝倉特派員。君の担任は噂の子供先生だったかね?」
「ええ、そうですけど。それが?」
「いつもでっかい杖を持ち歩いているという話を聞いたのだが、本当かね?」
「登下校の時はいっつも持ち歩いてますね。さすがに授業中は職員室に置いてるみたいですけど」
それが何か? と和美が訪ねようとしたところで、班長は真剣な顔で考え込みはじめた。
「ふむ。ふむん。匂う、匂うぞ!! なんかしらんがスクープの匂いがする!!」
がたん、と班長が椅子をけっ飛ばすようにして立ち上がる。机の上から取材道具一式を鞄の中に詰め込んで、しゅたっと鞄を背負った。とどめに「報道部」とでっかく書かれた腕章を腕に通して準備完了。
「よーし、今度のテーマは『噂の子供先生は魔法使い!! 英国はホグワーツ魔法学校からの留学生!?』。では朝倉特派員、後のことは頼んだぞ!!」
そのまま、部室を飛び出していった。
またとんでもないことを言い出した班長を見送って、
「そうか、もうそんな時期かぁ……」
なんて事を呟いた。
和美は窓の外をぼんやりと見やった。降り注ぐ太陽の光は、冬と言うにはいささか温かすぎた。
3.
「うーん。割と証言が断片的よねぇ……」
学園内で聞き込み調査その他諸々を一端終了し、朝倉和美は喫茶店で一息ついていた。
愛用の手帳をぱらぺらぱと捲りながら、情報の整理を始めた。
満月の吸血鬼事件について。
貧血で倒れた女生徒達に会ったのだが、皆口をそろえたように、貧血で倒れることの前後のことは覚えていないという。偶に「黒いマントをつけた人物を見た気がする」と証言した人も居たが、記憶が曖昧すぎてハッキリとは覚えていないと言った。
その中に一人だけハッキリとした証言をした。つい先日被害にあった――と思われる――ばかりの聖ウルスラの女生徒だ。
この女生徒だけは黒いマントを着た男性を見たと話したのだ。
「ん? 黒いマントの男性? どっかで聞いたような……」
被害者たちに共通しているのは皆年齢が若いと言うこと、大体和美と同い年かプラス3歳マイナス2歳といったところだ。
あとこれは私見になるのだが、被害者は共通して、皆何というか『艶っぽい』のだ。同姓の和美の目から見てもゾクりとするような仕草がそこかしこに見え隠れした。彼女たちのような女性が、将来魔性の女とか呼ばれるようになるのかもしれない。
「いくら変な事件が続いたからって吸血鬼なんてものがいるわきゃないのよ。漫画や小説じゃないんだから」
和美は吸血鬼の存在をあまり信じていなかった。幽霊を見た経験はあったものの、吸血鬼となると話は別だ。
『吸血鬼』などと言うオカルティックでファンタジックなモノが現実に存在するとはとうてい思えない。
『麻帆良に吸血鬼がいる』というのは、ただの噂だ。
こういった類の噂は概して現実離れした――人面犬しかり、口裂け女しかり――ものである。現実じみた要素を持つ話――その真偽是非は問わず――を元に、話が面白可笑しく、時には恐ろしく謎めかし、さらに優良な娯楽として機能するように創造され、人の口を経るたびに更なる改良が施されてゆく話こそが噂である。
「満月の夜」「決まって貧血に陥る年若い女性」「謎の黒いマントの男性」
これらの要素は、まさしくブラム・ストーカーの小説に登場するような『吸血鬼』の存在を連想させる。ならば噂好きな人々の間で『吸血鬼』という幻想が作り出されても仕方がない。
そのために『麻帆良吸血鬼が住んでいる』などという現実ばなれした噂が横行したとしても何ら不思議はない。
しかし、調べている内に奇妙な事に突き当たった。吸血鬼に関する噂は最近になって急に流れ出したモノではなかったのだ。女性達が被害に遭うずっと以前。おそらくは15年ほど前から麻帆良には吸血鬼の存在を仄めかす噂があった。しかしそれらは「学園七不思議研究会」「学園史編纂室」「オカルト研究会」などの一部のサークル、団体のなかで細々と語り継がれてきたもの――おそらく、班長が昔探っていた吸血鬼ネタのソースはここだ――であり、今回のように大規模に広まった事は無かった。
吸血鬼に襲われた(と言われる)女性達が発見され始めたのはここ数ヶ月になってのことだ、なのに何故吸血鬼の噂が15年も前からひっそりと伝えられていたのだろうか?
同様の事件が以前にも発生した、そう考えることもできる。
残念ながら今回の調査でそのような事件が本当に発生したかどうかという確認を取ることは出来なかった。
またいずれ詳しく調査する必要があるかもしれない。
ともかく一度、吸血鬼事件の犯人像を想像してみる。
目撃情報にある「黒いマント」。このことから察するに、犯人は自分を吸血鬼と思いこんでいる、あるいは吸血鬼に対する強いあこがれを持っているのではなかろうか。
「吸血鬼の噂」をどこかで知った犯人は、その噂に乗じて、女生徒たちに悪戯を敢行することにした。
いや、別に知らなくても良い。全ての情報を関連づけして考える必要はない。その噂を知らなくとも、同様の行動を取る可能性はある。
犯人の性格は典型的な自己陶酔型だと推測される。自分が行っている犯罪行為をある種の英雄的行為だと思っているのではなかろうか?
そして満月の夜になると、麻帆良を徘徊し、目をつけていた女性に襲いかかる……。
…………いくらなんでも、無茶苦茶な推測だ。
そんな異常者が居たとしても、そんな馬鹿っぽいヤツならばあっという間に警察のお縄につくだろう。
そもそもどの様な方法で女性を貧血に貶めるというのだろうか?
それに、今回の事件での異常性の一つに目撃情報の少なさが上げられる。
被害者の女性達は大体の場合において「何も覚えていない」のだ。ぼんやりと「黒いマントの人物・男性」という目撃情報があったが、あまりにも曖昧な証言だ。
一人二人がそのような証言をしているというのならまだ判る。衝撃的な事件によって記憶の混濁が起こるのは珍しい話ではない。しかし、10人以上の人間が、殆ど何も覚えていないというのはあまりにも不自然な現象では無かろうか?
吸血鬼。
伝説に曰く、吸血鬼とは人間の姿をした人外の化け物である。
その名の通り人の血をすすり、蝙蝠や虫やオオカミを自在に操り、幾多の超常めいた力を持つと聞く。人を凌駕した人の形をした別の何か。
なるほど、この事件の犯人を吸血鬼とするならば、すべての点においてきわめて合理的な説明を行うことができる。
血を吸うのはの食事。
被害者がろくなことを覚えていないのは、超常の力――たとえば魔法とか魔術とか――を使用しているため。
証言にある「黒いマント」。なるほど、吸血鬼ならばそのような格好をしていることだろう。実に吸血鬼らしい!!
――なんて馬鹿馬鹿しい。そもそも「吸血鬼」が存在するという仮定がトチ狂っている。
そんな馬鹿な考えに行き着いて、和美は自分の思考を一端放棄する。
ため息をついて、コーヒーカップを手に取る。
すっかりぬるくなったコーヒーに口を付けながら、再びメモ帳に目を落とした。
次。小動物の変死体について。
これは和美が予想していたよりも調査が難航している。
奇妙なことに、こちらは犯人の目撃証言が一つたりとも無いのだ。先の事件とて曖昧な証言ばかりであったが、こちらは更に徹底している。
毎日のように小動物の変死体は発見されている。しかも、始めの頃は小鳥や鼠といった小動物ばかりだったのだが、今朝発見されたのは大型犬の変死体であった。
徐々に標的が大きくなってきている。
だと言うのに不審者の一人も見つかっていない。
不自然だ。
何処の変質者が吸血騒動に乗じて動物たちを虐待しているのかは知らないが、目撃例が一つたりとも無いのはいくらなんでもおかしい。
手のひらサイズの動物ならともかく、大型犬をだれにも見られずに全身の血液を抜くなどと言う尋常ならざる手法で殺したり出来るものか?
そういえば、聞き込みをしている最中にもう一つ奇妙な噂を聞いた。
それは、動物が悲鳴を上げながら空を飛ぶ、あるいは宙に浮かぶというという荒唐無稽――いや、吸血鬼という話も十分荒唐無稽ではあるが――なものだった。
悲鳴というのがまた奇妙で、動物ならば絶対に上げることの出来ないような、明らかに知性を感じさせる酷く耳障りな、嘲るような笑い声のようにも聞こえたという話だ。
昨日犠牲になった大型犬の飼い主に取材を試みた時も似たようなことを言っていた。
曰く、
「最初は、あの子は何かに警戒するように吠えていたわ。その後に奇妙な声が聞こえたの、えっとなんていったら良いかな。今まで聞いたこともない音だったわ。音というよりも、声といったほうがふさわしいのかも知れない。でも、あんな声、人間が上げるようなものじゃなかったわ。……今思えばアレは笑い声だったかもしれない、でもあんな気味悪くて耳障りな声の主がこの地球上に存在しているだなんてとうてい想像できないわ。そのあと気になって庭を見たら、あの子はどこにもいなくて、酷く鋭利なナイフか何かで切られたようなリードだけが残ってたの……」
とのこと。
こちらの事件にも背後に吸血鬼じみた存在の影が見え隠れするのだが、先ほどの吸血鬼と比べるとどうも調子が違う。
二つの事件には目撃者が少ない、吸血鬼じみた犯人の影があるという共通点があるが、もしかしたら、二つの事件は全く別のモノなのかも知れない。
理由はいくつがあるが、その中でも最たるものは、被害状況と発生時期の差だ。
満月の夜の事件の被害者(とおもわれる)人々は皆、誰も程度が軽い。貧血に襲われた女性達は、翌日か、長くとも2,3日中には完全に回復している。しかし、小動物達はどれも皆酷い手段で殺されている。
小動物達が変死体となって発見され始めたのは、ここ最近のことだ。丁度一週間といったところであろう。
しかし、満月の夜のみに起こるあの事件は、数ヶ月前から数件ずつ起こっている。
こうしてみると、犯人は二人いるのでは、という考えが浮上してくる。
時期的には満月の事件の方が早い。
となると、満月の事件と吸血鬼の噂を聞きつけた別の人物が模倣的な犯行を繰り返しているのかも知れない。
しかし、満月の夜の事件はともかくとしても、動物たちが変死体となって発見される事件においてどの様な手段を用いれば、動物たちがあのような姿――ミイラ状にされ全身を切り刻まれる――などという姿に成り果てるというのだろうか?
ある種の化学薬品によるものか、あるいは大がかりな機械装置によるものなのであろうか。
どの様な手段を用いたのは判らないが、このように異質で凶悪な犯罪を、一切の目撃例を出さずに、幾度と無く繰り返すことは本当に可能であろうか?
おそらくは不可能だ。
しかし、現に事件は起きている。ならば何らかの手段を用いて犯行に及んだはずだ。
流石に班長が探し出してきたネタだ、一筋縄ではいかないような気配がびんびんする。
「やっぱり、まだまだ情報が足りないわ……」
再びため息をつきながら、コーヒーを啜った。冷め切ったコーヒーは不味かった。
窓の外を見ると、そろそろ日も落ちようという気配があったが、後一つだけ、噂の探偵の所を訪ねようと決めた。班長から聞き出した話が確かならば、何らかの情報を握っているはずだ。
会計をすませて、カウベルの音を背に店の外に出た。
4.
喫茶店を出たところで、和美はとんでもなく綺麗な女性を見つけた。
その人は、道ばたのベンチに腰掛けていた。和美と同じような髪型をしていたが、共通点と言えばそれくらいのモノであった。大きく胸元の開かれた濃紫色のスーツから覗く豊満な乳房はなんというか非常にうらやましかった。手足の細さからすると、あり得ない大きさだ。和美もバストのサイズには割と自信があったのだが、これにはさすがに負けたと思った。
それに何より、特殊な引力めいた魅力――それこそ、男女の差など些細なモノだと言わんばかりの――を持つ奇妙な女性だった。
物憂げな表情で何かを見つめるその姿は、まさしくゾッとするほど美しかった。一種のシュールレアリズムにも通じる、あるいは夢の世界においてのみ存在する、すなわち現実には存在し得ないような偶像めいた美を持っていた。
フレームレスの眼鏡の奧。鮮血めいた色をもつその瞳はまさしく王冠に備えられるべき紅玉のそれである。透き通ったその瞳は、どことなく深く、暗く、なぜだか禍々しいようにも見えた。
半ば放心した状態で和美がその女性に見入っていると、女性が和美の視線に気がついた。
くすり。女性はそんな微笑みを浮かべた。
真っ赤なルージュの引かれた唇はどういうわけだか和美の情欲を酷く刺激する淫靡な色を放っているように思えた。
その女性の視線に、まるで背筋を真綿で撫でられるようなよくわからないモノを感じたが、ともかく和美は会釈した。
「こんにちは、お嬢さん……ああ、もうこんばんわという時間かな?」
「こんばんは。すみません。なんか見とれちゃいました」
「いやいや、別に気にしてないよ。僕はこれでも女だからね、人に注目されても別に悪い気はしない」
ちょっと巫山戯たような仕草で女性は答える。
どことなく話しかけやすそうな人だったので、和美は、先ほどから疑問に思っていることを訪ねることにした。
「何を、見ていたんですか?」
「ん?」
「いえ、何かをじっと見ているような様子だったので」
「懐かしいモノを見つけたんでね。ちょっと見入ってしまったんだ」
そう言って、女性は真向かいのアンティークショップを指さした。
「懐かしいモノ、ですか?」
手袋に包まれた指先にそって、和美は視線を動かした。
アンティークショップの道路側に面したショウウインドーの一番下の棚、執拗なまでの数の蛍光灯と白熱電灯――明らかに複数の電源から電力供給を受けている――を据え付けられ、煌々とした光の中に照らされた中に和美はそれを見た。
有り体に言ってそれは匣と石であった。
しかしながら何とも奇妙な一品であった。
不均衡な形をした黄色っぽい金属製の匣には奇妙な装飾が施されていた。今まで見たこともないような動物たち、それも酷く気味の悪い、おおよそ地球上には存在していないであろうことが容易く想像できる鳥獣達――そもそもそのように既存の分類法で分類できるモノであるかどうかは疑問だった――がうねり、絡み、所狭しと並んでいた。
そして、その中にしまい込まれたモノもまた奇妙なモノであった。大きさは大体直径10センチほど、不揃いな平面で構成され、おおざっぱに見れば球体にも見えた。平面はどれも黒く、一種の結晶体であるようにも見える。所々に赤い線が入っていて、それはそれは奇妙なモノであった。
その結晶体は金属の帯と七つの支柱で匣の中如何なる面にも接すること無きよう厳重に固定されていた。
「あの奇妙な匣ですか?」
「そう、アレだよ」
「なんなんですか、アレ?」
そういいながら、和美の視線は、黒い不規則多面体に吸い込まれていた。
なにか、何かが見えそうなのだ。此処ではない何処かが見えそうだったのだ。
それは例えば、天に向かってそびえ立つ奇妙な石碑の影であったり、果てのない砂漠であったり、巨大な石造建造物であったり、海中にある非ユーグリッド幾何学的な都市のようでもあった。どれもこれもどこか曖昧模糊とした異界めいたものばかりであったが――。
「――ドロンっていうんだ」
女の人の声に、はっとなって、和美は件の多面体から意識を離した。
どうかしている。今のは何だったのだろうか。幻覚か?
「ちょっと前に、人にプレゼントしたものなんだけど、何の因果かあんな所に並んでるんだ。まあ彼にあげたモノとはまた別物かもしれないけどね」
和美のその様子を知って知らずか、女性は話を続ける。
「その人って、もしかしてお姉さんの彼氏?」
「うーん。ちょっと違うかな。僕は彼のことをとても大切に思っていたんだけど、彼の方はそうでもなかったみたいでね。無理矢理押し倒したら嫌われちゃった」
「お、押し倒した!!」
「割と用意周到にじわじわと責め立てたんだけどねー。微妙にフラグ立てとか頑張ってみたりとか、いやー、でも最後の最後で詰めを誤ったかな」
からからと笑いながら女性が言った。
こんな綺麗な人を振った人物が居ることも信じられなかったが、それよりも、
この人に襲われて、抵抗できる人間がこの世に居るなんてとうてい信じられなかった。
というか、大胆な人だな。などと和美は柄にもなく頬を染めた。
「そのときの台詞がまた酷いんだ、「アンタのこと嫌いじゃ無かったけど。俺はロリコンだから、アンタみたいなババァは抱けない」って」
「うあ、真性のロリコンってホントに居るんですね」
そういえば、委員長ショタコンだったっけかなんて事を思い出す。
彼女の場合ビジュアルが大変よろしいので特に問題は無いような気もするけど、やっぱり年下の少年にハァハァするのはどうかと思う。
「意外と身近に居るものさ。気をつけるんだよ、君みたいなかわいい子は特に」
「いや、私なんてお姉さんに比べたら全然ですよ……。それで、あの匣どうするんですか、買い戻したりは?」
そういった和美に対して、女性は再びくすりと笑った。
「ちょいと複雑な理由があってね。僕はアレに触ることが出来ないんだ。まあ、時が来ればなんだかんだで彼の元に帰ると思うから別段心配はしてないんだけどね」
よく意味の分からないことを言って、女性は立ち上がった。
座った姿からも想像していたが、ヒールも履いていないと言うのに相当背が高い。顔立ちは東洋系のものだったが、もしかしたら外国の人かも知れない。
「さて、ちょっと長居しすぎたかな。そろそろ仕事に戻るとするよ、つまらない話につきあってくれてありがとう」
「いえ、とんでもありません」
「お詫びに一つアドバイスを、今日は用が済んだら道草なんてしないこと。何があっても見ないふりして帰りなさいな。でないと酷い目に遭っちゃうよ」
ばいばーいと、スーツと同じ濃紫色の手袋に包まれた手を振って女性は消えていった。
「どういう意味だろう?」
不思議な雰囲気を持つ人だったな、などと思いながら、再び件のアンティークショップに目をやった。
「あれ?」
先ほどまでショウウインドーに飾られていたあの匣は、何時のまにやら姿を消していた。
店主の手で店の奥に仕舞われたのだろうか。
「…………変なの」
肩をすくめて和美は本来の目的を思い出した。
目指すは街の外れ、幽霊屋敷に住まう謎の探偵だ。
File05「朝倉和美、探求す」…………………Closed.
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