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File08「まほーのほん」 投稿者:赤枝 投稿日:04/21-01:49 No.350
魔導探偵麻帆良に立つ
File08「まほーのほん」
1.
麻帆良学園中等部大浴場「涼風」。
ここは女子中学生の秘密の花園であり、男子禁制の禁断の地である。
「えーーーーーーーー!!」
最新式の設備の整ったこの豪華風呂に乙女の悲鳴が響き渡る。
覗きではない。
どっかの探偵が不埒にも覗きを働いたなんて事実はこれっぽっちも無い。無いったら無い。
しかしある意味覗きに勝るとも劣らない危機が悲鳴の主――神楽坂明日菜、およびバカレンジャー――に襲いかかっていた。
すなわち、
「今度の期末で最下位になったクラスは解散!?」
「それだけじゃなくて特に悪かった人は留年!! それどころか小学生からやり直しとか!!」
という危機的状況。
早乙女ハルナのその追加情報に、明日菜はその光景を想像した。
黙考三秒。とんでもなく屈辱的かつ呑気な画像があっさりと脳内に投影される。
ランドセルをしょって――もちろん、縦笛と体操服は標準装備だ。趣味嗜好如何によっては縦笛を定規に換装することも可能だぞ!?――みんなと一緒に集団登校をする様は、想像するだけでも耐え難い。
いや、想像ではない。もしかしたらこれが現実になるかも知れないのだ。
「そんなの嫌よーーーっ!!」
まき絵も悲鳴を上げる。どうやら明日菜と似たような想像をしてしまったらしい。
流石に追加情報はうさんくさいと思ったのだが、この学園と来たら10歳児のネギを無理矢理教師に仕立てるようなトンデモない所だ。
教育基本法をピクニック感覚で無視するような学校であるからして、そんな事態が絶対に起きないとは言い切れない――なんてことだ!!――のが恐ろしい。
しかし今から勉強したとしても間に合うかどうか、期末試験は三日後に迫ってきている。
一応は努力しているとはいえ、それでも最下層をうろうろしている明日菜としては、今後の展開は割と絶望的だ。
奇跡か何か――例えば魔法とか――が起きない限り、無理っぽい。
バカレンジャーズは全員大体似たり寄ったりの考えに行き着いた。
絶望だ。
女風呂という男子諸君にとってはある種の希望と下劣な祝福が約束されているはずのアルカディアに、絶望が充ち満ちていた。
「こうなったら、もうアレを探すしかないかもです」
「何か良い方法があるの!!」
藁にも縋る思いで明日菜が夕映に話を促す。手に持った抹茶コーラという謎飲料はドン無視だ。
「『図書館島』は知っていますよね? 我が図書館探検部の活動の場ですが……」
「一応ね。あの湖にあるでっかい建物でしょ? 割と危険な所ってきいたこともあるけど」
「実はその図書館島の深部に、読めば頭が良くなると言う魔法の本があるらしいのです」
抹茶コーラをちゅーちゅー吸いながら、夕映が続けた。美味いのか不味いのか微妙に気になるが、やはり無視する。てゆうか風呂に飲み物持ち込むなと言いたい。
「大方できの良い参考書の類だとは思うのですが、それでも手に入れば強力な武器になりますです」
魔法。魔法である。
ちょっと前までは魔法なんてものはこれっぽっちも信じていなかったが、今となっては話は別だ。
なにせ、今自分の部屋には『魔法使い』が住んでいる。
そうだ。魔法使いが居るのならば、魔法の本があったって何の不思議もないじゃないか!!
「行こう!! 図書館島へ!!」
絶望に倒れたものは立ち上がるほか無いのだ。
絶望にその身を囚われ、そのまま死んでゆくなんて無様は、それこそ負け犬の所行。
その先にどんな苦難が待ち受けていようとも、希望がその先にあるのならば立ち上がり歩んで見せようではないか!!
「ただ、ほんのちょっとだけ気になる噂がありまして。魔法の本を探しに行った人たちは、例外なくぶよぶよしてたりぬるぬるしてたりするものが苦手になって帰ってくるらしいです」
夕映のコメントは明日菜の耳には入らない。
冒険か。なぜだか知らないが腕が鳴る。
胸の奥から、なんというか沸々とした何かがわき上がってくる。そうか私はわくわくしているのか!!
なんかもう怖いもの無しな気分になってきた。インディージョーンズよろしく、見事『魔法の本』をGetしてくれる!!
すっぽんぽんのまま湯船の中立ち上がった明日菜が力強くガッツポーズ。
目にはお星様がキラキラと輝いている。
「おお、明日菜が燃えとる」
微妙に間抜けな姿を曝している親友を見つつ、後ろで木乃香が呟いた。
2.
湖にうかぶ図書館島は、イタリア修道院を彷彿とさせる作りをした、厳めしい建造物だ。
2-A図書館島探検隊「バカレンジャーズ+1」ほかシェルパ&地下連絡員は図書館島大図書館入り口の裏口。図書館探検部しか知らない秘密の入り口の前に立っていた。
眠っていたところを明日菜に無理矢理連れてこられたネギは、眠たげに船をこいでいる。
「私、あんまり図書館島には縁がないけど、凄いトコよね」
「ええ、あの図書館島の大図書館は、明治の中期に学園創立とともに建設された世界でも最大規模の巨大図書館です。その蔵書量は大英図書館に、その稀覯本の質ではミスカトニック大学付属図書館に勝るとも劣らないといわれています」
「大英図書館は何となく分かるけど、ミスカトニック大学ってどこ?」
夕映の話に明日菜がつっこみを入れる。
「アメリカはマサチューセッツ州のアーカムシティにある大学です。MITと肩を並べる名門大学ですね。付属図書館には、一般人にはとても見せられないような稀覯本も数多く置いてあるとも聞くです」
夕映が答える。明日菜はミスカトニック大学は知らなかったが、世界的な都市であるアーカムシティの存在は知っていた。
アーカムシティ。
冷めることを知らぬ街、眠る事を知らぬ街、大混乱時代にして大黄金時代にして大暗黒時代が永久に続くとまで謳われる、現代の魔都アーカムシティ。
全ての希望が其処にあり、全ての絶望が其処にあり、あらゆる闇が其処に住み、あらゆる光が其処に住む。何処よりも近代的な街でありながら、産業革命期のロンドンよりも謎めいた街とも聞く。
「アーカムシティかぁ。私、あの街では毎週の様に巨大ロボットが大暴れしてるって話を聞いたことがあるんだけど……」
ハルナが思い出したように言った。
その話に、まき絵が飛びつく。
「あ、それ私も聞いたことがある。えっと、たしかその巨大ロボットを生身で倒すヒーローがいるんでしょ?」
「そうそう、それでそのヒーローがとんでもなく貧乏だって話も知ってる?」
ハルナとまき絵が、なにやらとんでもない話にやいのやいのと花を咲かせる。
やれ二丁拳銃のヒーローだ。バイクにまたがった仮面ライダーもどきだのという話がポンポンと飛び出す。
明日菜は最近魔法だとかそんなとんでもない話のおかげで、その手のとんでもない話にはいくらか耐性が付いてきたが、流石に巨大ロボットは無いと思う。漫画かアニメじゃあるまいし。
やれやれと肩をすくめながらその様子を見ていると、ちょっとだけぼーっとしている木乃香が気になった。
「木乃香? どうかしたの?」
「え、ああ。ちょっと瑠璃さんのこと思い出しててな」
「瑠璃さん? 誰それ?」
「えっとね。覇道瑠璃さんっていって、じいちゃんの友達の鋼造じいちゃんのお孫さん。ウチよりも年上なんやけど。なんや絵本に出てくるお姫様みたいに綺麗なひとなんよー」
「…………えっと木乃香? 覇道ってあの覇道?」
アーカムシティときて、覇道といえば、あの覇道であろう。
なにせアーカムシティはかの世界的大財閥、覇道財閥の本拠地でもある。
「うん。鋼造じいちゃんは今息子さん達に総帥の座を譲って隠居しとるんよ。すごい元気な人で、今でも世界中を旅しとって、今はセラエノってとこにおるらしいで。こないだ絵葉書が届いてなぁ、なんやかっこええ巨石造建築物をバックに元気にピースサインしとったで。でも鋼造じいちゃんの隣に写っとったあのサングラスのおじいさんって誰やったんやろ?」
その場にいる全員(半分寝ているネギを除く)の背中に戦慄が走った。
世界有数というか、むしろ世界のトップを牛耳っているあの覇道財閥の存在を知らない者はこの世界には存在しない。委員長の雪広財閥も有名だが、流石にあの覇道が相手ともなるといささか分が悪い。
それに、『鋼の巨人』覇道鋼造の話は有名だ。
一代で、世界の半分を手に入れたとまで言われるあの世界一の大金持ちにして、稀代の冒険家、覇道鋼造。
彼の武勇伝は諸説様々、それこそ星の数ほど在ると言われている。
アリゾナで金山を掘り当てて以来。まるで未来を知っているかのような超人じみた先見性を発揮し、無謀としか思えない投資の数々を全て成功に納めてきた大人物。ニューヨークで活動していたかと思えば、次の日にはコンゴ盆地の現地民族と酒を飲み交わす大冒険家。
覇道鋼造のあまりの活躍ぶりと、重工業を中心に財を成したことにより、人は彼のことを『鋼の巨人』覇道鋼造と呼ぶ。
一部では、彼は少女の姿をした悪魔と契約した守銭奴だの、魔導の深淵を知る魔術師だのという荒唐無稽な噂もある。
覇道鋼造の恐ろしいところは、それらが全て冗談であると一蹴出来ない事にある。
その手腕、その財、その才能。
現実離れした、それこそ英雄譚<ストーリー>の中に出てくる英雄<ヒーロー>の如きの活躍は、まさしく神の寵愛を受けているか、もしくは悪魔を隷属させているとしか思えないものばかり。
覇道鋼造は魔術師である。そんな現実離れした話を『もしかしたら本当なのかも知れない』と、人々に思わせることこそが覇道鋼造の実力を如実に表しているといえよう。
今更ながら木乃香がお嬢様であることを思い知らされ、恐れおののく皆の衆。
「そ、それはともかくとしてですね、さっさと行きますですよ。ハルナ、のどか。ナビはまかせましたよ」
「OK。任せなさい。部室から最新マップギってきたから楽勝だよ」
「え、えっと。あの、みなさん頑張ってください」
「ではいきますですよ、みなさん!!」
そう言って、夕映は秘密の扉を開いた。バカレンジャーズ+1が後に続く。
古い本の匂いをはらんだ風が、皆の頬を撫でた。
3.
特殊資料整理室はいくらかか分室がある、おおっぴらには見せることが出来ない非常に危険な書物の類ばかりを納めた資料室はいくつか存在し、その危険度によって分けられる。奥涯館長が被害にあった『妖蛆の秘密』ともなると、誰にも手がつけられないように図書館の地下にある封印施設に安置される。もっとも、その部屋には現在数冊の書物しか封印されていないが。
もともと、強力な魔導書は個別で活動する魔術師<マギウス>達やミスカトニック大学が寡占しているのだ。そもそもを言えば魔法使い達が『妖蛆の秘密』という有名な魔導書を所有している方がおかしいといえばおかしいのだが。
しかしながら、そのような場所で司書を働かせるわけにもいかないので、図書館の地上部分にちゃんとした執務室も備え付けてある。
今、特殊資料整理室の執務室の中で、一組の男女がチェス盤を挟んで対峙していた。
「はい。これでチェックメイトだ」
そう言って濃紫色のスーツを着た女性が、黒いチェスの駒を動かした。
盤面の上、女と対峙するのは、白いフード付きマントを羽織った男。
端正な、けれどもどことなく悪戯好きそうな顔を苦々しげに歪めながら、盤面を睨みつけた。
「――逃げ場なし、と。ええっと、これで私の何敗目でしたっけ?」
「さあ? 覚えていないよそんなこと。ただ、君が僕に一度も勝ったことが無いということだけは事実だね」
「いや、本当にお強い。私はこれでもチェスには割と自信があったのですが……」
「僕は謀略知略の類は得意だからね。僕の上をいくやつは早々居ないんじゃ――あー、一体というか一柱だけいるなぁ。連中には一杯食わされた」
「ほぅ。貴女を負かすような相手が存在するとは、世界は広いですね」
「ま、いずれ機会を見てリベンジといったところかな――ん?」
女は、ぼんやりと中空を睨みつけて、ひのふのみ、と数えるような動作をした。
「どうかしたんですか?」
男は、突然の女の奇行におどろいた風もなく、チェスの駒を元の位置に戻しながら聞いた。
「いやね。裏口からお客さんがやってきたようだ、人数は――7人、割と大人数だね」
「おや? 侵入者ですか? 魔術師<マギウス>達だとすると少々やっかいですけど」
「違うね。魔術師<マギウス>にしては動きが素人臭すぎる。隠匿魔術も一切使用していないし――」
「ああ、ならたぶんアレですよ」
そう言って男はふわりとした笑みで――どう控えめに見ても、詐欺師みたいな笑い方だ――答える。
「アレ? アレってなんだい?」
「この時期になると毎年やってくるんですよねぇ。『図書館島には頭が良くなる魔法の本がある』って噂を真に受けて本を手に入れようとする学生達が。まあこの時期の風物詩といった所でしょう――まあ、毎年たいてい何処かでヘマをして、地下のアレらの手によって地上に放り出されるのが常なんですけどね」
やれやれといって、女が肩をすくめた。
「まったく、人間ってのは何時の世も変わらないもんだね。楽な方法があるとすぐにそれに飛びつく。何千年経ってもかわりゃしない」
「否定は――できませんね。それでもまだまだ人間は捨てたものではないと思いますけど」
「それは――どうかな? でも、僕には人間をどうこうしようって気は無いよ。君たちほどからかい甲斐がある種族も珍しいしね、滅ぼすにはあまりにも勿体ない」
「そうですか。それなら良いのです。今の私の夢は、貴女にチェスで勝つことですからね、今そんな目に遭うのは少々悔いが残るというモノ――というわけで、もう一戦どうです?」
「いや――用事を思いついたからね。今日はここまでにしておこう」
そう言って女はソファーから立ち上がった。
「はて、用事とは?」
「僕は思うんだけどね――」
「なんでしょう?」
「悪い子にはお仕置きが必要だ。そう思わないかい?」
そう言って、女は実に楽しそうに笑った。
悪戯を思いついた子供の笑みだった。
4.
図書館島地下。
奇妙な場所だ。
大層珍しい稀覯本がぎっしりと本棚に並べられている光景はまさしく壮観。
ある一定の規則に従って配置された本棚はまるで何かの儀式に使う魔法陣の如き様相を呈していた。
数々のトラップに驚き、バカレンジャーズの運動能力に驚きながら、ネギはとことこと、明日菜の後について、ダンジョン攻略よろしく図書館の中を歩いていた。
と、ここまできて、ネギは割と根元的な疑問に突き当たった。
それはすなわち、
「ところで、明日菜さん。どうしてこんなトコに来たんですか? それもこんな大人数で」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ」
そうだったかなといって、明日菜はネギにかくかくじかじかと説明した。
「えーー!! 此処には読むだけで頭の良くなる魔法の本がある~~~~!?」
「そーらしいえー」
「手伝ってよー先生」
そう、呑気に言う木乃香とまき絵。
「ちょっと明日菜さん。魔法に頼るなって、今日自分で行ったじゃないですか~~~!!」
明日菜の言葉にほだされて、一教師として生徒とぶつかってやろうと、三日間魔法を使えないように自らに制約を掛けた自分はいったい何だったのか。ちょっぴり悲しい。
「こ、今回は緊急事態だし、固いこと言わずに許してよ。ほら、私たちの成績が悪いと大変なことになっちゃうし」
大変なこと――、たしかに2-Aが最下位脱出しなければ自分は教師になる道を絶たれ、ひいては立派な魔法使い<マギステル・マギ>になる道も断絶されてしまうわけだけど。
もしや明日菜達は自分の為にこんな行動に出たというのだろうか。
そうであれば――なんというか凄く嬉しい。
これが教師冥利につきるとかいうやつかもしれない。
しかし、問題は魔法の本である。
一般に魔法書と言えば、魔法の教本や、魔法に関する叡智が記された神秘の書のことを指す。のだが――
「明日菜さん。ちょっとちょっと」
ぼそぼそと耳打ちするように、ネギが明日菜に言った。
「え? 何、どうかしたの?」
「マズいかも知れません。魔法の本っていってもいろいろ種類があるんですけど――」
「なによ、ハッキリしないわね」
「いえ、魔法の本は確かに存在するんです。明日菜さんがいったような頭が良くなるような本も存在する可能性は十分あります」
「本物の魔法使いの保証があるんなら大丈夫よね。おーっし!! ますますやる気が出てきたわ!!」
「ただ。ちょっと不安な事があるんです」
「不安なこと?」
「はい。魔法に関する知識を記した本を総称して魔法の本、あるいは魔法書ってゆうんですけど。不思議な力をもつ本の中には『魔導書』って本があるんです」
「魔導書? 魔法の本とどう違うっての?」
「それは――」
「ふたりともなにしてるんですか、さっさと先に進みますですよ」
ネギが詳しく語ろうとしたところで、夕映から声が掛かった。
「ゴメンゴメン――その話はまた後でね、ネギ」
そういって、明日菜は話を切り上げて、先に進んでいった。
あまり広くはない本棚の上を怖がる様子もなくすたすたと力強く歩く。
「あ、ちょっと!! 明日菜さん!?」
仕方なく、ネギもその後に付いてゆく。
明日菜の背中を追いながら、ネギは思考の海に意識を沈めていった。
魔導書。
ネギが魔導書について知っていることはあまり多くない。
魔法使いとは異なる技術体系を持つ、もう一つの奇跡を使う人たち。それが魔術師<マギウス>。
魔導書とはその魔術師<マギウス>たちが使う魔術発動媒体のようなもの――らしい。
詳しくは知らない。
学校でも村でも魔術師<マギウス>の話題はタブーとされていた。
ただ、同じ神秘を使う身としては、仲良くできないことはちょっとだけ悲しかった。
そのことをネカネに言ったら。
姉はほんの少しだけ悲しそうな顔をして「ネギはやさしいのね」とだけ言った。
魔導書と魔法の本の詳しい違いをネギはよく知らない。
けれども魔法使いの社会のなかで魔導書は禁忌とされていて、魔導書と契約した経験があれば、それだけで偉大な魔法使い<マギステル・マギ>になることが出来なくなるそうだ。
魔導書と深く関わるものに偉大なる魔法使い<マギステル・マギ>になる資格はない。ということらしい。
そのため、ネギは魔導書を目にしたことはなかった。
それに、大人達は「魔導書を読んではならない」と言っていた。
読むだけではなく、出来ることなら触れない方がよい、更に言うなら関わりすら持つな。とも。
大人達の言うこともまあ、もっともであった。
ネギの故郷イギリスでも魔術師<マギウス>の底意地の悪さはよく知られていた。
例えばイギリスのサリー州に住む魔術師<マギウス>『妖蛆の王<ワームロード>』ティベリウス。300年以上の時を生きた『不死の魔術師』だ。吸血鬼達とは異なる手段で不死に至った彼のその名はイギリスだけにとどまらず、世界各地にその名を響かせていた。
ネギはティベリウスの悪事の数々を当然聞き及んでいたし。今まで何百人もの魔法使いがティベリウスに挑んで、そして返り討ちに遭っているということも知っていた。
しかし、悪がこの世に試し無しとはよく言ったもの。
その悪名高い『妖蛆の王<ワームロード>』ティベリウスが死んだのはつい最近だ。
なんでもティベリウスに掛けられた膨大な賞金と、ティベリウスが所有していた数々の魔導書――その中にはかの外道法典『死霊秘法<ネクロノミコン>』の原典『アル・アジフ』の断章あったとも言われている――を目当てにしていた魔術師<マギウス>に倒されたそうだ。
あと、ネギが知っている有名な魔術師<マギウス>と言えば『聖書の獣<ザ・ビースト>』アレイスター・クロウリーであろうか。
彼もまたイギリス出身の魔術師<マギウス>で、元々は魔法使いという変わり種。
その実力は魔法使いとしての腕前も父であるサウザンドマスターに勝るとも劣らないと言われ、魔術師<マギウス>としての腕前も相当なものであるという話だ。
悪魔の王<サタン>の二つ名を持つ男、それがアレイスター・クロウリー。
彼の持つ書の名前は有名だ。
その慄然たる書の名を『法の書<アル・ヴェル・レジス>』。アレイスター・クロウリー自身が記した最高位の魔導書。
今はアメリカで活動しているらしく、ミスカトニック大学に所属している『巨匠<グランドマスター>』との不仲は有名だ。彼らの喧嘩のスケールはそれこそ桁違いで、出会ったが最後、辺り一面荒野に成り果てるとのこと。
二人の喧嘩のあおりを食らって、以前アメリカのジョンソン魔法学校の7割が破壊されたという話はまだ記憶に新し――
と、そこまで考えたところで、床の底が抜けた。
「え?」
トラップだ。
しまったと思う間もなく、ネギの体は重力に引かれる。
落下感。
本棚の間の溝。暗黒の口吻が牙をむく。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すんでの所で、明日菜がネギの腕を捕まえた。
「何ぼうっとしてるのよ!!」
あぶないじゃないのよ、と続けながら、明日菜はネギを持ち上げる。
「す、すみません」
「でも、どうしたのよ。いつもは割とすばしっこいのに――」
「えっと、今僕は魔法を使えないことはお話しましたよね?」
「まーね。ちょっとあてが外れちゃったわ」
「実は普段の運動能力も魔法の力なんです」
はた、と明日菜は動きを止めた。
ほんの数秒考えて、解答をはじき出す。
「つまり――アンタ今はただの子供ってこと?」
「そうなります」
明日菜はあちゃーと、頭を抱えた。
魔法使いのネギが居るならば多少の危険は何とかなるだろうと思ったのだが、これでは足手まといを連れてきたようなものだ――。
とはいえ、眠ろうとしていたネギを無理矢理たたき起こして連れてきたのは自分だ。
罪悪感が明日菜の心の隅っこからじわじわと染み出してくる。
仕方ない。ガキは嫌いだが、今日だけはきっちり面倒をみてやろう。
自分のミスは自分で責任を取るのが大人というものだ。
「ああもう。仕方ないわね。しっかりと私についてくんのよ!? 分かった?」
「はい。分かりました」
素直に頷いたネギの手を、明日菜はしっかりと握った。
そんな姿を皆にからかわれながらも、一行は順調に図書館ダンジョンを攻略していった。
なんのかので休憩室。
「割と順調にこれましたね。これなら思ったよりもすぐに魔法の本の安置室に到着できるかも知れません」
「せやな。あんまトラブルも無かったし。このまま上手いこといくんとちゃう?」
『あんま油断するんじゃないよ。図書館は地下に行くほどとんでもない場所になっていくって先輩達も言ってたでしょ?』
「わかってますです」
図書館探検部の面々が、プチ作戦会議を開いている横で、まき絵達が食料――という名の御菓子の類をぽりぽりとやっている。
「ホントに凄い図書館だよねここ」
「変な学校だと思ってたアルがここまでとはネ」
「裏山には異常にデカイ木があるでござるし」
御菓子やらサンドイッチをつまみながら、談笑することしばし、
「きゃっ!!」
まき絵が悲鳴を上げた。
本棚の奧を指さしてガタガタと震えている。
「いいいいいい、いま。今ななななな何か居た!!」
楓と古菲がまき絵の声に反応して、本棚を睨みつける。
一瞬、楓と古菲が向き合い、軽く頷き合う。
即席とは思えないチームワークを発揮して、まき絵が指さした本棚の後に回り込んだが――、
「なにもいないアルよ」
「なにもいないでござるなぁ」
「そんな訳ないよ!! 私見たもん!! うねうねぐぼぐぼした、なんかよくわかんない変なの!!」
軽度のパニックに陥っているまき絵の元に二人が戻ってくる。
「どうしたんですか?」
探検隊隊長の夕映が尋ねる。
楓と古菲は困った顔をしながらも、夕映に事情を説明した。
『ああ、それってもしかして。図書館に棲む例のアレじゃないの?』
「なによなによなによ!? アレってなによ!?」
無線から聞こえてくるハルナの声に縋るように、まき絵が飛びつく。
『えっとね。部活の先輩から聞いた話なんだけど、図書館島には10年ぐらい前から謎の生物が住み着いているらしいのよ。地下深くに潜るとたまーに出会うことがあるって聞いたことがあるけど』
「ああ、私も聞いたことあるです」
『曰く、四足を持つ獣の様に見えて、翼を持つ鳥の様に見えて、鱗を持つ蛇の様に見えて、エラを持つ魚類のように見えて、葉をもつ植物に見えて、人間の様にも見えて、でもそのどれでもない化け物』
「共通して言えるのは笛の音によく似た謎の鳴き声だけ」
『まあ、図書館の七不思議の一つよね。正体はアメーバみたいな原形質の塊で、いろんな姿に変身できる不可思議生物だって話も聞いたことが在るけど――んな馬鹿なものが本当に居るわけ無いじゃん。いくらなんでもファンタジーだって』
無線の向こうからハルナのけらけらとした笑い声が聞こえてくる。
「見間違い――だったのかな?」
自信なさげにまき絵が呟く。
確かに見たと思ったのだが――。
忘れよう。たぶんそれが一番賢いやり方だ。
そうまき絵が決心したところで、夕映から声が掛かった。
「では、そろそろ行きますですよ。目標はすぐ目の前です」
5.
そこからの道のりもまた、困難を極めた。
どう考えても異次元に繋がっているとしか思えない狂気的構造をしたこの図書館はもう至る所に本棚の絶壁があるわ、図書館だというのに地底湖なんて巫山戯たものはあるわ、古代遺跡の残骸とおぼしき異物の数々が所狭しとならんでいるわ。
とりあえず、此処を設計した人間は頭がおかしい。
というよりも、『もともとあった』古代遺跡を無理矢理図書館に改造した様な趣すらある。
順路もまた奇天烈を極めた。
上に、下に、縦に、横に、右に、左に、前に、後に、それはもうありとあらゆる方向に進んだ。
ネギは、魔法を封印したとはいえ、未だその手の感覚――ESPとも言える超感覚知覚――は健在であった。
そのためか、この場所には異常なまでの気味の悪さを感じた。
進んでいるのか戻っているのか、それすら曖昧。
「つきましたです」
夕映の声にはっとする。
目の前にそびえるのはやたらと重厚な石造りの扉。扉に刻まれている魔法陣は今までネギが見たこともない奇妙な五芒星、単調ながらも力強いその古々しき結印はまるで邪悪を許さぬ正義の顕現。
扉の両端には、悪魔を模した石像今にも動き出しそうな生々しさを備えたそれらはまさしく此処を守護するガーゴイル。
ガーゴイルのつり上がった眼はなんぴとたりともこの扉を開くことは許さない。そんな言外の重圧を放っていた。
「あけるアルよー」
そんなものを意に介さずに古菲が一気に扉を押し開けた。
「あれーーーー?」
どことなく気の抜けた誰かの声。
何となく拍子抜けしてしまう光景だった。
学校の教室の五倍はあろうかという巨大な空間。
床と言わず、壁と言わず、天井と言わず。縦横無尽に走り回る幾何学模様はまさしく精神病院に担ぎ込まれた狂人によって描かれた物理法則を逸脱した脅威の芸術。
直線と曲線とそれ以外の線でがむしゃらに奔るその絵は、扉にあった五芒星にどこか似ている。
しかし、この場所は内装こそ異様であったが。どことなく寂しい場所だ。
そう思わせる原因は壁に埋め込まれた本棚にあった。
そこにある本棚はその殆どががらんどう。いくらかの書物が無造作に立てかけられていたが、そのかずはせいぜい10に届くか届かないか。
ネギはちらりとそれらの題名を覗き見た。
表題も何も書かれて無い真っ黒な書物。鉄製の留め金が付いた皮装丁の四つ折り本。
黒く薄い八つ折り版の装丁で記された『』と記された謎めいた書。
真っ黒な鋼鉄の表装の大冊。題名は『De Vermis Mysteriis』。これはラテン語だ。日本語に訳すなら、そう『妖蛆の秘密』といったところか。
酷く見慣れた――言うなれば人の皮膚のような――皮で装丁された『Cthaat Aquadingen』。表紙にしたたる水滴は、まるで本が汗をかいているようにも見える。
ぶるり、とネギは体を震わせた。
嫌な、嫌な予感がする。
此処にあるものはどれも『よくない』ものだ。
もしかして、魔法の本というのは――
「ちょっとーーみんな来てーーー!!」
明日菜の声があがる。
その声にはっとなって、今までの思考を放棄する。
ネギは明日菜の元へ走った。
まるで何かから逃げるように、得体の知れない何かから逃げるように。
明日菜がいるのは部屋の一番奥、まるで何かを奉る祭壇のような構造をした――いや、これはまさに祭壇なのだろう――場所だ。
皆がその場所に集結する。
祭壇の丁度ど真ん中、正方形の石柱の上に、それはあった。
酷く古びた羊皮紙。
如何なる年月を閲したのか、ひどく古い書物だった。
おそらく100年や200年ではきかないだろう、下手をすれば千年以上の時を経ているかもしれない。
表紙も何もない、まるで元々あった書物から必要なページだけ引き裂いたような印象すら受ける。
「これが――魔法の本かな?」
「多分、そうでしょう。けれどこれは――アラビア語ですか?」
夕映が羊皮紙を覗き込みながら言う。
「なあ――明日菜。これはアカン。何かしらんけど、これはアカンよ」
木乃香が体をかき抱きながら言った。
自分でも何故そんなことを言っているのか、木乃香自信にもそれはハッキリと分からないのだろう。その表情には困惑が――けれどもそれを大きく凌駕する恐怖がうかんでいた。
「なんでよ?」
明日菜、夕映、まき絵、楓、古菲は木乃香が何故そんなことを言い出したのか見当も付かなかった。
もともと天然のきらいがある娘だが、何の根拠もなくそんなことを言う様な娘ではない。
ただ一人、ネギだけは、木乃香の意見に共感できた。
この本が放つ気配は何処かおかしい。
ネギの胸の奥底から漠然とした不安が吹き出す。
ネギの不安が伝播したのだろうか、ネギの持つ杖が共感効果を引き起こし、ひとたび震える。
「でもまあ、これでミッションコンプリートです。さっさとここから撤収しますです」
「OK。んじゃ、ちょっと失敬しますよ~」
明日菜がそう言ってその紙束を乱暴に掴んだそのとき、
ヴィィィィィィィィィィィン!! ヴィィィィィィィィィィィン!!
なんか空襲警報みたいなサイレンが大音量で部屋の中に響き渡った。
『警報<アラート>。警報<アラート>。此処の書物は持ち出し禁止です。10秒以内に許可証を提示しなさい。10秒以内に許可証を提示しなさい』
9
部屋の天井。四隅がばくんと開いて、スピーカが大声でそんなことをがなり立てた。
同時にどこから戸もなくにょきにょきとレッドランプが飛び出してパトカーよろしく光り始めた。
8
おまけに、何か知らない間にカウントダウンが始まっている。
7
「きょ、許可証!? 夕映ちゃん!! 許可証持ってる!?」
と、明日菜。
6
「そんなもの持ってるわけ無いです!!」
と、夕映。
5
「どーすんの? てゆうかどうなるの!?」
と、まき絵。
4
「あいやー、しまったアルね」
と、古菲。
3
「逃げ切れるでござるか?」
と、楓。
2
「やっぱあかんかったかー」
と、木乃香。
1
「これってよくよく考えたら泥棒なんですよね。悪いことはするもんじゃないなぁ」
と、ネギ。
0
カウントが終わる。
同時に、ばくんと祭壇の床が抜けた。
暗闇が大きな口を開ける。
「へっ?」
当然の如く、空飛ぶ翼を持たぬ一行は、あっという間にその体を重力に引かれる。
万有引力。
寂しがり屋の宇宙の法則。
万物は常に自分以外の他者を渇望する。
ニュートンは木から落ちるリンゴをみてこの法則を発見したと伝え聞く。
一行は自らの体が落下することでこの法則を再認した。
レベルアップ。馬鹿レンジャーのかしこさが1あがった。
「キャーーーーーーーーーー!!」
「明日菜のバカーーーーーーーー!!」
「みんなごめーーーーん!!」
洒落や冗談では済まない距離を一気に落下してゆく。
このまま地面に激突すれば、怪我どころか死にかねない。
覚悟を決めて、衝撃に備える。
知らず知らずのうちに瞼が閉じる。
ぼよん。
「ぼよん?」
どすーんでも、どかーんでもなく、ぼよん。
クッションに飛び込んだような、あるいは風船に触ったときのような、酷く柔らかな感触。
「なんで?」
傷一つ無く着地することが出来たことを喜びつつも、よく分からない現象に困惑した。
疑問に思い、明日菜がゆっくりと目を開けると、
「てけり・り?」
なんか名状しがたいゼリーの親玉みたいなのと目があった。
酷くぶにぶにしてぼよぼよしてぐぼんぶりょぶりょとした謎物体だった。
それが、なんかうーねんうねーんと蠢いていた。
「「「「「てけり・り?」」」」」
しかもいっぱい。
なんつーかアルカロイド系のヤバげな薬品をやらないと見えない幻覚っぽいそれを目撃してしまった明日菜は、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まき絵の叫び声を子守歌にして、気絶した。
他に何ができたとゆーのか。
File08「まほーのほん」……………………Closed.
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