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File09「サイカイ」 投稿者:赤枝 投稿日:05/05-00:59 No.443
0.
2-Aが騒がしいのはいつものことであり。騒がしくない2-Aは2-Aではなく、むしろ2-A以外の何かであるというのは、麻帆良女子中学にとっては常識である。
故に今日もなにかしらのイベントが発生しているのは、極めて自然な現象である。
「えええええ~~~!! 私たち2-Aが最下位脱出しないとネギ先生がクビになる!?」
このクラスにおいてイベントが頻発するのは最早何らかの超越的な存在、それこそ神か悪魔かそれ以外の何かの意思が介入しているとしか思えないが、そこはそれ。なんだ、愛とか勇気とかそんなかんじのモノで片付けておこう。
「こーなったら皆さん今から全力でテスト勉強を頑張ってくださいませ!! ああ、あの愛らしいネギ先生のお姿が見れなくなると思うと――!!」
委員長が大仰な動作で皆に告知する。
クラスの面々も今までやる気はなかったが、あの可愛らしい先生が自分たちの成績如何で酷い目に遭うのも割と後味が悪いと思ったのか、不承不承ながらも大多数のクラスメート達が頷く。
皆が試験勉強でも始めようと思ったそのときであった。
「みんなー!! 大変だよーー!!」
早乙女ハルナと宮崎のどかが酷く慌てた様子で教室に飛び込んできた。
「ネギ先生とバカレンジャーが行方不明にーー!!」
一瞬の沈黙。
「な、なんですってーーーー!!」
「どーするんですの!? どーするんですの!?」「やばいって。木乃香ちゃんが抜けたのは痛いよ!!」「てかそもそもなんで行方不明になったるするの?」「バカレンジャーが居なくなった分ってやっぱり0点換算なのかな!?」「お、お嬢様まで行方不明に!!」「あー、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」「心中お察ししますマスター」「……………」「どーしよ、やっぱまずかったかなー!!」「あわわわわわわわ!!」「パル、本屋。落ち着きな!! とりあえず人捜しが得意そうな人紹介してあげるから!!」
さて、話は変わるが、この世の中はすべからず無常である。永きを生きたヴァンパイアも名工が鍛えた鋼鉄も、いずれは朽ちて死すべき運命にある。
当然の事ながら、人間の我慢の限界も然り。
とりわけ、学園広域指導員である新田教諭の堪忍袋の緒の耐久値は低かった。
「こらーーーーーーーー!! 2-A。いい加減にせんかーーーーーーー!!」
そんなこんなで、今日も今日が始る。
魔導探偵、麻帆良に立つ
File09「サイカイ」
1.
大十字九郎の朝は遅い。
これは、星の精<スターヴァンパイア>探索ため、夜遅くまで麻帆良の中を巡回しているためであり、決して彼が怠惰と堕落を貪っているわけではないと言うことを、彼の名誉――まあ、いまさらそんなものがどれほど残っているか疑問甚だしいが――のために言っておこう。
いかに人外筆頭候補の魔術師<マギウス>とはいえども休息は必要であり、それ以上に食事は必要だ。
とりあえず、衣食住を標準レベルで確保している現在の身の上は、普段の九郎の生活レベルを考えると、かなーり上級の部類である。毎日きちんと食べることが出来るだなんて九郎にとってはまるで夢のような出来事である。
九郎は良い神様と資金をくれた学園長――あとは毎晩晩飯を快く奢ってくれるとある女生徒――に感謝しながら割と上機嫌で朝食でも昼食とも言い難い時間帯の食事、つまりはブランチをすませ、九郎は書斎にこもっていた。
ザクザクと、件の棺桶型の時計が今日も元気に名状しがたいリズムを刻み、尋常ならざる動きで4本の針をジグザグに動かしていた。
九郎が向かう机の上には、割と新しい、しかしながら使い込まれたノートが広がっていた。題名を『セラエノ断章』。
『セラエノ断章』。
旧神<エルダーゴッド>や旧支配者<グレートオールドワン>から盗み出された知識が貯蔵された巨石大図書館の石版、その内容をシュリュズベリィ教授が実筆で書き記した魔導書だ。
その内容は、かの慄然たる『ネクロノミコン』や異星めいた『エイボンの書』に劣るものではない。
とはいえ。
九郎が持つのは件の『セラエノ断章』とはまったくの別物だ。
他の魔術師<マギウス>が良くやるように、無理矢理魔導書を奪い取るなどと言う無謀かつ恩知らずな真似を九郎がシュリュズベリィ教授に対して出来るハズもなく。
更に言えば、あの何処か親馬鹿なところのあるシュリュズベリィ教授から無理意って借り受けた訳でも無い。
このセラエノ断章は、九郎がシュリュズベリィ教授とセラエノ断章の精霊を拝み倒して写し取った自家製写本である。
これを見るたびに九郎は、魔導書の精が普段はクールなその顔を朱に染めて「じゃあ、少しだけ」と恥ずかしそうに呟く様と、その後に鬼械神<デウス・マキナ>でも喚んでくれようかと言わんばかりのご様子で君臨するシュリュズベリィ教授のシルエットを思い出してしまう。
それはともかく、この書――見た目はそれほどたいしたものではないが――に記されている知識は極めて有用なものである。
魔術師<マギウス>にとって『知は力なり』である。
深遠なる知識を手に入れ、世界を知り、真理を探求することで、霊的な上位存在を目指すことこそが魔術師<マギウス>の最上位目的。
魔術という奇跡はその過程で手に入れることが出来る『副産物』に過ぎない。
という考えが主流なのだが、九郎はそれらの魔術師<マギウス>とはちょっとばかり毛色が違う。
九郎もかつてはその思想を信仰していたが、『ダンウィッチの怪』に巻き込まれ『アレ』を見て以来、霊的上位存在に成り上がろうなどという考えとはおさらばしている。
紆余曲折の果て。迫りくる脅威を打倒するために魔術を学んだ九郎は、魔術師<マギウス>の中では異端の部類に入る。目的と手段が反転してしまった好例だが、だからどうしたと言われればそれまでの話でもある。
結果として割とギリギリ人間な領域にまで辿り着いてしまった――背後に人間の想像を易々と超越している尋常ならざる存在があったとはいえ――ものだから、世の中は分からない。
しかしながら、九郎には他の到達者達とは生い立ちが少々異なる。
普通は他の学問同様、魔術もボトムアップ方式で学ぶのが常なのが、九郎の相棒はそんな気の長い真似が出来るか馬鹿野郎と言わんばかりに、強引かつ超実践的な手段でもって九郎に魔術をたたき込んだ。
その過程で狂うことなく、見事魔術を身につけた九郎の直感力と魔術に対する親和性は驚異的の一言に尽きるのだが、おかげで魔術師<マギウス>としての九郎は少々アンバランスな存在と相成った。
あっさりと他の魔術師<マギウス>が真似出来ないような高位の術式を紡ぐくせに、魔導書がなければろくに魔術を行使できなかったりするへっぽこだ。
まぎうすも 魔導書無ければ ただの人
などと巫山戯て詠み、シュリュズベリィ教授の鉄拳を食らったのは記憶に新しい。
これは、知識の検索と貯蔵を殆どを魔導書に頼っていたための弊害でもある。
九郎が魔術を学んでいた環境を考えれば致し方ないことなのだが、かといって放置しておいてよい問題でもない。
その他諸々の理由により九郎は勉強を欠かさない。実は未だ学徒の身であり、今もミスカトニック大学隠秘学科――表向きは考古学科だが――に在籍している。
それに、どういう訳か星の精<スターヴァンパイア>は昼の間活動しない、探そうにも彼らが本気で自分を隠蔽している間は手の出しようがないのだ。活動していればある程度の検討はつくのだが、学園内にこっそりばらまいておいた探査術式にも何ら応答が無い。
それに朝倉和美の一件の時かなりのダメージを与えたためか、ここのところなりを潜めている。生きている痕跡はあるのだが、どうも隠れて体を癒しているらしい。
調査も大詰めに入ってきたため、奴らの根城を特定するのも後一歩と言ったところなのだが……。
そんなこんなで、九郎は日が昇っている間はこうして勉学に励むのが日課となっている。
そこで『セラエノ断章』の登場となる。
こと広範囲をカバーしている『セラエノ断章』は魔導書としてだけではなくテキストとしても優秀だ。
あまり信用のおける内容とは言い難い『ネクロノミコン新釈』とは、それこそ天と地ほどの差がある。
実を言うと魔導書としてのレベルは『ネクロノミコン新釈』よりも九郎の書いた『セラエノ断章』写本のほうが高い。それでも九郎がネクロノミコン新釈を使うのは、
「まあ、意地だわな」
とのこと。
事務所を開いてみたものの、相も変わらず探偵業は開店休業、閑古鳥がピーチクパーチク鳴くような状態である。
何故か不思議とお客は来ない。一応ビラを貼り付けたりして基本的な宣伝は行ったのだが、なぜだか来ない。
これはもはや前世あたりから決められた運命とかそんな感じの何かじゃ無かろうかと疑ったこともある。「探偵の出番がないってのは平穏な世の中の証明よな、うん」などと自分を誤魔化しつつもベッドの中で一人枕を濡らしているのは九郎だけの秘密である。
コンコン
そんなわけで、九郎は玄関に備え付けられたドアノッカーを叩く音には、割と敏感になっている。
そこからの九郎の行動は異様なまでに素早かった。
とりあえず散らかっている机の上の体裁を整え、参考に出していた各種魔導書をこの間日曜大工で造った隠し本棚に放り込む。以前朝倉和美の来訪以来、見られちゃやばい書籍の類は全て此処に隠すことにしたのだ。ビリーを黙らせておくことも忘れない。無害な幽霊であるし、割と話せる奴なので今のところ祓うつもりもないが、依頼人を怯えさせる訳にもいかないからだ。
意気揚々と、久々にまともな依頼がくるかも知れないと言う期待に胸をふくらませ、依頼料で割と極寒状態にある懐を少しでも暖める事が出来ればいいなという欲望を胸に、九郎は玄関先に向かう。
わくわくしながらドアを開け――
「ちわーっす。マホラ宅急便です。お届け物にあがりましたー」
取り合えず、嘆いた。
期待が大きかった分、失望も大きかった。
「あー、そうだよなー。俺の事務所にお客さんなんてそうそうこないよなー。どうせ俺は三流探偵さ、はははのはー」
などと半ば惚けつつ、九郎はサインをすませて、荷物を部屋の中に運んだ。
「っと、誰からだ――って、ミスカトニック大学から?」
なんかやばいものでも入っているのでは無かろうかという疑問が湧いた。
なにせあのミスカトニック大学だ。あの学校のとんでも無さは、九郎自身がよく知っている。
しかし、危険物が入っている事も無いだろうと楽観して荷物を開けると、コンパクトながらもやたらとごてごてとした機械が入っていた。
機械と言うよりは、金属製の水鉄砲<ウォーターガン>とでもいうべきか、銃口やらトリガーやら銃把やらやたらと物騒な機構と何かを入れるタンクみたいなものが組み込まれている。
しかし、よくもまあ税関通過できたな。と言いたくなるような一品であった。
「なんだ。こいつは?」
がさごそと箱の中を漁っていると、一通の手紙が入っていた。
「アーミティッジの爺さんから?」
とりあえず、手紙に目を通す。
『拝啓。
大十字九郎君。
君が私に貸してくれと頼んだダンウィッチの怪事件の際に使用した件の噴霧器だが、少々劣化が激しいため、とうてい実戦に耐えることは出来そうになかった。そこで、この間サンダルフォンが街に出現した破壊ロボを轢き倒した後――』
「…………や。確かにリューガにウエストのこと任せたけどさ。轢き倒したってなんだよ」
『――ウエストを拉致して、新型の噴霧装置を作らせた。説明書も同封しておく。
動作保証はしない。健闘を祈る』
「アーミティッジの爺さんも、割と無茶するよな」
健闘――と言うよりは、むしろこの武器を使えるかどうかを検討きゃならないよなぁー。などと上手いこと言った気分になった九郎は、はっはっは。と笑った。
「…………」
笑った後、なんか空しくなって押し黙る。
ともかく、あのウエストの造った道具なんて早々信用できるもんじゃない。
いや、性能だけは抜群なんだろうが、安全性だとかそこいらへんの問題がとっても心配だ。
なんか、引き金を引いた瞬間、名状しがたい色彩を放つビームとかが出てきそうで怖い。
いや、イブン・ガズイの粉末を込めるだけなんだからそんなことも無いだろうが。
「それが絶対にあり得ないって言い切れない辺りがあの既知外の怖いところだよな――まあ。ともかく今度試してみるか」
そのまま噴霧器を部屋の隅に追いやって、再び隠し本棚を開けようとしたところで――
ゴンゴンバタムダダダダダーーー!!
という音が聞こえてきた。
多分ゴンゴンがドアノッカーを強引にひっぱたく音で、バタムが玄関を勢いよく閉じた音。最後のダダダダダーーーは多分誰かが廊下を全力で走っているような――
「って誰だ!! 強盗か!? だったら残念だったな!! 俺の家には何時だってまともな財産はほとんど無いぞ!?」
胸を張って言い切った。
「………………」
言ってから鬱になる。
いや、魔導書とか売ればかなりの値段になるんですけどね。
その筋の方々に渡りをつけるのって凄いやっかいだし――アンリに頼めばすぐに何とかなるだろうけど、アイツに頼るとろくな結果にならないし――、大抵トラブルに巻き込まれるし、大事なコレクションだから売る気なんてこれっぽっちも無いんですが。
とりあえず、気を取り直す。
ネクロノミコン新釈を片手に取って臨戦態勢をとった。
扉をけっ飛ばすようにして乱暴な侵入者が突貫してきた。
「九郎さんっ!! お嬢様が!! お嬢様がぁ!!」
「――――――あれ?」
侵入者の意外な姿に――いや、見慣れているんだけど、あそこまで狼狽した姿は初めて見た――九郎は間抜けな声を漏らした。
その一瞬の油断をつかれて、侵入者のすげぇ勢いのついたヘッドバットが良い感じに九郎のみぞおちに決まり――
「ぐほぉぁっ!!」
ブランチに食べたカップラーメンがちょっぴり出たのを知覚しながら、九郎は昏倒した。
2.
「ねー。朝倉ー。その探偵ってあてになるの?」
朝倉和美の先導で、早乙女ハルナと宮崎のどかの計三人はかの有名な幽霊屋敷に向かって歩いていた。
「いや、微妙」
すっぱりと、和美が言い切る。
「そ、それでだいじょうぶなんですか?」
「まー、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ本屋ちゃん。多分なんとかしてくれるわよ。あの人普通じゃないし」
「普通じゃないってどういうことよ?」
「んー。あんまり上手く説明できないんだけどさ。普通の人とはちょっと違うって言うか。ともかくろくでもない事件とかにはめっぽう強そうな人」
「なんでそんな人と繋がりがあるのよ。アンタは」
胡乱げな目線で尋ねてくるハルナに、朝倉は苦笑いをして、
「いろいろあったのよ。ほんといろいろ」
そう言った。
その笑みの中には、苦労と諦観と疲労がにじみ出ていた。
多分。いろいろあった、というのは嘘ではないのだろう。少なくとも普通の中学生がするような笑い方ではなかった。ある程度吹っ切れているような様子はあるから、心配することはないだろうが。
「でも、なんで幽霊屋敷に事務所を? あそこって幽霊が出るって聞いたことありますけど――」
言外に、そんなところに好きこのんでわざわざ足を運ぶ人間は居ないだろうという意味を込めてのどかが言った。
客商売をするという前提ならば、あの屋敷はミスチョイスであると言わざるを得ないだろう。
いや。「人目につかない」という一点に置いて、やましい事情がある人間ならば入りやすいかも知れないが。
「さあ? 何のかのであの人も結構変わり者だからね、良くわかんない理由とかあるんでしょ。ちなみにあそこに幽霊が出るのはマジだから。私ばっちりきっかり見ちゃったし」
「うそ、マジで?」
「ビリーって名前らしいわよ。礼儀正しい紳士だったわ」
あれくらいならかわいいモンよねー。まだ人間の形してるし。なんて呟きながら、和美は足を進める。
和美の何処かあっけらかんとした態度にどことなく違和感を覚えながらも、二人は和美の後に付いていった。
「ここよ」
目の前に聳えるのは煉瓦造りの洋館だった。
ただ、予想していたよりも荒れてはいない。辛うじてではあるが、人が住んでいるという生活臭が見える。
しかしながら、それでも屋敷全体には暗澹とした不気味な雰囲気が漂っており、なんというかあまり近づきたくはない。
というか、なまじっか生活臭がある分、よけいに不気味な気もする。
ハルナはそんなもの何のそのと言った様子で屋敷の入り口から玄関までずんずんと突き進んでゆくが、のどかはそうはいかなかった。
雰囲気だけでも結構怖いのに、さっきの幽霊が実在するだなんてとんでもない話を聞かされた後にこんな場所に堂々と入っていくような勇気をのどかは持ち合わせていなかった。
しかし、ネギのためだと自分に言い聞かせながら、最初の一歩を踏み出した。
「…………」
別に何て事はない。何て事はないのだが。なんだろうか、庭に入った瞬間、一種の違和感みたいなものを感じた。
辺りを見回すが、何が変わったというわけでもない。
先ほどと全く代わりのない、どことなく不気味だが、春の始まりを予感させる緑の木々や草花があたまを除かせている姿は、可愛らしい限りだ。
しかし、どうにも拭いきれない違和感がある。
考えすぎだろう。あたまを振って、のどかは二人が待つ屋敷の玄関へと向かった。
玄関には『大十字九郎探偵事務所』という看板があった。
「大十字九郎? 変な名前ね」
「そうかな? なんか小説の主人公みたいで格好いいと思うけど……」
二人が別々の感想を思ったままに口にする。
和美が慣れた手つきで、ドアノッカーを叩いたが――
「ありゃ? おかしいな、いつもなら飛んでくるのに」
「いつもって。朝倉、アンタ何度も此処に来てるの?」
「え。ああ、ええと、あの、うん。ちょ、ちょっと取材の関係でね。いろいろと話を」
珍しく慌てた様子で和美が答える。
しかしながら、ほんの少しばかり紅潮した頬を見逃すハルナではない。
くいっと、眼鏡のフレームを押し上げる。同時にギュピーンとレンズが光る。
「なーんか、妖しいわね」
「や。字がちがうような気がするなぁ」
くっくっく。となにやら確信めいた笑みを浮かべながらハルナが和美に迫る――
「もしかしてあんた、その探偵に――」
「鍵は開いてるけど九郎さんのことだからまた書斎で寝転けてたりするんでしょそうだきっとそうにちがいないわねさあいくわよ」
何かを誤魔化すように、句読点も無し和美が一気に言い切る。そのままどことなくぎくしゃくした動作で屋敷の中に侵入していった。
明らかに不法侵入だが、そのことをつっこむことなく、にやにやした顔をくずさないまま、ハルナは和美の後に付いていった。そのあとを、恐々とした様子でのどかがついてゆく。
酷く慌てた和美が、廊下の奥の方にあるドアを開けて、
「――――――」
固まった。
心なしか、表情が硬い。頬の片方が皮肉げにつり上がっているのは断じて気のせいではない。
「なになに? どしたの朝倉?」
ひょっこりと、ハルナが和美の脇から顔を出して、部屋の中を覗いた。
おお、と感嘆の声を上げる。
ハルナの真似をして横から部屋の中を覗いたのどかが真っ赤になって卒倒した。
「ありゃまあ。これは真っ昼間から大胆な…………。てゆうか桜咲さん。なにやってんの?」
見たこともない男――これが件の探偵だろうか?――に押し倒され、顔を真っ赤にしている刹那に対して、ハルナが言った。
「えと、いやあの、これはその…………」
本人も混乱しているのか、いまいち明瞭な説明が出来ないらしく。口ごもる。
その様子を、酷く冷めた様子で眺めていた和美の姿を、後にハルナは語る。
『いやもう。あれは凄かったわ、なんつーの? 夫の浮気現場を偶然目撃しちゃった妻てーか。あーいや、ちょとちがうわね。彼氏の浮気現場目撃した彼女って言った方がしっくりくるかな。
それはともかく、同性ながら私、ああ女って怖いんだなって心底実感したわ。絶対零度の表情ってのはああいうのを言うのかもね。隣に居ただけなのにこっちにまで殺気って言うのかな? まあそんな感じのものがビシバシ伝わってくるわけよ。いやー、良い感じに修羅場だったわ』
この話を言いふらしまくったハルナのお陰で、麻帆良における大十字九郎の評価と信用は思いっきり低下するのだが、それはまた別のお話。
この後どうしようかとハルナは思い悩んだが、面白い光景だったので、とりあえず写メっといた。
3.
「それで、依頼ってのは?」
「今更体裁整えても遅いですよ? 九郎さん」
和美の剣呑ならない何かが混じった台詞にびくっと体を震わせつつも、九郎は毅然とした態度で――といってもどことなく卑屈に見えてしまうのは彼の人徳のなせる技か――応対した。
あの後、とんでもない修羅場になるかと思いきや、押し倒された九郎を無理矢理吹っ飛ばした刹那の必死の弁明によりなんとか事なきを得た。
割と不幸なトラブルが諸説様々悲喜交々の挙げ句にあんな事態になってしまったとか。
どんなラブコメ漫画だと、ハルナは思わずつっこみを入れそうになった。けれども、ベタベタで陳腐で使い古されたパターンとはいえ、王道と言えば王道。もう一ひねり二ひねりあったほうが面白いかったよなー、などと割と厳しい評価をしつつ、ソファーに腰掛けていた。
ちらりと、部屋を見回した。
とりあえず隣に座るのどかは、目の前の探偵――大十字九郎――になにやら苦手意識を持ってしまったらしい。まあ仕方がないと言えば仕方がない。元々のどかは男が苦手だし、加えて些か刺激の強い光景を見てしまった後なのだから。
続いて、酷くにこやかな笑顔で毒を吐く和美に目をやる。
朝倉ってこんな奴だったかなぁ。と半ば疑問に思いつつも、今後の展開が面白そうなので、放っておく。
最近どうも様子がおかしいと思えば――授業中ぼうっとしていることも多かった――いやいや、なかなかどうして隅に置けないじゃないか。
ソファーには座らずに、部屋の隅に立っている刹那は――さっきから気になっているのだが、刹那の隣にある、あの変な置物は何だろうか、時計のように見えなくもない。けれども、あのような棺桶の形をした奇妙な時計は、趣味が悪いと言わざるを得ない――腕を組んだまま瞑目している。
クールぶってるけど、アレは多分ただの照れ隠しだ。などと邪推してみる。
あながち間違ってないのではなかろうか。
しかし、あの細腕の何処に大の大人を吹っ飛ばすような力があるのか。流石は2-A四天王。
つーか、そんな力があるんなら最初から九郎をはねのける事も出来ただろうに――、もしや彼女も?
本人は『私の不手際で九郎さんを気絶させてしまった上に、あまり乱暴な真似をするわけにも行かず――』などと言っていたが、言い訳としては苦しい限りだ。
まあ、こんなこと考えてばかりいても話が進まない。
ハルナは今後の面白そうな展開を妄想しながら、それを顔に出さないようにして、九郎に向き直った。
「実は――」
ハルナが事件の顛末を説明した。
図書館で行方不明になったバカレンジャーと、後は期末試験で、自分たちのクラスが最下位を脱出しなければネギがクビになってしまうこと。
細かい部分――例えば魔法の本を探しにいったのだ――という部分ははぐらかしておいた。
「んで。俺に捜索依頼を出したいと?」
「はい、当然警察沙汰には出来ませんし。なるべく早くみんなを捜し出して欲しいんですけど、ウチの学校、期末試験休んだ人の分は0点で換算されちゃいますから」
「なるほどな。OK。そっちの依頼は分かった――んで、刹那。お前の方はどうなんだ?」
壁にもたれ掛かっていた刹那が答える。
「いえ、私も内容は殆ど同じです」
「分かった。んじゃあ、これは君ら4人からの依頼って事で処理させてもらう。あと、この依頼の報酬についてなんだけど――」
と言って、四人を見た。
「こっちも仕事だからな。報酬はきっちりと貰うぞ。経費込みでだいたいこんなものかな」
九郎が書類にペンを走らせながら、電卓を叩いた。
書類を手渡されて、そこに記された金額を見る。
「高いですね」
とてもじゃ無いが、中学生のお小遣いでどうこうなるような値段ではなかった。
その様子を見ていた刹那が、ぼそりと、
「ご飯、もう奢ってあげませんよ?」
と言った。
「――――」
九郎の動作がスイッチを切ったようにぴたりと止まる。歪な笑顔と冷や汗。
再起動。
書類をハルナ達の手から奪い取って、書類になにやら新しい事項を書き加る。
「まあ、中学生だしな。通常の半額ぐらいにしてもバチは当たらないよな。うん」
自分に言い聞かせるようにして、九郎が言った。
再びハルナ達に書類を渡す。
まだ少し金額的には辛いところ、クラスでカンパすれば何とかなるだろう――いんちょあたりがドカンとだしてくれそうだ――が、お金がかからない事に越したことはない。
一計を案じて、即実行。
「探偵さん探偵さん――ちょっとこれ見てください」
「………………………ってなにぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ハルナは先ほど撮った写メ――すなわち、九郎が刹那を押し倒しているシーン――を九郎に見せた。
九郎の顔がばっちりしっかり写っていた。九郎の下に組み敷かれている刹那の姿もくっきりと写っていた。
この写真を見た人に「この男性はどんな人物だと思いますか?」と尋ねると、百人が百人「年端もいかない少女に無理矢理■■■をしようとする変態」だと答えるだろう。
漫画みたいな脂汗をだらだらと流しながら、九郎はその写真を睨みつけた。
「面白い写真でしょう? あと私は個人的に『楽しさはより多くの人間と共有すべきである』という思想を持っていますが、この写真とその思想は何の関係もありません」
「ハ、ハルナ?」
さらりととんでもないことを言って、脅しをかける友人を、いくらなんでもそれはちょっとひどいんじゃないのかな? と言いたげな瞳でのどかが見つめる。
何を勘違いしたのか、ウインクとサムズアップでハルナが答える。
ぷるぷると震えていた九郎が、突如として吹っ切れたように笑った。
酷く爽やかな。けれどもどことなーく悲しそうな笑みを浮かべたまま九郎はハルナの手から書類をひったくって、それをくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
「フッ……。俺のような紳士がいたいけな少女達から金銭を巻き上げようだなんて、そんな守銭奴みたいな真似をするわけ無いじゃないか」
詐欺師の笑みでにこやかに微笑みながら、九郎はハルナの手をとった。
きらーんと、歯を輝かせたりと芸が細かい。
うんうんとハルナは頷きながら、こちらも笑顔で答えた。
「なんか悪いですね、ロハで仕事引き受けて貰えるなんて」
「いやなに。俺の力で君のような可愛らしいお嬢さんに笑顔が戻るのなら。それに勝る報酬は無いよ」
「お世辞が上手ですね。探偵さん」
「いや。お世辞なんかじゃない。俺の口は真実以外は語れないように出来ているからな」
嘘と虚構にまみれた美麗辞句。まるっきり心にもない台詞を吐き続ける九郎につめたーい視線を送る刹那と和美の二人を無視しつつ、九郎とハルナは上っ面だけの笑みで笑い続けるのだった。
「あっはっは」
「わっはっは」
なんだかなぁ。
4.
すったもんだの挙げ句、ただで仕事を引き受ける羽目になった九郎は、ぶつくさと文句をつぶやきつつも図書館島へと足を進めていた。
「ったく。仕事が来たと思えば、ただ働きかよ……。あ゛~~~貧乏クジ引いたなぁ」
つーか、ネギの生徒にまともなのは居ないのか。
あの吸血鬼を筆頭に、刹那とかあの銃使いとか、朝倉もそうだし、今日初めて会った早乙女ハルナも末恐ろしいことこの上ない。
一人、なんかこっちを見て怯えている凄いまともっぽい娘がいたが、あの子は例外なのだろう。絶対にそうだ。確定。
ネギのクラスには、もっととんでもないのが居るに違いない。未来人とかマッドサイエンティストとかNINJAとか。
もうどんなのが出て来ても驚かないぞ。
などと心に決め、春の到来を予感させる日差しの下を歩いていた。
人捜しは、魔術を使える九郎にとっては得意分野である。
特にネギのように強力な魔力を持っている魔法使いともなると、その探索は容易だ。
コートのしたに仕込んだダウジング用の糸とその先につり下げた重りがあれば、楽勝だと思っていたのだが。
しかし――
「なんだって、ネギの跡がこんなに薄いんだ? 殆ど常人並――いや、それ以下だな。何か隠蔽魔法でも使ったのか――それにしても妙だな。自己封印でも掛けなきゃ此処まで完璧に『痕跡』を消すことなんて出来ないはずだ」
ダウジングなどの補助道具を使っても殆ど探知できないほどに弱体化しているネギの気配は、九郎の技量を持ってしても追跡不可能なほど薄い――と言うよりはほぼ皆無――だ。その代わり、ネギが通ったと思われるすぐ隣に、酷く目立つ跡が一筋走っていた。
多分、これが刹那が言っていた『お嬢様』こと近衛木乃香のものだろう。彼女はあの学園長の孫らしいから、これくらいの潜在魔力を持っていても不思議ではない。
ネギ達の探索に出かける直前の刹那の姿を思い出す。
「皆さんのことはもちろんですが、お嬢様のことくれぐれもよろしくお願いします」
あそこまで必死な顔をした刹那を見るのは初めてだった、最初に部屋に突撃してきたのも、焦りと不安がごちゃ混ぜになってパニックを起こしたが故の行動なのだろう。
お陰でとんでもない目に遭ったが――というよりも現在進行形で会っているのだが――いつも世話になってるし、恩を返すという意味でもしっかりと依頼をこなしてやろうじゃないか。
「図書館島、ね」
九郎も麻帆良の大図書館の話は、聞いたことがあった。
魔法使い所有の図書館であるにもかかわらず、魔導書が保管されているという噂を耳にしたことがある。
しかしながら、魔法使いはその感受性の高さ故に、魔導書の浸食を受けやすい。故に彼らは極端に魔導書を嫌う。魔法使いの手によって焚書になった魔導書も少なくない。
その魔法使い達が、わざわざ魔導書を保管しておくというのもいまいち分からない話だったので、九郎はその噂は恐らくデマだろうと踏んでいた。
魔法使いが魔導書を忌み嫌う心理には九郎も共感できる部分はある。
魔導書の恐ろしさは、魔術師<マギウス>である九郎がよく知っている。
そんな益体のないことを考えつつ、九郎は大図書館の正面玄関を通りすぎ、裏手の秘密の扉にまでやってきていた。
周りを見回して、人がいないことを確認すると、懐から一冊の書を取り出した。
「契約執行<アクセス>――我は神意なり<I am Providence>!! 起動せよ、『ネクロノミコン新釈』!!」
ネクロノミコン新釈から溢れたページが九郎のコートを覆い尽くし、みるみるうちにその姿を変貌させてゆく。
布地に走るのは様々な意味と意思が込められた魔術文字。
常人にはとうてい理解できぬ規則性に従い記された魔術文字は、その役目を終え消えてゆく。
九郎はマントをばさりと翻し、
「さて、行くか」
地下へと続く扉を開け、内部を見渡し――、
「――――――――――!!」
あまりの衝撃に、九郎の思考が一瞬吹き飛んだ。
図書館内部の構造に驚いた訳ではない。こんなもの、ミスカトニック大学秘密図書館に比べればかわいいものだ。魔導書の放つ尋常ならざる瘴気と妖気のために空間すらねじ曲がったあそこに比べれば、この図書館内部は何て事はない。
ただ、入り口を抜けたすぐそこ。エントランスの手すりに腰掛けて、書籍を読みふけっている女の存在が、何より異常だった。
あり得ない。
馬鹿な。
そんな。
倒したはずだ。
だからこそあの世界から脱却できたのだ。
なのになぜ?
そこに、女がいた。
濃紫のスーツに、紅玉の瞳、鮮血が如き美しさと禍々しさを湛えた唇を嬉しそうに歪め、にやりと笑いながら、女は言った。
「久しぶりだね。九郎君」
その声、その姿、その顔。
歓迎すると言わんばかりに両手を広げ、婉然と微笑み九郎を迎えるその女こそ――
「なんでお前が此処にいる!!」
九郎が、叫ぶ。
九郎の脳裏に、かつての戦いの敵の記憶が蘇る。
九郎の脳裏に、かつて倒したはずの敵の姿が蘇る。
九郎の脳裏に、かつて斃したはずの敵の名が蘇る。
彼女――いや、アレの名は、それこそ無数。
ある者は『強壮なる使者』と呼んだ。
ある者は『無貌のもの』と呼んだ。
ある者は『闇に棲むもの』と呼んだ。
ある者は『暗きもの』と呼んだ。
ある者は『カルネテルの黒き使者』と呼んだ。
ある者は『闇の魔神』と呼んだ。
そしてある者は『這い寄る混沌』と呼んだ。
無数の名を持つが故の無貌。
無貌であるが故の無数の名。
その名も!! その名も!! その名も!!
「ナイア――いや、ナイアルラトホテップ!!」
File09「サイカイ」………………………Closed.
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